臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(7月12日掲載・其のⅡ・決定版)

2011年07月16日 | 今週の朝日歌壇から
[佐佐木幸綱選]


○  沢蟹を放流すればそれぞれに石を選びて身を隠しけり  (可児市) 豊田正己

「沢蟹たちの素早い動きを表現しつつ、初夏の清流が読める歌に仕上げた」との選評である。
 選者・佐佐木幸綱氏の評言中の前半部は、選評の為に許された104字という限られたスペースの中から17字分のスペースを費やして取り立てて指摘する程の内容とは思われませんが、その内容には不明な点も矛盾点もありません。
 しかし、「初夏の清流が読める歌に仕上げた」という後半部と併せて読むとき、其処にいささかならぬ疑問を感じるのである。
 本作は一首全体の表現を通して、「初夏の清流」の雰囲気が私たち読者にも解るように仕立て上げられていることは事実である。
 しかし、そのことは、選者の佐佐木幸綱氏からわざわざ「初夏の清流が読める歌に仕上げた」と言われてから初めて気付く程の鈍感な鑑賞者は居ないと思われるし、また、山成す投稿葉書の中からわずか十枚を選び、その十首の短歌の中の二首か三首についてしか加えない選評として述べるべき言葉とは到底思われません。
 と言う事は、結局のところ、本作についての佐佐木幸綱氏のご選評、即ち「沢蟹たちの素早い動きを表現しつつ、初夏の清流が読める歌に仕上げた」の一文の全てが、必要の無い文章と思われるのである。
 短歌の解釈はさまざまでありましょうが、本作の作者・豊田正己さんのお気持ちとすれば、佐佐木幸綱氏の選評にあるような事と共に、「沢蟹」たちの素早く的確な動きに、教訓的な、或いは風刺的な何かを感じていて、その何かの感得を私たち読者に期待しているのではないでしょうか?
 北東北地方の教訓的な方言として「がにこらだけ」という言葉が在る。
 その意味は、「沢蟹は自分が背負っている甲羅の大きさと同じ程度の振る舞いしか出来ない」とか「沢蟹は自分が背負っている甲羅の大きさと同じ程度の知恵しか持っていない」といったものであり、第三者の為した振る舞いや配慮などに不満を感じた場合、「がにこらだけだべた=蟹の甲羅だけのことでしょう。だから、それ以上のことは期待しないようにしましょう」などと、不満を感じた者同士が慰め合って、諦めなければならないという思いを確認し合うのである。
 ところで、私が縷々説明した「がにこらだけ」という言葉の意味と、本作中の「沢蟹」の示した行為とは、関わりが在るような無いような関係になっているのであり、本作の作者・豊田正己さんとしては、「沢蟹」たちがとっさに示した「がにこらだけ」の行為から、自分たち人間の処世方法にも通じる何かを感じたのでありましょう。
 〔返〕  沢蟹は“がにこらだけ”の振る舞いで石を選んで其の身を隠す   鳥羽省三
      沢蟹の“がにこらだけ”の振る舞いに選者は何を感じただろう


○  田の蛙狙って蛇が寄って来てその蛇狙い猪も来る  (西海市) 前田一揆

 「レイチェル・カーソンの古典的な名著『沈黙の春』が言う生命の連鎖を思い出させる」との選評である。
 選評中の「レイチェル・カーソン」及び、その著『沈黙の春』についての『ウィキペディア』の記事を、関係者に無断で、以下に転載させていただきます。

 「レイチェル・ルイーズ・カーソン(Rachel Louise Carson, 1907年5月27日 - 1964年4月14日)は、アメリカ合衆国のペンシルベニア州に生まれ、1960年代に環境問題を告発した生物学者。アメリカ内務省魚類野生生物局の水産生物学者として自然科学を研究した。農薬で利用されている化学物質の危険性を取り上げた著書『沈黙の春』(Silent Spring)は、アメリカにおいて半年間で50万部も売り上げ、後のアースディや1972年の国連人間環境会議のきっかけとなり、人類史上において、環境問題そのものに人々の目を向けさせ、環境保護運動の嚆矢となった。」

 選者の佐佐木幸綱氏をして、「レイチェル・カーソンの古典的な名著『沈黙の春』が言う生命の連鎖を思い出させる」と言わしめた、前田一揆さんによるこの作品こそは、まさしく、“レイチェル・カーソン”が言うところの「センス・オブ・ワンダー」即ち「神秘さや不思議さに目を見はる感性」の然らしむるところでありましょうか?
 とまで、口を滑らせてしまえば、それは誉め過ぎというものでありましょう。
 と言うことは、本作の短評として、選者が「レイチェル・カーソンの古典的な名著『沈黙の春』」を持ち出したのに対して、私は少なからぬ疑問を感じているのである。
 〔返〕  “センス・オブ・ワンダー”をもてわたくしはミスター・ササキの選評を読む   鳥羽省三 
 

○  トロ箱に三角の耳のぞかせて子猫が眠る潮騒の町  (ひたちなか市) 猪狩直子

 「トロ箱」にイワシでも入ったいるかと思って入ってみたのであるが、何も入っていないことを知り、そのうちに眠りこけてしまったのでありましょうか?
 だとすれば、野良猫の世界とは実に暢気なものであり、例えて言えば、三人集まれば所構わずに「みやこのせいほーく」と歌い出す輩の世界のようなものでありましょうか?
 いずれ、上方の猫捕獲業者に捕まえられて、三味線の皮にされる運命が待っているのでありましょうが。
 〔返〕  トロ箱に八本の足絡ませて蛸が蠢く明石の市場   鳥羽省三


○  蓮の葉の浮かぶ水面に幽かなる波立て跳ねる水黽(あめんぼう)の群  (町田市) 高梨守道

 「蓮の葉の浮かぶ水面に幽かなる波立て跳ねる」と、観察が極めて細かいところが買われたのでありましょう。
 それとは別に、「あめんぼう」とは、通常、「水馬」と書くことから推測すると、漢和辞典にしか出て来ない「黽」という漢字に対する興味もあったのでしょう。
 〔返〕  僕らみな生きているから跳ねるんだ水黽だってテニスボールだって   鳥羽省三


○  海峡を知らぬ蝶々一反の植田をこえて畦にやすみぬ  (高槻市) 奥本健一

 今更、事改めて申し上げる必要の無いことでありましょうが、詩人・安西冬衛氏に 『春』というタイトルの詩が有り、その内容は「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」というだけのことである。
 私は、本作を安西冬衛の一行詩『春』へのお饅頭(オマージュ)として読ませていただきました。
 〔返〕  越境を警戒してか板門店南も北も監視厳重   鳥羽省三


○  桑の木を探す男の子は三年生生命(いのち)預かる蚕当番  (逗子市) 荒木陽一郎

 その昔、神奈川県の西部の山寄りの集落では養蚕が盛んに行われていたということですから、その名残りとしての「桑の木」が、今でも原野や畑の隅辺りに生えているのでありましょう。
 一匹の「蚕」の重さは一グラム程度のものでありましょうが、それでも、一匹一匹に「生命」という尊いものが備わって居りますから、その尊い「生命」を守る「蚕当番」の果たすべき役割は重大なのである。
 本作に接して、私は、「今から数十年前、夏休みになって飼育当番の児童が登校しなくなったのに困り果て、校長先生から命じられて鶏の餌遣りをしていた教頭先生が、校舎内の空き地に穴を掘り、飼育中の鶏を全部、その穴に埋めて殺してしまった」というニュースを思い出してしまいました。
 最近の頭のいい教頭先生たちは、そんな馬鹿げたことを遣らないのでありましょうか?

 〔返〕  桑の葉に堆積したる有害な放射物質怖くは無いか?   鳥羽省三
 足柄山の茶葉に福島第一原発の原子炉から放出された放射性物質が堆積しているということですから、逗子市の「桑」の葉にも堆積していない、という保証はありません。


○  チェーンソーを止めれば遥か聞こえくる入牧すらん牛の鳴き声  (三次市) 佐藤昌樹

 「チェーンソーを止めれば遥か聞こえくる」から直接に「牛の鳴き声」に繋がるのでは無くて、その間に、「入牧すらん」という一般的には意味の解らない語句が介在しておりますから、一工夫が必要かと思います。
 「入牧」とは、「ある特定の場所を選び、その地に於いて牧畜業を営む」という意味でありましょうが、其処まで理解が届いている人は少ないと思いますよ。
 〔返〕  エンジンを止めればかすかに聞こえ来るボランティの声牛の鳴き声   鳥羽省三


○  ボランティア初心者我が受け持つは田中さんちの庭の礫(いし)とり  (岩手県) 田浦 将

 「ボランティアは、ただでさえ少ない現地の食べ物を食べ、大便や小便を排出し放題に排出するから、復興の妨げになるだけのことである」との報道も為されて居りますから、何卒、ご注意の程を。
 〔返〕  ボランティア・ベテランたちの心掛け不浄処理に専念すること   鳥羽省三
 

○  万緑の源氏物語ミュージアムまだ恋知らぬ二人子連れて  (富山市) 松田由紀子

 作中の「源氏物語ミュージアム」とは、「京都府宇治市に在る、『源氏物語』の幻の写本として知られる『大沢本』など『源氏物語』に関する資料の収集や保管などを行い、一般向けに展示し公開している市立の博物館」である。
 同館は、1998年に開館されたのであるが、 開館10周年に当たる2008年の9月にリニューアルが為され、国文学専攻の学生を初めとして大勢の見学客を集めている、宇治市観光の目玉施設的な存在である。
 「源氏物語ミュージアム」の在る京都府宇治市と言えば、『源氏物語』の主人公・光源氏が亡くなった後に、その子孫たちによって繰り広げられる実らぬ恋絵巻、即ち『宇治十帖』の舞台となった所である。
 その『宇治十帖』のヒロインは、光源氏の弟であり、宇治に隠棲してひたすら仏道に努める“八の宮”の三人の娘たちである。
 本作の作者・松田由紀子さんは、「万緑の源氏物語ミュージアム」に「まだ恋」を「知らぬ二人」の「子」を「連れて」お出掛けになられたのでありましょうが、その「二人子」中の一人の長女・梨子さんを、“宇治の八の宮”の三人の娘たちの中の長女・大君に、次女のわこさんを、三女の浮舟に擬えていらっしゃるのでありましょうか?
 それかあらぬか、浮舟に擬えられるべき次女のわこさんは、施設内のレストランで食べた、「ガイドブックとおんなじ抹茶パフェ」の美味しさに驚喜し、「京都を食べた上から順に」と、お母さんも顔負けの作品をお詠みになって居られるのである。
 〔返〕  幸多き一世歩めと祈りつつ二人子連れて宇治へと参る   鳥羽省三  
 

○  大地震の余震もややに遠のけりやっと戻りぬ老いの日常  (高萩市) 田中 江

 「大地震の余震もややに遠のけり」という措辞中の、「ややに」という副詞の意味する内容に留意しなければならない。
 即ち、「余震」は未だ続いているのであり、それでも尚且つ、本作の作者・田中江さんは、「老いの日常」が「戻りぬ」と思っていらっしゃるのである。
 〔返〕  この頃は余震は少し遠のくも尚且つ絶えぬ地震の短歌   鳥羽省三

今週の朝日歌壇から(7月12日掲載・其のⅠ・決定版)

2011年07月15日 | 今週の朝日歌壇から
[馬場あき子選]


○  面接はまた落ちたよと子は言えりこの世の終わり見てきたように  (ひたちなか市) 猪狩直子

 「面接はまた落ちたよ」との、我が「子」の他所事のような、投げ遣りな、ふて腐れたような言い方に対しての、「この世の終わり見てきたように」という作者の反応ぶりは、かなりオーバーなもののようにも思われます。
 しかし、「面接」試験に度々「落ち」て落胆している我が「子」の気持ちの逐一を知っている母親としたら、あながちオーバーとも言えないような反応なのかも知れませんし、また、本作の内容をそのような深刻なものとして捉えずに、大人らしいユーモアのある作品として鑑賞しても宜しいでしょう。
 そうした事柄とは別に、母親としての作者・猪狩直子さんの気持ちの底に在るのは、「我が『子』が本当の『この世の終わり』を見るのはこれからなのに」といった事なのかも知れません。
 〔返〕  「面接は顔が悪いと落とされる」とまでは言わずに黙り込む子よ   鳥羽省三
      「面接にまた落ちたよ」と子が言えば地獄の底に堕ちた気持ちだ


○  被災地の復興にと買ふ桜桃の甘酸っぱさの切なかりけり  (新潟市) 岩田 桂

 「福島産の『桜桃』は山形産の“さくらんぼ”と違ってあまり美味しくは無いだろうが、この際は被災者の方々を支援する為だから食べてみようか」などという、やや上から目線的な気持ちの存在が、「甘酸っぱさの切なかりけり」という気持ちに浸らせるのかも知れません。
 〔返〕  “桜桃”は福島産を指して言い山形産は“さくらんぼ”かも   鳥羽省三


○  美しき国に生まれてあはれなり線量計を持たされる子ら  (福島市) 美原凍子

 本作の作者の頭の中では、未だに、「うつくしまふくしま」という福島県のホームページに掲げられている駄洒落めいたコピーが明滅しているのでありましょう。
 〔返〕  原発を容認している知事選び今更被害者でもないだろう   鳥羽省三


○  フクシマをいっ時忘れたく来たる茂吉記念館昼を鎮もる  (下野市) 若島安子

 要するに、メルトダウン騒ぎのあおりを食らって、福島県の隣りの山形県にも観光客が来なくなってしまったのである。
 しかも、本作の作者・若島安子さんの居住地は福島県では無く、群馬県なのであるから、話は益々複雑になるのである。
 つまり、本作は、作者の文学的な意図に反して、「強欲で利権塗れの保守政治家に支配されたある特定の県が、莫大な交付金や税制上の優遇措置や見返りとして建設されるはずの箱物や道路整備に目を晦ませた結果として必然的に発生した原発事故の影響が、その隣りの県や周辺の県にまで及んでいる」ことを証明しているとも言えましょう。
 〔返〕  川崎の放射線値の異常なる高さが気になるこの頃である   鳥羽省三  

○  ガイドブックとおんなじ抹茶パフェがきて京都を食べた上から順に  (富山市) 松田わこ

 「おんなじ抹茶パフェがきて」「京都を食べた上から順に」などという、いかにもお子様らしい言葉遣いながら、その実は、大人顔負けの創作意図と韻律への配慮が窺われる傑作である。
 そこで、本作の作者の松田わこさんに、一つ質問があります。
 「京都」の「ガイドブック」に載っている「抹茶パフェ」には、“生八橋”も乗っかっていたかと思いますが、“生八橋”は「上」から何番目くらいに何枚乗っかっていましたか?
 〔返〕  「いもぼうは乗っていたか?」とパパは言う そんな冗談言うパパが好き
   鳥羽省三
      「生八橋何番目か」と鳥羽は言う 悪い冗談言う鳥羽嫌い


○  農継ぎて悩める甥はもだふかく波止に竿振る初夏のひとひを  (宗像市) 巻 桔梗

 「もだふかく」及び「ひとひを」との“ひらがな表記”には、作者からの読者への格別なる配慮が窺われますが、「沈黙の度合いが深く」或いは「深く黙り込み」といった意味の「もだふかく」は、あくまでも「黙深く」と漢字表記をしてこそ意味を持つものであると判断される。
 また「(初夏の)一日(を)」とあったら、読者のほとんどは「(初夏の)ひとひ(を)」と読むものと思われます。
 それらの点については、作者の巻桔梗さんとしては、いかがお考えになられるのでありましょうか?
 それともう一つ、これは全くの冗談ですが、「農継ぎて悩める甥」がものも言わずに「竿振る」という、その「竿振る」ことについて、怠け者の「甥」が「竿振る」ことだけを熱心にやる、つまりは、怠け者のくせに“女性漁り”だけは熱心にやる、などと故意に曲解して、いつも乍らの傑作の鑑賞を楽しませていただきました。
 〔返〕  農継ぐも能無き甥はよもすがら何処で竿振る悩ましき竿   鳥羽省三 


○  「上を向いて歩こう」は聴きたくないと言うひとりぼっちとなれる被災者  (和泉市) 長尾幹也

 『上を向いて歩こう』嫌いの変わり者が、私以外にも居て、長尾幹也さんの作品にも登場したことを知って、私は密かに微笑んで居ります。
 いずれ必ず行かなければならない道とは思いますが、高齢者介護施設などで、入所している高齢者の方が食堂などに集められて、介護師さんにリードされて、「うえおむーいてー、あーるこーおよー。なみーだがーこぼれーないよーおに」などと、歌っているのか、歌わせられているのか、判らないないような様子をしているのを目にすると、私はひとりでに涙が零れて来て、「いくらなんでも、こんな無様な身の上にだけはなりたくない」などと不遜なことを考えたものでした。
 そんな事を思いながら、私が高齢者介護施設に見舞いに訪れていたのは、今から四年ほど前のことで、その施設に入所していた連れ合いの母親も、今では亡き人の数に数えられて居ります。

