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額安寺で、忍性の骨蔵器を特別公開中!(2011Topic)

2011年10月10日 | お知らせ
骨蔵器(こつぞうき=蔵骨器)とは何か、ご存じだろうか。Wikipedia「蔵骨器」によると《簡単に言えば、骨壺のことであるが、主として考古学で、火葬や洗骨葬の遺灰や遺骨を納めた容器のことをいう語である。 インドや中国でみられる仏舎利容器は、その一種である。 日本では、通常、火葬骨を納めた器に限定される》。
※トップ写真は、額安寺本堂


ここで、忍性菩薩骨蔵器が特別展示されている

大和郡山市額田部寺町の額安寺(かくあんじ)では現在、「祈りの回廊 秘宝・秘仏特別開帳」の一環として、銅製の「忍性菩薩骨蔵器」(重要文化財・寺宝)などが特別展示されている(10月8日~10月30日まで)。同寺では現在、「ナント・なら応援団」のメンバーが解説ボランティアを行っている。同応援団向けの事前説明会(9/26)に私も参加した。

当日、住職の喜多亮円さんはお留守で、副住職の信子さん(亮円さんのお母さま)に話をお聞きした。喜多信子さんは、今年の8月から奈良テレビ放送のニュース番組「ゆうドキッ!」の「いろんなかたち」のコーナーに、コメンテーターとしてレギュラー出演(毎月1回)されている。


忍性菩薩骨蔵器など。写真はお寺の公式ブログから拝借

奈良検定のテキスト(山と渓谷社刊『奈良まほろばソムリエ公式テキストブック』)によると《額田寺・額寺ともいう。寺伝によれば、前身は聖徳太子が学問道場として開いた熊凝道場であるという。天平宝字年間(七五七~六五)に描かれた「額田寺伽藍並条里図」では、六町を占める広い寺域の西半に三重塔・金堂・講堂をもつ主要伽藍、東半に雑舎の院が立ち並び、往時の隆盛が偲ばれる》。

《鎌倉時代には西大寺の叡尊と忍性が周辺で文殊信仰をひろめ、文殊菩薩像を額安寺西辺の宿に祀って戒律の普及に努めた。明応八年(一四九九)に赤沢朝経が大和乱入した際に焼き払われ衰微したが、慶長二年(一五九七)に豊臣秀吉から与えられた寺領が江戸時代にも安堵されて寺勢を保った》。


日本最古といわれる虚空蔵菩薩を安置する虚空蔵堂

《鏡池(明星池)の池島に立つ石造宝篋印塔には文応元年(一二六〇)の銘がある。「鎌倉墓(かまくらばか)」と称される八基の五輪塔は重要文化財であり、一番大きなものからは忍性菩薩の骨蔵器が、その他、周辺から十一点の骨蔵器が昭和五十七年(一九八二)出土し、重要文化財となっている》。池島に立っていた石造宝篋印塔(ほうきょういんとう。市指定文化財)は、今は境内に移されている。

宝篋印塔の説明板によると《基礎から相輪まで、全ての部材が完存しており、総高は284cmを測る。基礎は2区に分った内に各狭間を配し、その内部に銘文が刻まれる》《銘文のある宝篋印塔では、生駒市の輿山(こしやま)往生院宝篋印塔(1259)に続いて全国でも2番目の古さである》。


鎌倉墓前で

忍性菩薩の骨蔵器には、ギッシリとお骨が入っていたそうである。優雅な曲線を持つ、美しい骨蔵器である。お寺の説明書きによると《額安寺の北西にある額安寺五輪塔(重要文化財)で、昭和57年の解体修理に伴う発掘調査で出土しました。この骨蔵器の発見で、五輪塔群最大の塔が額安寺の再興や慈善事業に尽くした聖人、忍性菩薩(良観上人)の墓であることが明らかになりました。銅製の優雅な宝瓶(ほうびょう)形容器(蓋を含む高さ29.7センチ)の胴部に刻まれた、「良観上人舎利瓶記(りょうかんしょうにんしゃりべいき)」で始まる24行の銘文(嘉元元年・1303年、栄真の撰)は、忍性菩薩に関する史料として高く評価されています。この忍性菩薩骨蔵器を含め、善願(ぜんがん)上人の金銅骨蔵器など11点が出土し、高僧の墓制を知る貴重な資料として、全て重要文化財に指定されています》。

