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旧AD/秋銀秋田支店

2014-02-20 23:39:11 | 秋田のいろいろ
20日付秋田魁新報経済面(4面)に、秋田市大町のニュースが2つ出ていた。

「名古屋の経営コンサルタント/イーホテルのビル取得/閉鎖モール活用検討」
1987年にできて、元々はショッピングモール「ファッションアベニューAD」と「秋田ワシントンホテル」が入っていた大町二丁目のビル。
2007年にホテルは「イーホテル秋田」に代わって、ショッピングモール部分もイーホテル管理下(一部を除く)に置かれて「イーホテルショッピングモール」となっていた。
昨年春までには、不採算を理由にショッピングモール部分はごく一部を除いてテナント撤退・閉鎖されていた。

新聞記事によればビルの所有権は、第一生命保険→(2005年)みずほ信託銀行→(2007年のホテル交代時)新生信託銀行と変遷。
昨年6月に、新生信託銀行から経営コンサルタント「みらい経営」が購入したという。(それが今になって分かって報道されたのか?!)
現在は、民芸品店などの「藤木」部分は引き続き藤木の自社所有、秋田観光コンベンション協会はみらい経営から賃借、他は空きテナントの状態。

「みらい経営」は「不動産管理や企業の事業再生を手掛ける」そうで、「(ホテルの稼働率は良いので)安定した賃料収入が見込めるため、投資の価値があると判断」し「向かいの秋田ニューシティ跡地がどう利用されるのかも見ながら、大規模なテナントの誘致などをしたい」そうだ。
茶町通りから秋田ニューシティ跡地越しにイーホテルショッピングモールを見る。まだ「AD」表示が残る
まあ、“拾ってくれた”企業があっただけ、秋田市中心市街地も見捨てられていなかったんだな…というのが率直な感想。
ただ、過剰に期待するのもどうなんだろう。
何度も繰り返して恐縮ですが、この一帯では中華街構想、秋田ニューシティ(旧ダイエー秋田店)解体時の辻社長の商業施設を作りたい発言、プロバスケ施設構想、地元商店会による新たな商業施設構想等があったが、いずれも実現していない。
ニューシティ跡に大型文化施設ができるとかいう話もあるが、現段階では未定。
期待はしたいけれど…
※その後、2020年時点でもイーホテルもニューシティ跡地も大きな変化なし。ニューシティ跡地の文化施設はなくなりイーホテルについては医療モールにする話が出た。

大町五丁目付近の大町通り
もう1つは小さい記事で「秋銀秋田支店/大町支店に統合/7月22日から」
大町五丁目にある秋田銀行秋田支店を7月18日で営業終了し、7月22日から大町二丁目の大町支店に統合するという。
「秋田支店の店舗が老朽化している上、両支店が約600メートルの近距離にあることから、統合して営業力の強化を図る。」
「秋田支店の店舗は残し、統合後も現金自動預払機を設置する。」
19日付で秋田銀行からニュースリリースもあった。
2013年12月末現在、大町支店は行員14、総預金額363億円、総貸出金92億円。秋田支店は行員11、預金183億円、貸出77億円。

2012年に新屋支店と新屋駅前支店が統合して新しい新屋支店になったような合理化が、秋田市中心部の店舗でも行われるということか。
ちなみに統合前の新屋支店は行員13、預金206億円、貸出60億円、新屋駅前支店は行員6、預金141億円、貸出22億円。これらと比べると、現・大町支店は顧客に比較的大きい企業が多いだろうから、さすがに金額が大きいし、秋田支店は意外に小規模だったようだ。
大町支店が近いとはいえ、秋田支店側からは竿燈大通りの横断が必要になる。秋田支店がなくなれば、近くの川反の飲み屋さんなんかは、不便になるかもしれない。

「秋田銀行秋田支店」とは、秋田(市内にも県内にも)にたくさんの店舗がある銀行なのに「秋田」支店という、奇妙というか大雑把な名称の店舗だった。
偶然なんだろうけれど、かつては同じ通りに北都銀行の秋田支店も存在したが、現在は本店営業部に吸収されて消滅(建物は現在は居酒屋グループが店舗として使用)。
秋田銀行秋田支店
秋田銀行秋田支店は、建物が特徴的。
近くの旧本店などであった「秋田市立赤れんが郷土館」には及ばず、リフォームもされているが、レトロな趣きがある。
ずっと前に記事にしたように、スチーム暖房を使っていて、寒い日には建物周辺に湯気が漂う。
 
この建物は「秋田貯蓄銀行」の本店として建てられたそうだ。
1921(大正10)年に辻兵や本金(→今の西武秋田店)の経営者らが設立した銀行で、この建物は1934(昭和9)年12月に竣工したという。
戦中~戦後にかけて、秋田貯蓄銀行は秋田銀行と合併。ここは秋銀「本町支店(当時は「本町」だった)」となるも、短期間で廃止。
その後、今の赤れんが館で営業していた秋銀「秋田支店」が、進駐軍に建物を接収されたためこの建物に移ってきて以後、現在まで「秋田支店」を名乗り続けている。

なお、赤れんが館の建物は、進駐軍から返還された後は、本店→大町支店などとして使われてから、秋田市へ寄贈されている。
したがって、今回統合される秋田支店も大町支店も、どちらも発祥の地は赤れんが館だったということになるはずで、赤れんが郷土館の歴史の長さと時代に翻弄された様子をうかがい知ることができよう。

※参考:Wikipedia、「二〇世紀ひみつ基地」2007年3月31日「旧秋田貯蓄銀行本店・昭和レトロ建築(http://20century.blog2.fc2.com/blog-entry-292.html)」


魁の記事によれば、秋田支店の建物はとりあえず残るようだけど、店舗統合の理由に建物の老朽化が挙げられていることからすれば、先行きは分からない。
旧北都銀行秋田支店のように、リフォームして他用途に使うことも考えられるが、古い建物を残したがらない秋田の気質(?)からしても。
湯気が立ち上る秋田支店を見られるのは、この冬が最後かもしれない。【2015年1月30日追記】閉店後の2015年1月の時点では、湯気が上がっていることがある。ATMコーナーの暖房用なのか、店舗だった部分で何かをやっているのか。【2015年3月12日追記】2015年3月12日も湯気が上がっていたが、店舗だったスペース内で蛍光灯が点灯しているのが、ブラインドの隙間から確認できた。店舗後で何かやっているようだ。

※続き(閉店時)はこちら

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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2020-05-24 22:45:41
秋田銀行秋田支店の理由は、旧秋田銀行の本店を継承する店舗ということで、旧秋田銀行が入った「秋田支店」としたのが真相のようです。
返信する
秋田銀行本店の支店 (taic02)
2020-05-25 00:05:52
ややこしいですが、秋田銀行本店だった店が支店になったという、由緒を残した命名だったのでしょうかね。
返信する

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