臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

一首を切り裂く(034:掃・其のⅢ・一流の清掃会社に電話をかける)

2012年01月31日 | 題詠blog短歌
(月原真幸)
〇  跡形もなく消したくて一流の清掃会社に電話をかける

 「一流の」がとても宜しい。
 本作の作者の月原真幸さんは中古一戸建て住宅を世間相場の三分の一ぐらいの価格で買ったのでありましょう。
 ところが、予め覚悟していたこととは言え、家中の至る所に滲み付いている前住者の生活の跡が耐え難く、その痕跡を「跡形もなく消したくて一流の清掃会社に電話」を掛けて、ハウスクリーニングの見積もり依頼をしたのでありましょう。
 〔返〕  梅干しも一流会社の品が好し中国産は結局損だ   鳥羽省三


(鮎美)
〇  吐瀉物におがくず撒きて掃き寄する駅員のゐてクリスマス・イヴ

 「クリスマス・イヴ」についての対処法にもさまざまなスタイルが在り、「吐瀉物におがくず撒きて掃き寄する」のも、京浜急行電鉄の「駅員」さんらしい対処法と思われます。
 〔返〕  ワン公がウンチ垂れても気にせずに散歩させてるさいたま市民   鳥羽省三


(眞露)
〇  うずをまき白砂掃かれた石庭に 秋風すずし堂の縁側

 作中の「堂」とは、京都紫野の「龍寶山・大徳寺」の塔頭の一つである「瑞峯院」を指して言うのであり、「うずをまき白砂掃かれた石庭」とは、その方丈の前庭を指して言うのである。
 瑞峯院建立の施主は、あの戦国のキリシタン大名の大友宗麟である。
 彼・大友宗麟は、あの戦乱に明け暮れていた時代に在って、我が大友家の先祖代々の菩提を祈って建立した瑞峯院の「縁側」に寝転んで前庭を眺めることを宿願としていながら、豊臣秀吉の島津征伐軍の幕下の一将として参戦し、その最中にチフスに罹患して五十八歳で亡くなったのである。
 したがって、本作は、作者の眞露さんが、大友宗麟になったつもりで詠んだのでありましょう。
 〔返〕  夢に吹く秋風涼し瑞峯院 渦巻く如き宗麟の一世   鳥羽省三


(村田馨)
〇  豪徳寺、代官屋敷は碧濃く掃部頭は眠りたりけり

 十数年前のことですが、東急田園都市線を三軒茶屋駅で下車し、「三軒茶屋駅→最勝寺→松陰神社→世田谷代官屋敷→勝光院→世田谷城址公園→世田谷八幡宮→豪徳寺駅」といったお散歩コースを、一日がかりで盲滅法に歩き回ったことがあります。
 地図を片手にしただけで、方位磁石もコンパスも持たないままの出鱈目極まりない歩行でありましたが、何とか暗くなる前に、東急電鉄・世田谷線の豪徳寺駅まで辿り着くことが出来、駅付近の蕎麦屋で特上の天麩羅蕎麦を食べて空きっ腹を満腹させた後、豪徳寺駅から世田谷線に乗ったら、あっと言う間も無く元の三軒茶屋駅に到着しました。
 世田谷のボロ市に出掛けて「代官屋敷」に雨宿りしたのは、それよりも十年以上も前のことです。
 〔返〕  ボロ市で雨宿りした世田谷区豪徳寺在代官屋敷   鳥羽省三 


(鳥羽省三)
〇  「トイレ掃除させて下さい」との触れ声の一燈園の今は何処に

 便所掃除でお馴染みの「一燈園」をご存じで無い方ばかりが多くなった時代を生き抜いて行かなければならないことは、むかし人の私にとっては、何かと不都合なことであり、寂しいことでもあります。
 何しろ、あの佐賀市ご在住の女流歌人さんが『トイレの神様』を題材にした駄作をお詠みになって澄ましていらっしゃる世の中ですからね。
 〔返〕  トイレのもLEDに替えましたエコ政策に協力してます   鳥羽省三

一首を切り裂く(034:掃・其のⅡ・《清掃中》十三駅の便所)

2012年01月30日 | 題詠blog短歌
(飯田和馬)
〇  《清掃中》十三駅の便所さえ提示するのにお前ときたら

 作中の「お前」に類する者を、本作の話者、即ち作中主体の周辺にいる女性の中から特定するとしたら、あの掃除好きの万年処女のS女でありましょう。
 それは彼女の人に優れた点でもありましょうから一概に非難するに値しませんが、ここ数年の不況のために、好むと好まざるとに関わらず、一家庭の専業主婦ならぬⅠLDKの民間賃貸マンションの押し掛け家事手伝いという立場に立たされている彼女は、自分が居候であることの弱みをカバーするが如く、暇が在れば昼夜を厭わずトイレ掃除に熱中しているのである。
 トイレと言っても、彼女が居候を決め込んでいる話者のマンションのそれの広さは、わずか1平方メートル程度のものである。
 その狭い空間を、彼女は独楽鼠のようになって、そのマンションの賃貸契約者たる話者の食事中であろうが、出勤しようとする寸前であろうが、それと断らずに掃除をしているのであるから、「《清掃中》十三駅の便所さえ提示するのにお前ときたら」という、彼女の清掃好きを嫌悪し、罵倒するような内容の本作が詠まれたのである。
 作中の「十三駅」とは、大阪府大阪市淀川区十三東二丁目に在る阪急電鉄の駅であり、同電鉄の全営業列車が停車し、梅田駅と並んで阪急電鉄の主要な三つの路線が集う結節点となっている駅であるから、昼夜を問わず大勢の乗降客男女が下腹部を抑えて血眼になって駆け込む、その駅の「便所」の汚染状態の酷さは想像するに余りあるものと思われる。
 したがって、阪急電鉄から依頼されてこの駅の「便所」の掃除を請け負っている某社のパートタイマーの方々の作業ぶりは、一旦、作業を開始しようと決めたからには、下腹部を抑えたり抱えたりしてその「便所」に入って来る者が、例え自民党の谷垣総裁であろうが橋下知事閣下であろうが押切もえちゃんであろうが「断固拒否するぞ!」とばかりに、「《清掃中》」の表示板を「便所」の入り口にでんと置いてやっていることでありましょう。
 〔返〕  梅田駅のトイレ掃除のおばちゃんが白い粉など捌いてた頃   鳥羽省三


(今泉洋子)
〇  神はなしとわれは言はねど、使ふたび汚れゆくゆゑ厠掃除す

 同じトイレ掃除を題材にしながら、本作は、一昨年の紅白歌合戦に出場して話題となった、植村花菜さん歌唱の『トイレの神様』に便乗しただけの流行遅れの駄作である。
 〔返〕  紙は無しと誰も言わねど我が家ではお尻の汚れを指で拭える   鳥羽省三   



(星川郁乃)
〇  母よ この夜の残滓を流そうよ掃き出し窓をおおきくあけて

 「母よ」と、初句がいきなし破調の三音であるからびっくりもするが、指折り数えてみると、「母よこの/夜の残滓を/流そうよ/掃き出し窓を/おおきくあけて」と定型の三十一音に納まっているから、作者・星川郁乃さんのお手並みの程は、なかなかのものである。
 何方かの御著の記述に拠りますと、「あの前衛短歌の神様みたいな塚本邦雄氏さえ、散歩の途中で指折り数えながら、句割れ、句跨りのある作品の創作に余念が無かった」ということでありますから、私たち初心者も亦、塚本邦雄氏や本作の作者を見習わなければなりません。

 〔返〕  トイレを洗はばタイルに顔の映るまで首相にならば庶民の財布を掠むるこころ   鳥羽省三
 大幅な字余りになってしまいましたが。


(村上 喬)
〇  掃箒のやわらかき葉に戯れて秋茜という蜻蛉乱舞す

 作中の「掃箒」とは、その訓みはともかくとして、俗に謂う「ほうき草」を指して言うのでありましょうか?
 その他の表現について申せば、「秋茜という蜻蛉」という持って回ったような言い方をする必要があったかどうかが問題である。
 〔返〕  やはらかき箒草葉と戯れてアキアカネ飛ぶ初秋来にけり   鳥羽省三

一首を切り裂く(034:掃・其のⅠ・掃き出されたる黒い糸くず)

2012年01月29日 | 題詠blog短歌
(横雲)
〇  掃墨(はいずみ)を白粉(はふに)と紛(まが)ふ女居て笑ひし後に吾(あ)を顧みし 掃墨物語絵巻によせて