説明書きに「高僧の墓制を知る貴重な資料」とあったが、奈良検定(奈良まほろばソムリエ検定)には、やたら火葬墓のことが出題される。天皇や高僧の墓制というのは、キーポイントなのだ。なので私は以前、「火葬墓のおさらい」というブログ記事で要点をまとめたことがある。骨蔵器や仏像の写真撮影は可(ただしストロボや三脚は不可)とのことなので、ぜひこの機会に、お訪ねいただきたい。


推古神社

鎌倉墓は、額安寺から少し歩いた場所にあるが、その途中に「推古神社」(祭神は推古天皇)がある。推古女帝は敏達天皇の皇后時代は「額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)」と名乗っていたとおり、この辺り(額田部)の出身ある。本殿は推古神社古墳の上に建つ。



鎌倉墓からすぐの場所に国指定史跡「額田部窯跡(ぬかたべかまあと)」がある。鎌倉時代の瓦を焼いた窯跡で、3基のうち1基が覆屋をかけて保存されている。叡尊・忍性によって額安寺が再興されたとき、必要な瓦を焼いた窯である。



聖徳太子が建立したという額安寺の周辺は、知る人ぞ知る奈良の「隠れ名所」である。忍性菩薩骨蔵器の特別公開は今月末まで。ぜひ、この機会にお訪ねいただきたい。

(10/13追記)この記事内容を、奈良まほろばソムリエ友の会のブログに載せたところ、ソムリエのサキタマヒコさんから、こんなコメントをいただきました。
《忍性の遺骨は鎌倉で没したあと遺言により 額安寺、竹林寺(生駒市)、極楽寺(鎌倉)の3ヶ所に分骨されました。注目する人は少ないですが 唐招提寺の新宝蔵に竹林寺の忍性墓石製八角形外容器(鎌倉時代、重文)が展示されています。竹林寺は 唐招提寺の無住末寺という関係だそうです》。

特別開帳期間 2011年10月8日(土)~10月30日(日) 拝観時間 10:00~16:30
特別拝観料 大人500円、高・大学生300円、小・中学生200円

所在地:大和郡山市額田部寺町36 ℡0743-59-1128
近鉄平端駅から徒歩15分
車の場合、奈良方面から大和中央道を南下し、大和川にかかる大きな橋(板屋ヶ瀬橋)の2つ手前の信号を左折し、小島金属工業の北側の道に入る。1つめの角から北の路地に入る。車1台がギリギリ通れる狭い道なので、ご注意を。Googleマップはこちら
お寺の公式HPはこちら




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3 コメント

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鎌倉墓がきれいに (O B のM さん)
2011-10-11 08:13:57
特別公開初日のお手伝いに行ってきました。来訪者は少なかったのですが、東京、愛知、大阪と、遠方からもおいでいただきました。ガイドの合間を縫って鎌倉墓へ行きましたが、五輪塔に覆い被さっていた蔓や木の枝がすっかり取り払われ、きれいになっていました。
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遠方からも (tetsuda)
2011-10-11 20:20:46
OBのMさん、スマートフォンからのコメント、有難うございました。

> 来訪者は少なかったのですが、東京、愛知、大阪と、遠方からもおいでいただきました。

そうでしたか。皆さん、よくご存じなのですね。

> 鎌倉墓へ行きましたが、五輪塔に覆い被さっていた蔓や
> 木の枝がすっかり取り払われ、きれいになっていました。

おお、剪定されたのですか。いつまでも草ぼうぼうの写真を使っていると、失礼ですね。
返信する
追記しました (tetsuda)
2011-10-13 06:23:35
額安寺の特別公開のことを「奈良まほろばソムリエ友の会」のブログに書きましたところ、ソムリエのサキタマヒコさんから、以下のコメントをいただきましたので、本文中に追記しました。

http://nara-stomo.seesaa.net/article/229851628.html

《忍性の遺骨は鎌倉で没したあと遺言により 額安寺、竹林寺(生駒市)、極楽寺(鎌倉)の3ヶ所に分骨されました。注目する人は少ないですが 唐招提寺の新宝蔵に竹林寺の忍性墓石製八角形外容器(鎌倉時代、重文)が展示されています。竹林寺は 唐招提寺の無住末寺という関係だそうです》。
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