 〔返〕 上ばかり向いてる人が多いから世の中うまく行かない早稲田  鳥羽省三
 「わけだ」が「早稲田」になってしまいましたが、あの斎藤佑樹が、顔見せバンダとしてオールスターに選出されたのにはびっくりするやら、憤慨するやら。
 その“腹いせ”とでもご解釈下さい。


○  梅雨のまの光さすときえごの木はおのれの影にその花散らす  (ひたちなか市) 篠原克彦

 「梅雨のまの光」は「梅雨の間の光」と、「光さすときえごの木」は「光さす時えごの木」はするべきでありましょうか?
 「『時』などの形式名詞は“ひらがな”で表記した方がよい」とのその筋からの指導も在りましょうが、この場合は、それに拘る必要は無いかと思います。
 作者の方としては、いかがでありましょうか?
 〔返〕  つゆのまにひかりさしつつきへてゆくおのれのかげにはなをたむけむ   鳥羽省三


○  空も鬱にんげんも鬱鳥も欝雨にあじさいだけが元気だ  (城陽市) 山仲 勉

 「雨にあじさいだけが元気だ」という下句の意味が不明瞭である。
 「激しく降る雨と、美しく咲くあじさいだけが元気だ」という意味でありましょうか?
 それとも、「激しく降る雨の中で美しく咲くあじさいだけが元気だ」という意味でありましょうか?
 〔返〕  鬱自慢も馬鹿の一つか何もかも鬱のせいにし気働きせず   鳥羽省三


○  沢蟹を放流すればそれぞれに石を選びて身を隠しけり  (可児市) 豊田正己

 風刺や教訓に富んだ佳作である。
 “佐佐木幸綱選”の首席にも採られて居りますから、以下、“佐佐木幸綱選”の記事をご参照下さい。
 〔返〕  身の程も知らざる宰相続き居て国民我等迷惑至極   鳥羽省三

一首を切り裂く(009:寒・其のⅣ・訂正版)

2011年07月14日 | 題詠blog短歌
(今泉洋子)
○  寒林檎食めばさくさく白秋の恋人に降りしきる朝の雪

 今更申し上げるまでも無く、北原白秋の名作「君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとく降れ」を下敷きにしてお詠みになられた作品である。
 歌人・北原白秋と申せば、結社「コスモス短歌会」の創設者・故宮柊二先生のお師匠様であり、本作の作者・今泉洋子さんとも何かの縁で繋がるお方でありましょう。
 その尊いお方の格調高き御作品を下敷きにして、かくも韻律に欠けた作品をお詠みになられるとは、なんと言う無情な仕打ちでございましょうか?
 それに加えて、真夏の今になってから、「寒林檎噛めばさくさく」も“ぼそぼそ”も無いではありませんか?
 佐賀県の方は、出盛りの佐賀産苺「さがほのか」乃至は「べにほっぺ」、或いは、同じく出盛りの「佐賀みかん」を噛んで居れば(“いれば”と入力して変換ボタンを押したら、“入れ歯”と変換されました。これも何かのご縁でございましょうか?)宜しいのである。
 佐賀県産のミカンやイチゴを噛んでいる分に於いては、青森県産のリンゴを齧っている場合とは異なり、韻律を欠いたり入れ歯を欠いたりする心配は金輪際ありませんよ。

 〔返〕  紅ほっぺさくさく食べなきゃ良かったよ入れ歯の峰に種が刺さった   鳥羽省三
      佐賀みかんさくさく食べなきゃ良かったよ虫歯に当たってとても酸っぱい
      黄身返す白身頂戴取りこっこ朝の食卓卵が一個
 この程度には、韻律を考えてやって下さい。
 黄身にも白身にも酸味も苦味も在りません。
 ただ甘い一方だけのことであります。
 

(のわ)
○  いつまでもこの学年でいたいのに桜の芽吹きは寒風に立つ

 通常ならば、一日も早く、一秒でも速くと、待ち焦がれているはずの「桜の芽吹き」を、本作の作者・のわさんは、待ち焦がれることも無く、「この『桜』が咲く頃には、この学年が解体されて、新しい学年に放り込まれてしまうんだな。
そうなると仲良し友達も居なくなって、私は意地の悪い女たちに苛めの標的にされてしまんんだな。ああ、嫌だ。春なんて来なければいいのに」との強迫観念に囚われて、「寒風に立つ」「桜の芽吹き」を見つめているのでありましょう。
 だとしたら、そんな引っ込み思案の女子学生は、就活戦線の勝利者にはなれません。
 〔返〕  学生を新状況に投棄して成長促す試みも在り      鳥羽省三
      尼寺に行け尼寺に。尼寺にさえボスが居て君を苛める。  


(逢)
○  「おかえり」が返ってこないだけなのにこんなに寒いのはなぜだろう

 別れてしまったら、誰も玄関に迎えに出ないに決まっているではありませんか!
 それを今更、「『おかえり』が返ってこないだけなのにこんなに寒いのはなぜだろう」などと、思い切りの悪い寝言を言うとは何事ですか?
 〔返〕 「おかえり」が返って来るのと来ないのとこんなに違うと思わなかった   鳥羽省三


(南葦太)
○  惚れたなら季節外れの寒さにも「しあわせだ」って天に嘯け

 これは亦、法外なことを言う葦太さんであることよ。
 ごく普通の常識と知性を備えた者ならば、例え「惚れた」としても、「季節外れの寒さ」の中で、「『しあわせだ』って天」に向って「嘯」くことなんかありませんよ。
 そんな法外なことを仰るのは、「惚れ」られたことの無い人間に決まっています。
 〔返〕  惚れたとて季節外れの極寒に「しあわせだ」って嘯くものかい!   鳥羽省三


(伊倉ほたる)
○  暗闇を歩けば梅が手招いて寒い夜には月が明るい

 勅撰集時代の“歌合せ”に「闇夜の梅」という席題が出題されることは当時の常識であり、その代表的な名歌としての凡河内躬恒作の「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」(『古今和歌集』所収)という和歌については、現代社会の歌人ならば何方でもご存じのはずのことでありましょう。
 本作の作者・伊倉ほたるさんが、その事をご存じであったかどうかについては、評者の関知するところでありませんが、彼女は、その“歌合せ”の行われた勅撰集時代にタイムスリップして、「闇夜の梅」という席題にチャレンジなさろうとして居られるのでありましょうか?
 本作の表現について一言ならず申し上げますと、三十一音という限られたスタイルの中では、通常、「暗闇」という非効率的な言葉は用いません。
 何故ならば、「闇」という言葉は「暗(い)」状態を指していう言葉であるから、殊更に音数を費やして「暗闇」という言葉を使う必要が無いからである。
 また、「暗闇を歩けば梅が手招いて」までの表現の意図は、手垢に塗れた古風な言い方ながらも、言わんとするところが何方にでも理解されましょうが、その後の「寒い夜には月が明るい」という語句との繋がりが、今一つ解らないのである。
 「寒い夜」であれ、寒くない「夜」であれ、「月」が「明るい」状態で出ていたら、「明るい」ことに決まっておりますから、「暗闇」ということは、本質的には有り得ないことなのである。
 そんなことはどうでも宜しいが、本作の如き題材は、天性の現代歌人たる伊倉ほたるさんが、云々するべきような題材とは思われません。
 その点についての作者のお気持ちはいかがでありましょうか?
 詠むも愚か、言うも愚かな駄作ではありますが、あまりにも貶しますと、後々に差し障りがありますから、たった一言だけですが褒めておきましょう。
 「暗闇を歩けば梅が手招いて」という上句との繋がりは別をすれば、「寒い夜には月が明るい」という下句の、時間と空間の捉え方及びその表現はなかなか若々しくて宜しい。
 〔返〕  梅の香に惹かれて歩む京の路地寒い夜だが月は明るい   鳥羽省三  


(小夜こなた)
○  規格外の毛布の支援はねつけて寒さに震える民を見殺し

 避難生活と言えば「毛布」と言わんばかりに、あまりにも多くの「毛布」が被災地に集まり過ぎたのであり、「規格外の毛布」だからと言って、せっかくの志を行政機関が「はねつけ」たのでありません。
 また、被災地では、仮設住宅の供給過剰が叫ばれても居ります。
 我が国の行政が、「寒さに震える民を見殺し」にするようなことは決してありません。
 〔返〕  小夜こなた以来気重になりまして当り散らしてばかり居ります   鳥羽省三


(蜂田 聞)
○  かの地では寒波を祈っていたらしい「おみわたり」とう信仰がある

 作中の「かの地」とは、長野県の諏訪湖周辺の市町村、即ち“長野県岡谷市”か“諏訪市“か“上諏訪町”を指していうのでありましょう。
 信州最大の湖である諏訪湖は、毎年冬になると全面凍結します。
 しかし、その凍結の度合いは年によって大きく異なりますが、氷の厚さが10センチメートル以上になり、零下10℃程度の冷え込みが数日続くと、湖面の氷が大音響を上げて罅割れして氷の道のようにして盛り上がります。
 これを、地元の人々は「おみわたり(御神渡り)」と言い、諏訪大社上社の男神が下社の女神の元へと渡る恋の道行きであるとして信仰の対象としております。
 ところで、その「おみわたり」は、最近では、地球の温暖化のせいで起きない年が多くなって居りますので、本作の表現「かの地では寒波を祈っていたらしい」とは、「おみわたり」が見られなくなるのを危惧した地元の人々の心境を述べたものでありましょうか?
 〔返〕  「御神渡り」天然自然の現象で神の仕業であるはずが無い   鳥羽省三


(陸王)
○  寒空のデッキで小さくなってゆくきみの機影と過去を見ていた

 一首の意は、「『寒空』の成田空港の『デッキ』に座り、自分を捨ててヨーロッパの地に飛び立って行く『きみ』を乗せたジャンボジェットの『機影』が『小さくなってゆく』様子を、自分たち二人の『過去』の思い出と重ねて『見ていた』」、というのでありましょう。
 詰まるところは、本作の話者(≠作者)は、捨てられたのでありましょう。
 〔返〕  寒空のデッキは固く我を捨て彼の地に飛び立つ女も冷たい   鳥羽省三


(佐藤紀子)
○  あかはだかにされて因幡の白ウサギ蒲の穂綿に寒さをしのぐ

 大国主命の事績に纏わる出雲神話に取材した作品であるが、作者の佐藤紀子さんにとっては、本題の「寒」とは別に、副題の「ウサギ」をも、この一首に読み込まなければならないのでありますから、本作は本題と副題とをよく生かした傑作と言えましょう。
 〔返〕 赤裸々に暴き出されて脱力し詠歌を止めし人もありなむ   鳥羽省三


(飫肥正)
○  寒稽古などの殊勝さ持たざれど電気あんかで暖をとるなり

 と言うことは、「電気あんかで暖をとる」という行為も、「寒稽古など」に参加するほどには「殊勝」な行為ではないが、少しぐらいは「殊勝」な行為ということになりましょう。
 理屈にも合わないことを面白可笑しくさらりと詠み流したものである。
 お「題」の「寒」をよく生かした、傑作中の傑作と言えましょう。
 〔返〕  寒修業ほどには冷たくないけれど湯たんぽ抱いて眠りに就きます   鳥羽省三


(ミウラウミ)
○  処刑待つ牛蒡のように寒々と立ちつくしてる 通信簿くる

 いま時、「通信簿」を名乗る学習成績通知表が、我が国の教育機関に存在しましょうか?
 仮に存在したとしても、「通信簿」の「くる」のが、そんなに怖いことがありましょうか?
 それはそれとして、学年末の「通信簿」が「くる」ことの怖さを、「処刑」を待つことの怖さに比較している表現は見事であり、しかも、その「処刑」を「待つ」者が人間の死刑囚では無く、“きんぴら”にされる「牛蒡」であるとは、真に以って驚き呆れるような表現である。
 〔返〕  よそんちのかかあが作った食べ物を食わせられる日の辛さみたいか?   鳥羽省三


(鳥羽省三)
○  咎池にさざなみ騒ぐ昏刻をぶるると震ふ寒天の皺

 本当の事を申せば、固まってしまった「寒天」が「ぶるると震ふ」ことも、「皺」寄ることも在りませんし、我が国に「咎池」という名の池は在りません。
 しかしながら、かつて私は、長野県の栂池(つがいけ)近くのスキー場の旅館に宿泊したことがあり、その夜の食事のおかずの一つとしてお膳に並んでいた緑色した「寒天」が、まるで固めている最中に“震度5強”の地震に見舞われて「ぶるる」と震えたかのような「皺」寄った「寒天」であったことを思い出し、この際、敢えて、「栂池」の「栂(つが)」を罪咎の「咎(とが)」と読み替えて、一首の制作に及んだ次第でありました。
 〔返〕  栂池の栂に刺されて傷を負いスキーもせずに入院してた   鳥羽省三

一首を切り裂く(009:寒・其のⅢ・決定版)

2011年07月13日 | 題詠blog短歌
(黒崎聡美)
○  首もとに寒さはあつまりもうきみの言葉は遠い 日付がかわる

 冷水に首元まで浸かった場合は、足の爪先から徐々に感覚を失い、それが上半身に及ぶと「首もとに寒さ」感覚が集中し、やがて失神し、心臓が停止してしまうのである。
 本作の登場人物たる男女は、こうした状態に置かれて一夜を過ごしたものでありましょうが、「きみの言葉」が「遠い」と感じられ、「日付がかわる」のを確認した後の彼らの消息は、本作の作者・黒崎聡美以外の何方も知りません。
 〔返〕  襟元に男の視線が集中し浴衣着て見る隅田の花火   鳥羽省三


(さくらこ)
○  寒すぎる冬に出逢って暑すぎる夏に結ばれる予定ですけど?

 「寒すぎる冬」を脱して間も無くの三月に、大きな地震に見舞われたりすることもありますから、なかなか「予定」通りには行かないものです。
 〔返〕  葉桜の頃より幾分着痩せしてさくらこさんはバージンロード   鳥羽省三  


(音波)
○  まっすぐな寒暖計はいつ見ても少し日陰に眠りつつある

 そう言われてみますと、なんだかそのような気も致します。
 それにしても、「まっすぐな寒暖計」という捉え方の素晴らしさよ。
 「寒暖計」は「まっすぐな」板に「まっすぐな」棒状のガラスの管で出来ていますから、改めて「寒暖計」は「まっすぐ」だ、などとは考えてもみませんでした。
 本作は、結社・コスモス短歌会の幹部の某氏の謂うところの“認識の歌”の傑作でありましょう。
 〔返〕  この頃はデジタルタイプも在りまして寒暖計は丸い場合も   鳥羽省三


(砺波湊)
○  教室の隅には目盛りの消えかけた寒暖計が棲みついている

 本作も亦、「寒暖計」についての観察の行き届いた傑作である。
 「寒暖計」という物は、本当に、「目盛りの消えかけた」状態で「教室の隅」に「棲みついて」いたり、「いつみても少し日陰に眠りつつある」といったような存在なのである。
 〔返〕  破れたる黒板消しと寒暖計明くればダムに沈める校舎   鳥羽省三


(雑食)
○  寒さとはこういうことか君の手の目の唇のぬくもり消えて

 雑食系は、温度感覚に優れているものと思われますが、それは、触覚のみならず、五感の全てを駆使しての知覚でありましょうか?
 彼女の「手」の「寒さ」は、自分の「手」で触って知覚し、彼女の「目」の「寒さ」は、自分の「目」で見て知覚し、彼女の「唇」から「ぬくもり」が「消え」ことは、自分の「唇」で以って触れて知覚したのでありましょう。
 それにしても、そんなにまでした挙句に、「寒さとはこういうことか」と納得するとは、雑食さんは、鈍感と言えば、すごい鈍感と言えましょう。
 〔返〕  暑さとはこういうことか熱中症死亡者数は昨日で百人   鳥羽省三


(只野ハル)
○  夜具の中寒いとひとり呟いて痩せた躰を確かめてみる

 年齢の増加と共に身体の衰えをご自覚なさる機会は度々ありますが、一人寝の真夜中に薄い「夜具の中」で、ご自身の「痩せた躯」を改めて「確かめてみる」場合の深刻さなどは、余人の知るところでは無いかと思われます。
 〔返〕  抱かれて「痩せたね、きみ」と言はれしも今は独り身冷たき寝床   鳥羽省三
      吾(あ)を抱きしあの太き腕今はどの女の躰を抱いてるならむ


(A.I)
○  上質な葛粉を少し買ひ足さむ寒の戻りの花まつりかな

 「寒の戻りの花まつり」に備える為に、「上質な葛粉を少し買ひ足さむ」とのことでありますが、「上質な葛粉」と言えば、今では吉野産の「葛粉」に限られ、その価格の高さは並々ではありません。
 ものは相談ですが、「花まつり」にお釈迦様にお供えするお団子をお作りになる場合の粉は、何も「葛粉」だけとは限りません。
 北海道産の馬鈴薯から抽出した“片栗粉”、或いは青森産の屑米を電動臼で叩いて作った“上新粉”で充分間に合いますし、なんでしたら、業務センターで一キログラム入り二百円足らずで買える、薄力粉でも充分に間に合いますよ。
 お供えした後で、どうせ捨ててしまうものですからね。
 〔返〕  強力粉一キログラム入り百六十八円也でピザも焼けるよ   鳥羽省三


