臨済宗南禅寺派圓通寺

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仏とは何かその1

2023-06-27 | 仏教
仏とは何かその1
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大乗仏教の戒律

2022-07-25 | 仏教

大乗仏教の戒律
〇白隠禅師は「枕元に薬があれば必ず病人だ」といっている。健康なら薬はいらない。戒律も同じ。
 「禅では、最後は戒律も捨てる」これがポイントで結論。
  • 六波羅蜜は大乗仏教だけ。一口に大乗仏教といっても多くの宗派がある。
  • 鑑真(688~763)は聖武天皇の要請を受けて唐から5回目の渡航でようやく来日し、日本に正式な授戒会を伝えた。鑑真は『四分律』の専門家とされ、これは上座部の戒律と全く同じ。在家信者には「八斎戒」または「五戒」が説かれます。これは上座部仏教の信者と変わりない。
〇上座部(スリランカ)の祭日
  • 毎月満月の日・ポヤデーは、肉屋、魚屋、酒屋は休み、魚市場も休み。レストランも飲酒は禁止。この習慣は大乗仏教国にはない。
  • 祖母が言っていた「お盆には虫を殺してはいけない」

〇禅の戒律は「十重禁戒」と呼ばれます。禅では、戒は本来、自分に備わっているというのがその趣旨です。
上座部では「ダーマは自らに備わる規範」。これと同じ。
  • たとえば「不殺生戒」では、生き物を殺さないだけではなく、生き物の命を活かす努力を求められます。その上に慈悲のこころに気付くことが大切です。
  • 日常生活において生き物を殺さずに生活するのは不可能です。私たちは生き物の恩恵の上に生かされています。
  • 信仰心の篤い方に「人の物を盗むな」という必要はありません。正しい生活を送っている人に「何々するな」という必要はありません。そのように正しい生活には戒律は必要ない。でも最初から軽く考えてはいけない。
  • 止悪修善、悪いことはしないで良い行いをする、口で言うのは簡単ですが、実行するのは難しい。
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ブッダの最初の弟子 コンダンニャ

2022-07-22 | 仏教

 
ブッダの最初の弟子コンダンニャ
〇ブッダは菩提樹の下で悟りを開いた後サールナートまで行き友人たちに説法した。『初転法輪経』
  • ブッダは最初だれにも理解されないと思って黙っておられたが、は梵天に説得されて説法をすることにした。「世の中には心の穢れの少ない者、智慧の発達したもの、善行為をよろこぶものがいると観察したうえで説くことを決意した。『マハーワッカ』  

〇 コンダンニャはブッダが生まれたときスッドダーナ王に雇われた8人の占い師の一人

〇サンユッタニカーヤ vol1、第8篇第9節「コンダンニャ」
  • 「ときにアンニャータ・コーンダンニャ尊者はいとも久しくたってから、尊師のところをおとずれた。
  • コンダンニャの葬式 象が食べ物を運んだ。池のほとりで静かに息を引き取った。ヒマラヤの山々が涙を流した。
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涅槃の教え

2022-07-19 | 仏教

涅槃の教え
◯クシナーラ城跡、聖王へのあこがれ
◯スダッタの入門
◯のどがかわいた水をくれ
◯アーナンダーのことば
◯ブッダの最期のことば
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亡き人は何を望むか

2022-07-17 | 仏教

◯日本仏教は儒教習慣を取り入れている

◯論語八佾第三「祭るには在すが如くす。神を祭るには神いますが如くす」
孔子の考えではなく、伝統的な教えだろう。誠意が大切。

◯レナード・ケルプ氏の三回忌
 亡き人は遺族に何を望むか
 健康 ・ 繁栄 ・ 安心

◯普遍的な宗教観 理屈ではない世界
人生は解決に困ったことが起きることがある。そのときどうするか。「亡くなったお母さんだったらどうするだろうか」と考えるといい。それが共に生きること。
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仏像は何処でできたか

