夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

河童

2005年11月07日 18時07分30秒 |  河童、狸、狐
以前のブログからの転載です。





国道128号は岬町に入る頃から海と平行に走るようになる。そして夷隅川の橋を渡る。
夷隅川は街中の国道との交差点付近でも堤防には背の高い草や木々が生い茂り、合間に船を下ろすための桟橋などが点在している。

夷隅川の川原にいた。もう釣をするには遅すぎる時間。太陽は西に傾き、茜色の光を両岸の木々に射しかけていた。川面の一部では茜の空と金色の太陽の光を映し、漆黒の闇が間もないことを暗示していた。

川原は土地の人でなければ川原には降りてこれないようなところの筈だけど、今日はあてが外れた。釣り人が数人釣り糸をたらしていて、そばにはバーベキューをしたのだろうかコンロや冷凍ボックスが置かれ、キャンピングテーブルや椅子なども置かれていた。
先客たちに目で挨拶を送り、いつもの場所に釣竿を仕掛ける。「ここは今頃は何がつれるのですか、今のところ誰にも何もヒットしないんですよ。」先客の一人が聞く、「さあ、何がつれるのでしょうか。私は釣りにきているんじゃないんで判りません。この竿には釣針は付けていないんですよ。」
相手は不思議そうな顔をして、それでもそれ以上の質問は失礼と思ったのか黙って引き下がっていった。

小春日和の日差しが柔らかく身体を包み、川風がなでる頬が心地よかった。まどろんでいたのはホンのちょっとだと思ったのだけど、気がつくと先客たちはもう帰り仕度を始めたようで、てきぱきと荷物を片付け、上の道に止めた車に運んでいる。眠くなった目で彼らを見ていて、何か不思議な違和感を覚えた。
人の数が多い。彼らは4,5人で来ていたはずだけど、今は10人近くいる。どこから来たのだろう。不思議に思いよくよく見ていると、
「河童?」
絵でしか見たことのない河童が釣り糸を垂れたり、釣竿を肩にかけて歩いてくる。

私のそばにも河童が一人釣り糸を垂れて座っている。
「河童?」私が思わず口にすると、河童は不思議そうな顔をして、
「お前には私が見えるのか」って聞いて来る。いや口にして聞いたのじゃないのかもしれない。私の心に直接響いてきたのだろう。
それが証拠にそこにいる河童たちが皆私たちのほうを見ている。
「何で」って思っていると、私の心を読んだように、
「連中を見ろや、彼らにはわれわれの姿は見えてないだろう」
そうだ、彼らはすぐそばを河童が通り過ぎていっても何も驚かないし、河童の姿が見えてないようだ。

「お前は生まれたての赤ん坊のように白紙の心でいたのだな。だから普通は人間には見えないわれわれの姿が見えたんだろう。でも困ったな。われわれの姿を見てはいけなかったんだ」
河童の困惑とは別に、私は彼の言葉を聞いていて嬉しくなってきた。何も考えないためにここに来て針もつけない釣り糸を垂らしている。だから赤ん坊のような気持ちにもなれたのだろうけど、でもそれで河童が見られたなんて、最高!
思わず唇に笑いが浮かぶのを見ながら、困った河童は頭の皿をぼりぼりと掻きながら考えていたが、「お前今日は時間があるか」って聞く。
「時間は死ぬほどあるよ」って答えると、後で集まりがあるので来て欲しいという。今日の釣も集まりのための肴を用意するためらしい。
「喜んで行く」って答えると、河童は困った声で、
「ことはそんなに簡単じゃないんだ」っていう。

「何も難しく考えることはないじゃない。河童を見たのがいけないのなら、川に引き
摺り下ろしてしまえばいいじゃないか。信じられないような事が目の前に起こっているのに、何もしないで帰るのは面白くないよ。どうせ生きてても後何年生き
られるか判らないのだから、面白そうなことは何でもやってみたいし、見てみたいな」私は河童に熱弁をふるう。河童は呆れたような顔をして私の話を聞いていたが、頭を振り、まあしばらく待っていろという。
彼らの釣が終わり、彼らと一緒に反対側の川岸の洞穴へ移動したのはそれから小一時間ほどしたころ。もうそのころは辺りはすっかり暗くなっていた。

ここに洞穴があるのは前から気がついていたけど、前は川、上は木々の生い茂った崖でたどり着く道がない。それに対岸から見るとすぐに奥が見えているようで、わざわざ洞穴探検をする意味もないと思っていた。
今日はどうしてそこへたどり着いたのだろうか、気がつくと洞穴の入り口にいた。覗き込むと、結構広い。そしてその洞穴には20人ほどの河童が車座になり談笑していた。

河童はその中で一番大きな、腹の突き出た河童の前へ私を連れて行った。
「これが河童? 信楽の狸の化け物じゃない?」って思ったら、途端にその大河童がにやりと笑った。
いけない、考えたことがストレートに皆に伝わるのだと思ったけどもう遅い。「若いの、ずいぶんと不敵なことをいうじゃないか。普通はそんな失礼なことは思わないもんじゃぞ」
「若いってたってもう定年過ぎてるよ、こちらは」「何を言うか、俺はこんなに若く見えてももう200歳だぞ。お前の歳なぞまだ若造だわい」
彼の言葉には彼が面白がっている気持ちが伝わってくる。
「はてどうしようかな、人間に河童の存在を知られるとまずい。川に引き込んで殺してしまうか?」
先ほどの威勢のいい言葉とは裏腹に私の口から出た言葉は
「なんでもしますから、助けてください」だった。

「そうか、何でもするか。」考えていた長老河童は、ポンと手を叩き、「そうじゃ、孫娘をお前の目付けにつけよう。あいつは人間の社会に行きたがっていたし、あいつがそばにいればお前が何をしようとすぐにわかる。いい考えじゃろう」と仲間に伝える。

それを聞いていた私を連れてきた河童が、
「お前は運がいい。殺されずにすんだばかりか、あの子は俺の妹で、この辺の女河童の中では一番器量よし、気立てもいい子だ」って、ポンと私の肩を叩いた。

「お客さん終点ですよ」っていつものセリフが聞こえてきた。
目を開けると美登里の顔が鼻をくっつけるように笑っている。
腰に手をやり、乳房のほうへ手を上げていこうとするとピシャっと手を叩かれ、「今日から岬に行くって言ってたじゃない。こっちは用意は全部済んだわよ。遅くなるから早くでよう。」
「今な、変な夢を見てたんだ。」
その先の言葉も聞かないで彼女は、
「そう。その河童の娘の名前は美登里っていうのよ。」






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2 コメント

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Unknown (お玉)
2006-08-14 09:05:57
お玉です。


遊びにきましたよ。


このおはなし、釣り糸をたれる河童の集団の絵が浮かんでとっても楽しいです。


そんな場面に出くわしたとしたら、きっと驚いちゃいますよね。





長老河童って、どんな風体なのでしょうね。


いぜん、おばあちゃんの河童を描いたことがあるのですが、年配を意識してちょっと顔をカエルっぽくしたのですよ。





いろんな河童のおはなしが、あちこちで綴られるのを見るのが、楽しいです。


お知らせいただいて、ありがとうございました。


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Unknown (赤い風車)
2006-08-14 09:07:01
本家からコメントをいただきました。


ありがとうございます。


今日は嬉しくて眠れない?





年老いた長老河童は、信楽の狸のようになるのではと、(自分の体形を見ながら)密かに信じております。
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