臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(9月29日掲載・其のⅣ)

2014年09月29日 | 今週の朝日歌壇から
[馬場あき子選]

(可児市・林寿鶴子)
〇  たよりない葉をひたすらに母胎とし月下美人は輝いて咲く

(横浜市・飯島幹也)
〇  認知症なる母何故か雨の夜に灯台をまた見たがる晩夏

(可児市・豊田正己)
〇  公園の猿とは違ふ貌をして罠に掛りし日本猿の子

(富山市・松田わこ)
〇  初サンマゆっくりじゅわっと味わって私から秋に近づいてゆく

(市川市・小田優子)
〇  誰一人せかしておらねどととととと生き急ぐごとき鳩の歩みは

(大津市・森翔吾)
〇  恋文も写真も全部消したのにきみはなかなか消えてくれない

(舞鶴市・吉富憲治)
〇  部員皆沖へ漕ぎ出でがらんどう艇庫に犬の繋がれいたる

(アメリカ・郷隼人)
〇  一滴の雨も降らずに五カ月余カリフォルニアに雨乞いの祈り

(小美玉市・津嶋修)
〇  みんみんの頻りに鳴くを背後にし喪のネクタイを緩めつつをり

(下野市・若島安子)
〇  いわし雲待受画面(まちうけ)いっぱい浮かす時故郷の浜の地曳網顕つ
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今週の朝日俳壇から(9月29日掲載・其のⅠ)

2014年09月29日 | 今週の朝日俳壇から
[長谷川櫂選]

(みよし市・稲垣長)
〇  丸谷頑亭逝きこの方の大長夜

 〔返〕 丸谷頑亭来てこの夜の長談義  


(城陽市・山仲勉)
〇  名刀の錆びたるごとく秋刀魚焼く

 〔返〕  名刀の錆びたる如く生きにけり


(いわき市・星野みつ子)
〇  律といふ菩薩ありけり獺祭忌

 〔返〕  冬越しの妹ひとり名は律女


(山梨県市川三郷町・笠井彰)
〇  月の客みな銀の鞍に乗り

 〔返〕  娘みな銀の鞍置き嫁ぎたし  


(ドイツ・ハルツォーク洋子)
〇  登高や墨絵にしたきライン河

 〔返〕  登高は杜甫の律詩の題なりき  

 
(玉野市・勝村博)
〇  空蝉や一枚の葉を羽交絞め

 〔返〕  空蝉の一夜眠らん膝を抱き


(横浜市・多海本日出子)
〇  昔ほど数まとまらず稲雀

(横浜市・津田壽)
〇  ここまでは上司は来ぬや大花野

(三鷹市・村井田貞子)
〇  台風の外れたる闇の深さかな

(飯塚市・釋蜩硯)
〇  八木山の名水吸ひて梨実る
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今週の朝日俳壇から(9月29日掲載・其のⅡ)

2014年09月29日 | 今週の朝日俳壇から
[大串章選]

(さいたま市・久保田恵子)
〇  露の世に激しく乳を求めけり

(新座市・渡辺真智子)
〇  晩秋やすべて許して眠らんと

(栃木県野木町・小林たけし)
〇  一斉に稲穂手に振り熱気球

(磐田市・谷公子)
〇  さわやかに育つ二齢の頭脳かな

(熊本市・西美愛子)
〇  誰よりも花野の風に長居して

(津市・中山いつき)
〇  猪は牙より眠る十三夜

(横須賀市・久留宮怜)
〇  星月夜獅子を描きし古代人

 〔返〕  星月夜四肢をもて吾抱きをり

(八王子市・斎賀勇)
〇  ヒーローになりきつてゐる木の実独楽

(東京都・望月喜久代)
〇  阿波踊はじけてくると云うて出る

(敦賀市・村中聖火)
〇  望の夜や山に逝きたる人のこと
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今週の朝日俳壇から(9月29日掲載・其のⅢ)

2014年09月29日 | 今週の朝日俳壇から
[稲畑汀子選]

(長野市・縣展子)
〇  だんだんと大秋晴となりし旅

(西宮市・竹田賢治)
〇  攻める蚊と防ぐ我あり一休寺

 〔返〕  攻める蚊と叩く我あり神宮前
(熊本市・山澄陽子)
〇  蝉時雨消えて耳鳴り残りけり

 〔返〕  父逝きて借財数億残りけり

(大阪市・山田天)
〇  どこまでも高き青空桐は実に

 〔返〕  何処までも高き人格山田天

(福山市・広川良子)
〇  雲一朶月の過客でありにけり

 〔返〕  後三日経てば過客も過ぎ往くに

(三鷹市・村井田貞子)
〇  台風の外れたる闇の深さかな

(土浦市・栗田幸一)
〇  旅人の浮いて沈んで芒原

(敦賀市・村中聖火)
〇  名月や地球を統べて天心に

(立川市・三好忠則)
〇  芋虫に明日蝶になるこころざし

(芦屋市・高杉靖子)
〇  金水引束ね秋草らしくなる
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今週の朝日俳壇から(9月29日掲載・其のⅣ)

2014年09月29日 | 今週の朝日俳壇から
[金子兜太選]

(熊谷市・時田幻椏)
〇  灯に蝉の闇に虫鳴く命かな

(長岡市・内山秀隆)
〇  蚊帳の果て最後は一人ただ一人

(養父市・足立威宏)
〇  満月に力瘤見せ老農夫

(福島県伊達市・佐藤茂)
〇  死蔵書の斯くながらへて夜長あり

(三郷市・岡崎正宏)
〇  九条は自己主張する天高し

(みよし市・稲垣長)
〇  秋の暮生き足りしとも足らずとも

(伊丹市・保理江順子)
〇  白粉の花に早起き鼻キッス

(長崎市・濱口星火)
〇  雲仙の蝉は美声と運転士

(船橋市・斉木直哉)
〇  午後の果日差しの果や虫の声

(福島市・渡辺恭彦)
〇  徴兵の時代来るかも曼珠沙華
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今週の朝日歌壇から(9月22日掲載・其のⅠ)

2014年09月29日 | 今週の朝日歌壇から
[馬場あき子選]

(八王子市・相原法則)
〇  家にいる子はだれだろう電話からカバンおとす音鷺の哭くこえ

 「家にいる⇒子はだれだろう⇒電話から⇒カバンおとす音⇒鷺の哭くこえ(が聴こえる)」といった、定型に則りながらも、架空の誰かに向って語り掛けているような語り口、即ち、短歌らしからぬ言葉の運びが、口語時代の短歌らしいリズムを感じさせて抜群に宜しい。
 〔返〕  親の無い娘がマッチを売ろうとす場面に在っても安倍は手を振る


(いわき市・馬目弘平)
〇  棄てられし河豚の子海へ放たれて振り向きもせず真っ直ぐ潜る

 相手が、食い意地の張ったいわき市の住民であったら食べられてしまうかも知れない。
 そこで、「河豚の子」は「海へ放たれ」るや否や、後を「振り向きもせず」にすたこらさっさと「真っ直ぐ」に海底へと「潜る」のでありましょう。
 〔返〕  被災地の海であっても増しなのさ!いわき市民に食べられるより!


