Tomotubby’s Travel Blog

Tomotubby と Pet の奇妙な旅 Blog。
でもホントに旅 Blog なんだろうか?

「ミニ・チョゴリ」と「トップレス・チョゴリ」

2006-11-29 | 好韓嫌韓・厭鮮
本来、この記事はナムジュン・パイクについての特集記事四回目の前置きなんですが、脱線して長くなりそうな気配なので独立させて、何回かに分けました。

朝鮮の伝統衣装チマチョゴリの変遷を調べていて驚いたのは、李氏朝鮮時代末期にチョゴリの丈がどんどん短くなって、下着にあたる胸当てが丸見えるまでに露出度が高くなったことでした。いわば「ミニ・チョゴリ」。儒教を国教とする李朝に相応しくないセクシーな風俗のような気がして、これは妓生(キーセン)のような花柳界の女性に限定された風俗だったに違いない。と考えました。例えば↓このような美人画のモデルは髪型から判断して妓生です。


「ミニ・チョゴリ」作者不詳、李人文、申潤福の美人画

ところが当時の風俗画を調べていくと、「ミニ・チョゴリ」は李氏朝鮮で広く普及・流行していたことが分かります。例えば↓のような絵。カラフルなチマ・チョゴリから両班階級(科挙官僚階層)を描いたものではないかと思われます。中人(職人階層)・常人(一般農民)と、賤民の階級は、一般に白一色のチマチョゴリを着ていたそうです。


金俊根「新婦宴席」


金俊根「端午鞦韆」

こうしてチョゴリ画像を調べていて驚いたのは、「ミニ・チョゴリ」よりさらに露出度の高いチョゴリが存在していたことでした。「ミニ・チョゴリ」から見える胸当てが取り外されて、裸の胸を露出させているのです。いわば「トップレス・チョゴリ」です。あな恐ろしや。


「トップレス・チョゴリ」作者不詳、申潤福、蔡臣

まず、2003年から2004年にかけて、中国や台湾の人たちがネットで「朝鮮露乳装束」「坦胸露乳裝」の存在を指摘しました。これに対して韓国からは、当然のように、そのような破廉恥な習俗は存在しえない。歴史捏造だ。と反論が上がります。しかし、合成写真とは思えない数々の写真や、欧米人の描いた版画までが物証として見つかったことで、韓国ネチズンは戦況不利と感じたのか、本件について沈黙を保っています。日本に数多ある「嫌韓」サイトや掲示板が、韓国を攻撃・愚弄するネタとしてこの奇妙な風俗を利用しない筈もなく、「乳チョゴリ」とか「乳出しチョゴリ」と呼んでネットで繰り返して取り上げたため、チマチョゴリについて検索すると否応なく「トップレス・チョゴリ」の記事にぶつかるのです。↓は、見つかった写真や絵画を台湾サイドでビジュアルにまとめたものです。


台湾発「トップレス・チョゴリ」の「まとめ」

つづく
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Tokyo Underground III

2006-11-28 | Japan 日常生活の冒険

A labyrinth for a blind, Komazawa Univ.


Tubes, Zinbocho
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巨大円錐温泉、夢の原体験を探る (3)

2006-11-27 | Africa Afrique
今も先月末に見たあの巨大円錐温泉の夢のことが気になって気になって仕方がありません。

睡眠中、自分の見た夢の原体験について一度ならずとも二度にわたって取り上げ、さらにしつこく三度も取り上げるのは誠に忍びないのですが、件のモロッコ料理店内でふと目にしたものが、夢に出てきた円錐温泉の構造にあまりにも似ていたのです。

これ↓です。





この円錐形のふたのついた陶器を「タジン鍋」と呼び、この鍋で作った料理のことを「タジン」と呼ぶのです。お店に並べてあるカラフルな鍋は、鍋というより、料理を盛りつけるための器で、一般的な「タジン鍋」は赤褐色の土鍋です。「タジン」は、食材に水を加えずに「タジン鍋」で長時間蒸して、食材に含まれる水分を用いて作ります。水の少ない砂漠の国ならではの料理です。

入れ子構造ではありませんが、中央には料理が載っていて、内部はまさしく蒸し風呂。「タジン鍋」を見ていて、Tomotubby は、夢の中で巨大なタジン鍋の縁の部分を歩いていたような気がして少し眩暈を覚えました。

つづく
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東京で味わうモロッコ その1(世田谷区)

2006-11-26 | 「東京で味わう」シリーズ
前回、クスクスを食べに三軒茶屋駅近くのカスバ、じゃなかったエコー仲見世商店街の中にあるカフェ「ロワゾー」へ向かった Tomotubby であったが、そこで目にしたものは、下ろされたシャッターに貼られた無期休業のお知らせであった。店主が体を壊したのか療養中らしい。がっくし。

しかし、東京は広い。というか、世田谷は広い。それも田園都市線沿線にはモロッコ料理店がまだ二軒もあるのだった。恐るべし?

