情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

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日本の証拠開示は張りぼてか?~グリーンピース「横領」鯨肉「窃取」事件で問われる日本の裁判制度

2009-10-06 08:02:39 | 適正手続(裁判員・可視化など)
 昨日、東京地裁の司法記者クラブで、【グリーンピース・ジャパン職員による調査捕鯨肉持ち出し事件で弁護側が特別抗告】(FNN)したことについて、記者会見をした。この件について、FNNは、【「グリーンピース・ジャパン」の職員らが調査捕鯨の肉を持ち出した事件をめぐり、調査船の乗組員に対する捜査書類の開示が認められなかったのを不服として、弁護側が特別抗告した。
 佐藤潤一被告は「わたしが訴えたいのは、公平な裁判にしてほしいということ」と話した。
 この事件では、調査捕鯨船「日新丸」の乗組員が自宅に送ったクジラの肉を配送所から盗んだとして、「グリーンピース・ジャパン」の職員2人が逮捕・起訴されている。
 弁護側は「乗組員の横領を告発するためだった」として、審理前に証拠などを絞り込む「公判前整理手続」において、乗組員の供述調書などの証拠書類を開示するよう求めたが、青森地裁は不開示を決定し、仙台高裁も抗告を棄却していた。
弁護側は、証拠の不開示は、憲法や国際人権規約で保障された被告が公平な裁判を受ける権利に違反するなどとして、5日、特別抗告した。 】と伝えてくれた。

 ほかのメディアもいくつか取り上げてくれている。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/aomori/news/20091006-OYT8T00103.htm

http://www.mbs.jp/news/jnn_4251240_zen.shtml

http://www.mutusinpou.co.jp/news/2009/10/8464.html

しかし、やはり、ストレートニュースではこの問題の重要性は届きにくい。補足するために、特別抗告理由書の一部を紹介する。

 その前に、少し事件の復習をしておくと、グリーンピースの二人が捕鯨船の船員Aが自宅に送ろうとしていた鯨肉を宅配途中で取得し、これが窃盗罪などで起訴された。他方、Aを含む船員は、業務上横領罪で告発されたが、Aはグリーンピースの二人が確保した箱に入った鯨肉は、お土産として正規にもらった肉をほかの人からももらって集めたものだと説明した。当初、Aは一人のみから肉をもらっていたと述べていたが、のちに4人だと訂正している。Aの供述調書、4人の供述調書は一部証拠開示されているが、最高裁でも認められている警察官が取り調べ時に作成するメモは全く開示されていない。また、調書のうち、グリーンピースの二人が確保した箱に入っていた肉についいての説明は開示されているが、では、ほかの4人の自分たちのもらった鯨肉のすべての処分方法などは全く開示されていない。つまり、箱に入った鯨肉に関する供述が正しいかどうかをチェックするための関連情報が開示されず、マスキングされた状態で開示されたのである。

以下、特別抗告申立書の一部を引用します。


【第1 何が争点であり、証拠が開示されなければどのような裁判が行われることとなるのか
 本件特別抗告事件において、弁護人が開示を求めている証拠は、弁護人側が基本事件である窃盗被告事件(以下、「本件窃盗被告事件」という)において、主張する予定である「本件窃盗被告事件の被害品とされる鯨肉(以下「本件鯨肉」という)が、所有者であると主張するA●●●によって横領されたものであること(以下「本件鯨肉が横領された事実」という)」を立証するために不可欠なA●●●自身の供述、A●●●に本件鯨肉を譲り渡した船員の供述、横領されたと思われる鯨肉を発送するとりまとめをした船員の供述及び検察官が証人尋問を請求している船舶会社の従業員の供述が記された書類である。
 なお、それらの証拠が、弁護人の各主張、すなわち、①国際人権法に基づく主張と関連する理由(即時抗告申立書第3)、②刑法上の正当行為についての主張に関連する理由(同第4)、③憲法21条に基づく主張に関連する理由(同第5)、④被告人らの量刑に関する主張に関連する理由(同第7)に関連することは、即時抗告申立書に詳述したが、少なくとも、仙台高裁は、関連性を否定することはできなかったのであり、開示の必要性はもはや否定できないことに触れておく。
 そして、それらの書類には、当然ながら、上述したA●●●らが警察などの取り調べに対して何を話しているかが記載されているが、公判に臨むにあたって、当然ながら、検察官はそれらの書類を事前に閲覧し、どのような事実が記載されているかを把握することができる。これも当然ながら、検察官は、本件鯨肉を横領された事実を立証しようとはしていない。
 しかしながら、本件鯨肉が横領された事実を立証しようとしている弁護人は、上述したA●●●らが警察などの取り調べに対して、どのような話をしたのか、その全貌を知りえないまま、公判に臨まなければならないこととなる。これらの証拠を利用すれば、どのような事実が立証可能であるかを最もよく知るものは、検察官でも、裁判所でもなく、弁護人であり、被告人であるにもかかわらず。
 他方、本件窃盗被告事件を審理する裁判体は、弁護人側が開示を請求している証拠を検察官に提示させて既に閲覧している。
 公判廷の参加者で、本件鯨肉が横領された事実を立証しようとしている弁護人及び被告人のみが、A●●●らが警察の取り調べに対して何を話したかの全貌を知らされないまま、立証活動を行わなければならないのである。これでは、弁護人は、一人前の訴訟当事者として取り扱われておらず、このような尋問を遂行しなければならないことは、弁護人にとって屈辱というほかない。