2022-07-16 | 仏教

  • 紀元前1世紀から4世紀にかけて中央アジアから北西インドを領有したイラン系民族のクシャン王朝がありました。2世紀にこの国にカニシカ王(在位144?~171?)が出て仏教をあつく保護しました。この国は、西のギリシャ、東の後漢の中間に当たりましたのでシルクロード貿易で多くの富を成しました。遺跡からはギリシャ金貨や、それを鋳つぶして鋳造なおした金貨がたくさん出土しています。
  • 当初、カニシカ王は広い国土を治めるにあたり仏教を利用したといわれていますが、王自身はだんだん仏教に深く帰依し、ガンダーラのラニガト遺跡に見られるような大規模な仏教寺院や仏塔、仏像を建立するようになりました。仏像はギリシャ文化の影響を受け、この地で初めて作られるようになりました。

  • この地方では多くの墓が発掘されています。仏教徒になる前のクシャン人は人が亡くなると口に金貨をふくませて埋葬しました。そうすれば亡き人は天国に行っていい生活ができると考えられていたのです。

  • 仏教では、この世の富は来世にはもっていけないと説きます。この世で自ら正しい生活をし、お返しができない人に施しをするなどの功徳を積むことでブッダの悟りに近づけると説きます。カニシカ王はインドから来た僧侶のそのような説法に耳を傾けました。

  • 仏像彫刻の経緯ガンダーラで仏像ができる前、仏教徒は法輪を拝んでいました。当時、戦いのときに戦車の上にのって兵士が投げる鉄製の武器がありました。仏教では煩悩を破壊し教えを広める象徴にこれを転用しました。あるいは戦車の車輪がその由来だとする説もあります。ラニガト遺跡からそのような法輪を拝む仏画が発掘されています。
  • それまでは、それまで仏教ではブッダの像を作ることを禁止していました。クシャン人は王様や神、あるいはアレクサンダー大王を石に彫っていましたので、ブッダの像も掘ってみたいということになったのでしょう。そこにはきっとギリシャから来た職人がいたのです。ガンダーラにはギリシャ風の豊かな着物をきたブッダの像が残されていて、すがすがしく、凛々しい姿です。彼らは感動を以てブッダを拝んだでしょう。
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スリランカの友人

2022-07-14 | 仏教

◯以前の動画「スリランカ仏教の印象」でカンデア・ルーイ・ダッチ・スクールの紹介をいたしました。今日は同校の校長B和尚を紹介します。和尚は18歳で出家、オランダの奨学金を得てミャンマーの仏教大学を卒業し、帰国後バデガマ市内ズツゲムヌ・ロイヤル・テンプルの住職となられました。
スリランカの寺院では熱心に福祉活動をしておられます。それは外国からの寄付、国内の信者さんからの寄付によるものです。寺院の主な活動は福祉支援であるといってもいいでしょう。日本とは随分事情が違います。和尚が今までに育てた弟子は28名だそうです。

◯B和尚
「遠いところをようこそおいでいただきました。この施設に限らず日本人の僧侶がスリランカにおいでになって上座部仏教の施設で講演されるのは初めてです。ご存知のようにスリランカは社会的に混乱している状態です。皆どうしていいのか分からないと悩んでいます。どうすればいいか、どう考えればいいのか、そこのところをお話していただきたい。あなたの講演原稿を読みました。私は大賛成です。ハイスクールの講堂に生徒と先生、僧侶方あわせて150名にそのことを伝えていただきたい。英語で講演していただいた後、後輩の僧侶がシンハラ語で通訳します。私は日ごろ、みなさんにこのように言っています。ブッダは神ではない、人間である。歴史上の人物であるが同時に一人一人の中にある存在だ。ブッダは自分のことである。ブッダの教えは宗教だけではない。政治、経済、商業、すべてにわたっている。それが素晴らしいのだ。生活の中にブッダの教えがある、と言っています」
吉富「ありがとうございます。お世話になります。」

