夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

「戦争狂の殺人鬼と化したプーチン(7) 『核共有』5割超えの世論はメディアが作り出した」

2022-03-22 11:25:07 | 社会

核搭載中距離弾道ミサイル(米軍)

日本の世論は、軍事力強化の方向に大きく傾斜
 やはり、という感が否めない。「核共有」の議論をすべきという意見が、3月19日毎日新聞系調査で57%、ANN調査で53%に達したという世論調査結果が発表された。核共有Nuclear Sharing とは、もともとNATOの核抑止政策における概念で、NATOの核兵器を、自国の核兵器を持たない加盟国が共同で使用することである 。それを「米国の核兵器を同盟国内に配備し、核兵器を共同で使用する政策 」(防衛省防衛研究所高橋杉雄)とアジア版に置き換えたものである。
 「核共有の議論をすべきだ」とは、言い換えれば、「それが必要だ」か、「必要かもしれない」という意見、ということだろう。「核共有」が不要という意見なら、「議論をする必要なし」になる。つまり、アメリカの核兵器を日本も使用して、日本を守る「必要がある」、または、「必要かもしれない」が、50%以上あったということである。
 この結果に、驚く人がいるようだ。「あれだけ、ロシアの侵略に反対する声が高まっているのに、おかしい」という具合に、である。しかし、理屈が逆である。「ロシアの侵略に反対する声が高まっている」から、「核兵器も必要(かもしれない)」という意見も増えるのである。
 「侵略に反対する」とは、多くは「侵略すべきでない」ではなく、「侵略されたくない」という気持ちの現れである。もとより、自国の「侵略」を肯定する意見など、皆無に等しいからだ。
 また、「戦争反対」といっても、もともと「戦争賛成」などという者はほとんどいない。それは「地球は丸い」と言っているようなもので(アメリカには「地球は平たいsquare」と信じる人が数百万人いるという報道もあったが)、当たり前のことなのである。問題は、「戦争反対、だからどうするのか」なのであって、ここで意見が大きく分かれるのである。その分かれ目に、日本の世論は、軍事力強化の方向に大きく傾斜したのである。
 1960年代に、「平和のための自衛隊博」というイベントが日本各地で開催された。自衛隊の所有する戦車、戦闘機、重小火器類を来客に触らせ、載せ、火器類や火炎放射器、戦車による演習を見せ、国民に親しみを持たせるというものである。要するに、日本の平和を守るために、軍事力は必要で、それを理解して欲しい、ということである。
 恐らく、これに携わった自衛隊員も防衛庁(当時)幹部も「平和のため」という言葉を、そのまま信じていただろう。そしてそれは、今でも変わらないだろう。その「日本の平和を守るために、軍事力は必要」の論理が、ロシア・ウクライナ戦争によって、必要な軍事力の強化に大きく舵を切ったのである。
 
 核共有は、核抑止力によって、敵対関係にある国からの、「侵略」を防止するという意味を持っている。核抑止とは、相手国と自国双方の核均衡論だけでなく、核兵器を使用する能力と使用する意思を相手国に示し、相手国からの「侵略」を防止するということである。通常兵器だけよりも、こちらの方が強力な「侵略防止効果」があると主張される。現実に、冷戦時代には、ワルシャワ条約機構軍の機甲部隊の方が、NATO軍より優勢だと考えられたため、ワルシャワ条約機構軍の侵攻すればその報復に、通常兵器だけでなく、核攻撃も辞さないというアメリカ軍の意思を示すことで、侵略を防止しようとする政策があった。そしてそれは今でも、継続している。読売新聞の記事「米が核『先制不使用』宣言せぬよう、日英仏など水面下で働きかけ…抑止力低下を懸念」(2021.11.2)のように、アメリカが、核の先制使用(核攻撃を受けなくても、核を使用するという意味)を排除しないのは、このためである。
  核兵器を通常兵器とは「本質的に」異なるとして、核兵器だけに反対するという意見もあるが(「本質的」が意味するものは不明。第二次大戦時ですら、東京やドレスデンの空襲のように、通常兵器で一晩に10万人以上も殺害できるのである。現在の通常兵器はさらに殺傷能力は高い。通常兵器で殺されるのは、核で殺されるより苦しみは少ないと言っているようなもの。広島・長崎は地獄だったが、東京は違うと言っているようなもの。放射能の問題はあるが、両方とも「この世の地獄」であることに変わりはない。)、核兵器は通常兵器の延長線上にあるのであり、軍事力の強化は容易に核兵器保有に結び付く。それは、インド・パキスタンが敵対関係から両者ともに軍事力の強化に走り、両者とも核保有国になったことでも理解できる。日本の平和を守るための軍事力の強化、それには核兵器も含まれるかもしれないとまで、世論は傾斜しつつあるのである。

