tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

狭い庭も花から実の季節へ

2024年05月11日 14時47分48秒 | 環境

毎年ゴールデンウィークは我が家の狭い庭が花の季節から実の季節に変容するならわしになっています。

花(鼻)の下が長く伸びきったチューリップを端から抜いて[ありがとう」と礼を言いながら市のごみ収集に出したりして殺風景になった花壇を耕し、畝を立ててコンポストから1年間の生ごみで出来た堆肥を埋め込みます、その作業が終わるとホームセンターに行ってキュウリ、ナス、ミニトマトの苗を用意し、天気予報で雨の日があればその前日に移植します。雨の日が無ければ水をやります。

こうしてゴールデンウィークが過ぎると花壇はミニ菜園になります。

今年は少し模様替えをし、キュウリは一昨年ごろまで穴を掘って生ごみを埋めていたところに植え、花壇の方は、ナスとミニトマトだけにしてみました。

キュウリは高く伸びますし、何年も生ごみを埋めてきたところですから肥料は沢山たまっているだろうと思ったからです。思い通りの結果になるかはまだわかりません。

という事で、例年は3本ずつだった苗が4本ずつになり、順調に育てば収穫の盛りには供給超過になるかなと考えましたが、たまにはそれもいいかという事にしました。

毎年繰返しているこの春・初夏の我が家の行事も昔は楽しく気軽にやっていましたが、この所は加齢とともに体力減耗で、息子たちが一家で来るゴールデンウィークでないと出来そうになくなって来ています。

ところで、狭い庭でも、土と太陽と水があれば、こうして人間がその発生以来積み上げてきた努力を実際に追体験として反芻する事が出来、自然はそうした拙い努力に対しても、それ相応の結果をきちんと出してくれるのです。

毎年やっていると失敗も成功もありますが、それぞれ考えてみればそれなりの理由があってのことです、大方は肥料や水遣り枝の伸ばし方の失敗や、葉の陰で見えないところに生った実が、気が付かない内に大きくなり過ぎ、お化けキュウリやお化けナスが出来てしまうといったことで、人間に原因があるのですが、そんなことも自然はやっぱり素直で正直と感心の材料にもなります。

自然と付き合えば、人間も自然と素直で正直になるのかもしれませんが、人間には植物や他の動物にはない高度な思考力などというものがありますから、それが複雑に絡んで不自然な事が起きるのかもしれません。

世の中の事も、それが自然か不自然かという眼で見れば、解り易くなるのではないかなどと考えたりします。

また余計な事を書きましたが、今年は3種類4本の苗が元気に育つように自然の力を当てにしながら頑張ろうと思っています。


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