(水絵)
○  幼き日雛(ひいな)のお重いろどりは ちらし、りんまん、赤き寒天

 雛祭りの日に雛壇にお供えしたり、お友達を呼んでご馳走したりする時の「お
重のいろどり」としての「ちらし」や「赤き寒天」についてはよく解りましたが、「りんまん」については、“手作りの菓子”には違いないとは思うのですが、それ以上のことについては解りませんでした。
 そこで、インターネットで検索したところ、「『りんまん』は、四国松山のひな祭り用郷土菓子。3月3日の上巳の節句にひな壇に供える菓子類は、千代結び・束ねわらび・桃の花など。それも食べるのではなく見るだけに作られたお菓子もあるそうです」とありましたので、無断転載させていただきました。
 カラー写真入りの記事も在りましたが、「りんまん」という名称を別にすれば、日本全国どこの地方の雛祭りに於いても作られるに違いない彩り豊かな饅頭のように思われます。
 〔返〕  水絵とは“きいち”の塗り絵の女の子可愛いお口でりんまん食べる   鳥羽省三

一首を切り裂く(009:寒・其のⅡ・決定版)

2011年07月12日 | 題詠blog短歌
(ほきいぬ)
○  ちょっとした口実にしたいだけだからここまで寒くなくたっていい

 何かをする為の「口実」という訳でありましょうが、話者は、その「何か」については黙して語らないのである。
 〔返〕  「寒いから犬の散歩は止めたのよ」元々遣る気が無かったくせに   鳥羽省三
      冷えるから少し飲みたくなったのだ。たったそれだけ、それだけのこと。      寒いからコートが欲しくなったのだ。出来心だよ。嘘じゃないんだ。        寒いから露台に立ちたくありません。あなた一人で立って来なさい。 


(酒井景二朗)
○  寒霞澱みて街は朧なり負くまじ我も我が寫眞機も

 親泣かせの話者が、この度は俄かカメラマンになったのである。
 だが、彼の被写体となる筈だった「街」には、折からの「寒霞」が「澱み」、「街」全体が「朧」な状態になったので、「『我も我が寫眞機も』も天候を司る神様の悪戯には『負けまじ』」と気張ってはみたものの、所詮は親不孝を重ねた挙句の俄かカメラマンの気張りに過ぎませんから、元の木阿弥となってしまうことは請け合いなのである。
 そう言えば、香川県の小豆島に、“寒霞渓”という名の紅葉の名所が在りますが、あれとこれとは如何なる関わりが在るのでありましょうか?
 〔返〕  閑暇です僕はこの頃閑暇です僕は働く気が無いみたい   鳥羽省三
      寒霞渓まだ朝なので見えません。霞晴れたら綺麗でしょうね。


(紗都子)
○  寒空をうすく切りとる促音のきみの「きっと」に照らされている

 作中の「『きっと』」は、「紗都子さんと結婚することが出来たら、僕は『きっと』紗都子さんを幸せにします」という場合の「きっと」なのである。
 しかしながら、「きみ」の口から「促音」として発せられる、その「きっと」は、「寒空をうすく切り取る」程度の「きっと」であるから、紗都子さんは「きっと」幸せになるとは限らないのである。
 〔返〕  飛んで飛んで飛んで飛んでと撥音をいくら重ねてみても飛べない   鳥羽省三  
      促音が切った張ったの安売りでばったばったとなくなっちゃった


(akari)
○  一年が暑い寒いで消費され生きた証は君といた日々

 この頃の評者は、まさしく「暑い」「暑い」と言いながら、残り少ない時間を「消費」して居ります。
 ところで、ここのところ連日のように、群馬県館林市が真夏日を記録し、我が国で一番蒸し暑い町は、皇后陛下のお膝元・群馬県館林市のような印象を持ってしまうのである。
 美智子皇后殿下は、あんな蒸し暑い町でお生まれになられたのにも関わらず、私たち国民にも、ご子息のお嫁さんにも、いつもいつも優しく包容力豊かに接していらっしゃるのである。
 〔返〕   一年の暑さSakariの今だからご健康には気をつけましょう   鳥羽省三
       一年の稼ぎを十日で消費して古代ギリシャに申し訳ない


(山田美弥)
○  寒ささえ愛を育てる言い訳にできたあなたはお元気ですか

 作中の「あなた」に関わらず、我が国の人々の殆どが、「寒さ」「貧しさ」などを「愛を育てる言い訳にできた」時代が確かに在ったのである。
 「素寒貧」という言葉で代表される、そのようにして「愛を育てる」時代が過ぎた今、私たち日本国民は、何処に行こうとしているのでありましょうか?
 〔返〕  素寒貧すかんぴんよ私たち金無く知恵無く愛無き国民   鳥羽省三
      寒ささえ愛を育てる口実に太陽政策ほとんど無策


(星川郁乃)
○  しんしんと雪の向こうに眺めてる雪の降らない町の寒さを

 副詞「しんしんと」の最も有名な使用例として知られているのは、あの斎藤茂吉の第一歌集『赤光』中の連作「死に給ふ母」中の一首「死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞こゆる」である。
 あれ(斎藤茂吉作)とこれ(星川郁乃作)との、副詞「しんしんと」の働きの違いに着目した時、私たちは「しんしんと」などという副詞を使って歌を詠むことの空しさを感じてしまうのである。
 〔返〕 「しん、しん」と母が息子を呼んでいる母は私の妻の妹   鳥羽省三
     「新、新」とパソコン発売される度買ってしまって今では十台


(足知)
○  寒かったと言わずあなたは足先をコタツの中で絡ませてくる

 真冬の夜更けの仕事帰りでありましょうか?
 この寒い中を駅から二十分も歩いて帰宅したにも関わらず、作中の「あなた」は、リビングルームの「コタツ」に足を入れるや否や、「寒かった」とも言わずに、いきなし「足先」を私の「足先」に「絡ませてくる」のである。
 〔返〕  足先は性感帯の一つにてなにをしようの催促ならむ   鳥羽省三


(花夢)
○  寒いから生まれてこないもぞもぞと腹のあたりにひそむ怒りも

 花夢さんのまたまたの傑作である。
 決してたまたまではありません。
 本作に接し、下句の「もぞもぞと腹のあたりに」という措辞に接した瞬間、評者は、「私の歌友の花夢さんは、第二次世界大戦敗戦後六十六年も過ぎた今、ご自身の体内に未だに虱を飼っているのでありましょうか?」などと、大変失礼なことを思ってしまったのでありました。
 あの頃の虱は、暑さ寒さに関わらず、また、男女の性差にも関わらず、人間の体内に、なかんずく貧しくひもじい日本人の「腹のあたり」に、「もぞもぞと」と湧くものでありましたが、この頃の虱ならぬ「怒り」は、「寒いから」という些細な理由で以って「生まれてこない」ものでありましょうか?
 だとすれば、その「怒り」は、人間の尊厳や生存には一切関わりの無い、極めて低次元の「怒り」でありましょう。
 〔返〕  寒いから口を開かずもぞもぞと話す癖ある陸奥(みちのく)の人   鳥羽省三    


(あひる)
○  和寒と道標ありて塩狩の峠越えればああきみが住む

 作中の「塩狩の峠」とは、三浦綾子氏の小説『塩狩峠』で有名な同名の峠である。
 塩狩峠は、北海道比布町と和寒町の間に在る峠であるから、その頂上には、「←和寒」との「道標」が存在するのでありましょう。
 国道40号線が通過する塩狩峠の頂上の標高は263mである。
 其処は、北緯44度付近に位置する、かつての天塩国と石狩国の境界にあり、天塩川水系と石狩川水系の分水界上でもある。
 また、道央地方と道北地方との境界とされる場所でもある。
 したがって、本作「和寒と道標ありて塩狩の峠越えればああきみが住む」という一首は、地元の歴史や三浦綾子氏の小説『塩狩峠』の世界を知る者にっては、極めてリアリティーのある表現でありましょう。
 塩狩峠に在る「塩狩峠記念館」は、三浦綾子氏の旧居を復元して建設されたものであるから、作中の「きみ」を、三浦綾子さん乃至は小説『塩狩峠』の登場人物に擬して鑑賞することも可能と思われる。
 〔返〕  鶏卵の白身の中に黄身が在るああ白身食べ黄身も食べたい   鳥羽省三
      鶏卵の白身と黄身の境には薄い膜ある破れ易いよ


(原田 町)
○  寒風にさらされており「生活が第一」という笑顔のポスター

 東京の何処を探索したら、「生活が第一」などというセンスの良くない「ポスター」が貼られているのでありましょうか。
 本作は、もしかしたら、あの転向小説『生活の探求』の作者・島木健作氏の熱烈なファンであった、本作の作者・原田町さんの夢物語かも知れません。
 〔返〕  乗客に押されつつ打つケータイの「君が大事」とふメールの甘さ   鳥羽省三


(たろ)
○  冬の日の 冷えた肉球ほほに当て 寒さ気付かす こずるい仕草

 「たろ」とは、この暮れに話者の家に舞い込んで来た野良猫の愛称でありましょうか。
 「冬の日」に「冷えた肉球」を、話者の「ほほに当て」て、「寒さ」を気付かせるのは、“野良猫たろ”ならではの「こずるい仕草」なのである。
 〔返〕  時折りはコタツの上で丸くなり野良猫たろは可愛いやつだ   鳥羽省三      時折りは残り物など食べたりし野良猫たろは我が家の始末屋   


(横雲)
○  寒紅に美しき嘘隠しつつ髪結い直す月高き宵

 尾崎紅葉か泉鏡花の小説世界に、突然タイムスリップしてしまったような作品である。
 先ず何よりも「カんべにに→うつくしキうそ→カクしつつ→カみゆいなおす→つキたカキよい」というリズムの流れと、七つのカ行音が作り出す響きの良さを鑑賞するべきでありましょう。
 〔返〕  寒鮒の甘煮肴に飲む酒の酔ひも未だし寒九の今宵   鳥羽省三
      寒鯉のたたき肴に飲む酒は越乃寒梅この頃安い


(新田瑛)
○  働いてはじめての冬寒冷地手当で買った赤い手袋

 そう言えば、東北や北海道などの公務員には、「寒冷地手当」という特別手当が、夏冬を問わず支給されていたのである。
 本作の作者・新田瑛さんは、もしかしたら、北海道美瑛町の役場職員でありましょうか?
 〔返〕  働いて初めて行った美瑛町マイルドセブンの丘は煙草畑だ   鳥羽省三
      働いて初めて吸ったタバコの名マイルドセブンの丘で吸ったよ


(五十嵐きよみ)
○  うそ寒い言葉を重ねたくちびるにふだんより濃く紅を引きゆく

 この百鬼夜行の歌壇に伍し、海千山千の歌人と互角に渡り合って行く為には、流石の五十嵐きよみさんと言えども、「うそ寒い言葉を重ねたくちびるにふだんより濃く紅を引きゆく」しか、方法が無いのでありましょう。
 〔返〕  濃い紅と赤のワンピは勝負服穂村も加藤もかかって来いよ   鳥羽省三
      唇に普段より赤く紅を引き勝負服着て歌会に出て来


(夏樹かのこ)
○  寒がりと寂しがりとは似ているね今すぐ仔犬をぎゅうと抱きたい
(うたのはこ)
○  淋しさと寒さは少し似ているね抱きしめられると消えるところも
(かきくえば)
○  寒いのと寂しいのって似てるから貴方の前でコートは脱がない

 「似ているね」と言えば、上記の三首は確かに「似て」いますね。
 何方が何方を真似たとは言いませんけど、「似て」いることは確かに「似て」いるのである。
 私の好みを優先させて申せば、三首目の“かきくえば”さん作が優れていると思われるのであるが、それはあくまでも好みの問題でありましょう。
 〔返〕  牡蠣食えば金が無くなる瑞巌寺ああ松島や茫然自失     鳥羽省三
      わび・さびは俳諧道の極意なるわび・さびの果に軽みも在るが  


(ひじり純子)
○  あまりにも心に寒い風が吹き黒い帽子の女と旅する

 「あまりにも心に寒い風」が吹く時は、「黒い帽子の女と旅する」以外に、癒されることが無いのでありましょうか?
 そう言えば、葬式の際の喪服の色は確かに「黒い」。
 あれは、遺族の方も、列席者の方も、お互いに癒し合っているのかも知れません。
 〔返〕  あまりにも嘘で固めたものだから何が何だか解らぬ東電   鳥羽省三
      あまりにも心に寒い風が吹く一夜は影売る女を抱き寝す

一首を切り裂く(009:寒・其のⅠ)

2011年07月11日 | 題詠blog短歌
(tafots)
○  耐火性耐寒耐暑耐震にすぐれた家の増えてゆく街

 本作の作者・tafotsさんによって「すぐれた」と評された「耐火性」「耐寒」「耐暑」「耐震」という四つの要素の全てが無効であることを暴露したのが、この度の東日本大震災及びそれに関わる東電福島第一原発のメルトダウン騒動及びそれが原因での停電・節電騒動なのである。
 「耐寒」「耐暑」の二つの要素は、化石燃料や原発に拠る電力に直接的に依存したものであり、「耐火性」及び「耐震」性の二つの要素も、間接的には原発を中心とした電力無しには考えられないからである。
 〔返〕  大過無く勤め上げたい気も解るされども菅は大過ばかりだ   鳥羽省三


(夏実麦太朗)
○  寒い冬あるいは冬い寒なのかいずれにしても湯湯婆ふたつ

 人にもよりますが、還暦を過ぎる頃になると、暑さ寒さの感覚を失ってしまう人が多くいらっしゃるとか?
 本作の作者・夏実麦太朗さんも亦、そうした人種の一人であり、一旦は「寒い冬」と言ってはみたものの、自信が無くなって「あるいは冬い寒なのか」と言い直したのでありましょう。
 そのいずれにしても、本作の作者・夏実麦太朗さんは、埼玉県桶川市のご自宅の寝室に、午後七時半になると夏も冬も構わずに、「湯湯婆ふたつ」を抱えて入ってしまうのである。
 夏実麦太朗さんの歌人としての大先輩の斎藤茂吉は、「極楽」と称するバケツを抱えて、毎晩寝床に入ったそうであるが、我らが夏実麦太朗さんのそうした行為は、その大先輩・斎藤茂吉の顰みに倣ったものなのでありましょうか?
 〔返〕  桶川の夏の暑さに耐へ切れず湯湯婆ふたつは止めてしまひぬ   鳥羽省三


(西中眞二郎)
○  参道に小さき篝火燃えていて神楽見に行く夜の寒からず

 今から四年前の歳の暮れに、北東北のある僻村で行われた「霜月神楽」という伝統的民俗行事を拝観に出掛けたことがありました。
 会場となった神社の境内には、ほぼ三間置きに大きな「篝火」が焚かれてありましたが、それでも参道はとても寒く、神楽殿に到着するや否や、私は予め用意していた熱いコーヒーをがぶ飲みしてしまいました。
 熱々のコーヒーは、夜通し行われる神楽の合間の眠気覚ましに持って行ったので、明け方まで行われた神楽を見ている間の眠たくて仕方が無かったことはいまでも記憶に残っております。
 〔返〕  参道に気付け薬も売っていた買えば良かった飲めば良かった   鳥羽省三
                       [註]  気付け薬=熱燗の日本酒


(鮎美)
○  あの路地に寒椿咲くころだらうふたり手をとり歩むのだらう

 こちらの女性の方は、片思いの恋ゆえに、体内に篝火ならぬ紅蓮の炎を燃やしているのである。
 「あの路地」に「咲く」「寒椿」は、深紅の色して逆巻いて咲いているのでありましょう。
 「その真紅の色の『寒椿』の咲く『路地』を、私が片思いをしているあの男が好きな女と『ふたり手をとり歩むのだらう』」と、あらぬ想像に焼き焦がれ悶えている時の鮎美さんは、真紅の「寒椿」の化身か、鬼夜叉となっていたのでありましょう。
 〔返〕  惨劇はあの寒椿の咲く夜に密かに計画されたが未遂   鳥羽省三


(成瀬悠太)
○  寒空を飛行機雲が横切って最終回のように消えてく

 「最終回のように消えてく」という発想及び表現が卓抜である。
 〔返〕  『相棒』の最終回のハイライト右京と亀山フェイドアウトだ   鳥羽省三


(南野耕平)
○  また僕の寒いジョークが部屋中の粒子の動きを止めてしまった

 本作の作者・南野耕平さんの恋人のマンションには、砂金か砂埃が溜まっているのでありましょうか?
 〔返〕  また彼の熱いジョークで酒蔵のビール全部が熱燗になる   鳥羽省三


(オリーブ)
○  寒空に月を追いかけ走り出す 靴音いつか透明になる

 和製シンデレラ物語『かぐや姫』のハイライトシーンである。
 十二単姿でガラスの靴を履いた“かぐや姫”が、「寒空に月を追いかけ走り出す」のであるから、「靴音」は「いつか透明になる」のでありましょう。
 〔返〕  鰐革の靴を履いたるオリーブがポパイと共に団子坂往く   鳥羽省三