 後注にある「掃墨物語絵巻」とは、南北朝時代から室町時代中期頃までの間に製作されたと推測される絵巻物であり、その上下二巻は国指定の重要文化財でもある。
 その大概を紹介すると「白粉と眉墨とを取り違えて顔に塗り、化粧にしくじった娘が、好きな男に逃げられた挙句、これを契機として菩提心を起こして剃髪する」という出家遁世物語の絵巻である。
 本作は、後に『堤中納言物語』中の一短編『はいずみ』や狂言の『黒塗女』にまで発展して行く、この絵巻物のストリーをそのまま上の句として取り入れ、下の句に「笑ひし後に吾を顧みし」と置いて一首とした、実に他愛も無い作品ではあるが、横書きを宿命づけられているネット上の短歌に、四か所もの括弧付きのふりがなが在ったとしたら、見た目もだらしなくなり、“作者の衒学趣味の顕れ”として斥けられてしまうのが“落ち”である。
 また、「掃墨物語絵巻」を知っている読者にとっては、後注も嫌味以外の何物でもありません。
 作者の横雲さんは、「誰を読者としての作品であるか?」ということを、もっともっと真剣に考えなければなりません。
 「発表してはみたものの何方にも読んで貰えなかった」では、あまりにも哀れではありませんか?
 〔返〕  横書きの短歌に付ける振り仮名は一首の価値を台無しにする   鳥羽省三    


(夏実麦太朗)
〇  赤糸に束ねられたる箒にて掃き出されたる黒い糸くず

 「赤糸に束ねられたる箒にて掃き出されたる黒い糸くず」とは、何か意味深な言い方である。
 主宰・選者以下、同人会員揃って仲間褒めに終始している某結社に飛び込んだ挙句、摘み出され、弾き飛ばされてしまった彼のような歌詠み(一応は歌詠みと言うべきかも?)を「黒い糸くず」と言うのでありましょう。 
 〔返〕  赤糸で束ねられてる結社誌で黒い歌詠む者は馬鹿だね    鳥羽省三
      赤糸で束ねたがってる選者には赤の熨斗付きお菓子を贈れ


(紫苑)
〇  春近き夜明けの空は水ふくみくれなゐ匂ふうす雲を掃く

 「空は水ふくみ」とは、しっとりと潤み、水気を帯びたような朝空を指して言うのでありましょうか?
 〔返〕  春曙の山の端赤く染まりたりうす雲低くたなびいてをり   鳥羽省三


(西中眞二郎)
〇  作業場の落ち葉掃きいる男あり秋深まりし夕べの散歩

 「作業場」とだけ言って、その作業場の業種を特定しないのがこの一首の奥行きの深さでありましょうか?
 〔返〕  仕切り場の塵を掃いてる女あり亭主紛いの男が見張る   鳥羽省三
      稽古場の汚れ拭いてる弟子が居て女師匠の目を気にしてる


(飯田彩乃)
〇  掃いて捨てた自尊心から伸びてきた蔓にまたもや絡め取られる

 かなり前のことでありますが、「赤ちゃんに穿かせて捨てた紙おむつから芽を出す南瓜があった」という話を聞いたことがありますから、そういうことも十分に在り得ましょう。
 凡そ、この世の中の人間にとって、「自尊心」ほど始末の悪いものはありません。
 〔返〕  吐き捨てたチュウインガムがくっ付いて足をとられて骨折しちゃった   鳥羽省三
 

(野州)
〇  遺産分けを争いしより掃苔のひさしくなりて彼岸花赤し

 老後の小林一茶、信濃も越後に近い柏原に隠棲してからの小林一茶の生活を彷彿とさせる作品である。
 『七番日記』『九番日記』など、年齢の離れた妻との“交合”の回数まで詳細に記録した、あの小林一茶の日記に知悉している評者としては、本作の五句目の「彼岸花赤し」の毒々しさが印象的である。
 また、作者のお名前が「野州」さんであることから拝察すると、作者ご自身の現在の生活をそのまま映したような作品としても読めるのである。
 〔返〕  継母や弟・仙六と諍ひて後の一茶は交合ばかり   鳥羽省三
 

(香村かな)
〇  今朝君が何も言わずに掃除機で吸い込んでいた胸のもやもや
(史緒)
〇  やり場なき思い抱えた女らはただ黙々と掃除するらし

 同工異曲といった感じの二作品である。
 「たた黙々と」「掃除機」を動かして居れば、「胸のもやもや」も「やり場なき思い」も、どうやら晴れるものらしい?
 だとしたら、最新式の電気掃除機の、何と便利なことよ!
 〔返〕  我が胸の曇り拭える掃除機が在ったら買いたいジャパネット馬鹿だ   鳥羽省三  


(尾崎弘子)
〇  掃きだめに鶴と言はれて掃きだめに居ても喜ぶ素直な彼女

 「掃きだめ」の「鶴」ならば、「掃きだめ」の「ゴキブリ」よりもずっと宜しいんではありませんこと。
 〔返〕  人間は、とりわけ女性は素直で好し!掃きだめに鶴と言われて喜べ!   鳥羽省三


(砂乃)
〇  掃除するふりしてみては夕暮れに染まった君の席に近づく

 作中の「君」がパソコンを打ちながら赤くなっているのは、「夕暮れに染まって」いるからではありません。
 先程からミス総務課の砂乃さんの目線が自分に向けられていることを意識しているから、彼の顔は赤く染まっているんですよ。
 〔返〕  パソコンのキーを叩いてるふりをしてミス総務課の目線を意識   鳥羽省三


(弥慧)
〇  きばる日は少し高めに上向きに眉山描いて丁寧に掃く

 作中の「きばる日」とは、「年下のイケメンの部下を誘惑しようと密かに目論んでいる日」を指して言うのでありましょう。
 「少し高めに上向きに眉山描いて丁寧に掃く」と、おかちめんこのお局さんの顔も、少しは見られるようになるのでありましょうか?

 〔返〕  きばる日は財布の中身を確かめてランジェリーなども新品にする   鳥羽省三
 必ずや“いざ、鎌倉!”という場面に持ち込もうとしての細やかな気配りなのである。



(梅田啓子)
〇  すじ雲の天女のころもに見ゆる日はゆうべの紅きはなびらを掃く

 「ゆうべ」「紅き」色した「はなびら」が散ったのでありましょうか?
 で、その「紅きはなびら」を散らしたのは、何処のイケメンでありましょうか?
 〔返〕  すじ雲が天女のころもに見ゆる日は疲れ気味かもお休みなさい   鳥羽省三


(原田 町)
〇  片付けて掃除を済ませやれやれと思う間もなく探しものする

 かくまで、家庭の主婦は仕事に追われているのである。
 男性よ、この現実を徒や疎かに思ってはいけませんよ!
 〔返〕  片づけてやれやれやれと思ってたら成田で別れてしまったと言う   鳥羽省三    


(ちょろ玉)
〇  掃除機に戻るコードが何となく君の吸い込むうどんとかぶる

 言われてみればそんな感じもしますね。
 でも、「掃除機」の「コード」ほどの長さの「うどん」はありませんでしょう?
 〔返〕  巻尺がケースの中に戻るのはきしめんを啜る時と似ている   鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
〇  ヘアピンを吸ってしまった掃除機のように突然泣き叫べたら

 逆に言えば、「『掃除機』が『ヘアピンを吸ってしまった』時の音は、エキセントリックでヒステリックな女流歌人が『突然泣き叫』んでいる時の声と似ている」ということになりましょうか?
 〔返〕  掃除機を新しいのに替えなさい“ジャパネットたかた”なら下取りもする   鳥羽省三


(じゃこ)
〇  女子たちのこうげき「男子!さぼらんとまじめに掃除してくださいー!」

 これは亦、ものすごい女性が次々と登場するものである。
 「男子!さぼらんとまじめに掃除してくださいー!」という、あのエキセントリックでヒステリックな声の持ち主は、三年六組担任の“じゃこ”先生の小判鮫みたいな少女らでしょうか?
 〔返〕   「女子たちも掃除が済んだら帰りなさい!河合塾にでも行きなさいよ!」   鳥羽省三


(伊倉ほたる)
〇  笑いにも缶詰があり墓掃除にも代行がある惑星(ほし)になる

 「笑いにも缶詰があり墓掃除にも代行がある」までの言葉の運びはすっきりしているが、それに続く「惑星(ほし)になる」については、何方でも理解が届かないと思われます。
 或いは、「私は生きるのに疲れ果ててしまって『惑星』にでもなりたい」という儚い願望を語っているのでありましょうか?
 だとしたら、五句目の「惑星」を「流星」となさったらいかがですか?
 いずれにしても、無用な“句割れ・句跨り”が在るのも見苦しく、「惑星」を「ほし」と読ませるのにもかなりの無理が在ると思います。
 〔返〕  お笑いにも限度があって馬鹿みたいな言葉の運びもさまになりません   鳥羽省三


(田中彼方)
〇  見てないと自動掃除機ロボットは、四角い部屋を丸く吸い込む。

 最新式の「自動掃除機ロボット」は、障害物に突き当ったら反転して働くから「四角い部屋を丸く吸い込む」ようなことは決してありません。
 したがって、「自動掃除機ロボット」にお部屋の掃除をさせながら田中の彼方へお出掛けになられ、畦道の草刈りをなさることさえ可能です。
 〔返〕  見てないと掃除機同士が恋をする一家に二台は必要がない   鳥羽省三

一首を切り裂く(033:奇跡・其のⅠ・四つ葉をみつける奇跡にも似て)

2012年01月28日 | 題詠blog短歌
(伊倉ほたる)
〇  壊れかけの明日としている指きりは四つ葉をみつける奇跡にも似て

 「四つ葉」のクローバーを見つけることは意外に簡単な事であり、「奇跡」でも何でもありません。
 要するに、人間が沢山足を踏み込むような野原に入って探せばいいだけのことである。
 人間の泥足で踏まれることに拠って、種族保存本能を備えたクローバたちは、その翌年から、突然変異的に「四つ葉」になったりすることが、稀にあるのである。
 したがって、「壊れかけの明日としている指きりは四つ葉をみつける奇跡にも似て」という表現は、あまり適切な比喩とは言えません。
 それにしても、本作の作者・伊倉ほたるさんは、「壊れかけの明日」と、どんな内容の「指きり」をしているのでありましょうか?
 また、伊倉ほたるさんの「明日」は、どんな理由で「壊れかけ」状態になっているのでありましょうか?
 〔返〕  壊れかけたラジオは叫ぶ「もう止せ!」と、「四つ葉は幸運を約束しない!」   鳥羽省三


(烏野サギ子)
〇  ミラクルって陳腐で安い文字列に奇跡って意味が本当にある??