(富山市・松田梨子)
〇  高校まで徒歩で七分今のところトキメキはなくて穏やかな道
 
 先週の「永田和宏選」の入選作として、「恋までもゆずってしまうねえちゃんにあきれる私とママとひぐらし」という、松田わこさん作の佳作が掲載されていた事は、私たち朝日歌壇の読者にとっては、未だ記憶している事であり、件の作中の「ねえちゃん」とは、本作の作者・松田梨子さんを指して言う事も亦、私たちが承知している事でありましょう。
 その「ねえちゃん」たる松田梨子さんの今週の入選作が「高校まで徒歩で七分今のところトキメキはなくて穏やかな道」とは、真に摩訶不思議な話である。
 現在の在籍校が第一志望校であり、しかも「徒歩で七分」の近距離に在る高校であるならば、この上、何を望む事がありましょうか?
 この上、何かを望んだとしたならば、作者の松田梨子さんは、雷様にお臍を抜かれてしまう危険性だって有り得ましょう!
 それなのにも関わらず、彼女はなったばかりの女子高校生だてらに「今のところトキメキはなくて穏やかな道」とまで、言っているのである。
 「穏やかな道」とは言うものの、「「今のところトキメキはなくて」と言うからには、彼女は心「トキメキ」を感じるような恋をしたいと願っている事は明らかである。
 妹の松田わこさんに「恋までもゆずってしまうねえちゃんにあきれる私とママとひぐらし」と揶揄されたはがりの松田梨子さんが、一度は他人に譲って身を引いたばかりの恋路を歩む事を切なく願っているとは、女心というものは、私たち男性にとっては測り難い闇の世界なのかも知れません。
 〔返〕  再会し心トキメキ感じしも友に盗られてまた泣き別れ


(東京都・上田結香)
〇  帰ったらまた喧嘩ばかりするのでしょうけれど仲良く見た旅の景色

 「成田離婚」という言葉もありますから、ゆめゆめ油断してはいけません。
 〔返〕  旅景色仲良く見たのは夢なりき成田に着いた途端にバイバイ


(伊那市・小林勝幸)
〇  朝あさの目覚めのいよよ早くなり朝顔やちやぼ未だ眠れり
 
 「朝顔やちやぼ」までが「未だ」眠っている早朝に「目覚め」てしまうとは、老耄性不眠症に罹患してしまったのかも知れません。
 その治療策としては、今晩から就寝前にラジオ体操を第二体操まで遣って、汗を流してから入浴し、その後に就床なさったら如何でありましょうか?
 ラジオ体操は必ずしも正確に遣らなくてもかなりの効き目がありますよ!
 是非是非、お試し下さい。
 〔返〕  朝あさに寝覚めが益々早まって深夜便さえ聴く暇が無し


(三郷市・木村義煕)
〇  秋の虫鳴けば涼しい夜の床急に眠りが深く濃くなる

 人の世は様々であり、信州は伊那の村里に「朝あさの目覚めのいよよ早くなり」と溢す老耄の歌詠みが在れば、南(と云う程の南ではありませんが)の埼玉は三郷の陋屋に「秋の虫鳴けば涼しい夜の床急に眠りが深く濃くなる」などと、独り寝の侘しさに耐えている歌詠みが在るのである。
 それら両者のどちらの暮らし向きが、歌詠みとして、より相応しくより望ましい暮らし向きであるか、などと比較して云うような事はしませんが、現在の私は、連日連夜のように不眠状態に陥り、NHKの「ラジオ深夜便」に耳を澄ましながら、夜明けを待っているのである。
 〔返〕  浮気の虫が鳴いても侘しい夜のとこ森田美由紀の悩ましき声


(名古屋市・中村桃子)
〇  風立ちぬあの子の髪がなびいてる何かが始まりそうな九月

 中村桃子さんは、まだ中学生になったばかりのくせしてナマイキを言ったりしている!
 「風立ちぬ」といったら、堀辰雄作のサナトリウム小説の世界ではありませんか!
 平成の世の中に、「八ヶ岳の見える信州のサナトリウムに於いて、若い男女が永遠の愛を誓い合う」などという事は、在り得ませんよ!
 中学生だったら、それに相応しくテニスコートに出て、テニスでもしたら如何ですか!
 私の孫娘は、昨日も秋空の下のコートでテニスの試合に汗を流したという事ですよ!
 〔返〕  始まるのは噴火水害山崩れ!黙って居ては恋も片恋


(富山市・松田わこ)
〇  「ウソも方便」と笑ったママなのに私の小さなウソを許さない

 そもそも「ウソも方便」という言葉自体が子供騙しの方便なのですから、大人という者は信用する事が出来ません。
 〔返〕  「友達に譲った恋」と言いながらめそめそしてる変なねえちゃん


(岐阜市・後藤進)
〇  人間がそこまで来たかといふやうに頭を上げ見をり蝦夷鹿の群

 蝦夷鹿も羚羊も奈良公園に見られるただの鹿も、鹿と名の付く動物は、例外無く澄んだ眼をしていて、それを眺めている私たち人間を注意深く眺め続けているものである。
 でも「人間がそこまで来たかといふやうに頭を上げ見をり」とは、劣等意識の虜になっている作者の思い寄せが原因の誤解でありましょう。
 〔返〕  鹿どもも其処まで遣るかと思わせて妻恋う雄の角突き争い


(前橋市・荻原葉月)
〇  棚に乗る葡萄の袋はち切れてほのかに匂ふ初秋の庭

 「棚に乗る葡萄の袋はち切れて」とあるが、我が家の葡萄棚に乗っている今年の葡萄は、いつまで経ってもはち切れそうになかったので、つい先日、袋を破いてみたら、ほとんど萎びてしまっていたのでありました。
 その原因は、二月に行った剪定作業に於いて、私の持ち前の性格のけち臭さが発揮された事を拠るものと思われ、我が事ながらも反省せざるを得ませんでした。
 そこで、来年こそは、伸び切った蔓や枝を惜しまずに十二分に剪定しようと、冬になるのを今から待ち焦がれている私なのである。
 因みに云うと、我が家の庭の葡萄棚の葡萄は「ピオーネ」と「キャンベル」の二種類である。
 田舎暮らしをしていた頃の我が家の庭には、葡萄だけでも「キャンベル・ピオーネ・マスカット」と三種類も在り、その他の果物の成り木としては、「二種類のキウイ・白桃・無花果・ネクタリン・プルーン・リンゴ」と盛り沢山の盛況であり、毎年の収穫期になると、自宅で食するだけでは無く、親戚に配り、横浜や川崎に住んでいる息子や妻の妹宅に宅急便で送るなどしていたのであるが、それも今となっては昔話となってしまいました。
 〔返〕  萎びたる葡萄に申す恨み言「成るか成らぬか成らねば伐るぞ!」
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今週の朝日歌壇から(9月22日掲載・其のⅡ)

2014年09月29日 | 今週の朝日歌壇から
[佐佐木幸綱選]

(兵庫県・高垣裕子)
〇  盆がすみ片付け終えし台所しきりに聞こゆ鹿撃ちの音

 一種の意は、「婚家のご先祖様や舅や姑たちをお迎えしての、重く片苦しいながらも敬虔な数日を過ごした後の主婦が、数多くの来客や仏様たちへの供応を無事にし終えた事に対して満足感を覚えながら、台所でハレの日遣いの膳・椀・皿などの片付け仕事を済ませ、ふと安堵の胸を撫で下ろしていた折も折、遠くから聞こえて来たのは鹿撃ちのの鉄砲の音であった」といったところでありましょうか。
 作中の<われ>の気持ちを分析すれば、「いくら盆が済んだとは言え、幾日も経っていない今朝、生類の命を絶つ鹿撃つをしなくても良かろうに!」といったところであり、その反面、「鹿撃ちの鉄砲の音が台所仕事をしている自分の耳に聴こえるのは、鳥獣害に悩まされているこの村の習いであるから、やっと普段の〝ケ〟の暮らしに戻る事が出来て一安心!」といった気持ちも無きにしも非ずでありましょう。
 ところで、「しきりに聞こゆ」と言ったら、少なくとも一分間に一発くらいは「鹿撃ち」をする鉄砲の音が聞こえなければならないだろうし、更に言えば、その音は一定の間隔を置いての連続音で無ければならないようにも思われるのである。
 「今年の秋は鹿や猪や熊が無闇矢鱈に人里に出て来て、野菜畑や果樹畑を荒らし廻っているので農家の人々が困っている」とは、よく聴く話ではある。
 「それはそうでも、人里近い所で一分間に数発も鹿撃ちの鉄砲を連続的にぶっ放すような乱暴な猟師が在るとは信じられない話である」というのは、鳥獣害に悩まされている山里生活の実情を知らない私だけの感想でありましょうか?
  〔返〕  十七日御魂送りも済んだとて鉄砲担いで鹿撃ちに往く


(安芸高田市・安芸深史)
〇  帆をたたみ晩夏の海は潮任せ岬を回り波静かなり

 作者の安芸深史さんは、広島県と言っても、普段は海を見ることが出来ない中国山地のど真ん中の安芸高田市にお住まいである。
 したがって、件の「晩夏の海」とは、遠い異国の避暑地の海とは限らなく、せいぜい広島湾か瀬戸内海に過ぎないものと思われる。
 だとすれば、「帆をたたみ」「潮任せ」の船路でも、村上水軍や台風に襲われたりする危険性はゼロであるから気楽なものである。
 とは言え、中国山地のど真ん中の住民が「晩夏の海」に繰り出した訳であるから、その感激振りには、私たち読者の想像以上のものがありましょうか?
 ところで、本作は「永田和宏選」の六席にも入選している。
 〔返〕  藪を漕ぎ茸を探す山歩き熊に襲われないかと冷や冷や


