臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

「大室ゆらぎ第二歌集『夏野』」鑑賞

2017年09月30日 | 諸歌集鑑賞
○  春の雨ゆふべに餓ゑてゆでたまごふたつを蛇のやうに吞み込む

○  長かつた蛇は轢かれて長いなりに平たくなりぬ、朝から暑し

○  欄干が低過ぎる橋きのふから砂にまみれて死んでゐる蛇

○  さらされて小ちさきけものの頸の骨三つばかりのしろき歯残る

○  けだものの骨かと見えて川砂のうへに砕けてゐる蛍光灯
 
○  蓮の骨浅く沈めて澄みわたる冬しづかなる水生植物園

○  叢にむくろさらしてゐるわれを荒くついばむ鳥にあてがふ

○  野づかさの墓地のはづれに束のまま捨てられてをり枯れた仏花は

○  散相のわれの眼窩を這ひ出して百年後に咲くゆふがほの花

○  をりをりは世界に触れておほかたは世界を拒むために持つ指

○  薄暮光けふは世界に触れ過ぎた指が減るまで石鹸で洗ふ

○  石鹸でよくよく洗ふ生きてゐるだけで汚れてしまふからだを

○  生きてゐても二度と逢へない人はゐて夏茱萸の実を喉に詰まらす

○  窓辺にはなまぬるき風 人が実にさまざまな死に方をする「イリアス」

○  花の木の蜜を吸ひ吸ひ枝を移り小さく生きてゐることりたち

○  草の刺触れて鋭しつぶらなる子牛のまなこにまつはる狭蝿

○  曇りつつひかりあかるしわが耳と耳のあひだで鳴きやまぬひばり

○  青空の青に吸はれて見失ふ何を言つているのか分からないひばり

○  恍惚は突如途切れてひばり落つ昼に逢ひつつ昼にわかれき

○  消えやらぬ昨夜の声々沼水にいよよ吸わるるみぞれ雪の影

○  沈黙をわれと分かちて朝を歩む雉のかうべに降れる水雪
     
○  見ずにおれぬ焦点としてゆふやみに何かを燃やす炎群立つ

○  左眼は本を読む目で右の目は遠くを見る目、左目使ふ

○  沼に湧く菱を覗いてゐるときもわれを出で入る呼気と吸気は

○  うつむいて祈りのためにひらく口、朝みづみづと白百合は立つ
 
○  川の辺のおほきあふちの木の花の濃き香至りて宵を苦しむ
       
○  ひとつひとつが米粒となる稲の花、古墳に沿うて小道は曲がる
   
○  午後二時われに眠りの差すときにうつつにひらく睡蓮のはな

○  木のうろに入りしばかりにおもむろにあはれあはれわれは蔓草になるぞ

○  片靡く枯れ葦原に立ち交じりかくも吹かれて人外にをり

○  峡覆ふ青葉の界に参入す いささかわれを失はむとして

○  狸の骨があると分かつてゐる道をけふも通れば目はそれを見る

○  身は朽ちて流れ着きたり砂の上に清く連なる頸の骨かも

○  人ひとり失せしこの世の蒼穹を夏へとよぎる一羽のつばめ

○  おびただしき羽黒とんぼは立ち迷ふ林の果てにひらく水明かり

○  蔓草に口のうつろを探らせて喉の奥まで藪を引き込む

○  延びてゆく髪と蔓草しろき根に吸はれてわれは蔓草になる

○  たましひを揺らしに行かうむつちりと青き胡桃の生る下蔭に

○  沈黙をわれと分かちて朝を歩む雉のかうべに降れる水雪

○  真葛這ふカーブミラーの辺縁に歪んで映るわれと犬たち

○  烏さへ黙つてゐるあさ北半球なかば熟れたる桃は落ちたり

○  川土手にジグソーパズルは燃やされてジグソーパズルのかたちの灰は残りぬ

○  蚊柱に入りて出づれば以前とはいくらか違ふわれとはなりぬ

○  地図に散る島のかたちのそれぞれに夜明け飲み干す水の直立
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喜多昭夫の短歌