 メディアの報道姿勢
 このような「平和のための軍事力の強化」に世論が傾いたのは、主要マスメディアのウクライナ侵略の報道の仕方が大きく影響している。それは、ロシア・ウクライナ戦争を、それ以前のウクライナの状況や西側の方針と、切り離して報道する、というメディアの姿勢である。
 日本のテレビ・新聞がそのように報道するのは、勿論、日本が独自の報道姿勢をとっているからでなく、欧米の主要マスメディアがその姿勢で報道していることをそのまま受け入れているからである。だから、ヨーロッパ諸国も軍事力の強化に乗り出しているのである。日本は、その影響をもろに受けているのである。日経新聞は「タブーでない防衛産業投資」という英紙フィナンシャル・タイムズの記事を転載している(3月21日)が、ヨーロッパ諸国が「防衛」という名の軍事力の強化に傾斜していることの証左でもある。
 欧米も日本もメディアも、NATOの東方拡大を記事にすることをなるべく避けている。それはあたかも、ロシア・中国のプロパガンダのような扱いになっている。しかし、これこそが、軍事力によってロシアを抑え込もうとした政策の核心部分である。ソ連の崩壊時には、欧州安保協力機構OSCEのように欧米はロシアと共同の安全保障政策を模索した時期があった。しかしその後、アメリカのクリントン政権は、NATOの東方拡大という力によるロシアの封じ込め政策に転換したのである。それが、プーチンならずとも、ロシア側の反発を呼び起こしたのである。それは、決してプーチンの命じた侵略行為を1ミリたりとも正当化するものではない。相手方の武力を見せつける行為に対処するには、さまざまな対策が考えられ、軍事侵攻という選択は必要ないどころか、かえってロシア自身も周辺国も甚大な被害をまぬがれないからである。
 だがかつて、ジョージ・ケナンが指摘したように、力による外交政策には相手国の「世論の国粋主義的、反欧米的、軍国主義的傾向を煽る 」懸念がある。このような意見を主要マスメディアは、テレビは無視するか、新聞ならば紙面の片隅においやるか、大きくは取り上げようとせず、ロシア100%悪玉論だけ一色の報道をしている。(例えば、リベラル右派と思われる朝日新聞には、またく掲載されていない。)これでは、力によって平和を守るという世論が形成されるのは当然である。ロシアと中国を同一視しているので、日本では、悪玉中国が侵略してくると心配する。それを力によって、つまり通常兵器の先の核兵器に頼っても、日本の平和を守るという世論が沸き起こっても当然なのである。
 
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「戦争狂の殺人鬼と化したプーチン(6) ロシアと西側の情報戦」

2022-03-19 16:06:27 | 社会
 

英国放送規制当局が、RTの免許を剥奪した後、ロシアは英国メディアを脅す(The Guardian 15 March 2022)
 