(藤岡市・田村智)
〇  碓井路をささと若雉子過りたり赤く鋭き野鳥の顔で

 「若雉子」であろうが「老雉子」であろうが、雉子は雉子であるから「赤く鋭き野鳥の顔」をしているのは当然のことである。 
 然るに、私たち日本人の認識の中に棲む「若雉子」は、内国産の鳥類の中では貴公子とも言うべき存在である。
 その「貴公子」たる「若雉子」が、意外にも「赤く鋭き野鳥の顔」をして、「碓井路をささと」「過り」行ったものだから、いくら群馬県藤岡市の住民の田村智さんと言えども、驚くまいことか!
 〔返〕  碓井嶺を掠め行きたる日航機御巣鷹山に撃墜しけむ


(八王子市・江藤幸代)
〇  風渡り木漏れ陽揺れて銀鼠の和毛もそよぐ上高地の猿

 「上高地」と言えば、かつては登山家の聖地とも言われ仰がれた秘境であるが、平成の今となっては、<山ガール>を自認する愚かな女性たちの泥足で踏み固められ、俗塵に塗れてしまった土地柄であり、その地に棲息する「猿」は、彼の山ガールどもに餌を強請って生きている存在でしか無く、その生態たるや、上野動物園の猿山の猿に増さるとも劣らないような狡猾極まりないテイタラクである。
 本作の作者・江藤幸代さんは、そうした「上高地の猿」の薄汚い身体を覆っている毛皮を「銀鼠の和毛」と断じて言い、その「銀鼠の和毛」が、「風渡り木漏れ陽揺れて」「そよぐ」様子に、憧れの眼差しを向けているのでありましょう。
 だが、そうした有り様こそは、昨今の<登山ブーム>、<上高地ブーム>、<山ガールブーム>の実態を余すところ無く示しているのでありましょう。
 〔返〕  御嶽に噴石降り敷く真つ昼間なんじやらほいほいなんじやらほい


(東京都・岡谷滋郎)
〇  幼子に座り直して撫で受けるラブラドールレトリバーやさし

 かつては猟犬界の王者として、大ブリテン島の山野を獲物を追い求めて駈け巡っていた「ラブラドールレトリバー」も、今となっては、狡猾極まりない人間どもに飼い慣らされ、その多くが家庭犬として、あるいは盲導犬や警察犬などの使役犬として飼育され、時には、社会福祉バザーなどにも駆り出されて客寄せパンダ然として振る舞っているのである。
 作中の「ラブラドールレトリバー」は、東京都内の社会福祉バザーなどに駆り出された盲導犬でありましょうが、その彼が、会場を訪れた「幼子」を前にして「座り直して撫で受ける」という場面に取材した本作に於いて、作者の岡谷滋郎さんは、件の「ラブラドールレトリバー」の姿を「やさし」と感じているのであるが、彼「ラブラドールレトリバー」種の来歴を振り返って見る時、評者の私としては、其処に一抹の哀れさを感じるのである。
 〔返〕  髷結って負けてばかりの遠藤は懸賞配給担当力士?  
   

(長野市・関龍夫)
〇  信濃なる北信五岳は靄の上マグマが冷えた形に見ゆる

 木曽の御嶽さんの惨状を鑑みる時、本作への読者諸氏の評価及び感想は、如何なることに相成りましょうか?
 〔返〕  斑尾に妙高・黒姫・戸隠に飯綱山で「まみくとい」なり


(郡山市・渡辺良子)
〇  この山に上つてゐればと繰り返し見上げつつ去る大川小を

 メルトダウン時の東京電力社内の混乱振りや無責任振りを回顧してみる時、私たち日本国民は、彼の日の「大川小」の惨状を、その本分を忘れた無責任な教員に因る人災とばかり断定して片付ける訳には行きません。
 〔返〕  御嶽に登っていなけりゃ今頃は「逸ノ城勝って」と禱ってただろう


(小平市・萩原慎一郎)
〇  非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだ

  我が国に於いて、労働者派遣業を行う業者は、第一次オイルショック後の1975年頃から急速に増大しつつあったのであるが、これに法的な根拠を与え、その傾向に拍車を掛け、利益追求本位の資本家層が貧しい労働者苛めに邁進するようになった発端は、第二次中曽根内閣の1985年6月に施行され、その翌年の7月に施行された「派遣労働者の保護」を名目とした法律、即ち「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」(通称、労働者派遣法)である。
 然るに、本日召集される第187臨時国会に於いて、第二次安倍改造内閣は、この法律の改正案(実質的には労働者苛めを目的とした、雇用者寄りの改悪案)を再提案しようとしているのである。
 東京都小平市にお住いの萩原慎一郎さんは、本作に於いて「非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだ」とヒステリックに叫び、悲鳴を上げ、時流に警鐘を鳴らそうとしているのであるが、規制緩和の美名に名を借りての、この法律の改悪は今や必至である。
 時恰も、朝日新聞は彼の二件の誤報事件の言い訳に終始していて、その報道内容もどっちつかずのものであり、世論を善導して行くような元気を失っているのであり、反自民のシンボル的な存在の政治家・土井たか子も、昨日、黄泉路に旅立って行ってしまったのである。
 <1ドル110円>という、消費者泣かせの円安を目前にした今日、私たち貧しい庶民の暮らしは如何なることに相成るのでありましょうか?
 朝日新聞の良識ある記者諸君を元気を出し給え!
 私は、父祖以来100年に及ぶ朝日新聞の読者であり、再三に亘る読売新聞の購読勧誘員の囁く「東京ドームの内野席招待券を二枚サービスしますよ!」という甘い攻撃に抗して、これからも厳として朝日新聞の読者であることを貫いて行くから、覚悟して取材・報道に励み、良識ある国民・読者と一体となって、安倍痴呆改革を木端微塵に粉砕しようではありませんか?
 〔返〕  非正規の受け入れ難き現状を固定化せむと企む輩

 
(福岡市・南川光司)
〇  防衛はまず原発を無くすこと敵の着弾廃墟の日本

 自民党議員の金城湯池たる福岡県の住民ながらも、本作の作者・南川光司さんの仰ることは、意外にもしっかりしているのである。
 〔返〕  褌を堅く締めなけゃやられるぞ再稼働より廃炉が急務


(横須賀市・池田卓爾)
〇  原発の事故原爆と思いこむ認知症の母のおびえ止まらず

 「原発の事故」を、即「原爆と思い込む」のは、必ずしも「認知症」の所為とは限りません。
 と言うよりも、むしろ、「原発を核の平和利用だ」と決め込んでいる側が、唯一の被爆国の国民たる日本人としては、「認知症」の罹患者なのかも知れません。
 〔返〕  朝日紙の誤報即ち「無罪だ!」と嬉し泣きする東電患部
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今週の朝日歌壇から(9月22日掲載・其のⅢ)

2014年09月26日 | 今週の朝日歌壇から
[高野公彦選]

(名古屋市・中村桃子)
〇  「お地蔵さまがメトロノームみたいだった」語りつぐ関東大震災

 「作者に拠る注に『明治四十三年生まれのひいおばあちゃんから聞いた揺れのすごさ』とある」とか。
 〔返〕  丸ビルが貧乏揺すりをしてるごと見えたと言うのは守衛の六さん


(佐伯市・稗田昌範)
〇  つむじ風トマトハウスの屋根破りトマト初めて青空見てる

 こうした不測の事態に即してはさすがのトマト君もすっかり慌ててしまったことでありましょう。
 〔返〕  秋風がお店(たな)の窓から吹き入れば大福帳の紙魚もお陀仏


(富山市・栗林志亞里)
〇  母でなく娘でもない昼下がりペディキュア塗って映画みにゆく
 
 「昼下がり」に、「ペディキュア塗って映画みにゆく」とは、いかにも越中富山の女性に相応しい慎ましやかな振る舞いと言うべきでありましょう!
 〔返〕  母でなく娘でもない吾なれば股間に風受け自転車を漕ぐ