2017年09月04日 | 諸歌集鑑賞
○  あなたしかしらないやうな樹ですからこえだにふれるとき気をつけて

○  水底に硬貨のごとき星を擁き春のセーヌのむらさきの闇

○  晩夏の埠頭に置かれたる母の麦藁帽子のなかのソネット

○  ブラウスの胸ひらきつつ道造の十四行詩がとても好きなんだつて

○  目つむりてきみの水脈さぐるとき短篇小説のごとくさまよふ

○  霞たつパウル・ツェランの胸処にて脚韻の詩を恋へり少女は

○  いもうとの涼しきこゑは修司祭のビラ配りゆく林檎園まで

○  抱擁をしらざるいもうとの胸のくぼみに青きレモンを置かう

○  きみの胸のふくらみに目をそらすときプールサイドに碧きしみ見ゆ

○  みつめあへば抱きしめたいと思ふだらう季節はづれの海に来てゐる

○  海の辺の電話ボックスにて君はうつくしかりし夕映えを言ふ

○  強く君に打ち寄せる波になりたくてその唇を噛んでいたのに

○  花降れば花かと思へうつそみの君がセーラー服を脱ぐ季

○  あなたしかしらないやうな樹ですからこえだにふれるとき気をつけて

○  「がんばるわ」なんていふなよ息をふきかけるときみはまはりはじめた

○  背後より君を擁けば海原に葡萄の房のごとき雲見ゆ

○  泣かないでこつちへおいでよコインロッカーにセーラー服を隠して

○  水着着てマネキンのやうな君ですねまはりの空気ごと移動する

○  君といふ魚住まはせていつまでも僕はゆるやかな川でありたい

○  オレンヂを積む船に手を振りながらさびしく海を信じてゐたり

○  海越ゆるましろき蝶のはばたきに少年の日はきらめきやまず

○  吉沢と肩を並べてコの字型の校舎の窓から眺めた夕陽

○  二代目の仮面ライダーやつてきて「ライダーキック!」と叫びつつ蹴る

○  ひとりだけ横向く卒業写真あり自分を追ひつめることの清しさ

○  定時制高校生が地下道の壁にスプレーで書いた「あをぞら」

○  青空にレモンの輪切り幾千枚漂ひつつも吾を統ぶ、夏

○  白衣着て駆けあがりきし屋上に空飛ぶ鯨をわれは思ひき

○  どこからが頭なのか分からねどなでなでしたきこの大海鼠

○  半透明レジ袋ゆゑうつすらと中身の見えてこれはアボガド

○  紫電改といふいかめしき名前もつ育毛剤ありがたく振る

○  すれちがひざまに天才バカボンのパパかもしれない岡井隆は

          「喜多昭夫第一歌集『青夕焼』」より抜粋


○  穂村弘サイン会の最後尾 ウナギイヌがゐるつて本当?