 ロシア政府のプロパガンダが、凄まじい。ロシア国営放送RT(旧Russia Today)によれば、ウクライナはネオナチが政府を支配し、特に、ロシア語話者を弾圧しているという。ナチ政権下のドイツのようだ、と描いている。だから、ロシア軍はウクライナ国民を解放するために、「特別軍事作戦」を展開しているという。
 早朝のNHKBS海外放送は、それまでRTを流していたのだが、批判が高まり、その枠をウクライナ公共放送に変えたが、多くの西側諸国では、ロシアのRTやスプートニクを遮断するなど、ロシア政府の情報を制限し始めた。
 しかし、RTの放送が、1から100まですべてウソかと言えば、そうではない。RTは、ロシア軍支配下地域の住宅地にウクライナ側のミサイルが着弾し、住民の犠牲者が出たと報じたが、恐らくは本当だろう。戦争が起こっているのであり、ウクライナ軍が、ロシア軍支配地域にミサイル攻撃をするのは、当然だからだ。ロシア軍もウクライナ軍も住宅地近辺にも展開しているのだから、住宅地も攻撃は受けるのである。また、ネオナチはマイダン革命(選挙で正当に選出された政権を武力で崩壊させたのだから、クーデターとも言える)時に、大きな威力を行使したのは、多くの専門家が指摘している。だから、ネオナチは今のウクライナ側にいるのは間違いない。しかしそれを、針小棒大のように放送しているのである。
 では、西側メディアがすべて正しいかと言えば、そうでもない。西側メディアは、一つ一つはフェイクではないのだが、都合の悪いことは言及しないか、ほんの僅かしか伝えないという特質をもっている。日本のテレビ・新聞が、政府に都合の悪いことは、なるべく言わないことがあるように、欧米の新聞、テレビも同様である。
 それは、アメリカメディアが、民主党寄りと共和党よりに分かれているが、双方がフェイクニュースを流しているのではなく、民主党寄りのメディアは、民主党に都合のいいニュースを流し、共和党寄りのメディアは、共和党に都合のいいニュースを流していることと同じである。特に、メディアには、オピニオン欄やanalysis分析欄(テレビも同様に「専門家」を出演させ、意見を述べる)があるが、そこに掲載されるオピニオンや分析は、自分たちに近い立場のものなのである。それがメディアの論調である。対ロシアで言えば、ほとんどすべての西側メディアは、クリミアの「ロシアによる併合」に(国際法上は、不法な併合に違いないが)「一方的」と枕言葉をつけ(併合は常に「一方的」であり、敢えて「一方的」という意味はない)、実際のクリミア住民のルポなどは放送しないなどがそれである。これでは、クリミアでロシア軍への抵抗が小さく、他の地域で極端に大きい理由の説明がつかない。それは、クリミアの大半の住民は、ロシア人という意識が強く、それは、都合が悪いから伝えないのである。
 都合が悪いことを僅かしか伝えない例を挙げると、以下は英紙ガーディアンに2004年に掲載さてた記事である。「キエフの背後にあるアメリカのキャンペーン」と題されたものだが、所謂「カラー革命」をアメリカが支援した様子が描かれている。
 この記事は、アメリカがいかに東欧を西側寄りに導くために、明らかに他国の選挙に干渉する活動を行ってきたかを示しており、ロシアによる自国の選挙への不正干渉を非難するアメリカにとっては、非常に都合が悪い。したがって、最近はこのような記事は、ガーディアンには掲載されない。
 
 おおざっぱに言えば、ロシアメディアは大嘘つきだが、西側メディアは小嘘つきなのである。

 確かに、ロシア・中国に比べ、西側自由民主主義国は、人びとの情報へのアクセスという意味では、遥かに優れた制度を持っているとは言える。しかし、その西側も、人びとの情報へのアクセスは、現実には極めて不公平なものなのである。政府とそれを支える体制側には、自分たちに都合のいい情報を大音量で流せるシステムになっているからである。ロシア・中国では、反政府の情報は禁止されるが、西側では禁止されることはない。だがしかし、実態としては、その情報は小さな声でしか流せない。それは、根本的にはメディアの多くが営利としての制約を受けるからである。テレビは、視聴率から自由にはなれないし、新聞・雑誌は、部数の増減から、また、広告主の意向からも自由にはなれないからである。だから、「受け狙い」になり、特に国家の争いには、どうしてもナショナリズムに傾くのである。また、公共放送は、NHKを見て分かるように、政治権力から、完全に自由になれないのは、言うまでもない。
 メディアが発達し、人びとが大量の情報にアクセスする現代と、基本が口コミしかなかった、ルソーの時代(識字率が低く、新聞は知識階層しか読めなかった。)とは、民主主義の様相は、様変わりしているのである。
 
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「戦争狂の殺人鬼と化したプーチン(5) 世界大戦へのシナリオ 人類滅亡?」

