困難を建設的に使用する

2011年03月23日 | メンタル・ヘルス

 困難はあなたを破滅させることもあるし、また逆に、あなたを育てることもある。それはすべて、困難をどのように受け取り、それにどのように対処するかにかかっている。

 「困難はナイフのようなものである。それは刃のほうをにぎるか、柄のほうをにぎるかによって、私たちに役立ちもするし、私たちを傷つけもする」とはジェームズ・ラッセル・ローエルの言葉である。

 困難を「刃」のほうでにぎれば、それは私たちを傷つける。「柄」のほうをにぎれば、それを建設的に使用することができる。

 困難の柄のほうをにぎることはむずかしいことではあろうが、それはできないことではない――これはたしかなことである。

      ノーマン・ビンセント・ピール『積極的思考の驚くべき結果』より


 国難ともいうべき困難の中にある私たち日本人が、困難の柄をにぎることができるように祈っています。そして、きっとできると信じています。
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新刊『仏教とアドラー心理学』

2010年10月11日 | メンタル・ヘルス


 久しぶりに書き下ろしました。ぜひお読みください。








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仏教心理講座(武蔵野大学生涯学習)案内

2010年09月26日 | メンタル・ヘルス

*筆者が関わっています日本仏教心理学会と武蔵野大学の協力による「仏教心理」の講座シリーズが開催されます。
最初の講義は筆者が担当します(コスモス・セラピーの凝縮版です)。
最寄駅はJR中央線三鷹駅です。こちら方面在住の方でご希望がありながら距離的に藤沢まではお越しになりにくかった方、どうぞこの機会にお出かけください。
他の講座もとても興味深いものになると思います。






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就活に勝つメンタル・タフネス 11:ネガティヴなことに囚われることを拒否する

2010年09月07日 | メンタル・ヘルス

 メンタル・タフネスとポジティヴ・シンキングは大きく重なっています。

 ポジティヴ・シンキングができるようになるということは、メンタルがタフになるということです。

 しかし、日本ではポジティヴ・シンキングと能天気な楽天主義が混同されている傾向があります。

 ピールは次のような短い文章で、はっきり、きっぱり、誤解を正しています。

 
 ポジティヴ・シンキング(積極的思考)はどんな時にでも効果があるのか?
 答えは「イエス」である。

 私はこの答えが、大胆すぎることはわかっている。当然、次のような反論が予想できる。

「本当にそうだろうか。私には問題がありすぎる。私もポジティヴ・シンキングについて読んでみたけど、依然として、問題は未解決のままだ。」

 また、次のように言う人もいるかもしれない。

「私の仕事はゆきづまりだ。私もポジティヴ・シンキングをやってみたが、仕事はいまだにゆきづまっている。ポジティヴ・シンキングも事実を変えはしなかった。破産は厳然たる事実なのだ。そのことを否定するなんて、君は砂の中に頭を突っ込むバカなダチョウみたいなものだ」

 あまりにもしばしば見受けられることだが、人々はポジティヴ・シンキングの本質を本当にはわかっていないようだ。ポジティヴ・シンキングをする人は、ネガティヴなことがあると認めるのを否定しているわけではない。ただ、ネガティヴなことに囚われることを拒否するだけなのだ。

 ポジティヴ・シンキングをする人間とは、最悪の事態に出会っても、そこからいつでも最善の成果を探し求め得るような考え方を持った人のことである。建設的な何かを発見することはできる。事態がよくない場合でも、自分で最善のことを期待することは可能だ。

 あなたがよい成果を求めれば、それを見出すことが非常に容易になるということだ。

 積極的なものを探し求めるということは、熟考されたプロセスであり、選択の問題なのだ。

 (ビンセント・ピール『積極的思考の驚くべき結果』5〜6頁、ただし訳を変更)


 ポジティヴ・シンキングとは、ネガティヴなことに囚われることを意思的に拒否し、最悪の事態の中に最善のことを見出そうとする、という心の選択の問題なのです。

 「平気平気、なんとかなるさ」というのんき・能天気な楽天主義とはちょっとちがうのです(もちろん、それでうまくやれる人はそれでいいのですが)。

 具体的にいえば、今、有効求人倍率が1以下であろうと、0.いくつであろうと、それは「職がない」ということではなく「職はある」という意味だと考え――「少ない」は「ない」ではなく「ある」ということなのです――しかも、この世には必ず私を必要としている「職」があると信じる、という心の姿勢です。

 内定がまだもらえない若者諸君、再就職先がまだ見つからない成人のみなさん、「まだ」は「これから」です。

 面接100回でまだだったら、101回目に、「きみの長所は?」と聞かれた時、「面接100回落ちても、まだへこたれない、これからが勝負だと思える根性です!」と言ってみるという手なんかどうでしょう?

 まだ、これからだ!! あきらめるな! 宇宙はきみの味方だ!

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就活に勝つメンタル・タフネス 10 : 自信の欠如の治療法

2010年09月05日 | メンタル・ヘルス

 *以下は、特に「就活」だけの話ではないのですが、ここのところ書いている連載的なテーマなので、タイトルを合わせました。


 戦後の日本人、特に若い世代ほど表面はともかく内心では自信がない最大の理由は、敗戦によって国家神道・天皇教というコスモロジーと込みで飛鳥以来の日本の伝統的コスモロジーであった「神仏儒習合」のコスモロジーの意味も見失わされて・見失ったことにある、と考えられます。

 ところで、ピールのキリスト教をベースとしたポジティヴ・シンキングでは、自信のなさの治療法として、端的に「単純な信仰ほど、自信を強くするのに役立つものはない」と言っています(改行は筆者)。


 自信の欠如に対する確実な治療法の一つは、神が現実に自分と共におり、自分を助けてくれると信じることだ。
 これはキリスト教の最も単純な教えの一つである。
 全能の神が同伴者となり、あなたの側に立ち、あなたを助け、見守ってくださっていると考えるのだ。
 ほかのどんな考えも、この単純な信仰ほど、自信を強くするのに役立つものはない。
 これを実行するためには、ただ「神がともにおられる。神は私を助け、導いてくださる」と受け入れればよい。

    (ノーマン・V・ピール『積極的考え方の力』27頁)