○  バカボンのパパよりもなほうつくしく岡井隆は抒情してゐる

○  町なかに人影あらずうすうすともののかたちに雪つもる見ゆ

○  滑るやうに車線変更してしまふコンサバティブな春の夕暮れ

○  臨時職員のつとめ尊し五百枚コピーとるにも心技体要る

○  にんげんに生まれたことが悔やまれてならない  ひのきぶろになりたい

○  滑るやうに車線変更してしまふコンサバティブな春の夕暮れ

○  額の上にひとくれの塩戴きて白き鯨は陸くがめざすべし

○  手榴弾のごときレモンを握りしめまだ脚韻の詩を知らぬ君

○  水の上に薔薇羽搏けよ、チェス盤の騎士は倒れよ、わが誕生日

○  ああ、仕事をやめてしまひたいこんな夜はヒヨコ鑑定士に弟子入りしよう

○  はこぶねに乗れないことを悲観して心中をするふたこぶらくだ

○  ニャロメ忌は赤塚不二夫の忌日なりなにはともあれそれでいいのだ

○  魚ころし酢飯のうへに載せてなほぐるぐる回すとはなんてこと

○  Ca不足のわれか 時東ぁみの小さい「ぁ」にイラッと来たり

○  町なかに人影あらずうすうすともののかたちに雪つもる見ゆ

○  金魚玉十の尾びれのいつせいに赫き夕日を弾きけるかも

○  桃の箱解体すれどなほにほふ かなしみといふほどでなく

○  デッキチェアたたんでゐたら一人づつ肩たたかれて連れていかれた

○  みづいろのクリアファイルにここだくの星を挟みて家へ帰らう

○  その歌をくちづさまむか 十二月五日 月曜 雨の久我山

○  死んでゐる場合ではない岸上よ その眼差しを楯として行け

○  晩年のしごとを人は穫りいれと呼びて励みき麻薬喫みつつ

○  地下書庫といふ湿原にひとり来ていまひとたびの『白雨』に遭はむ

○  頸動脈断ちて果てたるをとめごの泉湧きたりあらくさの中

○  夏蝶は龍在峠を越えてゆくこの世のことはなべてかりそめ

○  空蝉に一身上の都合あり生まれて産みて死にたまふなり

○  みづいろの氷菓包みし薄紙に一行の詩を記したまへな

○  秋の午後傷つきたくてマッチ擦る 院生室のソファーのくぼみ

○  ケンタッキーフライドチキンの人形を横抱きにして地下鉄にのる

○  青空にレモンの輪切り幾千枚漂ひつつも吾を統ぶ、夏

○  笑ひながらほんかくてきになつてくる穂村弘は勝ち組である

○  アンパンマンの顔のかけらが県道に落ちてゐるからすこし悲しい

○  教壇にチョークを持てばジャパネットたかたのやうに絶好調だ

○  AKB48のセンターに立つてゐる久木田真紀の亡霊

○  やつとこさあてた感じのボテボテのゴロがヒットになるのよイチロー

○  横山やすしが「メガネ、メガネ」と探すとき〈世界〉はすでに終はつてゐたか

○  マッチ棒振るやうにして棒にふる田代まさしの本名政

○  外つ国のをとめごなれど腰を振りわれを励ますKARAのうたごゑ

○  ロチューとは路上駐車のことでなく〈路上でキス〉の意味とこそ知れ

○  ひたすらに寄せてはあげる乳のこと知らないふりをしてゐるあなた

○  カナ、少し賢くなつた気がするの エンドルフィンはイルカではない

○  メンスキー・タカノビッチ・キミヒコフよ 僕は担々麺が好きです

          「喜多昭夫第五歌集『早熟みかん』」より抜粋

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「勺禰子作『月に射されたままのからだで 』」より

2017年09月01日 | 諸歌集鑑賞
○  定刻に擦れ違ふ朝のドーベルマン頭の中にひろがる惨事

○  上映会なれば見知らぬ人たちと並び観てゐる金魚の交尾

○  天象儀を並び見上げて手をつなぐこと易ければこそ 触れざりき

○  刻々と報道される事実より吾は信じる線路の勾配

○  夕映えに釈迢空のしんねうが伸びだしてきてねろり張り付く
 
○  「エノケンの笑ひにつゞく暗い明日」鶴彬拷問のすゑ死す  (鶴彬は反戦川柳作家。1909〜1938)