 言われてみれば確かに、「ミラクル」ってカタカナ書きすると、軽くて「陳腐で安い文字列」のような感じがします。
 あの「陳腐で安い文字列」の中に、「奇跡」などという厳粛重厚で壮大な意味が、本当に詰まっているのでしょうか?
 〔返〕  ミルミルに滋養ぎょうさん詰まっとるミラクルの中身奇跡とちゃうでぇ   鳥羽省三


(理阿弥)
〇  立て看の<奇跡は成され…>その先を読ませず今日もバスは曲がりぬ

 作中の「立て看」は、どうせ新興宗教団体かサプメントの通販会社の「立て看」でありましょう。
 下の句に「その先を読ませず今日もバスは曲がりぬ」とありますが、本作の作者・理阿弥さんは、極めて真面目な方とお見受けしますから、「その先を」どうしても読みたかったのでありましょう。
 〔返〕  読みたいと思う立て看読ませずに曲がってしまうバスは好くない   鳥羽省三


(飯田和馬)
〇  パゾリーニ『奇跡の丘』を見るように足場が高くなるまでを見た

 『奇跡の丘』は、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督のイタリア・フランス合作映画であり、1964年(昭和39年)に製作され、公開された。
 その内容について言えば、この映画のイタリア語の原題「Il Vangelo secondo Matteo」は「マタイによる福音書」という意味であり、新約聖書の「マタイによる福音書」をテキストとして、キリストの生誕から磔刑、復活までを壮大なスケールで描いている。
 察するに、本作の作者・飯田和馬さんは、敬虔なるクリスチャンとは言わないまでも、人間・キリストの存在を固く信じて居られ、この映画を鑑賞なさったことによって、ご自身の日々の暮らしや思考の立ち位置(即ち、足場)がかなり高くなったように感じたのでありましょうか?
 だとしたら、それはまさしく“映画の力”であり、“巨匠・パゾリーニ監督の力”でもありましょう。
 私たち歌詠みは、何かと言えば“短歌の力”という得体の知れない言葉を口にし、私が当ブログ上で、何方かの作品に対する批判めいたことを書いたが最期、連日連夜、「鳥羽省三は、短歌の神の存在を信じていないのだろう。短歌の力というものを信じていないのだろう。お前の下手な文章には、そのことがありありと表れているぞ。私は短歌の力で以って、お前の命を縮めてやるぞ」などといった、狂信的なコメントが殺到するのである。
 “短歌の力”と言うからには、その短歌を詠んだり読んだりすることによって、作者及び鑑賞者の立ち位置が高まるような内容のものでなければなりません。
 狂信的なコメントをお寄せになられる方は、以後、十二分にご留意なさって下さい。
 〔返〕  パゾリーニの『奇跡の丘』のような歌 足場が高くなる歌を詠め   鳥羽省三    


(鮎美)
〇  偶然とまぐれと奇跡の境界の薄れし朝に熱き茶を飲む

 「偶然とまぐれ」とは似たようなものですが、それらと「奇跡」との間には「境界」と言うよりも、人間業では越えようとしても越えることの出来ない巨大な断層状の障壁が在り、これを越えるということは、神の領域に足を踏み入れることになりましょう。
 それにしても、それほどのご高齢とは思われませんが、「偶然とまぐれと奇跡の境界の薄れ」をご自覚なさって居られるとしたら決して油断は出来ません。
 お身体が健やかであっての美貌であり、文才です。
 何卒、「朝に熱き茶を飲む」といった場当たり的な療法で誤魔化さずに、認知症専門の病院通いもご検討なさって下さい。
 〔返〕  気紛れもまぐれのうちか?気紛れにこんな調子で書いてみました   鳥羽省三


(片秀)
〇  一世紀過ぎた今なおこの場所に居られることこそ奇跡と言おう

 本作の表現に拠って察するに、本作の作者・片秀さんは、満年齢百歳を過ぎた後期高齢者の方と思われる。
 何卒、お体大切になさって下さい。
 〔返〕  週一度プール通いも忘れずにコンドロイチンご摂取無用   鳥羽省三


(村田馨)
〇  御代ヶ池の水澄みわたる御蔵島イルカと出会う奇跡をねがう

 「イルカと出会う奇跡」が実現する前に、「シー・シェパード」と出会ってレーザー光線の洗礼に見舞われたりすることも大いに在り得ますから、村田馨さんに於かれましては、何卒、十二分にご注意下さい。
 〔返〕  水の澄む御代ヶ池までイルカ来ずイルカ見たけりゃ外洋に出よ   鳥羽省三  


(紗都子)
〇  何度でも奇跡を起こす人であれ傷を無骨なかさぶたにして

 本作は、母親としての作者・紗都子さんの切なるお気持ちを、そのまま一首の歌に託したのでありましょう。
 日々の生活の中で、私たち人間は、なかんずく幼い者たちは、数えきれない程の「傷」を負うものであり、その「傷」が、時間というものの作用に拠って「かさぶた」になるまで待つしか生きる方法が無いのである。
 時間という形の無いものの持つ“癒し効果”は、言わば「奇跡」である。
 故に、本作の作者・紗都子さんは、「何度でも奇跡を起こす人であれ傷を無骨なかさぶたにして」と、切なる思いを込めて、お子様の健康と幸福を祈っているのである。
 ところで、本作の作者のお名前は紗都子さんである。
 紗都子さんと言えば、連鎖反応的に思い出すのは、今話題のダルビッシュ・有投手の前妻のお名前・「紗栄子」さんである。
 「紗栄子」さんという優雅なお名前のあの方も亦、前夫・ダルビッシュ・有投手の米国での健闘と健康とを、切なる思いを込めて祈って居られるのでありましょうか?
 〔返〕  何度でも醜聞塗れの人であれ!ダルビッシュ・有 ガガに恋せよ!   鳥羽省三


(西中眞二郎)
〇  確率論だけで言うなら我が生れしことこそ最大の奇跡にあらむ

 これを称して「ナルシシズム」と謂うのでありましょうか?
 〔返〕  確率論だけで言うならばこの歌を我が称賛するは奇跡に非ず   鳥羽省三


(みずき)
〇  生きるとは躓くことと知りつつも奇跡を信じ動けぬ私

 「奇跡を信じ動けぬ私」となっておりますが、「奇跡を信じ動かぬ私」ということもありましょう。
 「生きるとは躓くことと知りつつも」という上の句と呼応する関係する下の句としては、どちらにするべきでありましょうか?
 〔返〕  生きるとは表現することと信じつつ今朝もブログを書く鳥羽省三   鳥羽省三


(南野耕平)
〇  その奇跡 ちゃんと活かしていますかと遠いところで呼ぶ声がする

 本作の作者の南野耕平さんは、ご自身が産まれたこと、ご自身が日々生かされていることを「奇跡」と思って居られるのでありましょうか?
 だとすれば、「その奇跡 ちゃんと活かしていますか」と「遠いところで呼ぶ声」の主は、南野耕平さんをこの地上に在らしめている神でありましょう。

 〔返〕  この奇跡ちゃんと活かしておりませんいけないことなどすることもある   鳥羽省三
 「言うは易く、行うは難し」という格言がありますが、「自分の誕生や生存を奇跡と思って、人生を大切に生きる」といった生き方を実践することはなかなか難しいものと思われます。
 直後に、御巣鷹山の日航機激突事故を題材としたアンタレスさんの作品を採り上げておりますが、あの時の生存者の四名の方々は、今頃、どんな人生を歩んでいるのでありましょうか?
 ヘリコプターで吊り上げられて救出された女性については、「奇跡の美少女」という新聞見出しを今でも記憶しているだけに、他人事ながら、その後の彼女の人生については真に興味深いところである。


