Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2018年 1月の聖伝のミサの予定
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】

意向:日本中の家庭のため、特に若いカトリックの家庭のため
実践すべき徳:天主の御摂理に対する信仰と信頼
守護の聖人:聖ペトロと聖パウロ

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2018年 1月の予定
【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセス EG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 〒532-0002
(JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

    1月5日(初金) 御降誕節の平日(4級)白
            午後5時半 ロザリオ及び告解 
            午後6時 ミサ聖祭 

    1月6日(初土) 主の御公現(1級祝日)白
            午前10時 ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭
            正午より ファチマの聖母行列

    1月19日(金) 御公現後の平日(4級)緑
            午後5時半 ロザリオ及び告解 
            午後6時 ミサ聖祭 

    1月20日(土) 殉教者教皇聖ファピアノと殉教者聖セバスチアノ(3級祝日)赤
            午前10時 ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図) 「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」
    1月7日(主) イエズス、マリア、ヨゼフ、聖家族の祝日 
            午前09時  聖歌の練習及び告解
            午前10時  ロザリオ及び告解
            午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)
            午後12時半頃 幼児洗礼
            午後02時半頃 主日の晩課(グレゴリオ聖歌による)
            【公教要理はクリスマス休暇で、お休みします】

    1月8日(月) 御公現の平日(4級)白 
            午前7時 ミサ聖祭

    1月21日(主) 御公現後第3主日 (2級) 緑
            午前10時 ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭

    1月22日(月) 殉教者聖ヴィンチェンチオとアナスタジオ (3級) 赤
            午前7時 ミサ聖祭

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

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主よ、あなたの教会は、今にも沈みそうな船、あちこちからあいた穴から浸水してくる船のようです

2010年02月26日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 四旬節はいかがお過ごしでしょうか。
 次は、コスタリカであった御聖体拝領の様子です。コスタリカの大統領候補オット・ゲバラのガールフレンドが、御聖体を半分に割ってゲバラにあげているところです。




 これを見ると、ベネディクト16世の言葉を思い出します。

「黙想 キリストの現存である聖なる秘蹟(=御聖体のこと)が、どんなに濫用されていることか、しばしば、虚ろな心や悪意に満ちた心の人にも拝領されているのです。
祈り 主よ、あなたの教会は、しばしば、今にも沈みそうな船、あちこちからあいた穴から浸水してくる船のようです。あなたの麦畑もまた、よい麦よりも毒麦のほうが多いように見えます。あなたの教会の、汚れた衣や顔に驚かされます。しかし、それは私たち自身の汚れです。私たち自身、大きなことを言うたびに、大げさに振る舞うたびに、あなたを裏切っているのです。」

「私たちが今日経験している教会の危機は、「もし神が存在しなかったとしても」(etsi Deus non daretur)の原則に従って行われた改革の結果である典礼の崩壊が原因であると、私は確信している。」新しいミサに関するベネディクト十六世教皇の言葉

 私たちには、現実を直視する勇気が必要です。

 世俗の世界は、政治・経済・金融・マスコミを総動員して、カトリック教会という船を撃沈させようとしているのではないでしょうか? 私たちはカトリック教会は決して沈むことがないと信じています。しかし、私たちは教会を守るために出来るだけのことをしなければならないでしょう。現実を直視して。

 もう、手による聖体拝領は中止する時に来ています。

 もはや、カトリック教会はいたるところで聖伝のミサを復活させるときに来ています。


 霊魂の救いのために。カトリック教会の栄誉のために。「第2バチカン公会議の後の教会に最も欠けていたのは、現実を直視するという勇気だった」と後世に言われないために。

 かつて私たちは愛する日本にこんなことがあったと学びました。

 米軍の沖縄上陸は1945年4月1日。1317雙のアメリカ軍艦が沖縄を包囲し、アメリカは総員45万人を動員した。そこに、1945年4月6日午後2時、大日本帝国の最高最大の「神機」と呼ばれた巨艦大和が出撃。海上特攻隊はたった10艦で沖縄に向かった。これが帝国海軍のもてる最大の戦力だった。これは「日本海軍最後ノ艦隊出撃」「世界海戦史上、空前絶後ノ特攻作戦」だったが、しかし客観的に見ると、自爆に等しかった。
 こうして大和は、出港から24時間後の4月7日午後2時30分、魚雷を受けて撃沈した。世界無双の巨大な戦艦、前代未聞の装備と破壊力をもつ戦艦大和、この大和の最期が日本を象徴すると言われてきた、と。

「第二次大戦に近づく日本に最も欠けていたのは、現実を直視し、自国をもっと幅広い視野で見る能力、そしてそうした方法で政策を作るという勇気だった。」
吉田満『戦中派の死生観』(産経新聞 2010年2月22日朝刊 古森義久「体験的日米同盟考」からの孫引き)より


主よ、我らを憐れみ給え!
主よ、我らを憐れみ給え!
主よ、我らを憐れみ給え!

聖母の汚れなき御心よ、我らのために祈り給え!

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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四旬節の讃課 AUDI, benigne Conditor 日本語訳

2010年02月25日 | グレゴリオ聖歌
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、
 四旬節の晩課では有名な次の讃課 Audi, benígne Cónditor を歌います。

Audi, benígne Cónditor,
Nóstras préces cum flétibus,
In hoc sácro jejúnio
Fúsas quadragenário.

Scrutátor álme córdium,
Infírma tu scis vírium:
Ad te revérsis éxhibe
Remissiónis grátiam.

Multum quidem peccávimus,
Sed párce confiténtibus:
Ad nóminis láudem túi,
Cónfer medélam lánguidis.

Concéde nóstrum cónteri
Córpus per abstinéntiam,
Cúlpæ ut relínquant pábulum
Jejúna córda críminum.

Praésta beáta Trínitas,
Concéde símplex Unitas:
Ut fructuósa sint túis
Jejuniórum múnera.
Amen.

 そこで日本語の訳を愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介します。

良き造り主よ、聞き給え、
この四十日間の
聖なる断食において涙と共に
注がれた我らの祈りを

人々の心を養い探る方よ、
御身は人間らの病を知り給う、
御身にたち戻る者たちに、
赦しの聖寵を示し給え。

我らは多く罪を犯せり、
されど告白する者らを容赦し給え、
御身の聖名の賛美のため
病める者に薬を授け給え。

我らの体を節制を通し、
克己を与え給え、
犯罪を断食せし心は、
罪悪の飼料を捨て去らんことを。

至福の三位一体よ、
単純なる一者よ、願わくは
御身の聖寵により、断食の勤めが
実り豊かならんことを。
アメン

愛する兄弟姉妹の皆様の四旬節の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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キム・ヨナはカトリック信者だった。・・・「敬虔はすべてに役だつ。」

2010年02月24日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 今日は韓国の友人の方々からこう教えてもらいました。今までキム・ヨナは、スケートをする前にただ手を組み合わせてお祈りしていただけだった、しかし、今日は初めて、競技の前に祈って十字架のしるしをしていた、演技を終えると終わると口を動かして「神さま、感謝します」と言っているのが分かった、キム・ヨナはカトリック信者だったのだ、と。

 キム・ヨナは2008年5月24日ステラという洗礼名で、母親と一緒にカトリックの洗礼を受けたのだそうです。キム・ヨナ・ステラ選手に天主様の祝福が豊かにありますように!キム・ヨナが、「海の星」である聖母マリア様の導きを得て良い演技が出来ますように!