(東かがわ市・桑島正樹)
〇  現世に蝉疎まれず愛でられず静かに土に還り行きをり

 東かがわ市にお住いの桑島正樹さんは、田舎者のくせして「人間も亦、『愛でられず静かに土に還り』行くべき存在である」などと、賢しら振った振る舞いをしようとしているのでありましょうか?
 〔返〕  吾もまた蝉同様に愛でられず一人寂しく土に還らむ


(徳島市・上田由美子)
〇  八月の薄ら明りに背を向けて一人より深い二人の孤独

 五句目の七音「二人の孤独」を、「ツヴァイザムカイト」と、ドイツ語で読ませているのは嫌味以外の何者でもありません! 
 〔返〕  祭壇の薄ら灯りに額づいてみんなで禱る隠れ信者よ


(霧島市・久野茂樹)
〇  根拠なき自信をまとひ新しきコンビニ村の夜をかがよふ

 「夕方も六時を過ぎてしまうと、天照大神がお隠れになった天巌戸のように真っ暗になってしまい、立ち話をする場所も無くなって仕舞うようでは若者たちが居付くはずもなかろう。だから、村一番の文化人としての噂の高い私は、コンビニでも開いて若者たちの群れる場所を提供して上げよう」という経営者の思いは、云わば「根拠なき自信」というものであり、そんな「根拠なき自信をまとひ」つつも「村の夜をかがよふ」のは、この度、本作の作者・久野茂樹さんの故郷の鹿児島県霧島市という過疎地に新開店した「コンビニ」である。
 その「新しきコンビニ」が、「根拠なき自信をまとひ」つつも、過疎地の「村の夜」を、ひとしきり「かがよふ」とは、恰も天孫降臨の地・霧島の民俗芸能たる「九面太鼓」に合わせて舞う「天巌戸夜神楽」のようなものでありましょうか?
 〔返〕  一刹那過疎地の夜を彩りてやがて消え行くコンビニの灯よ


(神奈川県・冨田茂子)
〇  沖縄の少女の詠みたる「月桃の歌」ネットに聴けば優しその曲

 作中の「沖縄の少女の詠みたる『月桃の歌』」とは、八月十八日付の「高野公彦選」の末席として掲載された、沖縄県名護市にお住いの石川愛音さん(十一歳)作「いれいの日人の命の大切さ感じて歌う月桃の歌」を指して言うのでありましょうか?
 だとすれば、本作は石川愛音さん作に対する「オマージュ」作品、乃至は「アンサーソング」の役割りを果たすべき作品と思われるが、この事を端的に説明して言うならば、本作の作者・冨田茂子さんは、沖縄の十一歳の少女の褌を借りて相撲を取ったのである。
 〔返〕  沖縄の少女の褌借りて詠む入選狙いの熟女の歌か?


(和泉市・長尾幹也)
〇  人の世のわけわからない競争に負けてよかった短歌にもどる

 和泉市にお住いの長尾幹也さんと言ったら、朝日歌壇の常連作家中の常連であったが、その彼の詠む歌が去年今年といささか精彩を欠いていたのは、彼が職場での出世ゲームに現を抜かしていたからであったとは・・・・・!
 今頃になってこんな負け惜しみを言うくらいなら、最初から詠歌三昧の暮らしをしていれば良かったのである!
 〔返〕  負けて知る出世ゲームの虚しさに歌詠み汝の奥行きを増す


(福岡県・住野澄子)
〇  みな猿に盗らるる茄子に水をやり肥料施し虫捕りをする

 福岡県の在郷の農家の小母ちゃんたちの暮らしは、あの狡賢い猿どもに餌付けをして遊んでいられる程にも余裕が有るのかしらん?
 〔返〕  まるまると肥った栗を猿が盗り人間われの喰うものは無し


(横浜市・敷田千尋)
〇  ピザソースベーコンコーンブロッコリーチーズちらしてピザパン出来た

 事の序でに赤やオレンジや黄色のパプリカなども散らしたら如何かしらん!
 〔返〕  ピザソース抜きでピザパン作ったら犬のクロさえ見向きもしない 
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今週の朝日歌壇から(9月22日掲載・其のⅣ)

2014年09月25日 | 今週の朝日歌壇から
[永田和宏選]

(大和市・澤田睦子)
〇  武器を持つことのできない手のかたち猫のパンチの羨ましかり

 それを言うならば・・・・・・・。
 〔返〕  不倫することの出来ない形なりみどり児われのおむつカバーは 


(徳島市・上田由美子)
〇  八月の薄ら明りに背を向けて一人より深い二人の孤独(ツヴァイザムカイト)

 「二人の孤独」と言えば済むところを殊更にドイツ語なんか使って「ツヴァイザムカイト」なんちゃってさ!
 鶏冠に来ちゃうぜ!
 〔返〕  長月の薄ら灯りに背を向けて二人より寂し一人の手淫


(さいたま市・菱沼真紀子)
〇  毎日が日曜日の君のほほんと吾の内なる荒野を知らず

 ぐうたら亭主を持っている女性の心中は茫漠たる「荒野」なのである。
 〔返〕  のほほんとしてる訳ではありません君知らざるや我が往く荒野    


(塩尻市・赤羽すえみ)
〇  「器物損壊罪で捜査」の発表あり盲導犬を刺しし犯人を

 未だ「捜査」段階であるからには、「犯人」ではなく「容疑者」と言わなければなりません。
 〔返〕  「器物損壊容疑で検挙せらる」くまもん相手に刃物三昧


(越谷市・黒田祐花)
〇  スカイプの操作手順をパソコンに貼って二年間日本を留守にす

 スカイプ(Skype)とは、「マイクロソフト社が提供するP2P技術を利用したインターネット電話サービス」であるとか。
 越谷市にお住いの黒田祐花さんは、「二年間日本を留守に」する為に、已む無くブログの更新を断念したのであるが、それでも尚且つ、海外生活での無聊を慰めるためにブログ友達からの連絡が欲しいのである。
 でも、それではあまりにも未練がましくはありませんか?
 ここは一番、男になって、それまでの交友関係から脱却して、現地での生活に馴染まなければ到底所期の目的を果たすことが出来ません!
 〔返〕  爾後邦語忘れたつもりになりなさい日本食など以ての外だ 


(安芸高田市・安芸深史)
〇  帆をたたみ晩夏の海は潮任せ岬を回り波静かなり

 「帆をたたみ晩夏の海は潮任せ」などと、ご大層なことを言うから「太平洋一人ぼっち」かと思ったのであるが、なんのことは無い、自宅の前の瀬戸内海にヨットを浮かべているだけのことではありませんか!
 どうせならソマリヤ沖まで帆足を伸ばして、海賊退治でもなさったら如何でありましょう?
 〔返〕  秋深しソマリヤ沖まで潮任せ海賊山賊手玉に取って


(徳島市・磯野富香)
〇  遠岬は夏の祭りか間をおきて音伴はぬ花火のあがる

 「遠岬」は、「とみさき」と訓むのか、それとも「とおみさき」と訓むのか?
 田村麗作として著名な「惜春の雨に烟りし遠岬」の場合は、「とおみさき」と訓んでいるのであるが・・・・・・・・。
 〔返〕 岬では夏の祭りか聴こえ来る花火偲びて安寝も得せず  

 
(東京都・豊英二)
〇  昼寝する我にわずかに触れながら眠りたる日の犬を忘れず

 「わずかに触れながら」という、その微妙な間合いがそれらしくて宜しい。
 〔返〕  昼寝する我の枕にされながらワンともキャンとも鳴かざる犬よ


(岡山市・酒井那菜)
〇  カレンダーめくる静寂を胸に抱きあなたのいない2回目の夏

 「カレンダーめくる静寂を胸に抱き」という叙述がいま一つ釈然としません。
 「一人ぼっちでカレンダーめくる時は寂しい。その寂しさを胸に抱きながら」といった意味で
ありましょうが、それならそうと、カッコ付けたりしないではっきり言えばいいのである。
 〔返〕  日暦を一人寂しく捲りつつ貴方の居ない二回目の夏