気を取り直して向かった先は、駅前スーパーでクスクスのパスタを買ったあの二子玉川。そこから目と鼻の先、高島屋の裏手にモロッコ料理店はあった。「ル・マグレブ

床には絨毯、天井にはランプ、水煙草が並び、一角にはアーチがしつらえられた店内は異国情緒満載。おまけに週末の当夜はベリーダンスの出張ショーまであるのであった。クスクスを食べるのが目的だったけど、いろいろ挑戦したくなって、コース料理をオーダー。こんなの↓


ハリラスープ(左) と 三種のモロッコサラダ(右)


シェフにお任せ前菜(左) と 魚のクスクス(右)


クスクスがパスタなのがわかるかな?


チキンタジン 地鶏とジャガイモのレモン味煮込み料理


最後にミント・ティーを淹れてもらう


ベリーダンサーは日本人
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クスクスを食べに行こうぜ

2006-11-25 | 「東京で味わう」シリーズ
先日エジプトのことを書いた後で、今度の「東京で味わう」シリーズは、アフリカ料理で行こうかな。と考えまして、渋谷パルコ裏にあった珍しいエジプト料理のお店のことを思い出しました。地下にある店内には、実験器具のように大仰な水煙草の道具がいくつも並べてあって、日本人の男子数名がややこしいフレーバーの水煙草をオーダーしてスパスパやっていたのがどこか奇妙な光景でした。料理はトルコ料理とそっくりだったけど。

東急ハンズに行った帰りに、そのお店を探してみたんですがどこにも見つかりません。わが大脳皮質に刻まれし記憶の場所に間違いなければ、どうやらベトナム料理のお店と入れ替わってしまったようです(どこかで営業してたらごめんなさい)。

唐突ですが、アフリカ料理といえばクスクスが有名。パリで何度か食べたことがあります。パリにはアフリカからの移民が多く住んでいます。特に北駅の北側の18区に多く、美味しいアフリカ料理のレストランは勿論、ハマム(蒸し風呂)や TATI という名前の彼ら御用達の衣料スーパーなんかがあります。Tomotubby は、今夏、多摩川の花火大会を観た帰りに、二子玉川のスーパーで、箱に入ったクスクスを見つけ衝動買いしてしまいました。しかし中身は単なる細切れのパスタ。ソースの調理方法がイマイチ分からないので、そのまんま放ってあるのでした。

ならば、クスクスを食べに行こうぜ。ついでにミント・ティーで憩うぜ。レシピもこっそり調べるぜ。と帰結しまして、膳は急げ。三軒茶屋の駅近にある、モロッコ料理のお店「ロワゾー」へ直行。しかし.....

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(追記)渋谷で見つからなかったエジプト料理のお店、名前は「エル・サラーヤ」といって渋谷から四谷駅近くに移転していることが判りました。
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「Spoon」の編集者って

2006-11-22 | Europe ところどころ
ベルギーに古本屋さんの集まる村があるらしい。「Redu(ルデュ)」という名の村。年に一回「La Nuit du Livre(本の夜)」というお祭りが開催されるらしい。いったいどの辺にあるんだろう? ブリュッセルからは遠いのかな?と、この村が特集されている雑誌「Spoon」12月号を買うため本屋さんへ。で、立読みしてたら、シンジラレナーイ間違いを発見。あきれてしまって買わないで帰りました。


巻頭特集「ベルギー、古本村への旅」

問題の箇所、右側のページを拡大した写真をケータイで撮っておきました
(クリックすると少し大きくなります)



でも見えにくいので、解読して以下に勝手に引用:-

レゴランドを訪ねにデンマークとドイツへ、絵本を探しにまだブームが訪れる前のチェコへ、「長くつ下のピッピ」で知られるリンドグレーン作品の世界をテーマパーク化したアストリッド・リンドグレーン・ワールドを訪ねにスウェーデンへ...など、これまでいくつもの国を訪れ、そこにしか存在しない文化的な空気をお伝えしてきました。さすがにもう文科系女子を魅了するカルチャー・スポットはないだろうと思っていたのですが、世界はまだまだ広かった!「ベルギーに古本屋しかない"本の村"があるらしい」そんな情報を小柳帝さんに教えてもらったのが今年の初夏、"ベルギー"と"古本の村"をキーワードにリサーチしたところ、ベルギーの首都・ルクセンブルグから250キロほど南下したところに「Redu(ルデュ)」という古本村があることを発見、しかも.....