 今年(2008年)は、鶴彬没後70年にあたる。1938年9月14日、鶴彬は赤痢に罹患し、豊多摩病院のベッドに手錠でくくりつけられたまま絶命した。川柳を武器に侵略戦争へ向かう時代と徹底して闘ったこの若者のことはそれほど知られていない。鶴彬は柳名であり、本名を喜多一二(きたかつじ)という。享年わずか29歳であった。
 鶴彬は、37年12月、いわゆる『川柳人』弾圧事件の主要人物の一人として治安維持法違反で逮捕され野方署に留置された。不潔不衛生で有名な留置場で赤痢にかかり病院に移送されたのだった。逮捕の直接の契機となったのは、37年11月、『川柳人』281号に記された以下の一連の作品であり、柳誌『三味線草』によるその告発と言われている。
   手と足をもいだ丸太にしてかへし──侵略戦争の実態とその背後の国民生活を告発
   高梁の実りへ戦車と靴の鋲
   屍のゐないニュース映画で勇ましい
   出征の門標があってがらんどうの小店
   万歳とあげて行った手を大陸において来た
   手と足をもいだ丸太にしてかへし
   胎内の動きを知るころ骨がつき
 激化する中国への侵略戦争、その被害者でもある国民の真実の姿を詠ったものである。皇国は若い男たちを強制徴用し、その挙げ句手足をもいだ丸太同然の体にして親族や郷里に返す。天皇制国家権力の理不尽をわずか一行で訴える。
 戦争は泥沼化し、限りない戦線の拡大は人と物の徴発を招き、労働力不足は生産力の低下となった。物不足は国民生活を破壊した。
   フジヤマとサクラの国の餓死ニュース
   エノケンの笑ひにつづく暗い明日
   税金のあがっただけを酒の水  『火華』第三巻五号より 1937年5月
 天皇制国家は、赤裸々に真実を伝える川柳の批判性が大衆に与える影響を恐れ、戦争と世相を痛烈に批判する川柳誌を逐次、発刊停止処分にしていった。
 鶴にとって川柳は「厳粛な現実批判の諷刺短詩」であり、「その諷刺性は、わずか一呼吸の短い時間に『うた』を完了せねばならないといふ制約のために、もっとも短く鋭い、寸鉄殺人的諷刺」であり、「何よりも印象的な簡潔さと発條の如き圧搾的弾力をはらむ、手榴弾の詩」であり、「勤労大衆の胸に、おぼえられ易い言葉と音律をもって、とび込んで行く寸劇詩」であった。(「川柳における諷刺性の問題」『詩精神』二巻六号)
  「川柳は一つの武器である」と宣するまでの苦闘
 鶴の人生はわずか29年。高等小学校を卒業するまでの14年間を引くと、自覚的人生を歩んだのはたったの15年間。この間に4年間の軍隊生活があるから、彼が自分の人生を己の意志で歩み得たのはわずか10年(後述するが軍隊でも自分の「意志」は発揮している)。鶴はいわゆる「反戦・反軍川柳」「プロレタリア川柳」の詠い手とされるが、何も一直線にこの道に進み得たのではない。幾多の挫折、闘争、論争を経た後ようやくこの境地にたどりついたのだった。その足跡を概観したい。
 軍隊生活で分断されたわずか10年の間に、彼が成し遂げた仕事は、詩作品14篇、川柳作品1044句、評論作品85篇というおびただしいものである。鶴は常に理論を先行させ、目的・手段を明らかに示しつつ、実作によってそれを跡付けるという手順を歩んで来たといわれる。そうであるなら、その仕事全体に亘り、かつ評論と実作(川柳)を関連付けながら論評しなければならないのだが、実作(川柳)における変遷のみを見ても、(1)目にし、心に映った寸景をそのまま表出した習作時代、(2)虚無的社会的な心情を歌った時代、(3)生命主義に透徹した時代、(5)写実主義・プロレタリア川柳へ到達した時代、と区分できる。私たちが注目すべきはやはり(5)の時代であり、なかでも1933年の除隊から1938年に生涯を閉じるまでの「最後の5年間」である。「この最後の五年間は、鶴彬にとって、ただ一路、プロレタリア川柳の発展と成長のための文字通り苦闘の時期であった。そして、この苦闘の中で、かれが残した数多い作品は、その密度の高いプロレタリア・レアリズムで、一定の完成度を示している。」(「反戦川柳作家 鶴彬」深井一郎著 日本機関紙出版センター 1998年)