第2 最高裁は弁護人に究極の屈辱を耐えよというのか
 はっきりと具体的に述べることにする。
 弁護人は、すでに青森地裁が認めている裁判の争点を立証するために本件鯨肉が横領されたとの主張を予定している。本件鯨肉が横領された事実を立証するためには、まず、A●●●や鯨肉を渡したとされる船員らの尋問を実現しなければならない。そのためには、まず、尋問の必要性について裁判所を説得しなければならない。すなわち、A●●●らが主張している本件鯨肉は船舶会社からのお土産にすぎなかったという事実が誤りであることが立証されうることを一定程度裁判所に納得させなければならない。そして、そのためには、A●●●らが警察の取り調べの初期の段階から最後の段階までに述べた供述内容を詳細に分析して、供述内容に矛盾があることを指摘する必要がある。そうしなければ、裁判所は、A●●●らが述べている供述を覆す可能性はないとして、A●●●らの尋問そのものを認めないだろう。つまり、裁判所は弁護人が分析したいと主張しているA●●●らの供述内容の開示を制限したうえで、弁護人らの分析内容が不十分だとして、尋問すら認めないということになる。裁判所は無謬の「神」なのだろうか。もし、そうだとしたら、なぜ、民主主義が発達した諸外国で当事者対等主義が採用され、検察官手持ち証拠の全面開示が原則とされているのであろうか。
 仮に、A●●●らが証人として採用されたとしても、弁護人は、A●●●らの供述の全貌を知りえないままに、尋問を遂行しなければならない。取り調べ時期が違うことによる供述の変遷、特に他の4名のA●に鯨肉を譲渡したとされる者たちの供述内容との整合性などを分析することができない。そのような分析ができないまま、公判廷に臨んだとして、弁護人は何ほどの証言を引き出すことができるだろうか。A●●●らは変遷を経た結果の相互に矛盾しない証言を繰り返すだけであろう。
 これでは、弁護人は、裁判所と検察官は既に台本を読んでいる筋書きのドラマを、台本を見せられないままに演じさせられていることとなる。私たち弁護人は、そのようなドラマの舞台に立つことは法律専門家として最高の屈辱であると考える。これまで多くの弁護人が耐え忍んだ屈辱ではあるが、私たちはその屈辱に耐えようとは思わない。

