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福者シスター・エレナ・アイエロ(1895-1961)その1

2022年03月31日 | カトリックとは

福者シスター・エレナ・アイエロ(1895-1961)その1

福音には38年間病だった男の話がでてきます。

福者エレナ・アイエロも38年間、1961年の死の直前まで聖金曜日には聖痕を受けて苦しみました。福者エレナは、1928年に「私たちの主イエズス・キリストの御受難のいとも小さき姉妹会(Minim Sisters of the Passion of Our Lord Jesus Christ)を創立しました。ベネディクト十六世は2011年に彼女を列福しました。

以下は、Bl. Sister Elena Aiello (1895-1961)からの日本語訳です。
福者エレナ・アイエロは、1895年4月10日に生まれ、1961年6月19日にイタリアで亡くなった。彼女はパスクアーレ・アイエロ(Pasquale Aiello)とテレセイナ(Tereseina Pagilla)夫婦の娘で、8人の子供のうちの三番目だった。非常にキリスト教的で模範的な家庭環境で生活するということに恵まれていた。

福者エレナはすぐに鋭い知性を発揮し、4歳の時にはすでに一定数の公教要理の質問に答えていた。1901年、まだ6歳だった彼女は、小学校に通い宗教教育を続けるために、聖血礼拝修道会(S.P.S.)のシスターたちのもとに送られた。

彼女の幼少期は、犠牲的な苦しみと奇跡的な天的慰めの人生という、彼女にこれから起こるであろうことを示すものだった。

1904年6月21日、エレナは初聖体を受けたが、しかしそれは初聖体を受けるための準備として、他の少女たちと共に苦行のベルトの着用許可を得た後の、霊的黙想会の後であった。苦行のベルトを受ける途中で、エレナは前歯が2本抜けるという事故に見舞われたが、彼女はそれをハンカチの中に入れて、痛みをこらえながら苦行のベルトの着衣を続けた。

また、笑っている時にコップの水を吸い込んでしまい、その後14ヶ月以上も夜中に咳が止まらなくなった。そのために声の力が弱まり、治療しても悪化するばかりという奇妙な事故があった。福者エレナは聖母に治癒を願い、聖母は夜、彼女の前に姿を現し、治癒することを保証された。

その後、一家に悲劇が訪れた。1905年、エレナがまだ10歳のときに母親が亡くなり、父親が8人の子供を育てることになったのだ。エマ、イーダ、エレナ、エヴァンジェリーナ、エリサ、リッカルド、ジョヴァンニーナ、フランシスコである。皆、年齢に応じて家事を手伝った。

福者エレナは、修道女になるという使命が自分にあることをはっきりと認めたが、第一次世界大戦が勃発したため、彼女の父親は事態が好転するまで修道生活の開始を延期するようエレナに求めた。エレナは父親に従い、スペイン全土で猛威を振るっていたスペイン風邪の犠牲者の世話をすることに時間を捧げ、死者を埋葬するための木棺の製作さえも手伝った。

エレナと共に学校に行き、彼女の世話をしていたシスターたちは、エレナを自分たちのものであるように思うようになった。そして、エレナの父親はついに、彼女が修道生活に入ることに同意した。1920年8月18日、福者エレナは聖血礼拝修道会に入会したが、しかし彼女がこの修道会に長く留まることはなかった。

ある日、エレナは洗濯室の床の上で、ほとんど死んだような状態で発見された。すぐに持ち上げてベッドに寝かせると、左肩が首まで真っ黒になっていた。診察した医師は手術を提案したが、エレナが熱に苦しんでいたため手術が遅れた。そこで、シスターたちは共同体の医師を呼ぶことにした。

1921年3月25日(聖火曜日)、福者エレナは、修道院の寝室で、椅子に縛られたまま、麻酔なしで、肩の壊死した黒い肉を取り除くという耐え難い手術を受けた。勇気をふり絞るために、エレナは木製の十字架を手に握り、悲しみの聖母の御影(ごえい)を額にあてた。

その医師は腕が悪く、切り込んでいる間に神経を傷つけてしまい、エレナの肩を麻痺させ、さらには口までも締め付けてしまった。手術後の後遺症もひどく、40日ほどは嘔吐に悩まされた。

しかしこれらすべてにもかかわらず、エレナは共同体の修道業に参加したいと願い、まだ傷口が開いているのに起き上がって、修道服を身に付けようとしたが、修道院長は彼女の健康状態を考えて、それは無理だと判断した。指導司祭はエレナに、家族のもとに帰り、適切な治療を受けてから共同体に戻るよう勧めた。

興味深いことに、福者エレナは、この修道院を去る前に、主御自身から、この修道院を出て、主が用意されたものを受け入れるようにという招きを二度受けた、とノートに記している。その中には、主が彼女のために準備しておられる十字架を受け入れるように、ということも含まれていた。

十字架はやって来た。エレナが家に到着した時、彼女はひどい状態であった。見分けがつかないほどひどく衰えていた。髪を洗うことも、櫛でとかすこともできず、左腕は麻痺し、肩には開いた傷が残り、やがて虫でいっぱいになり始めた。

彼女の状態を心配した父親は、コセンツァの専門医に連れて行ったが、専門医は、手術した医師は外科医ではなく、神経を傷つけてしまったため、どうすることもできないと述べた。「奇跡のみがあなたの健康状態を解決することできる。このままでは壊疽(えそ)になってしまいます!」怒った彼女の父親は共同体を訴えようとしたが、福者エレナはそれを思いとどまらせた。

しばらくして、エレナは胃の調子が悪くなり、胃ガンと診断された。そこで彼女は、「不可能を可能にする」と言われている「見放されたケースの守護の聖人」である聖リタに熱心に祈り、治癒を願った。すると、聖女リタの御像がまばゆい光に包まれるのを見た。その夜、聖女は福者エレナに現れ、人々の信仰が立ち戻るように聖女への信心を初めてほしいと告げ、聖リタの光栄のために三日間の祈祷を始めるようにと頼んだ。

翌日、福者エレナはモンタルトに戻り、聖リタに敬意を表して三日間の祈祷を始めた。終わった後、再び聖女リタが現れ、胃の病気の治癒を望むのであれば、この三日間の祈祷を繰り返すようにと頼んだ。肩については、人類の罪を償うためにこの苦痛を受け続け、苦しまなければならないであろうということを告げた。

1921年10月21日、エレナは胃の腫瘍が完治するという恵みを受けた。このとき、隣室に寝ていた妹のエヴァンジェリーナは、その瞬間に明るい光が出るのを見た。火事だと思ったエヴァンジェリーナは、すぐに福者エレナの部屋に駆けつけると、エレナが気を失っているのを発見した。他の家族が部屋に入ると、福者エレナはすっかり目を覚まして元気にしていた。エレナは、聖女リタが訪れたこと、癒しのこと、ヴィジョンでの聖女の言葉を伝えた。それからエレナは、何か食べる物はないかと尋ねた。

1923年3月2日、月の最初の金曜日に、エレナが亡くなるまで毎年繰り返されることになるある出来事が初めて起こった。朝、聖体拝領の後、内なる声が、主が彼女のために選んだ新たな苦しみをあらかじめ告げたのである。

午後3時頃、エレナは左肩の傷で大変苦しみながらベッドで寝ていた。主は白い服を召され、茨の冠をかぶった御姿で御現れになった。福者エレナは、主と共に苦しむことに同意した。主は、御自分の御頭から冠をはずし、彼女の頭にかぶせられた。その時、大量の血が流れ出た。主は、罪人を回心させるには:多くの不潔の罪のために、この苦しみが必要であり、またエレナは天主の正義を満足させるためのいけにえの霊魂となるのだ、ということを説明された。

ロザリアという家の使用人が一日の仕事を終えて帰ろうとすると、福者エレナの寝室から不審な音がするので、様子を見るために二階に上がった。あまりの血の量に驚いた彼女は、福者エレナが殺されたと思い、すぐに家族に知らせに行った。

彼らは、エレナのこの姿を見て驚き、司祭と医師を呼んだ。アドルフォ・トゥラーノ医師は傷口を洗ったが、エレナの頭からは血が流れ続けた。3時間ほど出血が続いた後、現象はひとりでに止まった。皆、驚き、混乱し、また、何が起こったのかを説明することができないため感銘を受けた。

3月の第2金曜日の午後3時前、トゥラーノ医師は同じ現象が繰り返されるかどうか確かめるために、他の者たちと同様に家に連れてこられた。それはまた起こった。

医師はハンカチで血を止めようとしたが、このとき頭の傷ついた部分の皮膚が毛穴を広げるほど刺激され、福者エレナに大きな痛みを与えた。

その後、福者エレナは眠気に襲われたが、苦痛に満ちた脱魂状態によって遮られ、彼女は十字架に付けられたように両手を広げ、目を大きく見開き、まるで恐ろしい遠くのヴィジョンを見ているかのように怯えていた。目が覚めたとき、彼女は主の御受難を目撃したのだと説明した。

同月の第3金曜日、アリストデモ・ミラノ医師の母ヴァージニア・マネスは、息子に送られてこの出来事を知り、ティッシュに血を浸した。

エレナの小さな個室に一人残されたその女性は、ハンカチでエレナの額を拭き、それをたたんで持っていた。そして、サン・ベネデットに戻ると、不思議なことに、そのハンカチには血の跡がまったくなく、きれいな状態になっていた。息子は母の話を聞いて回心し、洗礼を受けることを願い出た。

このすべての血と苦しみについて、主は福者エレナに現れ、彼女に苦しみをもたらすのは主であること、彼女は世に対する主のいけにえとならなければならないこと、主は御受難の傷を彼女に与え、それは誰もが見ることができるものであることを説明された。

3月の第4金曜日、エレナは自分の体に(主と)同じような傷を発見した。
そして、イエズスは彼女に仰せられた。「おまえも私のようにならなければならない。数多くの罪人たちのためにいけにえとなり、彼らが救われるように、私の聖父の正義を満足させなければならない。」

午後5時頃、イエズスはエレナにこう仰せられた。
「我が娘よ、私がどれほど苦しんでいるかを見よ!私は世のためにすべての血を流し尽くした。そして今、世界は破滅に向かい、誰もそれがいかに邪悪なもので覆われているかに気づいていない。非常に多くの扇動者と自由主義者から受ける、あまりにも多くの侮辱と軽蔑によって引き起こされる私の苦しみの大きさを考えてみよ......。」

翌週の金曜日には、手足の傷に加えて、脇腹の傷も加えられた。

御聖体の祝日の日、傷の痛みは新たな流血によって更新され、脱魂状態の終わりに、それらの傷は完全に癒やされた。

いけにえの霊魂としての彼女の人生に戻ると、聖金曜日の苦しみはこれからも続くのである。
注目すべきは、人々が何度も彼女の命を心配するようなひどい衰弱状態にあったにもかかわらず、聖土曜日の朝、福者エレナは、喜びと活気に満ちてベッドから起き上がり、指示を出し、すべての世話を続けた。そして、何事もなかったかのように、仕事と慈善活動の生活を再開した。

しかし、これらの現象は教会当局の注意を引き、しばしばエレナの人生を複雑なものにした。彼女は俗に「流血のシスター」「聖なる修道女」と呼ばれ、人々は彼女に助けや助言を求めにやって来た。

(つづく)


イエズス「私もあなたを罰しない。行け、これからはもう罪をおかさないように」

2022年03月31日 | お説教・霊的講話

2022年3月26日(土)四旬節第三主日後の土曜日のミサ
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父 説教

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

四旬節も半ばに参りました。私たちの罪の痛悔の念をますます起こすように致しましょう。イエズス様は、私たちの罪の償いの為に受難にますます入ろうとしています。

今日のミサは非常に美しくて、涙を催さずに読むことができないものです。

旧約では、ダニエルは、罪が無くて訴えられた冤罪の女性を守りました。
福音では、オリベト山で、油の山で、つまりキリストの山で、現行犯で逮捕された女性を、モーゼの律法に従えば石殺しにされなければならない女性を助けます。この女性は、私たちの霊魂の象りです。これは史実ですけれども、ちょうど私たちの霊魂と同じことが起こりました。本来ならば永遠の地獄の火に燃やされるべき者でした。悪魔が私たちの霊魂を永遠の地獄の火に落とすべく、イエズス様に告発されるべき身でした。

私たちの主は御存知の通り、「罪の無い者から、まず石を投げよ」と仰います。すると、老人から始まって、一人一人、その場を立ち去って行きました。「婦人よ、お前を告発する人はいないのか?どこにいるのか?」「誰もいません。」「では、私も告発しない、断罪しない。罪をもう決して犯さないように。」

イエズス様は私たちに代わって、石殺しではなく、十字架の刑で、罪の償いを果たして下さいました。十字架の上で、聖父に祈ります。「彼らをお赦し下さい。」

イエズス様の憐れみと愛は、私たちに同じことを言います。「私も、お前を断罪しない。もう決して罪を犯すな。

では私たちは、「あぁ、これで赦された。」だからケラケラと笑って、元の生活に戻るのでしょうか?いえ、この婦人がおそらくしたように、イエズス様の御言葉を倣って、遷善の決心を立て、そして「決して主を悲しませまいらすまい」と心に誓ったに違いありません。

