Tomotubby’s Travel Blog

Tomotubby と Pet の奇妙な旅 Blog。
でもホントに旅 Blog なんだろうか?

【5周年記念 兼 おくやみ】 九分は「女衒 ZEGEN」のロケ地だったりする

2008-10-07 | 九分、台湾のポジターノ!?
昨日は「餃子像」が壊れてしまい、別に悲しみに打ちひしがれていたわけではないが、ちょこっとだけ悲しいので記事にしてみた。今日は、生前、餃子が好きだったかどうかは知らないが、緒形拳が5日に死去していたことを知った。

まさに口あんぐりである。

信じて貰えるかどうかわからないが、実は、ここの「5周年記念」企画で予定していた「九份」篇の目玉は、今村昌平・監督、緒形拳・主演の「女衒 ZEGEN」なのであった。他にも緒方拳は、宮尾登美子の「櫂」や「陽暉楼」の映画化作品にも出演しているが、演じた役柄は芸妓紹介業、つまり「女衒」のようなものである。「女衒」は、緒方拳にとっての、いわば当り役なのである。そして今や台湾の観光地となった感のある「九份」は、かつてうら寂れた街であった時代に「女衒 ZEGEN」の魅力的なロケ地として使われていた。わたしは先週末から「女衒 ZEGEN」のDVDをパソコンの傍らに置きっ放しにしていて、そろそろ何か書こうかな?と思案していたところで訃報を聞いて、この偶然に大いに驚いた。「九份」をロケ地にした映画というと、侯孝賢・監督の「悲情城市」ばかりが取り上げられ、ご多分に漏れず、このブログでも取り上げたりしたが、日本の「女衒 ZEGEN」だって負けてはいないのだ。ご冥福をお祈りいたします。
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船戸与一「瑞芳霧雨情話」

2007-02-16 | 九分、台湾のポジターノ!?
福建省厦門(アモイ)は、かつて共同租界地だった鼓浪嶼(コロンス)島が最近TVでよく取り上げられたりして、Tomotubby にとって激しく旅情をそそられる街です。厦門の街と海峡を隔てたところには、台湾の実効支配する金門島があり、かつてのような軍事的緊張は少なくなったとはいえ、そこには台湾軍が駐留しています。厦門と金門島の間は、近いところで僅か数km、厦門からの遊覧船クルーズ船上はもちろん、海岸からでも望遠鏡を覗くと台湾の兵士の顔つきまで判る距離で、中国大陸に数ある大都市の中では「戦争の記憶」を感じる街だそうです。その金門島を舞台にした船戸与一・著「金門島流離譚」が文庫として刊行されているのを見つけ買ったのですが、本にはもうひとつ「瑞芳霧雨情話」なる物語が併録されていました。「瑞芳」つまり台北縣瑞芳鎮。このブログでは御馴染みの九份一帯について書かれた小説だったのでした。

物語は、台湾大学で社会人類学を専攻し「日本統治時代の鉱山労働者の実態」について研究する日本人梅宮俊夫と台南出身のフィアンセ汪成美が、卒業論文を仕上げるため、歴史の証言を聞くため九份に住む客家でかつての瑞芳鉱山の伝説的人物、呉興福老人を訪ねるのですが、そこで、酷たらしく暴力的な事件に巻き込まれてしまうというもの。舞台は、九份の街から、火車站のある瑞芳、基隆河の河原、クライマックスは金瓜石、かつての鉱山労働者の住んだ宿舎跡の廃墟で惨劇が繰り広げられます。作者が侯孝賢監督の映画「悲情城市」の強い影響下でこの作品を書き上げたことは容易に推察できました。これらの場所を訪れた二年前の記憶、そして「悲情城市」で描かれた場面が、フラッシュバックのごとく甦りました(ということで、九分・金瓜石シリーズもぼちぼち再開予定)。


霧雨の瑞芳站にて
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【タワレコで発見】 非情城市?