 鶴彬最後の5年間――プロレタリア川柳の発展と成長のために
 1930年1月、金沢の第七歩兵聯隊に入隊した鶴は、いわゆる「赤化事件」のため軍法会議にかけられた。鶴が日本共産青年同盟の機関紙『無産青年』数部を数回にわたり秘かに隊内に持ち込み、外部のナップ、全協のメンバーらと連絡をとりつつ、軍隊内で読者を獲得しようとしたというものである。このため軍法会議にかけられ、懲役二年の判決を受け大阪の衛戌監獄に送られた。軍隊生活の大半を監獄で送ったのである。
 彼が軍隊の門を出た前後は、日本共産党の佐野学・鍋山貞親などの転向が喧伝されている時期であった。赤色リンチ事件が新聞面を賑わし、治安維持法の改悪が実現し、文部省に思想局が設けられた年であった。「彼は羽ばたく術を奪われ、庇護者としての剣花坊を失い、日々の糧を自分の肉体を酷使することでしか手にしえない、切羽つまった状態におかれていたのである。」
 そんな中で彼は、直ちに創作を始め、評論を書き、旺盛な論戦を始める。創作における試み(これは必ず論争を伴った)は、「三行書き」「諷刺短詩」「自由律」「連作」など、その間自らの川柳を掲載するための『蒼空』の創刊、そして「定型律形式及び図式主義」に関する論争、なかでも木村半文銭の「思想第一・形態第二と考え、川柳を思想伝達の具に利用している」との非難に対し、敢然と「芸術の優位性は宣伝性に正比例する」と主張し「大衆性と反撥する芸術性はあり得ない」と鶴が諭した鶴・半文銭論争は特筆に価する。
 以下は、鶴の最後期の評論の抜粋である。少し長くなるが、かの時代にこのような光輝ある評論を残し得た鶴の最期を改めて悼みたい。
 「ぼくらはこうした自由の敵、文化の敵、光りの敵と闘ふことに、はげしい勇気と高いほこりを感じている。この敵と闘ひ、それに打ちかつことを一生の仕事と考えてゐる。そのためには、何よりも大衆にわかりやすい川柳を、その胸をどきつかせ、はげまし、手と手を握り合はせる川柳をつくらねばならぬと思ふことしきりである。これが現代の正義を愛し、その正義のために闘ふ多数の側につき、それらの進んだ集団の一員としての最も重要な役割をはたすことであると考へる」(「大衆的・芸術的表現について」『火華』二八号)
 「すくなくとも川柳によって文学生活を営み、その川柳を娯楽の水準以上に高め、もって現代の正しい文化的創造へ参加しようとする僕らにとって、川柳は必死な生き方の一つの方法であり、その生き方をさへぎる敵を刺す一つの武器でなければならない」(「川柳は一つの武器である」『火華』二九号)
 最晩年の鶴は文字通り川柳を武器とし、人民の視座に立ち、天皇制軍国主義・日本帝国主義の恥部を彼らの前に容赦なくさらけ出し、侵略戦争と植民地支配の生み出す一切の不条理を暴き出した。
   涸れた乳房から飢饉を吸うてゐる
   修身にない孝行で淫売婦
   凶作を救へぬ仏を売り残し
   みな肺で死ぬる女工の募集札
   待合いで徹夜議会で眠るなり
   ざん壕で読む妹を売る手紙
   召集兵土産待つ子を夢に見る
   ヨボと辱められて怒りこみ上げ朝鮮語となる
   母国掠め盗つた国の歴史を復習する大声
   葬列めいた花嫁花婿の列へ手をあげるヒットラー
   ユダヤの血を絶てば猛犬の血が残るばかりなり
 彼の活躍は突然終焉を迎える。1938年12月3日早暁突如検挙されたのである。しかし、鶴は、自らが倒されてもなお、その志を継ぐ者が次々と現れ出ることを確信して止まなかった。
   地下へもぐって春へ春への導火線
   暁をいだいて闇にゐる蕾
   枯れ芝よ!団結して春を待つ
            「川柳で侵略戦争と闘った若者、鶴彬没後70周年」より