(四万十市・吉尾之利)
〇  両手上げ太平洋を抱え込むおもてなし好き高知県は

 九月一日付けの「永田和宏選」の末席に、東京都にお住いの西秋聞さん作の「桜島挟んで南を仰ぐ見る二頭の仔鹿鹿児島県は」が、同じく八日付けの「永田和宏選」の末席に、西条市にお住いの村上敏之さん作の「伊予国は犬が駈けゆく形にて顔は備後へ尾は豊後向く」が掲載されていたことは、朝日歌壇の読者なら、何方でもご存じでありましょう!
 物真似はいけません!
 詠む者も詠む者であるが、採る者も採るものである。
 〔返〕  ぺちゃぱいを北朝鮮にひけらかす日本一の地価下落県 
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今週の朝日歌壇から(9月8日掲載・其のⅠ)

2014年09月25日 | 今週の朝日歌壇から
[高野公彦選]

(仙台市・小野道子)
〇  長女嫁し次女嫁し長男転勤す掃除機かける面積増えおり

 選者・高野公彦氏の寸評に「子らがそれぞれの道を歩んでいて安心。でも遺された私は少し寂しい」とある。
 高野公彦氏の云う寂しさを表面に出さずに「掃除機かける面積増えおり」などと、どうでも宜しい事を惚けた口調で言い表した点が本作の魅力である。
 〔返〕  長男は三人姉弟の末っ子で家事全般を一手引き受け


(熊谷市・内野修)
〇  灯台の帽子となりて留まれる鷗一羽に雲の峰立つ

 「灯台」もその「帽子となりて留まれる鷗一羽」も白い。
 その白さに重ねて、その背景を成すようにして「立つ」「雲の峰」も白い。
 真夏の灯台の見える景色は、白と白と白とから成り立っている白い光景なのである。
 〔返〕 天寵を負ひて七十五連敗東大野球部勝つこと知らず  


(福山市・武暁)
〇  超音波洗浄機にて丸洗いされてる気分、熊蝉の樹下

 「熊蝉」の鳴き声は「鳴き声は「シャシャシャ…」とも「センセンセン…」とも聞こえるのである。
 作中の<われ>は、あの鳴き声の「熊蝉」が留まっている「樹下」に居て、まるで「超音波洗浄機にて丸洗いされてる」ような「気分」に浸っているのでありましょうが、憎たらしい「熊蝉」といったら、鳴き止んだ途端に汚いオシッコを「樹下」に居る<われ>に引っ掛けて飛び立って行くから、せっかくの「丸洗い」も台無しとなってしまうのである。
 〔返〕  ダイソンの掃除機使って吸い込みな熊蝉どもはほんに五月蠅い  


(東久留米市・関沢由紀子)
〇  ホテルから持って帰ったシャンプーで旅の余韻を楽しんでいる

 「ホテルから持って帰ったシャンプーで旅の余韻を楽しんでいる」とは、真にけち臭い楽しみである。
 とは申せ、恥ずかし乍ら、私・鳥羽省三も亦、宿泊先のホテルや旅館の名入りのタオルを自宅に持ち帰って「旅の余韻を楽しんでいる」者の一人であり、本作に接した瞬間、「世間には私と似たような人がいっぱい居るんだなあ!」などと思ったりもし、自分のけち臭さが赦免されたような気持ちにもなっているのである。
 〔返〕  「湯西川・白雲の宿・山城屋」名入りのタオル未だ健在    


(春日井市・伊東紀美子)
〇  日本の空には鳥が飛んでると少年言えりイラクより来て

 何分世知辛い世の中でもあれば、「イラクより来て」いる「少年」と言えども、社交辞令の言葉の一つや二つは言わなければならなかったのでありましょうか?
 〔返〕  日本にはラマダン無いから太るのだイラクの少年みんな痩せてる


(ホームレス・坪内政夫)
〇  飯場向きフェロモンありしか雑踏で手配師が即声かけてくる

 「飯場向きフェロモンありしか」という上の句には「雑踏で手配師が即声かけてくる」という下の句は対応しません。
 「貧すれば鈍す」という言葉もありますが、朝日歌壇に投稿して来るからには、この場面で過去回想の助動詞「き」の用法ぐらいは心得ておかなければなりません。
 〔返〕  飯場向き体臭嗅いでか雑踏で手配師が即声かけてくる  


(青梅市・山田京子)
〇  乙な味知り初めし子へ茗荷摘む蚊取り線香腰に巻きつけ

 折しも、デング熱流行の兆し有り!
 十二分に注意されたし!
 〔返〕  生足を剥き出しにして茗荷摘むヒトスジシマカに注意されたし  
 

(東京都・上田結香)
〇  「戻りたい」と泣く友よそれはあのころの辛かったこと忘れているだけ

 日頃から弛緩し切った世の中に飼い慣らされていて、太平楽を決め込んでいる私たち現代社会の日本人であるので、数多くの中には、あの緊張し切った第二次世界大戦中の生活に「戻りたい」などと口走ったりする者さえ存在するのでありましょう。
 〔返〕  ひねもすをのたりくたりとくらしゐてあさなゆうなの満潮干潮
 

(東京都・九螺ささら)
〇  〈時間には始まりも終わりもないのだ〉という本を閉じ卵とじ作る

 「本を閉じ」と「卵とじ」との語呂合わせが選者の御眼鏡にかなったのでありましょうか?
 〔返〕  舞踊家・田中泯の舞で綴られる野心作「始まりも終わりもない」


(青森市・葛西孜)
〇  みごもりしひとバスに乗りほほゑみが天与のものとおもふひととき

 「みごもりしひと」が「ほほえみ」を浮かべながら「バス」に乗って来る場面には私も何度か出会ったことがありましたが、そうした折、かつての私ならば、「彼の妊婦さんは、自分の懐妊した姿を人前に曝すのが恥ずかしいから顔を歪めているのかしら?」などと思ったりもしたのであるが、満面に笑みを浮かべている昨今の妊産婦さんたちの姿を目にするにつけても、それが全くの誤解である事に気付かされるのである。
 〔返〕  ほほえみは天与のものと思はする妊婦手帳を握り締めたり


[永田和宏選]

(大和郡山市・四方護)
〇  宿題が憲法前文暗誦であったあの夏砂にも書きき

(津市・村上茂代)
〇  芋にまで護国とふ名をつけし頃になりはしないか遠雷ひびく

(仙台市・菊地康子)
〇  その目つき絶対機嫌悪いよね来客前に洗われた猫

(長岡京市・深沢悦子)
〇  手を振って車窓の夫見送れば私の愛した人だと思う

(アメリカ・大竹幾久子)
〇  体内に残留放射能持つ不安おしこめて生きし六十九年

(相模原市・大日向博)
〇  ジャンケンは最初がグーで次もグー勝つも負けるも勝負はグーだ

(加古川市・角田知美)
〇  きのぬけたびいるのやうにたそがれてひとりのときをもてあましをり

(東京都・九螺ささら)
〇  〈時間には始まりも終わりもないのだ〉という本を閉じ卵とじ作る

(小美玉市・津嶋修)
〇  夕立にたちまちけぶる駅前の自転車置場は離島のごとし

(西条市・村上博之)
〇  伊予国は犬が駈けゆく形にて顔は備後へ尾は豊後向く
[馬場あき子選]

(大分県・松鷹久子)
〇  我死なば散骨望むその海へ続続進む赤蟹の群れ

(水戸市・樋山佳与子)
〇  ハイカラになりぬと吾子は言ひをらむ一椀カレーを盛れる仏膳

(アメリカ・ソーラー泰子)
〇  一歩二歩あるきはじめた児を囲み親その親になる家族あり

(高松市・菰渕昭)
〇  台風のさなかの町に救急車ひととき雄鶏の如く鳴きたり

(神奈川県・九螺ささら)
〇  目を閉じて溶けきるまでの薄荷飴夏の終わりを弔う儀式

(アメリカ・大竹幾久子)
〇  体内に残留放射能持つ不安おしこめて生きし六十九年

(東京都・石島正勝)
〇  四捨五入すれば還暦されど吾に子無し妻無し癌ふたつあり

(大分市・岩永知子)
〇  偉丈夫の大丸太挽く鋸の音寝息のやうに洩るる緑陰

(伊那市・小林勝幸)
〇  光前寺信濃の山の寺に見るヒカリ苔の青光りゐて秋

(長野県・沓掛喜久男)
〇  仰向けに暑き地上に落ちてゐる敗戦の日と知るやこの蝉
[佐佐木幸綱選]