2006-04-01 | 九分、台湾のポジターノ!?
ケータイで撮ったせいか鮮明ではないですが、タワーレコード渋谷店で見つけた侯考賢監督の映画DVDの紹介文。「悲情城市」ならぬ「非情城市」


非情城市?

実はこの間違いは珍しくないです。ネットにおいて「非情城市」と記された誤謬は、Google 検索すると、57,000件も見つかります。中には「はてなダイアリー」「関心空間」などもあるし「Amazon.com」の映画評にも見られます。「台湾・台北 旅行ガイド」なんかにもあったりします。当然、この映画の舞台となった九份に関わるホームページの多くにこの誤りが見られます。実は Tomotubbyも間違って記事をアップしたことあります。すぐ気づいたけど...


ほら、BLOG 360°にも、こんなに...(クリックするべし)

後で知ったのですが、香港の王晶監督が「非情城市」という映画を製作しているようで、未見なのですが「悲情城市」のパロディーと思われます。
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金瓜石の印象

2005-12-12 | 九分、台湾のポジターノ!?
金瓜石には日本統治時代に官営の鉱山があり、その産業遺跡を含めた中心地一帯が最近になって観光整備されました。そのため、どこか台湾らしからぬ風貌を持つ街となっています。台湾らしからぬとは、日本の新興地方都市にあるような整然かつ清潔な雰囲気で、日本人がノスタルジーを味わうためにやって来る隣街九分の混沌とは、全く正反対の印象なのです。民営の鉱山があって、台湾人労働者が集まり自然発生的に出来上がった九分の街が、かつて日本人によって造られた金瓜石の街に比べて、日本人観光客に人気があるのは、皮肉なことですが。

それでも金瓜石という街には他の街にないものがあります。それは特別な眺望です。少し高台に上ると、両側から基隆山と茶壺山の稜線が迫り、その狭間に見える鋸状の山々の向こうには海が見えます。山に高木が少ないせいか、壮大というか、どこか荒涼とした、地の果てのような風景です。


残念ながら天気が悪くて海はよく見えません。左の霧に霞んでいるのが基隆山
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金瓜石にもいた「あいちゃん」 (と 「あいちゃんが好きだぁ」の運転士)

2005-12-04 | 九分、台湾のポジターノ!?
先日、鹿児島妙見温泉に行ったとき、和気清麻呂を祀る和気神社内に「あいちゃん」という名の白猪が飼われていたことをブログに書きましたが、金瓜石にも「あいちゃん」の親類がいました。檻に入れられて、ちと窮屈そう。


ブヒブヒ~


「あいちゃん」というと、台湾とまったく関係ないけど、某地下鉄の運転士(41)が運転しながら「あいちゃんが好きだぁ」と叫んだとかで騒ぎになっていた。以下、勝手に引用:-

=======================================
[地下鉄乗客が非常通報]運転士が奇声上げる

東京メトロ東西線の男性運転士(41)が運転中に大声を出し、乗客が通報して電車が遅れるという騒ぎがあったことが分かった。同社によると、11月30日午後9時25分ごろ、中野発西船橋行き電車で、運転士が「アイちゃんが好きだー」などと奇声を発したという。同社は「運転士は独り言が多いタイプ」と話している。

2005年12月01日13時01分 毎日新聞


運転士の好きなアイちゃんが、何者なのか、有名人ならどのアイちゃんなのか(まさかこの方ではないとは思うが...)気になるところであるが、居眠りするよりマシじゃないかと思う。運転席は孤独な職場だし、そもそも蜜室であるからして、運転士にしても声が客席に漏れる筈がないという認識があるのではないか。

「運転士は独り言が多いタイプ」という会社側の発言は、今回の運転士について述べていると解釈できるが、運転士は全般的に「独り言が多い」職業ではなかろうか。よく乗務員が「右よし、左よし」とか、指差しをして何やらボソボソ言っているのを耳にするが、あれは会社側が言わせているのだろう。とすれば、一種の職業病なのかもしれない。