(稲生あきら)
○  居心地の悪いひとりの部屋にいて「寒いなあ」とかつぶやいている

      咳をしても一人   尾崎放際
 〔返〕  真夏だが「寒いなあ」とか呟いた独り暮らしはすごい寂しい   鳥羽省三


(天国ななお)
○  暖かき中に寒さを挿入し体温混ざり落ちついて いく

 何のことはありません。
 ポケットの中に両手を突っ込んだだけのことである。
 〔返〕  ポケットに両手突っ込むふりをしてコーナーキックを黙って見てた   鳥羽省三


(不動哲平)
○  呑むほどに寒くなる者同士ならともに海へも入れるだろう

 もてない者同士の入水心中計画でありましょうか。
 〔返〕  酔ふ程に愚痴零し合ふ仲ならば玉川上水入水魂胆   鳥羽省三  


(紫苑)
○  禍きまでひたくれなゐにしなだるる寒緋桜を身ぬちに抱く

 月も朧のわさび沢 
  寒緋桜の咲く河津
   腹に一物手に荷物
    莫連女と道行きか
 〔返〕  添へぬなら焼死覚悟の今宵にてひたくれなゐの恋ならめやも    鳥羽省三
      こうなれば戻れなくてももういいのあなたと越えたい天城峠よ


(梳田碧)
○  寒天とゼリーがほどの違いかと思う雨水の後降る雨を

 棒寒天を溶かして固めたのが「寒天」なら、ゼライスを溶かして固めたのが「ゼリー」であるから、その違いには大差が在りません。
 せいぜい植物性凝固材と動物性凝固材との違いぐらいでしかありません。
 〔返〕  砂糖湯を身体に浴びた蜜月は心も甘くスリに狙はる   鳥羽省三


(飯田彩乃)
○  にんげんを嫌いで嫌いでしかたないテングサでできた寒天を売る

 ごく一般的には、「てんぐさ」を煮て抽出した液体を裏漉しして固めた物質を「寒天」と言うのである。
 したがって、「にんげんを嫌いで嫌いでしかたない」人は、「テングサでできた寒天を売る」しかありません。
 〔返〕  ジャガイモのサラダが好きでたまらない寒天やめてサラダ食べよう   鳥羽省三   


(さと)
○  一月の夜寒に泣いて旅の夜 醜い嘘に雪を被せた

 田舎芝居めいた発想であり、不細工な表現である。
 結構はともかくとして、語の重なりぐらいは善処されたし。
 例えば「一月の夜寒に泣いた遍路宿醜い嘘を雪で固めた」などと。
 〔返〕  如月の夜寒に泣いた旅の宿醜い嘘はトイレに吐いた   鳥羽省三


(アンタレス)
○  寒中の見舞い今年は手書きなり悲し喪中の多きにこたえ

 題材が題材だけに、あまり多くは望めませんが、「悲し喪中の多きにこたえ」という下句の表現をどうにかすれば、もう少し何とかなりましょう。
 例えば、「寒中の見舞ひハガキは手書きとす喪中葉書の多きに応へ」とか何とかする手はありましょう。
 〔返〕  寒中の見舞ひ葉書が十五通姉の喪中の知らせに応へ   鳥羽省三


(海音莉羽)
○  うつむいて泣いたりしない僕だけは 緋寒桜の咲くこの街で

 「緋寒桜の咲くこの街で」であろうが無かろうが、泣く時は、誰しも「うつむいて」泣くのでありますから、「僕だけは」と限定する必要はありません。
 でも、舞台が舞台でありますから「うつむいて泣いたり」したくなりますね。
 〔返〕  うろたえて犬を噛んだりしたくない緋寒桜の咲くこの町で   鳥羽省三


(山階基)
○  阿寒湖のまりもの話を聞き流しきみの歯と舌ばかり見ている

 歯並びが悪く学歴ロンダリングの噂高い女性と結婚してしまったあの方の愚痴を聞いているような思いである。
 〔返〕  あかんべぇ真理子の部屋に忘れ物これから取りに行くからバイバイ   鳥羽省三

『NHK短歌』鑑賞(花山多佳子選・7月10日分・訂正版)

2011年07月10日 | 今週のNHK短歌から
[特選一席]

○  幼等が捏ねては投ぐる泥土にまじる蓬のわか葉匂へる  (うきは市) 大津留直

 「投ぐる」「まじる」「匂へる」などと文語を用いているが、それに対応した“古典仮名遣ひ”の正しさも見逃してはなりません。
 うろ覚えの者ならば、「まじる」を「まぢる」とし、「匂へる」を「匂える」として、鑑賞者に笑われる場面もありましょう。
 〔返〕  泥んこの子供らと群れ帰る道よもぎ若葉の香も芳しく   鳥羽省三  



[同二席]

○  何万年変わらぬ姿石にありメタセコイアの葉はやはらかし  (鳥取市) 林美奈子

 「やはらかし」は“古典仮名遣ひ”を用いての表記である。
 したがって、「変わらぬ」は「変はらぬ」とするべきでありましょう。
        生田緑地「岡本太郎美術館」前にて
 〔返〕  屋上の「母の塔」撫で吹く風の冷たき朝をメタセコイアは佇つ   鳥羽省三



[同三席]

○  一枚の葉もなき児童公園よコンクリートにきしむブランコ  (世田谷区) 芹澤弘子

 「一本の樹もなき」と言わずに、「一枚の葉もなき」と言っているのである。
 そんな「児童公園」が、世田谷区内に実在するのでありましょうか?
 一昨年、私たちが仮住まいをしていた埼玉県川口市には、そんな感じの小さな「児童公園」が確かに在ったのですが、それでも、数本の植樹がなされ、真夏にはささやかな木陰を作っておりました。
 世田谷区内の公園と言えば、私にとって忘れられないのは、関東中央病院の行き帰りに必ず目にした“砧公園”の緑の佇まいである。
 あの公園には、いつもいつも緑の風が吹いておりました。
 〔返〕  一枚の歯も無き老婆が口空けて「ほっちさえげ」と犬に吼えてる   鳥羽省三



[入選]


○  お茶の葉を茶筒に満たしおくくらし貧しき日日の姑(はは)の夢なり  (むつ市) 立花惠子

 「米櫃に米をきらさないようにする」とか、「お茶の葉を茶筒に満たしおく」とかが、本作の「姑」ならずとも、「くらし貧しき」昔の女性たちのささやかな願望の一つであったのでありましょう。
 私の父方の伯母の一人の願望は、「台所に二級酒が入った酒瓶をきらさないようにしたい」ということでした。
 とは言っても、彼女が酒飲みだった訳ではありません。
 彼女の夫が無類の酒飲みで、「仕事から帰って来て直ぐに、妻の私がコップ酒を出さないと暴れだすから」という切ない思いからの哀しい願望に因るものでした。
 〔返〕  哀れなる伯母の願ひの一つにて封を切らない酒瓶二本   鳥羽省三


○  悉く枝葉払はれし街路樹は兵馬俑のごと雨に小暗し  (堺市) 梶田有紀子

 「街路樹」を整然としたものに育成する為とは言え、毎年初冬になると残酷な思いをするのは、あの「街路樹」を剪定している様である。
 つい昨日まで街の景観を作っていた「街路樹」の枝葉を切り払い、「お前は、こうして街路を往く人や車を眺めていれば良い。決して手出ししたり口出ししたりしてはいけないぞ」とばかりの冷酷無情なことをするのが、「街路樹」の剪定という作業の本質である。
 剪定作業が済み、枝葉を切られてしまった後の「街路樹」の様子には、数千年の間、一定のスタイルを強いられて地下に眠ることを余儀なくされた「兵馬俑」のイメージと重なる何かが在ったのでありましょう。
 末尾の「雨に小暗し」という七音が、その暗いイメージに追い討ちを掛けているような感じである。
 〔返〕  悉く原発を停め日本はドイツイタリアと同盟を組め   鳥羽省三


○  おおい雲ようたの浮かばぬ木偶ひとつ乗せてってくれ言葉の森へ  (三原市) 岡村禎俊

   おうい雲よ
   ゆうゆうと
   馬鹿にのんきさうぢやないか
   どこまでゆくんだ
   ずつと磐城平の方までゆくんか            山村暮鳥作『雲』より
 歌を詠めない歌人ともなれば、あの詩人・山村暮鳥にでも相談するしか無いのでありましょう。
 〔返〕  おーい、歌人よ。詠めない時には、無理して詠まなくてもいいんじゃないの。   鳥羽省三


○  葉の長さ測るがに這ふ天道虫葉先に行きて飛び立ちにけり  (阿波市) 川村文雄

 「葉の長さ測るがに這ふ」のは、「天道虫」よりもむしろ「尺取虫」の役割でありましょう。
 だが、「葉先に行きて飛び立ちにけり」という下句の表現は、小さな身体で「葉」の上を這う「天道虫」の様子を観察しての表現である。
 〔返〕  容疑者の腹量るがに目を見つめ自白を迫る刑事の遣り口   鳥羽省三


○  見遣れども霞掛かった未来なれば剥がせ鱗を私の目から  (宗像市) 内田満帆

 「見遣れども霞掛かった未来なれば」、絶望して何もかも諦めてしまうのが当然の遣り方である。
 然るに、本作の作者は、決して諦めることをしないで、「剥がせ鱗を私の目から」と、観察眼を百八十度変えて展望を図ろうとするのである。
 〔返〕  見遣れども見えないはずだ霞立ち雲に隠れた吉野の桜   鳥羽省三


○  顔上げて気づけば光る葉桜に日にち薬の効用を知る  (鹿児島市) 和田真由美

 本作の是非は、今では死語同然となった「日にち薬」という言葉の解釈、及び「葉桜」という語の解釈に係っていると思われる。
 で、「日にち薬」とは、「どんなに悲惨な経験をしても、『日にち』が経てば、心は自然に癒される」という意味でありましょう。
 また、「葉桜」はただの「葉桜」であるが、通常ならば、「葉桜」では無く「満開の桜」を見て「日にち薬の効用を知る」ということになるのであり、それを「満開の桜」としないで「葉桜」として点に、本作の趣きの深さが在るのでありましょう。
 〔返〕  顔上げて鏡を見れば禿げ頭日にち薬も効くはずが無い   鳥羽省三

今週の朝日歌壇から(7月4日掲載・其のⅢ・訂正版)

2011年07月09日 | 今週の朝日歌壇から
[高野公彦選]

○  海彼にて望郷詠みし日も遠く不信任案賛否観る午後  (舞鶴市) 吉冨憲治

 作中の「海彼」とは、かつての国際営業マン・吉冨憲治さんの活躍舞台であった米大陸を指して言うのでありましょうか?
 私たち読者の気持ちからすれば、本作の作者・吉冨憲治さんが腕利きの国際営業マンとして米大陸を縦横無尽に走り回っていたのはほんの数年前のことである。
 それなのにも関わらず、あの頃の日本と昨今の日本との間には隔世の感が在り、それ故にこそ、「海彼にて望郷詠みし日も遠く」という本作の上句が成立したのでありましょう。
 かつての国際営業マンの吉冨憲治さんも舞鶴湾の波が高い日は為すべきことも無く、衆議院議会場で審議されている野党から提出された“内閣総理大臣菅直人閣下に対する不信任案”の行方をテレビ画面で空しく見守っているのでありましょうか。
 〔返〕  メキシコで思ってた頃の菅さんはヤル気に満ちた政治家だった   鳥羽省三   


○  山開く前夜の松明二〇〇〇本みちのくへ馳す〔元気〕の人文字  (鳥取県) 長谷川和子

 「みちのくへ馳す」るのは、「山開く前夜の松明二〇〇〇本」及び「〔元気〕の人文字」でありましょうが、「みちのくへ贈る」などとせずに、「みちのくへ馳す」としたことに因って、「二〇〇〇本」の「松明」や「〔元気〕の人文字」に関わった人々の「元気」な様がよく表れることになり、極めて適切な表現となったのである。
 題材となったのは、“信仰の山・伯耆の大山の山開き”でありましょうか?
 〔返〕  「元気」との人文字作りに参加せず『暗夜行路』の時任謙作   鳥羽省三


○  レッスン日は決してキムチを口にせぬ出自明かさず通える妻は  (大阪市) 金 亀忠

 あの“金亀忠”さんにして、「出自明かさ」ざる為に「レッスン日は決してキムチを口にせぬ」「妻」在り。
 「妻」という存在の愛しさと哀しさとが一首の表現に、余すところ無く託されているのでありましょう。
 〔返〕  一日に三度の歯磨き欠かさぬは在日ならぬ我が心掛け   鳥羽省三
      川崎は日本なれば川崎に住める私も在日である   


○  昨日までヒナひしめいてた燕の巣またの春まで風を育む  (東京都) 古川 桃

 「昨日まで」「ヒナ」たちが「ひしめいてた燕の巣」から「ヒナ」たちが巣立って行った後の様を「またの春まで風を育む」と述べたのは、本作の作者・古川桃さんの小動物の命を慈しむ心の表れでありましょう。
 〔返〕  昨日まで雛犇いていた軒の巣に雛居なくなり猫は失望   鳥羽省三


○  再転移告げられ帰り来し真昼 頬白たかく鳴けり梅雨のま  (岡山市) 小林道夫

 「梅雨のま」に「頬白」が「たかく鳴け」る明るい光景から“元気を貰った”などとする臭い解釈は致しません。

 〔返〕  再転移告げられ帰り来し真昼 元気を貰う何物も無し   鳥羽省三  
 気休めにもなりませんでしょうが、「昨今の癌治療医学の発展の目覚しさは数年前とは比較にもならない」とのテレビ報道を、つい先日、私は目にしたばかりでした。


○  蝋梅の剪定に微か漂える地球の奥の神秘な香り  (秦野市) 相原伸子

 「地球の奥の神秘な香り」とは、かなり大袈裟な表現と思われます。
 〔返〕  狼狽の挙句の果に転んじゃい地球の表皮を口にしちゃった   鳥羽省三


○  税調査の重圧感より目をそらし山の若葉のそよぎ見ており  (高松市) 菰渕 昭

 さては、節税ならぬ脱税工作の全貌が、内部告発に因って露見したのでありましょうか?
 目前にしている「重圧感より目をそらし」たりしても、何処にも救いは在りません。
 〔返〕  菅総理苦境に追い込む画面からまなこ反らしてゴーヤに見入る   鳥羽省三

今週の朝日歌壇から(7月4日掲載・其のⅡ・訂正版)

2011年07月09日 | 今週の朝日歌壇から
[佐佐木幸綱選]

○  残念石と呼ばれ転がる石数多城守る石になれず残念ならむ  (香川県) 桑名真寿美

 大阪城の築城は、豊臣秀吉こと日吉丸の権力独占への飽く無き執念のシンボルのような行為であるが、その際、西日本各地の岩石の産地から城の石垣に適する大石が採石され、大阪の地へ運ばれた他、社寺や城郭などに用いていた名石も徴発の憂き目に遭ったと言う。
 その際、採石されながらも何かの都合で大阪へ積み出されなかった大石が小豆島などに残っていて、地元の人々は、その石を称して「残念石」と名付けて、未だに親しんでいると言う。
 本作は、その「残念石と呼ばれ」、小豆島の各地に未だゴロゴロと「転がる石」が「数多」在るが、その「石」たちが、「城」を「守る石になれず」さぞかし「残念ならむ」と言いながら、実のことは、格別なことも無かった作者ご自身の人生への思いをお詠みになられたものであろうと思われる。
 〔返〕  島で生まれ島で老ひたる汝がひと世残念ならむ城に積まれず   鳥羽省三


○  山峡に仮設住宅建ち並び縦横無尽に不如帰啼く  (久慈市) 三船武子

 「不如帰」とは読んで字の如く、即ち「帰るに如かず」。
 「山峡」に「建ち並」ぶ「仮設住宅」にお住いの被災者の皆さんは、この後、一生涯、元の居住地に帰ることが出来ないのでありましょうか?
 折しも、新聞やテレビでは、被災地各地の「仮設住宅」の供給過剰が報道されているのは、極めて皮肉な現象である。

 〔返〕  浜辺にはへえ玉朱く実を結び人の努力は実を結ばぬも   鳥羽省三
 上記「返歌」中の「へえ玉」とは、浜茄子の実を指す方言として知られ、柳田國男の著書 『雪国の春』 所収の『浜の月夜』に出て来る。
 なお、本作の作者・三船武子さんの居住地・岩手県久慈市は、柳田國男の著『浜の月夜』及び『清光館哀史』の舞台となった「小子内の浜」から程近い土地である。


○  弧を描き飛ぶつばくろの輝きて軽羅の街の人のよろこび  (知多市) 小塚 弘

 作中の「軽羅」とは、「軽くて薄い絹布。紗・羅などのうすもの」(『大辞林』参照)の意であり、漢詩などに他出する漢語である。
 本作の発想動機の一つに、この漢語「軽羅」への興味が存在したかも知れない、とするのは、評者のみの浅読みでありましょうか?
 この語を用いていることのみならず、一首全体の表現から醸し出されている趣は、何と無く、漢詩的な情緒に満ちている。
 〔返〕  街空はつばくらめのみ新しく軽羅の装ひ人には在らず   鳥羽省三