 またキム・ヨナと共に競技している浅田真央選手にも、天主様の祝福が豊かにありますように!聖母マリア様がいつも両選手を守り給いますように!

 この一生懸命頑張っている選手たちを見て、私たちも、天国という金メダルを得るために、この四旬節を頑張ってお捧げいたしましょう!

競技場の競争では皆が走るが、賞を受けるのは一人だけであることを、あなたたちは知らないのか。あなたたちも、賞を受けるために走れ。力士はみな、万事をひかえ慎む。それは、朽ちる栄冠のためであるが、私たちは朽ちない栄冠のためである。私はあてどなく走ることのないように走る。空を打たないように力技(りきぎ)する。私は自分の体を苦しめてこれを奴隷にする。それは、他人にのべ伝えながら、自分は除名されることのないためである。」(聖パウロ)

敬虔を得るために自分を鍛錬せよ。体の鍛錬は大して役にたたないが、敬虔はすべてに役だつ。」(聖パウロ)

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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天主に感謝します

2010年02月23日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様

今日の朝のミサ聖祭には八名の方々が与りました。天主に感謝!聖なる四旬節をお過ごしください。わたくしのためにもお祈りください。

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!!


トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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天主様に感謝!天主様に感謝!天主様に感謝!

2010年02月22日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 天主様に感謝!昨日の四旬節第1主日の東京での聖伝のミサは、ミサの途中で計34人の方(そのうち子供4人)だったのですが、御聖体拝領された方々は38名で、洗礼を受けておられない方々も少なくとも2名、また聖体拝領をまで出来ない子供もいました。多くの愛する兄弟姉妹の皆様が聖伝のミサのお恵みに与れて天主様に感謝します。

 いつものように、主日は、ミサ聖祭の後ちょっとした談話の後に、お昼のお弁当をみなさんとミサの会場で食べ、2時半から公教要理がありました。少なくとも10名の方が参列されて、そのまま公教要理に参列された方々と晩課だけに与る方が加わり、グレゴリオ聖歌で主日の第二晩課を歌いました。天主様に感謝!

 今日は聖ペトロのアンティオキアにおける司教座の祝日で、9名の方が朝7時のミサ聖祭に与りました。いつものことですが、私たちは聖ピオ十世会の会場で愛する兄弟姉妹の皆様のためにミサ聖祭をするときには、必ずミサの後の祈りを皆で唱えています。今日も、いつものように「教皇のためにする祈り」を唱えましたが、聖ペトロの司教座のこの日に唱えつつ、ああ、17年間、私たち聖ピオ十世会は、毎回欠かさず教皇様のために唱えているが、しかし、日本中のカトリック教会の中でミサ聖祭の時に毎回欠かさず小教区の教会は、一体いくつあるだろうか?と思い、この祈りをするお恵みに天主様に感謝しました。

 来月の東京での聖伝のミサは3月28日の枝の主日です。愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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教会はローマ典礼に含まれる伝統の豊かさと財宝を忘れたり断念したりはできない(典礼聖省長官)

2010年02月19日 | カトリック・ニュースなど
【参考資料】教会は、ローマ典礼のうちに含まれているこの伝統の世襲的豊かさと財宝から身を引いたり、忘れたりあるいは断念したりすることを自らに許すことはできない。それはまさに教会それ自体に対する裏切りであり、否定であろう。(カニャサーレス・ジョベラ枢機卿)

アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 三上教授は、典礼聖省の新しい長官であるカニャサーレス・ジョベラ枢機卿(Cardinal Canizares-Llovera)の言葉を紹介しています。

 けれど(Credo)でも同じ記事がありますので、ご紹介します。

 第二バチカン公会議の名前において不正にも40年以上にもわたって全世界のカトリックらに押しつけられてきた、聖伝のミサに対するウソの禁止。第2バチカン公会議の「刷新」と言う名前のもとの典礼の崩壊(ラッツィンガー枢機卿)の40年。その結果としての教会の危機

 カニャサーレス・ジョベラ枢機卿は、典礼の崩壊の現在の状態が実際に世界における神の救いの恩寵の働きに対して一つの障害であるということ、そしてその理由のために世界が危険にさらされているということを暗黙のうちに示唆しておられます。

 カニャサーレス・ジョベラ枢機卿によれば、世界を救うのことができるもの、カトリック教会の未来がかかっているもの、カトリック教会の未来を切り開くことが出来る唯一のものは、聖伝のミサであると言います。


カニャサーレス枢機卿(Cardinal Canizares)「この聖省を指導して一年後、毎日私は、あらゆる大陸において、一つの強いそして厳しい典礼的な欲求を教会において促進する必要性をより大きな力をもって経験し感じている...そこに、疑いもなく、われわれの未来そして世界それ自体の未来がかかっている。私がこのことを言うのは、教会の未来そしてすべての人類の未来が神のうちに、神の生命のうちに、そして神から来るもののうちに置かれているからである。そしてこのことは典礼においてそして典礼を通じて起こる。教会だけが、典礼の真理を生きているとき、世界を刷新し、変形しそして再創造することができるであろう。神、そしてただ神と神の恩寵だけがそうできる。典礼は...神の現前であり、神の救いのそして再生的な働きである...それはわれわれを救うことができる唯一のものである。

カニャサーレス枢機卿(Cardinal Canizares)「ある人にとってはこれ[Summorum Pontificum]は不快なことであるけれども、これまでに到達してきたそして到達し続けてきた諸々の反応から判断するならば、モートゥ・プロプリオは後退の一歩ではないし、また過去への復帰でもない、と言うことは正しいことであり、また必要なことである。それは、典礼のうちにその最も真正で深い表現を持っている一つの偉大な伝統の諸々の富と遺産とを単純さをもって、そのすべての十全さにおいて認めそして受け入れることである。教会は、ローマ典礼のうちに含まれているこの伝統の世襲的豊かさと財宝から身を引いたり、忘れたりあるいは断念したりすることを自らに許すことはできない。それはまさに教会それ自体に対する裏切りであり、否定であろう。

Sebbene ad alcuni questo dispiaccia, a giudicare dalle reazioni arrivate e che continuano ad arrivare, è giusto e necessario dire che il Motu Proprio non è un passo indietro, né un ritorno al passato. E’ riconoscere e accogliere, con semplicità, in tutta la sua ampiezza i tesori e l’eredità della grande Tradizione, che ha nella liturgia la sua espressione più genuina e profonda. La chiesa non può permettersi di prescindere, dimenticare o rinunciare ai tesori e alla ricca eredità di questa tradizione, contenuta nel Rito romano. Sarebbe un tradimento e una negazione verso se stessa.

イタリア語原文はここをご覧下さい。

英語の訳はここをご覧下さい。

別の英語の訳はここもご覧下さい。


聖母の汚れなき御心よ、我らのために祈り給え!

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


聖ピオ十世司祭兄弟会 (FSSPX) 創立者 ルフェーブル大司教 伝記 目次

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日本の地名で「長崎」はラテン語で何というのか?

2010年02月18日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟姉妹の皆様、

 四旬節はいかが始められましたか?