2022-03-14 11:15:05 | 政治
 

 ロシアが侵略を開始してから3週間近くになる。戦況は、ロシア軍がじわじわと東部の都市を占領し、首都キエフに迫っているが、その進撃は極めて遅い。それに関しては、多くの軍事専門家が指摘するように、ウクライナ軍の抵抗がロシア軍の想定以上であり、ロシア軍自体の補給不足と士気の低下が考えられるが、いずれにしても、プーチンに侵攻を辞める意図は見えず、このまま戦線は拡大していくものと思われる。
 これに対してアメリカのバイデン政権は、NATO軍のウクライナ領土への投入を控え、ウクライナ政府が要求している飛行禁止区域の設定まで拒否している。勿論、これはロシア軍との直接的衝突を回避しているからであり、それが世界大戦につながりかねないからである。
 3月11日、ワシントンポストは、
<We can do more to help Ukraine without provoking World War III>(第3次大戦を引き起こさずに、ウクライナをもっと助けることができる)という専門家の意見を取り入れた記事を載せている。この記事の主旨は、「プーチンと彼の顧問には、軍事的に優れたNATOとの戦争はしないという独自の理由がある」として、 ロシア軍もまた、NATO軍との直接衝突は避けるはずであり、そのリスクぎりぎりの線で、もっと多くの軍事支援ができるというものである。具体的には、ロシアと協議の上、民間人避難を安全にするためだけの飛行禁止区域を設定することや戦闘機の提供も考慮すべきだという。
 恐らくこれは、バイデン政権の政策検討を反映していると思われる。そこには、経済制裁だけでは、プーチンが方針を変えそうもないという事情がある。プーチンにとっては、ある程度の経済制裁は想定内であり、人びとの生活を犠牲にしてまでも、野望を遂げたいという願望が勝っているように見えるからだ。
 今後アメリカは、さまざまな軍事支援オプションを、ロシア側の出方を伺いながら試すだろう。それは、ロシア軍とNATO の衝突回避を念頭に置きながらも、戦況が長引けば長引くほど、ウクライナ側の被害が増えることから、ロシア軍を攻撃すべきという世論の圧力は強まり、衝突リスクが高いものへと順次移っていかざるを得ない。
 既に、ロシアはNATO のウクライナ軍支援に使われているウクライナ西部の軍事基地へミサイル攻撃を始めた。そこに、(いないことになっている)アメリカ軍関係者がいれば、被害が及びかねない。その時は、さらなるウクライナに直接軍事介入すべきという世論やアメリカ軍内の強硬派も勢いづく。
「軍事的に優れたNATOとの戦争はしない」というロシア側の意思も、小規模衝突ならやむを得ないと変わるかもしれない。これはアメリカ側も同じである。
 ロシア軍は、ポーランド国境沿いの軍事支援基地を攻撃し、それはウクライナ領かポーランド領かはっきりしない地域(双方が都合のいいように解釈するので)にも及ぶ。そこから戦闘がエスカレートすれば、それは第3次大戦の引きがねとなるだろう。
 ウクライナを助けろ、という世論が、軍事支援に突き進めば、必然的に第3次大戦のリスクは増大する。それがどこまで理解されているか、極めて疑問だ。
 
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「戦争狂の殺人鬼と化したプーチン(4) 世界は右傾化するのか?」