ベルギーの首都が、ルクセンブルグ?
ルクセンブルグは、ルクセンブルグの首都ではなかったの?
ルクセンブルグから250キロも南下したらフランスに入るじゃない。
ちゃんと取材してるんでしょうか?

ま、心の広い Tomotubby は、このくらいのミスなら許せるのですが、「Spoon」のホームページを見て許せなくなりました。同じ12月号の紹介です。



今度は、ベルギーの首都・ベルギーですか?
出稿後、ルクセンブルグじゃないことに気づいて改めたんでしょうけど、確かめてるのかな。
文科系女子をターゲット読者にしてるらしいけど、なめんじゃない。
これだから地理や世界史を勉強してない高校生は卒業させるべきではないのだ。
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イランの金魚 ~金魚をめぐる旅 その12~

2006-11-20 | Asia 「圓」な旅
深夜放送で観た映画「風の絨毯」のホームページが生きていて、そこで公開されている予告編を見て余韻を楽しんでいたら、↓のようなシーンを見つけました。子供たちが燃えている火の上を楽しそうに跳んでいきます。



テレビで放映されていたときは気づかなかったのですが、これは、イラン暦の年末、イランで行われる火祭り「Chaharshanbe suri」ではないかと思います。イラン暦では西暦3月20日がお正月「Noruz」(新しき日) で、このお祭りはお正月の前の火曜日の夜に行われるそうで、イランでイスラム教が広まる前に信じられていた拝火教、ゾロアスター教の名残らしいです。映画の季節は冬のようなので、映画はお正月を跨いで撮影されたのでしょう。

「風の絨毯」は、西暦2003年5月12日に日本でロードショー、前年の2002年秋の東京映画祭でプレ上映されているから、撮影は恐らく西暦2002年の初めに行われていたと推理できます。調べてみると、2002年のイランは西暦3月20日の夜にイスラム暦で新年を迎えています。高山の春祭りに間に合うように絨毯を二十四時間体制で織る!というのが映画の筋書きでしたが、高山の春祭りは例年、桜の季節4月14、15日に行われることが決まっており、ちょうどこの祭りが目前で勘定が合います。

もうひとつ、ホームページには、↓のような写真もありました。



こちらもテレビで放映されていたときは気づかなかったのですが、さくらとルーズベの傍らには金魚が泳いでいます。有名なイラン映画でマジッド・マジディ監督の撮った「運動靴と赤い金魚」というがありまして、「「運動靴と赤い金魚」の国からまた新しい名作が生まれました」というのがこの映画のキャッチ・コピーであるから、ひょっとするとこの金魚はマジディ監督へのオマージュなのかな。それともマティスへのオマージュ?まさか、そんなことはないだろう。と思ったりしました。

金魚は縁起物で、イランのお正月「Noruz」に飾られる「Haft Seen」とともに並べられるそうです。「Haft Seen」とは「七つのS」という意味で、ペルシャ語の単語で頭にSのつく七つの品物を「Noruz」の期間にテーブルに飾る、ゾロアスター教起源の習慣です。イランでは古来「7」という数字が天使の数にあたり、悪に対する正義の勝利を象徴する神秘的な数です。以下の品から七つ選ばれ、Sofreh(テーブルクロス)の上に飾られるようです。
Serkeh(酢)
Seeb(リンゴ)
Seer(ニンニク)
Senjed(ホソバグミ(ロシアン・オリーブ)の実)
Somaq(スーマック(香辛料))
Samanu(小麦の麦芽で作ったクリーム・プディング)
Sabzeha(緑の草、皿で麦やレンズ豆を発芽させます)
が一般的で、この他にも
Sekke(硬貨)
Sonbol(ヒヤシンス)
Sham(点された蝋燭)
Saat(置時計)
Shahnameh(ペルシャの王について書かれた書物)
これらのほかに、生命を象徴する金魚が、鏡、コーランなど聖なる書物、色をつけられた卵、ボールに浮かせたオレンジ、ローズ・ウォーターを入れたフラスコ、真鍮の皿に並べられたハーブなどと Haft Seen の周りに並べられます。