 聖伝の聖務日課で一時課のなかで、「ローマ殉教録」(Martyrologium Romanum)というものを読みます。毎日、どこでどんな聖人の殉教日(=Natalis 天国への誕生日)を祝うかということが書いてあります。

 全カトリック教会で必ずしも祝うのではないのですが、どこそこの場所では誰それの聖人を祝う、ということを記憶するわけです。一つの同じ日でも、いろいろな違った場所で、いろいろな聖人達が祝われて、そのことが読まれます。

 例えば、アレクサンドリアで(Alexandriae)、誰それが殉教した、
ガリア(=今のフランス)のリヨンで(Lugduni)、某が殉教した、
トリノで(Augustae Taurinorum)、聖ヨハネ・ボスコ、
ナポリで(Neapoli)、聖フランシスコ・ザベリオ・ビアンキ、
エルサレムで(Hierosolymis)、
ミラノで(Mediolani)、
フランドルのゲントで(Gandavi in Flandria)、
ロンドンで(Londini in Anglia)、
ヨークで(Eboriaci)、
レーゲンスブルクで(Ratisbonae)、
ケルンで(Coloniae Agrippinae)、
バルセローナで(Barcinone)、
グラナダで(Granatae)、
トレドで(Toleti)、
ランスで(Rhemis)、
パリで(Lutetiae Parisiorum)、
マルセーユで(Massiliae)、
ルルドで(Lapurdi in Gallia)、
ペルーのリマで(Limae in Pervia)、などと出てくるわけです。

 何故、いろいろとラテン語の地名を出したかというと、今の言い方とラテン語の言い方では形が違っているということを示したかったからです。ローマとかエデッサ、アンチオキア、アレクサンドリアなどは、形が同じなので簡単ですが、今の言い方とかなり違っている地名もあります。

 さて、「長崎」はラテン語で何というのでしょうか??

 ローマ殉教録の2月5日(Nonis Februarii)の分をみると、聖女アガタの次に、
「日本の長崎にて、二十六殉教者の受難、そのうちフランシスコ会に属する三名が司祭、一人が聖職者、二人の信徒、イエズス会に属する三名、そのうち一人が聖職者、さらにフランシスコ会第三会に属する十七名がいる。これらは全てカトリック信仰のために、十字架に付けられ槍にて貫かれ、天主を賛美しつつその同じ彼らの信仰の説教を栄光をもって成し遂げた。教皇ピオ九世により聖人の祝日に記載された」とあります。
 殉教録の2月5日の分は更に続くのですが、この部分を見ると、長崎をラテン語で何というのかが分かります。

Nangasachii, in Japonia


 どうもこれを見ると、宣教師たちは現地の発音通り(長崎の方言通り)、ナガサキと発音していたようですね。

日本の尊き殉教者、我らのために祈り給え!

 愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

聖ピオ十世司祭兄弟会 (FSSPX) 創立者 ルフェーブル大司教 伝記 目次

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聖母の汚れ無き御心に教皇様がロシアを奉献するため:現在101893環のロザリオが集まりました

2010年02月17日 | ロザリオの十字軍
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 ロザリオの十字軍の報告をご紹介いたします。

 2010年1月までの分で、2010年2月18日現在の報告の総計は101893環です。85%の目標達成率です! 愛する兄弟姉妹の皆様の寛大なご理解とすばらしいご協力に心から感謝いたします!

 あるご夫婦からは、先月のロザリオの十字軍として、449環のご連絡がありました。
 また、パウロさんからは、2009年10月10日から2010年2月13日まで、130環のご報告を頂きました。

 日本に来られたコルベ神父様は、1937年2月、聖母の騎士会の20周年記念行事の際に講演して、こう断言しました。

「汚れ無き聖母の騎士たちの手によって、聖母の御像がモスクワの中心に押し立てられるだろうと言うことが、遠い将来のことであるとか、単なる夢に過ぎないとか思わないようにしましょう。」(アントニオ・リチャアド神父著『福者マキシミリアノ・マリア・コルベ』1971年愛社発行 p265 より)

 ただし、コルベ神父様は「聖母の御像がモスクワの中心に立つだろうが、その前に流血の試練が必要となるだろう」とも言っています。(ピニャルベリ神父の証言による。Le Sel de la terre n.53, p. 206.)

 コルベ神父様の言う「流血の試練」とは何でしょうか? マルゲリタ・グアルドゥッチ(Margherita Guarducci, 1902年生 – 1999年没)女史の研究によると(THE TOMB OF ST. PETER by Margherita Guarducci © 1960, Hawthorn Books, Saint Pierre retrouvé. Le martyre, le tombe, les reliques, Paris, 1974, p. 26-35)、
ローマ皇帝ネロの治世10年目(ネロは西暦54年10月13日に皇帝となった)を祝う式典で、64年10月13日にバチカンの丘で殉教したと推定しています。

 更に、ボニファチオ4世教皇がローマのパンテオンを610年5月13日に聖別し、ローマ教会では長い間、5月13日が諸聖人の祝日でした(現在では11月1日です)。
 聖ピオ十世会のジェラール・ミュラ神父は、ファチマの聖母マリア様が5月13日と10月13日に現れたことは「殉教」と関係があると考えています。おそらく教皇様の殉教と関係があるのだろう、と。
 このミュラ神父様によると、13という数字にも意味があるとのことです。黙示録12章の12の星をかぶった婦人の星を「12使徒」のシンボルだとすると、13は 1+12 だから、教皇様と全ての司教たちが聖母の汚れなき御心に一致するシンボルではないかとのことです。

 アシジの諸宗教の集会やコーランへの接吻など教皇様自身によって躓きを与えてしまったので、それを教皇様が、英雄的な信仰による殉教をもって償わなければならないのかもしれません。

 世界はリベラルな教皇様ならば、このリベラルな教皇を愛するかもしれません。しかし聖伝に立ち戻ろうとする教皇様ならば、聖伝に戻ろうとする教皇を憎むことでしょう。

 ファチマのジャシンタのことばです。

ジャシンタ「私はどうしてそれが起こったのか分からないけど、非常に大きな家の中に、頭を両手に埋めて、テーブルの側に跪いておられる教皇様を見たの。そして教皇様は泣いておられたの。家の外には、多くの人たちがいた。彼らのうちの何人かは石を投げていた。他の人たちは教皇様を呪い、きたない言葉を使っていた。可哀想な教皇様、私たちは教皇様のためにたくさん祈らなければならないわ。」

ジャシンタ「あなた(=ルチア)は、飢えで泣きながら、食べるものを何も持っていない人々でいっぱいのあれらすべての大通りや道路や野原を見ることができないの?そしてマリアの汚れなき御心の前で祈っておられる教会の中の教皇様も?そして教皇様と共に祈っている多くの人々を?」

ジャシンタ「私が教皇様とあれらすべての人々を見たと言うことができるかしら?」
ルチア「だめよ、それは秘密の一部だってことが分からないの?もしあなたが言うならば、彼らはすぐに見つけてしまうでしょう。」
ジャシンタ「わかったわ、じゃあ、何も言わないわ。」

 聖ピオ十世が、その死の直前に受けたといわれる預言には、「私は、私と同じ名前を持った私の後継者の一人が自分の兄弟たちの体の上を踏み越えて逃げる様子を見た。彼はある隠れ場所に逃げるだろう。しかししばらく後に残酷な死を遂げるだろう。天主に対する敬意が人々の心から消え去った。これこそは、この世の最後の始まり以外の何ものでもない。」というものがあります。
 聖ピオ十世の俗名は、ジョゼッペ(=ヨゼフ)・サルト、ベネディクト十六世の俗名はヨーゼフ(=ヨゼフ)・ラッツィンガー、両者とも同じ名前を持っています。

 教皇様が殉教するなどという手遅れにならないうちに、ベネディクト十六世教皇様が、周囲の反対を押してでも(ちょうどそうしてモートゥー・プロプリオを発表したように!)、ロシアを聖母の汚れなき御心に奉献して下さるように祈りましょう。だからこそ、このロザリオの十字軍に愛する兄弟姉妹の皆様の多くの参加をお願いいたします。

 今日は灰の水曜日、四旬節の苦行の始まりです。私たちは、苦行が出来ませんがロザリオをお捧げいたしましょう!