ですから私たちも、その決心の心を乞い願いましょう。私たちはあまりにも弱いので、マリア様の御取り次ぎを乞い願いましょう。マリア様も、イエズス様と共に苦しまれた方です。マリア様の御力を乞い願いましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


天主イエズス様に倣って、マリア様に私たちを全て委ねる:マリア様を通して、罪の痛悔をすると共に罪の償いをする

2022年03月31日 | お説教・霊的講話

2022年3月25日(金)童貞聖マリアの御告げの大祝日のミサ
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父 説教

聖母の汚れなき御心聖堂にようこそ。
今日は聖母マリア様の御告げの大祝日です。今日はこのミサの直後、私たちも教皇様のロシア奉献に参加して、司祭の退場の前にロシアの奉献の祈りを御捧げしたいと思います。私たちは聖ピオ十世会としての奉献の祈りを唱えます。ミサの後の感謝の祈りが終わりましたら、今日は四旬節の金曜日ですので、十字架の道行きを一緒に御捧げ致しましょう。特にこれを、私たちの罪の償いとして御捧げ致しましょう。

マリア様の汚れなき御心がロシアを受け取って下さって、この国(ロシア)を特別に祝福して下さって、イエズス・キリストとマリア様の聖心の王国として下さいますように、お祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、御告げの祝日は私たちに、イエズス様のなさった二つのことを教えてくれています。

一つは、イエズス様のとてつもない無限の憐みの愛、私たちの霊魂を救いたいという、罪人である私たちを、それでも救おうとされる愛、極み難い愛、無限の憐れみを教えて下さいます。

そして第二に、イエズス様が天主の御言葉が、天主三位一体が聖母に対して持っておられる信頼を表しています。

先週の主日に、聖パウロが私たちに「天主を見倣うものであれ」と、私たちを励ましましたが、まさにこの二つの点において、私たちはイエズス様を見倣うことができるようにお祈り致しましょう。

1)全能の永遠の無限の天主。在りて在る御者。私たちは在らしめられて、生かされて、今こうやっている者です。しかし、もしも私たちを生かしめて下さる方がいなければ、在らしめて下さる方がいなければ、フッと無に帰してしまう、そんな無に等しいような何でもないものです。

しかし天主は、永遠の昔から永遠の未来に渡って、在りて在る御方です。御自分でましまし、誰にも制限されることなく、全く自由で、至福で、善に満ちていて、その喜びと善を、私たちに与えることを自由に御望みになる方です。

何の不足もない、永遠の最高の善、天主。この御方が、天主に逆らった哀れな被造物の私たちを救おうと、天主の愛のまどいに、永遠の命に招こうと、天主が小さな人間となられた。ここに、天主の無限の愛の憐れみが表れています。天主聖父の愛、天主聖子の愛、聖霊の愛が表れています。

2)同時にこの御告げは、三位一体が聖母に全く信頼していた、ということを表しています。天主聖子をマリア様に全てを御委ねになったそればかりか、マリア様の返事に、マリア様が「はい」と言うか否かによって、私たちの永遠の贖いが、救いが左右されることさえも委ねていました。マリア様が「はい」と仰れば、天主は人となって、贖いの業をすることができる。しかし、もしもマリア様が「嫌だ」と言えば、どうなっていたか分かりません。

その永遠の決定を、救いの決定を、マリア様に信頼して委ねた。そしてマリア様は応えました。
「私は主の婢女(つかいめ)なり。仰せの如く我になれかし。」

そこで、私たちも天主イエズス様に倣って、マリア様に私たちを全て委ねることに致しましょう。マリア様の汚れなき御心に、私たちを全て捧げ尽くすことに致しましょう。何故かというと、イエズス様はマリア様を通してのみ、私たちに来られるからです。イエズス様は私たちも、私たちの母として頂くように御恵みを準備されたからです。「マリア様の御手ほど安全なところはない」と「救いと、贖いの最も確実な道はない」とイエズス様が身を以って、模範を以って、示して下さるからです。

それと同時に、無限の憐みの愛と聖母への信頼とで、イエズス様はマリア様と共に贖いの業を果たされました。罪の償いを果たそうとされました。ファチマでやはりマリア様は、私たちにお願いに来ました。「この世はあまりにも多くの罪を犯してるので、天主はあまりにも侮辱され続けている。罪によって天主は犯され続けている。もしもあなた方が何か苦しみを捧げるならば、祈りを捧げるならば、『イエズスよ、これは御身を愛する為、罪人たちの回心の為、聖母の汚れなき御心に対して犯される罪を償う為、教皇聖下の為』と言って捧げなさい。」あるいは最後に10月には、「もうこれ以上、罪を犯すことがないように。」悲しいお顔で私たちに懇願されました。

天使をも最初にお送りになって、御聖体を見せながら、「恐ろしいほどまでに侮辱されている、イエズス・キリストの最も尊き御聖体を見よ」と「恩知らずの罪人たちの為に代わって、罪の償いをせよ」と、私たちに懇願しました。

ですから私たちも、イエズス様に倣って、マリア様を通して、罪の痛悔をすると共に罪の償いを致しましょう。今日の御聖体拝領を、イエズス様を受けたマリア様に倣って、罪の償いとして御捧げ致しましょう。聖母の汚れなき御心に対して犯される罪を償う為に、御捧げ致しましょう。

今日の十字架の道行きも、イエズス様がなさったその御苦しみは私たちの為であったことを思って、痛悔の念を頂くことができる特別の恵みを乞い求めましょう。私たちがマリア様の汚れなき御心に受け入れられるに相応しい者となることができますように、お祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


ロベルト・デ・マッテイ:教皇崇拝と教皇至上主義は同じではない:私が教皇至上主義者であることを誇りに思う理由

2022年03月28日 | カトリックとは

教皇崇拝と教皇至上主義は同じではない:私が教皇至上主義者であることを誇りに思う理由

ロベルト・デ・マッテイ著

Papolatry and Ultramontanism are not the same: Why I am proud to be an ultramontane - by Roberto de Mattei

ここ数カ月、「Rorate Caeli」などで教皇至上主義(ウルトラモンタニズム、ultramontanism)に関する議論が始まり、スチュアート・チェスマン(こちら)、ピーター・クワスニュスキ(こちら)、ホセ・アントニオ・ウレタ(こちらこちら)が興味深い議論への参加を行っています。

私はこれらの著者を個人的に知っており、彼らに尊敬の念と友情を持っています。しかし、ラテン語の格言「Amicus Plato, sed magis amica veritas」(プラトンはわが友、されど真理はさらに大いなるわが友)に忠実に、私は自分にとって真理だと思われることにこだわりたいと思います。

この点で、私は、ホセ・アントニオ・ウレタ(José Antonio Ureta)と教理的立場を同じくすると言わなければなりません。しかし、ウレタと私を他の著者たちと分けているのは、おそらく何よりも「教皇至上主義」"ultramontanism"という用語の使用に関する意味上の問題なのでしょう。このため、私は歴史的なレベルで、教皇至上主義者とは何者であったのか、そしてなぜ私が彼らを敬愛し、自分が彼らの知的後継者であると考えるのかを説明したいと思います。

「教皇至上主義」【ultramontanism 直訳:山の向こう側主義】という用語は、19世紀に否定的な意味合いで作られて使われるようになったもので、「アルプスの向こう側」【主にドイツ地方】のカトリック信者が教皇職の教理や制度に忠実な態度を取ることを指しています。リチャード・コスティガン神父(イエズス会)は、その著書「Rohrbacher and the Ecclesiology of Ultramontanism」(Gregoriana, Rome 1980, pp. XIV-XXVI)[「ロールバシェと教皇至上主義の教会論」、グレゴリアン大学、ローマ、1980年、14-26頁]で、この概念をうまく説明しています。

教皇至上主義者が反対したのは、教皇職の権力を制限して司教団の権力を優先させることを主張するガリカン主義【フランス】、フェブロニウス主義【ドイツ】、ヨーゼフ主義【オーストリア】の教理でした。もっと一般的に言えば、教皇至上主義者が戦ったのは、フランス革命に反対することを拒否して近代世界との融和を図ろうとする、リベラル派のカトリック信者でした。この教皇至上主義者、あるいは反革命派を代表するのが、フランスの政治哲学者ジョゼフ・ド・メーストル伯爵(1753年-1821年)、スペインの政治家ファン・ドノソ・コルテス(1809年-1853年)ほか、多数の人々でした。

ド・メストルは、何百回も再版された「Du Pape」[教皇について](1819年)の著者であり、これは教皇の不可謬権という教義を先取りした作品でした。

ドノソ・コルテスは、「Ensayo sobre el Catolicismo, el liberalismo y el socialismo」[カトリシズム、リベラリズム、社会主義に関するエッセー](マドリード、1851年)で、現代社会とキリスト教の間の絶対的対立を糾弾しています。

また、ルネ・フランソワ・ロールバシェ(1789年-1856年)の「Histoire universelle de l'Église catholique」[カトリック教会の全歴史](全28巻)は、1842年から1901年までに7版を重ね、イタリア語、英語、ドイツ語に翻訳されたと記憶しています。この作品は、ジョゼフ・ド・メーストルやファン・ドノソ・コルテスの作品に劣らず、19世紀のカトリック思想に影響を与えました。

19世紀後半、特にフランスでは、教皇至上主義者のカトリック信者とリベラル派のカトリック信者の対立が激化しました。

リベラル派の擁護者は、雑誌「ル・コレスポンダン Le Correspondant」を発行したシャルル・ルネ・ド・モンタランベール伯爵(1810年-1870年)とオルレアン司教のフェリックス-アントワーヌ・フィリベール・デュパンルー司教(1802-1878)です。

教皇至上主義者の指導者は、「自由主義のハンマー」と呼ばれたポワティエ司教のルイ・ピ枢機卿(1815年-1880年)と、日刊紙「ユニヴェール L'Univers」を発行したルイ・ヴイヨ(1813年-1883年)でした。

教皇ピオ九世は、回勅「クァンタ・クーラ」(Quanta cura)と、無原罪の御宿りの教理が公布されてから10周年にあたる1864年12月8日に発表した「現代の主要な誤謬に関するシラブス[Syllabus](誤謬表)」で、教皇至上主義運動を支持し、カトリックのリベラル主義を断罪しました。これらの文書の作成にあたっては、ピ枢機卿、ルイ・ヴイヨ、ドノソ・コルテスが相談を受けました。それ以来、シラブスは、リベラル派のカトリックの相対主義に対抗する「教皇至上主義者」あるいは「統合的 integral」なカトリックのマニフェストとなるのです。

5年後、ピオ九世が【第一】バチカン公会議開催を発表すると、リベラル派のカトリック信者は表に出てくることにしました。最初に戦闘を仕掛けたのはモンシニョール・デュパンルー(Dupanloup)で、不可謬権について短い著作を発表し、それを宣言するのは「時宜を得ていない」と述べました。ドイツでは、ミュンヘン大学学長のイグナス・フォン・デリンガー(von Döllinger 1799年-1890年)が、教皇ピオ九世が不可謬権を教義として押し付ける「教会革命」を準備していると非難しました。英国では、デリンガーとデュパンルーの論文は、ジョン・エメリク・アクトン卿(Lord John Emerich Acton 1834年-1902年)によって広められました。

教皇至上主義者のカトリック信者は、ペトロの首位権と教皇不可謬権という教義の承認を得るために戦いました。その先陣を切ったのが、ウェストミンスター大司教ヘンリー・エドワード・マニング枢機卿(Manning 1808年-1892年)で、この公会議では、エフェゾ公会議における聖キュリロス【聖チリロ】に比較されるような位置を占めていました。マニング枢機卿は、その数年前、レーゲンスブルク司教イグナツ・フォン・ゼネストライ(von Senestrey 1818年-1906年)と共に、マッテオ・リベラトーレ神父(Matteo Liberatore 1810年-1892年)が作成した、教皇の不可謬権の定義を得るために力を尽くすという誓約を行っています。

彼らの傍らには、錚々たる人物が並んでいました。イエズス会の神父で後の枢機卿ヨハン・バプティスト・フランツェリン(Franzelin 1816年-1886年)、公会議での教皇の神学者、ドン・プロスペール・ゲランジェ(1805年-1875年)[フランスにベネディクト修道会を再興したフランス・ソレム修道会の創設者]、トラヤヌポリ大司教【名義司教】で、第一バチカン公会議で「教皇の親衛隊」と呼ばれたスペインの司教たちの精神的指導者、聖アントニオ・マリア・クラレット(1807年-1870年)[ローマでの1870年6月17日付の修道院長マリア・アントニア・パリスへの書簡を参照]などです。