2022-03-13 11:25:07 | 社会
 
ウクライナ軍のMig29戦闘機

 「左派を変えたウクライナ戦争」
 読売新聞が、3月10日(電子版)伊藤俊行編集委員の書いた興味深い記事を載せている。「左派を変えたウクライナ戦争…ドイツ、米国、日本」というものである。
 要約すると、ロシアのの侵略により、以下のような変化があったという。
1.ドイツ「ショルツ政権の転換」
 中道左派のショルツ政権は、ロシアからの天然ガス、ノルドストリーム2を凍結し、エネルギー不足のため、脱原発も再考し始めた。また、GDP2%以内という軍事費制限も撤廃、アメリカとの「核共有」も堅持する姿勢を見せるなど、今までの、軍事力の抑制政策から転換を決めた。
2.アメリカ「急進左派の影響力からの脱出」
 バイデン政権は、対ロシア強硬路線が共和党からの支持があるので、政権維持のために民主党左派の意見を取り入れてきた、その必要性がなくなり、本来の中道(右派)路線に戻り始めた。
3.日本「リベラル左派」「(安全保障政策の)態度は、変わりつつある 」
 日本のリベラル左派(主に、立憲を指すと思われる)も、対ロ制裁には異論はなく、中国の軍事侵攻を念頭に置く「台湾有事」の議論に抵抗がなくなった。
 これらの指摘は、多くのメディアも断片的に伝えていることで、事実としては正しいだろう。要するに、この3か国の一定の勢力を持つ中道左派の姿勢が、よりタカ派的に、つまり右派寄りになったということである。
 中道左派だけでなく、全体が右傾化する要素が、軍事的なこと以外にもある。ロシアは、特に希少金属などの資源大国だが、その供給が停止する。それは、ロシアと並んで中国も西側の警戒感があるので、いわゆるサプライチェーンの見直しを含めた、経済安保にも拍車がかかる。より自国ファーストと、同じく資源大国であるアメリカとの結びつきを強化する方向性は強まる。これは右派がかねがね主張してきたことであり、一言で言えば、西側全体の政治的姿勢が右傾化につながって行くのである。
 日本では、参院選への影響は大きい。立憲と共産党、社民、れいわは票を減らさずを得ないだろう。改憲への道は、さらにまた、広がってしまうのである。
 
「NATOの拡大は冷戦終結後における米国の最も致命的な政策」 
 しかし、このような状況をもたらすのは、西側主要メディアが(特に、一般大衆に影響力を及ぼすテレビが)、ロシアが悪いというだけで、そこに至る背景をほとんど報道しないからである。例えば、1940年代から1950年代末にかけてアメリカの外交政策を立案 し、冷戦政策を主導した ジョージ・ケナンの次のような指摘は、BBCでも、CNNでも、NHKでも報道されない。
「NATOの拡大は冷戦終結後における米国の最も致命的な政策となるだろう。この決定が、ロシア世論の国粋主義的、反欧米的、軍国主義的傾向を煽ることを懸念する。東西関係に冷戦の様相を蒸し返し、ロシアの外交政策を我々が望むのとは違う方向に向けさせることになるだろう」( George F. Kennan, «A fateful error», The New York Times, 1997年2月5日)
 この指摘が現実になったのである。国粋主義者、反欧米、軍国主義者のプーチンを狂気に導いたのである。
 そもそも、ここに至る背景は次のようなものだ。
 「ソ連の脅威」に備えて創設されたNATOは、その目的から考えてワルシャワ条約機構の廃止ともに解体されるべきだ、という意見は多くあった。それが解体どころか、軍同盟の強化に走ったのだ。1999年にハンガリー、ポーランド、チェコの東方拡大から始まり、その後も拡大を続け、ロシアの国境沿いまで進めた。その時期に、ユーゴスラビアに対する戦争を開始したことによって、NATOは西側ブロックの防衛組織から攻撃的同盟へと変質していったのである。アメリカは東欧にミサイル迎撃装備を設置し、そして、1972年に調印した弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)から2001年12月に脱退して、核兵器削減の諸合意を白紙に戻したのである。
 これらのことは、西側が軍事力の強化を基本とする安全保障で臨んだことを意味している。そこで実際に起きたのが「安全保障のジレンマ」だったのである。「安全保障のジレンマ」とは、「抑止論」に基づき、敵と見做す相手方の侵略を防ぐために、軍事力を強化するが、相手方もそれに見合った軍事力を強化するので、軍拡競争に至るというものだが、まさに、ロシア側は、NATOの拡大に対処するために、最新鋭兵器の開発を含め、軍事力強化に走ったのである。そして、最悪の結果を生み出したのである。
 だが、メディアに登場する多くの「専門家」からは、バルト三国がNATOに加盟し、アメリカ軍との連携が強化されているから、ロシアは手を出さないという例を挙げ、ウクライナがNATO に加盟し、軍事力強化をしていれば、ロシアも侵攻できなかったはずだ、と言う。だから、さらなる軍事力強化が必要だという主張を繰り返し、西側の多くの政府もその方向に向かおうとしている。
 確かに、ウクライナがNATOに加盟していれば、アメリカ軍との直接戦闘を嫌うロシアは、侵攻しなかった可能性は高いと思われる。しかし、NATOに加盟していないが、中立政策により、ロシアと決定的な軍事的対立はないフィンランドのことを忘れている。周辺国との対立を避けるという選択肢もあるのである。さらに言えば、敵と見做す相手方を軍事力で封じ込めようとすると、相手方が感じる脅威は増大し、脅威を弱める目的で、どこかに軍事的脆弱さを見つけ出し、攻撃してくる可能性は否定できない。常に臨戦態勢で臨まない限り、相手方は「穴」を探し出す。或いは、アメリカ軍との直接的戦闘を覚悟してくる可能性も否定できない。それは、敵と見做す相手方が存在する限り終わらない。未来永劫にわたって、戦争の危険性は排除できない。また、軍事費の最大化によって、福祉予算は大幅に削減せざるを得ない。