 2010年3月25日まで、45日となりました!私たちの目標の12万環までは、あと18107環となりました。(そのためには、毎日489環が必要です!)

 めざせ!12万環、聖母マリア様の12の星となりますように! さらに、お知り合いの方々にご協力をお願いしてください。よろしくお願いいたします。


【報告】
アヴェ・マリア!

トマス小野田神父様
ロシアの奉献のロザリオのご報告をさせていただきます。
2月1日~2月10日12時現在(日本時間)
30環捧げました。
天主様の祝福が豊かにありますように!

【報告】
十主の平安
アヴェ・マリア

聖なるロザリオの追加です

マリア・ローザ  12月分  20環
          1月分  16環

【報告】
トマス小野田神父様
ロザリオの報告です。先週日曜日から本日月曜日(2月8日)まで8環です。
祭壇に白いヒヤシンスを飾っています。玄関にまで香りが満ちています。


【報告】
トマス小野田神父様
ようやく関東は晴れました。でも、しばらくは晴雨の周期が早いようです。
火曜日から本日(2月14日)までロザリオ6環です。

バンクーバー五輪開幕で、スキー競技を見ています。
開幕式は大変見事でした。カトリック教国のモナコ新大公アルベルト殿下は国王の立場であるため、五輪出場できませんでした。4年前は皇太子でしたので選手出場していました。
イタリアが入場行進しているのを見ていて、なぜ、ヴァチカン市国の選手が行進していないのか疑問に思いました。イタリア国内にあるサンマリノ国は出ていました。ヴァチカンに住み込みしている、スポーツ人間はいないのだろうか?わたしにその能力があり、ヴァチカン市国に住み込みしているのなら、出場権獲得したいですね。ヴァチカン市国の旗を掲げて行進したいです。

【お返事】

 バチカン代表選手になったらすごいですね。実は、オリンピックではないのですが、それよりももっとすごい競技に私たちは参加しています。聖パウロはこう言っています。金メダルではなく天国を勝ち取る競技に。

「競技場の競争では皆が走るが、賞を受けるのは一人だけであることを、あなたたちは知らないのか。あなたたちも、賞を受けるために走れ。力士はみな、万事をひかえ慎む。それは、朽ちる栄冠のためであるが、私たちは朽ちない栄冠のためである。私はあてどなく走ることのないように走る。空を打たないように力技(りきぎ)する。私は自分の体を苦しめてこれを奴隷にする。それは、他人にのべ伝えながら、自分は除名されることのないためである。」

 聖パウロによれば、体の鍛練は天国のために大して役に立たない、とも言っています。
「敬虔を得るために自分を鍛錬せよ。体の鍛錬は大して役にたたないが、敬虔はすべてに役だつ。」

 ですから、昔からカトリック教会は、オリンピックにはとりわけ関心が無いのです。

 第二バチカン公会議の現代世界憲章では違うことも言うのですが・・・。:「スポーツや競技会は個人や共同体の精神の均衡を保つために、またあらゆる生活条件、国家、人種に属する人々の間に兄弟関係を確立するために役立つ。したがって、キリスト信者は現代の特徴である文化的集会と集団的行動に、人間的また、キリスト教会的精神を吹き込むように協力しなければならない。」



【お便り】
JMJ

 以前、神父様に二十六聖人のごミサのラテン語固有文をご存じないか
とお尋ねしたのをご記憶でしょうか。
 アンジェラス・プレスから出ている英語のミサ典書で見つけました。
 同書の1637ページです。なぜか二月十三日になっていますがこ
れはなぜでしょうか?

 一昨年より、多利田久美様の真似をして、俳句もどきをひねっており
ました。
 どうやら(今のところ)満足できるものが出来上がったので、神父様
に送ります。
 まったくの我流ですので、拙いものとご了承ください。

 ***

 罪の舌宝石こぼすアヴェ・マリア

 フィリピンのマルタマリアの優しさよ

 鋼の心ばらで隠しし聖テレーズ
 (私の中の聖女のイメージはこんな感じです)

 おん恵みまことのミサより来ると知る

 祈りをば疎みて埃を罪と化す

 冬の朝澄みわたる声洗いの日
 (ヨゼフさんの洗礼の日に)

 外つ国の霊父の背中丸まらず
 (秋田巡礼にて、マリア様の前で微動だにせず、十五玄義をひざまず
いて祈るクチュール神父様のお姿を真後ろで拝見していて心をうたれま
した)

 枯れ木より救いの泉湧きいでぬ
 (共贖のお涙の意味をようやく悟って)

 幾万環神無き国を取り囲む
 (ロシアの奉献がなされますように!)

 今や多しみ墓にて泣くマグダレナ 

 すがすがしお召し諾(うべな)う若人ら
 (召し出しを感じる青年たちを見て)

 スータンの裾ひるがえし幾春秋
 (いつも早足の神父様を見るたび思います)

 袖口のほころびに見る司祭職

 新しき年絵踏みの償いより始め 
 
 枷外れ羊ら歓喜すアグネスの日に
 (今更ですが、破門撤回を言祝ぎます)

 最後に短歌を。
 聖伝ミサに固執する、全世界のすべての司祭方にお捧げします。
 
 ラテン語を解せずとも我悟るべしおん体拝すその背中にて

 ***

 来週のごミサにてお会いできますことを楽しみにしております。


【お返事】

 返歌に、と頭をひねったのですが、しぼっても何も出てこなかったので、ロザリオの十字軍にちなんで、多利田 久美さんの句から拝借して返歌とします。

   愛に国境(くにざかひ)なしと知るアヴェ・マリア


【報告】
 アヴェ・マリア!
 神父様、連絡ありがとうございました。・・・

 先ほど180連目のロザリオを捧げました。前回報告させていただいてから本日2月13日まで180のロザリオをお捧げいたします。

 マリア【仮名】は一日一語ずつと言って過言でないほど、単語を覚えて話しています。
 今日、とてもほほえましいことがありました。昨日、絵本ですが、復活祭についての内容の絵本の表紙にイエズス様が描かれ、「さあ、手を合わせてお祈りするんですよ」と教えました。すると今日の朝、その本を私のところに持ってきて、表紙の前で手を合わせました。とてもうれしかったです。明日からは十字架の前で跪き祈ることを教えたいと思います。

 ではミサでお会いすることができますようお祈りします。

+ + +


愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

聖ピオ十世司祭兄弟会 (FSSPX) 創立者 ルフェーブル大司教 伝記 目次

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【参考資料】2010年10月に日本の東京大司教ペトロ岡田大司教様が枢機卿になる?

