夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

狸 4

2006年04月30日 18時30分22秒 |  河童、狸、狐
さて、ご一行様をお連れしての小ドライブ。
雌狸様にはいたくお気に召したご様子。
窓に張り付いて、流れる景色を大喜びで見ていた。
なんか、親父のところにいた柴犬をドライブに連れてきているような懐かしい風景。

古狸はと見ると、なんとか威厳を保っていようと必死に努力している様子だけど、その目線があちこちに飛んでいるのを見るとこれもかなり興奮している様子。

人間仲間の超エリートと同席すればこちらもかなり緊張を強いられるかもしれないけど、同じ超エリートとはいいながらも狸ならなんとなく対等でいられるというのが嬉しい。なんて思ったら、この古狸、こちらを不機嫌そうな顔をしてちらっと見た。
先ほどまでは死にそうに腹ペコなんてくたびれた古狸がエリート意識を取り戻したのかなって思ったけど、彼にはあまりそんな気持ちはないみたいで、周りの景色に気を取られている。

五分ほど走って、家への最後のアプローチにかかる。
「ここからが家の入り口だよ。この狭い道を通っていくと突き当りが家なんだ。
この丘に十軒ほど家がある。このアプローチから先には6軒だな。でも何時も人がいるのは入り口の家だけ。後はもう一軒がたまに来るくらい。他の四軒は何年も人が来たことはない」って説明すると、狸たちは身を乗り出して、周りの様子を見ている。
どうも古狸のテレパシーには信号をスルーさせる機能があるようで、必要なことはそのまま若狸に伝わるようだ。雌狸自体はテレパシーの能力がないのだけど、古狸にはそれを伝える力があるようで、何もいわなくても雌狸も理解している様子だった。

突然、犬はいないのって女の声が聞こえた。吃驚して雌狸を見ると「ミュウ、ミュウ」としゃべっている。多分古狸が雌狸の声をそのままテレバシーで伝えてきたのだろう。
「いない。ここの両側はかなり急な崖だから、そこから何かが上がってくる事もない。もし何かが来るとすればこの道からだけだ」っていうと狸たちは安心したような様子を見せた。

家に着いて車を止めると古狸は、
「いいじゃないか、ここは素晴しい。特にこの家は気に入った。周りが木が切ってあって、草っぱらになっていて、太陽の光も届くし、崖には木がたくさん生えている。ここだと餌にも困らないだろうし、危険な動物もいないようだから安心だ。ここなら安心して子供を育てられる」っていうから、吃驚して、子供がいるのかと聞くと、まもなく産まれるって答える。
「おじいちゃん、やるじゃん」って冷やかすと、照れたような顔をして、その辺の家にもぐりこめるところを探すからって二匹で散策に出かけていった。

家に入るときに、いつものように入り口のドアを閉めたら、彼らが帰ってきても判らないかなって一瞬思ったけど、なにテレパシーがあるんだった。テレパシーならドアを閉めようが関係なく伝わってくるから、用があれば話してくるだろうて思って、なんて便利なんだろうと今更ながら思った。
よし、この力をもっと訓練しよう。

家に入って片づけをしていると、古狸から「ちょうどいい場所が見つかった」って連絡が来た。見に行こうかっていうと、いや巣を作るので忙しいから来ないでもいいとの返事。なら出来上がったら知らせてくれと頼んで、こちらも自分の家の掃除や、洗濯に掛かることにする。

家の中の仕事が一段落ついて、食べ物を買いにでようと車をだすと、雌狸はちょっと車に乗りたそうな素振りを見せたけど、口には巣穴用の材料だろうか、何かを銜えていて、それどころではなく忙しそうだった。いやいや、親になるって大変だねと思いながら、がんばっていい巣穴を作りな、今日からのお前たちのベッドだからって口の中でつぶやいて食料の買出しに出かけた。