(アンタレス)
〇  御巣鷹の航空機事故数名の生存者あり嬉しき奇跡

 作中の「御巣鷹の航空機事故」とは、1985年8月12日の夕刻、羽田発伊丹行の日航機123便が離陸して間も無く、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(御巣鷹の尾根)に墜落した事故を指して言うのでありましょう。
 作品の表現について一言すれば、あの事故が発生してから既に四半世紀以上も経っていますから、作者のアンタレスさんは、一種の思い出話として、本作をお詠みになられたのでありましょう。
 したがって、作中の四句目「生存者あり」は、過去の出来事を回想して語っているという意味合いで「生存者ありき」と改めた方が宜しいかと思われます。
 あの衝撃的な事故については、犠牲者の中に、私と同郷の大関・清国関のご家族三人が含まれて居り、その事故に因って、妻子三人を失ってからの清国関(当時は伊勢が浜親方)の人生は、急な坂道を火達磨状態で転げ落ちるようなものであっただけに、私にとっては他人事とは思われません。
 五百二十名という犠牲者の数の多さにも仰天しますが、あの痛ましい事故の中で四名の方々の生命が救われたことについては、アンタレスさんの仰る通り、「嬉しき奇跡」と申す以外に言葉がありません。
 で、その「嬉しい奇跡」の四名の方々の中の一人である、「奇跡の少女」のその後の人生はいかなる展開を遂げているのでありましょうか?
 〔返〕  相撲部屋経営に失敗せし後あの好漢は何処に消えしや   鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
〇  新聞が奇跡を報じる背景に助からなかったあまたの命

 そうです。
 五十嵐きよみさんの仰る通りです。
 前記の御巣鷹山の日航機事故を例にして言っても、「新聞」が「奇跡的に救助された」と報じた四名の方々の「背景」には「助からなかった」五百二十名の方々の尊い「命」が在るのである。
 〔返〕  新聞が無策を報じる背景に自公政治の怠慢が在る     鳥羽省三
      マスコミが橋下を褒める背景に強者に擦り寄る野心が見られる



(猫丘ひこ乃)
〇  マリア像に涙流れる奇跡起き吾の手のひらの十字が疼く

 わりかし頻繁に耳にする話ではある。
 但し、「吾の手のひらの十字が疼く」という点については、未だに信じておりませんが。
 気のせいかもね?
 〔返〕  船大工ヨゼフはいずこ君の名はキリスト教史の何処にも見えず   鳥羽省三


(行方祐美)
〇  ゆるやかな奇跡のなかに生きてをりあなたもわれもこの菜の花も

 「ゆるやかな奇跡」と言うような「奇跡」は確かに在りましょう。
 かなり尾籠な話ではありますが、「昨日、糞詰まりで苦しんで居た妻女が、今朝はけろりとした顔で起きて来て、とろろを擂って夫の朝のおかずにした」などということは、「ゆるやかな奇跡」としか表現のしようがありません。
 〔返〕  ゆるやかな奇跡の一つとして咲きし黄水仙はも淡雪に濡れ   鳥羽省三


(夏樹かのこ)
〇  奇跡など無限であって零である改札前の君待ちの群れ

 本作の作者・夏樹かのこさんは、お題「奇跡」をお詠みになった作品を三度の多きに亘ってご投稿なさって居られます。
 決定稿は上掲の通りではありますが、参考の為に初稿と訂正稿を転載させていただきますと、初稿は「奇跡など無限であって零である改札前の君待ちの群れ」であり、訂正稿は「奇跡など無限であって零である改札前の君を待つ群れ」である。
 これに拠ると、作者の夏樹かのこさんは、五句目を「君を待つ群れ」にしようか、「君待ちの群れ」にしようかと、あれこれとお悩みになった挙句、結局「君待ちの群れ」となさったようである。
 私見を述べさせていただきますと、「君を待つ群れ」としないで、「君待ちの群れ」としたことに拠って、「奇跡など無限であって零である」という“命題”が一般化されたような感じでありますから、苦労のし甲斐があったということになりましょうか?
 〔返〕  一例を宝籤にとって言うならば奇跡は有限買わなきゃ零だ   鳥羽省三


(南葦太)
〇  「危機」「奇跡」「凶器」「啄木鳥」「吸血鬼」「君が大好き」…君のため息

 あれこれと漢字ばかりを並べ立てましたが、終り二句を「『君が大好き』…君のため息」としたところなどは、鬼才・南葦太さんらしからぬ不徹底さである。
 こうした不徹底な試みに決して買えません。
 〔返〕  危機・奇跡・狂気・凶兆・脅迫状・教義大切・教徒斬殺   鳥羽省三


(鳥羽省三)
〇  奇跡的美味しさ抹茶カプチーノ驚きの一杯十九円也

 お題「奇跡」についての投稿作品を入力しようとして、gooブログの“編集画面”を開こうとしたところ、たまたま「抹茶カプチーノ」の広告コピーが目に入りましたので、急遽・予定を変更して、そのコピーそのままを投稿作品とさせていただいた次第である。
 上記、作品中の末尾の助動詞「也」以外の語句の全ては、前述の「抹茶カプチーノ」のコピーからそのまま拝借したものでありますから悪しからず。
 〔返〕  猟奇的事件がまた起きました(今阿部定のペニス切断事件)   鳥羽省三

一首を切り裂く(032:町・其のⅣ・みるみる育つ空き地の土管)

2012年01月27日 | 題詠blog短歌
(豆野ふく)
〇  車窓から見える知らない町に住む知らない人の痛みを知らない

 「痛恨の思い」とは、このことを指して言うのでありましょうか?
 〔返〕  車窓から見えぬ知らない家に住む知らない人の金もいただき   鳥羽省三


(山階基)
〇  麦わらの帽子が町を覆う頃みるみる育つ空き地の土管

 「麦わらの帽子が町を覆う頃」とは真夏の意。
 その「真夏」ともなれば、「空き地の土管」も「みるみる育つ」のでありましょうか?
 だとしたら、それは真夏の怪談である。
 〔返〕  土管さえみるみる育つ真夏の夜 麦藁帽子がけたけた笑う   鳥羽省三


(鮎美)
〇  この町にこの町の正義あることのまた尊くてしんと夕焼け

 「福島には福島なりの『正義』があるから、原発を積極的に誘致した過去のことを忘れて、東電や民主党政府の責任を追及すればよい」という論理なのでありましょうか?
 〔返〕  自民党に自民党なりの論理あり消費税値上げに反対してる   鳥羽省三


(T-T)
〇  吐く息が白く重なる 僕たちは小さな町で暮らし始める

 「吐く息が白く重なる」のは、貧しく「小さな」北の「町」の最大の特徴である。
 彼らは、その貧しく小さな北の町で慎ましやかな暮らしを、いつまで営むことが出来るのでありましょうか?
 〔返〕  吐く息が白く重なる北の町僕らの愛も氷結しそう   鳥羽省三 


(村田馨)
〇  薬師池公園の木々色づきて町田市民の憩う霜月 (薬師池公園、町田市)

 村田馨さんの「新東京百題百首」の舞台もいよいよ都心を離れ、その題材は町田市の薬師池公園に及んだのである。
 とは言え、格別に見るべきものの無い有り触れた公園のことでありますから、さすがの村田さんも困惑しているご様子である。
 〔返〕  見渡せばはつか色づく楓あり薬師池公園霜月七日   鳥羽省三


(鳥羽省三)
〇  黒毛和牛一頭曳きて首を垂れ孟夏の町を戮されに行く

 「孟夏の町」を場に「黒毛和牛一頭」を曳いて行く牧畜業者の侘しさを詠んだ作品である。
 後半の“七七句”に「孟夏の町を戮されに行く」とあるが、牧畜業者の身になってみれば、まさしく戮されに行く」のである。 
 〔返〕  川中島白桃という晩生(おくて)あり猛暑の町にを捌かれて行く   鳥羽省三

一首を切り裂く(032:町・其のⅢ・足に合わないヒールを磨く)

2012年01月26日 | 題詠blog短歌
(伊倉ほたる)
〇  雨の日は灰色になる町にいて足に合わないヒールを磨く

 「雨の日は灰色になる町にいて」という詠い出しからして、気の乗らない作品である。
 「雨の日は」、世界国中何処の国の「町」でも、「町」の景色がどちらかと言うと桃色になるよりも「灰色」になりましょう。
 そんな平凡な「町にいて足に合わないヒールを」磨いたとしても、何の面白いことがありましょうか?
 早速、帰国して短歌に励みなさい!
 それとも、貴女はベスビアス火山麓の「町にいて」、イタリア製の巨大サイズの「ヒール」を磨いているんですか?
 〔返〕  雨の日はピンクのヒールでお洒落してベネチアングラスの工房巡り   鳥羽省三


(髭彦)
〇  大熊も双葉・浪江も富岡も町(マチ)にしありて町(チヤウ)にはあらず

 「大熊も双葉・浪江も富岡も」、あの福島第一原発から半径10㌔圏内の「町(まち)」である。
 ところで、箱根の山の向こう側では「ちょう」と読み、こっち側では「まち」と読むのが、凡その相場と聞いていたんですが、近頃はまちまちになりました。
 北東北のある県で行われた平成の大合併の結果、美郷町(みさとちょう)という得体の知れない町が生まれましたが、「『美郷』も俗、『町』を『ちょう』と読ませるのも俗」との大反対を押し切っての町名決定でありました。
 〔返〕  町長も議員も馬鹿な美郷町不味い米など誰が食うかい!   鳥羽省三
      町長も議員も愚か美郷町八幡太郎に見限られるぞ!