リベラル派は、公会議主義者やガリカン主義者のテーゼにならい、教会の権威は教皇だけにあるのではなく、司教たちと一致した教皇にあるとし、不可謬権の教義は誤謬、あるいは少なくとも時宜に適していないと判断したのです。聖クラレットは1870年1月28日、不可謬権の教義は時宜に適しているだけでなく、「sub omni respectu ineluctabiliter necessaria」(あらゆる点から見て不可避にして必要なもの)であるとの定義を求める請願書に署名した400人の教父たちの一人であり、1870年5月31日には、教皇不可謬権を擁護するための感動的な演説を行っています。

福者ピオ九世は、1870年12月8日、憲章「パストル・エテルヌス」(Pastor Aeternus)によって、ペトロの首位権と教皇不可謬権の教義を定義しました(Denz-H、3050-3075)。今日、これらの教義は、私たちにとって、ペトロの教座への真の信心を見いだすための貴重な基準となっています。

リベラル派のカトリック信者は第一バチカン公会議で敗れましたが、一世紀を経て第二バチカン公会議の主役にして勝利者となりました。ガリカン主義者、ヤンセン主義者、フェブロウス主義者は、教会の構造は民主的でなければならず、司祭と司教によって、底辺から指導され、教皇はその代表者に過ぎないと公然と主張したのです。第二バチカン公会議が公布した憲章「ルーメン・ジェンティウム」(Lumen Gentium)は曖昧なもので、(他の公会議文書と同様に)これらの傾向を認めながらも、それらを最終的な結論にはしませんでした。

1962年12月9日、イヴ・コンガール神父(1904年-1995年)は日記にこう書いています。「私は、イタリアをその教皇至上主義的な政治的、教会的、福音への信心的な態度から改めるために行われるすべてのことは、普遍教会にとっても利益になると信じています。ですから、この時、私はこの点で多くの関与をすることを受け入れました」(Diario del Concilio, Italian translation, 2 vol., San Paolo, Cinisello Balsamo, 2005, vol.I, p. 308[公会議日記、イタリア語訳全2巻、サンパオロ、チニゼッロ・バルサモ、2005年、第1巻、308頁])。このドミニコ会の神学者はさらに、「教皇至上主義は本当に存在しています…。ローマの大学や学校は、そのすべてをさまざまな用量で蒸留しています。最も高い、ほとんど致命的な用量は、現在『ラテラノ[大学]』で投与されているものです」(第1巻、201頁)。「みじめな教皇至上主義者の教会学」と、コンガールは2月5日に再び書いています(第2巻、20頁)。彼は「ローマ学派」の神学者たちとの闘いを「使命」とみなしていました。

神学的ローマ学派は、教皇至上主義運動の継承者でした。アルフレード・オッタヴィアーニ枢機卿、エルネスト・ルフィーニ枢機卿、そしてマルセル・ルフェーブル大司教がその代表でした。

マイケル・デイヴィーズ(1936年-2004年)は、公会議という惨事の一因を、誤った教皇への従順に求めていますが、マニング枢機卿がこう言ったことを思い出させてくれます。

「不可謬権は個人に固有の性質ではなく、職務に付随する助けである」(in Pope John's Council, Augustine Publishing Company, Chawleigh, Chulmleigh [Devon] 1977, p. 175)[「教皇ヨハネの公会議」、オーガスチン出版社、チャウリー、チャルムリー[デヴォン州]、1977年、175頁]。

第一バチカン公会議は、不可謬権という賜物(カリスマ)がキリストの代理者に常に存在すると教えているのではなく、単に、その最高形態における職務の行使、すなわち、教皇が信仰と道徳の問題に関して普遍的牧者として、「エクス・カテドラ」(ex cathedra、教皇座から)で教えるときに、「不可謬権は不在ではない」と教えているだけです(Pope John's Council, pp.175-176)[教皇ヨハネの公会議、175-176頁]。

マイケル・デイヴィーズ自身は、教皇職への敬意と愛情をもって、第二バチカン公会議とノブス・オルドに抵抗したすべての人々と同様に、教皇至上主義者とみなすことができるでしょう。これは、拙著「Love for the Papacy and Filial Resistance to the Pope in the History of Church」(Angelico Press, New York, 2019)[「教会の歴史における教皇職への愛と教皇への抵抗」、アンジェリコ出版、ニューヨーク、2019年]で私が支持している立場です。

1875年、ドイツの司教たちはビスマルク首相に対抗して、教皇と司教の教導権は「一般に教会の不可謬の教導権の内容に限られ、聖書と聖伝の内容に限られる」と宣言しました(Denz-H 3116)。教皇ピオ九世は、1875年3月4日、ドイツの司教たちに宛てた書簡「ミラビリス・イッラ・コンスタンティア」(Mirabilis illa constantia)で、この宣言を全面的に支持しました(Denz-H 3117)。私はこの教皇至上主義者の声明に全面的に同意します。この声明は、聖座の不当な決定に対して敬意ある抵抗をする際の基礎となり得るものです。

「教皇崇拝」(Papolatry)と「教導権主義」(Magisterialism)は、第二バチカン公会議の後に生まれた用語です。これらは、教皇個人への極端な崇拝であって、教皇職が屈辱を受けるのと並行して発展したものです。これは教皇至上主義とは関係ありません。

私がなぜ教皇至上主義者であることを誇りに思うのか、またなぜ教皇至上主義への批判を懸念するのか、その理由を説明できたのではないかと思います。


カトリック聖伝のミサの報告 Traditional Latin Mass in Tokyo, Osaka and Nagoya: SSPX Japan

2022年03月27日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

今日東京のミサに来られた方は、子供達も入れて合計118人でした。大阪では27人、名古屋では11人でした。

3月25日のロシア奉献は、修道院と大阪の聖堂で行いました。祈りと償いの日になりました。名古屋でもミサの後に、ファチマの聖母のご像の前で奉献の祈りを唱えました。天主様に感謝します。

【報告】
Dear Fathers:

Shown below are the number of attendees at the masses in Tokyo today.
The total number of attendees at the masses in Tokyo today was 118, including children.

09:00 mass
M: 25 (incl. 4 children)
F: 29 (incl. 6 children)
Total: 54 (incl. 10 children)

11:00 mass
M: 19 (incl. 5 children)
F: 22 (incl. 4 children)
Total: 41 (incl. 9 children)

12:30 mass
M: 15 (incl. 2 children)
F: 13 (incl. 0 child)
Total: 28 (incl. 2 children)

Total of 3 masses (excl. 5 people who participated in multiple masses)
M: 56 (incl. 11 children)
F: 62 (incl. 10 children)
Total: 118 (incl. 21 children)




【参考情報】この第二バチカン公会議に関する学位論文が、聖ピオ十世会の司教の破門を撤回するローマの決定に影響を及ぼした

2022年03月27日 | お説教・霊的講話

【参考情報】この第二バチカン公会議に関する学位論文が、聖ピオ十世会の司教の破門を撤回するローマの決定に影響を及ぼした

This dissertation on Vatican II influenced Rome’s decision to lift the excommunications of the SSPX bishops

LifeSiteNewsの調べによると、この学位論文は時宜を得て、バチカンが2009年1月に、1988年に聖別された聖ピオ十世会(SSPX)の4人の司教の破門を撤回する決定に、肯定的な影響を与えたとの情報を得た。マイケ・ヒクソン

2022年2月18日

(LifeSiteNews)ローマには、まだ語られていないものの、私たちが注目すべき物語が眠っています。2006年、バチカンの外交団の一員だったモンシニョール・フロリアン・コルフハウス(Florian Kolfhaus)は、第二バチカン公会議とその教導権の重要性について、教理神学の博士論文を執筆しました。LifeSiteNewsの調べによると、この学位論文は時宜を得て、バチカンが2009年1月に、1988年に聖別された聖ピオ十世会(SSPX)の4人の司教の破門を解除する決定に、肯定的な影響を及ぼしたことが分かりました。その理由は、コルフハウスが、公会議のテキストのほとんどは教理的な性格ではなく、司牧的な性格を持つという結論に至ったからです。この結論に基づき、バチカンは、公会議の声明のいくつかはカトリック教徒の良心を拘束しないため、善きカトリック教徒でありながら同時にそれらを批判することが可能である、と理解したのです。

聖ピオ十世会との交渉に携わった教皇庁エクレジア・デイ委員会の元次官、グイド・ポッツォ大司教も、まったく同じ結論に達しています。大司教は2016年のインタビューで、宗教間対話に関する「ノストラ・エターテ」(Nostra Aetate)、エキュメニズムに関する「ウニターティス・レディンテグラーティオ」(Unitatis Redintegratio)、宗教の自由に関する「ディニターティス・フマネ」(Dignitatis Humanae)などの公会議文書は、教理的な文書ではないため批判することができる、と述べています。「これらは、教理でも決定的な声明でもなく、むしろ司牧的な実践のための指示や方向づけの指針です。(聖ピオ十世会の)教会法上の認可の後も、さらなる明確化に到達するために、これらの司牧的な面について議論を続けることができます」。大司教が説明したように、公会議が信仰と道徳について義務付ける形で教えていると明示したテキストだけが教理となるものなのです。

この三つの公文書は、モンシニョール・コルフハウスが博士論文で特に調べたものであり、バチカンの聖ピオ十世会に関する委員会の一部のメンバーが、彼の研究を利用したのは、道理にかなっています。公会議に対する立場を変えるよう求めることなく、聖ピオ十世会を完全にカトリックの会として認める方法を見つけるという問題に取り組んでいたバチカン当局者たちは、モンシニョール・コルフハウスの研究において、公会議の起草委員会のメンバーが公会議の教父にテキストを提出する際に行ったさまざまな宣言の中に、明確な証拠を見いだしたのです。例えば、彼らは現代的な言葉を使い、もっぱら司牧的な目標を示し、世俗社会や非カトリックの宗教的共同体への積極的なアプローチを提示しました。

コルフハウスは公会議の決議や議定書を引用しており、そこでなされた公式声明は、いかなる文書も、常に教えられてきた天主の信仰の真理を変えるものではなく、またこれらの問題について特定の規律を命ずることを義務付ける規範はない、としています。カトリック教徒は、主日に聖なるミサに出席するのを義務付けられていますが、エキュメニカル活動に参加することを義務付けられてはいません。三つの公会議文書(ノストラ・エターテ、ウニターティス・レディングラーティオ、ディニターティス・フマネ)で述べられていることを受け入れないことは、不従順とみなされる理由にはなりませんし、異端とみなされることもありません。したがって、第二バチカン公会議を理由に、聖ピオ十世会が要求されることは何もありません。

モンシニョール・コルフハウスの研究を詳しく見る前に、重要なことは、ポッツォ大司教とモンシニョール・コルフハウスが、ローマのグレゴリアン大学で博士論文の指導を受けたのが、同じ今は亡きカール・J・ベッカー枢機卿(イエズス会)で、枢機卿自身、ポッツォと共に聖ピオ十世会との交渉に直接関わっていたことです。つまり、ベッカー枢機卿が聖ピオ十世会と話をする際に、教え子の一人であるコルフハウスの研究を考慮に入れたであろうことは明らかです。ポッツォ大司教についても同じことが言えます[1]。2015年に亡くなったベッカー枢機卿は、1977年から教理省の顧問を務め、聖ピオ十世会に関してはラッツィンガー枢機卿と緊密に連携していました。ベッカー枢機卿は、公会議の教えを保守的に解釈しようとし、たとえば「subsistit in」(~に存する)の議論に関してもそうであり、何人かの教え子たちに同じことをするように勧めていました。

さて、ここでモンシニョール・コルフハウスの研究に戻りましょう。

彼の学位論文のタイトルは、「Pastorale Lehrverkündigung - Grundmotiv des Zweiten Vatikanischen Konzils: Untersuchungen z Unitatis Redintegratio, Dignitatis Humanae und Nostra Aetate」[2](司牧的教導権―第二バチカン公会議の基本的な意向。ウニターティス・レディングラーティオ、ディニターティス・フマネ、ノストラ・エターテの検討)です。

コルフハウスがこのテーマに関する小論[3]で述べているように、全世界の司教たちの集まり【第二バチカン公会議】は、明示的に教義的な文書を発表することを望みませんでした

「第二バチカン公会議の特別な『司牧的性格』は公会議の間にのみ発展し、公会議の教父たちにとっても新奇なものを提示した」とコルフハウスは書き、こう付け加えています。「この新しい『スタイル』は、まず、テキストを分かりやすい言葉で書き、聖書的に論じるという願望で明らかである。まず、神学部の神学を望まず、その少し後には、教導権による定義づけを望まなかったのである」[4]。

これには次のように述べることができます。「聖書的」に語るとき、その「聖書的」な言葉をどのように適用し、解釈する必要があるのかについて、権威ある指針が必要になります。それがあったならば、これほど多くのプロテスタントの教派はなかったはずです。彼らは、「聖書のみ」(sola scriptura)の原則に基づき、どのような教えを持つべきかについて、本当にさまざまな結論を出しているのですから。