 確かにそのとおりだし、信じられたアメリカ人には大変な効果を生み出したことはまちがいないと思うのですが(ピール『積極的思考の驚くべき結果』日本ソノサービスセンター、参照)、しかしいったん合理主義・科学主義を学んで、その〔ある程度にすぎないのですが〕妥当性を知ってしまった現代の日本人が、伝統的宗教にそのままのかたちで帰ることはできないし、無理に帰る必要はない、というのが私の考えです。

 私たちは、伝統的宗教のいい点と現代科学のいい点を統合して、理性的でありつつゆるぎなき自信を身につけることができるという、そういう意味ではいい時代に生きています。

 つながり・かさなりコスモロジーを学ぶと、「神」「仏」「天」「道」「大自然」「宇宙」などがほぼ同義語であると納得することができるのです。

 そうすると、ピールの言葉もそのままでもいいし、抵抗感が残るのなら、「神」のところに「コスモス」を代入して、自信を強くする基礎の考え方・文章にすることができます。

 念のため、実際にやってみましょう。


  自信の欠如に対する確実な治療法の一つは、コスモスが現実に自分と一体であり、自分をサポートしていると信じることです。
 これはコスモロジーのもっとも単純な考え方の一つです。
 全エネルギーそのものであるコスモスが同伴者となり、あなたの側に立ち、あなたを助け、見守ってくれていると考えるのです。
 ほかのどんな考えも、この単純な信仰ほど、自信を強くするのに役立つものはありません。
 これを実行するためには、ただ「コスモスはいつも私と一体だ。コスモスは私をサポートし、導いてくれる」と〔いう事実に基づいたコスモロジーを〕受け容れればいいのです。


 それに関して、かつてウィキペディアで、私の禅の師である秋月老師のさらに師であった――法祖父ということになります――山田無文老師のことを調べていて、とてもいいエピソードがありましたので、ご紹介しておきます。

山田無文(やまだむもん 1900年7月16日 - 1988年12月24日)は昭和期日本の代表的禅僧。

 チベット探検で有名な河口慧海を頼って出家するが、あまりの厳しい生活に結核になってしまったというエピソードもある。わかり易い法話で親しまれた。

 結核時、無文には兄がいて、兄は結核で命を失う。
 無文は闘病中の夏の日。縁側でそよ風に吹かれると、ふと考えた。
 風とは何ぞや。風とは空気。空気とは何ぞや。空気は自然。 その空気を朝から晩まで晩から朝まで、呼吸して生きている。 「そうだ私の後ろ盾には大自然が付いているんだ」と考えたら、寝てられなくなった。
 そして、元気が出てきたときに、下手な句を読んだ。 「大いなる者に抱かれあることを、今朝吹く風の涼しさに知る」
  南天の実が赤かった夏の日のことでした。(NHK-TVあの人に会いたい より)


 「大いなる者に抱かれあることを、今朝吹く風の涼しさに知る」

 下手どころか、心に沁みる実にいい歌ですね。

 「そうだ私の後ろ盾には大自然が付いているんだ」という気づきは、まさにコスモロジーです。

 ただ、この夏は酷暑すぎて、なかなか「今朝吹く風の涼しさ」を感じられないのが残念ですが、でも今日あたり、日が落ちるといくらか涼しい風が吹いています。


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生きているだけでも大変な奇跡

2010年08月26日 | メンタル・ヘルス

 筆者がコスモス・セラピーのなかでよく使わせていただくエピソードがありますが、どこで読んでのか忘れてしまっていて、数字も少し記憶違いをしていました(過去の記事「奇跡的大成功の連続の成果としての私」の数字も訂正しておきました)。
 今日、書棚の本をぱらぱらとめくっていてたまたま見つけたので、備忘録も兼ねて、引用紹介しておきたいと思います。

 世界的な遺伝学者の村上和男さんが、おなじく世界的な遺伝学者の木村資生(もとお)さんの言葉を引用して、次のようにいっておられます(改行は筆者)。


 ダーウィンの進化論では、何十億年という長い時間をかけて、人間も動物の植物もみんな進化してきたことになっています。そのキーワードが自然淘汰による適者生存です。

 環境の変化に適応し、適応できた強者のみが生き残ってきた、その進化の実体は何かといえば、「遺伝子を通じて変わった」ということなのでしょう。

 妊娠初期の人の胎児は、魚に似た形態をとります。
 人間の遺伝子の中には、昔の魚や、爬虫類などの遺伝子も入っており、受精してから誕生するまでに、胎児は母親の体内で過去の進化の歴史をもう一度大急ぎで再現するのです。

 これは遺伝子のなかに進化の歴史が全部インプットされているためと思われますが、それでも人間から魚や爬虫類が生まれないのは、そういう遺伝子はどこかでOFFになるからで、万が一、ONになっても生まれてこないようにセットされているようです。

 木村資生という有名な遺伝学者がおります。木村さんはダーウィンの進化論に対し「中立的進化論」を唱えて世界的に名を知られた人なのですが、その木村さんによれば、

「生き物が生まれる確率というのは、一億円の宝くじに百万回連続で当たったのと同じくらいすごいことだ」

 といっておられます。

 ふつうの人は天才や秀才をうらやましがりますが、その立場に立てば別のつらさもあって、逆に凡庸に生まれた人間をうらやましがっているかもしれません。

 いずれしろ、人間はこの世に生まれてきただけでも、この自然界で大変な偉業を成し遂げたのであり、現在、自分が生きているということはまさに奇跡中の奇跡、素晴らしいことなのだともっと自覚するべきではないかと思います。

 あなたが今この世に存在して、生きているだけでもまさに大変な奇跡なのです。遺伝子からの発想では、そういうことが言えるのです。

(村上和雄『生命の暗号――あなたの遺伝子が目覚めるとき』(サンマーク文庫、一六九―一七〇頁)



生命(いのち)の暗号―あなたの遺伝子が目覚めるとき
村上 和雄
サンマーク出版

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エディソンの不屈の精神:就活に勝つメンタル・タフネス9

2010年08月21日 | メンタル・ヘルス

 9月30日から始まる秋の講座「ポジティヴ・シンキングの心理学」の準備に、N・V・ピールの著作のエッセンスの抜粋を作っています。

 その一部をご紹介してきましたが、今日もまた一つ。

 「そんなにネタを明かしてしまっていいんですか?」と心配してくださる方があったので、
 「だいじょうぶです。あなたの好きな歌手の好きな歌があるとして、その楽譜とCDとライヴと、どれがいちばん感動すると思いますか?」と聞きました。
 「もちろん、ライヴです」という返事。
 「レクチャーも同じです。心に関しては、心理学のレクチャーのレジメを読むより、本を読むより、ライヴのレクチャーやワークショップのほうが、圧倒的に学ぶものが多いんです。だから、そのことがわかっている人は、ただのブログ記事で済ませないで、きっと講座に来るでしょう。ブログ記事でのネタ明かしは、レクチャーの案内文なんです。」
 「なるほど!」