◯セネハサシニアホーム・ホスピタルの差し向かいに6年制のハイスクールがあります。そこの講堂での講演会でした。はじめに「君が代」次に「スリランカ国歌」斉唱がありました。おどろきました。地元仏教会の長老さまが隣に座っておられて、私にこのように話してくださいました。
長老さま「スリランカの経典“スッタニパータ”(一部分)をこのように英訳していただき有り難う。これはたいへん大切な教えです。ブッダの中心をなす教えですので若い人たちに伝えなければならない。是非分かりやすく伝えてください」
長老さまの生徒さんへの説法があって、およそ一時間半の平和授業でした。
最後に「このような機会をいただき本当に感謝いたします。これからの仏教の方針は国際協力である。お互いに手を結んでいきましょう」と皆さんに申し上げました。
Introducing my friend, Ven. B. Thero , 
The head of Can Der Lui Dutch School in Baddegama, Southern Province, Sri Lanka. Ven. B. Thero became a monk at the age of 18 and graduated from a Buddhist university in Myanmar with a scholarship from the Netherlands. After returning home, he became the head of the Dutugemunu, Royal Temple in Baddegama City.

Ven. B. Thero is actively involved in welfare activities in Sri Lankan temples, supported by donations from foreign countries and local believers. The main activity of the temple can be said to be welfare support, which is quite different from Japan. He has trained 28 disciples thus far.

Ven. B Thero said, "Thank you for coming far away. It is the first time for a Japanese Buddhist monk to come to Sri Lanka and give a lecture at a Theravada Buddhist facility. As you know, Sri Lanka is in a state of social turmoil, and everyone is worried and doesn't know what to do. I would like you to speak about what we can do and how we should think. I read your lecture manuscript, and I completely agree with it. I want you to tell 150 students, teachers, and monks in the high school auditorium about it. After you speak in English, a junior monk will interpret it into Sinhalese. I always say to everyone that Buddha is not a god. He is a human being. He is a historical figure but also an existence within every one of us. Buddha is about oneself. Buddha's teachings are not just about religion; they cover politics, economics, commerce, and everything. That's what makes them wonderful. Buddha's teachings are in our daily lives."
The speaker responded, "Thank you very much for your hospitality."

The lecture was held in a six-year high school auditorium across from the Senehasa Senior Home Hospital. First, the Japanese national anthem was sung, followed by the Sri Lankan national anthem, which surprised the speaker. The local Buddhist elder sat beside him and said, "Thank you for translating the Sri Lankan scripture 'Suttanipata' into English. This fundamental teaching forms the core of Buddha's teachings, so it must be passed down to young people. Please explain it clearly." The elder then gave a sermon to his students for about an hour and a half, making it a peaceful lesson.

 Finally, the speaker said, "I am truly grateful for this opportunity. The direction of Buddhism from now on is international cooperation. Let's join hands with each other."


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ロウソクと線香

2022-07-11 | 仏教
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ブッダの悟りに近づくために

2022-07-10 | 仏教
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カボチャの種

2022-07-06 | 仏教
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無常について

2022-07-01 | 仏教
無常について
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中道について

2022-06-29 | 仏教
中道について

・琴糸のたとえ「ソーナよ、張りつめたことの糸は切れてしまう。糸を緩めると琴の音は出ない」『雑阿含経』『パーリ語経典相応部』
禅では「道にあたる」とよみ、偏らずに実行すること。

・ソーナは修行に頑張りすぎた。悟れないので僧侶をやめたくなった。

・お医者さまから「頭に腫瘍ができている」といわれました。でも分かってよかったと思います。今は一日一日を大切に生きています。Kさん76歳
一日一日大切に生きる、これが中道、真ん中の道ではない。

・スリランカの寺では「信者さんの僧団施設」がある。中道は相談の指導方針だそうだ。仏教各宗派では中道について多くの教えがある。

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ハスの花は悟りのシンボル

2022-06-24 | 仏教
ハスの花は悟りのシンボル
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スリランカ仏教の印象

2022-06-22 | 仏教
スリランカ仏教の印象
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南無阿弥陀仏

2022-06-15 | 仏教
南無阿弥陀仏
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