コルフハウスは続けます。

「第二バチカン公会議の諸文書は、信仰の教理や教会法の条項を定めたものではなく、教会生活のための実践的な指針を定めたものであることは否定できない。この目的のために、公会議がそのようにするとき、すなわち(厳密な意味で)教えなかったり、あるいは真理を設定する前提で決定を行うのではなかったりするとき、その目的が何を意味するかを問わなければならない」[5]。

ここで、モンシニョール・コルフハウスは実際に、公会議の傷の中に指を入れています。つまり彼は、公会議の弱点を、すなわち、その曖昧さや誤った解釈のしやすさを指摘しているのです。第二バチカン公会議が、教令、憲章、宣言という3種類の文書を発表したことも、この混乱感を増大させています。これと異なり、以前の公会議は、これらの種類の文書のうち1種類を発表しただけでした。コルフハウスが指摘するように、トリエント公会議は教令を発表しただけでした。

また、コルフハウスは権威ある意見として、ヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿の言葉を引用しています。ラッツィンガーは1988年7月13日、チリの司教たちに対する演説で、「公会議自体は教義を定義せず、意識して自らを低いランクにある純粋な司牧的公会議として示そうとしました」と述べているのです。ところが、このまさに「司牧的公会議」――ラッツィンガーによれば――は、「あたかも他のすべての意味を奪ってしまう、ほとんどスーパー教義であるかのように」解釈されているのです。

コルフハウスが発見したように、この重要な演説は、ラッツィンガーの公会議に関する「全集」(Opera omnia)に含まれていません[6]。彼は読者に、元教理省長官のこのテキストを「再発見」するように勧めています。

1988年にラッツィンガーが発言したことに即して、コルフハウスはこう述べています。

実際、公会議自身、1964年11月16日の第123回総会における事務局長の発表で、啓示された教理(「de rebus fidei et morum」[信仰と道徳に関する事柄])の定義(「tenenda definit」[確定的に保持すべきもの])は、それが言明されたときにのみ存在する、と述べている。このことは、公会議のテキストでは決して行われなかった。このように、公会議は、それ以前の教会の教導権を頼みとするのを除けば、いかなる新しい教義も、いかなる不可謬の教理も、宣言しようとは望まなかったのである[7]。

さらに著者は自分の立場を説明して、当時の人々に語りかけて当時の問題を解決するのを意図して望んだ公会議を、あたかも全時代に適用できる不可謬の教理を教えるものであるかのように扱うのは不当である、と解説しています。

しかし、モンシニョール・コルフハウスは、公会議が明示的に述べてはいないものの、権威を持つように発言をしたことがあることを、次のように示しています。

「公会議は、上に示されたように、教義的に定義することを望まなかったが、時には「res fidei et morum」[信仰と道徳に関すること](例えば、司教の聖別の秘跡的性格)についての非常によくできた声明を出した」。

彼はまた、公会議のテキストの中には、それ自身のためではなく、司牧上の指針や声明を説明するための教えの要素が見られる、と付け加えています。

コルフハウスが評価しようとするのは、この唯一無二の性格です。彼はこう続けます。

特定の実践の根拠を示すことは、司牧的な教えであり、教理上の論争を解決しようとする教義的な教えではない。過去において、「教え」は常に「教理上の論争を決定するための教え」として理解されてきた。第二バチカン公会議については、そのテキストの多く――すなわち、教令と宣言――において、これは当てはまらない。ここでは、神学がまだ概念化していない新しい形の「教理的宣告」が用いられている[8]。

モンシニョール・コルフハウスは、例として、宗教間対話に関する宣言(ノストラ・エターテ)を引用し、この宣言について、1964年11月18日にキリスト教一致推進事務局の議長は、こう述べています。

「この宣言の目的に関する限り、事務局はキリスト教以外の宗教について教義的な宣言をする意向はなく、むしろ実践的で司牧的な規範を提示する意向がある」。

エキュメニズムに関する教令(ウニターティス・レディングラーティオ)に関して言えば、コルフハウスは、「それゆえ公会議の教父たちは、この司牧的実践が、非常にさまざまな形態をとり得るし、また成功させるためには、そうでなければならないということを認識していたため、エキュメニカルな対話の定義を宣告することを望まなかった」[9]と説明しています。

コルフハウスが論文の中で特に取り上げた第三の公会議文書、すなわち信教の自由に関する宣言(ディニターティス・フマネ)に関して、著者は読者に対して、この文書が「これらの(教理上の)疑問に答えようと望んでいるのではなく、1965年9月21日にデ・スメドが明確に述べたように、『教会の通常教導権に』」委ねることを望んでいる、と思い起こさせています。

コルフハウスが提示した、公会議の特別な報告者であるエミール=ジョゼフ・デ・スメト司教の引用から明らかなように、多くの公会議の教父は、教会の教えを変更する意向は全くなかったのです。この文脈において、彼自身は、このような奇妙な種類の教会の教えを表現する新しい用語をつくることを提案しています。つまり、教義上の論争を解決し、義務付ける真理を提示することを目的とする「munus determinandi」(決定する務め)とは異なる、司牧的な目的を持つ教会の教える活動を「munus praedicandi」(説教する務め)と呼ぶ、ということです。

しかし、モンシニョール・コルフハウスは、司牧の実践が信仰の教理にとって危険なものとなり、それを損なうことさえあり得ることを指摘するのも忘れていません。彼は、こう述べています。「『新しい司牧的な現実』と共に『新しい』教理も発展していくであろう。これはまさに今日、多くの小教区や教会共同体において私たちが経験していることである」[10]。

コルフハウスは、司牧的な実践が事実上、教理に反するようになる危険性に加えて、公会議がその本質において教会生活の司牧的な面に焦点を当てていたため、司牧的な指針の一部がもはや現代に適応できないゆえに、もやは時代遅れで廃れていることも解説しています。

彼はこう書いています。

私の考えでは、たとえ挑発的かつ大げさに定式化したとしても、(ハインリッヒ・)ペッシュと共に、公会議のいくつかの声明は「暫定的で時代遅れ」であると言うのが公平である。その時代の差し迫った問題に対する実践的な答えは、変化する宗教的、社会的、文化的状況を正しく反映させるために、常に暫定的でありうるし、実際暫定的でなければならない[11]。

また、モンシニョール・コルフハウスの見解について言えることは、専門家に対して、公会議の議論そのものや、このイベントに参加した司教たちの声明に立ち返って研究するように促していることです。彼が紹介するいくつかの引用を読むと、驚かされます。例えば、公会議の教父たちは「extra ecclesiam nulla salus」(教会の外に救いなし)の教義を主張していました。公会議の報告者の一人であるデ・スメト司教は、信教の自由に関する宣言は、すべての人間がカトリック教会を救いの箱船として、探し見いだす必要性を決して弱めるものではない、と説明しました。

コルフハウスは、次のデ・スメトの言葉を引用しています。

道徳的秩序において、すべての人々、すべての社会、すべての世俗の権威は、客観的にも主観的にも真理を求めることを義務づけられており、偽りを擁護することを許されていないということは確実である。教会の教えと掟を認めるという、教会に対するすべての人々の道徳的義務が存在する。いかなる人間の権威も、福音と真の教会を認めるか拒否するかという客観的な道徳的選択の自由を有していない[12]。

これらの言葉は、公会議の諸決議の中に見いだすことができます。コルフハウスは、「mens synodalis」(会議の心)を、つまり、公会議の教父たちの大多数が持っていた、教導権に忠実に留まろうとしていた意向を良く知るために、公会議の公式の議事録を読んで研究するよう促しています。

著者はまた、私たちが公会議のもう一つの重要な面を理解するのを助けてくれます。彼が示すように、公会議の意向は、公会議中に発展した言い方によれば、教理的にではなく単に司牧的に語ることでした。準備草案(schema)は公会議の伝統的な意向、すなわち教理を教えるために書かれていましたが、公会議の議論は公会議を、現代人がこの時代の課題に対応するのを助けることを目的とした司牧的なイベントにどんどん変えていったのです[13]。

公会議の教父たちは、そのほとんどが正統的な意向をもって公会議に出席していたのですが、その議論が、難しい教理を教えるという責任に近づくことなく、単に司牧的なレベルで行われることになるのを見て、そのとき気を緩めたのかもしれません。つまり、公会議での論調の変化により、多くの公会議の教父は、自分たちが司牧的な用語で話しているだけだと思ったため、教理や教理上の逸脱に注意を払わなくなったかもしれないのです。(公会議中の進歩主義陣営の行動に関する歴史的な概観は、こちらをお読みください)。

このように冷静で根拠のある言葉、明快な論旨からわかるように、モンシニョール・コルフハウスは、公会議の性質とその影響に関する、カトリック教会とその判断力についての議論に大きな貢献をしたのです。彼は、聖ピオ十世会との和解と、公会議の教理的な重みをもっと緩和させて評価することを求めるローマ教皇庁内の正統派の人々を支援できただけでなく、現在は、もっと多くのカトリック教徒の読者が、この公会議の性格とその余波を判断するのを助けることができるようになったのです。

参考資料

1 ベッカー枢機卿は、教え子の一人であるアレクサンドラ・フォン・トイフェンバッハにも「Subsistit in」の議論(つまり「キリストの教会がカトリック教会"に存する"」【ピオ十二世の回勅にある「キリストの教会はカトリック教会"である"」という同一性を暗黙のうちに否定する表現】)を研究させ、この用語の考案者のセバスチャン・トロンプ神父(イエズス会)が、この用語によって正統な意向を持ち、実際にはカトリック教会がキリストの教会であるという概念を強化しようとしたことを示しているのは興味深い点である。アレクサンドラ・フォン・トイフェンバッハ「Die Bedeutung des subsistit in (LG8). Zum Selbstverständnis der katholischen Kirche」((ルーメン・ジェンティウム8条)のsubsistit inの意味。カトリック教会の自己理解について)(ミュンヘン、ヘルベルト・ウッツ出版社、2002年)。英語での論考はこちらで読むことができる。カリム・シェルケンス「Lumen Gentium's 'Subsistit in' revisited: the Catholic Church and Christian Unity after Vatican II」(「教会憲章」の「Subsistit in」再考。第二バチカン公会議後のカトリック教会とキリスト教の一致)、Theological Studies 69 (2008年) 875-893、 https://cdn.theologicalstudies.net/69/69.4/69.4.6.pdf.。ただし筆者はフォン・テュッフェンバッハの――そしてベッカー枢機卿の――この議論のより保守的な解釈には同意しない。

2 リット出版社、2011年。この学位論文は現在入手可能であるが、グレゴリアン大学自身がその出版や宣伝すらしなかったことは、そのことを物語っている。モンシニョール・コルフハウスが2010年にローマで行った講演(https://www.youtube.com/watch?v=VcQCp_E0gGw&t=1282s)で語っているように、彼は、グレゴリアン大学では博士論文で困難に遭遇しており、ある時期には完全に却下されそうであった。しかし、教皇ベネディクト十六世の教皇職に就いたことと、教皇が「連続性の解釈法」の概念を推進することに照らして、彼の研究を却下することはできなくなった。モンシニョール・コルフハウスが、セラフィノ・M・ランツェッタ神父の指導のもと、無原罪の聖母のフランシスコ会の会議で行ったイタリア語による講演が、YouTubeでいくつか閲覧できる。また、2010年にローマで行われたコルフハウスの講演の聴衆の中に、アタナシウス・シュナイダー司教の姿が見られることも特筆される。

3 モンシニョール・フロリアン・コルフハウス「Reform in Kontinuität(「連続性における改革」)、Anmerkungen zum Konzilsjubiläum(公会議50周年に関するメモ)」、Neue Ordnung、2013年、4-12。この小論はコルフハウスの博士論文のための研究を見事に凝縮しているため、引用させていただいた。
4 同上、4-5。
5 同上、6。
6 ヨゼフ・ラッツィンガー「Zur Lehre des Zweiten Vatikanischen Konzils)。Formulierung - Vermittlung - Deutung in Joseph Ratzinger, Gesammelte Schriften」(第二バチカン公会議の教えについて。ヨゼフ・ラッツィンガー著作集における定式化―調停―解釈)(フライブルク、ヘルダー)、第7/1巻および第7/2巻。
7 コルフハウス「Reform in Fontinuität」(連続性における改革)6。
8 コルフハウス、7。
9, 同上、8。
10 同上、10。
11 同上。
13 同上、9。ここでは、一部のユダヤ人や共産主義者の代表と事前の秘密交渉があり、その後、ユダヤ人や共産主義者の政治的・文化的行動に関する問題を扱わないことが決定されたという事実についての考察は割愛させていただく。この話題は、ロバート・ヒクソンの小論「Hilaire Belloc's 'The Barbarians' (1912) and the Analogy of a Self-Sabotaging Cultural Immune System」(ヒレア・ベロックの『The Barbarians』(1912年)と自己破壊的文化的免疫システムの類推)で取り上げられている。

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御聖体のかけらにもキリストの全てが在す|御聖体を尊ぶがゆえに、聖変化の後、司式司祭が決してしないこと。

2022年03月26日 | お説教・霊的講話

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、2022年3月27日は四旬節第四主日です。

「テレワーク」方式ではありますが、皆様にYouTubeで「四旬節第四主日の説教」の動画をご紹介いたします。

この動画が気に入ったら、お友達にもご紹介くださいね。

SSPX JAPAN聖ピオ十世会日本にチャンネル登録もお願いいたします。

天主様の祝福が豊にありますように!