2010年02月15日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 もうご存じかもしれませんが、今年の10月の枢機卿会議(consistory)で、新しくアジアの4名の枢機卿が創られるとのことです。

 ローマの情報筋によると、多分に、日本の東京大司教のペトロ岡田大司教(Archbishop Peter Takeo Okada)、スリランカのマルコム・ランジット大司教(Archbishop Malcolm Ranjith)、インドのトマス・メナンパランピル大司教(Archbishop Thomas Menamparampil)、ミャンマーのカルロ・マウン・ボ大司教(Archbishop Charles Maung Bo)が選ばれるだろうとのことです。

 岡田大司教は、2000年2月にヨハネ・パウロ二世によって東京大司教として任命され、現在日本司教評議会の会長を務めています。もしも岡田大司教が枢機卿となると、日本の六番目の枢機卿となるとのことです。

 インドのトマス・メナンパランピル大司教(Archbishop Thomas Menamparampil)、ミャンマーのカルロ・マウン・ボ大司教(Archbishop Charles Maung Bo)の両者は、共にサレジオ会の会員だそうです。

 この4名の他にも、教皇様はパキスタンとフィリピンにも枢機卿の赤い帽子を授けるかもしれない、とのことです。

聖母の汚れなき御心よ、我らのために祈り給え!

-----------

VATICAN CITY (UCAN) ― Pope Benedict XVI is tipped to make as many as four new Asian cardinals at the next consistory expected in October, writes Gerard O’Connell, special correspondent in Rome.

Sources in Rome say that among the most likely to be given red hats are Japan’s Archbishop Peter Takeo Okada, Sri Lanka’s Archbishop Malcolm Ranjith, India’s Archbishop Thomas Menamparampil, and Myanmar’s Archbishop Charles Maung Bo.

Archbishop Okada was appointed archbishop of Tokyo in February 2000 by Pope John Paul II, and is president of the Japanese bishops’ conference. He is well known to the Pope and last met him in November 2009 during a visit to commemorate the first anniversary of the beatification of the Japanese martyrs. He would be the sixth Japanese cardinal.

Archbishop Ranjith, a biblical scholar and polyglot who has worked twice in senior positions in the Vatican ― under Pope John Paul II and the current Pope ― also served as nuncio to Indonesia. He is very close to Pope Benedict XVI and shares his views on liturgical and theological questions. Pope Benedict appointed him archbishop of Colombo after the civil war ended.
A red hat for Pakistan?

Archbishop Menamparampil, a Salesian and archbishop of Guwahati, is well known for his peace and reconciliation work in northeastern India. The Pope asked him to write the reflections for the Way of the Cross at the Coliseum on Good Friday, 2009, and also appointed him to the post-synodal council.

Archbishop Bo of Yangon, also a Salesian, played a central role in organizing Catholic relief in Myanmar in the aftermath of Cyclone Nargis and is also greatly appreciated by the pope. He would be Myanmar’s first cardinal. His appointment would give a major boost to the Catholic community in the country that has been under military rule since 1962.

Besides these four, sources say the Pope might decide to appoint a cardinal from Pakistan to give encouragement to the Christian community there. He might also assign a red hat to the Philippines, as one of its two cardinals –- Cardinal Ricardo Vidal -– will turn 80 in February 2011.

In choosing new cardinals, Pope Benedict has a major problem: there are far more candidates than available positions. If he abides by Pope Paul VI’s rule that the number of cardinal electors should not exceed 120, then he will have at most 20 positions to assign.

Asia currently has a total of 18 cardinals but only 10 of them are under the age of 80 and eligible to vote in a conclave to elect the next Pope.
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聖ピオ十世会日本のウェブ・サイトが2月11日付けで更新されました! 

2010年02月15日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 いかがお過ごしでしょうか。少しご連絡が遅れてしまいましたが、聖ピオ十世会日本のウェブ・サイトが2月11日付けで更新されました! ウェブ・マスターには心から感謝します!

 大阪のある方々は、私が申し上げるまでもなく、聖ピオ十世会関係のウェブ・サイトがどのように更新されているか「1ミリも逃さずに」ご存じで、びっくりすると共に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 先週は大阪で聖伝のミサがありましたが、主日には20名の愛する兄弟姉妹の皆様が聖伝のミサのお恵みを受けました。残念ながら、様々な事情で来ることが出来ない愛する兄弟姉妹の皆様もおられました。心から、お祈り申し上げております。

 愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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聖ピオ十世会 創立者 ルフェーブル大司教の伝記 16.5.4.聖ピオ十世会の中心:ミサ聖祭

2010年02月13日 | ルフェーブル大司教の伝記
聖ピオ十世会の中心:ミサ聖祭

 会則によって定められている兄弟会(以下聖ピオ十世会)の目標とは“司祭職”である。

 司祭職というこの莫大なプログラムは、つぎの精神によって明らかにされる。
「司祭の生活を、司祭の存在理由の本質的なこと、つまりミサの聖なるいけにえへと方向付け実現しなければならない。」(II, 1-2)

「聖ピオ十世会は、特に司祭であるイエズスの御保護の下に置かれている。それは、我らの聖主の全存在が生涯にわたって司祭的であったからであり司祭的であるからである。さらには十字架の犠牲こそが彼の御托身の理由だったからである。従って、“私にとって生きるのはキリストである(フィリッピ人、1.24)”が正に現実のものである聖ピオ十世会の会員たちは、聖主の御受難の延長であるミサの聖なる犠牲へと全てを方向付けて生きる(Ⅰ,3)。」

「聖ピオ十世会は、最高の司祭である方の御母である聖母マリア、またこの最高の司祭を通して全司祭の母となったマリアの御保護の下にある。マリアは、全ての司祭において御子を形作る。マリアは司祭たちに対して、彼らが召された司祭職の開花にとって必要条件となる童貞性に対する深い動機を発見させる(Ⅰ,4)。」

 これに続いて、「私たちの罪の贖いのための司祭でありいけにえなるイエズスへの同情において」また「御自身の奉献に常に現存しておられる」聖母マリアにたいする「熱烈な信心を」(VI, 3) 聖ピオ十世会の会員はもつのである。

 司祭の全生涯‐彼らの知識、敬虔、ならびに様々な活動‐はその中心をミサ聖祭に置いている。

 ミサの聖なる犠牲に関する「深遠な」、つまり「神秘的な」、「神学的知識は、この至高な現実において、全啓示、信仰の神秘、御托身と贖罪の玄義の完成、使徒職の全ての効果が、実現させるということを、ますます会員たちに確信させるだろう(Ⅱ.3)。」

「神学と司牧活動の中心、さらにカトリック教会の生命の中心である聖なるミサの典礼に、彼らの信心が向けられ、そこからさらにこの信心が湧き起こるようにさせるため、私たちは何事も怠るべきではない(Ⅲ.1)。」