○  読み聞かせ、駆けつけ警固、江戸しぐさ、痒いところが余計痒くて

○  紛う方なき依代としてホテルLOVE生國魂神社の脇に佇む

○  近鉄大阪線高架から見おろせば瓦なみうつ愛染小路

○  恵美須東といふ町名はありながら常にひらけてゆく新世界

○  雨の降る上本町に毀たれてゆかむと近鉄劇場は立つ

○  鶴橋は焼肉のみがにほふにはあらで鮮魚のあかき身にほふ

○  少しづつビッグイシューのをぢさんと打ちとけて十七番出口

○  十七番出口上るとビッグイシュー持つホリさんが見つけてくれる

○  地下鉄を降りて地上へ向かふとき傘をななめに振る人はあほ

○  猥雑にくりかへしては生れ消ゆる町に街道あまた交差す

○  今津とはもはや「今」ではあり得ぬが津々浦々に今宮、今里

○  几帳面に展示ガラスの指紋消す白き作務衣の職員たちは

○  日常に近くなりゆく奈良のまち自転車に乗り雲居坂のぼる

○  奈良がすき奈良はきらひといふときにならはあたしが好きなんやろか

○  平城の宮よみがへりその脇にボウリング場の廃墟かなしも

○  吉野では「鬼も内」だと君がいふ今年の桜はひとかたならず

○  台風のちかづくといふまひる間の日傘しなるわしなるでしかし

○  ベルリンもベンツもBで始まれどモンゴロイドのVの幻聴

○  この師走にクリスマス色に彩られほんまにうれしいんか?通天閣

○  ズボン裾の長い男とよもや連れ添ふなと幼き吾にのたまひき

○  峠から眺めるときに思ひ出す 女郎のあたしを殺めたをとこ

○  とりわさは何故にとりわさびといわぬ行方不明の「び」を思ひ食む

○  「税」一字足りないことが気にかかる「消費増税」踊る紙面に

○  キーボードに引き裂かれゐし子音母音なつかしみつつ君の名を呼ぶ

○  カーネル・サンダース引き上げられてのちもなほ道頓堀に沈む累々

 1985年(昭和60年)10月16日、阪神のセントラル・リーグ優勝が決まった際、狂喜し半ば暴徒化した阪神ファンらが大阪府大阪市南区(当時。現在は中央区)道頓堀のケンタッキーフライドチキン道頓堀店(現存せず)に設置してあったカーネル・サンダースの像を、優勝に大きく貢献した助っ人外国人のランディ・バースに見立て、制止しようとする店員に暴行を加えて担ぎ出し、胴上げの末に道頓堀川に投げ込んだ。この事件の翌年以降から、阪神タイガースは17年連続でリーグ優勝を逃しており[注 1]、その急激に弱体化した原因は川底に沈められたカーネル・サンダースの呪いではないかとファンの間で囁かれ[4]、都市伝説として定着した[5]。一部のファンは像が回収されるまで優勝は無理だと信じていた[6]。都市伝説定着の大きなきっかけとしては、1988年(昭和63年)3月に放送された朝日放送のバラエティ番組『探偵!ナイトスクープ』が挙げられる[7][8]。
このカーネル像は23年半後の2009年(平成21年)3月10日に発見され、大きな反響を呼んだ。
 当時川への飛び込みに参加した落語家桂福若の証言によると、高校の後輩が道頓堀川に放り投げていたのだという。そのまま像は浮上せず、その後数年に一度の頻度で大阪市が行っていた道頓堀川の川底清掃作業でも像は発見できなかった。
 同様の例として、2004年のワールドシリーズで勝利するまで80年以上もワールドチャンピオンから遠ざかっていたMLB球団、ボストン・レッドソックスもベーブ・ルースをニューヨーク・ヤンキースに放出したことが原因でバンビーノの呪いの下にあると言われていた時期があり、この二つの呪いは時折比較されている。レッドソックスファンも勝利を祝って破壊的行為を行う者も出るほどの熱狂的な応援で知られている。KFC秘伝の「11種類のハーブとスパイスのブレンド」のレシピを漏らそうとする者に生命に危険が及ぶとされる「カーネルの呪い」としても使用されてきた。
  阪神タイガースが21年ぶりにリーグ優勝した1985年10月16日、大阪の街は沸いた。その年、三冠王に輝いたランディ・バース選手がサンダース像に似ていたことから、今回の発見場所から約250m東の道頓堀店(閉店)に置いてあった強化プラスチック製の像をファンが胴上げ。「六甲おろし」の大合唱と共に道頓堀川に投げ込んだ。以降、阪神は長期間の低迷が続き、ファンの間では「カーネル・サンダースの呪い」とも言われた。03年と05年にリーグ優勝したが、23年間、日本一にはなっていない。(ウイキペディアの記事に拠る)