トマス小野田圭志神父


聖ヨゼフは、かつてイエズス・キリストを守ったように、全世界におけるカトリック教会の守護者として聖伝のミサがいつでも捧げられるように、御聖体が私たちに与えられるように守っておられる

2022年03月24日 | お説教・霊的講話

2022年3月20日(主日)四旬節第三主日のミサ
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父 説教(東京)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、

今日聖パウロは書簡の中で、私たちにこう招いています。
“Estote imitatores Dei.”「天主を真似る者たちであれ」と。

この言葉を聞くと、私たちはどうしても、イエズス様がなさったそのことに目を向けざるを得ません。

ところで、天主イエズス様は私たちに、何を、どのような模範を見せているでしょうか?

イエズス様がなさったことの内で、特に今日私たちが黙想を提案するのは、イエズス様が持っていた、「聖ヨゼフに対する信頼」です。

天主イエズス・キリストは、御自分の人生を全て、聖ヨゼフに委ねました。聖ヨゼフを、地上で「お父さん」と呼ばれました。この天主に、私たちも倣うことに致しましょう。イエズス様と同じ信頼を聖ヨゼフに持つように致しましょう。

イエズス様が聖ヨゼフの子供となったというのは、これは偶然ではありません。そうではなくて、永遠の昔から、天主聖父は、全能の天主三位一体は、聖ヨゼフを、人となった御言葉の養父として選んでおられたのでした。聖ヨゼフは永遠の昔から選ばれていました。その為に必要な特別の御恵みを、聖ヨゼフに与えていました。

現代、教会は聖ヨゼフの地位についてはっきり分かっています。教皇様たちが教えています。聖ヨゼフは、旧約の全ての太祖、アブラハム、モーゼ、あるいは全ての預言者、イザヤ、エレミヤ、あるいは洗者聖ヨハネよりも偉大な方である。新約の十二使徒、聖ペトロ、聖パウロ、あるいは殉教者たち、偉大な聖人たち、聖イグナチオ、聖フランシスコ・ザベリオ、あるいは大聖人よりもさらに偉大な方であることを。

なぜかというと、聖ヨゼフの使命は、特別にイエズス・キリストの御托身と、その御生涯に一致していたからです。イエズス・キリストとマリア様を守る為に、特別に選ばれた方だったからです。

天主が、最も大切な宝を、特にイエズス・キリストを、聖ヨゼフの手に全く信頼して委ねたからです。

聖トマス・アクィナスによれば、与えられた使命のその重大さによって、聖寵の大きさも違う、イエズス・キリストに近ければ近いほど、それだけ多くの恵みが与えられる、と教えています。

この聖ヨゼフに対しては、特別に旧約で前兆がありました。たくさんの前兆がありました。その中でも特に有名なのが太祖ヨゼフです。エジプトに売られて、そして遂にはファラオの下で宰相となって、エジプトのトップに立った男です。太祖ヨゼフは夢を見て、七年の豊かな時と、七年の飢饉が来るだろう。だから既に、飢饉の時の為に準備をしていなければならないということをあらかじめ天主によって知らされました。そこで七年の豊かな取り入れの時に備蓄をするようにしていました。その為に、恐ろしい飢餓がやってきた時でも、エジプト人たちには溢れるばかりのパンがありました。

これは聖ゼフの前兆でした。つまり、新約の御聖体を下さるべきイエズス・キリストが、御聖体を制定することができるように、イエズス・キリストの命を、幼い時から30年間守った方が、聖ヨゼフだったからです。もしも聖ヨゼフがいらっしゃらなかったら、イエズス様の命も守られなかったかもしれません。つまり世の贖いも、そして御聖体もあり得ませんでした。

私たち将来の全ての贖われた者たちを御聖体で養う為に、イエズス様の命を聖ヨゼフは守っていたのでした。イエズス様は、天主イエズス・キリストは、全てを聖ヨゼフの御手に任せました。

聖ヨゼフの仕事は、天国に上げられてそれで終わったのではありませんでした。今でも続いています。

今日聖パウロの書簡は、本当に美しい書簡です。それを読むと、イエズス様が私たちの罪の償いの為に、天主にとても香りの良いいけにえとして捧げられた。私たちを愛して、御自分を全て捧げられたということが語られます。イエズス様は私たちのパンとなるばかりでなく、御聖体として御自分を全て与えるのみならず、私たちの罪の償いとして、いけにえとして屠られた、その十字架の木になる実りとして、御聖体を与えて下さいました。

ですから、この私たちにとって御聖体というのは、ミサ聖祭というのは、最も大切な、この地上での最高の宝なのです。これ以上私たちに高価な宝はありません。人類が持つ最高の価値のあるものは、イエズス・キリストの御体、御聖体です。

そしてイエズス・キリストの御聖体から湧き出る全ての御恵みです。つまり七つの秘跡です。七つの秘跡は全て、御聖体を中心に回っています。洗礼を受けるのも、堅振を受けるのも、あるいは終油の秘跡を受けるのも、あるいは司祭職があるのも、告解の秘跡があるのも、御聖体を私たちがふさわしく受けることができる為です。もちろん婚姻の秘跡もそうです。御聖体を作る司祭を産むことができるように、御聖体を私たちが受ける霊魂たちが生まれる為に。

その御聖体を私たちはどうしても守らなければなりません。例えどのような恐ろしい疫病があろうと、教会が閉まってしまうことは、私たちにとってはあり得ません。なぜかというと、御聖体こそが、最も基本的で、最も大切で、生活の、命の為に、最も必需品であるからです。超自然の命の為の恵みの源であるからです。例え病院が閉鎖されても、例えスーパーマーケットが閉鎖されても、たとえ電車が動かなくなっても、例え警察が機能しなくなったとしても、ミサは立て続けられ、そして御聖体が私たちに与えられなければなりません。なぜかというと、御聖体やその他の秘蹟は私たちの命の源であるからです。全ての御恵みの源であるからです。秘跡が私たちには必要だからです。

イエズス・キリストの御聖体がなければ、この地球が大戦争になったり、あるいはどのような危機に陥ってしまうかも分かりません。この世界の保存の為にも、平和の為にも、私たちが生きる為にも、必ず絶対に必要なものが、ミサ聖祭です。なぜかというと、イエズス・キリストの十字架がここで、いけにえが再現されるからです。最も私たちの命にとって、超自然の命にとって大切な恵みが、ミサ、この祭壇から流れ出るからです。イエズス・キリストの、天主に快い香りのいけにえであるからです。

聖ヨゼフは、これを今でも守って下さっています。かつてイエズス・キリストの命を守ったように、普遍教会の守護者として、全世界におけるカトリック教会の守護者として、このミサがいつでも捧げられるように、御聖体がいつでも私たちに与えられるように、守って下さっています。

ですから私たちは、イエズス様がなさったように、天主にまねて、聖ヨゼフに全幅の信頼をこめることに致しましょう。よく私たちが見る聖ヨゼフの御影(ごえい)は、イエズス様を抱いておられる、そしてイエズス様が聖ヨゼフに全く信頼して寄りかかっている御影(ごえい)です。私たちがいつも安心して御聖体を頂くことができますように、ふさわしく頂くことできますように、聖ヨゼフが持っていたように、イエズス・キリストを、御聖体におけるイエズス・キリストに対する愛と、そして特別な親密な関係が持たれることができますように、お祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


【参考資料】速報:教皇フランシスコの「人類、特にロシアとウクライナ」の奉献のテキストを公開

2022年03月23日 | カトリック・ニュースなど

速報:教皇フランシスコの「人類、特にロシアとウクライナ」の奉献のテキストを公開

BREAKING: Text of Pope Francis’ consecration of ‘humanity, especially Russia and Ukraine’ released

ロシアの名を2度挙げ、「われらはお委ねし、奉献します」という表現を用いた「奉献の祈り」の文章が公表された。

2022年3月22日(火曜日)米東部標準時間午後1時間14分

【バチカン市(LifeSiteNews)】教皇フランシスコのロシアとウクライナをマリアの汚れなき御心に奉献する言葉が公開された。セントポール・ミネアポリス大司教区が、ジョン・ストーン神父とともに、そのウェブサイトでテキストのPDFを公開し、その後カトリック・ニュース・エージェンシー(CNA)も報道したが、CNAは文章の真実性について追加の確証は出していない。…

祈りの重要な部分は次のように書かれている。「それゆえ、天主の御母にしてわれらの母よ、御身の汚れなき御心にわれら自身、教会、全人類、特にロシアとウクライナを荘厳にお委ねし、奉献します」。

祈りの全文は以下の通りです。

聖母への祈り全文

ああ、天主の御母にしてわれらの母なるマリアよ、この試練の時、御身のもとに戻りたてまつる。御身は母としてわれらを愛し、われらを知りたもう。われらの心の懸念も、御身にはあらわなり。あわれみの御母よ、われらはいくたびも、御身の注意深き御配慮と御身の平和の現存を経験したり。御身は、われらを平和の君なるイエズスのもとに導くことを、決してやめたまわず。

しかして、われらはその平和の道からさまよいたてまつれり。前世紀の悲劇より学びし教訓、すなわち世界大戦に巻き込まれし数百万人もの犠牲を忘れたり。われらは、国家よりなる共同体としてかわした約束を無視せり。諸国民の平和への夢と若者の希望を裏切りし。「貪欲」なる病に、自国とその利益のみを考えたり。ゆえに無関心となりはて、おのれの利己的なる必要および利益のみにとらわれたるなり。

われらは天主を無視し、幻想に満足し、傲慢で、攻撃的になり、罪なき人々の命を抑圧し、武器を蓄えるを選びたり。われらは、隣人の保護者たること、また「共通の家」の管理人たることを捨てたり。われらは戦争で大地の庭を荒らし、われらの罪により、天の御父の心を悲しませしぞ。御父は、われらがあい互いに兄弟姉妹なるを望みたもう。われらは、自分のことだけに心し、すべての人や物に無関心となりたてまつれり。

今、恥をしのびつつ、われらは叫びたてまつる。主よ、われらを赦したまえ! 聖なる母よ、御身はわれらに思い起こさせたもうなり。われらの罪深き惨めさの中でも、われらの闘争と弱さの中でも、悪と戦争なる邪悪の神秘の中でも、天主はわれらを決して見捨てたまわず、つねに、愛もちて見つめ続けられ、われらを赦したまい、新しい命へとひき上げたもうことを。

天主は御身をわれらにお与えになり、御身の汚れなき御心を教会と全人類の避難所とされたり。天主の慈悲深きみ旨によって、御身はいつもわれらとともにましましたもう。歴史のうちにて最も困難なる時さえ、御身は優しき愛で、われらを導きたもうなり。

今、われらは御身に向かいて、御心の扉を叩くなり。われらは御身の最愛の子なり。いかなる時代においても、御身はわれらに御身自身を知らせたまい、回心を呼びかけたもう。この暗黒の時、われらを助け、御身の慰めを与えたまえ。もう一度、われらに言い給え。「母なるわれ、ここにあらずや?」と。御身は、われらの心とわれらの時代の結び目を解くことができたもうなり。われらは御身に信頼したてまつる。

とりわけ試練の時、御身はわれらの願いに耳を傾け給い、助けに来たもうと確信したてまつる。これ、御身がガリラヤのカナでなされしことなり。そのとき、御身はイエズスに執り成しされ、イエズスはその最初のしるしをしたまえり。婚宴の喜びの損なわれんがためにと、御身はイエズスに「ぶどう酒なし」と言われり。母よ、今こそ、この言葉と祈りを繰り返し給え。われらの時代にては、希望のぶどう酒なくなり、喜びは消え、兄弟愛、色あせたり。われらは人間性を忘れ、「平和」なる賜物を無駄に費すなり。われらは暴力と破壊に心を開きたり。

御身の母としての御助けがいかに必要なることぞ! ゆえに、

母よ、われらの祈りを聞き入れたまえ。
海の星よ、われらを戦争なる大嵐にて難破せざるよう助けたまえ。
新約の契約の櫃よ、和解の計画と和解の道へと霊感をいぶきたまえ。
天の元后よ、世界に天主の平和を回復させたまえ。憎しみと復讐心を取り除き、われらに敵を赦すを教えたまえ。戦争からわれらを解放し、核兵器の脅威からわれらの世界を守りたまえ。
ロザリオの元后よ、祈りと愛の必要なることを我らに認識させたまえ。
人類家族の元后よ、人々に兄弟愛の道を示したまえ。
平和の元后よ、われらの世界に平和を執り成したまえ。

