tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

賃上げ圧力の強い社会、賃上げ圧力の弱い社会 :2

2023年10月28日 10時52分35秒 | 経済
前回は、世界のほとんどの国・社会は賃上げ圧力の強い国・社会ですが、そうした中で今の日本は稀に見る賃上げ圧力の弱い社会だということを指摘しました。

この所の原油などの価格高騰の中で、アメリカやヨーロッパでは軒並み10%前後のインフレが起きFRBやECBが金利の引き上げでインフレ抑制に大童でしたが、その原因は資源インフレに触発されて賃金インフレが起きているからです。

ところが日本では、政府や経済団体まで「もう少し賃上げをしましょう」と言っているのに、連合は要求基準を1%上げただけです。全労連などが10%賃上げを言っても、それは世論にはなりません。

その結果、賃金水準の上昇より消費者物価の上昇が大きくなり17か月連続で実質賃金が下がるといった現象が起きています。

こうした賃上げについての極めて慎重な姿勢が定着した主要な原因に1973年の石油危機の際の経験があることは前回書きました.

この労組の慎重姿勢への転換は第二次石油危機以降、日本産業の国際競争力強化に大きく貢献し、エズラ・ボーゲルは『ジャパナズナンバーワン』を書き、日本経済の黄金時代を作りました。
この成功は日本の産業界日本の労使に大きな自信を持たせたことは言うまでもありません。

しかし世の中はそう甘くありませんでした。相変わらず賃上げ圧力が高くコスト高で国際競争力を落としスタグフレーションに苦しむ欧米主要国は、独り勝ち状態の日本を何とか抑えようと1985年G5で日本に為替レートの切り上げを要請したのです。これが「プラザ合意」です。

日本は鷹揚にそれを受け入れました。G5に出席していたのは当時の大蔵大臣と日銀総裁です。そして2年後、円レートは$1=240円から120円になりました。
これは、この2年間に賃金を2倍に上げ、物価も2倍に上がる賃金インフレと同じことで、日本経済は欧米のスタグフレーションを飛び越えて、賃金も物価も半分に下げなければならない「円高デフレ」になりました。
 
それから2008年のリーマンショックでさらに$1=75~80円という円高になったことも含めて、2013年の黒田さんの異次元金融緩和で$1=120円に戻るまで、賃上げなどはとても考えられない状態が続きました。

1974年に石油危機で「無理な賃金引き上げは駄目」と学習し、その後は賃金引下げが要請されるデフレで2012年まで「賃上げは望ましくない」という30年近い経験は、日本人に

「賃金は上がらないもの」「我々は親の代より貧しくなる」という固定観念を植え付けたようです。

働く人たちの間でも、「これからは賃金の上がらない時代」、「年金も目減りする時代」といった意識が一般的になり、労働組合も「賃上げ要求」は必要最小限にとどめる(定昇程度)ということになりました。

そして異次元金融緩和で、為替レートが正常化し、賃金要求が可能な環境になっても、連合は、無理な要求は良くない、定昇+2%(希望経済成長率)程度にすべきという認識に従った要求に自制することになったようです。 

日本社会が「賃上げ圧力の弱い社会」になった原因はざっとこんな所でしょう。

経済成長は元来、需要の増加が無ければ起きません。経済成長という言葉は産業革命があって初めて生まれるのです。技術革新で社会はより豊かで便利なものになるという事に人類が目覚めたのです。

そして技術革新のためには資本蓄積が必要と知り、資本主義という言葉も生まれたのでしょう。

全ては豊かで快適な社会を望む人間の欲求から発し、その実現のために必要なものは所得、そして社会システムとして、所得の増加は賃上げによって可能になるのです。
これが賃上げ圧力の弱い社会では、巧く働かないという事なのでしょう。

次回は、日本の現状を見つつ必要なことを整理してみたいと思います。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