Haft Seen

イランではお正月前には金魚を売る市が立ちます。以前はお正月が終われば金魚を川に放っていましたが、最近では家で飼い続ける人が多いそうです。

つづく
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「風の絨毯」 イスファハンは意外に寒い

2006-11-19 | 映画・ロケ地訪問
昨日の深夜3時にテレビを点けたら「風の絨毯」というイランと日本の共同制作の映画を放映していました。イラン映画というと、キアロスタミ監督の子供が主役の映画、例えば「友だちのうちはどこ?」なんかをイメージします。あの映画もテレビで見まし。少年が友達のノートを間違って持って帰ってしまい、返しに行くけどその子の家の場所がわからない。探している間に日が暮れてくる。という至ってありふれた内容なんですが、子役の演技はフィクションの筈がまるでドキュメンタリーに見えるほどの自然で、心を打たれるのには正直驚きました。カマル・タブリーズィー監督の「風の絨毯」もドキュメンタリー調で、やはり子供が主役。看板俳優は榎木孝明やレザ・キアニアンなのかもしれませんが、イランの少年を演じたファルボー・アフマジュー君の演技、特にウルウルした瞳の演技がピカイチでした。


ルーズベ役のファルボー・アフマジュー君。イスファハンは意外に寒いのであった

あらすじはこんな感じ。

飛騨高山の祭の山車に飾る幕としてペルシャ絨毯をデザインした妻が交通事故で亡くなり、古美術商の夫は、ショックで心を閉ざした娘、さくらを連れて、イランの古都、イスファハンに発注した絨毯を受け取りに行きます。イランの絨毯の輸出商アクバルとその妻は彼らを暖かく迎えます。また、病床の父に代わり観光用の馬車の馭者を務める少年、ルーズベはアクバルの甥ですが、さくらと始めて会った日から彼女に惹かれ仲良くなります。


さくら役の柳生美結ちゃん

ところが発注した絨毯が手違いでまったくできていないことが発覚、完成するまで2ヶ月かかるため祭に間に合わないことを知り、腹を立てた父は日本へ帰ろうとします。織子が三交代で絨毯を編めば間に合うとルーズベはアクバルを説得し、ついには彼の情熱が絨毯工房の人たちを動かします。
人々の協力もあり、いくつもの困難を跳ね返して絨毯は仕上がっていくのですが、完成してしまうとさくらと別れなければならないことをルーズベは悲しみます。二人は完成間近の絨毯の端にこっそり青とピンクの糸で結び目を残すのでした。

最後のシーンは再び飛騨高山、桜満開の中の祭で、縦に長い絨毯を飾った山車の巡行するのが映り、ルーズベとさくらの残した青とピンクの小さな結び目がクローズアップされます。気がついたら5時になっていました。

つづく
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ヴェールを着用する女性たち・他

2006-11-17 | Asia 「圓」な旅

李氏朝鮮の両班階級の女性

李氏朝鮮時代の両班階級の女性の外出着の写真を見つけました。これは50代の女性が着る服とのことです。なぜなら、両班階級の女性は出産可能な年齢、16歳に達すれば、年下の10歳になるかならない男子と結婚し、以後、50代になるまで嫁いだ家から外出することは許されず、どこかのやんごとなき女性のように、ひたすら子供を、跡取りの男子を産むことを求められました。

嫁いでしまうと、夫以外の男性と話すことはおろか、他の男性を見ることも禁じられていたそうで、他の男性に手が触れただけでも手を切り落とされたり、他の男性をぼんやり眺めていただけで自殺を命じられたりしたそうです。50代になって外出できたとしても、夫以外の男性にその姿を晒すことは不貞とされたため、暗くなってから、このようなヴェールを身に纏って道を急いだということです。前に取り上げた、同時代を生きた妓生の派手な生活や衣装とは対照的です。


イラク出身の女性 ファーティマ・アイシャ・ホメイニさん

一部の厳しい戒律を守るムスリムの女性は今も顔が見えないヴェールを着用していますが、以前、海外渡航のためのパスポートはこのようになっていたそうで、まるで何かの冗談のようです。写真の出所が不明なため、もしかすると冗談かもしれませんが。

少し古いニュースですが、2005年6月3日付けのイスラム・メモ(いつも見慣れているサイトと左右が逆なのが新鮮)によると、
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モリタニアの警察官により殴打された直後、首都ヌアクショットの国立病院に運ばれた2日後に、ザイナブ・ビント・ユーソフさんは、昨夜息を引き取った。