駅や電車の中などで独り言を言っている人をよく見かけるが、何度となく聞いた独り言ランキング第一位は、駅のアナウンスを真似るものだ。「次は~。~でございます」とか「発車間際の駆け込み乗車はご遠慮願います」とか、駅員になりきって独り言を言っている人を年に何度か目にする。中には駅員以上に駅員らしく話す人もいて、びっくりしたりもする。

アナウンスをしたくて運転士や駅員になる人もいるそうだし、そういう職業に就けなくて時折アナウンスしたくなる人もいるのだろう。

印象深かった独り言は、子供のとき、大阪・梅田の地下街で聞いたものだ。ごく普通のおじさんが背後からいきなり大声で「ち・り・め・ん・じ・ゃ・こー」と叫び、びっくりした。この独り言に遭遇した人は周りにも複数いて、このおじさんは長期間にわたって出没していた模様である。どうして「ちりめんじゃこ」なのか、意味は全く判らないが、凄いインパクトだったためか今でも忘れられない。
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「八角亭」--「悲情城市」 ロケ地めぐり 5

2005-12-03 | 九分、台湾のポジターノ!?
金瓜石で最初に見たかったのは、映画「悲情城市」で、林文清、呉寛美夫婦が営み、住んでいた写真館として使われた建物です。もともと理髪店(剃頭店)だったそうですが、八角形の珍しい外観が一度見ると忘れられないモダンな建築です。



バス停の地図を見ると「八角亭舊址」の文字がすぐに見つかりました。それもバス停からすぐ近くの場所に。「八角亭舊址」の下には、「悲情城市電影情景」の文字もあります。恐らくここも映画のシーンに使われた場所でしょう。高まる期待感♪

「三毛菊次郎邸」なる猫のような名前の日本人の住んだ旧宅のある角を曲がり、「時雨中学」という雨の日の多いこの地に因んで日本人が名付けたような名前の中学校の脇を通り、進んでいくと、そこに「八角亭」がある筈です。が...


それらしき建物が見当たりません。


ショック!! どうやらここに八角亭があったようです。
「舊址」という言葉に少し引っかかっていたのですが、無くなっているとは。
手前の柵や木の位置が映画のシーンと同じです。木は随分大木になっています。


説明書きを見ると、どうやら台風の被害で壊れてしまったようです。残念...
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金瓜石の地図 (お役立ち)

2005-12-02 | 九分、台湾のポジターノ!?
九分に来たときにも乗った「基隆客運」のバスで、霧雨の中を金瓜石へ向かいました。前日は日曜日でもあり、瑞芳から九分までの車中は超満員でしたが、月曜日の昼下がりに金瓜石へ向かうバスは乗客もごく僅かです。



途中、数少ない乗客を降ろしながら、バスは「悲情城市」にも出てきた曲がりくねった道(ただし既に舗装されています)を猛スピードで走り抜けていきます。終点の金瓜石に着いたときには、乗客は Tomotubby たちだけになっていました。

誰もいない金瓜石のバス乗り場は、ロータリーになっていて、ごく最近整備されたような新しい設備でした。そこには九分では見つからなかった正確でわかりやすい観光地図が二つもありました。日本のガイドブックには、金瓜石の詳しい地図が載っていないので、写真に撮っておきました。金瓜石に行ってみようという方は参考にしてください。クリックすると拡大します。


九分・金瓜石広域図


金瓜石中心の地図

地図を見ていたら、外国人と台湾人のカップルがやってきて、道を尋ねられました。そういえば、ここでは Tomotubby も外国人なのでした。相手はこちらを外国人と思わず、台湾人だと思って話しかけたようです。ややこしい。どうやら坑道の場所が判らないので、知らないか?ということでした。彼らが立ち去った後、今度は、台湾人と思われる一人旅のアマガッパの男性に道を聞かれました。彼の手には金瓜石のことが詳しく書かれた台湾のガイドブックがあるのに、外国人に道聞くなよな。パラパラと見せてもらいましたが、オールカラー。日本のガイドブックはカラー写真が満載で、海外どこに行っても驚かれ(あきれられ)ますが、台湾のも負けず劣らず豪華でした。