おお、母よ、御身の悲痛なる訴えが、われらの硬直した心をゆり動かさんことを。御身がわれらのために流したもうた涙が、憎しみによりて干上がりしこの谷に、新たな花を咲かせんことを。武器の轟音の中、御身の祈りにより、われらの思いを平和に向かわせんことを。御身が母として手を触れたもうにより、爆弾の雨に苦しむ人々、逃げ惑う人々がなだめられんことを。御身の母としての抱擁が、家や故郷を追われし人々を慰めんことを。御身の悲しみに満ちた御心が、われらを思いやりへと導き、われらの扉を開き、傷つき投げ出された兄弟姉妹の世話をするよう促さんことを。

天主の聖母よ、御身が十字架の下にたたずみたもうとき、イエズスは、御身のそばにいる弟子を見たもうて、「御身の子を見よ」とのたまいし。かくして主は、御身にわれら一人一人を委ねたまいし。すなわち、御弟子とわれら一人一人に、「見よ、御身の母を」と言われたり。母なるマリアよ、われらは今、御身をわれらの人生と歴史に迎えたてまつる。今、この時、疲れ果て、取り乱したる人類は、十字架の下に御身とともにたたずみ、御身に自らを託し、御身を通じて、キリストに自らを奉献することを必要とするなり。

大きな愛もて御身を崇敬するウクライナおよびロシアの民は、今御身の方に向かうなり。また、彼らに対して、および戦争、飢餓、不正、貧困によりて大いなる打撃を受けしすべての人々に対しては、御身の御心は同情で鼓動するなり。

それゆえ、天主の御母にしてわれらの母よ、御身の汚れなき御心にわれら自身、教会、全人類、特にロシアとウクライナを荘厳に委ね、奉献したてまつる。われらが確信と愛をもって行うこの祈りを受け入れたまえ。戦争が終わり、世界中に平和が広がるようわれらの祈りを聞き入れたまえ。御身の御心よりいでし「なれかし」(Fiat)は、歴史の扉を平和の君に開きし。われらは、御身の御心を通じて、再び平和の夜明けが訪れるを信じたてまつる。われらは、全人類家族の未来、すべての国民の必要と期待、世界の不安と希望を御身に奉献したてまつる。

御身の執り成しによって、天主の御あわれみが地上に注がれ、穏やかな平和のリズムが戻り、われらの日々をいろどらんことを。聖霊が降りたまいし「なれかし Fiat」の聖母よ、われらに天主から来る調和を回復させたまえ。

われらの「生ける希望の泉」である御身が、われらの心の乾きを潤したまわんことを。御身のご胎内にてイエズスは肉体を取りたまえり。われらが「交わり」を育むを助けたまえ。御身は、かつてこの世の小道を歩みたまえり。今、われらを平和の道へと導きたまえ。アーメン。

Vatican releases text for March 25 consecration prayer for Ukraine, Russia

The Vatican has sent bishops around the

CBCPNews

Here is the full text of the prayer obtained by CNA:

O Mary, Mother of God and our Mother, in this time of trial we turn to you. As our Mother, you love us and know us: no concern of our hearts is hidden from you. Mother of mercy, how often we have experienced your watchful care and your peaceful presence! You never cease to guide us to Jesus, the Prince of Peace.
Yet we have strayed from that path of peace. We have forgotten the lesson learned from the tragedies of the last century, the sacrifice of the millions who fell in two world wars. We have disregarded the commitments we made as a community of nations. We have betrayed peoples’ dreams of peace and the hopes of the young. We grew sick with greed, we thought only of our own nations and their interests, we grew indifferent and caught up in our selfish needs and concerns. We chose to ignore God, to be satisfied with our illusions, to grow arrogant and aggressive, to suppress innocent lives and to stockpile weapons. We stopped being our neighbour’s keepers and stewards of our common home. We have ravaged the garden of the earth with war and by our sins we have broken the heart of our heavenly Father, who desires us to be brothers and sisters. We grew indifferent to everyone and everything except ourselves. Now with shame we cry out: Forgive us, Lord!

Holy Mother, amid the misery of our sinfulness, amid our struggles and weaknesses, amid the mystery of iniquity that is evil and war, you remind us that God never abandons us, but continues to look upon us with love, ever ready to forgive us and raise us up to new life. He has given you to us and made your Immaculate Heart a refuge for the Church and for all humanity. By God’s gracious will, you are ever with us; even in the most troubled moments of our history, you are there to guide us with tender love.

We now turn to you and knock at the door of your heart. We are your beloved children. In every age you make yourself known to us, calling us to conversion. At this dark hour, help us and grant us your comfort. Say to us once more: “Am I not here, I who am your Mother?” You are able to untie the knots of our hearts and of our times. In you we place our trust. We are confident that, especially in moments of trial, you will not be deaf to our supplication and will come to our aid.

That is what you did at Cana in Galilee, when you interceded with Jesus and he worked the first of his signs. To preserve the joy of the wedding feast, you said to him: “They have no wine” (Jn 2:3). Now, O Mother, repeat those words and that prayer, for in our own day we have run out of the wine of hope, joy has fled, fraternity has faded. We have forgotten our humanity and squandered the gift of peace. We opened our hearts to violence and destructiveness. How greatly we need your maternal help!

Therefore, O Mother, hear our prayer.

Star of the Sea, do not let us be shipwrecked in the tempest of war.

Ark of the New Covenant, inspire projects and paths of reconciliation.

Queen of Heaven, restore God’s peace to the world.

Eliminate hatred and the thirst for revenge, and teach us forgiveness.

Free us from war, protect our world from the menace of nuclear weapons.

Queen of the Rosary, make us realize our need to pray and to love.

Queen of the Human Family, show people the path of fraternity.

Queen of Peace, obtain peace for our world.

O Mother, may your sorrowful plea stir our hardened hearts. May the tears you shed for us make this valley parched by our hatred blossom anew. Amid the thunder of weapons, may your prayer turn our thoughts to peace. May your maternal touch soothe those who suffer and flee from the rain of bombs. May your motherly embrace comfort those forced to leave their homes and their native land. May your Sorrowful Heart move us to compassion and inspire us to open our doors and to care for our brothers and sisters who are injured and cast aside.

Holy Mother of God, as you stood beneath the cross, Jesus, seeing the disciple at your side, said: “Behold your son” (Jn 19:26.) In this way he entrusted each of us to you. To the disciple, and to each of us, he said: “Behold, your Mother” (v. 27). Mother Mary, we now desire to welcome you into our lives and our history. At this hour, a weary and distraught humanity stands with you beneath the cross, needing to entrust itself to you and, through you, to consecrate itself to Christ. The people of Ukraine and Russia, who venerate you with great love, now turn to you, even as your heart beats with compassion for them and for all those peoples decimated by war, hunger, injustice and poverty.

Therefore, Mother of God and our Mother, to your Immaculate Heart we solemnly entrust and consecrate ourselves, the Church and all humanity, especially Russia and Ukraine. Accept this act that we carry out with confidence and love. Grant that war may end and peace spread throughout the world. The “Fiat” that arose from your heart opened the doors of history to the Prince of Peace. We trust that, through your heart, peace will dawn once more. To you we consecrate the future of the whole human family, the needs and expectations of every people, the anxieties and hopes of the world.

Through your intercession, may God’s mercy be poured out on the earth and the gentle rhythm of peace return to mark our days. Our Lady of the “Fiat,” on whom the Holy Spirit descended, restore among us the harmony that comes from God. May you, our “living fountain of hope,” water the dryness of our hearts. In your womb Jesus took flesh; help us to foster the growth of communion. You once trod the streets of our world; lead us now on the paths of peace. Amen.

This is the prayer that Pope Francis will say to consecrate Russia and Ukraine

The Vatican has sent bishops around the world the text of the prayer that Pope Francis will lead on March 25 for the consecration of Ukraine and Russia to the Im...

Catholic News Agency

ウクライナとロシアを聖母マリアの汚れなきみ心に奉献する 教皇フランシスコと心をあわせて 日本カトリック司教協議会会長呼びかけ


嬉しいニュース:来たる3月25日御告げの祝日に、フランシスコ教皇様は、自分と一緒に世界中の司教様たちがロシアとウクライナを聖母の汚れなき御心に奉献するように招いている

2022年03月22日 | お説教・霊的講話

2022年3月20日(主日)四旬節第三主日
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父 メッセージ

https://www.facebook.com/arata.nunobe/videos/3091643234428970/

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、私たちには本当に嬉しいニュースがあります。
それは、来たる3月25日に、御告げの祝日に、フランシスコ教皇様が、世界中の司教様たちを招待して、ご自分と一緒に同時に、ロシアとウクライナを聖母の汚れなき御心に奉献するように、と招いていることです。

このことが公式に発表されました。これはファチマのマリア様が要求されたことで、本当に私たちはこのことが実現しますようにと、今まで十字軍でお祈りしたり、ロザリオをお祈りしたり、色々な犠牲を捧げたりしてきました。遂に、その日がやって来ようとしています。

どうぞ、愛する兄弟姉妹の皆様、続けてお祈りなさって下さい。
この日が本当に来ますように、そして教皇様が、ファチマのマリア様の御望みの通りに、世界中の司教様と一致して、聖母の汚れなき御心にロシアを奉献しますように、お祈りいたしましょう。

そしてマリア様が汚れなき御心が御約束の通り、イエズス様に、王たるキリストに特別の御恵みを取り次いで下さいますように、ロシアとウクライナに平和が、そして世界中に平和が来ますように、そして教会が多くの子供たちの回心を見ることができますように、マリア様が特別の回心と祝福の御恵みを与えて下さいますように、お祈り致しましょう。

特に、色々な国の司教団が公式に「教皇様と一致して、この日に奉献をする」という公式の声明を出しています。例えばフィリピンの司教団もそうしています。日本の司教様たちも必ずして下さると私は信じております。そして希望しております。

どうぞお祈り下さい。日本の司教様たちの為にお祈り下さい。

司教様たちが教皇様と一致して、皆が全員、ロシアとウクライナをマリア様の汚れなき御心に奉献して下さいますように、そして是非この機会に、日本をも、汚れなき御心に奉献して下さって、そして日本にも特別の御恵みが雨あられと降るように、マリア様にお祈り致しましょう。そして聖母の汚れなき御心がますます愛されて、マリア様からの特別の祝福が皆様の上にありますように、お祈り致しましょう。

では、3月25日、マリア様の御告げの祝日、この日をきっかけに、多くの御恵みが与えられますように、お祈りを続けていきましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。 

フランシスコ教皇と一緒にロシアを奉献する各国の司教評議会 Bishops’ conferences  

  • The Roman Catholic Bishops of Ukraine 
  • The Greek Catholic Bishops of Ukraine
  • The Episcopal Conference of Latin America (CELAM) 
  • The Catholic Bishops’ Conference of England and Wales 
  • The Catholic Bishops’ Conference of the Philippines  
  • The Spanish Episcopal Conference (SEC)
  • The Commission of the Bishops’ Conferences of the European Community (COMECE)
  • The Council of European Bishops Conferences (CCEE)
  • The Conference of Bishops of Slovakia
  •  The Bishops of the Episcopal Conference of Nicaragua
  • The Conference of the Catholic Bishops of Kazakhstan

