夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

トランプ政権の対北朝鮮政策はどこまで本気なのか?

2019-03-17 11:03:05 | 政治

1.もの別れに終わった米朝サミット

ハノイで行われた米朝サミットは大方の予想に反し、合意に至らず物別れに終わった。多くのメディアが、双方の要求が互いに満足できるものではなかったことによるとしているが、表面的には確かにそのとおりだろう。しかし、そう主張するメディアが「決裂breakdown」または「失敗collapse、faile」という表現を使っているが、主張の隔たりは大きいものの、米朝ともに交渉は今後も継続する意思は示しているのだから、「決裂」「失敗」とまでは言えない。「もの別れ」と表現するのがより適切だ。いずれにしても、米朝関係は宙ぶらりんの状態が今後も続くということである。

宙ぶらりんの状態と言っても、数年前に比べれば、緊張緩和はいくらか進んだと言える。北は数年前の核やミサイル発射実験を停止するなど、核兵器開発計画を表面上凍結し、アメリカは米韓軍事演習の規模を縮小しているからである。何しろ戦争前夜のように互いに罵り合っていたのは、つい最近の出来事だったのだ。緊張緩和のすべては、対話による成果である。

2.米朝の主張の隔たりとは

ニューヨークタイムズは3月2日<How the Trump-Kim Summit Failed>の記事で、アメリカが、制裁解除と引き換えに全核施設の廃棄を提案し、北は信頼関係が未成熟だとして拒否したとしている。そしてその提案実現の可能性は、ボルトンやポンペオはゼロだと考えていたという。また、米情報機関も北は核兵器を放棄しないと分析しているという。これらのことは、トランプ政権は初めから合意の可能性は極めて低いと予想してサミットに臨んだということを示している。ボルトンが「米国にとって成功だった」(CNNインタビュー3日)と言っていることは、それを証明している。北が、全核施設の廃棄に応じれば(実際にはあり得ないが)それに越したことはないが、「宙ぶらりんの状態」が続くことを見越しての会談だったのである。

トランプにとっては、あわよくば、北の全核施設の廃棄という外交の満塁ホームランになるが、そこまでいかなくとも、北の核開発計画を凍結させているという成果で良かったのだ。それは、アメリカの軍部や情報機関を一応満足させるものであるからだ。しかし、宙ぶらりんの状態は長続きするわけもなく、米中ともに何らかの行動に出ざるを得ない。

3.トランプ政権に一貫した北朝鮮政策はない

アメリカの要求する全核施設の廃棄とは、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)という言葉で表される。この言葉の出どころは、国連安保理決議1718での表現であるが、この場合、国連決議なのであるし、前後の文脈から「検証」する主体は国際原子力機関IAEAである。しかしたとえば、リビアでの核放棄による査察では、IAEAの査察に加え、米英の軍事専門家が「関係する施設」をすべて査察している。つまり、リビアの軍事施設はすべて米英によって丸裸になったのだ。その後カダフィは欧米の支援を受けた勢力により、殺害される。これがリビア方式と呼ばれものである。

ボルトンは以前に、「リビア方式」は採らないと言ったが、北の核施設が北が明らかにした施設だけではないのは当然であり、アメリカが疑えば北の全土にわたって調査しなければ、完全とは言える筈はない。したがって北の軍事施設をすべて調査することにつながる。そんなことを北が認めることは絶対にあり得ない。

つまりどういうことかと言えば、国家間の交渉である以上、どこかで線を引いて一定の査察で全核施設の廃棄と見做すという判断しか現実にはないのだ。また、取引dealならば相手の要求も部分的には飲まざるを得ない。しかし、トランプ政権は、ハノイでも北が絶対に飲めない条件を新たに突きつけているのである。それはキム・ジョンウンが「非核化の意思がなけれなここにはいない」と言ったように、北がある程度の合意を目指してハノイに乗り込んだのは明らかで、新たな条件はその場で突き付けられたと想像できるからだ。

西側の専門家は北の核放棄自体に極めて懐疑的である。たとえば、最も強硬な意見では、元CIA分析官のジョン・パクは「金一族はパラノイアで、……自分自身と核兵器しか信用していない」(朝日新聞2018.9.21)と言い切っている。パラノイアの人間とまともに交渉すること自体がおかしい。この見方からすればすべての交渉は無意味なのであり、中東でアメリカが行ったようにキム政権が崩壊するのを画策するか、軍事力で破壊するかの選択しか生れない。また、英国中道右派系新聞エコノミストの元編集長のビル・エモットは「核放棄を要求しても、北が同意する可能性はゼロだ。」「近隣諸国を攻撃するリスクがあり、朝鮮戦争を勝利する」(毎日新聞Web2019.3.17)狙いがあるとまで言っている。これも交渉自体の意味を疑うものだろう。(その後でエモットは論理的に矛盾する文脈で緊張緩和が目標のひとつだと挙げているが)

トランプ政権はイランとの核合意を離脱した。また、同盟国に軍事費負担増を要求したり、宇宙軍の創設などロシアとの軍拡競争に走っている。それらは軍事力を背景に、緊張や摩擦を増大させることであり、北との緊張緩和とは矛盾する行為である。それらは今までのアメリカの外交政策とは異なるものであることが分かる。つまり、トランプにあるのはアメリカファーストだけであり、一貫した外交政策などないのだ。トランプは今までとは異なることをやりたいだけなのである。一貫した政策がなく、「出たとこ勝負」なのである。そのため表向きとは別に、専門家の意見を無視することができないのだ。

西側の専門家が北に懐疑的なのは、過去の北との交渉において、北が核放棄の約束を何回も破ってきたからというのが多くの見方である。しかし、この見方は日米間の通常軍事力が北を数百回も壊滅できる実力を持っていることを無視している。交渉の期間中に中東において反米の「独裁者」が直接にしろ間接にしろ、西側の軍事力によって殺害されたことを無視している。また、反米を掲げる者は暗に理性があると見なされていない。エモットが「近隣諸国を攻撃する」と言うが、そんなことをすれば、西側の軍事力によって北が壊滅するのは明らかだろう。これでは、北は集団自殺に走るレミングのようなものだと言っているに等しい。

北が制裁によって多大な経済的マイナスがあるにもかかわらず核放棄を渋るのは、、日米間の軍事力が強大であり、敵対関係が終了していないからである。だから、朝鮮戦争の終戦宣言とアメリカとの国交を要求しているのである。

4.動いたのは北

15日になって、北の外務次官は「妥協するつもはない」とアメリカとの交渉を中止することも検討していると警告した。それ以前にもミサイル施設の再建の動きを見せている。要するに、アメリカがこのまま妥協を拒否すれば、核・ミサイル計画を再開するという意思表示である。それに対しアメリカは、ポンペオが「対話は継続する」と述べただけで、大きな動きは見せていない。

北の方が動いたのは、北にとっては朝鮮戦争の終戦宣言もできず、肝心な制裁が何ら緩和されなかったからである。北が核開発を凍結したのに対し、軍事演習の縮小しか得られていないのは納得がいかないのである。しかし、今後、アメリカがどう動くのかはまったく予想がつかない。アメリカがこのまま妥協を拒否し続ければ、北は核・ミサイル開発を再開し、元の木阿弥に戻るのかもしれない。

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