ウクライナは全土で電気と水不足で、日常生活と生命の危機を迎えている
ロシア軍のインフラ壊滅作戦
11月15日、ロシア軍はウクライナ全土に100発ほどのミサイル攻撃を行った。攻撃対象は、電力施設などのインフラである。そのため、ウクライナ人は全土で停電による被害を余儀なくされている。それ以前からも、南東部の地上戦で劣勢にあるロシア軍は、発電施設、電力網、燃料貯蔵庫、水資源・供給施設などのエネルギー関連施設を度々攻撃し、ウクライナ人の生活を支える社会的基盤を破壊し始めている。これは、ウクライナ側の戦意を喪失するためと考えられるが、むしろ、ロシア兵の大量死とウクライナ軍の領土奪還への報意を意図していると思われる。
そして、それと同時に起きたことは、ロシア製ミサイルがNATO加盟国のポーランド領に着弾し、ポーランドのドゥダ大統領 はNATO条約第4条 、「いずれかのNATO加盟国の『領土保全、政治的独立、安全保障』が危険にさらされた場合、協議を要請できる」という規定 を16日のNATO加盟国大使級会合で緊急協議を要請する可能性が「非常に高い」と述べた。(AFP11/16)
その直後に、ミサイルの着弾は、ウクライナの迎撃ミサイルS300(旧ソ連=ロシア製)がポーランド領に落下した事実が判明し、ポーランド政府は、第4条の発動を見送った(CNN11/17)のだが、このことは、戦争が続く限り、NATOとロシアとの直接衝突が起こりうる可能性があることを示している。
「私たちは戦争を終わらせなければならない」
この状況の中で、11月15日にG20が開催された。議長国インドネシアのジョコ大統領は「私たちは戦争を終わらせなければならない。もう一つの冷戦に向かわせてはいけない」とスピーチし、インドのモディ首相も「私たち停戦して外交の道に戻らなければならない」と述べた。(朝日新聞11/16)
これらの発言は、ロシア政府とウクライナ政府、それに西側政府以外の意見を代表していると言えるだろう。とにかく、戦争を終わらせろ、という意見である。
そして首脳宣言では「ほとんどのG20メンバーは、ウクライナにおける戦争を強く非難し、この 戦争が計り知れない人的被害をもたらし、また、成長の抑制、インフレの増大、サプライチェー ンの混乱、エネルギー及び食料不安の増大、金融安定性に対するリスクの上昇といった世界経済 における既存の脆弱性を悪化させていることを強調した。(外務省公式日本語訳)」となっている。
首脳宣言の中でも、西側は「同国(ロシア)のウクライナ領土からの完全かつ無条件での撤退を 要求している国連総会(141ヶ国賛成、5ヶ国反対、35ヶ国棄権、12ヶ国が欠席) や、国連安全保障理事会を含む他のフォーラムで表明してきた自国の立場 を改めて表明した。(同)」 西側以外の意見が「とにかく、戦争を終わらせろ」なのだが、西側は「とにかく、ロシアは撤退しろ」なのである。
では、当事者のロシア、ウクライナ、軍事支援を続ける西側、特に最も大きな影響力を持つアメリカは、戦争を終わらせる意図はあるのだろうか?
ロシアは、プーチンが9月17日に「早く停戦できるよう最善尽くす」と言ったが、ラブロフ外相が11月16日に「すべての問題は交渉を拒否するウクライナ側にある」と言ったように、自ら進んで停戦交渉に入る意図は見られない。
ウクライナのゼレンスキーは、「クリミア半島の奪還まで戦う」が基本姿勢で、11月9日に発言した停戦交渉の条件の中でも、分かっていながらロシアが同意することはあり得ない「領土奪還」を挙げており(NHK11/9)、事実上、交渉する意図はないことを示している。
バイデンに停戦交渉を薦める意思はない
ウクライナ軍は、多くをアメリカ製の兵器で戦闘を続けており、アメリカが軍事支援をやめれば、戦闘続行は不可能である。その意味で、この戦争はアメリカとロシアの代理戦争であり、戦争が継続されるのかどうかは、アメリカ政府の意思が極めて重要な意味をもつ。
11月16日、アメリカ軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は 、「『軍事力によるロシア軍のウクライナ国外への物理的な駆逐は、極めて困難な任務』であり、『近いうちに』達成される公算は小さいとの見方を示した。(CNN11/17)」 という。アメリカ軍も、軍事力でロシア軍をウクライナ領土から駆逐するのは「極めて困難」と認めているのである。だからミリーは、「ロシア軍は非常に痛手を被っている。交渉というものは自分たちが強く、相手が弱い立場にあるタイミングで行うのが望ましい。そうすれば恐らく、政治的な解決策が見つかるだろう。今言えるのは、その可能性があるということだ(CNN同)。」 と、外交交渉をすべきと言っているのだが、バイデンは、「ウクライナ側にロシアとの交渉を直ちに迫ることはないと安心させるための対応に追われ、(CNN同)」外交交渉はしないという意思を明確にしている。
では、なぜバイデンは戦争継続に固執するのだろうか? それには、軍事的には、Newsweek11月11日の記事、「停戦は、プーチンに有益」というアメリカ戦争研究所ISWの見解が大いに参考になる。「冬季停戦はロシア軍にとってのみ利益となるだろう。ロシア軍はその機会を利用して、脆弱な防衛を強化」すると言うのである。そしてこの見解を補足して、アメリカン エンタープライズ研究所の重大脅威プロジェクトCTP フレデリック・ケーガン所長 なる者は、プーチンとその同調者はウクライナ征服を諦めず、「キエフを征服するまで休まない」 と言うのである(Newsweek11/18)。
恐らく、この見方が、バイデンやアメリカリベラルを支配しているものと思われ、民主党左派一部議員の大統領への外交交渉を促す書簡を葬ったのである。
この見解は、プーチンとその同調者がクレムリンを支配している限り、ロシア軍を撃退させる戦争は継続すべきというものである。ところが、プーチンを打倒できるような大きな勢力はロシアには、今のところどころか、近い将来にも現れそうもない。ロシア国民には厭戦気分と劣勢のロシア軍にウクライナをやっつけろと鼓舞する気運があるだけで、プーチンを打倒する政治的勢力を支援する大きな流れは起きてはいないのである。
何年続くか分からない戦争
そのことと「ロシア軍のウクライナ国外への物理的な駆逐は、極めて困難」というミリー統合参謀本部議長の分析を合わせれば、何年かかるか分からないが、ひたすら、対ロシアとの戦争を継続するという方針しか出てこない。しかし、これがバイデンの「方針」なのである。そして、日本も含め、これが西側全体の「方針」になっているのである。
実際には「何年かかるか分からない」のだが、西側メディアは、旧日本軍の大本営発表のように、ウクライナの攻勢だけを伝え、あたかも、近いうちにロシア軍を駆逐できる幻想を与えている。それがまた、西側全体の戦争継続熱を加熱する。
その間に、世界経済は破綻状態に近づき、気候危機対策は先送りにされ、世界中の人間は危機に落とされ、何より、ウクライナ人は日常生活の危機を迎え、生命を失われる。悲運にも、そのことに、バイデンや西側エリートは気づきそうもないのである。