フランスの司教たち

  • Mgr Hervé Gosselin, évêque d’Angoulême, célébrera une messe en communion avec Sa Sainteté le Pape François pour la consécration de la Russie au Sacré Cœur de Marie
  • Mgr d’Ornellas, archevêque de Rennes, a fait annoncer en chaire ce dimanche matin qu’il participerait à la consécration.
  • Mgr Emmanuel Gobilliard, évêque auxiliaire de Lyon, célèbrera une messe vendredi 25 mars, à la demande de Mgr de Germay.
  • Le diocèse de Tarbes et Lourdes, actuellement sede vacante, a fait relayer la nouvelle auprès de tous les curés et prêtres du diocèse pour la prière du vendredi 25 mars avec le Pape. L’administrateur diocésain, l’abbé Pierre Jamet, a relayé le message du nonce apostolique.
  • Mgr Delmas, évêque d’Angers, consacrera la Russie et l’Ukraine au Cœur Immaculé de Marie en union avec le pape François vendredi 25 mars
  • Vendredi 25 Mars à 17h au Sanctuaire de la Miséricorde Divine (église de l’Immaculée-Conception à Montauban), Mgr Ginoux prononcera, en union avec le Saint-Père, cet acte de Consécration au cours d’un temps de prière et d’adoration.
  • Monseigneur Beau présidera la messe à Marie-Immaculée ce vendredi 25 mars à 18h30 et participera à la procession mariale aux flambeaux qui partira du Sacré-Cœur à 18h. Il souhaite, en plus de ce programme initialement prévu, une prière silencieuse à 17h au Sacré-Cœur (avec exposition du Saint Sacrement), au moment où le Pape consacrera la Russie et l’Ukraine au Cœur Immaculé de Marie à la Basilique St Pierre. Il s’associera à la prière du Saint Père en prononçant lui aussi cette prière de consécration lors de la messe de Marie-Immaculée.
  • l’évêque de Tours, Mgr Jordy,
  • l’évêque de Quimper, Mgr Laurent Dognin
  • Monseigneur Marc Aillet s’associera publiquement à cette consécration, à 17h, à la cathédrale Sainte Marie de Bayonne
  • Mgr Matthieu Rougé s’unira à la consécration prononcée par le Pape au cours d’une veillée mariale pour la paix le vendredi 25 mars à 20h30 à Notre-Dame de la Paix de Suresnes.
  • Mgr Batut, évêque de Blois, célèbrera une messe à 7h le 25 mars en la cathédrale Saint-Louis, puis prononcera la prière de consécration. A 17h, les fidèles sont appelés à une procession depuis la cathédrale  Saint-Louis jusqu’au sanctuaire de Notre-Dame des Aydes de l’église Saint-Saturnin en Vienne où il y aura une prière en communion avec la consécration de la Russie et de l’Ukraine faite par le pape à 17h depuis Rome. A 20h, prière mariale à la basilique Notre-Dame de la Trinité.
  • Mgr Luc Crépy, évêque de Versailles, organise une veillée de prières en la cathédrale Saint-Louis à Versailles à 20h30 le 25 mars en union avec le pape pour la consécration de la Russie et l’Ukraine.
  • Mgr Jean-Luc Bouilleret, archevêque de Besançon, célèbrera ce même jour, à 18h15, une eucharistie à la cathédrale Saint-Jean-Saint-Etienne.
  • L’administrateur du diocèse de Paris, Mgr Pontier, procédera également à cette consécration le 25 mars en la basilique du Sacré-Coeur de Montmartre.
  • Mgr Nicolas Brouwet, évêque du diocèse de Nîmes, s’associera à la consécration vendredi. Il célèbrera la messe à cette intention à 18h00 à la cathédrale. Il demande à tous les prêtres, les diacres, les consacrés et tous les fidèles de s’y associer ce jour-là, soit en participant à la messe, soit dans leur prière personnelle ou familiale.
  • Monseigneur Perceroux, évêque de Nantes, s’uniera au Pape pour la consécration de la Russie le vendredi 25 Mars. Il présidera à cet effet la messe en la Basilique Saint Nicolas à 19h.
  • Mgr Pansard, évêque du diocèse d’Evry, s’unira à la consécration de la Russie et l’Ukraine et invite chacun d’entre nous à s’y joindre également.
  • l’évêque nommé du Puy-en-Velay, Monseigneur Yves Baumgarten, s’unira le 25 mars, en la Cathédrale Notre Dame de l’Annonciation du Puy-en-Velay, à 17h00.

名誉教皇ベネディクト十六世も一緒にロシアを奉献します。

  • Par ailleurs, le pape émérite Benoît XVI se joindra au pape François et aux évêques du monde dans la prière pour la consécration de la Russie et de l’Ukraine le 25 mars.

その他の司教たち

  • Archbishop Mieczysław Mokrzycki of Lviv, Ukraine
  • Bishop Athanasius Schneider, auxiliary bishop of Astana, Kazakhstan
  • Bishop William T. McGrattan of Calgary, Alberta
  • Bishop David Motiuk, Bishop of the Ukrainian Catholic Eparchy of Edmonton, Alberta
  • Bishop Paul Terrio of St. Paul, Alberta
  • Bishop Joseph P. Nguyen of Kamloops, British Columbia
  • Archbishop John Michael Miller of Vancouver, British Columbia
  • Bishop Christian Riesbeck of St. John’s, New Brunswick
  • Archbishop Peter J. Hundt of St. John’s, Newfoundland and Labrador
  • Bishop D. Douglas Crosby of Hamilton, Ontario
  • Bishop Ronald P. Fabbro of London, Ontario
  • Bishop Daniel Miehm of Peterborough, Ontario
  • Bishop Fred J. Colli of Thunder Bay, Ontario
  • Bishop Mark A. Hagemoen of Saskatoon, Saskatchewan
  • Bishop Bryan Bayada, Bishop of the Ukrainian Catholic Eparchy of Saskatoon, Saskatchewan
  • Bishop Steven J. Lopes of the Personal Ordinariate of the Chair of Saint Peter (Canada and the U.S.)
  • Bishop Carmel Zammit of Gibraltar, Gibraltar
  • Archbishop Eamon Martin of Armagh, Ireland
  • Bishop Stephen Robson of Dunkeld, Scotland
  • Archbishop William Nolan of Glasgow, Scotland
  • Bishop Joseph Toal of Motherwell, Scotland
  • Bishop John Keenan of Paisley, Scotland
  • Bishop Steven J. Raica of Birmingham, Alabama
  • Archbishop Thomas J. Rodi of Mobile, Alabama
  • Bishop Thomas Olmsted of Phoenix, Arizona
  • Bishop Daniel E. Garcia of Monterey, California
  • Bishop Kevin W. Vann of Orange, California
  • Bishop Michael C. Barber of Oakland, California
  • Bishop Jamie Soto of Sacramento, California
  • Bishop Oscar Cantú of San Jose, California
  • Archbishop Samuel Aquila of Denver, Colorado
  • Bishop William E. Koenig of Wilmington, Delaware
  • Archbishop Thomas Wenski of Miami, Florida
  • Bishop Gerald Barbarito of Palm Beach, Florida
  • Bishop William Wack of Pensacola-Tallahassee, Florida
  • Bishop Gregory L. Parkes of St. Petersburg, Florida
  • Bishop Stephen D. Parkes of Savannah, Georgia
  • Bishop Peter Christensen of Boise, Idaho
  • Bishop David Malloy of Rockford, Illinois
  • Bishop Joseph Siegel of Evansville, Indiana
  • Bishop Robert J. McClory of Gary, Indiana
  • Archbishop Joseph F. Naumann of Kansas City, Kansas
  • Bishop Jerry Vincke of Salina, Kansas
  • Bishop Carl Kemme of Wichita, Kansas
  • Archbishop Joseph Kurtz of Louisville, Kentucky
  • Bishop William F. Medley of Owensboro, Kentucky
  • Bishop Michael Duca of Baton Rouge, Louisiana
  • Bishop Glen John Provost of Lake Charles, Louisiana
  • Archbishop Gregory M. Aymond of New Orleans, Louisiana
  • Bishop Robert Deeley of Portland, Maine
  • Archbishop William E. Lori of Baltimore, Maryland
  • Archbishop Allen Vigneron of Detroit, Michigan
  • Bishop Jeffrey J. Walsh of Gaylord, Michigan
  • Bishop David Walkowiak of Grand Rapids, Michigan
  • Bishop Earl Boyea of Lansing, Michigan
  • Bishop Robert Gruss of Saginaw, Michigan
  • Bishop Andrew Cozzens of Crookston, Minnesota
  • Bishop Daniel J. Felton of Duluth, Minnesota
  • Bishop Donald Kettler of Saint Cloud, Minnesota
  • Archbishop Bernard A. Hebda of Saint Paul and Minneapolis, Minnesota
  • Bishop John Michael Quinn of Winona–Rochester, Minnesota
  • Bishop Louis Kihneman of Biloxi, Mississippi
  • Bishop Joseph R. Kopacz of Jackson, Mississippi
  • Bishop James V. Johnston of Kansas City–St. Joseph, Missouri
  • Bishop Edward M. Rice of Springfield-Cape Girardeau, Missouri
  • Auxiliary Bishop Mark Rivituso of St. Louis, Missouri
  • Bishop Austin Vetter of Helena, Montana
  • Bishop Joseph Hanefeldt of Grand Island, Nebraska
  • Bishop James Conley of Lincoln, Nebraska
  • Bishop Peter Libasci of Manchester, New Hampshire
  • Bishop James Checchio of Metuchen, New Jersey
  • Bishop Kevin Sweeney of Paterson, New Jersey
  • Bishop David M. O’Connell of Trenton, New Jersey
  • Bishop James Wall of Gallup, New Mexico
  • Bishop Peter Baldacchino of Las Cruces, New Mexico
  • Bishop Edward B. Scharfenberger of Albany, New York
  • Bishop Michael Fisher of Buffalo, New York
  • Bishop Salvatore Matano of Rochester, New York
  • Bishop Douglas J. Lucia of Syracuse, New York
  • Bishop Peter J. Jugis of Charlotte, North Carolina
  • Bishop David D. Kagan of Bismarck, North Dakota
  • Bishop John T. Folda of Fargo, North Dakota
  • Bishop Dennis Schnur of Cincinnati, Ohio
  • Bishop Edward Malesic of Cleveland, Ohio
  • Bishop Jeffrey Monforton, Steubenville, Ohio
  • Bishop Daniel E. Thomas of Toledo, Ohio
  • Bishop David Bonnar of Youngstown, Ohio
  • Archbishop Paul Coakley of Oklahoma City, Oklahoma
  • Bishop Liam Cary of Baker, Oregon
  • Archbishop Alexander Sample of Portland, Oregon
  • Bishop Alfred Schlert of Allentown, Pennsylvania
  • Bishop Lawrence T. Persico of Eerie, Pennsylvania
  • Bishop Ronald Gainer of Harrisburg, Pennsylvania
  • Bishop Joseph Bambera of Scranton, Pennsylvania
  • Bishop Richard F. Stika of Knoxville, Tennessee
  • Bishop J. Mark Spalding of Nashville, Tennessee
  • Bishop Daniel Flores of Brownsville, Texas
  • Bishop Edward J. Burns of Dallas, Texas
  • Bishop Michael Olson of Fort Worth, Texas
  • Bishop Michael Sis of San Angelo, Texas
  • Bishop Joseph Strickland of Tyler, Texas
  • Bishop Michael Burbidge of Arlington, Virginia
  • Bishop Barry C. Knestout of Richmond, Virginia
  • Auxiliary Bishop Eusebio Elizondo of Seattle, Washington
  • Cardinal Wilton D. Gregory, Archbishop of Washington, D.C.
  • Bishop Mark E. Brennan of Wheeling-Charleston, West Virginia
  • Bishop David Ricken of Green Bay, Wisconsin
  • Bishop Donald Hying of Madison, Wisconsin
  • Archbishop Jerome Listecki of Milwaukee, Wisconsin

日本の司教さまたちのお名前がこのリストに入りますように!

ファチマの聖母の御要求通りの奉献がなされますように!私たちも罪を悔悛して、天主に御憐みをこい願いましょう!


何故聖ヨゼフは、マリア様に次ぐ、最も偉大な聖徳と栄光を得られた方なのか?アブラハム、モーゼ、イザヤ、使徒聖ペトロと聖パウロ、大天使聖ミカエルよりも天国において偉大であるのか?

2022年03月21日 | お説教・霊的講話

2022年3月19日(土)童貞聖マリアの浄配 証聖者聖ヨゼフのミサ
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父 説教(修道院)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、今日は聖ヨゼフの祝日を祝っております。

この御ミサの直後に、いつものように、御聖体降福式を行ないましょう。そしてその中で、私たちの聖ピオ十世会の日本のミッションを聖ヨゼフに捧げる奉献を更新致します。去年と同じ、それから10年前にアジア管区でやったものと同じものを致します。

私たちの御聖堂が聖ヨゼフによって与えられますように、特にお祈りをお願い致します。皆さんのたくさんのお祈りを感謝しております。ぜひ聖ヨゼフ様の御取り次ぎによって、私たちに一番良い場所が与えられますように、お祈り致しましょう。

聖ヨゼフは、教皇様の教えによると、マリア様に次ぐ、最も偉大な聖徳と栄光を得られた方です。これは何を意味するかというと、「旧約の太祖、アブラハムやモーゼ、イザヤ預言者やその他の預言者よりも、使徒聖ペトロと聖パウロ、そして十二使徒たち、また多くの殉教者たちをはるかに超えて、そして新約の生んだ大聖人たちをはるかに超えて、大天使聖ミカエル、あるいはその他の天使たちを越えて、更に聖徳と栄光をいや増す、天国において、マリア様のその次に偉大な大聖人である」と教えられています。

一体なぜなのでしょうか?聖ヨゼフはたまたまマリア様とご結婚されたので、たまたまイエズス様のお父さんとなったのでしょうか?

いえ、そうではなくて、永遠の昔から、天主は三位一体は、聖ヨゼフを特別の使命の為に創造して、計画して、そして聖ヨゼフを創り出して、聖ヨゼフのミッションの為に、特別の御恵みを与えた、選ばれた方であるからです。

特に今日は、三つの点を垣間見て、聖ヨゼフの偉大さを讃美しつつ、聖ヨゼフを私たちに下さった天主に感謝致しましょう。

⑴聖ヨゼフの偉大さは、使徒たち、それから洗者聖ヨハネよりも勝っています。イエズス様はある時こう言われました、「女の中から生まれた内で、洗者聖ヨハネより偉大なものはない。」つまり「旧約の全ての預言者、義人たちの中で最も偉大な者は、洗者聖ヨハネである」と。しかしその言葉を続けて仰るには、「しかし、新約の最も小さな者は、彼よりも偉大である」と。ところで、新約の最も小さな者というのは一体どなたでしょうか?