○  コウホネの花咲く池に巣のありて四個の卵親鳥を待つ  (熊本市) 徳丸征子

 「コウホネの花咲く池」に「巣」を作って「四個の卵」を生んだ「親鳥」は、何と言う名の「鳥」でありましょうか?
 〔返〕 河骨の花咲く池の巣の中の四個の卵を大蛇が狙う   鳥羽省三


○  キュルキュルと揚げひばり鳴く中空を被災地支援のヘリが飛び行く  (宮城県) 桜井レイ

 「キュルキュル」と啼きながら、垂直飛行する「揚げひばり」とは対照的に、プロペラを曲線的に回転させて水平飛行するのは「被災地支援」に向う「ヘリ」である。
 〔返〕  パタパタとプロペラの音けたたまし揚げ雲雀鳴く空をヘリ飛ぶ   鳥羽省三


○  枝折戸に鋭く爪たて猿のいて一時帰宅に身動きもせず  (宮城県) 須藤 柏

 避難して人々が居ないのをいいことに、畑を荒らす「猿」どもが家屋内にも入り込もうとして、「枝折戸に鋭く爪たて」ているのでありましょうか?
 だとしたら、「一時帰宅」の人たちを待つ者は「枝折戸に鋭く爪たて」る「猿」どもと、お仏壇の位牌だけということになり、あまりにも哀れな光景である。
 〔返〕  冷蔵庫の扉を開ける猿も居て一時帰宅の家の無惨さ   鳥羽省三


○  「福島を出ます」とおさな子を連れし背が去りゆく雨の向こうに  (福島市) 美原凍子

 「福島を出ます」の「出ます」がリアルな言い方である。
 この場合、似たような意味の別な言い方としては、「引っ越します」「転居します」といったような言い方もあるが、そういうような言い方よりも、「出ます」の方が、より直接的な言い方であり、我慢に我慢を重ねて来たが、もはや刀が折れ、矢弾打ち尽くして、止む無く戦線離脱するしか無い、というニュアンスを含んだ言い方のように聞こえるのである。
 かくして、“美原凍子さんワールド福島編”は、いよいよ以って佳境に入ったような感じなのである。
 〔返〕  「福島も出ます」という歌を詠み歌詠み美原さん上京せぬか?   鳥羽省三


○  放射能目に見えるならこの霧のごと迫り来るらむ月山に佇つ  (須賀川市) 中山孤道

 信仰の山「月山に佇つ」ともなりますと、何か特別な気持ちにもなり、「放射能目に見えるならこの霧のごと迫り来るらむ」といったご心境にもなられるのでありましょうか?
 〔返〕  放射線目に見えぬから月山は信仰の山として今目前に在り   鳥羽省三 

○  曇天下円陣組みし騎馬戦に二組は男子みな馬となる  (横浜市) 高橋幸穂  

 となると、作中の「二組」の「騎馬」の乗り手は、全て女子ということになり、“お色気戦法”“くのいち戦法”或いは“玉砕覚悟の投げ遣り戦法”作戦を採用したことになりましょうか? 
 しかし乍ら、「二組」の乗り手の中でも格別に可愛い娘として評判の有紀穂さんには、血に飢えたる一組の騎馬どもが殺到して、仲間割れになるに違いありませんから、或いは、其処から活路が生まれて、案外「二組」が勝利するかも知れません。
 〔返〕  傾城の美女と言うべき有紀穂さん一組の馬全部を退治   鳥羽省三 

今週の朝日歌壇から(7月4日掲載・其のⅠ・訂正版)

2011年07月08日 | 今週の朝日歌壇から
[永田和宏選]

○  安全靴脱いでラーメンすすりゐる支援に来たる人ら無口に  (埼玉県) 小林淳子

 「労働現場の厳粛なる空気を伝える。『安全靴脱いで』束の間の休息に入るが、すぐまた履きなおさなければならない」との評言である。
 作者の小林淳子さんは被災地に直接お出掛けになられ、「支援に来たる人ら」の休息の現場を目にされたのでありましょうか?
 事態が事態だけに、被災地の人々や通り掛かりの人々にとっては、被災地で働く人々は、全て「支援に来たる人」に見えたりすることもあるかも知れません。
 〔返〕  支援とはいかなる場合を指して言う土木会社は支援者なのか?   鳥羽省三


○  笑うしかないと君は言う俺もだとそれだけ言って黙し佇む  (栗原市) 北澤 謙

 「笑うしかない」と「君」が「言う」のに対して、「俺もだとそれだけ言って黙し佇 
む」ような被災者の方々の投げ遣りなお気持ちはよく解ります。
 しかし、被災地を捨てて、どこか別の土地で生きる道を探そうとしているのならともかく、そうで無かったら、先ず何よりも、被災者ご自身が汗を流して働いて、事態の解決を図らなければなりません。
 この度の大震災のような大規模な災害の被災者の苦しみと、交通事故で子供や働き手を失った者の苦しみとの間には、何らの区別はありません。
 交通事故で働き手を失った主婦が、「笑うしかない」と言ったきり、沈黙して居られましょうか?
 折しも、昨日付けの朝日新聞に、「被災地の仮設住宅が過剰気味」との報道が為されて居り、被災者の二重ローンには減免措置が図られるとのテレビ報道が為されている。
 〔返〕  ただ笑いただ黙し佇ち懐手してるだけでは死を待つのみか   鳥羽省三
 

○  銀色の集塵管鳴る梅雨曇り復興材挽く製材工場  (四万十市) 島村宣暢

 時ならぬ遠隔地からの「復興材」としての住宅建築用材の注文があって、被災地から遠く離れた四万十市の「製材工場」では、「梅雨曇り」の空の下で、急ピッチの製材作業が行われているのでありましょう。
 製材中の木材を「復興材」と気が付いた、作者・島村宣暢さんの着眼点の宜しさはさすがである。
 〔返〕  仕事とは言えど地震の復興材音高々と機械は廻る   鳥羽省三


○  公園に落としものあり夏帽子杭にかけられくるくる回る  (静岡市) 篠原三郎

 本歌に詠まれた光景は、真夏の「公園」でしばしば見掛けられます。
 しかし、「落しもの」の「夏帽子」が真夏の「公園」風景らしく、「杭にかけられくるくる回る」現場に出会われたのは、歌人としては極めて幸運でありました。
 〔返〕  麦藁と蝶ひと番ひ坐し居りて真夏のシーソーバランス保つ   鳥羽省三


○  息しずか小さな本屋が見易いと言ひくれし客ありて番する  (長野県) 沓掛喜久男

 「件の『客』は、週刊誌の一冊ぐらいは買って行っただろうか? もしかして、今日も亦、立ち読みだけで帰ったのではないだろうか?」と、余計な心配をしている評者である。
 〔返〕  折節は季刊誌(クォータリー)ぐらひは購ふ客で真夏のひと時立ち読みしたり   鳥羽省三


○  一人よりさみしい二人バス停に指を解けばセイジこぼるる  (岩国市) 兼重陽子

 本作の作者・兼重陽子さんは、真夏の真昼の路線バスの最後部席に居て、二人掛けの席で指を絡め合ったまま一言も言葉を交わさない男女の挙動を、一種不可思議な気持ちでそれと無く見守っていたのである。
 だが、とかくしている中に、この男女が互いに絡め合った「指」と「指とを解けば」、真夏の真昼の乗客の少ない路線バスの車内には「セイジ」の香りが微かにこぼれるのである。
 〔返〕  一人よりさみしき二人も時に在り真夏のバスで隠れ里巡り   鳥羽省三


○  絵日傘と中折れ帽が逢いし日よ木曽川土手に草笛吹いて  (岐阜県) 棚橋久子

 本作の作者・棚橋久子さんは、かつて“おんば日傘”の小町娘と町一番の商家のご次男とのラブロマンスと騒がれた過去をお持ちなのでありましょうか?
 「絵日傘と中折れ帽が逢いし日よ木曽川土手に草笛吹いて」というこの一首は、それと無くそのラブロマンスを物語っているような気がするのである。
 初夏の「木曽川土手に草笛吹いて」の一時を過ごした後、作中の「絵日傘と中折れ帽」とは、何処に消えたのでありましょうか?
 〔返〕  絵日傘と中折れ帽とは結ばれぬ間も無く戦火が仲を引き裂く   鳥羽省三


○  朝早く訪ねた京都三室戸寺うぐいすが声の調子を試す  (富山市) 松田梨子

 「うぐいすが声の調子を試す」という“七七句”の表現に、僅かばかりの幼さを感じさせますが、大人の方の作品と四つに組み合っても、少しも遜色を感じさせないような出来映えである。
 〔返〕  夕刻に訪ねた御室の仁和寺の桜舞い散る中の鐘の音   鳥羽省三


○  せきがえでぐうぜんとなりになっちゃった弟となりでにらんでいるよ  (笠間市) 高野花緒

 “高野姉弟”がお通いの小学校は、さる筋からのお達しに拠り、密かに「二卵性双生児の学校生活に於ける成長過程の研究」の研究指定校になったのでありましょうか?
 素朴ながら「弟となりでにらんでいるよ」という表現は、なかなかリアルな“七七句”である。
 〔返〕  時々は夫婦みたいとからかわれ姉と弟隣席同士   鳥羽省三


○  帰り道むちゅうで自てん車こいでたらわすれてしまったさっきのケンカ  (笠間市) 高野真気

 なにしろ、一卵性双生児のお姉さんと同じクラス、おまけに隣り合った席に座っているのであるから、同級生たちが高野真気君をからかう材料には事欠きません。
 それを一々真に受けて「ケンカ」をしていたら、何の為に学校に行ってるのかさっぱり判りません。
 〔返〕  帰り道夢中で自転車漕いでたら今日は一人と復たからかわれ   鳥羽省三  



[馬場あき子選]

○  だんまりを決めているかの玉葱を梅雨の晴れ間に今日こそは干す  (千葉市) 高山 薫

 乾燥不足の「玉葱」を「だんまりを決めているか」とお感じになられた作者・高山薫さんは、なかなかなる美的感受性と知的センスとをお備えになられた方とお見受けされます。
 「梅雨の晴れ間の今日こそは干す」と力んでいらっしゃいますが、放射線の数値には充分にご注意下さい。
 〔返〕  だんまりを決めているかの玉葱の腐った匂いとても堪らぬ   鳥羽省三


○  好きな人口説くがごとく臨むべし面接のつぼ語られており  (ひたちなか市) 猪狩直子

 この不況下の就職事情をも考え合わせれば、「好きな人口説くがごとく臨むべし」とのアドバイスは、気休めにもならない「面接」の壊れ「つぼ」でありましょう?
 「就活面接のコツを教えて上二句に心を寛がせるユーモアがある」との馬場あき子先生のご選評は並一通りのものである。
 〔返〕  口で無く何が得意か実物で示さなければ採用されぬ   鳥羽省三


○  梅雨晴れの山葵田にきて水源の鳴る水を飲み顔など洗ふ  (伊那市) 小林勝幸

 「鳴る水」とは、「水源」の洞窟からコトコトと鳴り音を立てて流れ出る清水の愛称でありましょう。
 〔返〕  初恋はかくも辛きと思ひ居り梅雨の晴れ間の安曇野山葵田   鳥羽省三


○  やませ止み静かに明けぬ被災地にぎょぎょし来たりて高らかに鳴く  (多賀城市) 須田富士子

 動物界脊索動物門鳥綱スズメ目ウグイス科に分類される鳥・オオヨシキリは、その啼き声から「ぎょぎょし(行行子)」とも呼ばれている。
 「やませ止み静かに明けぬ被災地にぎょぎょし来たりて高らかに鳴く」とありますが、復たあの日の“震度七強”の地震が寄るかのように仰々しく啼くから「ぎょぎょし」と呼ばれているのでありましょう。
 〔返〕  真夏日の予測されたる朝明けにうぐひす一羽ホーホケキョと啼く   鳥羽省三


○  釣師吾れ電車に乗れば海側を一等席と心得て乗る  (和歌山県) 松下則夫

 「釣師吾れ」と「れ」付きで名乗るからには、太地港から船出して鯨でも釣るつもりなのでありましょうか?
 太地直通の“くろしお1号”の「海側」の席を首尾良くせしめて悦に入っている様が髣髴とされる作品である。
 〔返〕  釣師ならさぞかし大物釣るならむ白長須鯨を仕留めてみたら   鳥羽省三


○  我の住む三春の地名化粧坂春田御祭狐田弓町  (福島県) 大津英一

 本作の作者・大津英一さんにとっての「我の住む三春(福島県田村郡三春町)の地名」を列挙してみましょう。
 五十音順に「青石(あおいし)・赤坂(あかさか)・尼ケ谷(あまがや)・荒町(あらまち)・一本松(いっぽんまつ)・会下谷(えげたに)・恵下越(えげのこし)・烏帽子石(えぼしいし)・大久保(おおくぼ)・大平(おおだいら)・大町(おおまち)・小浜海道(おばまかいどう)・御祭(おまつり)・貝山(かいやま)・担橋(かつぎばし)・鎌田前(かまたまえ)・上舞木(かみもうぎ)・亀井(かめい)・雁木田(がんぎた)・北成田(きたなりた)・北町(きたまち)・北向町(きたむきまち)・狐田(きつねだ)・込木(くぐりき)・熊耳(くまがみ)・栗林(くりばやし)・化粧坂庚申坂(けはいざかこうしんざか)・小金滝(こがねだき)・小滝(こだき)・御免町(ごめんまち)・斎藤(さいとう)・桜ケ丘(さくらがおか)・桜谷(さくらだに)・実沢(さねざわ)・山中(さんちゅう)・四軒丁(しけんちょう)・四反田(したんだ)・師範場(しはんば)・柴原(しばはら)・渋池(しぶいけ)・清水(しみず)・清水畑(しみずばた)・下舞木(しももうぎ)・庄司(しょうじ)・丈六(じょうろく)・新町(しんまち)・芹ケ沢(せりがさわ)・鷹巣(たかのす)・滝(たき)・燕清水(つばめしみず)・鶴蒔田(つるまきた)・天王下(てんのうした)・天王前(てんのうまえ)・樋ノ口(といのくち)・富沢(とみさわ)・中町(なかまち)・永作(ながさく)・七草木(ななくさぎ)・仁井町(にいまち)・西方(にしかた)・沼沢(ぬまさわ)・沼之倉(ぬまのくら)・根本(ねもと)・八幡町(はちまんまち)・八方谷(はっぽうや)・馬場(ばば)・春沢春田(はるさわはるだ)・番組番組頭(ばんぐみばんぐみがしら)・日向町(ひなたまち)・平沢(ひらさわ)・樋渡(ひわたし)・深田和(ふかだわ)・蛇石(へびいし)・蛇沢(へびさわ)・松橋(まつばし)・南成田(みなみなりた)・南町(みなみまち)・持合畑(もちあいばた)・八島台(やしまだい)・八十内(やそうち)・山崎(やまざき)・山田(やまだ)・弓町(ゆみまち)・過足(よぎあし)・楽内(らくうち)・六升蒔(ろくしょうまき)・六斗蒔(ろくとまき)」である。
 こうしてみると、本作の作者・大津英一さんも、この地名尽くしの魅力的な一首を仕立て上げる為に、「化粧坂庚申坂」を「化粧坂」とし、「春沢春田」を「春田」とする等、それなりの工夫を凝らしているのである。
 或いは、「化粧坂庚申坂」は、行政の都合上で「化粧坂」と「庚申坂」とを纏めて言ったものであり、「春沢春田」も「春沢」も「春田」もそれと同じ扱いをしたのでありましょうか?
 でも、さすがに滝桜と張子で知られた三春町である。
 番組番組頭や馬場・弓町・八幡町・御免町・師範場・化粧坂庚申坂・六升蒔・六斗蒔といった、藩制時代の面影を感じさせるような名称の町は在っても、希望が丘とか若葉台とか平和町・幸が丘といったような安物の匂いをぷんぷん香らせた名称の町は無いのである。
 これらの町名の中の異端的な存在は「桜ケ丘」である。
 この町名は、有名な“滝桜”を展望する丘を切り開いて新たに開発された町の名でありましょうか?
 〔返〕  蛇石も蛇沢も在り三春町メルトダウンの影響如何に   鳥羽省三


○  お悔やみ欄一家五人の並びおり瓦礫の下の家族なりしと  (本宮市) 廣川秋男

 深く哀悼の意を表しまして、鑑賞の言葉に代えさせていただきます。  鳥羽省三
 

○  草露を長靴に吸わせて田巡りの老いの日課は畦の五千歩  (茨城県) 木野内清流

 「田巡り」を兼ねての「畦の五千歩」とは、また格別なる健康法かと思われます。
 〔返〕  履き易いキクチタケオの靴履いて朝夕二千歩我が健康法   鳥羽省三


○  爽やかな女船方魚投げて鳶が受け取る天竜舟下り  (岡谷市) 岩田正恭

 「爽やかな女船方」とは、また格別に好色な眼差しでありませんか?
 〔返〕  爽やかな水路に棹さし花巡り花は花でも女船頭   鳥羽省三

方言を用いた短歌表現について

2011年07月07日 | ビーズのつぶやき




○  蛍見に帰って来んねと母は言う宮崎山間 田植えの季節  (東京都) 松田秀芳

6月27日付けの朝日歌壇(高野公彦選)の入選作

○  うりずん南風(べえ)そうよあなたはうりずん南風(べえ)甘き匂いで園庭駆ける  (那覇市) 仲本恵子

6月19日放送のNH短歌(坂井修一選)の入選作

○  「原発に馬も豚っこも牛も皆殺られちまっただどうしよもねべ」  (神栖市) 寺崎 尚

 6月12日掲載の朝日歌壇(佐佐木幸綱選)の入選作選評に「福島で被災した兄の電話のつぶやき、だという」とあり。



○  「わがんね」と「さいあぐだ」との二言で言い尽くしたり静かな怒り  (野洲市) 松山 武

6月12日掲載の朝日歌壇(馬場あき子選)の入選作

『NHK短歌』鑑賞(来嶋靖生選・7月3日分・決定版)