(壬生キヨム)
〇  面接の反省しながら百回は上本町まで歩いたっけ、夏

 『100回目のお見合い』というタイトルのドラマは観たことがありますが、「百回目の面接」はしたこともされたこともありません。
 梅田から「上本町まで」、一体何㎞の道程でありましょうか?
 しかも、あの厚い就活服を着て、あの暑さ盛りの「夏」にね!
 壬生キヨムさん、かわいそ!
 〔返〕  この頃は神奈川県に住んでます退屈しのぎにブログもやってる   鳥羽省三


(村木美月)
〇  この町はいつでも私に優しくてマクドナルドも24時間

 「マクドナルド」は何処の「町」でも「24時間」営業とばかり思ってましたが、辺鄙な「町」に行くと違うのかしら?
 〔返〕  コンビニは強盗たちに優しくてバイトが一人で夜間営業   鳥羽省三


(ひじり純子)
〇  君の住む町をグーグルアースにて追いかけるのはストーカーかな?

 場合によっては、それも「ストーカー」と言うべきかも知れませんが、要は心掛けの問題でありましょう。
 〔返〕  一人とは思わないでよ!僕が居る!『君住む街へ』と飛んで行くから!   鳥羽省三


(桑原憂太郎)
〇  町長の祝辞の間うつむいて返信メール打ち続けをり

 桑原憂太郎さんの住む町では、今年の成人式でもそんな風景が見られたのでありましょうか?
 でも、私の聞いているところでは、同じ成人式会場に居る者同士が、ケータイで大声で話しているような風景も見られたということですから、会場外の者に「返信メール」を「打ち続け」ることぐらいは、「町長」さんも大目に見ているのかも知れませんよ?
 〔返〕  面談で教師が話しているあいだ着メロがずっと響き居りたり   鳥羽省三


(市川周)
〇  定型の不倫がひとつ町役場(竹脇無我に似ている課長)

 「定型の不倫」といったら、総務課長と亭主持ちの女子職員との間の「不倫」でありましょう。
 あの「竹脇無我に似ている課長」だったら、どんな身持ちのいい女でもイチコロですからね。
 〔返〕  お馴染みの不倫ばかりの村役場(天童よしみに似た受付嬢)   鳥羽省三


(花夢)
〇  過疎化した町の空気を吸っているあなたは秋の樹木のように

 「過疎化した町の空気」には、炭酸ガスの含有量も少なく、化石燃料臭もありませんから、吸えば吸うほど元気になります。
 一方の「秋の樹木」は、これからますます枯れ果てて行くばかりであります。
 したがって、「過疎化した町の空気を吸っているあなたは秋の樹木のように」という比喩は成り立ちません。
 短歌には論理性が必要です。
 感覚だけで詠んではいけません。
 〔返〕  過疎化した町で煙草を吸っている煙草税など惜しむこと無く   鳥羽省三


(今泉洋子)
〇  夕光のなかにけふも波しづか臨界の町に秋は来にけり

 ご心配なことですね。
 あれこれと気苦労が絶えませんね。
 〔返〕  名にし負ふ佐賀の玄海原発の臨界の秋のそよろとぞ来ぬ


(藤田美香)
〇  だれにでも居場所はあるというわりにさみしい町と路地が多いね

 「この日本には」という条件付きでありましょうか?
 それとも、「日本中何処でも」ということでありましょうか?
 〔返〕  誰にでもお金は回ると言うわりに私の財布にはお金が無いね   鳥羽省三


(理阿弥)
〇  名画座を出づれば町に雪化粧昭和の終り知らず歩きぬ

 作中の「名画座」とは、飯田橋の「名画座」のことでしょうか?
 あの「名画座」が潰れた後、私は、同じ飯田橋の「オデオン座」に通い詰めでした。
 そう言えば、昭和天皇がお亡くなりになった日には、東京にも雪が降っていたような気がします。
 〔返〕  そのかみの名画座で観た原節子オデオン座で観たマリリン・モンロー   鳥羽省三


(なぎ)
〇  僕たちの町はいつでも申し訳なさそうにして夕陽に沈む

 それを言うならば、「僕たちの町」では無く「僕の町」と言うべきでありましょう。
 気が弱く、お金持ちでもない、あなたの「町」では、「夕陽」さえも、「いつでも申し訳なさそうにして」「沈む」のである。
 世に謂う“実相観入”とは、この事を指して言うのでありましょうか?
 気持ちを大きく持ちなさいよ!
 〔返〕  我が町に銀銀ぎらぎら夕陽が沈み金金きらきら朝日が昇る   鳥羽省三

一首を切り裂く(032:町・其のⅡ・町医者の門に明かりがともる頃)

2012年01月25日 | 題詠blog短歌
(砂乃)
〇  町医者の門に明かりがともる頃やさしい雨が私を包む

 作中の語「町医者」に拠って、作者・砂乃さんのご年齢がほぼ推測できましょうか?
 あの頃の「町医者」の敷地の道沿いには、それが「町医者」の看板であるかの如く、明治期か大正期に建てたと思われるような黒塗りの数寄屋造りの「門」か煉瓦造りの赤い「門」が在り、夕方になって薄暗くなると「明かり」が燈っていたものである。
 そして、その「門」の「明かり」は、「雨」の降る夕方ともなれば、特に侘しくもまた優しくも感じられたものである。
 〔返〕  町医者の門に明かりが燈っても噓を吐く子は家に帰れぬ   鳥羽省三

 
(いちこ)
〇  一人去りまた一人去り町内は静まり返り寂しき夕餉

 路地裏のどぶ板の上で子供たちが遊び戯れ、女どもが井戸端会議に余念の無かった、昭和二十年代の町の風景を想わせる作品である。
 末尾に「寂しき夕餉」とありますが、あの頃の私たちの「夕餉」と言えば、一汁一菜といった感じの、本当に「寂しき夕餉」でありました。
 〔返〕  金魚売りも風鈴売りも来なくなり豆腐屋さんのラッパの音だけ   鳥羽省三


(原田 町)
〇  区画整理されし町の名大字や小字も消えて「さくら」や「みどり」

 行政当局の地名音痴ぶりには、全く困っちゃいますね。
 「桜ヶ丘」や「緑ヶ丘」や「希望が丘」、或いは「若葉台・五月台・弥生台」といったような安易な地名は日本全国各地にゴマンと在り、それぞれ、行政当局者の地名音痴ぶりを競い合っているような感じがします。
 因みに、私は、「若葉台」という貧相な名前の団地にマル二十年間も住んで居りました。
 〔返〕  周南市大字大河内字熊毛幸が丘付近の地価の詳細   鳥羽省三


(不動哲平)
〇  夜の町さまよい路地の店先にこぼれた桃のゆくえ見守る

 西東三鬼に「中年や遠く実れる夜の桃」という名句がある。
 本作中の「桃」も亦、中年男の不動哲平さんにとっては、真に悩ましき「桃」でありましょう。
 〔返〕  店先に一個転げた桃の実の産毛悩まし 新宿西口   鳥羽省三


(酒井景二朗)
〇  新しき町着を見せて行く君を抱く腕あればうとましきかな

 昨年・卯年の歳末風景でありましょうか?
 「新しき町着を見せて行く君を抱く腕」は、酒井景二朗とは異なる男性の優しく逞しい「腕」である。
 〔返〕  敢然と立ち向かって行け!男らしく!彼の腕から彼女を奪え!   鳥羽省三


(雑食)
〇  この町を見下ろすビルの屋上に揃えたままの君のサンダル

 作中の「揃えたままの君のサンダル」とは、「君」の家の玄関先から本作の作者の雑食さんが寸借して、屋上まで履いて来て捨てた「サンダル」を指して言うのでありましょうか?
 だとしても、同じように「ビルの屋上」に「サンダル」を放置するにしても、きちんと「揃えたまま」で放置する点などは、いかにも雑食さんらしい庶民性の表れである。
 〔返〕  この町を見下ろすタワーの先端の麦藁帽はたしか僕のだ!   鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
〇  口髭はいかめしいより懐かしい町の名士といった風情で

 幼児期に見た漫画の中に、二人の子供が口喧嘩をしていて、「僕のお父さんは眼鏡をかけているんだぞ!だから偉いんだぞ!」「いや、僕のおとうさんこそ偉いんだ!口髭を生やしているんだから!」と、互いに言い張っている場面があったことを思い出しました。
 本作の作者の五十嵐きよみさんも亦、「口髭」を生やしている紳士を「いかめし」く思ったり、「懐かし」く思ったりするような時代に生い育ったのでありましょうか?
 〔返〕  母さんがいつも着ていた真っ白の割烹着こそ優しさの証し   鳥羽省三


(南葦太)
〇  通過する君の育った町並みは寝息を立てる工場地帯

 夜間に「通過」して行く「工場地帯」の「工場」の高い煙突から白い煙が微かに上がっていたのでありましょうか?
 だとしたら、この不況下に於いて、夜間作業をする「工場」が少なくなってしまったのである。
 〔返〕  通過する君の育った故郷はコンビナートの四日市市   鳥羽省三


(じゃこ)
〇  ダイエーもツタヤも揃う町なのに田舎扱いされて切ない

 「ダイエー」や「ツタヤ」が在ったぐらいで「田舎扱いされて」いるのが悔しかったら、スターバックスを誘致してみなさい。
 彼のスタバこそまさしく都会の証明である。
 〔返〕  スタバにてお抹茶ラテを飲んでから日比谷通りを散歩しなさい   鳥羽省三