(小平市・岡田正子)
〇  「妻九十八の誕生日」と言ひ百歳は上寿司を買ひ自転車で去る

(竹田市・飯田博和)
〇  酒好きで太平楽で知恵者たる御意見番の長老の逝く

(奄美市・間弘志)
〇  子はロック親はフォークを奏でけり同じギターでそれぞれの音

(奥州市・大松澤武哉)
〇  うなぎの「う」絵文字となりて幟立つ絵の上の点旨さを示す

(秋田市・幸野稔)
〇  古里の終戦前夜の空襲が不意に映れり全国ニュースに

(仙台市・佐藤純)
〇  何もなき海に種より育ちたる海鞘を購ふ三年待ちて

(熊本市・星ひかり)
〇  いまどきは値札ないものなにもないスピノサウルスの歯6万円

(東京都・大久保やそじ)
〇  集団で自分を守るということはみなで渡れば怖くないこと

(松戸市・猪野富子)
〇  下駄鳴らすは悪霊払う所作という郡上おどりを真似して鳴らす

(長野県・原田宏生)
〇  缶ビール二口飲んで話し出す一昨日決まった僕の転勤
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「ひろ」さんからのコメントに応えて

2014年09月17日 | ビーズのつぶやき
 昨夜、「ひろ」さんと仰る方が当ブログ宛てに、「何故この曲を書いたのか」というタイトルのコメントをお寄せになられましたので、それをそのまま転載した上で、それに対する私の感想なども述べさせていただきます。

 即ち「何故この曲を書いたのか (ひろ)/2014-09-16 20:46:50/多くは語れませんが、この曲を作るきっかけは、最初の湾岸戦争だったことをご承知の上での批評でしょうか。歌詞の裏にこめられた想いこそ解剖して戴きたく思います。」と。



さだまさし解剖学(『前夜<桃花鳥>』篇)
2010年06月17日 | ビーズのつぶやき
     前夜(桃花鳥)
             作詩・作曲 : さだまさし

 桃花鳥が七羽に減ってしまったと新聞の片隅に
 写りの良くない写真を添えた記事がある
 ニッポニア・ニッポンという名の美しい鳥がたぶん
 僕等の生きてるうちにこの世から姿を消してゆく
       わかってるそんな事は  たぶん
       ちいさな出来事  それより
 君にはむしろ明日の僕達の献立の事が気がかり
  I'm all right I'm all right
 それに僕は君を愛してる それさえ間違わなければ

 今若者はみんなAMERICAそれも西海岸に
 憧れていると雑誌のグラビアが笑う
 そういえば友達はみんなAMERICA人になってゆく
 いつかこの国は無くなるんじゃないかと問えば君は笑う
       馬鹿だねそんな風に自然に
       変わってく姿こそ  それこそ
 この国なのよさもなきゃ初めからニッポンなんてなかったのよ
  I'm all right I'm all right
 そうだねいやな事すべて切り捨てて こんなに便利な世の中になったし

 どこかの国で戦さが起きたとTVのNEWSが言う
 子供が実写フィルムを見て歓声をあげてる
 皆他人事みたいな顔で人が死ぬ場面を見てる
 怖いねと振り返れば番組はもう笑いに変わってた
       わかってるそんな事は  たぶん
       ちいさな出来事  それより
 僕等はむしろこの狭い部屋の平和で手一杯だもの
  I'm all right I'm all right
 そうともそれだけで十分に僕等は忙し過ぎる