○  うつそみのものとしてある夕焼けの川面が櫂を揺らしてをりぬ

○  三日月は中有の中をさまよひて行方不明のやうなベランダ

○  くちびるできみをふふめばたちまちにふふみかへされる昼のしづけさ

○  人の波引いてしばらく思慮深くエスカレーター止まりゆくさま

○  大雪のなかで見し胞衣 片割れの鎖をつなぎわれら生きゆく

○  大抵は東に向かひ仕事する吾の先に君居ると思へば

○  嘆き死んだ遊女の墓のあるあたりから湧き出づる温泉ぬるし

○  落ちたての花びらを轢く感触のなまなまと車輪伝ひ登り来

○  小さければ小さくにほふ往き過ぎの植ゑ込みにきつと仔猫のむくろ

○  君帰り河内にひとり眠る夜の君の匂ひのすれば、泣かぬよ

○  この雨と湿気を吸ひし十津川の黒き森育つやうに、止まらぬ

○  はじめてのそして最後の夕日浴び解体家屋はからだを開く

○  それはまるで治■■■■この歌もいつか誰かに■■■■■■■

○  入浴剤の香りで少しつながれてあはきあはき家族といふもの

○  大川の水のちからを受けとめて橋には橋のうごきありつつ

○  風の強さは風の気持ちの強さゆゑ吾も立ちたるまま風に向かふ

○  はつきりとわかる河内へ帰るとき生駒トンネル下り坂なり

○  雷鳴も生駒の腹も潜りぬけ君はわたしを抱きしめにくる

○  風の強さは風の気持ちの強さゆゑ吾も立ちたるまま風に向かふ

○  くちびるできみをふふめばたちまちにふふみかへされる昼のしづけさ

○  きちんと育てられたんやねと君は言ふ私の闇に触れてゐるのに

○  すひかけのつつじがいきをふきかへしすひかへすやうなくちづけをする

○  足早にゆく君の朝思ひつつ私も歩幅を整へてゆく

○  ボロディンの「中央アジアの草原にて」を久々に吾が内耳に聴きぬ

○  「外れても踏みとどまっても人の道」三浦平蔵組合長宣る

○  困難といふとき急に顕はれる国とは今更ながら、概念

○  ハンプティ・ダンプティは宣る「言葉とは自分が選んだ意味だけで使ふのだ」     

○  落ちたての花びらを轢く感触のなまなまと車輪伝ひ登り来

○  はふり・ふはり・はふり・ふはり と転がせば屠るとふ言の葉のやさしき

○  水玉色の水玉かなしピンク色の水玉いやらし水玉あはれ

○  ゆら、と夾竹桃揺れて大阪の午後二時半八月は混濁

○  はじめてのそして最後の夕日浴び解体家屋はからだを開く

○  ときどきは峠で耳を澄ますこと月に射されたままのからだで

○  湿度低き初夏の川辺に紙ふぶき踏みしだかれぬままひかりをり
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