2011年07月06日 | 今週のNHK短歌から
[特選一席]

○  あたたかき娘の長靴を妻は履き泥川わたる避難所への道  (石巻市) 須藤徹郎

 「あたたかき」「娘の長靴を」「妻は履き」「泥川わたる」「避難所への道」と、道具立てを揃え過ぎたような感じが否めませんが、事実が事実であれば、余人が云々するようなことでは無いようにも思われます。
 しかし乍ら、「娘の長靴=あたたかき」という条件反射的な発想はいかがかと思われます。
 とは言え、この点も亦、「あたたかき」という形容詞が直接的に係って行くのは、「娘の長靴」という連文節では無くて、「娘」という名詞一語であるので、強ち「条件反射的な発想」として退ける必要も無い、ことかと思われます。
 いろいろと勝手気侭なことを申し上げましたが、復興に向って頑張って下さい。
 〔返〕  あたたかき朝ご飯召す日思ひつつ避難所食の乾パンを噛む   鳥羽省三



[同二席]

○  槍ヶ岳山頂で朝別れたる満月帰ればわが家の上に  (井原市) 薮田智子

 本当は月齢が約半日分違うのであるが、同じように「満月」に見えたのでありましょう。
 この際、そのような細かいことは気にしない! 気にしない!
 〔返〕  山頂で満月と別れ下山して松本駅で君と別れぬ   鳥羽省三



[同三席]

○  山の背に副ひて湧きたつ雲の峰きのふの手紙また読みかへす  (神戸市) 伊藤絹子

 「山の背に副ひて湧きたつ雲の峰」から「きのふの手紙また読みかへす」への連鎖反応は極めて自然であり、短歌表現としても非常に素晴らしい。
 〔返〕  渓間より湧き出づる如き虹の橋渡らんとして夢途絶へぬる   鳥羽省三
      


[入選]

○  赤工黒指曲竹四海橋ほろびるなかれ山峡のバス  (春日部市) 池田雅幸

 作中の「赤工」「黒指」「曲竹」「四海橋」とは、埼玉県飯能市内のバス停の名称に違いないと見当を着け、早速「飯能市観光協会名栗支部」に電話で問い合わせたところ、「西部池袋線の飯能駅の北口で下車し、北口駅前バスセンターから“湯の沢行き”又は“名郷行き”又は“名栗車庫行き”の国際興行バスに乗車すれば、上記の四つのバス停を通過する。また、三系統併せて三十分に一本程度のバスが走っている」との情報をいただきました。
 その対応ぶりも極めて丁寧なものであったことを、この際、併せて報告させていただきます。
 察するに、その路線に乗車して向う名栗渓谷方面は、風光明媚、人情豊かな地であるにも関わらず、僻陬の地であり、路線の存続も危ぶまれているのかも知れません。
 だとすれば、本作は、かねてより、この方面の景色と人情とを愛でていらっしゃる作者・池田雅幸さんが、「名栗渓谷方面のバス路線よ滅びる勿れ」との“願望”乃至は“呪詛”の思いを込めてお詠みになられたのでありましょう。
 〔返〕  赤工・黒指・曲竹・四海橋、風光明媚人情豊か     鳥羽省三
      四海橋下車して直ぐの名栗湖に山女岩魚に虹鱒釣りにき  


○  両親に守られ眠る幼子の寝返るたびに川の字歪む  (白井市) 毘舎利道弘

 「川の字歪む」が、何か“曰く有り気”である。
 この「幼子」の健やかな安寝(やすゐ)を守る為にも、三画の「川の字」を一画にしたり、二画にしたりしてはいけません。
 〔返〕  安寝せる児の一画を跨ぎては時折り二画で睦み合ひたり   鳥羽省三
      子を中に三筋並ぶが川の字で外の二画は父母である


○  ジグザグに連なれる富士登山の灯わが一灯も列へと加ふ  (富士市) 梶原かつを

 「猫の杓子も」などと言ったりしたら叱られましょうか?
 折からの登山ブームという訳で、例年、七月一日の“山開き”と同時に、「老いも若き」も「男も女」も、長蛇の列を成して富士登山にチャレンジされるという報道が為されております。
 本年の山開きは例年通り七月一日に行われたことと思われますので、本作の題材となったのは、過年度の富士登山かとも思われますが、「ジグザグに連なれる富士登山の灯わが一灯も列へと加ふ」という本作は、途中、山小屋で仮眠をして、ご来光を拝む為に、夜明け前に「ジグザグ」状態を成して剣が峰への登山道を進まれるご様子と作者の胸のときめきとが、未だ富士登山の宿願を果たし得ていない評者にも、手に取るように解るような表現かと思われます。
 「わが一灯も列へと加ふ」という下句は、宿願を果たそうとしている本作の作者・梶原かつをさんの格別なる思いをよく表現し得た、優れた表現と思われます。
 〔返〕  宿願を未だ果たさぬ富士登山わが一灯はいつの日灯る   鳥羽省三  


○  春山のものの怪蕨かわが行く手右に左に手招きをする  (名古屋市) 藤掛宏子

 本作の題材となり、作者・藤掛宏子に「春山のものの怪」とも形容された「蕨」は、同じ「蕨」と言っても、既に薹が立ち、食用に適さないような状態になっている「蕨」かとも思われます。
 それでも尚且つ、その「蕨」が「わが行く手右に左に手招きをする」とは、山菜の王様「蕨」の魅力に取り付かれた、本作の作者・藤掛宏子さんご自身の飽く無き欲望の間接的な表現かと思われます。
 また、そうした解釈とは別に、食用に適する時期を過ぎて薹が立ち、人間の背丈以上もある“お化け蕨”の生態を直接的にお詠みになった作品との解釈も成り立ちましょう。
 〔返〕  食用に適さざるとは知りつつもお化け蕨を折る者も在り   鳥羽省三


○  流れゆく野焼きの煙は川に沿ひ春の暮色の中に溶けゆく  (豊橋市) 鈴木昌宏

 春先の「野焼き」の光景を、真に迫るようにお詠みになった作品である。
 「流れゆく野焼きの煙は川に沿ひ」という上句には、「野焼き」が行われている川沿いの地形や景色が実景さながらに表現されているのであり、「春の暮色の中に溶けゆく」という下句の表現と相俟って、愛知県豊橋市郊外の長閑な農村風景が彷彿として来るのである。
 〔返〕  川沿ひに野焼きの煙流れ行き総領われは農を捨て得ず   鳥羽省三


○  古里の山並み見れば思い出す五月の末は上蔟の頃  (高知市) 武内章實

 「上蔟」という語は、私にとってはほぼ半世紀ぶりに聞いた言葉である。
 教員生活のスタートであった丹沢山麓の葉煙草畑やピーナッツ畑の中にぽつんと建っていた昼間定時制高校での受持クラスに神奈中バスで小田急線本厚木駅前から三十分余りも山懐を分け入った所に在る集落・半原という機業地から通学している生徒が居て、その自宅に家庭訪問をしたことがありました。
 彼の家はその頃では既に珍しくなっていた養蚕を副業としていて、家庭訪問をした時期が、丁度、春蚕の「上蔟」の時期と重なっていた為か、喫煙を常習としている彼の荒れた高校生活を心配して遣って来た私の話す内容は、養蚕の唯一の担い手と思われる彼の母親の耳には碌々入らないような感じだったのである。
 教員生活を通じて、自分の無力さを感じさせられる場面は度々ありましたが、未だ若かったせいか、その時に味わった無力感よりも大きな無力感を味わう機会は、その後は在りませんでした。
 あれから半世紀も過ぎた今、我が国の養蚕業はほとんど壊滅したも同然であり、パソコンに「上蔟」という二字を入力しても、略字体の漢字だけが並ぶ中国の人々のホームページを閲覧出来るだけである。
 本作の作者・武内章實さんの「古里」に於いても、この「上蔟」という言葉は、既に“死語”と化しているのでありましょう。
 〔返〕  養蚕は廃れ果てにき上蔟は死語と化したり四万十の夏   鳥羽省三 

今週の朝日歌壇から(6月27日掲載・其のⅠ・再考版・松田秀芳さんの御作について)

2011年07月05日 | 今週の朝日歌壇から
○  蛍見に帰って来んねと母は言う宮崎山間 田植えの季節  (東京都) 松田秀芳

 選評に「自分の育った田舎が懐かしい。そんな心をくすぐる母の声」とある。
 「帰って来んね」とは、「帰って来たら」という意味の宮崎方言でありましょうか? だとしても、方言を用いてローカル色を出した以外に、格別優れた点も無い作品と言えましょう。
 また、「宮崎山間 田植えの季節」という下句の“七七”も安易な措置である。
 したがって、本作の魅力を取り立てて言うならば、高野公彦氏の選評に尽きましょうか?
 〔返〕  蛍見に行こうと誘う少女居て思い出多い疎開地の夏     鳥羽省三
      ほたる見に来んねと誘ふ少女居き思ひ出多き終戦の夏
      「蛍見に来んね」と母の電話あり「早苗植えにし棚田涼し」と

 上掲の短歌は、去る6月27日の「朝日歌壇」の“高野公彦選”の首席に選ばれた作品であり、その下に記された拙い文章及び三首の返歌は、上掲の作品についての私・鳥羽省三に拠る鑑賞文であり、御作に対してのオマージュのつもりで私が詠んだ腰折れである。
 私は、四年以上前から、「朝日歌壇」等に掲載された短歌作品の鑑賞文を自分のブログに記載して公開するようにしているのであるが、昨年の9月半ばからは、2年余りの仮住まい生活を終えて定住の地を得たので、それ以来、一日も欠かすこと無く、マイブログ「臆病なビーズ刺繍」に、短歌鑑賞の記事などを記載して来たのである。
 しかし乍ら、何分、古希を過ぎた身の上であり、生来の盆暗頭でありますから、時によっては、パソコンに向うことすら思うままにならないような日もあって、大変無責任な事とは申せ、それぞれの日に記した記事の内容、即ち、当該作品に対する鑑賞記事の出来栄えがかなりまちまちであり、自分自身でも不満足なままに、公開させていただくことも度々でありました。
 そこで、自分の出来得る範囲内で、過去に記した記事の内容を見直すことが在り、これ以上見直すことは不可能と判断した場合のみ「決定版」とさせていただき、再度の見直しをすることは無いようにしていたのでありますが、その「決定版」にすら、後々になってから、筆を入れたくなるような場合が度々でありました。
 上掲の記事は、その「決定版」に至る前の「訂正版」であったのでありますが、先日来、その記事について自分で再考してみて、当該作品に対する私自身の考えが至らない事に気付き、その内に機会を見て鑑賞文を訂正し、「決定版」としたいと願っていたのでありました。
 然るに、その「当該作品に対する私自身の考えが至らない事」に気付いていた作品の作者である松田秀芳さんご自身から、下記のような極めてご丁寧なコメントを賜っていたことを、本日の早朝に発見した次第でありました。
 そこで、そのコメントを早速公開させていただくと同時に、これを機会として、当該の御作に対する新たな鑑賞記事を掲載させていただきます。
 つきましては、先ずは、松田秀芳さんがお寄せになられたコメントをそのまま掲載させていただき、その後で、私自身の至らなかった点をの反省をも含めて、松田秀芳さんの御作についての新たな鑑賞記事を記載させていただきます。



 [松田秀芳さんがお寄せになられたコメントの全文](但し、必要に応じて、改行させていただきました。)

 朝日歌壇 (松田秀芳)/2011-07-04 19:45:45
 友人から私の作品に対してのブログが掲載されていると教えてもらい拝見しました。 なるほどおっしゃる通り、とり立てて優れたところもない面白くもおかしくもない作品と言われればそうかもしれません。
 これは郷里の母と電話で話をしている中で、母が冗談半分で言った言葉が私には冗談とは思えず、そう言えば正月やお盆には帰っても、6月中旬頃の郷里はもう40年以上帰っていない。
 そろそろ田植えの季節で今年は蛍の当たり年との事、年老いた両親に田植えは重労働だろう。
 出来れば帰って手伝ってあげたい、その気持ちを素直に詠んだだけの事で変に脚色して優れた作品に仕上げようなどとは毛頭思っていませんでした。
 本来ならば郷里に帰って両親の面倒を見なければならない立場なのにそれをやらずに、どこでどう狂ったか、遠く離れた東京で決して楽からざる生活をしている。
 同じ立場の人達なら分かるであろうその辺の罪悪感を少しでも感じてもらえればと思って投稿しました。
 私はこのようなブログは初めて見たので(返)というのがどういう意味で掲載されているのか知りませんが上2つの少女の過去の思い出の句は別にして3つめの「蛍見に来んね」と母の電話あり「早苗植えにし棚田涼し」との下句の七七は少なくとも田舎者の私の母親はこんな事は言いません。
 私には現実離れした表現なので、たとえこのような表現で結ぶことが、格別優れた作品というのであれば一生かかっても出来ないでしょう。
 有難うございました。


 
 [松田秀芳さんの御作についての新たなる鑑賞文]

○  蛍見に帰って来んねと母は言う宮崎山間 田植えの季節  (東京都) 松田秀芳

 作中の会話部「蛍見に帰って来んね」は、いわゆる“標準語”に改めると、「蛍を見に来ないか」或いは「蛍を見に来たらどうか」或いは「蛍を見に来なさいよ。是非」といったことになりましょうが、地方在住の人が、地方出で都会暮らしの人にその地方特有の方言で語り掛ける場合は、その言葉に込められた細やかで複雑なニュアンスまで含め意味内容を、いわゆる“標準語”に翻訳することは到底不可能なことであり、前回記した本作についての鑑賞文に於いて私がその点を見落としていたことは、作品全体の評価にも関わることなので、ここにその点を反省させていただきます。
 前回の記事を記した後、本作を再考してみて、私は、作中の会話部、即ち「蛍見に帰って来んね」という「母」からの電話での言葉には、「今どき『蛍』の飛び交うような僻地に、生みの『母』を捨て置いて、美しい女性と暢気に都会暮らしを楽しんでいる我が家の長男に対する、かなりねちねちしたニュアンス、例えて言えば、右手の指にへばり付いたチュウインガムを左手の指で剥がし取ろうとするのであるが、やっと剥がし取ったかと思うと、今度は左手の指にへばり付いてしまって、どうしようもなくなるようなニュアンス」を感じ取ったのでありますが、この度のコメントを参照させていただきますと、そこの辺りのご事情を作者ご自身は、「これは郷里の母と電話で話をしている中で、母が冗談半分で言った言葉が私には冗談とは思えず、そう言えば正月やお盆には帰っても、6月中旬頃の郷里はもう40年以上帰っていない。そろそろ田植えの季節で今年は蛍の当たり年との事、年老いた両親に田植えは重労働だろう。出来れば帰って手伝ってあげたい、(中略)本来ならば郷里に帰って両親の面倒を見なければならない立場なのにそれをやらずに、どこでどう狂ったか、遠く離れた東京で決して楽からざる生活をしている」「同じ立場の人達なら分かるであろうその辺の罪悪感を少しでも感じてもらえればと思って投稿しました」と仰って居られますから、私・鳥羽省三の勝手な想像は、半ば当たり、半ば外れていたことになりましょうか?
 田舎人が、特に田舎暮らしをしている肉親が都会暮らしをしている肉親相手に口にした言葉は、口にした本人とすれば、ほんの思い付きで、ほんの冗談めかして口にしたものであったとしても、その根はかなり深く、言われた側の者の気持ちは並々のものでは無いのかも知れません。
 前述のコメントに於いて、作者の松田秀芳さんは、「その気持ちを素直に詠んだだけの事で変に脚色して優れた作品に仕上げようなどとは毛頭思っていませんでした」とも仰って居られます。
 だが、巧まずして、そうしたニュアンスを盆暗頭の鑑賞者に感じさせたのだとしたら、この宮崎方言を上句に据えた作品は、並々ならぬ傑作と思われ、この傑作の作者・松田秀芳さんは本質的な歌詠み上手ということになりましょう。
 こうした優れた作品に接して、その美点にも気付かず、「方言を用いてローカル色を出した以外に、格別優れた点も無い作品と言えましょう」と生意気なことを言い、また、「本作の魅力を取り立てて言うならば、高野公彦氏の選評に尽きましょうか?」とまで言ってしまった評者は、益々立つ瀬を失くしてしまうのである。
 前回の鑑賞文で、私は下句について、「また、『宮崎山間 田植えの季節』という下句の“七七”も安易な措置である」と述べましたが、この下句についての評価は、「名詞四語と格助詞『の』を用いて、作者の故郷たる『宮崎山間』の空間と時間とを良く表現し得ている」とする積極的な評価と、「三十一音中の貴重な十四音を費やして、『宮崎山間 田植えの季節』としか言い得なかったのは惜しまれる」との消極的な評価とが分かれましょうか?
 お仕舞いに付け加えさせていただきますが、コメント中の最後の一文「有難うございました」には、ただひたすら平身低頭するばかりの気持ちでございます。
 〔返〕  「七夕見に来たんせ」と言ふ叔母の居て絶つに絶たれぬ故郷の縁   鳥羽省三

