臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

あなたの一首(秋山周子さんの作品)

2009年11月08日 | あなたの一首
  もう用は何もない庭ローズマリー折れば香りの移るてのひら
                         秋山周子『庭の時間』より

 ご夫君が逝き、子供たちが一人立ちした後、想い出多いニュータウンの家で独居生活を余儀なくされている作者。
 亡き人と二人で造り、植樹に草取りにと、かつては一日に幾度となく下り立った庭にも、最近の彼女はほとんど下りることがない。
 だが、今朝、久しぶりに視線を庭に向けたところ、夫の生前に二人で植えたローズマリーが、あまりにも繁茂し過ぎ、いくらなんでもこのままにして置くわけにはいかないと思われ、幾日振りかに庭に下り立ってしまった。
 そして、この家の主である自分に較べれば、あまりにも元気が良過ぎ、少し心憎い気がしないでもない、件(くだん)のハーブに手を遣り、その数本を手折ったところ、自分の掌に、かの草特有の香りがべっとりとこびり付いていた。
 この香りはなんだろう。この草の香りが、私の掌に憑ったのは、この数週間、碌々庭にも下りず、夫が丹精込めて植えた庭木や草花の世話を怠った私への、復讐ででもあろうか。
 いやいや、それは考え過ぎ、怠惰な私の僻み根性から来る思い込みというものであろう。
 素直な心で嗅いでみれば、これはこれで、何と爽やかで健やかな朝の香りではないか。私も、これからは元気を出し、もう少し真面目に庭の手入れなどもしてみよう..............。

 第一歌集『渚の時間』から十年。悲しみの底から立ち上がった秋山周子さんが、この度、<ながらみ書房>から、第二歌集『庭の時間』を上梓された。
 「著者はひとり暮らしとなってニュータウンの移ろいをみつめ、亡き人や故郷の記憶をさかのぼる。しかし、その目と足はいつも現実の広い世界へとむかっている。『庭の時間』の歌々は、一人の人間の生と心の軌跡を刻んで、歳月の重みと哀しみを、豊かに味あわせる。」と、内藤明氏は、同歌集の帯文に記しておられる。
 「子が育ち夫亡き後の独居。静かで、時にもの寂しい。」と、11月8日付け朝日新聞朝刊の『朝日歌壇』の片隅に<風信>氏は記される。
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