 桃花鳥が七羽に減ってしまったと
 新聞の片隅に……

   桃花鳥(とき)が七羽に減ってしまったと
   新聞の片隅に
   写りの良くない写真を
   添えた記事がある


 表題の『前夜(桃花鳥)』は、1982年12月11日にリリースされたシンガーソングライター<さだまさし>の七枚目のアナログアルバム『夢の轍』のA面の5曲目として世に出た作品である。
 この曲を聴いてから二ヶ月ほど過ぎた冬のある日、私は、新潟県の<佐渡トキ保護センター>に電話を入れ、応対に出た係員にこの曲の存在を知らせたうえ、「さだまさしさんの曲にあるような内容の記事を書いた新聞の名をご存じですか」と尋ねたところ、その係員が答えて言うには、「そのような曲が発表されたことは知ってはいるが、私はまだその曲を聴いたことが無い。また、その曲に書かれているような内容の記事を書いた新聞があることは、私も知らないし、当センターとしてもおそらくは把握していないであろう」ということであった。
 そこで私は、重ねて「トキが七羽に減ってしまった時期はいつ頃ですか」と尋ねたのであったが、それに対する先方の答もかなり曖昧なものであり、結局私は、「桃花鳥が七羽に減ってしまったと新聞の片隅に/写りの良くない写真を添えた記事がある」という、この曲の歌詩が事実に基づいて書かれたものであるかどうかについては、何ひとつ確認することが出来なかった。
 しかしながら、フリー百科事典『WIKIPEDIA』の記すところに拠ると、<佐渡トキ保護センター>が、それまで佐渡島に棲息していた野生のトキの全部・五羽を捕獲し、それぞれ足環の色に基づいて「キ・アカ・シロ・アオ・ミドリ」と命名したのは、1981年1月のことであり、同センターには、それ以前に、2003年10月10日に自殺とも思われる壮絶な死を遂げ、<日本産・野生のトキの絶滅>として話題となった「キン」も保護されていたはずであるから、「日本産の野生のトキが七羽ないし六羽になってしまったのは、『夢の轍』がリリースされた時期から幾年も遡らない時期であろう推測される」とだけ述べて、この問題に決着を着けたいと思うのである。
 シンガーソングライター<さだまさし>は、『夢の轍』を出す以前に六枚のアナログアルバムを発表しているが、それらに盛られた曲は、どちらかと言うと、彼の私生活に取材したといったようなポーズで作詩したものや、私小説的題材に基づいて作詩した作品が中心であったが、この曲は、同アルバム・A面2曲目の『極光(オーロラ)』及びB面4曲目の『償い』と共に、マスコミで話題となったニュースに取材した作品である。
 したがってこの曲は、それまで自分自身の内部にしか関心を示そうとしなかったようなポーズをとっていた<さだまさし>が、「私は、私自身の生い立ちや私の性欲を刺激するような女性への関心だけでは無く、社会的な事件にだって問題意識とまでは行かなくとも、関心ぐらいは持っていますよ。あんまり見損なわないで下さいね」と宣言したような意味合いを持っている作品なのである。
 例によって、前置きともつかない本論ともつかないものを長々と書き連ねてしまったが、先を急ごうと思う。
 歌い出しの「桃花鳥が七羽に減ってしまったと新聞の片隅に/写りの良くない写真を添えた記事がある」までは、マイホーム主義者を装っていた<さだまさし>らしくも無く、最近読んだ新聞記事の紹介である。
 この記事の内容の真偽やこの記事の有無については、先刻決着済みのことであるから、それ以上の詮索はしないが、注目すべきは、この記事を紹介するに当たっての作詩者・さだまさしの<何気なさ>である。
 「桃花鳥が七羽に減ってしまったと新聞の片隅に/写りの良くない写真を添えた記事がある」という紹介の仕方は、昨今ならば、言わば「鳩山内閣が瓦解してしまったと新聞の片隅に、仏頂面した鳩山首相と小沢幹事長の白黒写真を添えた記事がある」という紹介の仕方とそれほど変わらない<何気なさ>なのである。
 したがって、それを聴いている私たち<さだまさしファン>の心の中には、格別な感動も湧いては来ないし、格別な失望の念が生まれるわけでも無い。
 しかし、それに続いて、ファン誑しの素質充分の<さだまさし>は、私たちのそうした心理を見透かしたようにして、「ニッポニア・ニッポンという名の美しい鳥がたぶん/僕等の生きてるうちにこの世から姿を消してゆく」と、今度はかなり気になるようなことを言う。
 このフレーズの中で特に注意するべき語句は、「ニッポニア・ニッポンという名の美しい鳥が」及び「僕等の生きてるうちに」という二つの連文節なのである。
 「カラスというあのけたたましい声で鳴く黒い鳥が」「今世紀中に」という言葉ならともかく、「ニッポニア・ニッポンという名の美しい鳥が」「僕等の生きてるうちに」という言葉が、他ならぬあの<さだまさし>さんの口から出てしまったら、私たち<さだまさしファン>としては、黙っては居られないような重大事が、他ならぬ私たちの<ご本尊様>からご託宣されたような気持ちにもなるからである。
 しかし、そこは、髪の毛の薄いことも人並み以上であるが、意地の悪いことも人並み以上の<さだまさし>である。
 彼<さだまさし>は、私たち単細胞植物系<さだまさしファン>をすっかりその気にさせて置いて、「わかってるそんな事は/たぶん/ちいさな出来事」と言い、そして、それに重ねるようにして、「それより/君にはむしろ明日の僕達の献立の事が気がかり」とまで言って、私たち<さだまさしファン>を安心させるような失望させるような気持ちにさせて弄ぶのである。
 評者がここまで述べてしまうと、私たち単細胞植物系<さだまさしファン>の中でも、ご先祖様から特に単細胞的なDNAを濃厚に受け継いでいる者は、「この論は根底から間違っている。何故なら、作中の『君』とは、私たち<さだまさしファン>のことでは無く、<さだまさし>さんの奥さんのことであるからである。この作品は、<さだまさし>さんが私たちファンに語り掛けているのでは無く、新婚間もない奥様に、生活を共にしていらっしゃる丸映子さんに、語り掛けているのである。作中に『君にはむしろ明日の僕達の献立の事が気がかり』と在るのが、何よりのその証拠ではありませんか」などとがなり立て、評者に喰ってかかって来るに違いない。
 だが、間違いはあくまでも間違いであり、単細胞植物系はどのように飾り立てて言ってもあくまでも単細胞植物系なのである。
 私は、<さだまさし>の伝記作者でも、ストーカーでも無いから、この作品を作った当時の<さだまさし>が丸映子さんという良き伴侶を得ていたかどうかを問題としない。
 その当時の<さだまさし>が妻帯者であろうが無かろうが、この作品の中で、さだまさしが「君」と呼び掛けている存在が、丸映子さんを含めた愛すべき日本人女性全体であり、「僕達」の「僕」とは、 <さだまさし>自身を含めた勤勉なる日本人男性全体なのである。
 評者がここまで言ってしまうと、「I'm all right」「I'm all right」と、優しく二度労わられ、「それに僕は君を愛してる」「それさえ間違わなければ」とも言われる幸福な女性が、他ならぬ貴女ご自身であることを、賢明なる<さだまさしファン>の女性、並びに<さだまさしファン>ならずとも<さだまさしファン>の女性同様に賢明なる日本人女性の方々は、「そんなことは、とうの昔に承知しておりますよ」と仰るに違いない。
 そうです。その通りなんです。
 それよりも、日本産トキが絶滅の危機を迎えているという事実よりも、私たちにとって一番大切なことは、日々の平凡な暮らしを大切にすること。
 男性が女性を愛していること。
 ご亭主が奥様を愛していること。
 「それさえ間違わなければ」、<あとはどうでもいい>と言うこと。
 と、ここまで書いてしまったが、私は少し調子に乗りすぎて、言わずもがなのことを言ったしまったようである。
 少なくとも、「日本産トキが絶滅の危機を迎えていることよりも、私たちにとって一番大切なことは、日々の平凡な暮らしを大切にすること。/男性が女性を愛していること。/ご亭主が奥様を愛していること。/『それさえ間違わなければ』、<あとはどうでもいい>と言うこと。」といった件(くだ)りについては、かなり注釈をして置かなければならないようである。
 ところで、この作品の中で<さだまさし>が数回繰り返す、「I'm all right」「I'm all right」という英語を、私たちはどのように解釈するべきであろうか?
 「私は問題無い。問題無い。」などと、何処かの翻訳サイトのような硬直した訳をするべきだろうか? 
 それとも、「僕は気にしない。気にしない。」などと、ごく軽く受け止めるべきであろうか?
 『滝川エミリの英語教室』では無いから、そんなことはどうでも良いことではあるが、「問題無い」とは、「問題とするべき要素そのものが存在しない」ということでは無い。
 「気にしない」とは、「気にかけるべき点そのものが存在しない」ということでは無い。
 この作品の中で、シンガーソングライター<さだまさし>が数回繰り返して歌う「I'm all right I'm all right」とは、日本産トキが絶滅の危機を迎えていることや、「どこかの国で戦さが起きたとTVのNEWSが言う/子供が実写フィルムを見て歓声をあげてる/皆他人事みたいな顔で人が死ぬ場面を見る/怖いねと振り返れば番組はもう笑いに変わってた」ことなどについては、大いに問題を感じていない訳では無いが、この場面では、一先ずは<気にしない>で置こう、と言うことである。
 <この場面>とは、<どんな場面>のことであろうか?
 <この場面>とは、「君にはむしろ明日の僕達の献立の事が気がかり」な場面であり、「僕等」が「この狭い部屋の平和で手一杯」な場面である。
 つまり、この作品は、「遠い明日しか見えない僕」が、少し余裕を持って「足元のぬかるみを気に病む君」の考え方を受け入れ、労わりを示した作品なのであるが、この場合の「僕」が<さだまさし>個人だけを指すものでは無く、<君>が<さだまさし>の<配偶者>個人だけないしは<恋人>個人だけを指すものでは無いことは、申し上げるまでも無いことである。
 話は少し変わるが、シンガーソングライター<さだまさし>の『関白宣言』が社会現象となったのは、1979年の7月のことであった。
 それから二年半遅れで発表されたこの作品は、あの『関白宣言』の<さだまさし>自身に拠る<アンサーソング>であったと推測しても、それは必ずしも的外れな推測ではない。  
 もしも、評者のそうした推測が的を得たものであるとすると、其処には、<女誑し・さだまさし>の面目の躍如たるものが在る。
 時にきつい言葉で叱り、時に優しい言葉で慰めるのが、<さだまさし>のみならず、私たち日本人男性の、古典的、伝統的な○○操縦法なのであり、彼<さだまさし>は、未だにその<因習的な轍>から脱却することが出来ないで居るのである。
 一度置いた筆を、更に手にして書きたいと思うのは、この作品の二番の歌詩にまつわる思い出についてである。
 私の教員時代の三番目の勤務校の英語科にNさんという仕事熱心、研究熱心、部活熱心な教師が居た。
 彼の最大の自慢は、国立の語学系の最難関大学の最難関学科を卒業したということであり、二番目の自慢は、ギターを弾かせたらプロ並みの腕を持っている、ということであった。
 彼は母一人、子一人の家庭で育ち、高校教員になってからの彼は、たった一人の母親の待っている自宅にもめったに帰らず、勤務校の研究室に所帯道具の一部、例えば、冷蔵庫、扇風機、電器釜、毛布や寝袋などを持ち込み、休日以外の大半は勤務校の研究室を塒にして居て、他の教員たちから大いに迷惑がられていたのである。
 その彼は大のアメリカ好きで、この曲の二番の歌詩は、彼の為に用意されているかのように錯覚することも、私にとっては再々であった。
 私は出勤時間が他の教職員より早く、毎朝、八時前には出勤していたのであるが、その私が勤務校の玄関扉を開けると、彼の弾くギターに合わせて、彼が顧問を務めているフォークソング部の生徒たちが、「今若者はみんなAMERICAそれも西海岸に/憧れていると雑誌のグラビアが笑う/そういえば友達はみんなAMERICA人になってゆく/いつかこの国は無くなるんじゃないかと問えば君は笑う/馬鹿だねそんな風に自然に/変わってく姿こそ/それこそ/この国なのよさもなきゃ初めからニッポンなんてなかったのよ/I'm all right I'm all right/そうだねいやな事すべて切り捨てて/こんなに便利な世の中になったし」と元気良く歌う声が聞こえて来たのであったが、それも、今となっては忘れられない思い出である。
 彼はそうした奇癖を持っている教員であるが故に、英語科の教員たちや一部の生徒たちからは嫌われていたが、彼から教わった生徒たちの大半は、他の教師から教わった生徒たちより、格段に英語の学力が高かったので、私は、彼の教師としての実力を高く評価し、他の教師と一風異なっていた彼の人柄に好感を持っていた。
 その彼も数年前に定年退職し、彼より五歳ほど年上の私は、今日・六月十七日に七十回目の誕生日を迎えた。
        足元の泥濘からも脱し得ず古希を迎ふる梅雨入り三日   鳥羽省三
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今週の朝日歌壇から(9月15日掲載・其のⅠ・)