 というわけで、以下、とてもいいなあと思ったポジティヴ・シンキングのエピソードをご紹介します。

 エピソードの主人公はかのエディソン(エジソンとも表記)です。



 故人となったニュージャージー州知事チャールズ・エディソンが、その父、有名な発明王であるトーマス・A・エリディソンの不屈の闘志と立ち直りの早さについて、私に語ってくれたことがある。

 一九一四年の十二月九日、ウェスト・オレンジにあったエディソンの工場が火災で焼け落ちてしまった。トーマス・エディソンはその夜、二百万ドルを消失し、労作の多くが灰になってしまった。保険には二十三万八千ドルしか入っていなかった。コンクリート造りの建物は火災になることはないと、そのころは信じられていたからである。

 エディソンの息子は二十四歳、彼自身は六十七歳だった。息子は狂ったように駆けまわり、父を探した。ようやく見つけたとき、エリソンは火のそば近くに立っていたが、顔は火を反射して赤くなり、白髪は十二月の風になびいていた。

 「父のことを思って、私の心は痛みました」と、チャールズ・エディソンは言った。「父は六十七歳、もう若くはない。それなのに、すべてが燃えてしまった。そのとき、父は私を見つけて怒鳴りました。『チャールズ、お母さんはどこだ』知らないと言うと、父は言いました。『お母さんを見つけて、ここに連れてきなさい。お母さんも、生きているあいだに、二度とこんな光景、見ることはできないんだから』」

 翌朝、トーマス・エディソンは、すべての希望と夢を焼き尽くしたその焼け跡を歩き、そして言った。「災難というのもいいもんだ。失敗も全部、燃えてしまったんだから。まったく新しくやり直せる、ありがたいことだ」

 火災から三週間、彼の新しい工場は、世界ではじめての蓄音機を作り出した。これが、人間として避けがたい不運にあいながら、不屈の精神と勇気と信念を持って生きていった男の物語だ。彼は、六十七歳という年齢を意に介さなかった。いつでも立て直しができたからである。

 このような話をすると、きまって、「エディソンは天才だったから、そんなこともできたのだろうが、私はだめだ」と言う人がいる。

 たしかに、エディソンはふつうの人ではない。しかし私は、天才的能力もなければ名声にも財産にも恵まれない多くの人たちが、エディソンのように力を発揮するのを見てきた。
 正しくものごとを考える人なら、逆境のときに正しく行動し、正しく信じるものだ。どんなことが起こっても乗り越えることができるという信念をもてば、世界もそれに応えてくれるのである。

 聖書もそのことを約束している。「あなたがたは、世にあっては艱難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」(ヨハネによる福音書16章33節)もし、あなたが積極的な信念を持っているなら、あなたもまた、すでに世に勝っているのである。

              (『積極的考え方の人生』64頁〜66頁)


 エディソンのような天才でない人間がエディソンのような不屈の精神と勇気をもてるようになれるのか? なれます! というのが、ピールと筆者の答えです。

 これまでに書いてきた記事をよく読んで理解し、実践してください。それだけでも、かなりのところまで行けるでしょう。

 それから、ご紹介してきた本も読んでみてください。

 そして、できれば、できるだけ、ぜひ、講座にもお出かけください。

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就活に勝つメンタル・タフネス 8

2010年08月11日 | メンタル・ヘルス

 年2回、夏休みの初めと冬休みの初めに、レポート採点に忙殺されます。

 今年は、8月第1週まで授業という大学があり、昨日ようやく3つの大学の採点―成績評価が終わり、「今期もまた全体としては学生たちはよく学んでくれたな。教えてよかった」という満足感と同時に、どっと疲労感も感じました。

 今回はタイミングが書き下ろしの原稿(仮題『仏教心理学とアドラー心理学』佼成出版社、10月初旬刊行予定)の締め切りと重なり、けっこうしんどい作業でした(でも、ちゃんとやれました!)。

 若干の手直しを残しひとまず終わったところで、久しぶりに記事の更新をします。

 今日も、ここのところ続けてご紹介しているノーマン・V・ピールの文章の一節をご紹介しましょう。とても素敵なエピソードです。

 本文にはない、私がつけた小見出しは「朝の選択:今日一日幸福でいること選ぶ」です。


 あなたが将来、幸福になるか不幸になるかを決定するのはだれだろうか。それは、ほかならない、あなた自身だ。

 あるテレビ番組の有名な司会者が、一人の老人のゲストに招いた。その老人が何か言うたびに、それが実に素朴で適切だったので、観客は大声で笑い、老人を好きになった。この司会者も深い感銘を受け、ほかの人々と一緒に楽しんだ。最後に司会者はその老人に尋ねた。

 「なぜあなたはそんなに幸福そうなのですか。何か秘訣をお持ちなのですか」

 「いいや。秘訣など一つもないよ。平々凡々たるものさ。ただ、わしは朝起きた時に二つに一つを選ぶのさ――幸福であるか、それとも不幸であるかをね。それで、私がどちらをとると思うかね。幸福を選ぶのだよ。それだけのことさ」

 これはあまりに単純すぎるように思われるかもしれない。しかしアブラハム・リンカーンの言葉なら、だれも非難することはできないだろう。リンカーンは、「人々が幸福になろうと決心すれば、それだけで幸福になれる」と言っている。

    (ノーマン・V・ピール『積極的考え方の力』(ダイヤモンド社、32頁)