一首を切り裂く(032:町・其のⅠ・遠吠えとサイレンの音すれ違い・改訂版)

2012年01月24日 | 題詠blog短歌
(音波)
〇  太陽と丘と緑のある町でグローランプを換えて育った

 「グローランプを換えて育った」という特異な表現に詩情が感じられ、メルヘンを感じるのである。
 「太陽と丘と緑」があることを売り物としている、何ら変わり映えのしない「町」で、音波少年は「グローランプを換える」ことが出来ることを特技とし、また、そのことを家族や近所の方々から重宝がられ「育った」のでありましょうか?
 〔返〕  太陽と丘と緑のある町で他の町とはどこも変わらぬ    鳥羽省三
      今日もまた蛍光灯が点らないグローランプの音波を呼ぼう
      胎内を蛍光灯で輝かせグローランプもたまには替える


(まるちゃん)
〇  遠吠えとサイレンの音すれ違い夕日が落ちるこの町が好き

 本作の作者のまるちゃんさんは、どうやら荒廃の極に達した「町」を好んでいるらしい。
 では、次のような町や県や国は好きですか?
 〔返〕  町長が五代続きの世襲にて汚職はびこるあの町は好き?     鳥羽省三
      狼と虎が盛んに吠え猛り血の匂い満つあの町は好き?
      佐竹家の分家の当主が知事として殿様気取りのあの県は好き?
      受け入れを容認していた知事さんが反対派になるあの県は好き?
      デブが死にその子のデブが大将と呼ばれて威張るあの国は好き?
      

(西中眞二郎)
〇  色褪せた古き映画のポスターが古びた町のガードを覆う

 「ガードを覆う」という曖昧な表現に難点が在るような気がします。
 〔返〕  阪妻もジョン・ウェインも君を待つレトロポスターの街・青梅キネマ通り   鳥羽省三   


(飯田彩乃)
〇  夕暮れも心細さのしまうまも皆あの町にくるんで捨てた

 こんな風に言われてみれば、あのお腹を空かしたライオンに追っ駆け回されている「しまうま」という動物は、「心細さ」のシンボルのような気がして来るから不思議なものです。
 これも亦、“短歌の力”というものでありましょうか?
 〔返〕  ライオンに食べられちゃったシマウマはどの子の夢にも蘇えらない   鳥羽省三


(成瀬悠太)
〇  終わり行く今日という日の弔いに町は灯りを灯していった

 もしかしたら、作者ご本人は、“会心の出来”として大いに満足しているかも知れませんが、発想そのものは、極めてありふれたものと思われます。
 〔返〕  終わり行く今日という日の弔いかニニ・ロッソ吹く夕陽のトランペット   鳥羽省三


(アンタレス)
〇  函館にながく住みいて啄木の青柳町の歌碑訪ぬよし

 どなたか短歌好きのお友達から来たお手紙の中に、「私も、あなたが住んでいらしたあの函館には住んでいて、石川啄木の『青柳町』の歌碑を訪れたことが何回かありますよ」といった事が書かれていたのでありましょうか?
 だとしたら、五句目が字余りになることを恐れずに「函館にながく住みいて啄木の青柳町の歌碑訪ねたるよし」となさったらいかがでありましょうか?
 或いは、アンタレスさんご自身も「函館」にお住まいになられたということにして、次のようにする手もありましょう。
 
 〔返〕  あの町に三月暮らして坂上の「青柳町」の歌碑訪ねたるよし   鳥羽省三
 初句を「函館に」とせずに「あの町に」とし、三句目を「啄木の」とせずに「坂上の」としたのは、作者ご自身が「函館」にご在住当時のことを回想しているような趣きを出そうとしたからであり、それと同時に、「『青柳町』の歌碑」とすれば、敢えて「函館」や「啄木」を出す必要が無い、と感じたからである。
 また、二句目の「三月(みつき)」は、「六月(むつき)」或いは「八月(やつき)」「十月(とつき)」としても宜しいが、慌ただしい暮らしの中で、あの急な坂道を上って「函館の青柳町こそかなしけれ/友の恋歌/矢ぐるまの花」という、「啄木」の「歌碑」を訪ねた、という感じを出したかったからである。
 

(横雲)
〇  連れ立ちて寺町を行く春の宵憾みの裾を翻す風

 「連れ立ちて寺町を行く」のは、「寺町」の先に“家庭裁判所”が在るからでありましょうか?
 だとしたら、時間が少し遅過ぎはしませんか?
 また、下の句に「憾みの裾を翻す風」とありますが、「憾みの裾」を「風」が「翻」したとしたら、その瞬間に「憾み」が消えたことになりませんか?
 とか何とか、馬鹿なことを言っちゃってますが、作者の横雲さんにとっては、容易に解かせようとしない、彼女の着物の「裾」が「憾み」なのでありましょう。
 あの与謝野晶子の「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき」に匹敵するような名作と申せば、かなり褒め過ぎになりましょうか?
 〔返〕  三条を堺町東入ル桝屋町イノダの珈琲この頃渋い   鳥羽省三


(畠山拓郎)
〇  長野県小県郡(ちいさがたぐん)真田町合併されて上田市となる
(久野はすみ)
〇  青春は、などとは言わず歩行町(かちまち)の路地裏にある店まであゆむ

 畠山拓郎さん作中の振り仮名「ちいさがたぐん」及び久野はすみさん作中の振り仮名「かちまち」は、共に不要である。
 両作共になかなかの傑作であるだけに、無用な振り仮名を施した点が惜しまれます。
 ご両人共に、「『小県郡』を“ちいさがたぐん”と読めないような者には、『歩行町』を“かちまち”と読めないような者には、私の作品を読ませたくない!」といった毅然とした態度が欲しいものである。
 また、畠山拓郎さんの御作はもう少し手を入れて、「長野県小県郡真田町吸収合併されて上田市」としても宜しいかも?

 〔返〕  真田町 徒で行くには坂多し馬で行くにも金は無し!(さて?)   鳥羽省三
      角館にまた大垣に松山に全国各地に歩行町が在る
 因みに、私の郷里にも「御徒町」が在りました。   

一首を切り裂く(031:電・其のⅠ・毎朝掃除をする人もいる)

2012年01月23日 | 題詠blog短歌
(A.I)
〇  電波塔のいちばん高いとこにあるネジを回した人がいるのよ

  それを言うならば。
 〔返〕  公園のトイレの汚れに顔顰め毎朝掃除をする人もいる   鳥羽省三


(西中眞二郎)
〇  軒先に裸電球連なりて「昭和の街」が光る夕暮

 「昭和の街」は西中眞二郎さんの胸の中で、今でもコダックと言うよりもサクラカラー24で撮った写真のような輝きを見せているのでありましょう。
 〔返〕  「♪お正月を写そうよね♪フジカラーでね!」「♪光あざやかサクラカラーもね!」   鳥羽省三


(葵の助)
〇  「ばか」でさえ孫の声なら嬉しくてじいちゃん今日も電話してくる

 お正月にはお年玉を30000円も呉れる「じいちゃん」を、「孫」は「電話」の中で「ばか」と言って憚らないのである。
 それでも「今日も電話してくる」「じいちゃん」は、やはり「ばか」かしら?
 〔返〕  孫褒めの歌詠む葵の助は馬鹿バカと言われてもなお電話する   鳥羽省三


(アンタレス)
〇  臥すわれを案じ友等は電話せぬ知れどもしやとベルの音に待つ

 「知れどもしやとベルの音に待つ」という、アンタレスさんのお気持ちのほどは、どなたにもお解りでありましょう。
 〔返〕  臥す汝の気持ちも案じず我は言う「言葉の吟味をお忘れ無く」と   鳥羽省三


(遠野アリス)
〇  電源をわざと落とした携帯はあなたの声を待ってるんだよ

 お気持ちの程は、実によく解りますが。
 〔返〕  電源をわざと落とした携帯に声を届けるすべなどあらず!   鳥羽省三


(芳立)
〇  こまつるぎわれに弓ひく者あらばみな停電の刑に処すべし

 作中の「こまつるぎ」とは「高麗剣」、即ち「高麗」から伝来した「剣」の意で、この「剣」の柄頭(つかがしら)に「環」が在ることから、「わ(我)」の枕詞として使われている。
 〔返〕  こましゃくれしゃくれた顔に眉を引き東電役員のお嬢様だと   鳥羽省三


(湯山昌樹)
〇  移動には電車こそよし 読みさしの本を開くは至上の喜び

 その「至上の喜び」は、乗客が少ないローカル線ならではのことである。
 私が乗っている東急田園都市線やその先の東京レトロの半蔵門線では、とてもじゃありませんが、「読みさしの本を開く」ことなどかないませんよ。
 〔返〕  移動には徒歩こそよけれ私は晴天ならば一万歩も歩く   鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
〇  黙り込み切るに切れない真夜中の電話に遠くサイレンの音