神学者たちは言います、「これは、謙遜であった、そしていつも隠れておられた、聖ヨゼフのことである」と。

使徒聖ペトロ、パウロに代表される使徒たちは、イエズス様の神秘を、玄義を、全世界に明らかにすることを命じられました。しかし聖ヨゼフは、それを時が来るまで隠しておられることを、謙遜の内にベールで、ご自分の謙遜のベールで隠しておられることをお望みになりました。聖ヨゼフの謙遜と、沈黙と、そしてその天主に対する忠実と従順、これが為に聖ヨゼフは、新約の、そして旧約の全ての聖人たちよりも更に偉大な者とされました。

⑵第二は、聖ヨゼフとマリア様です。

天主は、御子イエズス・キリストを私たちに与える為に、特別にマリア様を選びました。マリア様に聖寵の満ち溢れを与えて、そして永遠の昔から、蛇の頭を踏み砕く方として、第2のエヴァとして、天主の御母となるべき方として、罪の無い方として、そして全ての御恵みを分配する方として、第2のエヴァ、共同贖い主として、マリア様を永遠の昔から計画して、それにふさわしい御恵みを与え続けました。聖ヨゼフは、このマリア様を保護する為に、守る為に、マリア様と常に一緒にいる為に、特別に選ばれた方でした。

マリア様がもしもその貞潔によって、またイエズス・キリストと共に、ご自分の御苦しみによって贖いの恵みを分配する方であったとしたら、それと共にいたヨゼフ様ほど、マリア様から御恵みを頂いた方は他にどこにいらっしゃるでしょうか?

⑶第三は、イエズス様との関係です。

聖ヨゼフはまさに、このイエズス・キリストを守る為にこそ、特別に選ばれた方でした。旧約の中で、既にその前兆があります。太祖ヨゼフ。

特に聖ヨゼフは、イエズス・キリストをヘロデの手から守る為に、ベトレヘムで、あるいはエジプトで、そしてナザレトの生活で、イエズス・キリストを守り続ける、特にヘロデの手からイエズス・キリストを守る為に、エジプトへの逃亡生活さえもされました。

この聖ヨゼフについては、太祖聖ヨゼフが預言した通り、エジプトに大きな飢饉があった時に、エジプト人たちにパンを与える為に、既に小麦を貯蓄して、それを守っていました。

聖ヨゼフも、私たちに御聖体を与えることができるように、イエズス・キリストを与えることができるように、イエズス・キリストの生命を30年間守り続けた方でした。もしも私たちが御聖体を望むなら、イエズス・キリストとイエズス・キリストの御恵みを求めるならば、私たちはヨゼフに行かなければなりません。

何故かというと、御聖体こそ、新約の私たちにとって最も大切な糧であるからです。全ての七つの秘跡は、御聖体を中心に回っています。洗礼を受けたのも、御聖体を受ける為。司祭も、御聖体を私たちに作り、私たちに与える為。堅信の秘跡も、御聖体の秘跡の恵みを全て受ける為。告解の秘跡も、御聖体をふさわしく受けることができる為に。終油の秘跡も、永遠の旅路の糧を受けて、旅立つことができる為に。

では最後に、聖ヨゼフにお祈り致しましょう。私たちをぜひ守り、聖なる公教会を守って下さいますように。聖ヨゼフの栄光と、その与えられた御恵みは、私たちの想像を遥かに超えるものです。今日の集祷文でも、「私たちが決して得ることができないことを、聖ヨゼフは私たちに与えることができる」と、「祈りで与えることができる」とあります。ぜひ聖ヨゼフの聖徳を乞い求めましょう。マリア様に対する愛と、貞潔の御恵みを乞い求めましょう。イエズス・キリストと御聖体に対する特別の信心と愛を乞い求めましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


2021年3月19日 聖ピオ十世会日本を聖ヨゼフに奉献する

2022年03月21日 | お説教・霊的講話

2021年3月19日(金)童貞聖マリアの浄配、証聖者聖ヨゼフのミサ
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父様御説教(修道院)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

このミサの直後に、ヨゼフ様の御影(ごえい)を祝別して、そしてこの修道院と、そして私たちのミッション、皆さんを、ヨゼフ様に奉献致します。その後で聖ヨゼフ様の聖歌を歌って、ミサの後の祈りを御捧げ下さい。

なぜ、その奉献をするのでしょうか?それは、ヨゼフ様に対して聖三位一体がした事を、私たちが真似たいと思うからです。

三位一体の天主聖父は、最も大切な聖子を聖ヨゼフ様に任せました。イエズス様の命を守るのは聖ヨゼフ様でした。

聖子イエズス様も、御自分を全くヨゼフ様に委ねました。そして私生活の間は、全てヨゼフ様の言う通りに、従順に従いました。天主がヨゼフ様に全く委ねました。

天主聖霊も、マリア様を、浄配であるマリア様を聖ヨゼフに委ねました。

聖子イエズス・キリストに倣おうとするキリスト教信者は、やはりイエズス様がなさったように真似なければなりません。

マリア様に捧げられたこの修道院の修道院長は、実はマリア様の汚れなき御心ですが、マリア様は是非、この修道院と、私たち日本のミッションと、皆さんを、聖ヨゼフの元に委ねたいと思っておられます。ご自分を全て委ねたのですから、ご自分のものを全て、聖ヨゼフに委ねたいと思っておられます。

ですから、今日その事をはっきりと表明して、聖ヨゼフにぜひ私たちを守って下さるように、特に現代はヘロデのように、イエズス様への信仰、天主に対する信仰、自然の秩序さえも壊してしまう、キャンセルして、キャンセルカルチャー、そしてミサはもちろん、自然の秩序、結婚制度、過去の歴史、全てを無いものにしようとしています。このような時代にこそ、ヨゼフ様に私たちを守って下さるように、お祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


イエズス会司祭ルイ・ラルマン神父(Louis Lallemant)の聖ヨゼフに対する信心:「聖ヨゼフを、4つの点において真似る」

2022年03月21日 | お説教・霊的講話

2021年3月21日(主日)御受難の主日
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父メッセージ

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、今日は聖ヨゼフに対する信心について少しお話をしたいと思っています。特に有名な、イエズス会の神父様であるルイ・ラルマン神父様(Louis Lallemant)という方が、この聖ヨゼフに対する信心がとても有名なので、そのお話を少し致します。

ルイ・ラルマン神父様は、1588年生まれで1635年に亡くなった方で、特にブルージュという所にあるイエズス会の修練院で、校長、修練院長、責任者を務めていて、非常に多くの霊的な書物を書いて、立派な著作を残して、大きな影響を与えた方です、聖徳の誉れの高い神父様でした。この神父様が、聖ヨゼフに対して特別な信心を持っていたのです。

何をなさっていたかと言うと、「聖ヨゼフを、4つの点において真似る」という事でした。

第1は、聖ヨゼフのように、聖霊の勧めに従って、聖霊にいつも従順であるように生きた事です。

第2に、聖ヨゼフに倣って、天主の現存の内に生きて、祈りと日常の生活をいつも一致させていた事です。

第3に、聖ヨゼフに倣って、マリア様に対する愛と尊敬と、そしてそのマリア様との一致の生活をする事を試みていた事です。特にマリア様の童貞性、純潔性、また母性、愛徳、全ての美徳を模範して真似ていた聖ヨゼフに倣って、ご自分も生活していました。マリア様に対する特別の愛を捧げていました。

最後に、ラルマン神父様は、聖ヨゼフに倣って、イエズス様に対する親密な生活をしていました。イエズス様の特に御謙遜、そしてその自己犠牲、また天主聖父に対する従順の徳を学んで、聖ヨゼフのように生活しておられました。

そして多くの恵みを受けて、聖徳にどんどん進歩していくのです。

そこで、ブルージュの修練院の校長だった時に、若い二人の司祭がいました。その司祭に、自分のその受けた恵みを分け与えようと思って、こんな提案をしました。

「聖ヨゼフに対する信心を、神学生たちに広めてごらん。そうすると、特別の御恵みがあるよ。君たちがたくさん受けたいと思っている最高の望みを、きっと聖ヨゼフは叶えてくれるよ。私がそれを保証する」と。

するとその時、二人の弟子の神父様たちがそれに同意します、「じゃあ、私やってみる」と。

一人は有名なポール・ラグノ(Paul Ragueneau)神父様で、1608年生まれで1680年に亡くなっています。この神父様は、ブルージュの修練院で教えた後に、カナダに行って、カナダのインディアン達をたくさん回心させた方で有名です。ヒューロン語を生まれつきの言葉のように話して、何千人という方々をインディアンの人たちを回心させました。

もう一人は、ジャック・ヌエ(Jacques Nouet)という神学者で、1605年生まれでやはり1680年に亡くなっております。この神父様は、偉大な神学者で、多くの有名な本を残している神学者でした。

宣教師と神学者、活動家とそして観想家、二つのタイプですけれども、その神父様たちは、自分の教え子たちに神学生たちに、聖ヨゼフの信心を教えて、そして聖ヨゼフの祝日が近付いていたので、「聖ヨゼフの名誉の為に、聖体拝領をするように」という事を神学生たちに勧めていました。

そして実際に、多くの恵みを受けたそうです。

ヌエ神父様は、その事をラルマン神父様に秘密に報告しました。実は彼は、「自分は、イエズス様の事について立派に話したり、著作をしたい、という事を最も求めていた」との事です。「そして、実際にその恵みが与えられた。特に、書きたいと思っていたその本が完成した」という事を明らかにしたそうです。

もう一人のラグノ神父様についても、ラルマン神父様に伝えたと思いますけれども、それが一体どんな内容だったのか、私たちには伝えられていません。しかし、この後の宣教師の偉大な活躍を見ると、ものすごい恵みが聖ヨゼフによって与えられた、という事を知る事ができます。

何を言いたいかと申しますと、私たちは、聖ヨゼフに対する信心をする事によって、多くの聖徳を得る事ができます。そればかりか、聖ヨゼフに対する信心を他の方にも伝えるだけで、聖ヨゼフから多くの恵みを更に受ける事になります。

聖ピオ十世会日本でも、愛する兄弟姉妹の皆さんたちの聖徳をますます高めて頂く為に、聖ヨゼフの信心を勧めたいと思っています。そしてこの聖ヨゼフが、聖ピオ十世会日本を通して、皆さんに多くの祝福と御恵みを与えて下さるように、お祈り申し上げます。

聖ヨゼフ、我らの為に祈り給え!

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


聖ピオ十世会本部コミュニケ:3月25日に予定されている、教皇によるロシアとウクライナのマリアの汚れなき御心への奉献の発表について

2022年03月20日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど

聖ピオ十世会本部コミュニケ

Communiqué of the General House

2022年3月19日 FSSPX.NEWSサイト

聖ピオ十世司祭会は、3月25日に予定されている、ロシアとウクライナのマリアの汚れなき御心への奉献の発表を、喜びをもって知りました。

熱心なロザリオ十字軍や、粘り強くロザリオを唱えることで区切られた、長い待機期間の後、聖ピオ十世会は、すべての司教と一致した教皇による荘厳な祈りを呼びかけられたファチマの聖母の要求が考慮されたことを見て、うれしく思います。

聖ピオ十世会は、ロザリオを唱えることと苦行の実践とに、これまで以上に信頼を置きます。世界の平和のために特別な方法で祈り、諸国民は、マリアの汚れなき御心を通して、王たるキリストに真に回心することによってのみ、協調を見いだすことができると、これまで以上に確信します。

普遍教会の保護聖人、聖ヨゼフの祝日に


カトリック聖伝のミサの報告 聖ピオ十世会日本 SSPX JAPAN Traditional Latin Mass

2022年03月20日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

今日東京のミサに来られた方は、子供達も入れて合計115人でした。大阪では28人でした。東京のミサの会場がいつもと違うところでしたので、すこし心配でした。東京では、ミサの終わりに聖ヨゼフへの奉献の更新を行いました。天主に感謝!

【報告】
Dear Fathers:
Shown below are the number of attendees at the masses in Tokyo today. The total number of attendees at the masses in Tokyo today was 115, including children.

09:00 mass
M: 24 (incl. 5 children)
F: 26 (incl. 7 children)
Total: 50 (incl. 12 children)

11:00 mass
M: 19 (incl. 4 children)
F: 20 (incl. 5 children)
Total: 39 (incl. 9 children)

12:30 mass
M: 11 (incl. 1 child)
F: 20 (incl. 1 child)
Total: 31 (incl. 2 children)

Total of 3 masses (excl. 5 people who participated in multiple masses)
M: 51 (incl. 10 children)
F: 64 (incl. 13 children)
Total: 115 (incl. 23 children)

Photo Credit


--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
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