 こうした朝の選択が、就活に何の関係があるんだろう、何の役に立つのだろう、と疑問に思った人がいるかもしれません。

 しかし、実は大いに関係あり、大いに役に立つのです。

 朝起きて、幸福感があるのとないのとでは、どちらが元気が出るでしょう。

 元気があるのとないのとでは、どちらが今日の就活がうまくいく可能性が高いでしょう。

 「でも……」と言いたい人には、過去の記事、「心の向きを変える」「心の向きを変える続」を読んでいただくといいと思います。

 確かに、世界には、どこをどう探しても「幸福と感じられる理由」が一つもないように思える極度に悲惨な状況におられる方もあるでしょう。

 しかし、インターネットを利用でき、このブログを読むことのできる人には、そういう人はいないと思います。

 自分が見るものをちゃんと選択すれば、幸福を感じることのできる理由はいくつもあるはずです。もちろん、不幸を感じる理由ばかり見ていれば、不幸感でいっぱいになるのは当然ですが。

 ぜひ、心の目の向きを変えて、探してみてください。きっとあるはずです。

 例えば、「私は、こうしてちゃんと食べるものがあり、眠る部屋があって、健康で、就職活動ができるだけでも、幸福だ! それに今日は空も青いし」と。

 そして、幸福を感じる理由を発見できれば、確実にメンタルは一歩も二歩もタフネスに近づきます。

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就活に勝つメンタル・タフネス 7

2010年07月23日 | メンタル・ヘルス

 雇用状況がきびしい中、何度か、あるいは何度も入社試験、面接に受からず、すっかり落ち込んでしまう学生がたくさんいます。

 そういう本人や友人がしばしば相談に来ますが、彼らが言う典型的な言葉があります。

 「もう○○社も落とされてしまって、自分を否定されたような気がするんです。自分は誰からも必要とされていないんじゃないかと感じるんです。」

 そういう時、まず「そうか、○○社も採用されなかったんだ。それは、がっかりするよね」とセラピー用語でいえば「共感的アプローチ」をします。

 しかし、少し共感のプロセスを経た後で、「それで、きみは落ち込んでいる気持ちをわかってほしいんだろうか、それともどうしたら就活に勝てるか、方法を教わりたいんだろうか。どちらでも、ある程度は対応してあげられるけど、気持ちをわかってあげてもそれで就活に勝てるわけではないと思うので、僕としては就活に勝つ方法を教えるほうが効率的でいいと思うんだけど、どちらにする?」と聞きます。

 そうすると、多くの学生が「方法を教えてください」と言ってくれます。

 人間にとって感情は大切なものですが、感情に引きずられたり溺れたりするとたいてい失敗するものです。

 そこで、人生(ここではその一部としての就活)で成功するためには、感情を大切にしながらもコントロールする必要があります。

 そこで、まず落ち込みという感情の簡単なコントロール法を伝えます。

 「○○社の人事担当者が君を採用しなかったことは確かに事実だけど、どのくらいの面接時間だったのかな? ○○分、なるほど。
 ところで、君という人間の全体はたった○○分で評価できるほど、単純で小さいものなのかな? そんなはずはないよね。人間はとても複雑で多様な要素をもっている存在だよね。
 人事担当者は、やむを得ず入社試験というごく短い時間の中で見えた君の一部の印象がその会社が要求することとは合っていない、と判断したんだと思うけど、どう思いますか?
 そう、それは、ごく短時間で見えた君の一部が否定されただけで、君という人間の全体が否定されたわけじゃないよね?
 では、『私が否定された』という考えを『私の一部が否定された』と訂正してみよう。それから、さらに『私のごく一部が否定されただけのことだ』と言い換えてみよう。どういう気分がするだろう?」

 「自分(全体)が否定された」のではなく、「自分のごく一部が否定されただけだ」と捉え方が変わると、ほとんどの場合、気持ちが軽くなります。

 続いて、「『誰にも必要とされていない』と感じたんだね。そう感じるとショックだよね。
 それは『みんなが私を必要としていない』と言い換えてもいいよね?
 ところで、えーと、何社だったっけ? ○○社、なるほど。で、面接官は延べ何人くらいだった? そうか、○○人くらい。
 ○○社とその○○人のことを『みんな』と言うのは、言葉の使い方として正確だろうか? 『みんな』という言葉の正確な意味は『人間全員』ということだと思うんだけど、どうだろう? ○○社の延べ○○人は、全人類のごくごくものすごくごく一部だと思うんだけど、どう思う?
 だから、正確に言うと、『誰にも必要とされていない』んではなくて、『ごくごく一部の人に必要とされなかった』ということだよね?
 では、『誰にも必要とされていない』という考え方を、『たまたまごくごく一部の会社には必要ではないと思われただけだ』と言い換えてみよう」

 論理療法や認知療法では、ごく一部の事例ですべてを断定することを「過度の一般化」といいます。

 私たちはよくやりがちなことですが、過度の一般化はとても不正確でたいていの場合非生産的なものの捉え方です。

 人間の感情は、ものごとの捉え方・考え方・認知の仕方によって、大きく左右されます。

 捉え方を変えると、感情も大きく変わるのです。

 〔*これは論理療法の基本的な考え方です。〕

 「自分(全体)が否定された」から「自分のごく一部が否定されただけ」、「誰からも必要とされていない」を「ごくごく一部の人には必要でなかっただけ」と捉え方を変えると、気分はすっかり楽になります。

 さて、落ち込んでいるのと、気分が楽なのと、どちらが就活に勝つ可能性が高まるでしょう? 言うまでもありませんね。

 だったら、しっかりものの捉え方を変えて、気分を楽にして、再度挑戦してみよう!

 10回でうまくいかなかったら、20回、20回でまだうまくいかなかったら、30回。何回うまくいかなくても、最後にうまくいけばいいのですから。

 アメリカの大成功者で、成功哲学の著者でもある、ナポレオン・ヒルが言っています。


 勝つ者はけっしてあきらめない。あきらめる者が成功することはけっしてない。


 若者諸君、勝つまではあきらめるな! 君ならきっと最後には必ず勝てるんだから。




いやな気分の整理学―論理療法のすすめ (生活人新書)
岡野 守也
日本放送出版協会

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就活に勝つメンタル・タフネス 6

2010年07月21日 | メンタル・ヘルス

 明確な目標、積極的な考え方、信念、そして目標を達成したところをありありと思い浮かべられる想像力――以上の四拍子が揃えば、だれでも自分のかかえている問題のほとんどを、首尾よく解決することができる。

 何かを成し遂げたければ、どんな場合でもこの四つの生産的な要因を総動員して、大いに働かせることだ。

    (ノーマン・V・ピール『だれの辞書にも不可能という文字はない』三笠文庫)