2014年09月16日 | 今週の朝日歌壇から
[永田和宏選]

(堺市・根来伸之)
〇  自らは侵略者だとは言わぬもの誰もが自衛と言って始める

(アメリカ・大竹幾久子)
〇  数万が見上げて死にし原爆を上から見た人バンカーク氏逝く

(佐渡市・藍原秋子)
〇  「おかえり」を言うまですっかり忘れてたそういえば今朝ケンカしたっけ

(八戸市・山村陽一)
〇  大正十四年霊柩馬車を造りたる祖父の写真あり紋付を着て

(志摩市・九鬼英夫)
〇  悪いこと何もせぬのに反省会というのがやたらに多くなりたり

(富山市・松田わこ)
〇  恋までもゆずってしまうねえちゃんにあきれる私とママとひぐらし

(船橋市・酒井知衣)
〇  窓閉めて遠い花火を眺めてる静かな夜に鳴らない電話

(筑後市・近藤史紀)
〇  「もしもし」で僕だと分かる君がいて君に電話をした僕がいる

 〔返〕  鳴る前に君から来たと分かります卓電の前で待ち構えてる


(名古屋市・中村桃子)
〇  気管支がサンゴのように伸びていく3Dプリンターの時代が来たんだ

(宮崎市・佐伯直樹)
〇  帰省したきみを迎えに行ったのに呼んでないよなんてきみらしいよね
[馬場あき子選]

(熊本市・高添美津雄)
〇  満ち足りしごとく鳩らは枝にゐて林を行けば秋の気配す

(川越市・小野長辰)
〇  猫と亀と一緒に歩く夏の朝人の時間ではなくなつてゐる

(富山市・松田梨子)
〇  ひっそりと話し込みたいいつまでも夏の終りの音楽室で

(津市・田中周治)
〇  広島で学徒兵なりし僧がつく鎮魂の鐘染む八月六日

(舞鶴市・吉富憲治)
〇  孵化までを待つには周囲の目もありて不憫なれども鳩の巣崩す

(富山市・松田わこ)
〇  恋までもゆずってしまうねえちゃんにあきれる私とママとひぐらし

(東京都・大村森美)
〇  美しき胸鰭ひろげ魴鮄は吐息のごとくばふばふと鳴く

(前橋市・荻原葉月)
〇  わが庭に飼つてゐるがの青大将葡萄棚の上今日は寝そべる

(東京都・太田有喜子)
〇  年若い君がヘルパー辞めると聞く夏の終わりは突然にして

(東京都・山木海絵子)
〇  木漏れ日の模様をまとい小三条蝶(こみすじ)は森のあわいを滑空しゆく
[佐佐木幸綱選]

(可児市・前川泰信)
〇  蚊も蜂も百足も猫も蝙蝠も撃退すべしとスプレー並ぶ

(登別市・松木秀)
〇  ファン・エイク『涙のパヴァーヌ』聴きたれば息づく若き日のブリュッヘン

(三鷹市・大谷トミ子)
〇  車椅子乗らずに父は押し歩く九十九年頑固一徹

(富山市・松田わこ)
〇  恋までもゆずってしまうねえちゃんにあきれる私とママとひぐらし

(八王子市・佐々木冬彦)
〇  病にも良きことのあるただ一つ時を惜しんで語り合うなり

(川崎市・小島敦)
〇  投球は被災者思い広島の仁王のようなマエケンの顔

(島田市・水辺あお)
〇  原発の廃炉は決めずわが町の避難受け入れ先を公示す

(名古屋市・佐野孝子)
〇  戦争の記憶なけれど反戦の本と映画でわたし護憲派

(鎌倉市・小島陽子)
〇  戦争で片足無くした祖父思う九条守れときっといってる

(青森市・白鳥せい)
〇  雨なれど泰然とねぶた進み来る跳ね人は滝をくぐりし如く
[高野公彦選]

(茨城県・原里江)
〇  草の根の土を離れる感触を楽しみおれば蜩の鳴く

(大分市・岩永知子)
〇  野紺菊りんどう草藤むらさきの花野さびしき嫠婦の集まり

(三鷹市・増田テルヨ)
〇  月見草わが手にのせし若き日の夫にあひたしつくつくほうし

(鎌倉市・小島陽子)
〇  戦争で片足無くした祖父思う九条守れときっといってる

(東京都・無京水彦)
〇  九条と空気は同じ汚されてはじめて気づくいかに大事かと

(伊万里市・村田昭典)
〇  戦中も平和平和と聴かされき政治家が言う平和とは何

(福島市・美原凍子)
〇  馴らされて馴れてしまって線量も気づけば忘れかけてるふだん

(島田市・水辺あお)
〇  原発の廃炉は決めずわが町の避難受け入れ先を公示す

(熱海市・山口智恵子)
〇  コスモスを揺さぶる風と虫の音を聴きたくなってイヤホン外す

(泉佐野市・南政治)
〇  アラン島にて購いし細き笛5ユーロ90やわらかくふく
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今週の朝日俳壇から(9月15日掲載・其のⅠ・)

2014年09月16日 | 今週の朝日俳壇から
[大串章選]

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[稲畑汀子選]

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[長谷川櫂選]

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今週の朝日俳壇から(9月8日掲載・其のⅠ・)

2014年09月16日 | 今週の朝日俳壇から
[大串章選]

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今週の朝日歌壇から(9月1日掲載・其のⅠ・書き込み中)

2014年09月09日 | 今週の朝日歌壇から
[佐佐木幸綱選]

(広島県府中市・内海恒子)
〇  広島に育ちて毎夏ヒロシマを学びて思う「知らぬということ」

 本作の作者は、「広島」育ちではあるが被爆体験をしなかった年配の方、いわゆる「戦後派の広島っ子」の一人でありましょうか?
  〔返〕  広島に何を学んだ?広島は恒久平和を私に教えた! 
 

(大阪市・安良田梨湖)
〇  黙禱を捧げて水を飲むこれは何万人が飲めなかった水

 「広島原爆記念日」に広島とは遠く距離を隔てた大阪に居て、広島の被爆者たちの霊を黙禱を捧げた後に「水を飲む」。
 私が今飲んでいる水は、あの日の広島の「何万人」かの被爆者たちが「水を下さい!水を!」と叫びながらも「飲めなかった」ままに死んでいた「水」である、という思いと共に「水を飲む」のである。


(徳島市・磯野富香)
〇  幾そ度歌ひしものか「みたみわれ」報国隊の女学生なりき

 作中の「みたみわれ」とは、昭和18(1943)に大政翼賛会が制定して日本放送協会(NHK)の『国民合唱』として放送されていた曲であるが、元々は万葉集(巻六)所収の海犬養岡麻呂作の「みたみわれいけるしるしありあめつちのさかゆるときにあへらくおもへば」という和歌である。
 本作の作者の磯野富香さんは、その当時女学生であったが、勤労報国隊の一員として軍需工場に動員され、この曲を幾回と無く歌ったのでありましょう。

(東京都・をがはまなぶ)
〇  敗戦日朝から父の不機嫌に触らぬ神の毎年のこと

(青梅市・津田洋行)
〇  蝉の殻じっと見つめて憲法もかくのごとくになりにけるかな

(さいたま市・大浦健)
〇  蜩は遠い追憶歌うから近くの声も遙かに聞こゆ

(富山市・松田わこ)
〇  控えめなセミの声たまにししおどし耳がダンボになる詩仙堂

(アメリカ・郷隼人)
〇  監視塔より炯々と光る眼が常に見張っているプリズン・ヤード

(名古屋市・中村桃子)
〇  トリコロールくるくる回る理髪店看板ネコのいない猛暑日

 「看板ネコ」は炬燵で丸くなっているのでありましょうか?

(横浜市・高橋理沙子)
〇  夏休みお昼は冷や汁作ります一椀にギュッと栄養つめて
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