 今こそ、軍事力によらない「平和の創出」が必要なのである。その主張の一つに、中道左派のドイツSPDのショルツより、もっと左の左派党Die Linkeのものがある。
「ウクライナへの攻撃:戦争を止めろ!
プーチンの軍隊がウクライナを攻撃します。左派党はこの攻撃に反対している。私たちは政治の手段として戦争を拒否します。
 近年、NATOはその再建と拡張計画でエスカレーションに貢献してきました。しかし、「人民共和国」の承認とロシア軍による攻撃は「平和の使命」ではなく、国際法に違反し、軍国主義の行為です。プーチンは、彼が攻撃的なナショナリズムを代表していることを明らかにしました。私たちはそれに反対します
 ウクライナの安全と独立を回復しなければなりません。人々はもはや地政学的利益の遊び道具にされてはなりません。私たちはエスカレーションのスパイラルから抜け出さなければなりません–それから恩恵を受けるのは兵器会社だけです。 
 非暴力の紛争解決、社会的バランス、国境を越えた協力のために、政策の変更が必要です。したがって、私たちは全国的に抗議を呼びかけています。
再軍備をやめ、腕を組んで、今すぐ平和を!」
左派党の要求
1.ロシア軍はすぐに撤退
2.すべての外交の機会は、エスカレーションを解除するために使用する必要。ミンスク協定の実施は引き続く
3.ウクライナとロシアの国境、およびロシアとNATO加盟国の国境での軍事的自由な安全保障回廊に関する合意
4.難民を守る:国境を開く。EUから危機地域への強制送還と押し戻すことは直ちに停止。良心的兵役拒否者の連帯承認
5.新しいヨーロッパのセキュリティ構築とすべての大国政治の終焉
(Die Linke ホームページより)
 

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「戦争狂の殺人鬼と化したプーチン(3)ロシア100%悪玉論がもたらすもの」

2022-03-09 16:19:19 | 社会
 

 ロシアのウクライナ侵略から2週間近くになったが、戦線は膠着状態に陥っている。ロシア側は、もともと、アメリカがイラク戦争で行ったように、すべての軍事拠点を徹底的に空爆し、敵をほぼ無力化してから、地上軍を進撃させる作戦を採らなかったので、ウクライナ軍と市民の抵抗が想定以上に強く、ロシア軍の進軍を遅らせている。これはプーチンが、ウクライナ政権は国民の支持は弱く、ロシア軍の侵攻により、すぐに崩壊するという誤った情報により、誤解していたからだと想像できる。
 このような状況の中で、西側主要メディアは「ロシア100%悪玉論」というべき論調一色になっている。ロシアが100%悪いとは、西側にはまったく非はない、ということである。それは、英BBCも、米CNNも、オーストラリアABCも、ニューヨーク・タイムズも、ガーディアンも、日本のメディア(赤旗にも、それに同調した記事が見られる)も同様である。そこには、NATOの東方拡大によって、ロシアが感じるであろう脅威にはまったく言及されていない。例え、NATOは防衛的であり、ロシアへの攻撃の意図はないという西側の主張が正しいとしても、東欧諸国のアメリカ軍の軍事的プレゼンスを相手側は脅威と認識する可能性があることは、まったく考慮されない。
 さらに全面的に押し出されているのが、民主主義国家対独裁国家という図式である。これまで、ロシアには権威主義という言葉が使われていたのだが、ウクライナ侵略以降は、独裁国家、専制主義という言葉に置き換わっている。勿論、これにはロシアの「仲間」として中国を意識しており、両国とも独裁国家であり、西側民主主義国の敵という意味が込められている。そこには、西側民主主義国家は、善であり、正義であるが、ロシア、中国の独裁国家は悪であり、不正義であるという意味をも含む。
 