今週の朝日歌壇から(6月27日掲載・其のⅤ・決定版)

2011年07月04日 | 今週の朝日歌壇から
[馬場あき子選]


○  放射能データ同封で送らるる会津の友のアスパラガスよ  (三重県) 三井一夫

 「会津産アスパラガスの贈り物。風評を思ってか放射能データも添えてあった。被害地の心温かさがかえってかなしい」との、馬場あき子先生のご評言である。
 お解りになられてのことなのか、その逆なのかは存じ上げませんが、評言中の「被害地の心温かさがかえってかなしい」との一文は、いかにも人格高潔な馬場あき子先生らしさを感じさせると共に、大変失礼ながら、余分な評言とも思われるのである。
 馬場あき子先生ほどの高潔な人格を持ち合わせてはいない評者からすると、「かなしい」ことには変わりありませんが、「会津産アスパラガスの贈り物」に「被害地の心温かさ」が感じられて「かえってかなしい」のでは無くて、「会津産アスパラガスの贈り物」に、「被害地」の人々の気配りの切なさが感じられて「かえってかなしい」のであるか、と思われるのである。
 〔返〕 贈り主の気持ち思へば捨てもせずとは言へ食べぬアスパラガスよ   鳥羽省三
     贈り主の心せつなき福島の放射能データ付きのアスパラ
 

○  ふくしまのもも、なし、りんごちさき実のひとつひとつが抱いてる不安  (福島市) 美原凍子

 「美原凍子さんも、手を変え品を変えて、いろいろとお詠みになっていらっしゃいます」といった感じの作品である。
 〔返〕  ちさき子の一人一人に悲しみの心見えたるふくしまの夏   鳥羽省三
      ちさき子の一人一人が悲しみを胸に秘めたるふくしまの夏
      ちさき子の一人一人が悲しみの心見せたるふくしまの夏
      

○  ロシアへの途中で息つくコハクチョウ天塩の初夏の若草を食む  (福島市) 澤 正宏

 本作も亦、東日本大震災関連の作品、或いは、福島第一原発メルトダウン関連の作品として鑑賞しなければならないのでありましょうか?
 〔返〕  お気持ちにゆとり出来たか福島の被災者たちの最果ての旅   鳥羽省三
      コハクチョウの翼やすめる北の国天塩大地に汝は行きしか


○  被災地の仮埋葬の記事に見るB-2-1等の墓標ぞ悲しき  (調布市) 河野俊満

 馬場あき子先生のご評言に「仮埋葬のナンバーの墓標も厳しい現実だ」とある。
 極めて簡潔なるご評言ではありますが、一言も付け加える必要がありません。
 〔返〕  その昔フランス映画で見た景色 首に札下げ死に向ふ人   鳥羽省三   

○  かじかをねつかまえるならおしずかに草をガサガサあみをかまえる  (笠間市) 篠原 周
○  本だなの国語辞典の赤い方はママといっしょにおよめに来たよ  (富山市) 松田わこ

 朝日歌壇の小学生ニュースター、篠原周くんと松田わこさんの揃い踏みは、たどたどしくも爽やかな光景である。
 〔返〕  本棚の国語辞典の「かじか」の項「清流にすむ淡水魚」とあり   鳥羽省三 


○  老いてなお仕事の手ほどき受ける夢吾は一生何をしたのか  (塩尻市) 百瀬 享

 「吾は一生何をしたのか」とは、我が身を苛んでの“七七句”である。
 〔返〕  老ひてなほ駄弁凝らせる吾である七十一年何を為せしか   鳥羽省三 


○  じゃがいもの花に地平の日が昇る北の大地の無人駅にも  (新潟市) 岩田 桂
○  襟白き少女のごとく六月の蕺の花山かげに咲く      (城陽市) 山仲 勉

 「じゃがいもの花」も「蕺の花」も、「花」として観る「花」ではありません。
 それだけに、両作品の作者の観察眼と着想の非凡さが注目される、とまで申したら、褒め殺しとして非難されることでありましょうか?
 両作共に、「花」らしくもない「花」に取材しているのであるが、岩田桂さんの作品に詠まれたのは「北の大地」に咲く「花」であり、山仲勉さんの作品に詠まれた「花」は、「山かげに咲く」「花」であるから、評者としては、対照的なその展望の違いに興味を感じるのである。
 〔返〕  藪陰に咲いても北の大地でも花は花としてオンリーワンか   鳥羽省三  


[佐佐木幸綱選]


○  窓閉めろ表土は削れと言うけれど地上の生物人のみにあらず  (福島市) 伊藤 緑

 ご見識の素晴らしさには感服致しますが、行政の方々のお気持ちとしては、「取り敢えずは人間様がお大事」といったところではありませんか?
 お腹立ちになられては、ご人格が疑われましょう。
 〔返〕  ミミズでもモグラ・アメンボ・ケジゲジもみんな生きてる友達なんだ   鳥羽省三


○  放射能を怖れ今年は食べずをり背戸の筍ただ見守るのみ    (福島県) 目黒美津英

 評者の家の裏山にも、今春、数本の「筍」が表土を割って角突き出しましたが、その裏山とは評者の私有地ではありませんから、「ただ見守るのみ」でありました。
 その「筍」の季節も過ぎて、今は“今年竹”が淡い色して、折からの風にそよいでおります。
 ああ、食べないでよかった!
 〔返〕  筍を私は今年食べました。横浜産の皮付きでした。   鳥羽省三


○  その内に何とかなると思いしが何ともならぬ原発の事故    (川崎市) 池田 功

 「その内に何とかなる」との判断は甘過ぎました。
 おそらくは、「その内」にも、どの内にも、何ともなりませんよ。
 それにしても、本作の作者の池田功さんや評者の居住地である、川崎市のシーベルト値が、関東地方の他の土地と比べて異常に高いのが気になります。
 〔返〕  選ばれてシーベルト値の高い地に住んでいるのか作者と吾と   鳥羽省三


○  濁流にさらはれしと聞く去年見し美しき細工の雄勝硯も    (仙台市) 武藤敏子

 評者は、今回の事が無ければ、「美しき細工の雄勝硯」の事は、知らないままにあの世に旅立つところでありました。
 寡聞にして、私は、我が国の「硯」の材料としては、山口県宇部市の赤間石、三重県熊野市の那智黒石、山梨県雨畑の雨畑石(粘板岩)しか知りませんでした。
 私たちが小学生の頃に使っていたのは、雨畑産の安物でありましょう。
 〔返〕  濁流に攫はれしと言ふ鰹釣り船旬のいま何処漂ふ   鳥羽省三


○  南相馬へ二度目の帰宅日帰りで猫一匹の頭撫で来ぬ      (横浜市) 荒川 澄

 「猫一匹の頭」を「撫で」る為だけの「南相馬」への「二度目の帰宅」では無かったのでありましょうが、敢えてそれを言わずに「南相馬へ二度目の帰宅日帰りで猫一匹の頭撫で来ぬ」と言ったところに、本作の作者の歌人たる所以やスタイリストたる所以が在るのでありましょうか?
 〔返〕  南相馬への五度目の帰宅一泊で仔猫五匹の始末に悩む   鳥羽省三


○  三振を取りて吠えれどダルビッシュいまだ走者を背負っているぞ  (小樽市) 吉田理恵

 試合球が変わったせいもありましょうが、今年のセ・パ両リーグの先発投手陣の活躍振りには目を見張るべきものが在る。
 中でも特筆するべきは、楽天のマー君と日ハムの「ダルビッシュ」である。
 ごくたまに連続安打を許したりもするが、それは観客をわくわくさせる為の演出でしか無く、ノーアウト満塁の後に、三者連続三球三振の見せ場を作ったりして並み居る観客を興奮の坩堝に陥れるのである。
 「いまだ走者を背負っているぞ」とのファンの不安をよそに、「三振を取りて吠え」るのも、あの不良少年「ダルビッシュ」ならではの、千両役者振りである。
 〔返〕  ダルビッシュ田中マーくん沢村に比ぶるべくもあらぬ佑ちゃん   鳥羽省三   


○  プラタナスの木陰の数だけ談笑の輪が生まれたる初夏のキャンパス  (桜井市) 田村美由紀

 そのように事が運べば、大変結構なことでありましょうが、「キャンパス」外の「プラタナス」や公孫樹や欅の「木陰」では、その「数だけ」、自身の学歴コンプレックスやご亭主の職業コンプレックスを抱いてるが故に「木陰」に寄ろうとしない主婦の悪口を言って苛める、といった陰謀の「輪」が繰り広げられていたりしていて、現実社会の「木陰」とは、見せ掛け以上に陰湿なものである。
 〔返〕  “しまむら”のワンピを着ても笑われぬ楡の木陰は何処かに無いか?   鳥羽省三


○  ああこれがわが人生の旅なるか老人ホームに年重ねたり  (横浜市) 高味康雄

 「そりゃーもう、何と申しましょうか? 悟りと申しましょうか? 達観と申しましょうか? 何とも申し上げようも無いくらいの、実に見事な身の処し方と申しましょう!」と、小西得郎さんは仰って居ります。
 などと、意味も無く冗談を言っていたら、野球解説者のあの小西得郎氏がお亡くなりになったのは、1977年6月9日のことだと気がつきました。
 あれから四半世紀の歳月が過ぎたのですね。
 私も年を取ったわけである。
 そういうことで、インターネット辞書『ウイキペディア』の「小西得郎」の項目を検索したら、次のような、大変興味深い解説が為されておりましたので、関係者の皆様には無断で、以下に転載させていただきますので、曲げてお許し賜りたく、お願い申し上げます。


 小西得郎(こにしとくろう、1896年7月10日 - 1977年6月9日)は、昭和期のプロ野球監督、野球解説者。東京都麹町出身。

1、来歴・人物

 父は広島県鞆の浦生まれ、岡山県児島育ちで京都帝国大学教授を務めたロシア文学者・小西増太郎。
 小西は自著で「私の祖先は鞆の浦出の小西、それが備前の国は岡山に行って小西行長となったと聞かされた」と述べている。
 母は愛知県知多半島の中須生まれ、半田育ち。
 父親が15、16のとき、志を立てて東京に出てきてその後、得郎が生まれた。
 「私は東京生まれだが、言葉は田舎育ちの両親の影響を受けている」と話している。
 旧制日本中学を経て、東京帝国大学、京都帝国大学にも進める超難関の三高に合格したにもかかわらず進学せず、野球をするためだけに明治大学に進学した。
 第8代キャプテンとして東京六大学リーグで活躍。
 大学卒業後、石川島造船に勤務。最初は月島で石炭人夫をさせられた。
 二、三ヶ月の後、営業部に配属されるが間もなく退職。
 友人と上海で阿片密売をする。
 軍隊生活の後は阿片はやめ、石川島の営業部時代に鉄道省や電力会社に出入りして接待と商談の場に神楽坂の料亭をよく利用した縁で神楽坂に9年間居つき、32歳で神楽坂の置屋の主人となる。
 設立資金は先の阿片密売で得た金という。
 1927年(昭和2年)から始まった都市対抗野球大会では、置屋の主人として開幕戦の球審を務めた。
 1936年秋、神楽坂時代に面倒をみていた田部武雄の依頼を切っ掛けにプロ野球に関わる。田部のパトロンが田部を頭に岐阜県に関西鵜軍(コーモラント、鵜飼の鵜の意)なる新球団をつくるので監督になって欲しいと依頼される。
 このチームの結成話は流れるが、國民新聞が大東京軍を作り、小西はこのチーム二代目監督に就任。
 この時、同社主幹・田中斉と赤嶺昌志が当時、國民新聞の社会部長をしていた鈴木龍二を球団常務(代表)に抜擢。
 鈴木はまだ野球のヤの字も知らず、一緒に旅に出たおり、小西が鈴木に野球の手ほどきをした。
 鈴木が國民新聞から独立したい、金があって野球の好きな人をパトロンに付けたいとの依頼を受け、小西が紹介したのが大橋財閥の息子で共同印刷専務の大橋松雄。
 監督は一年半で辞め、その後共同印刷系の職場を転々とするが、球団の交渉事には関与し、大橋と妻同志が姉妹だった田村駒治郎との経営参加の要請交渉にも鈴木と同席した。
 1942年シーズン終了後、審判を辞めた明治の後輩・横沢三郎を共同印刷に世話をする。
 終戦直後、焼野原の東京新橋駅前でニクロム等を扱う「仙台製作所・東京出張所」を経営。粋な遊び人の小西は、焼け跡の闇市を牛耳るやくざの親分とも昵懇で、事務所には得体の知れない男たちが寝泊まり、どこからともなく食糧や生活物資などを運んできた。
 警官の追跡を逃れ事務所へ飛び込んで来た闇の世界の大物を、小西がかくまったことで「恩返し」と称して闇物資が届き始めたともいわれる。
 このためか六代目尾上菊五郎や藤原義江らも顔を見せた。
 また、鈴木龍二、鈴木惣太郎、赤嶺昌志、村上実、松浦竹松、富樫興一、小野三千麿や大下弘、飯田徳治、岩本義行ら野球選手、浜崎真二、安藤忍ら満州帰りの野球人が麻雀や闇米目当てで集まって溜まり場となり、戦後のプロ野球再開が話し合われた。
 1945年の秋、この「仙台製作所」の看板の横に小さく「日本職業野球連盟」という板切れがかかっていた時期があった。
 戦後のプロ野球復興初の開催となった同年秋の東西対抗戦は、鈴木惣太郎の要請を受けてGHQのキャピー原田を訪ねた鈴木龍二が、その足で小西に相談。後楽園球場や甲子園球場がGHQに接取されている状況で、「とりあえず試合をやってプロ野球復活の狼煙を上げるしかない。
 連絡がつく選手をかき集めて東西対抗戦でもやればいい」という小西のアイデア。
 2チーム分の選手を何とか集めて東西対抗戦をするということで、戦前行われていたオールスターの東西対抗戦とは意味合いが異なる。
 東西対抗戦に駆け付けた選手・関係者の食糧調達は小西の多彩の人脈に助けられたもの。
 1946年、横沢三郎が大下弘らを擁して結成したセネタースのユニフォームを作る生地が調達できないと相談を受け、戦前何度もユニフォームを変えた阪急を紹介、セネタースのユニフォームは阪急のユニフォームを改造したもの。
 同年セネタースの東急への身売り話は、浅岡信夫を通じて小西が関与し、東急フライヤーズ結成後の苅田久徳の監督就任は、小西が貸していた1万円をチャラにするという条件で苅田をプロ球界に復帰させたものという。
 大映の永田雅一のプロ野球参入も永田が川口松太郎を通じて小西に依頼し、永田のメインブレイン・大麻唯男を介して赤嶺昌志を永田を繋げたもので、さらに松竹の大谷竹次郎のプロ野球参入も、大谷から依頼を受けた六代目尾上菊五郎が小西に頼んだもの。 太陽ロビンスとの合併を小西が仲介したという。
 また坪内道典のプロ球界復帰も小西の仲介によるもの。
 この他「野球時代」という雑誌を始めた関係から新田恭一を引っぱり出し、杉下茂の中日入りも小西が世話をし、大島信雄は鈴木龍二に頼んで松竹ロビンスさせたという。
 1950年(昭和25年)、監督を予定していた浜崎真二や水原茂に逃げられ、大量補強したチームをまとめるため、やむなく松竹ロビンス監督に就任、その年のセントラル・リーグ初代優勝に導く。
 1952年(昭和27年)~1953年(同28年)には大洋ホエールズ・洋松ロビンスの監督を務めた。
 1955年5月からNHKでプロ野球中継の解説者として活躍し、「そりゃーもう、なんと申しましょうか」というおなじみの台詞と、志村正順アナウンサーとの名調子で知られた。
 また、1955年(昭和30年)6月7日の後楽園球場での巨人対中日戦で巨人の打者藤尾茂が杉下茂の内角への鋭いシュートを股間に受けた際に(「なんとこともあろうに藤尾のキ…」とうっかり放送禁止用語を喋りそうになって)言葉に詰まった志村アナウンサーを尻目に、「まぁ、なんと申しましょうか…藤尾君の今の痛さばかりはご婦人方には絶対にお分かりになられない痛みでして」の名言でその場をつないだ逸話も有名。
 大和球士とともにテレビ中継草創期の名解説者で、特に実況放送を通じ独自の解説をもって全国のファンを啓発し、野球の隆昌に貢献した。
 1971年に野球殿堂入り。
 1977年(昭和52年)6月9日死去、享年81。