 ここで「かかえている問題」を「就活」に置き換えても、ピールのあげている四つの生産的な要因はそのまま当てはまります。

 シリーズの2と3で「信念」の重要さとではどうしたら信念を持てるかという話をしました。

 前回の5では、はっきりした「目標」を立てることについて述べました。

 今日は、「想像力・イメージの力」について話しましょう。

 目標がはっきりし、目標が達成されることを信じながら、次にやるといいのは、目標が達成された場面をありありと想像することです。

 「そんな空想なんて」と思うかもしれませんが、成功した人々が口をそろえて証言しているのは、目標が実現する前にしっかりと実現したシーンを想像したということです。

 私の後輩に、競争率60倍以上という大学助教授のポストにみごと就くことができた人がいます。

 私の訳した『人生に奇跡をもたらす7つの方法』を勧めたら、素直に信じて、しっかり実践してくれたのだそうです。

 どうして、そんなことが起こるのでしょう。

 語呂合わせではありませんが、「想像力」は「創造力」と深くつながっています。

 それは人間の無意識には、意識が想像し信じたことを現実化する驚くべき創造力があるからです。

 意識で信念の言葉を繰り返し、イメージし続けていると、無意識がそれを信じ想像を創造へと錬金術のように変化させるのです。

 就活に勝ちたいのなら、すでに勝った、内定が出た! というシーンを、その時の飛び上がるようなうれしさも一緒にありありとイメージしてみましょう。

 付け加えておくと、イメージする時は、力まないで、すっかりリラックスして、すべてをコスモスにお任せするという気持ちで、すごくいい夢を見るように楽しんでやることです。

 イメージが苦手という人もいるようですが、心配ありません。どんなにぼんやりとしたイメージでも、しないよりはしたほうがはるかに実現の確率が高まります。

 もし絶対ではないにしても、確率が高まるのなら、その方法を使わない手はありませんね。

 それに、繰り返し練習しているとだんだん鮮やかなイメージが描けるようになります。

 想像力にもトレーニングが必要なのです。

 何もトレーニングしないで、きびしい競技に勝った、なんてうまい話は、スポーツ界にはなさそうです。

 就活という競技にも、トレーニングは必要です。

 そしてトレーニングは、したらしただけの結果が必ず出るのです。

 さあ、「内定が出た! やったー! よかった、よかった!」というシーンを繰り返し想像してみてください。

 だいじょうぶ! きっとうまくいく! 
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就活に勝つメンタル・タフネス 5

2010年07月17日 | メンタル・ヘルス

 何か願望を実現したい――この場合、就活に勝ちたい――と思った場合、まず最初にするべきことは、目標を明確にすることです。

 漠然とした夢とか願いではなく、はっきりした目標を立てるのです。

 なんとなく、「どこかいいところに入れるといいなあ」ではなく、「こういう仕事がしたい」「この仕事に就きたい」「この会社に入りたい」とはっきりさせる必要があります。

 目標が明確になると、自然に熱意が湧いてくるでしょう。

 その熱意を表現し、それが採用側に伝わると、採用される確率が非常に高くなります。

 私も、21年会社勤めをし、そのうちの4分の3くらいは役員でしたから、採用する側の気持ちはよくわかります。

 能力が似たり寄ったりの入社希望者がいたら、その中でいちばん「御社に入りたいんです」と熱意をアッピールする人に心を動かされます。

 能力が少し劣っているかもしれないと思っても、とても熱心だと、「この子、やる気十分だな。使えそうだ。指導すれば、伸びそうだ」と思わされて、その人を採用したりします。

 熱意が相手の心に伝われば、もう心の「内定」です。

 心で内定すれば、実際の「内定通知」はすぐ、もう時間の問題です。

 しかし、ほんとうにその会社に入りたいのかどうかよくわからないが、とりあえず受けるという場合があるでしょう。

 その場合、どうせ受けるのなら、そしてどちらかというと「受かったほうがいい」のなら、熱意があるふりをすることです。

 ただし、そのふりは、まず自分の心から始めます。

 「私はこの会社にどちらかというと入りたい」という気持ちを表現する言葉を、「どちらかというと」を取って「私はこの会社に入りたい」に換え、さらに「ぜひ」を加えて「私はぜひこの会社に入りたい」と換えて、自分の無意識に言い聞かせるのです。

 繰り返し言い聞かせていると、やがて無意識が信じ始めます。

 無意識が信じ始めると、それが全身心に現われ始めます。つまり、熱意が湧いてくるのです。

 熱意が溢れるように湧いてきて、それが相手に伝われば、ほとんどまちがいなく「内定」です。

 熱意がないまま、入社面接を受けるのは、かなり時間のムダです。面接官の目は節穴ではありません。やる気のないのはすぐばれるのです。

 受けるのなら、熱意を湧き上がらせる。熱意が湧き上がらないのなら、湧き上がるような目標を探す。

 どちらにせよ、きみならできる! 大丈夫! きっとできる!




 
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梅雨時のポジティブ・シンキング

2010年07月14日 | メンタル・ヘルス

 *今日、O大学のチャペル・アワー(礼拝)で以下のような話をしました。ブログ受講生のみなさんにもおわかちします。


 聖書:新約、ローマの信徒への手紙一・二〇
     :旧約、ヨブ記三六・二四―二九、三七・一一―一三
  
 讃美歌:二二六番 一、二、四節(「センス・オブ・ワンダー」の講話の時にも歌いました。)


 世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。


  世の人は神の御業に賛美の歌を歌う。
  あなたも心して、ほめたたえよ。
  人は皆、御業を仰ぎ
  はるかかなたから望み見ている。
  まことに神は偉大、神を知ることはできず
  その齢を数えることもできない。
  神は水滴を御もとに集め
  霧のような雨を降らす。
  雲は雨となって滴り
  多くの人の上に降り注ぐ。
  どのように雨雲が広がり
  神の仮庵が雷鳴をとどろかせるかを
    悟りうるものがあろうか。……
  雲は雨を含んで重くなり
  密雲は稲妻を放つ。
  雨雲はここかしこに垂れ込め
  導かれるままに姿を変え
  命じられるところを
  あまねく地の表に行う。
  懲らしめのためにも、大地のためにも
  そして恵みを与えるためにも
    神はこれを行わせられる。


