詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

こころ(精神)は存在するか(14)

2024-02-20 21:44:20 | こころは存在するか

 和辻哲郎全集8。「風土」のつづき。大事なことは、だれでも、それを繰り返して言う。書く。そして、そのとき、そこには不思議な変化がある。飛躍がある。
 たとえば。

明朗なるギリシャ的自然が彼らの肉体となったとき、彼らはこの隠さない自然から「見る」ことを教わった。(81ページ)

 ここから、こう変わる。

「観る」とはすでに一定しているものを映すことではない。無限に新しいものを見いだしていくことである。(89ページ)

 「見いだしていく」という動詞をつかっているが、この「見いだす」は「創造する」の方が近いだろう。私は「見いだす」を「創造する」と「誤読」して、理解する。
 最初の引用の「肉体」という表現も、私はとても気に入っている。和辻はここでは「身体」とは書かずに「肉体」と書いている。「肉体」で見る。「肉体」で「創造する」。「見いだす」を「創造する」と読み替えるのは、「創造する」の方が多くの「肉体」の部署がかかわると考えるからである。

 179ページには「商業銀行のニオベの娘」に関する美しいことばがある。その特徴を「内なるものを残りなく外にあらわにあらわしている」と要約しているが、これをさらに182ページで、こう言いなおす。

それは外にあらわになるもののほかに内なるものが存せぬことである

 この二つの文章の間にある「飛躍」、目眩を感じるくらいに大きい。はっきりと理解できるが、思わず、「いま、なんて言った? もう一度言って」と言いたくなるくらいだ。そして、「もう一度言って」と言われたら、和辻はきっと言い間違えるだろう。そんなことを感じさせる「飛躍」である。それは「直観」が動かしてしまうことばであり、どうやって動いたかはたぶん和辻にもわからないと思う。つまり、もう一度言いなおせば、また違ったことばになってしまうような、そういう「飛躍」である。
 それはたとえば100メートル走でボイトが世界記録を出したあと、もう一度走って見せてと言われても同じタイムで走れないようなものである。人間の「肉体」が理性だけで動いているわけではない(同じ状態にコントロールできるものではない)のと同じように、「ことばの肉体」もまた理性だけで動いているわけではなく、「肉体」そのもののように、何かコントロールできないものの影響を受けて動いているのである。
 この、私が「肉体」と呼んでいるものを、和辻は「気合い」と呼んでいるかもしれない。「気合い」で「飛躍する」。「気合い」は規則ではない。そして、それは「直覚的に得られた」ものであると、和辻は書いている。
 これは、端折りすぎた、私のためのメモである。この「日記」はメモなのだから、ときどき詳しく書いたり、突然端折ったりする。

 脱線したが。
 先に引用した文章は、さらに、こんなふうに言いなおされる。202ページ。

彼(ポリュクス)の日常寓目する人間の肉体は彼の想像力によって作りなおされ、高められ、類型化され、そうしてたとい現実には存せずとも彼の体験においては溌剌として生きている人間の姿として外に押し出されて来た。

 「想像力によって作りなおされ」は、単なる「修正」ではなく「創造」である。それは「対象」を描写したものではなく、ポリュクスの「肉体」のなかから、ポリュクスの「肉体の外」へと「押し出されて来た」ものなのだ。
 で、この最後の「押し出されて来た」という表現。これが、また、おもしろい。「押し出した」のではなく、「押し出されて/来た」。それは「抑制できない」なにかなのである。想像力には想像力の「肉体」があり、それが自律的に動くのだ。
 和辻のことばは和辻が書いているが、そこにはやはり「押し出されて来た」ことばがあると思う。その感じがあるからこそ、ポリュクスの彫刻を見ても「押し出されて来た」と反応してしまうのだと思う。
 私は大雑把にしか読まないが、もし、ていねいに和辻のつかっている「動詞」を分析していけば、ことばと肉体の関係が、もっとわかるかもしれない。

 

 


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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(81)

2024-02-20 20:37:03 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「青い記憶の歳」。「年」ではなく「歳」なのは、そこに「人間」がいるからである。詩人は思い出している。「ある年」ではなく「あの歳」を。

悲しみである。

 ほかの行は、それぞれに長い。だから、そこに「意味」を見つけ出すことができる。つまり感情移入することができる。感情移入することで、読者は、そのことばを書いた詩人になることができる。
 しかし、この「悲しみである。」という一行は、それができない。
 「悲しみ」は、だれもが知っている感情である。そして、その「悲しみ」にはいろいろなものが含まれている。「悲しみ」だけでは、そのいろいろがわからない。だから感情移入できない。
 ここでは、詩人は読者を拒んでいる。
 詩の中には、いろいろな「悲しみ」につながることばが書かれている。どのことばも「悲しみ」につながる。しかし、その肝心の「悲しみ」は、中心において読者を拒んでいる。それは別の視点から見れば、詩人自身をも拒んでいるのかもしれない。どんなことばにも汚れない純粋な悲しみ。それこそが記憶である、と詩人は言うのだろう。

 

 

 

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Estoy Loco por España(番外篇434)Obra, 川田良樹 Kawada Yoshiki

2024-02-20 13:10:09 | estoy loco por espana

Obra, 川田良樹 Kawada Yoshiki
初雪 primera nevada140×47×33

 Cuando miro esta escultura de Yoshiki Kawata, los desniveles me parecen misteriosos.
 En general, los desniveles dan la impresión de ser duros. Mis manos se asustan cuando toco los desniveles. No es solo sentido táctil. Visualmente debería causar una impresión similar. Los desniveles provocan una sensación áspera, dura e incómoda.
 Sin embargo, en la obra de Kawada ocurre todo lo contrario. Esta escultura tiene un tacto suave y cálido. Me dan ganas de tocarlo. Aunque las obras de Kawada están talladas en madera, la ropa que representa parece como si hubiera vestido cuidadosamente un cuerpo desnudo tallado. Hay una suavidad y calidez que provienen de envolver suavemente el cuerpo por dentro. Los desniveles crean una misteriosa sensación de amabilidad.
 Contrasta con la piel vivaz y suave del rostro, las manos y los pies de un niño pequeño, que observa la primera nevada.

 川田良樹の彫刻を見ていると、凹凸は不思議なものだと思う。
 一般的には、凹凸は硬い印象がある。凹凸のあるものに触れると、手がおびえる。触覚にやさしくない。それは視覚にも同じような印象を引き起こすはずである。ザラザラしている、硬い違和感を引き起こす。
 しかし、川田の作品では逆である。やわらかみ、あたたかみがある。触ってみたくなる。川田の作品は木を彫ったものなのだが、彼の表現している衣服は、まるで彫りあげた裸体にそっと服を着せた感じがする。内部にある肉体を、そっとつつむときの、やわらかさとあたたかさがある。凹凸が、不思議なやさしさを生み出している。
 初雪を見る幼い子供の、顔や手足の肌の張りつめたなめらかさと対照的だ。

コメント (1)
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