般若経典のエッセンスを語る44――エコロジカルに持続可能な福祉世界の構想

2022年10月29日 | 仏教・宗教

 続いて、残り第三十一願まで大まかに見ていこう。

 第十八願は「得五神通慧(とくごじんずうえ)の願」といい、すべての衆生が五種類の神通力を得られるようにという願である。

 第一は「天眼通(てんげんつう)」といって、天界や地獄など死後の世界を見通す力、第二は「天耳通(てんにつう)」で、あらゆる言語・音声を聞くことのできる力、第三は「他心通(たしんつう)」で、他者の心の様子をしる力、第四は「宿命通(しゅくみょうつう)」で、前世のことを知る力、第五は「如意通(にょいつう)」(または神足通)で、意のままに飛行したり居場所を変えたりする力で、つまりすべての人に超人的な能力を具えさせたいというのである。

 面白いのは第十九願で、「無種々大小便穢(むしゅじゅだいしょうべんえ)の願」という。古代インドのことだから、トイレや下水道など大小便の衛生的処理の施設が整っておらず、家や村や町がとても汚く臭かったのだろう。そういうことがないようにしたいというのである。

 「菩薩の誓願」という言葉の印象では、何かとても高尚な目標だけが掲げられているのかと思われがちだが、こうした日常的な衛生のこともあげられており、菩薩の衆生への思いがきわめて具体的な生活の向上にも向けられていることがわかる。

 第二十願は「光明具足身(こうみょうぐそくしん)の願」で、いろいろな照明器具などなくても、すべての人が存在しているだけで光り輝いているようにしてやりたいというのである。

 これは、物理的に考えると超自然的エネルギーで体が輝いて余計な電力などいらないという夢のような話だが、むしろ特殊な優れた人だけでなくすべての人をオーラが輝いて見えるような存在にしたいということだろう。

 第二十一願は「無昼夜時節変易(むちゅうやじせつへんえき)の願」といい、昼と夜や季節が変化することがないようにしようという。

 昼と夜が同じようになるというのはあまりぴんと来ないが、季節についていえば、インドは雨季と乾季があって季節の変化が厳しいので、そういうことがなくいつも穏やかにという思いがあってこうした願が立てられたのだろう。

 しかし、日本のように四季折々が美しい国では、菩薩の誓願であってもこれは遠慮したいという気がする。気候変動のためいまや四季が二季になりつつあるが、かつてのように四季が豊かに穏やかに巡るようになってほしいというのは切実な願いである。季節が穏やかにしっかりと巡るようにというのが、現代の菩薩の願ではないだろうか。

 第二十二願は「寿命無量(じゅみょうむりょう)の願」で、すべての人が長生きできるようにしたいというのである。

 しかし、幸せで長生きをするのでなく、不幸で長生きをしたのでは、苦しみが長いだけである。日本はこのままでいくと、お年寄りにとって長生きしたくない国になってしまいそうである。筆者も、これからどんどん下り坂になる日本で歳は取りたくないなと思う。そうではなく、子どもの福祉も老人の福祉も実現し、歳をとっても百歳を超えても幸せという国にしたいものである。

 そして、「誰かにそうしてもらいたい」と思っているのは凡夫で、「私は渾身の努力をして命・体を一切惜しまず、そういう国にしよう」と願い誓うのが菩薩である。

 第二十三願は「相好具足(そうごうぐそく)の願」である。「相好を崩す」という言葉や、「三十二相八十種好」という仏の身体的特徴を表わす言葉があるように、誰もが顔かたちがいつもとてもすばらしいというふうにしたいというのである。

 第二十四願は「善根具足成就(ぜんこんぐそくじょうじゅ)の願」である。私たちの心の中の善を行おうという根本的な構えのことを「善根」といい、それがしっかりと備わるとやがて菩薩にもなれブッダにもなれるのが人間であるが、善根がなければそのスタートを切ることもできない。だから、すべての衆生に「いいことをしよう」「覚りに近づきたい」「覚りたい」という根本的な気持ちを持たせたいという願である。

 それから第二十五願は「無身心病の願」で、「体と心の病が人々にあるのを見たならば、そのすべてを癒してあげたい」と思うのが菩薩だという。

 すなわち、菩薩の願の中には現代的に言えば医療福祉、そして福祉国家の構想がしっかり確立されている。驚くべきことである。

 こうして菩薩の誓願をずっと見てくると、すでに紀元一世紀頃に、空・一如、すなわちすべてのものの一体性という根源的な思想に根拠づけられた、いわば「エコロジカルに持続可能な福祉国家-福祉世界」の構想が成り立っていたといってまちがいない、と筆者には思えてくるのである。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 般若経典のエッセンスを語る4... | トップ | 般若経典のエッセンスを語る4... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

仏教・宗教」カテゴリの最新記事