 今日のために選んだ聖書の箇所は、旧約聖書の方は梅雨時にふさわしく雨と雷と稲妻の話です。この箇所の朗読を聞いて、みなさんは何を感じたでしょうか。

 キリスト教徒でない人は、文章はなかなか格調が高くて文学的だけれども、神が雨を降らせ、雷をとどろかせ、稲妻を閃かせるなどというのは非科学的なおとぎ話だと思うかもしれません。

 チャペルアワーに何度も参加した人は何度も聞いていると思いますが、私も「白いヒゲで白い衣を着て光り輝いている超能力のおじいさん」というふうな神さまは信じていません。

 雨を降らせるのはそういう神さまではなく、まずは自然だと思っています。そしてその自然は大きなものなので大自然という言葉で表現できるのではないでしょうか。

 しかし今日一緒に考えたいのは、「大自然」という言葉で表現されていることの中身を私たちがどのくらい深く本当に理解しているかということです。

 確かに私たちは雨や稲妻は目で見ることができますし、雷は耳で聞くことができます。しかし雨を降らせ、稲妻を閃かせ、雷をとどろかせている「大自然そのもの」を見たり聞いたりしているでしょうか。雨や稲妻や雷を通じて大自然の働きを感じているだけなのではないでしょうか。

 ましてや大自然の力ということになると、そういうさまざまな自然現象を通じてその向こうに大自然の力を感じているということなのではないでしょうか。

 私たちは大自然や大自然の力を直接知っているつもりでいますが、本当は個別のさまざまな自然現象、つまりここでは雨や稲妻や雷によって間接的に大自然や大自然の力を感じ取っているだけなのではないでしょうか。

 そういう意味で、本当の大自然は私たち人間が直接、全面的に把握することのできない「大きな大きな何ものか」なのです。毎回のように言っていることですが、私たちが知っているつもりの、しかし本当には完全に知ってはいない何か大きなもののことを英語では「サムシング・グレイト」といいます。

 私たち現代人は、もちろん旧約聖書や新約聖書の書かれた古代の人々よりは大自然について豊富な知識を持っています。それが相当に豊富なので、まるで全部知っているかのような錯覚が生まれているのではないか、と私は考えています。しかし、相当に豊富だということは完全に全部知っているということではありません。

 とはいっても、研究・探究の努力が千年、二千年、三千年と続けられてくると、現代人は古代の人々とは比較にならないくらい自然について知識を得ることができています。しかし、ここが大事なことなので繰り返しますが、相当に豊富、古代とは比較にならないくらい、ということは、全部を完全に知っているということとはまるで別のことなのです。

 もしかしたら、科学が進歩したら人間は宇宙のすべての謎を解き明かすことができると思っている人がいるかもしれませんが、宇宙の広さとそこに存在するであろう膨大な情報の量を考えると、情報処理の理論からしても、あと千年、二千年経っても宇宙のすべてを完全に知るなどということはあり得ない、と私は考えています。

 宇宙そのもの・宇宙全体は、宇宙で起こっている様々な現象つまり自然現象から想像・推測することができるだけでしょう。

 その完全には知り得ないものを古代の人たちは「神」と呼んだのだとすれば、それは現代人にとっても本当には知りえない全体としての大自然・宇宙とまったく別のものではない、と私は考えています。

 神と呼んでも大自然あるいは宇宙と呼んでもサムシング・グレイトと呼んでも、それはどちらでもいいことではないかと思うのです。ともかく私たちが知り尽くすことはできないそういう大きな何かが、雨を降らせ、稲妻を閃かせ、雷をとどろかせているのは間違いないのではないでしょうか。

 新約聖書の主要な部分を書いた大使徒パウロは、そのあたりのことをとても深く自覚していたと思われます。それが、先ほどの聖書の箇所です。もう一度読んでみましょう。

 「世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます」。

 「被造物」とは、現代的に言えば自然のいろいろなものや自然現象のことです。神そのものは見ることができず、しかし神の永遠の力とその本性つまり神性は、目に見え、耳で聞くことができ、鼻で嗅ぐことができ、舌で味わうことができ、手で触ってみることができるものを通して知ることができる、というのです。

 今日は、梅雨時にちなんで、特に雨に限定してもう少し考えてみましょう。

 いうまでもありませんが、雨は水です。水は、水素原子二個と酸素原子一個が結合したものでしたね。さて、では水素や酸素は、誰が、あるいは何が作ったのでしょう。水素と酸素とを結合させたのは誰または何でしょう。

 そして、その結合した水が氷でも水蒸気でもなく、液体状の水としてたっぷりあるのが、「水の惑星」と呼ばれる私たちの地球ですが、太陽系の惑星の中で液体状の水がこんなにもたっぷりある星は地球だけです。地球より太陽に近い水星にも金星にも、地球より遠い火星、木星、土星などにもありません。地球をそういう「水の惑星」にしたのは何でしょう。

 そのたっぷりある水が集まったところを海といいますが、その海の水が太陽に熱せられて蒸発して空に上って雲になり、風に乗って移動し、やがて冷えて雨になって降ってきます。海の水を熱して水蒸気つまり雲にする、その太陽を作ったのは何でしょう。

 みんな偶然の産物なのでしょうか? 偶然にしては大自然はあまりにもうまく出来すぎているとは思いませんか?

 大自然の中で、雨はどういう働きをしているのでしょう。先ほどの旧約聖書の箇所では、まず「懲らしめのため」となっていました。

 「人間を懲らしめるために雨が降る」と言うと、なんだか迷信っぽいと思いますか。確かに特定の個人がしたことに対して罰として雨が降るというのは、非常に素朴な民俗的な信仰でしょう。

 しかし、これを大自然と人間の関係を語ったものと解釈すると、象徴的な意味のあることが語られています。最近の局地的集中豪雨を地球生態学・エコロジーから考えると、それは人間が自然環境を壊し自然の調和を乱しつつあるのに対して、自然が異常気象というかたちで懲らしめようとしている、その現われと捉えることもできます。

 大雨に見舞われた時――災害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げますけれども――「自然災害」と呼んで困るにとどめず、私たち現代人は自然に対して畏れ・畏怖の念を感じ、人間の文明の営みを反省する機会として捉えることも必要なのではないでしょうか

 次に「大地のため」とありますが、まさに雨のおかげで大地が潤い、大地が潤ったおかげで植物が育つことができ、植物が育つおかげで植物を食べる動物たちが生きることができ、そういう動物が生きているおかげで動物を食べる動物も生きることができ、そして何よりも水を飲み、植物と動物を食べて生きている私たち人間も生きることができています。