 聖ピオ十世会は「本質的には使徒的である。なぜなら聖なるミサの犠牲も使徒的 だからである(Ⅰ,2)。」

 したがって、ミサとは司祭たちにとって、己の聖化の源、十字架の生贄なるキリストとの一致の泉、さらにいとも尊き御血を霊魂たちの上に注がんとする情熱の源泉なのである。ルフェーブル大司教は将来の“霊的かつ司牧的な訓令集”に、この教義を発展させることを残しながらも、会の司祭たちに対しては自分が彼らを修道者にする必要性を感じないのかをしばしば説明した。つまり、彼は、聖ヨハネ・ユードに似て、司祭たちが持つただその尊厳の中に、つまり彼らを修道者よりも上位に位置づける品級の中に、修道者以上に、みずからをより大いなる完徳にまで上る理由と手段とを見出すと確信しているからである。彼は司祭職ならびに司祭職の要求する聖性に対する高い理想こそが、神学生たちを養成するための最も効果的な手段であると考えた。

 事実、このようなことが、聖ピオ十世会の活動の第一位を占めている。すなわち「司祭養成の全ての職務とそれに付随するすべてのこと」である。従って、神学生たちは、彼らが聖ピオ十世会の神学生であろうがなかろうが、この司祭養成が“その主要な目標である、司祭の聖性と同時に十分な知識” に達するように心掛けなければならない(Ⅲ.1)。

 だからこそ当会は聖ピオ十世の御保護に委ねられたのである。何故ならこの聖教皇の最大の配慮とは、司祭職の完全性とそこから生じる聖性であったからである 。

「歴代の諸教皇と公会議によってあまりにも頻繁に繰り返された願望と助言に従って、聖トマスの神学大全と彼の哲学的諸原則は当会神学校における学業の主要科目になるだろう。従って神学生たちは、近代の誤謬を、殊に自由主義とそこから派生するあらゆる思想を注意深く避けるだろう(Ⅲ.1)。」

 神学校での司祭養成の任務に加えて、聖ピオ十世会は、黙想会指導や、老司祭たちの世話、それどころか、落ちぶれた司祭がたの更生援助を通して 、司祭たちを聖化する仕事が加わる。真のカトリック学校が奨励され、聖ピオ十世会のメンバーたちによって創設されるだろうが、当初は当会がこれらの学校を実際に経営するとは予見されていなかった(後に起こる出来事によりこれは現実となった)。これらのカトリック学校からこそ、「数々の召命とキリスト教的家庭が現れるであろう。」最後に、聖ピオ十世会の司祭たちは、教区の司牧と小教区の時節にあった黙想会 (missions) の説教に身を捧げるだろう(III, 4-5)。

 ルブランド (Loublande) の考えを取り入れ、それを拡張しながら、当会会則はまた、“ミサの聖なる犠牲の執行と聖体礼拝、さらにその修道院内での黙想会指導などに専門化された、より観想的性格を備えた共同体”を予見した(Ⅶ, 5)。
聖ピオ十世会には、司祭と神学生の他にも「天主が彼らを奮起させるならば」、「修道者と同様の会員たち」だけではなく、当会と提携した修道女たちも含まれるであろう(Ⅱ.4)。 当会は「祭壇への奉仕のための援助という召命が有する偉大さと高貴さ」の意味を説き聞かせようと勤める(Ⅲ.3)。

 聖ピオ十世会のメンバーに勧められている聖徳の数々は、第一に「天主への大いなる愛」、つまり「純潔と清貧をひとりでに生み出す程」の愛徳、並びに「信仰を通して、また迅速で寛大、そして愛に満ちた従順を通して、自己を与え尽くすこと(Ⅵ.1)」、さらに「常に変わらぬ気質の平静さと周囲に伝染し易い喜びから生ずる単純かつ率直な心(Ⅵ.5)」である。清貧の徳は、喫煙やテレビ視聴が引き起こす「奴隷状態」を粉砕するだろう:「私たちに当てはまる本当のテレビとは、聖櫃である(Ⅵ.7)」

 この同じ愛徳こそが、天主に対する正義の徳への飢えと渇きを引き起こす。換言すれば、何よりも先ず「いとも崇高なキリスト教的祈りの行為」である、ミサ聖祭の聖なる犠牲に与り、敬神徳(the virtue of religion)の実践に飢え渇きを募らせるはずである。さらに敬神徳はスータンの着用によっても表わされるだろう。このスータンとは正に「証明であり、説教なのである。スータンは悪霊とその追従者を寄せ付けはしない。スータンは高潔な天主を敬う霊魂たちをひきつける。スータンによって使徒職は大いに促進される(Ⅵ.6)。」

 聖ピオ十世会のメンバーたちの生涯と密接に関連し、上に述べたようにそれを導くこの愛徳は、「私たちの聖主イエズス・キリストに似た屈辱と試練という犠牲を払ってまで「霊魂の救いを熱望し」、謙遜、親切、慎ましさ、さらに犠牲をいとわない寛大さ(magnanimity)によって霊魂を勝ち取るために、使徒的(apostolic)であるべきである(Ⅵ.4)。」4回にわたる共同の祈りを含む共同生活は、当会の意欲的なメンバーと、その他全てのメンバーたちとの両方にとって規範である。それは“兄弟的愛徳を実践するための機会”となるのである。

 聖ピオ十世会会則の解釈が、ルフェーブル大司教自身だけの特別な霊性を何も指し示していない事は疑いの余地はない。なぜなら、共同生活に囲まれた、使徒的愛徳の源泉としての祭壇、この祭壇を中心にする存在ということは、創立者の持つ“個人の思想”について語る事が私たちにはできないほど、聖職者たちの聖伝に深く根をおき過ぎるからである。

 大司教は後年良く言っていたものである。

「もし私が常に捜し求めて来たものがあるとしたら、それは個人的思想がないという事です。なぜなら私たちにはカトリック教会の思想があるからです!皆さんに以前伝えたように、私はカトリック教会の霊性、この霊性以外のどんな並外れた霊性も押しつける気はありません。このカトリック教会の霊性とは、言い換えれば、聖トマスが神学大全の中でそれを理解している霊性であり、聖徳の実践をはじめ、信仰に関する様々な真理、超自然徳、さらに至福八端に基礎を置く霊性です。それに従って私たちの霊的生活は正常に機能するその霊性です。 」

 ルフェーブル大司教は晩年になって、御自分の子供である司祭たちに向かい、如何に聖ピオ十世会が創立されるに至ったかを思い起こさせた。そしてこの事柄をことさらに強調された。

「当会は反対と対立の精神によって生まれたのではありません。全く違います。それよりはるかにかけ離れたものによって創立されました。聖ピオ十世会は、カトリック教会の業が誕生するようにして創立されたのです。すなわち、司祭職の良い養成を確保するための緊急な必要性から誕生したのです。・・・私は解決策を探しました。御摂理はフリブールにこの神学校を創立する事をお許しになりました。その後、司祭職を守るという目的で、この取るに足りないグループに聖ピオ十世会が与えられました。そして、神学校がフリブールからエコンへと移設したのです。」


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聖ピオ十世会 創立者 ルフェーブル大司教の伝記 16.5.3.適切なしかし暫定的な会則