バスを降りて既に二組の観光客と出合ったわけですから、金瓜石も立派な観光地ではないか。とお思いでしょうが、実はそうでもないのです。この後、Tomotubby たちは雨の金瓜石を歩き回り、何度も彼らと会うことになりました。そのたびに挨拶をしていましたが、実を言いますと、金瓜石の街で彼ら以外の観光客を目にすることは一度もありませんでした。


おまけ:気になるホテル
金瓜石の藝桟
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九分老麺店の牛肉麺 (九分小吃食べ歩き6)

2005-11-19 | 九分、台湾のポジターノ!?
生憎の雨模様ですが、隣町の金瓜石へ出かけることにしました。タクシーで見所を回ることも考えたのですが、アクセスは至って簡単でした。基山街舊道口から金瓜石行きバスに乗って終点で降り、あとはお散歩するだけ。バスの便数も多いようなので、タクシーのチャーターはやめました。



出かける前に基山街でしっかり腹拵えをすることにして、朝に基山街を通ったとき、スープが真っ黒なのが気になっていた「九分老麺店」名物の「牛肉麺」を食べました。



スープの色から「濃ゆいお味」を想像していたのですが、独特な「あっさり味」で、スープも「ごくごく」できました。この黒い色の正体はよくわかりませんが「氷砂糖」を使っているそうです。



店内の白いタイル壁に、この店の昔の写真が貼られていました。写っている店主が若いので思わず見比べてしまいました。ネットで調べてみると、昔の店は民國83年(1994年)7月に台風の被害を受けて壊れてしまい、建て直したのが現在の店だそうです。

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九份老麵店
這間已有二十多年歷史的老店,店裡所 賣的麵可都是有好湯頭的喔,加上鮮嫩 爽口的上好牛肉,所以在歷經了這麼長 的一段時間還是受到大家的喜愛,另外 ,電影《無言的山丘》、《悲情城市》也 都有在此取景,看來這間老店在九份 可是佔了不少的份量喔!!
《三久出版社提供》
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基山街へのもう一つの近道

2005-11-18 | 九分、台湾のポジターノ!?
観光地図」には、崙頂路から基山街へ抜けるもう一つの近道が描かれていましたが、Tomotubby は結局ここを通らずじまいでした。この道を通ると基山街の郵局(郵便局)の前に抜けられるのですが、手元の写真を調べていると、郵局から外を撮影した写真に、偶然にも左手に、この道の入口が写っていました。



九分に行かれる方、お店が並び観光客で賑わう基山街豎崎路ばかりを歩くのもいいですが、時間があれば、崙頂路まで足を伸ばされることをお薦めします。素晴らしい眺めとともに、九分のまた別の一面を体験することができるでしょう。特に天気のよい日はお薦めです。
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基山街への近道から見える眺望

2005-11-17 | 九分、台湾のポジターノ!?
「戀戀風塵」の舞台を後にして、細い坂道を下っていきます。


振り返ると阿遠の家の跡に建った三階建ての洋館がひときわ目立っています。恐らく三階からの眺めは素晴らしいものでしょう。少し下ると展望の良い場所に出ました。


左手遠くに聖明宮の派手な屋根が見えます。

天気は悪いながらも、基隆の街の方角に海岸が望めます。

さらにくねくねとした階段道を降りていくと、

建物の狭間に聖明宮が見えました。構成がちょっとマティスの絵みたい。このように、自然発生的にできた路地を歩いていると、思いがけない発見があって楽しいものです。イタリアのポジターノやアマルフィの街を思い出してしまいました。
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