 それこそ、大地とすべての生き物に「恵みを与えるため」に雨が降ると言っていいでしょう。
 すべての生き物は細胞から成っており、細胞には水が不可欠です。私たち人間の体の六〇以上七〇パーセントくらいが水分なのだそうです。水がなければ、私たちは生きられない。その水のほとんどはもともと雨として空から降ってきたものです。海の塩分の多い水はそのままでは陸上の生物には使えないことはよくご存知のとおりです。

 雨が降るから私たち陸上の生き物が生きることができる。だから、基本的には雨が降るということは私たちにとって、いいことであり、ぜひ必要なことなのです。

 神あるいは大自然あるいはサムシング・グレイトが雨を降らせてくれるのは、時には懲らしめのこともありますが、基本的には私たちにとって大きな恵みというほかありません。

 雨が降ってうっとうしいと感じることのある梅雨時ですが、そういうふうに考えると、「雨が降るのはいいことだなあ」とポジティヴに考えることができるのではないでしょうか。

 こういう考え方には慣れていない人が多いでしょうから、急には無理かもしれませんが、「雨が降るのはいいことだなあ」と考え、そして感じる練習をしてみてください。

 それから、恵みの雨を降らせる大いなる何ものかのことも感じてみてください。

 そうすると、きっと自分の人生に対してとてもポジティヴになれると思います。

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就活に勝つメンタル・タフネス 4

2010年07月12日 | メンタル・ヘルス

 ここのところ、N・V・ピールの本を集中的に読んでいます。

 いい話がたくさんあって、本をすべて引用したくなるほどですが、それでは著作権法違反になりそうなので、特にいいところを紹介することにしましょう。

 「メンタル・タフネス」というと、筋肉マン的な心のことだと誤解する人がいますが、そうではありません。

 それは、私の訳したD・チョプラ『人生に奇跡をもたらす7つの法則』(PHP研究所、残念ながら品切れ中に他社に翻訳権を買い取られて、私の訳は絶版。身近な人に「私の翻訳のほうが良かったでしょう?」と聞いたら、率直に「一長一短ですね」と言われてしまいましたので、どちらの訳で読んでもいいようです)に、

 「あなたは、樫の木が嵐の中で頑固に立っていて結局折れて倒れるようなことを望まないでしょう。そうではなく、葦が嵐になびいて生き延びるように、柔軟でありたいと思うのではないでしょうか」(92−93頁)という言葉があるように、とても柔軟な心なのです。

 柔軟なメンタル・タフネスは、かならず柔らかな感受性を伴っています。

 以下の引用は、そういう感受性豊かなメンタル・タフネスの秘訣を示していると思います。


「情熱というのは、生命の最高の質のひとつである。しかし、実際の行動にあらわれるのでなければ、人生を動かす要素となることはない。

 幼い子どもの特性は何か、考えてみるとよい。それは情熱だ。子どもは、この世界は素晴らしいと感じている。この世界が好きだ。ありとあらゆるものごとに、心から関心を示す。イギリスの生物学者で哲学者のトーマス・ハクスリーは、天才といわれる人の秘密は、幼い子どもの心を年をとってももちつづけていることだと言った。その意味が、情熱を決して失わないということである。

 しかし、子供のみずみずしさを保ちつづける人は少ない。情熱が枯渇してしまうのだ。自分の人生が実りうすいと感じる人は、心の情熱の状態を調べてみるとよい。

 私の母は、私が知るかぎり、もっとも情熱的な人のひとりだった。ありふれた日常の事柄のなかから、心踊らせるものを見出すことができた。冒険的なものや、大喜びの種を見出す能力を持っていた。世界を旅したが、どこに行っても心の底から喜んだものだ。

 ある霧の深い夜、私と母は、フェリー・ボートでニュー・ジャージーからニューヨーク市へと向かっていた。私にとって、美しいと感じられるものは何もなかった。何しろ霧の夜の船の旅であり、何も見えなかったのだ。しかし、母は「わくわくするわ」とはしゃいでいた。

「何が、そんなに、わくわくするんですか」と私はたずねた。

「だって、霧も、光も、それにフェリー・ボートもすてきじゃない。ほら、光が霧のなかに消えていく。なんて神秘的なんでしょう」と母は答えた。

 その時、霧笛の音が、重くたちこめた白い霧のなかに低く響いた。母の顔は、興奮しきった子どものようだった。私自身はといえば、早くこの河を渡ってしまいたいと思うばかりで、この船旅になんの感動もおぼえなかったのである。

 その夜、母は、手すりのそばに立ち、私をじっと見つめて静かに言った。

「ノーマン、私はあなたにいろいろと助言をしてきたわ。あなたは、それに従ったこともあるし、耳をかさなかったこともある。だけど、もうひとつだけ言っておきたいことがあるの。覚えておきなさい。それは、この世界は、美しさと驚きで心が踊るようなものに満ちているということよ。それに心を向けるのです。この世界と、その美しさ、そして人びとを愛するのです」

 だれでも、この単純な助言を素直に取りいれ、それに従うなら、情熱に満たされ、喜びにあふれた人生を生きることができる。私はそう信じている。私も母の助言に従ったおかげで、いま大きな幸福を味わっているのである。」

 (N・V・ピール『積極的考え方の人生――喜びと情熱があなたを新しくする』森優訳、ダイヤモンド社、三−五頁)


 就活が(当面)うまくいかなくて、「いっぱいいっぱい」になっている(ような気がしている)諸君、深呼吸して、リラックスして、しばし就活のことは心の脇においておいて、梅雨の晴れ間の青空や、緑に繁った木々や、もう鳴き始めたセミの声や、そういうすてきなものに心の目を向けてみませんか。

 バーンアウトするまで走るのがメンタル・タフネスではなく(まあ、そういうのもあってかまいませんが)、必要な時はちゃんとエネルギー補給をできる心の余裕があってこそ、ほんもののメンタル・タフネスが身につく、と私は考えています。



古書で入手可能

積極的考え方の人生―喜びと情熱があなたを新しくする
N.V. ピール
ダイヤモンド社

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これも古書で入手可能

人生に奇跡をもたらす7つの法則
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新本で手に入るのはこちら