2010年02月12日 | ルフェーブル大司教の伝記
適切なしかし暫定的な会則

 13ページからなる司祭会会則の中に表されているのは、カトリック教会のこの精神でもある。簡潔、明瞭な文体のうちに、やはり神学校校則と同じ厳格な聖トマスの考えに従うこの会則は、会の種類、保護聖人、目的、活動の数々、運営、さらに司祭会のメンバーたちによって実践されるべき様々な聖徳や聖化に必要な手段を集約している。始めに、会則の種類についてはこうある。

「兄弟会は、外国宣教会の模範に倣う、誓願を立てない共同生活を送る司祭会である。しかしながら、当会は、天主なる師に倣って、深い信仰の精神と完全な従順の精神とにより、構成される。(Ⅰ. 1)」

 その結果として、兄弟会は教会法673条による、誓願を伴わない共同生活から成る会の部類に明らかに入っている。当会は修道会に似てはいるが、修道誓願を立てないという点では異なり、その代わりに単純な誓約をすることになっている。
創立者である大司教は、「皆さんは修道者ではありませんが、修道者の精神は持たなければなりません。 」と子らである神学生たちに説明した。

 しかしながら、共同生活から成る司祭会は、単なるピア・ウニオという暫定的身分を所有していた。
「当会は、その初期段階において、教会法の規定に従って“ピア・ウニオ”としてこれを創立し、会則を承認した教区長なる司教に従属するであろう(Ⅳ,1)。」

 これはシャリエール司教が署名した創立の教令も詳しく記するところである。ピア・ウニオとは、ある信心業、又は愛徳を目標とする信徒たちの会であって、例えば、様々な信心団体(confraternity)がそうである。しかし、ピア・ウニオ は聖職者たちによっても形成される事が可能であり、さらにそれは通常、将来の聖職者団体が、先ず歩まなければならない第一歩なのである。その次に、司教区長の許可ならびに聖座の認可(nihil obstat)の取得と共に、50名の会員数に達する時 、このピア・ウニオ は固有の意味で司教区に属する会になる事が出来る。“称賛の教令”を得ると、教皇権(potifical right)の修道会となる入り口になる。これこそが1970年12月に、大司教の友人である布教聖省長官アガジアニアン(Agagianian)枢機卿 をはじめ、修道会聖省長官のアントニゥッティ枢機卿、修道会聖省官僚であり、元秘書であったモンシニョール・ポール・フィリップら が、ルフェーブル大司教に語った計画である。

 兄弟会にとって出来るだけ広い構造を築くために、創立の教令は公会議文書『司祭の役務と生活に関する教令(プレスビテロールム・オルディニス)』 に言及していた。この教令の第10段落は、聖職者(司祭)のより好ましい配置を目的に、「全教会の共通善の為に、司祭たちがそこへ配置されるかあるいは入籍出来る、国際神学校や、属人区(personal prelatures)その他の様々な組織」が奨励されている。

 アントニウッティ枢機卿はこの兄弟会を、フランスはリヨンのプラド司祭会の様な“在俗の組織”にすることには全く異存はなかった。これこそがピオ12世が1942年2月2日に公布した使徒憲章プロヴィダ・マーテル・エクレジア(Provida Mater Ecclesia)によって尽くされた、順応性の高い司祭会の新しい原型だった。
それでも、教会法に照らしてみるならば、制定されたピア・ウニオの生活や、志願者募集、さらに使徒的有益性などを監督する役目は、教区司教にあった。さらに教区司教は、司祭会メンバーの入籍に関わる責任も負っていた。

 神学校に関して言うならば、当司祭会会則によりそれとなく示され、さらにはヴァレにおける準備の霊性学年度や、フリブールの家、そして当地の大学での勉強などとともに、聖職者らによって創られるピア・ウニオのまだ胎児の段階であったとしても、この会に必要な養成の家として考えることが出来る。



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ルルドの聖母

2010年02月11日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 今日はルルドの聖母マリア様のご出現の祝日です。152年前の今日、聖母マリア様はルルドのマッサビエルの洞窟で出現されました。

 それ以後、ルルドの聖母マリア様は、少なくとも、公式に認定された60の奇跡的治癒を行いました。

 ルルドの聖母マリアよ、病に苦しむ愛する兄弟姉妹たちのために祈り給え!

 ルルドの聖母マリアよ、病院にいて苦しむ愛する兄弟姉妹たちのために祈り給え!

 ルルドの聖母マリアよ、日本の青年たちのために祈り給え!日本の愛する若き兄弟姉妹が、貞潔の美しさを大切にしますように!

 ルルドの聖母マリアよ、日本の愛する兄弟姉妹の青年たちに、貞潔と純潔の美しさを理解させ給え!不潔の罪、情欲の罪の醜さを憎ませ給え!

 ルルドの聖母マリアよ、愛する兄弟姉妹たちを、私たちの本当の祖国、天国まで導き給え!

 ルルドの聖母マリアよ、愛する日本をして正義の太陽イエズス・キリストのいずる国になし給え!

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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聖ピオ十世会 創立者 ルフェーブル大司教の伝記 16.5.2.カトリック教会の認可

2010年02月11日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
カトリック教会の認可

 神学生たちはこの提案(のような問い)にひどく当惑した。長上である司教たちから送られて来た者、つまり地元の司教区への入籍が既に済んでいた者たちは、何れはこれらの司教区に任命されて帰るものだと考えていた。新しい生徒らは、現時点で持っている優良な司祭になる事への関心を越える類の話題については何も考えていなかった。ルフェーブル大司教はこれをくどく繰り返しはしなかった。

 1970年2月21日、ルフェーブル大司教には自分の司祭会創立の事業計画をやり抜く理由がなかったのだろうか? 幾らかの困難もあったが、大司教はクレルモン・フェラン(Clermont-Ferrand)司教区とダックス(Dax)司教区の司教たちから、フリブールの入り口にあるブルギヨン(Bourguillon)の聖母の素敵な巡礼聖堂 で、ポール・オラニエは剃髪 を、ピエール・ピケは副助祭 への叙階を受ける権限が自分には与えらる受階許可状を入手した。聖ピオ十世の神学校史上初になるこの叙階式は大いにルフェーブル大司教を勇気付けた。ところで、天主は彼が計画しているこの司祭会の創立を望まれるのだろうか? 御摂理からの目に見える如何なる印もなく、この難問は未解答のままに残った。

 1970年3月、大司教はローマにいる数人の高位聖職者にこの質問をした 。修道会聖省長官で友人のイルデブランド・アントニウッティ(Ildebrando Antoniutti)枢機卿と聖職者聖省長官秘書のピエトロ・パラッズィーニ(Pietro Palazzini)大司教は彼を励ました。しかしながら4月になり、ダックスの司教は神学生ピエール・ピケに対し、ルフェーブルの神学校を出て行くように要求した 。フランス人司教団の一メンバーがとった創立に敵対する初めての行動は、大司教を半分しか驚かせなかった。それどころかこれは御摂理の印だったのである。今後、司祭の会を創立することが、おそらく再発するだろうこの種の反対に対する、対策であると彼は考えるようになった。

 そういう訳で、4月30日の神学生たちへの講話中、大司教は再び彼らにこの問題を提起し、彼は神学生たちが“司祭会”の構想についてどう考えているかを述べるように依頼して、司祭会は神学校とは別個に創立されるべきか? と尋ねた。ベルナール・ティシエ・ド・マルレは答えた。
「もし司教区への直接な入籍が困難になるか、又は不可能にさえなるとするなら、 . . . 考慮に入れることはあり得ることです。」

