平成の30年間では一見すると日本の労働者の労働時間は減少しているが、正社員に限ると年約2000時間で全く減少していない。全体の平均した労働時間が減少しているのは労働時間が一般的に短い非正規労働者を増やしたから。ということは、2000時間も労働していたら(200日働くとして一日10時間)、しかも仕事後、職場で飲みにいくという悪習もあるので、正社員が勉強する時間などない。「飯・風呂・寝る」を繰り返すだけの生活になる。
大学への進学率が低い、大学に入っても勉強しない、大学院生を大事にしない、社会人になったら勉強する時間がない。こうした日本の働き方や社会の仕組みが、日本を低学歴社会化している。この仕組みは製造業の工場モデルにはぴったり。製造業で働く人に求められる特性は素直で我慢強く、協調性があって空気が読めて、上司のいうことをよく聞く人。日本は製造業に過剰適応した社会といえる。ではGAFAやユニコーンはどうなっているかというと、創業者は米国人と留学生など、異なる国籍の組み合わせが非常に多い。つまり、ダイバーシティがあり、かつ高学歴な人たちの組み合わせ。学歴の内容もダブルドクターやダブルマスターが多く、しかも数学と音楽や、物理学と歴史学というように、文理の別を超えて好きなことを極めている人が目立つ。こういう人たちがワイワイガヤガヤ議論していくなかで新しいアイデアが生まれ、それが実行に移されてユニコーンが誕生する。あるいはアップルの創業者スティーブ・ジョブズのように大学を中退してヒッピーだったような、強烈な個性を持った人がGAFAをつくっている。これに対して日本の企業社会では、素直で我慢強く協調性があって空気が読めて上司のいうことをよく聞く人を喜んで採用する。こうした社員を5人集めて「面白いアイデアを出せ」といっても無理。野球からサッカーにゲームが変わったのに毎晩バットを持って素振りを続けているようなもの。本人たちは一所懸命努力をしているつもりでも、ゲームに勝てるはずがない、と筆者は締めくくる。
「全くその通り」と認めざるを得ない。しかし「アウトロー」的な人間を日本社会は認めない。多少「ハレーション」を感じさせる人間のほうが、話して面白いこともある。美大の学生や、演劇や映像を専攻した人のほうが人間的には魅力がある。進学校などでは
「アウトロー」とか「ハレーション」などとは無縁の世界。学校の成績のいい人は、勉強に関しての常識はあるが、世を渡る常識や新しい考えに欠ける気合がある。これではこの筆者が言うユニコーンにはなれない。日本の現在の「詰め込み・暗記」教育では、いかに在学中の成績が良くても先は知れている。
そのいい例が、日本に製薬会社は数多くあろうとも、コロナのワクチンは作れなかった。アメリカでは絆創膏で有名なバンドエイドまで作った。日本の「詰め込み・暗記」教育の限界がこれだ。
「詰め込み・暗記」教育が本領を発揮できる分野は、テレビのクイズ番組ぐらいではなかろうか。
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