 「真夜中」に掛かってくる「電話」から、救急車の「サイレンの音」や踏み切りの信号「音」が聞えて来ることは、テレビドラマなどによく見られることでありますが、五十嵐きよみさんは、言わばテレビドラマの主役のような生活をなさって居られると思いますから、そうしたご経験を実際になさったのでありましょうか?
 でも、無言電話にいちいち対応していたら身が持ちませんよ。
 〔返〕  黙り込み叱るに叱れぬ女生徒のママはモンペで口が八丁   鳥羽省三


(伊倉ほたる)
〇  停電が右と左に分けられて紅い椿はふしだらに咲く

 「紅い椿はふしだらに咲く」という表現は、目と心とで感得した実に見事な表現である。
 ただ、「停電が右と左に分けられて」という語句の意味が、今一つ私にはよく解りませんし、それと下の句との関連も“いまいち”と言ったところである。
 ところで、私の家の辺りは、昨年の夏の計画停電から除外された区域でありましたが、その理由として、「この地域に東電の取締役の家が在るから」という噂が立ちましたが、真実はどうなのでありましょうか?
 〔返〕  停電にただの一度も遭いません蝋燭買って構えていたのに   鳥羽省三


(紗都子)
〇  留守電に声入れるとき一時のためらいの後ことばはきざす

 「一時の」は「いつときの」と読むのでありましょうか?
 だとしても、「一時の」とするよりは「一刹那」あるいは「一瞬の」とした方が宜しいかと思われます。
 〔返〕  留守電に声入れむとしたまゆらのためらひの後ことのは萌す   鳥羽省三


(葉月きらら)
〇  電話越し今日も一人と知れるのがしゃくに障ってかけた音楽

 “彼いない歴五年余り”のベテランともなれば、そろそろ見栄を捨てて新しい生き方を模索するべきかとも思いますが、この際、バロック音楽鑑賞などに持て余している時間を費やすことも、一つの方法でありましょうか?
 〔返〕  引き篭もるクラスメイトに電話して今夜も睦言みんな聴かせた   鳥羽省三


(浅見塔子)
〇  空を割る電信柱けっとばす少年の背はあんなに低い

 「電信柱」を「けっとばしたり」、野良猫に八つ当たりするような「少年の背」は、普通の「少年」よりもずっとずっと「低い」ということを、浅見塔子さんはご存じ無かったのですか?
 これは“青年心理学”の常識中の常識ですよ!
 〔返〕  雲を突くスカイツリーに登ろうと豆の木攀じる町屋の親爺   鳥羽省三


(今泉洋子)
〇  鳴り響く電話の音に黄昏のわれの抒情もろく崩えたり

 「鳴り響く電話の音」に「もろく」も「崩え」るような低級な「抒情」は、この際、「崩え」るに任せましょう。
 あの日露戦争の真最中、敵・ロシア軍の機関銃の発射音が鳴り響き、我が皇軍の大砲が炸裂する騒音の中で、明治の文豪・森鷗外は、来る日も来る日も、雨雪に曝されながら、短歌や近代詩の詩想を練っていたんですよ。
 少しは恥ずかしいと思いなさい。
 〔返〕  鳴り響く携帯電話の着メロに君の詩想は黄昏れて行く   鳥羽省三


(笹木真優子)
〇  この部屋のコンセントはもういっぱいで充電出来ないから帰ります

 そんなみみっちい女性が居ることを、私も知っております。
 彼女の名は鳥羽亜津子。
 この際、何を隠しましょうか、彼のみみっちい女は私の実弟の妻女である。
 彼女の携帯電話の電源コードが自宅のコンセントに差されている場面を、私は今まで一度も見たことがありません。
 〔返〕  一澤の帆布バックに充電器必ず入れて亜津子の外出   鳥羽省三  
 

(豆野ふく)
〇  電球に君が落書きしたせいで私の空は曇りがちです

 本作の作者・豆野ふくさんのご自宅は、十八階建てのマンションの直下に在るために、極端に日当たりが良くなく、真昼間から百ワットの裸電球を点燈しているのでありましょうか?
 だとしたら、その電球に「君が落書きしたせいで」、豆野ふくさんちの「空は曇りがちです」という結果にもなり得ましょうか?
 〔返〕  照明はLEDのシャンデリア山際電気がお買い得です   鳥羽省三


(みち。)
〇  無理をして光りつづけた電球のようなあなたのヒューズをはずす

 殺人罪に問われましょうか?
 〔返〕  無理をして光り続けた蛍光管黒くなったらLEDに   鳥羽省三


(村田馨)
〇  サンシャインシティの隙を縫うごとく都電一両きょうも元気に

 ただ一路線残った“都電・荒川線”は“三ノ輪橋”を発車した後、のらりくらりと、町屋駅前・荒川遊園地前・王子駅前・飛鳥山・新庚申塚・大塚駅前・東池袋四丁目・鬼子母神前・面影橋などの各駅を経由して、終点の早稲田車庫に到着するのである。
 その途中、「サンシャインシティの隙を縫うごとく」曲り曲り走行するのは、東池袋四丁目を過ぎた辺りでありましょうか?
 〔返〕  都電雑司が谷駅を忘れるな薄ミミズクが君を待っているから   鳥羽省三
      一度でもいいから乗りたい花電車 荒川線より真室川好き


(鳥羽省三)
〇  ケータイは電話かカメラかゲーム機か神を持たざる我の十字架

 初案は次の通りでありました。
 〔返〕  ケータイは電話かカメラかナビゲーター神を畏れぬ我の十字架   鳥羽省三

一首を切り裂く(030:遅・其のⅣ・砂に塗れた白鵬の腹・改訂版)

2012年01月22日 | 題詠blog短歌
(生田亜々子)
〇  遅れてもいいんだ今日は晴れたから川面に映る飛行機の腹

 「遅れてもいいんだ」と言いながら、その「遅れてもいいんだ」と思っている対象を「何」と特定して言わないところが、本作の作者・生田亜々子さんの野放図なところであり、また、本作の魅力でもある。
 五句目に「飛行機の腹」とあるが、即物的なその表現も亦すごく宜しい。
 〔返〕  敗れてもいいんだ今日の相撲には砂に塗れた白鵬の腹   鳥羽省三


(はせがわゆづ)
〇  つなぐ手の温度はあなたが遅刻したぶんだけほんのり上昇している

 と言うことは、「彼が渋谷のモアイ像前に一時間も『遅刻』した来たことを、本作の作者のはせがわゆづさんは未だ許せないでいる」ということでなりましょうか?

 〔返〕  つなぐ手の温かさが好きゆづが好き我を睨める眼差しも好き   鳥羽省三
 と、手放しに好きがられているのですから、一時間の「遅刻」ぐらいは許しましょう。 


(鮎美)
〇  遅刻魔の弟の手を引きながら土の色など教へてもらふ

 「弟」さんが幼稚園の年長さんで鮎美さんが小学校三年生であった頃の、ある秋の日曜日の朝の出来事である。
 この日、「弟」さんが通っている幼稚園では“秋の大運動会”が開催されたのであるが、普段から「遅刻魔」であったことに加えて、その日の呼び物であった組体操を苦手としていた「弟」さんは朝早くからぐずり出し、ママやパパに教え諭された挙句、「鮎美姉ちゃんと一緒なら行く」という条件付きで、組体操が終わる時刻を見計らうようにして、仲良しの鮎美姉さんと手をつないで登園したのである。
 〔返〕  「赤土はローム層って言うんだよ!なんにも知らない!姉ちゃんのバカ!」   鳥羽省三  
 

(夏嶋真子)
〇  半生は流れる星のようにすぎ春日遅遅の祖父母のあくび

 「半生は流れる星のようにすぎ」という叙述から推してみるに、「遅遅」たる「春日」に「あくび」をしている「祖父母」たちの「半生」は、彼らなりに輝いていたのでありましょう。
 〔返〕  反省は猿軍団の猿もする春日乳飲むこの児のあくび   鳥羽省三
      半生は滴り落つる乳のごと青草を食む山羊を見て居り   


(青山みのり)
〇  早くとも遅くともよし咲くために目覚めるつぼみ 明日はいい日だ

 「早くとも遅くともよし咲くために目覚めるつぼみ」という、上の句が宜しい。
 だが、春早々に「咲くために目覚め」てはみたものの、再び訪れた寒波のために咲かないままで終わってしまう「つぼみ」も在りましょう。
 〔返〕  早いのもまた好し咲くために目覚めるつぼみ彼まだ若し   鳥羽省三


(竹中 裕貴)
〇  遅咲きの桜ひとつにみおくられおさなく消えた初恋がある

 ごく内内のことではありますが。
 〔返〕  初恋に破れし果ての姥桜咲かざるままの姪の還暦   鳥羽省三 


(久野はすみ)
〇  遠くより眺むる花火すこしだけ遅れて届く哀しみのあり

 要するに、「『遠く』から眺める『花火』の破裂音は、『花火』が実際に破裂した時点よりも『すこしだけ遅れて』作者の耳に『届く』」というだけのことである。
 それをそのまま言わずに、「すこしだけ遅れて届く哀しみのあり」としたところが、本作の妙味でありましょう。
 〔返〕  咲いたまま音も立てずに消えて行く冬の花火よ哀しき花火   鳥羽省三
      咲いたまま音も立てずに散って行く『冬の花火』よふみ子の花火
      咲かぬとて音もとどろに喚くのは『冬の花火』だ津軽の花火