2、エピソード

 東京生まれの粋人として知られ、梨園に知己が多かった。
 松竹ロビンスでの球界復帰は、親会社・松竹興行の要請と六代目尾上菊五郎の薦めであった。
 「御婦人方には…」発言の夜、小泉信三から小西のもとに「NHK放送史上に残る名解説だったですね」と称える電話があった。
 解説者時代、名遊撃手といわれた3人の選手について「広岡は絹糸、豊田は木綿糸、吉田は麻糸」というたとえで表現した。
 柳家金語楼主演・小田基義監督の東宝映画『おトラさん』シリーズ全6作に、本人の役で出演、全ての作品に名台詞「何と申しましょうか…」を言っている。
 松竹ロビンスをセ・リーグ初代優勝に導いたが、日本シリーズ(当時は「日本ワールド・シリーズ」)敗退後、辞任している。
 その経緯については複数の説がある。
 鈴木陽一の著書『巨人軍監督の決断』(講談社、1987年)では次のように書かれている。
 この年39勝をあげたにも関わらず最高殊勲選手に選ばれなかったエース真田重男に対して球団側は慰めの意味で功労金を出すにあたり小西に相談した。
 小西は他選手の士気に影響するので、「日本シリーズ終了後であるならば」という条件で了解(当時は日本シリーズ開幕前に最高殊勲選手が発表された、と鈴木は記載)した。
 しかし、小西の頼みにも関わらず、球団側はシリーズの最中に真田へ金を渡した。
 このことがチーム中に知れ渡り、選手の足並みが乱れたことも一因となり、初の日本シリーズは敗退する。
 落胆したオーナーの田村駒治郎はその責任を小西の進退問題に向けたところ、江戸っ子だけに気の短い小西が「何をいいやがる。こっちから辞めてやる」とあっさりユニフォームを脱いだ。
 一方、中野晴行の著書『球団消滅 幻の優勝チーム・ロビンスと田村駒治郎』(筑摩書房、2001年)ではやや異なる説明がなされている。
 リーグ優勝後に小西は田村に選手の年俸アップを確約させて日本シリーズへの士気を高めようとしたが、田村はそれに応じなかった。
 また、田村は真田が最高殊勲選手を取ることを見越し、チーム内の感情を考えて、最高殊勲選手を真田が取れば小鶴誠にそれなりの賞金を出すと真田に話した。
 これを聞いた真田は「もし取れなければ自分に賞金をくれるということか」と問い、田村は「そういうことになるか」と返答する。
 最高殊勲選手の発表はシリーズ終了後の11月30日で、田村は真田に賞金は渡していなかった。
 しかし、真田はチームの同僚に「最高殊勲選手が取れなくても社長が金をくれる」と話してしまう。
 この話がやや歪んで小西に伝わり、12月に田村と面談した際に「田村がシリーズ中に真田に金を渡したことが敗因だ」とまくしたて、先の年俸アップの件と合わせて「私はほとほとあきれました。もはや、こんなチームの監督はやっておれません」と発言。 小西に負けず短気な田村も「いやならやめなはれ。クビや、クビ」と返答した。
 田村はその後思い直して、鈴木龍二を介して翻意を求めたが、小西の辞意は固く辞任に至った。
 当時の新聞縮刷版によれば、最高殊勲選手の発表は中野の記載通り日本シリーズ終了後の11月30日で、「シリーズ開始前に最高殊勲選手が発表されたために、田村がシリーズ中に真田に金を渡した」という説は成り立たない。
 この説は、鈴木龍二が回顧録にほぼ同じ内容を記しており(ただし同じ回顧録の中でも最高殊勲選手発表の時期が場所によって「シリーズ前」「シリーズ中」と異なっている)、これが流布したと考えられる。
 小西は自著『したいざんまい』の中で最高殊勲選手が日本シリーズ開幕前に小鶴と発表され、田村が真田にそれ以上のことをしてやる、つまりお金をやるといい、それを真田が金が余計にもらえるぞ、と言いふらしチーム内がガタガタした。
 またシリーズは神宮球場でやることに決まったが、六大学出身者が多い毎日に比べると松竹は神宮の経験者が岩本義行と大島信雄の二人しかいない。
 神宮球場での練習はGHQの管理下で出来ず。
 さらに真田が肩が痛いと言いだし、みんなで真田を殴ったりがあってシリーズを負けた。
 納め会の席上、田村が小西に「今度は総監督で、監督は外の人を」というような案を出したので腹が立って辞めたと書いている。
 関三穂著『プロ野球史再発掘 4 』内の小西、岩本の証言も似た内容。   
                             (転載は以上で終わり)

 野球解説者としての席に居ては、ただの野球好きの好々爺にしか見えなかった、あの小西得郎氏もなかなか数奇な運命を辿ったものである。
 本作の作者・高味康雄さんにしても、これから先、どんなことがあるか分かりません。
 案外、福祉介護師の若い女性に惚れられたりして、ホーム内で一花も二花も咲かせる場面も在るかも知れませんよ。
 「いざ、鎌倉」という時の為に、毎日の精進摂生を怠り無く。
 〔返〕  いざ鎌倉、一本どっこで駆け付けむ 抜くに抜けない錆び刀かも   鳥羽省三
 

○  ジェット機の訓練夙き基地の朝午前三時にカッコウの鳴く  (三沢市) 遠藤和夫

 私の家の裏山の鶯は、午前四時に啼き始めます。
 ところで、「ジェット機の訓練」は、何時頃から始まるのでしょうか?
 〔返〕  ジェット機の爆音凄き羽田沖午前六時に穴子を狙う   鳥羽省三  


○  天井の高き古書肆の天井に古書の届きて夏来たるなり  (青梅市) 津田洋行

 和本の虫干しに季節が到来しました。
 あの「高き」「天井」から梯子を使って下ろし、直射日光を避けながら一冊一冊陰干しするのは、なかなか大変なことです。
 それにしても、我が国には、さまざまな形の「夏」の訪れが在るものである。
 〔返〕  今年竹風に揺れてる午後三時鰹獲れぬも夏来たるらし   鳥羽省三

今週の朝日歌壇から(6月27日掲載・其のⅣ・改訂版)

2011年07月03日 | 今週の朝日歌壇から
[永田和宏選]


○  ボランティアせし人々は知っているテレビに映らぬ異臭のことを  (千葉市) 塚谷隆治

 近頃のテレビ受像機は性能がかなりアップして、立体映像即ち“3Dテレビ”なるものも販売されているのであるが、「異臭」にしろ腐臭にしろ美臭にしろ、臭いの類まで視聴できる段階には未だに至ってはおりません。
 したがって、本作に詠まれた内容は、ある程度までは事実を伝えたものであろうと思われます。
 しかしながら、この度の大震災の被災地には、「ボランティア」の方々だけではなく、被災者の方々及び被災者ではない地元の方々、更には土木会社の従業員として、それなりの賃金を受け取って「瓦礫」の始末をなさった方々も居られたに違いなく、そうした方々の鼻も、「テレビ」には「映らぬ異臭」を嗅いだことでありましょう。
 したがって、「テレビに映らぬ異臭のこと」を「知っている」のは、「ボランティアせし人々」だけに限定されない、ということになりましょう。
 題材となっている事柄やそれに対する作者の考え方に対する是非については、この際は、これ以上は言わないことに致しましょう。
 本作は、“五七五七七”三十一音という定型を遵守し、韻律らしきものも感じられるので、形式的には短歌としての体裁を整えている作品とは判断される。
 しかしながら、短歌という以上は、“五七五七七・三十一音”という定型を通じて、必ずや何か強烈に訴えたいことが在るはずでありましょう。
 本作の場合、その「強烈に訴えたいこと」が見えて来ません。
 その「強烈に訴えたいこと」とは、「私は被災地に出掛けて『ボランティア』活動したから、『テレビに映らぬ異臭のことを』『知っている』」ということでありましょうか?
 それとも、「被災地には『テレビに映らぬ異臭のこと』など、まだまだ多くの問題が在るから、ただ単に『テレビ』を見ていたり、被災地にお見舞いの品物やお金を送ったりしているだけでは無く、被災地に直接足を運んで『ボランティア』活動をしなさい」ということでありましょうか?
 或いは、また、それらとは全然違った事柄についてでありましょうか?
 それはそれとして、「ボランティア」の是非について、その功罪については、さまざまの意見が広く取り交わされておりますよ。
 
 〔返〕  霞食い雲を寝床に働いて税を払うをボランティアと言う   鳥羽省三
 ただでさえ少ない水や食べ物をボランティアと称する方々がふんだんに飲み食いし、その食べ殻や食べかす、そして、その処理も思うままにならない糞尿を現地に大量に残して、碌に働きもしないままに大威張りで東京に帰って行った、などということが、ツイッターなどを通じて伝えられていることも忘れてはなりません。
 「題材となっている事柄やそれに対する作者の考え方に対する是非については、この際は、これ以上は言わないことに致しましょう」などと言いながら、私はついうっかり、またまた余計なことを申し上げたかも知れませんが、性格が性格ですから、何卒、お許し下さい。


○  いつになく猫の姿を多く見る灯り控えて早まる夜に  (町田市) 冨山俊朗

 この頃の我が国には、野良犬と言うべき所有者のいない犬は、ほとんど目につかなくなりましたが、所有者のいない猫、即ち、野良猫は未だに沢山いるような気がします。
 本作の作者・冨山俊朗さんは、「灯り控えて早まる夜」には「いつになく猫の姿を多く見る」と仰って居られますが、そう言えば、明るい昼間はあまり目に着かない野良猫が、暗い夜になると、やたらに目に着きますね。
 「目に着く」と言うよりも、「耳に着く」と言う方がより適切な言い方かも知れませんが。
 ところで、犬には狂犬病という恐ろしい病気が在りますが、猫には狂猫病が無いのでしょうか?
 この頃は、冗談ではなく、そんなくだらない事が気がかりになりますが、これも年齢のせいでありましょうか?
 「灯り控えて早まる夜に」ということについて、一言申し上げますが、あれ以来、デパートやスーパーやコンゴニや駅舎やその他の公共機関などの照明の度合いが確実に落とされましたが、私としては、それ程の違和感は覚えません。
 しかし、駅舎への出入りに使われるエスカレーターが止められたりすると、年齢のせいで右足の不自由な私としてはかなり不便と思われ、外出も控え気味になりました。
 人が多く集まる場所の照明などは、もともと現状位で適当なの知れませんね。
 冨山俊朗さんの作品に託けて、いろいろとくだらない事ばかり書き連ねてしまいました。
 でも、“とみやまとしろう”さんの「冨」の字が、「富」では無く「冨」だったので、その腹いせにお喋りしたのではありませんから、悪しからず。

 〔返〕  猫好きは犬好きよりもマナー悪(あ)し野良犬居ぬが野良猫は居る   鳥羽省三
      野良猫は埼玉県に特に居てごろにゃーにゃんと夜も寝られず
 この程度の出来では、朝日歌壇に入選しないのでありましょうか?
 神奈川新聞や秋田魁新報や河北新報や佐賀新聞ではどうなのでしょうか?
 こんなことを申しても、この私には、上記の神奈川新聞や秋田魁新報や河北新報や佐賀新聞などの名誉を傷付ける気はいささかもありませんから、悪しからず。 


○  たまゆらに消へし松原もとほれば翠あまねしグーグルアースに  (吹田市) 小林 昇

 学童の頃に、学校で、林古渓作詞・成田為三作曲の『浜辺の歌』を歌わせられましたが、その二番の歌詞中の「もとおれば」という語句の意味が解らずに、音楽担当の女性教師に質問したところ、「作詞者の方は、題材となっている浜辺の、元々の住人であったのでしょう」という、極めてご適切なるご説明をいただいたことがありました。
 いや、冗談ではありませんよ。
 件の女性教師のご説明もその通りでありましたし、そのご説明に私自身が納得し、それ以来、その女性教師を密かに慕うようになったのも、全く嘘偽りの無い事実でありますから、どうか信用して下さい。
 その初恋の「もとおれば」が「もとほれば」という古典語スタイルに扮装して、六十数年ぶりに、かつての美少年の前に、再登場したものですから、かつての美少年はびっくりしてしまいました。
 そう言えば、本作に登場する語句は、この「もとほれば」に加えて「たまゆらに」「翠」「あまねし」と、なんだか意味の解らないようなのが多いようです。
 人によっては「グーグルアース」だって、意味が解らないと思いますよ。
 「かっこつけてんじゃない!」なんちゃって。
 冗談はさて措いて、「大震災で一瞬の間に流失してしまった被災地の『松原』を、『グーグルアース』で検索してみたところ、『グーグルアース』上のその『松原』は緑一色であった」という意味のことを、「たまゆらに消へし松原もとほれば翠あまねしグーグルアースに」といった、回りくどく意味の解らない言葉を駆使して言ったとしても、それを理解してくれるのは、選者の永田和宏先生と、この鳥羽省三と、それからもう十二、三人くらいのものかも知れませんよ。
 難しい言葉を使って、選者の関心を惹こうとする策略が見え見えです。
 

  小学唱歌『浜辺の歌』
      作詞 林古渓   作曲 成田為三
  
  あした浜辺をさまよえば
  昔のことぞ忍ばるる
  風の音よ 雲のさまよ
  寄する波も かいの色も

  ゆうべ浜辺をもとおれば
  昔の人ぞ忍ばるる
  寄する波よ かえす波よ
  月の色も 星のかげも

  はやちたちまち波を吹き
  赤裳のすそぞぬれひじし
  病みし我はすべていえて
  浜の真砂 まなごいまは

 懐かしさの余り、『浜辺の歌』の歌詞を転記してしまいましたが、この歌詞は、本来、文語定型詩として書かれたものでありますから、「さまよえば」は「さまよへば」と、「ゆうべ」は「ゆふべ」と、「もとおれば」は「もとほれば」と、「ぬれひじし」は「ぬれひぢし」となっていなければなりません。
 ところが、この歌の歌詞を記録した書籍の大半は、上記のようなミスを犯しているのである。
 ところで、今は亡き高峰秀子さんが主演の映画『二十四の瞳』の子役の一人の少女が、修学旅行に向う汽船の中で、高峰秀子さん扮する先生から勧められて、この歌を歌う場面が在りますが、その昔、私は郷里の映画館でその場面に涙しながら見入っている時、歌っているあの少女は、「もとおれば」という歌詞の意味を解って歌っているのだろうか、と不思議に思ったものでした。
 その頃の私は、「もとほる」という動詞の正確な意味を理解しており、したがって、件の女性教師に対する尊敬の念も思慕の情も全く消え去っていたのでありました。
 〔返〕  「もとほる」を「元居ること」と教へたる教師は元々馬鹿な女さ   鳥羽省三


○  三ケ月すぎてもいまだ屋根をまもるブルーシートに染まるさみだれ  (結城市) 堀田喜美江
○  人集ふ所はなべて薄暗し節電にして鎮魂の暗さ  (前橋市) 荻原葉月
 
 大変失礼ながら、二作品共に、「この格好の歌材を詠まんでなるものか」との思いでお詠みになられた作品かと、拝察させていただきました。
 〔返〕  三ヶ月過ぎての後の棒ちぎり関係法案審議未了か   鳥羽省三


○  電車待つ梅雨の夜の駅かたはらの若き力士の鬢付けにほふ  (小美玉市) 津嶋 修

 「電車待つ→梅雨の夜の駅→かたはらの→若き力士の→鬢付けにほふ」と、その韻律も素晴らしく、その内容もやや古風ながら、大変素晴らしい作品として鑑賞させていただきました。
 「梅雨」の季節の総武線の何処かの「駅」の夜景及び情趣をお詠みになったのでありましょうか?
 まるで、澄んだ湖の底か何処か、この世と異なる別世界の出来事のような気がします。
 いよいよ名古屋場所ですね。
 
 〔返〕  本場所の振れ太鼓往く花街の灯りも暗く寂しき名古屋   鳥羽省三   韻律に対しては韻律で報いるしか手はありません。 


○  姫女苑雨にぬれゐる川土手の夕道細し白く煙りて  (西条市) 亀井克礼

 「姫女苑」に「ひめじょおん」と、「煙(りて)」に「けぶ(りて)」との振り仮名あり。
 作者の思い入れはともかくとして、不要な措置かと思われます。
 〔返〕  姫御前の雨に濡れたる一重着て春を鬻げる三条河原   鳥羽省三


○  ためらいて紅きサルビアの蜜を吸う恋を知らない少女のように  (桜井市) 田村美由紀

 「ためらいて紅きサルビアの蜜を吸う」様は、「恋を知らない少女のよう」でありましょうが、蜂は蜂ですから、うっかりすると刺されますよ。
 〔返〕  世の中にぶんぶぶんぶと姦しく飛び交ふものか働き蜂は   鳥羽省三


○  別れぎわもしや握手を欲りし目か青き夜雨に部下遠ざかる  (和泉市) 長尾幹也
 
 「別れぎわ」に「もしや握手を欲りし目」をしたかも知れないのは、「青き夜雨」の中を「遠ざかる」「部下」でありましょうか?
 そうだったら、宜しいのですけれども、「もしや」本作の作者・長尾幹也さんご自身であったりしたら、その時は、潔くご退職なさるべきかと思われます。
 〔返〕  別れ際口付けせむと願ひしもさらりと交はし逃げ行く秘書か   鳥羽省三