tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

リーダーとフォロワー論、その後

2017年04月16日 11時35分21秒 | 社会
リーダーとフォロワー論、その後
  Gooブログの編集部から、いつもご親切に、「1年前の記事」ということで、「1年前、こんなことを書いていましたよ」というお知らせが来ます。

 何時もあまり気にしないのですが、たまたま、昨年の4月13日に、「 リーダーとフォロワー」というテーマで書いていました。書いていたのは、私の持論でもある「リーダも大事だが、フォロワーが確りしていないとうまく行かない」そして「日本人はフォロワーとして素晴らしい資質を持っているのではないか」ということでした。

 札幌農学校のクラーク先生も、太平洋戦争後のアメリカの対日政策も素晴らしい結果を残したことを上げて、「相手が日本人だったから大成功を収めた」のではないか、「日本人はフォロワーとして素晴らしかった」のではないかという趣旨でした。

 最近も、いろいろなリーダーが、いろいろな事をやり、マスコミが報道してくれて、リーダーとフォロワーのそれぞれの組み合わせの事例を示してくれています。

 世界で最も注目されていうのはトランプ大統領でしょう。フォロワーであるアメリカの国民のフォロワーシップはどうでしょうか。国論を2分した大騒ぎの選挙でしたが、フォロワーも少し落ち着いてきたようです。
 リーダーも割と気軽に主張を変更しながら、リーダシップとフォロワーシップの歩み寄りが進みつつあるようで、今後もうまく行くのかなと思いつつ見ています。

 隣の韓国では、どういうわけか、歴代のリーダーには往々悲劇が訪れ、リーダとフォロワーの関係は、なかなか巧く行かない様です。
 
 日本に戻って、東京都のリーダーだった石原慎太郎氏はどうでしょうか。個人的には腹心のフォロワーもいたようですが、問題が起こってみると、都庁や都民の本当の意味での良きフォロワーシップを引き出せなかったように感じられる昨今です。

 安倍政権はどうかと言いますと、「決める政治」を標榜して、リーダーシップを確立し、フォロワーを引っ張って行こうとしているようですが、どうも、フォロワーとして素晴らしい素質を持っている日本人の本来のフォロワーシップを引き出せていないようです。

 トランプさんのような柔軟性もないようで、言い出したら、いつまでも自分が正しいと主張するようではフォロワーシップは生かされません。

 優れたフォロワーシップの資質を持つ日本人国民のリーダーですから、そのフォロワーシップを十分に活用できるような柔軟さがあれば、日本も、もう少し良くなっているのかな、などと思ってしまうところです。

 国際、国内、自治体、会社、職場、いろいろなところで、リーダーとフォロワーの関係を分析してみると面白いし、何かの役に立つのではと思っています。