「悪に枢軸」の復活
 これらのことがもたらすものは、西側民主主義国家の政策は正しく、常に誤りがないかのような錯覚である。このことは、西側民主主義国家が行う戦争は正義だという錯覚をもたらす危険に満ちている。相手は独裁国家なので、悪であるので、それと戦うのは正義という図式が生まれるのである。ブッシュの唱えた「悪の枢軸」が、イラン・イラク・北朝鮮から、ロシア・中国へと、事実上、復活しているのある。(現に、オーストラリアABCは、3月9日ニュースで「悪の枢軸」という言葉を使った。)
 アメリカ主導で行われたイラク戦争で、アメリカ政府はイラク側の民間人死者数には一切言及していないが、100万人以上にのぼるという推定もある。ロシア軍のウクライナでの民間人殺害に対する非難と比べれば、その扱いは極めて小さく、死者数も把握されていないほどである。何よりも、大量破壊兵器の保有という誤情報に基づいて開始された戦争は、独裁国家は悪という単純な図式から、誤情報を西側政府もメディアも疑うことをしなかった可能性が高い。
 今回の侵略には、ウクライナの軍事力が弱いのでロシアが実行に踏み切ったという言説が沸き起こっている。侵略からの抑止力としての軍事力は、もっと大きなものにしなければならないという言説である。この言説は、ロシア・中国対西側を独裁国家対民主主義国家という図式によって、中国にも適用される。中国による侵略を食い止めるために、軍事力は強化されなければならないという主張が必然的に高まる。NATOの強化と同様に、日米安保も強化しなければならない、という主張がまかり通る。侵略戦争に反対するために、平和を守るために軍事力強化しなければならない、というパラドックスが生まれるのである。ただ単に、戦争反対を叫んでみたところで、戦争をさせないために、軍事力強化が必要だという主張には、対抗できないのである。
 因みにこのパラドックスは、日本のメディア、特に朝日新聞が、日米安保を肯定しておきながら、沖縄だけの基地問題を強調する愚かな論調と同様なものである。日米安保を肯定すれば、沖縄の負担を軽減するには、沖縄に置かれた米軍基地を日本全体に広げるという論理しか出てこない。そうすれば、確実に沖縄の被害は軽減するからである。沖縄の苦しみを東京でも味わえば、公平な負担になり、肝心な日米安保も維持され、問題なし、ということである。
 
 主要メディアが、ロシア100%悪玉論に覆われる中で、それに異議を唱えるものもないわけではない。ル・モンド・ディプロマティークは、鋭くその問題に切り込んでいる。
 また日本でも、岩上安身のIWJ、孫崎亨、伊勢崎賢治、その他旧ソ連・東欧の研究者などは、ロシア100%悪玉論とは、別の角度で異論を唱えている。しかし、これらの異論は、主要メディアによる大量情報により、かき消されてしまう。
 主要メディアによる大量情報は、主に政府(例えば、アメリカ政府高官の発言が大量に流されている。)とそれに追随する「専門家」によって作られる。これは、ノーム・チョムスキーが言うメディアコントロールなのだが、この状況はますます強まっている。SNSにしても、所詮、利益を追求する営利企業が担っているので、権力と金力に沿うアルゴリズム等を組むなどの経営方針が貫かれている。言論の自由は確かにあるが、権力と対峙する側の言論の自由の大きさは、権力を揺るがすほどの大きさはない。日本の場合は、主要メディア、特にテレビは、自民党に近い言論にほぼ独占され、その影響力が自民党の永久政権を可能にしている。
 このように、西側にも多くの問題があるのだが、ロシア100%悪玉論や、敵対する構図を独裁国家対民主主義国家と単純化することは、無意識に、その問題を不問に付す方向に向かわせるのである。
 
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