第3 今こそ、昭和44年4月25日最高裁第2小法廷決定を見直せ
 昭和44年4月25日最高裁第2小法廷決定(刑集23巻4号)は、周知のように、次のように判示して、裁判所の訴訟指揮権に基づく証拠開示命令を肯定した。
 「裁判所は、その訴訟上の地位にかんがみ、法規の明文ないし訴訟の基本構造に反しない限り、適切な裁量により公正な訴訟指揮を行い、訴訟の合目的的進行を図るべき権限と職責を有するものであるから、本件のように証拠調の段階に入った後、弁護人から具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦のために特に重要であり、かつ、これにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当とみとめるときは、その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させるよう命ずることができるものと解すべきである(250ページ)。」
 同決定から既に40年の歳月が経過した。
 この間には、公判前整理手続きに付された事件についてだけ、部分的な証拠開示制度が設けられた。 
 しかし、公判前整理事件についてのみ、このような制度が法定され、他の事件については、このような時代遅れの最高裁判決が維持されているという法制に、実質的な制度的な根拠があるとは思われない。
 新政権のもとで、緊急課題とされている取調の全面可視化と並んで全面的証拠開示が重要な政策課題となってきている。最高裁が来るべき刑事司法制度改革の指針となる骨太の証拠開示制度に関する新たな見識を示すべき時期が来ている。
 本件におけるように、訴訟上の重要な争点に関する敵性証人が、その証言の根拠として一定の文書や証拠物にほぼ全面的に依拠して証言する場合、反対尋問をする弁護人が十分な尋問を行い、証言の信憑性について適正なテストをするためには、少なくともその証人の供述が録取された調書やその作成のためのメモ、その証言の信用性に関わる証拠について弁護人がアクセスできなければ、被告人の防御権が全うできないことは明らかである。
 新たな立法がなくとも、裁判所はあらゆる事件について、弁護人の要求に応じて争点に関連するすべての証拠について証拠開示命令を発する権限と責務を負うと言うべきである。このようにしてはじめて、自由権規約14条1項、3項の保障する当事者の対等、弁護活動のための「十分な」「便宜」を保障し、憲法37条2項の保障する十分な証人審問権が実効性を持ちうるのである。このような制度は、真実の発見という刑事裁判の目的に奉仕することはあっても、何らの弊害を生ずるものではない。

第4 もし証拠開示を否定して公判審理を強行すれば、日本の刑事司法の国際的権威は地に墜ちるであろう
(略)

第5 本件は自由権規約委員会への最初の通報事件となるかも知れない
 9月18日に政権が交代し、あらたに就任された千葉景子法務大臣は、初閣議の会見において、自由権規約の選択議定書の批准を進めることを明言された。同議定書が批准されるのは時間の問題となっている。
 本件の本案裁判の確定前に自由権選択議定書が批准され、日本の国内の裁判所が自由権規約の求める人権基準に達しない判断をした場合には、被告人らは自由権規約委員会に通報することとなるだろう。
 自由権規約委員会は、すでに一般的意見、各国に対する総括所見、他の通報事案についての見解において、いずれも争点に関連するすべての検察官手持ち証拠を開示するよう勧告していることは、「第3章 第1」において、詳述するとおりである。
 本件においても、証拠開示が認められなかったことが規約違反として強く指弾されることであろう。そして、その非難は国際的な常識に沿った正当であることが、今回、本件をつぶさに検討されたデレク・ホルフォーフ教授やウィリアム・シャバス教授ら国際的な権威によって解説され、全世界に数百万人の会員を擁するグリーンピース・インターナショナルの国際的な組織によって広く伝えられることになるのである。
 自由権規約委員会は、いまから約17年前の1993年から「弁護人は、弁護の準備を可能とする警察記録にあるすべての関係資料にアクセスする権利を有していない。」ことを指摘している(1998年と2008年の勧告については後述する)。
 この勧告から既に17年が経過した。日本は後述するように、2004年刑事訴訟法改正の後にもわが国の証拠開示制度が自由権規約14条3項(b)を満たしていないとの勧告を受けている。本件のように弁護側が被告人にとって有利な事実を立証するために必要不可欠な証拠を、開示による特段の不利益について全く説明しないままに開示しないことを、自由権規約委員会が認めるはずがない。
 隣国韓国では、軍事政権から民主政権へと移行し、死刑の執行を停止し、政府から独立した国内人権機関を設立し、自由権規約の求める人権基準に到達し、ついには国連事務総長を輩出するに至った。本件のような国際的な関心を集めている事案について、極めて重要な証拠が開示されないままに公判手続が強行されれば、わが国は人権後進国との決定的なレッテルを貼られ、日本の有望な人材が国連などの国際舞台で活躍する機会さえ奪われてしまうことだろう。最高裁は世界の刑事司法の動向に目を見開き、誤りのない判断に到達して欲しい。世界は日本の最高裁判所の判断に固唾を呑んで注目している。】



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