夕方客がいるからと、バーベキューのセットを道に持ち出し、買って来た魚を網で焼きながら、ワインをあける。狸たちはその匂いを嗅ぎつけて私の周りにやってきた。鼻をちょっと上げて、くんくんと匂いをかいでいるのは犬とそっくり。
食べるかって焼けたいわしを取り出すと、バケツに入っている生のほうがいいという。
そうだ美登里も都会が好きになってきたけど、食べ物だけは生ものがまだ好きなんだ。
最初に東京に来たときなんか一緒にスーパーに行って買い物したんだけど、目を輝かせて魚を欲しがって、それを買って帰ると丸ごとむしゃむしゃやりだした。
結局、自分の分は自分で三枚に下ろし、刺身醤油と山葵をつけて食べたのを思い出した。
バケツ一杯のいわしが200円だから買ってきたけど、食べきれないから好きなだけ食べなっていうと嬉しそうにメスに食べさせる。いい旦那だと思ってみていると、照れくさそうに「元気ないい子供を産んで欲しいからな」って言い訳をしている。
「別に言い訳なんかする必要はないじゃないか。いい親父だって、感心しているんだから」というとクククって笑う。
「腸が嫌なら、取ってやろうか」っていうと
「とんでもない、そんな贅沢に慣れるとお前がいなくなった時に困るから」って断ってきた。よく判っているじゃない。人間だってすぐに贅沢に慣れてしまうのに。

美登里に感化されて私の味覚は随分と薄味になったけど、これ以上薄味になると人の作った物が食べれなくなる。
生ものを生ものとして美味しいと思えるのは岬の生活の一番の幸福なのかもしれない。
人間は材料の味を生かすって言っても、どうしても人工の味で調理をしてしまうし、ものによっては食材の味もないくらいの別な味にしてしまう。
京都の料理はまだ薄味だけど、フランス料理はソースなんかで味をつけてしまう。それが文化なのかもしれないけど、私にはそんな文化は余計なものとしか思えないときもある。イタリアンやスペインの海岸の方の料理が私の口に合うのもそんなこと。新鮮な野菜や魚がいつでも手に入ると、どんな高級料理屋さんでも行く気がしなくなる。採れた手の、時期時期の旬のものを食べる幸福なんて都会の人間がどんなに高級を気取っていてもわからないだろうと思う。

ところでワインは二匹とも気に入った様子。こいつらは飲まないだろうと思って、ちょっといいワインを買ったのに、ぺろぺろと舐めている。
「こんど猿酒を探してきてやる。山に入ると果物が醗酵して酒になるんだ。人間には探すのが難しいかもしれないけど、こいつはちょっといけるぞ」ということで、今日のワインのお返しは猿酒だな。確かに山に入る人が幻の酒といっているのを聞いたか読んだかしたことがあるから、自然人を気取る前に、一度は試飲しておかなければ。彼らがそのチャンスをくれるというならワインなんか安いものだ。でもどうやって持ってくるんだろう。

なんて考えていると、
「なんなのこれ」って美登里の声が聞こえてきた。
「美登里、どこにいるの」
「今、郡山。猪苗代湖のそば、誰なのそばにいるのは」
「変な狸のカップルが家のそばに住みつくことになったんだ、今日はその引っ越し祝いをしているんだよ」
「だれその狸って」
「美登里か、久しぶりだな」
「甚平おじいさんなの、お久しぶり。最近若い狸と添い遂げたって聞いたけど」
「それがね、もうすぐ子供が産まれるんだって、だから家のそばに巣をつくったんだよ」
「それはそれは、お年を召しても矍鑠として」美登里の声がなんか変。
「ねえ家なんか、子供の兆しもないわよ。ちゃんと教えてやって頂戴」
甚平狸は例の上目使いでこちらを見ながら、えへらえへらと笑って、
「あまり仲がいいと子供ができないっていうよ」って答えている。
「まあ、楽しんで頂戴ね、家の人に虫がつかないように見張ってて」と言いながら美登里の声は聞こえなくなった。

「だろ。テレパシーって、どこにいても繋がるんだ。だからわずらわしいときもあるんだよ。特にお前みたいに年がら年中頭に思っていることを放送していると、お前のことを気にしている相手には全部判ってしまう。だから閉じたり、出力を弱くしたり、人のシグナルを聞かない様にすることも覚えなきゃな」
「そうだね、よく判った。明日から教えてくれよ」


「俺たちは夜型なんだ」という狸たちにつられて、その日は本当に遅くまで飲んだり食べたり、しゃべったり(?)して過ごした。
おりしもその日はあつらえ向きに満月。もう少しで古狸の腹太鼓が聴けそうだったんだけど、若女将が古狸の腹を噛んで、それは止めさせた。
そしてもう酔っ払いすぎているから失礼しますって古狸のテレパシーを通じてメッセージを送って、古狸を追い立てながら新居に帰っていった。

空には朧の月。
くちくなったお腹を抱えて私もよろよろとベッドまで足を引きずって歩いていったらしいけど、殆ど覚えがない、、、、



04/30/2006 12:22:19


最新の画像もっと見る

コメントを投稿