富と成功をもたらす7つの法則―願望が自然に叶う実践ガイド
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就活に勝つメンタルタフネス 3

2010年06月28日 | メンタル・ヘルス

 今回もピールの『積極的考え方の力』から、ポイントになる部分を紹介しましょう。

 ピール氏は牧師なので、キリスト教用語を使っていますが――私も元牧師なので用語にまったく抵抗はありませんが――抵抗を感じる人でも、私のコスモロジーと唯識の授業を受けているみなさんなら、「神」や「イエス・キリスト」を「コスモス」や「コスモスの意志」と言い換えれば、そのまま理解できるはずの言葉です。

 ポイントは、コスモスあるいは大自然あるいはサムシング・グレイトが自分と一体だということをまず学んで認識し、そしてそれにとどまることなく信じるところまで行くということにあります。

 しかし、本当に信じるというのは、単なる意識の表面の働きではないので、潜在意識――唯識でいえば「アーラヤ識」――に働きかけて信じさせる必要があるのです。

 潜在意識に信じさせるには、積極的な考え方を表現した語句を繰り返し断言的に言い聞かせることです。

 繰り返し強く断言的に言い聞かせているうちに、言葉が種子のように潜在意識という土壌に蒔かれていき、やがて深い信念が芽生えてくるのです。

 例えば、「コスモスが137億年かけて私に与えてくれている潜在能力にアクセスさえすれば、打ち勝てない困難なんかどこにもない!」「私はそれを信じる!」と。

 ある意味でもっとも重要なポイントは、こういう言葉を読んで「ふむふむ、なるほど、こんなふうにやればいいのか」と思っただけで実行しないのでは何の効力もないということです(残念なことに、そういう人が実に多いのですが)。

 指示どおり実行することが絶対に必要です。

 ピールの言うことと私の言うことをとりあえず信用してみようと思う人は、実際に毎日五回必ず指示どおり実行してください。

 では、以下の引用をしっかり読んで理解し、何よりも実行してください。


 ある黒人の男性が、「どのようにして困難に打ち勝ったのかと尋ねられた時、このように答えた。「まず、困難の周りを回ってみます。もし回ることができなければ、その下に潜ってみます。もし潜ることができなければ、それを跳び越してみます。もし跳び越すことができなければ、それをかきわけて切り抜けてみます。私は神と一緒に困難をかきわけて切り抜けるのです」

 先に紹介した不屈の男のやり方を思い出してほしい。「私を強めてくださる方のお陰で、私にはすべてが可能です」と繰り返して自分に言い聞かせるのだ。そして、一回ごとに「私はそれを信じます」と断言する。これを毎日五回行いなさい。そうすれば、あなたの心の中で不屈の力が解放されるだろう。

 潜在意識というものはいつでも変化を嫌うものなので、「そのようなことは信じるな」とあなたにささやくかもしれない。しかし、潜在意識はある意味でこの世で最大の嘘つきだ。あなたが自分の才能を誤解しているのに同調して、ネガティブな気持ちをあなたに送り返すからだ。

 潜在意識の中にネガティブな態度を作りあげると、潜在意識もこの間違った状態のままでいいといった反応をあなたに返すようになる。だから、まず潜在意識に向かってこう言いなさい。「さあ、私はできると信じるぞ。それが可能だと断言するぞ」

 こうして潜在意識に積極的に言い聞かせれば、自然に確信が持てるようになる。なぜなら、今やあなたは潜在意識に対して積極的な考えを与え、それを育てているからだ。言い換えれば、潜在意識に対して真理を語っているのだ。やがて潜在意識は、あなたに真理を繰り返し始めるだろう。その真理とは、「イエス・キリストの助けがあれば、打ち勝てないような困難などどこにもない」ということだ。

  (ノーマン・V・ピール『積極的考え方の力』ダイヤモンド社、p.153−155)


 潜在意識から信念が湧いてくるように感じ始めたら、困難だった就活に驚くべき展開が起こるでしょう。

 就活に勝ちたい人は、実行してください。漠然と「就活がうまく行くといいなあ」とかまして「あーあ、どうしてうまく行かないんだろう」と思っていても、実際に勝てるようになる可能性はほとんどゼロです。勝ちたいのなら、毎日、五回必ず繰り返し、強く自分に言い聞かせてください。

 例えば、「コスモスの助けがあるのだから、打ち勝てないような困難などどこにもない!」と。

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就活に勝つメンタル・タフネス 2

2010年06月26日 | メンタル・ヘルス

 直面する事実がどんなに困難で絶望的に見えても、それに立ち向かうとする私たちの心がまえに比べれば、それほど重大な問題ではない。

 その事実に対して何かする前に、すでにあなたの考え方が自分を負かしてしまっているのだ。現実に対応を始める前に、心理的に圧倒されてしまっている。

 反対に、自信のある楽観的な考え方は、事実をまったく変えることも克服することもできるのだ。

  (ノーマン・V・ピール『積極的考え方の力――ポジティブ思考が人生を変える』ダイヤモンド社、p.25−26)


 「できると信じる者が勝つ」(エマーソン)


 就職活動――およびあらゆる人生の活動――に成功する最大のポイントは、まず「できると信じる」ことです。

 そうするとすぐ、「求人状況はきびしいし、自分に自信がないんです。どうしたら信じられるんでしょう?」という質問が出てくるでしょう。

 その「どうしたら」つまりノウハウについても、少しずつ書いていきたいと思っていますが、まず一言コメントをしておくと、どうこうする以前に単純明快に信じ込むのです。

 方法も根拠もあるにはあるのですが、それ以前にまず自分が「信じよう」と思うその決心が大切です。

 「でも……」という人のために、もう一言だけ。

 信じられないのだったら、最初は本心からでなくてもかまわないので、まず「信じたふりをする」「信じたようなつもりになってみる」ことです。

 「ふり」や「つもり」がやがて徐々に本心に変わっていきます。

 数え切れないほどの成功者たちが自分の体験を基に口をそろえて、「できると信じる者が勝つ」と言っています。

 勝ちたいんでしょう? ならば勝った体験者の言葉を信じることです。最初から信じられないのなら、信じたふりをすることから始めてみましょう。

 大丈夫! きみたちならできる!


*すでに一度紹介しましたが、念のため。

積極的考え方の力―ポジティブ思考が人生を変える (Life & business series)
ノーマン・ヴィンセント ピール
ダイヤモンド社

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