医師団によると事の顛末はこうだ。警察官が妊娠7ヶ月のザイナブさんが通りでヴェールを被っていることに抗議して殴りかかり流産させた。病院に担ぎ込まれ帝王切開手術をしたが、病状が悪化して死亡した。

モリタニアの治安機関は、ザイナブさんへの暴行は、公道でのヴェール着用を禁止する国家の命令違反が理由であると発表していた。政府はヴェール着用を、アルカーイダの指令に従う行動だと見なしている。

ザイナブさんが死亡する前に、パリに本部を置くモリタニア人権監視団体は、道路上での女性の拘束や襲撃を非難する声明を出した。
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ヴェールを着用していたばかりに暴力を受け死んでしまったという悲劇的な事件でした。


アメリカ人の変装

この写真もちょうど一年前のものです。ヴェール着用の子供を連れた人はアラブ首長国連邦・ドバイを訪れたアメリカ人なのですが、ショッピング・センター「イブン・バトゥラ・モール」で買い物をするためにアラブ女性に変装していたそうです。この後、女子トイレでメイクをしているところを見つかって警察に連行された御馴染みマイケル・ジャクソンさん(当時・47)でした。

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Michael Jackson’s toilet faux pas in Dubai
By Amira Agarib

13 November 2005

DUBAI When she went to the ladies washroom in the Egyptian Court of Ibn Battuta Mall at 9.30 last night, 37-year old Latifa M. never imagined that she would come face to face with pop icon Michael Jackson, who walked in dressed in a T-shirt and trousers, with his head covered with the Emirati women’s traditional head scarf Sheila.

The Tunisian, who is a teacher in a private school in Dubai, screamed in shock and ran out of the ladies room when she realised that the woman-like person was a man. She went back in to photograph the pop singer with her mobile phone, while he was busy fixing his make up.

This time it was the turn of Michael Jackson who ran after the Ajman-based teacher, to retrieve the pictures. The scene attracted the security of the mall, who tried to take the phone from Latifa, but she refused and asked for compensation, while the two women accompanying Jackson tried to convince her to sit in private and settle the issue.

Wary of this suggestion, the teacher called the police. Colonel Abdul Jalil Al Mehdi, Deputy Director of the Preventive Security Department of Dubai Police, took the matter in his hands and tried to solve the issue, while Jackson left it to his companions to explain who he is and solve the matter.

While Latifa insisted on compensation, Jackson flatly refused to pay up. The police informed Latifa that the UAE laws do not entitle her to any financial gain from the situation and they convinced her to hand over the mobile, which she did after erasing the photos for the fear of being penalised.
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フィリピン料理「アドボ」を作ってみた

2006-11-16 | Asia 「圓」な旅
フィリピンの家庭煮込み料理「アドボ」を作ってみました。

前に駒沢公園近くにある煮込み料理のお店「かっぱ」を紹介しましたが、このお店からさらに公園通りを南に行くと「バンダナ」という煮込みというか、シチュー専門のお店があります。ここは最近、TOKIOの「メントレG」でも紹介されたことがあり、チキンとポークの入った名物料理「アドボ」を食べることができるのです。「かっぱ」と同様、お持ち帰りもできます。(老婆心ながら、ここのホームページ、SEO(サーチエンジン最適化)対策した方がいいよ。お店の名前を画像にしてるから検索でじぇんじぇん引っかからないっス) 酢が多く入っているので、食後に体が暖まります。


「バンダナ」で食べたアドボ。煮込み料理は写真撮るのが難しいです。

作るのが簡単そうなので、「バンダナ」で食べた味を思い出しながら試しに作ってみました。

用意するもの:
鶏肉 手羽先やシチュー用のもの
豚肉 バラ肉
醤油 1/2カップ
米酢 1/2カップ
砂糖 大匙2杯
胡椒 少々
ニンニク 2かけらを薄切り
水 カップ2杯
玉葱 1個
じゃが芋 5~6個
ニンジン 半本
月桂樹の葉 2枚

作り方:
ボールに醤油と米酢と砂糖を入れて混ぜ、胡椒とニンニクを入れます。これに鶏肉と豚肉を一時間くらい浸けておきます。これらを鍋に移し、色が変わるまで肉を煮ます。次に水を加えて、玉葱、ニンジン、月桂樹の葉を入れ、さらに煮ます。最後にじゃが芋を加えて、芋全体が色づいたら出来上がりです。


Tomotubby 風アドボ。肉じゃがじゃないよ
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