崩壊の3つまたは4つの段階1-3 神仏分離について 2

2005年08月21日 | 歴史教育


 私の考えでは、明治政府の神仏分離政策は、日本の千数百年の精神的な伝統を破壊するものであり、本質的な国の精神政策として見れば、状況上やむを得なかったとはいえ大きな失策という面がありました。

 しかしこれは、失策だがやむを得なかった、やむを得なかったが失策だった、という言い換えをするしかないくらいのことだとは思いますが。

 なぜ、失策なのでしょう?

 それは、神・仏・儒の3つの世界観のなかで、論理的な普遍性がもっとも高く、そういう意味で中核的・指導的地位にあるべきなのは仏教だった、と私は考えているからです。

 天皇制神道は『古事記』『日本書紀』的な〈神話〉がベースになっていますから、近代の合理主義に対抗し普遍性を主張できるようなものではなかったと思います。

 やや横道の話ですが、戦前の知識人は、自分が主として学んだ近代合理主義と社会の建前としての天皇制神道(天皇は現人神・あらひとがみであるという〈神話的〉な思想)の大きな矛盾を抱え込まざるをえませんでした。これは、とてもつらい話です。

 また、硬直した儒教は、近代の人権・平等主義の立場からは批判されざるをえないところがあったと思います(儒教には、硬直していない、柔軟で妥当性のある面もあると私は捉えていますが、それもここでのテーマではないので省略します)。

 といっても、確かに仏教についても地獄-極楽といった世界観は神話的なもので、近代的な理性・科学の批判にたえられるものではありません。

 そして、人類の意識の進歩という視点からいうと、仏教にかぎらず神話的な宗教はすべてどうしてもいったん理性的な批判を受けるほかなかったともいえるでしょう。

 しかし、その中核にある縁起-空-慈悲といった概念を中心にした大乗仏教のエッセンスは、理性的な批判にたえられるどころか、現代においても、というより現代においてこそいっそう普遍的・世界的な「理性を含んで超える」妥当性を持つ思想だといっていいでしょう。

 (その中身については授業の後半でやっていきますが、先に学びたい人は、テキスト②岡野守也『唯識と論理療法』(佼成出版社)を読んでください。)

 そういう意味で、神仏儒習合の中核は本来仏教であるべきだったのです。そして、実は仏教を中核とした神仏儒習合こそ、飛鳥時代から江戸時代末まで千数百年にわたる日本の「国のかたち」だったのではないかと思うのです。

 (この点について関心のある人は、岡野守也『聖徳太子『十七条憲法』を読む』(大法輪閣)を読んでみてください)。

 それに、当時の日本の思想状況からすれば、神仏儒習合の心で国民的エネルギーを結集し、しかも理性・科学を十分踏まえて仏教の神話的な部分を払拭し、普遍性のあるエッセンスだけを取り出し、それを核にして神仏儒習合の意味を読み直して、日本人すべてが合意できる新しい精神性に昇華させる……などということは神業に近いことだったでしょう。

 ですから、こういうことは後の世代の「後知恵」としていえるだけのことで、あまりいっても仕方のないことでしょう(「ならば、いうな」といわれそうですが、でもいってみたいんですねぇ)。

 (仏教の普遍的・哲学なエッセンスを取り出すという思想・学問的な作業をしたのが、いわゆる「京都学派」でしょう。代表的には西田幾多郎、田辺元、西谷啓治、久松真一、加えて欧米でよく知られている禅学者鈴木大拙などの名前が思い出されます。)

 しかし、そうした分離-弱体化の始まりにもかかわらず、庶民レベルでは、日本人の心を支えていたものは依然として神仏儒習合の精神性だったと思われます。

 日本の庶民――例えば田舎のおじいちゃんやおばあちゃん――は、「神さま・仏さま・天地自然・ご先祖さま」の上に「天皇陛下」が乗っかっても、まるで矛盾など感じず、「そういうものなんだ」と思いながら、それらを信じ敬いながら、けっこうのどかにやすらかに暮らしていたのです。

 今でも地方では、居間に神棚、仏間に仏壇、そして鴨居の上に天皇皇后両陛下の写真(場合によっては、昭和天皇だけではなく、明治天皇から)が飾ってあるという家がかなり残っているのではないでしょうか。

 それが、戦前の日本人の心や社会の穏やかさ・安定性の基礎になっていたのだと思われます。

 もちろん、「昔はよかった」、戦前がすべてよかったなどといいたいのではありません。何よりも戦争という悲惨な出来事がありました。

 江戸時代ほどではないにしても依然として身分差別はあり、社会全体として貧困が克服されていたとはいえませんでした。医療制度も社会福祉制度もまったく不十分でしたし、思想や信条、表現などは非常に不自由でした。<

 しかし、相当数の80歳以上――すなわち戦前・戦中の日本人の暮らしを大人として体験している世代――の方に、「なるべくよくありがちな『昔はよかった』というふうな美化をしないように、できるだけ正確に思い出していただいて、日本の社会は戦前と今とでは、どちらがよかったと思いますか」という聞き取りをしましたが、貧しかったけれども、社会や家庭の平和さ、人の心のやさしさやまじめさなどの点でいえば、「やっぱり昔のほうがよかったと思う」と答えられた方がほとんどでした。

 ほんとうにそうなのかどうか、みなさんも機会を作って、ぜひ聞き取り調査をしてみてください。


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