  一方、ポール・オラニエは、司祭会が「何時か必ず必要なものとなる。今後の出来事と御摂理は、従うべき道を示すだろう。依然として神学校と司祭会の区別をしなければならない」と考えた。

 大司教は神学生たちに、この問題に対するさらなる答えを、さもなければ熱意を期待していた。既に言及したように疑いの数日が過ぎ、彼は再び期待し始めた。5月25日にローマへ行き、カサルモンフェッラート街道(Via Casalmonferrato)にある自分の“隠遁所”で、彼は1970年6月17日付けで“イエズスとマリアの使徒の兄弟会会則草案”を著した。

 6月29日、ルフェーブル大司教はシャリエール司教に例の司祭会に関して練り上げた構想についてのメモランドゥム を送った。7月1日、大司教はフリブールの司教館に行き、会則草案を彼に手渡した。

「私は若い数人の司祭や神学生たちから在俗司祭たちの為に司祭会を創立するように請願されています。そこで教会法に従って、これらの会則草案を書きました。」 
「今、これほど有益で緊急な構想に反対することができるなどと、私は思いません。」とフランソワ・シャリエールは答えた。
「もしあなたがこの創立に賛同してくだされば、霊性学の一年はエコンで行なわれます。アダム司教様も既に許可を下さっています。霊性の一年は、神学生たちには司祭会に入会する義務がないものの、名前のない修練院の期間となります。この司祭会は、その本部をラ・ヴィニェッタ街道(Rue de la Vignettaz)のフリブールに置きます。」
「それは結構ですね。ではあなたがお書きになった会則は、時間をかけて検討させていただきます。」

 8月18日、大司教は再びこの司教に会い、提案した司祭会について話し合った。しかし残念ながらシャリエール司教は例の会則に注意深く目を通す時間がなかった。

 この面会の後、大司教は彼に手紙を書いた。
「10月中には、私が思うに、現代これほどの攻撃を受けている司祭職の利益にとっては非常に重要なこの論題について、再びあなたにお話しが出来ればと考えています。私にはたった一つの望みがあり、この会則に書かれている文字がそれを表現しています。つまり、己の聖化と霊魂たちの救いに対する情熱で満たされた善良で聖なる司祭たちを養成するという望みです 。」

 マルセル・ルフェーブルは、再度、--- そのやり方を知っているので --- 1970年10月13日、フランソワ・シャリエールに手紙を書き、彼ら二人での会議と、検討されているはずの会則に言及して当司教の記憶を刺激した。時は迫りつつあったので(フリブールの司教の辞任が近づいている話しはなかったのか?)、大司教は友人司教を少しばかりせき立てた。

「慎んで、この司祭会の創立の許可する創立の教令の原稿を提出します。本日10月13日、私はこの意向をファティマの聖母に委ねます。 」

 ついに11月7日、返答が来ないのを見ると、ルフェーブル大司教は司教館に電話をした。彼は心配していたのだ。というのも、補佐司教のピエール・マミがこの司祭会創立に反対していることは彼も知っていたからである。彼の心配とは裏腹に、シャリエール司教は熱意をこめて言った:「もちろんです、大司教様、すぐにいらしてください!」 司教館での束の間の会話の後、シャリエール司教は言った。
「これ以上待つ必要はありません。」

 彼はルフェーブル大司教が書いた原稿を手にしてこう言った。
「すぐにこれをもって始めてください。秘書にはこの創立の教令をタイプするよう言います。」

 司教館の聖堂に行き祈りを捧げる間、文書は準備が終わり、シャリエール司教はそれに署名した。彼は司教の任期の最後を迎えていた。こうして3ヶ月後、彼は辞任した。

 僅かではあるが確かにルフェーブル大司教はこの司教に圧力をかけていた。しかしながら、彼はこう告白していた。
「私の切なる望みがあまりにも早く実現するのを見て、不満はなかった!」

 創立の教令は次のように規定した。
「聖ピオ十世国際的司祭兄弟会は、“ピア・ウニオ” (Pia Unio)として、私たちの司教区に創立される。・・・此処に添付された当司祭会会則を、6年の試験期間の間、是認しかつ承認する。この期間は暗黙の追認により同様な期間を延長する事が出来るものとする。その後、司祭会は私たちの司教区において、或いは、管轄権を有するローマの聖省によって決定的に創立される事が出来るだろう。
1970年11月1日、諸聖人の大祝日、フリブールの司教館にて。
ロザンヌ・ジュネーヴ・フリブールの司教、フランソワ・シャリエール。」


 この布告文書の日付は、故意に実際より6日繰り上げられていた。ヴィニェッタの家に戻って、見るからに喜んでいたルフェーブル大司教は、その文書を神学生たちに見せると、彼らは各自それを手に取っては何度も読み返したり、文書になされた司教の署名や紋章を眺めたりせずにはいられなかった。万事は順調に進んだのだ。

 後にルフェーブル大司教は言っている:「これが御摂理の業でないでしょうか?  私の考えでは1970年11月1日という日付は、私たちの歴史上、最重要の出来事なのです。つまり聖ピオ十世会の公式な誕生の出生証明書なのです。この日、司祭会を世にもたらしたのはカトリック教会でした。司祭会はまさにカトリック教会の業なのです。私としては、司教の認可もなく何かを創立することには反感を持っていました。なぜなら、司祭会はカトリック教会のものでなければならなかったのです。」


聖ピオ十世司祭兄弟会 (FSSPX) 創立者 ルフェーブル大司教 伝記 目次

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聖スコラスティカ

2010年02月10日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 今日は、聖スコラスティカの祝日です。スビアコの聖スコラスティカ修道院を思い出します。外は中世だけれど、内部は近代的な建物、ベネディクト十六世教皇様のような聖スコラスティカ修道院を。

 聖スコラスティカよ、ベネディクト十六世教皇様を守り給え!
 聖スコラスティカよ、病で苦しむ愛する兄弟姉妹らを守り給え!病院で苦しむ愛する兄弟姉妹たちのために祈り給え!
 貧しい愛する兄弟姉妹たちのために祈り給え!
 聖伝のミサ聖祭に与りたいが様々な事情で、病気のため、遠距離のため、財政的な困難のため、与れない愛する兄弟姉妹たちのために祈り給え!

 聖スコラスティカよ、聖伝のミサ聖祭に与るための正しいカトリックの知識と智恵と光とを愛する兄弟姉妹たちに与え給え! 誤解をとき、偏見をとき、真理をひたすら愛する心と、真理を真理と認める勇気を与え給え!

 聖スコラスティカよ、カトリック教会の聖伝を愛する心を愛する兄弟姉妹たちに与え給え!カトリック教会がその聖伝から切り離されてはカトリックであり得ないと理解する光と智恵とを愛する兄弟姉妹らに与え給え!

 カトリック教会が過去愛してきたことを今もいつも愛さなければならないと理解する智恵と光を与え給え!歴代の教皇様たちの教えに忠実である恵みを与え給え!

 聖スコラスティカよ、我らのために祈り給え!

 聖スコラスティカよ、日本のために祈り給え!

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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