(村田馨)
〇  開花日が遅くなれども飛鳥山公園の花見日程はずらせず

 村田馨さんの仰る通り、「飛鳥山公園の花見」に限らず、「花見日程」というものは「開花日が遅く」なっても「ずらせ」ません。
 かと言って、昨今の女性のように、相手の男性をさんざんずらした挙句、「開花期」を十数年も過ぎてから結婚を承諾するのも、あまり好いことではありませんが。
 〔返〕  咲いてから十年過ぎのお輿入れ花も紅葉も散り果てにけり   鳥羽省三


(鳥羽省三)
〇  遅咲きは鞍馬関山義経の顔のごと朱にぞ笑まふ   
                         [注] 鞍馬関山=くらまかんざん 顔=かんばせ 朱=あけ

 「鞍馬関山」という名の八重桜は、「遅咲き」の桜として“知る人ぞ知る”存在ですが、「義経の顔のごと朱にぞ笑まふ」という下の句の表現は、上の句中の「鞍馬」からの連想である。

 〔返〕  早咲きの松本典子の上梓せる『いびつな果実』105円也   鳥羽省三
 いつもの事ながら、若い歌人たちが大枚数百万円を投じて刊行した歌集が、ブックオフの“105円棚”に“献呈栞”付きのままで並んでいるのを見るのは、とても侘しい気がします。

一首を切り裂く(030:遅・其のⅢ・もつれてくスニーカーの紐)

2012年01月21日 | 題詠blog短歌
(なぎ)
〇  もつれてくスニーカーの紐 出遅れの恋はじょうずに走れないまま

 本作の作者のなぎさんは、いつものように皇居一周のランニングをしながら、「自分の履いている『スニーカーの紐』が解けて『もつれて』いる為に、今日は『じょうずに走れないまま』に走り続けて行くしかないな。よくよく考えてみると、自分の『恋』も亦、かなり『出遅れ』気味な状態にあり、これからも、この『スニーカーの紐』のように『もつれて』行くばかりであろう。」と感じているのでありましょう。
 〔返〕  一周を一時間弱で走りましょう無理して飛ばす必要は無し   鳥羽省三


(ひぐらしひなつ)
〇  いつもすこし遅れてやってくるバスの青い座席が春へと揺れる

 乗客の一人として、「いつもすこし遅れてやってくるバスの青い座席」に座っている作者は、沿道の風景に春の訪れをかすかに感じながら、「この『いつもすこし遅れてやってくるバスの青い座席』が、こんなにも激しく『揺れる』のは、この怠け者の『バス』さえも『春』の訪れを待ち焦がれていたからに違いない。この『バスの青い座席』がこんなにも『揺れる』のは、バス路線が穴ポコだらけになっているからでも、運転士さんの運転技術が未熟だからでもなく、『春』へ『春』へと心が弾んでいるからである」と感じているのでありましょう。
 〔返〕  野も山も青く染まれる春なれば青い座席のバスさえ揺れる   鳥羽省三


(豆野ふく)
〇  まだ白い始発列車に乗り遅れ四月の空に笑う紅梅

 お座敷芸者の「紅梅」さんが、「まだ白い始発列車に乗り遅れ」て挙句、自分の失敗を棚に上げて、春まだ浅い「四月の空」の下で笑ったのでありましょうか?
 だとしたら、作中の「紅梅」さんは、お座敷芸者としての修業が未だ足りません。
 「まだ白い」のは、「始発列車」でも、庭にぽつぽつと咲き始めた梅でも無く、未熟芸者の「紅梅」さんでありましょう。
 〔返〕  豆野ふくふくふく団子も上げましょう三月三日は雛祭りです   鳥羽省三


(秋月あまね)
〇  遅々として進まぬ車列の先頭で取っ組み合いのけんかをしてる

 バスや電車の乗る人々の行列を「車列」とは言いません。
 したがって、作中の「遅々として進まぬ車列」とは、東名高速の横浜町田インターの料金所の前に続々と並んでいる、自動車の列を指して言うのでありましょう。
 その「先頭で取っ組み合いのけんかをしてる」とありますが、料金所の開くのを待っている自動車同士が「取っ組み合いのけんか」をするはずはありませんから、恐らくは、運転者同士の揉め事が始まったのでありましょう。
 だとしたら、そんなに珍しいことでも、驚くようなことでもありませんから、どうか、ご心配無く。
 〔返〕  遠巻きに喧嘩を見ていた人々も家路を急ぐ帰省客なり   鳥羽省三


(みち。)
〇  すこしだけ遅れてしまう相槌がSOSだと気づいてほしい

 窓口嬢の“みち。”さんが、先程から係長の遠田さんに背中を向けたまま、何かおどおどしながら手を動かしている様子である。
 そこで、「これはサラ金強盗にピストルでも突きつけられているに違いない!」と見て取った、係長の遠田さんが、後ろから“みち。”さんに、「何か震えているようですが、大丈夫ですか、“みち。”さん?」と声を掛けたのであるが、それに対する“みち。”さんの「相槌」は、「すこしだけ遅れて」しまったのである。
 有能な窓口嬢の“みち。”さんとしては、「すこしだけ遅れてしまう相槌がSOSだと気づいてほしい」という訳なのでありましたが、間抜けな遠田係長はそれに気付かなかったので、みすみすサラ金強盗に大枚五億円を強奪されてしまったのである。
 〔返〕  「犯人は毛糸の帽子を被ってた」顔面蒼白“みち。”さんの弁   鳥羽省三

一首を切り裂く(030:遅・其のⅡ・遅刻ねと駆け寄る君に笑み返す)

2012年01月20日 | 題詠blog短歌
(東雲の月)
〇  遅刻ねと駆け寄る君に笑み返す揺れる胸元照れ臭いから

 「遅刻ね!」といつも通りの言い訳をして「駆け寄」って来る彼女のCカップのブラジャーで覆われた「胸元」はゆらゆらと揺れ、わずかながら胸の谷間を覗かせている。
 それを見ていた彼氏の東雲の月さんは、こんなにまでして彼女を愛しく思っている自分の気持ちが彼女に悟られてしまったかと思うと、つい「照れ臭」くなり、大きく広げた自分の手の中に飛び込んで来る彼女に微笑返しをするのであった。
 〔返〕  回数が重なる度に遅くなる彼女の気持ちを疑いもせず   鳥羽省三


(なゆら)
〇  遅なってすんまへんなあ蛸焼きは逃げも隠れもいたしません

 遅くなってしまったことの謝罪でも、こちらは彼と彼女のデートの場面では無く、大阪道頓堀の蛸焼き屋台のおっさんが謝罪している場面である。
 このおっさんの場合は、「遅なってすんまへんなあ」と一通りの謝罪の言葉を口にした後、必ず「でも、心配しなはんな!どんなに遅なっても、うちんとこの『蛸焼きは逃げも隠れもいたしません』でぇ」と余計なことまで付け加えるのであった。
 〔返〕  蛸焼きは逃げも隠れもしませんが遅うなったら冷えてしまうが!   鳥羽省三 


(祢莉)
〇  どのくらい好かれてるのか知りたくてわざと遅れる二度目のデート

 「二度目」ぐらいで「わざと遅れ」て行くとは、あなたは彼に愛される資格はありません。
 さんざん弄ばれた挙句、早晩、棄てられるに決まっていますから、三度目の「デート」の誘いには決して乗らないようにしなさい。
 〔返〕  どれくらい遊んだ女か試そうと前戯なんかは抜きにしてやる   鳥羽省三


(佐藤紀子)
〇  門限に少し遅れて帰りたる娘は常より少しおしやべり

 こちら、佐藤家は有り触れた苗字であるのにも関わらず意外に躾が厳しい。
 そこで、「門限に少し遅れて」帰宅した「娘」さんは、きついお仕置きを受けてからの食事の場に於いても、「常より」も「少しおしやべり」気味に振る舞って照れ臭さを懸命に隠そうとしているのである。
 〔返〕 「お銚子の温度加減はいかがです?」いつもと違う娘のサービス   鳥羽省三


(今泉洋子)
〇  遅刻する夢のなかにはXとYがきらきらとに空に散らばる

 「夢のなかにはXとYがきらきらとに空に散らばる」などと、文学的な表現で以って、一所懸命誤魔化そうとしているのであるが、要するに、本作の作者の今泉洋子さんは生れつきの文系頭で、数学が苦手だっただけのことである。
 だが、それも知らない愚かな鑑賞者たちならば、作中の「きらきらと空に散らばる」「X」や「Y」を、彼女に横恋慕していた男性のイニシャルと言い張って譲らないかも知れません。
 ところで、そうした誤解に誘導するべく巧みに仕組まれた本作の表現の中でも、評者の私が特に共感を覚えるのは、詠い出しの「遅刻する夢」という、普遍的な現象である。
 そう、そうですよ。
 人間誰しも、例え佐賀の文系頭の女性ならずとも、必ず生涯に一度や二度ならず、繰り返し繰り返し「遅刻する夢」を見るものである。
 そして、その「夢のなか」で「XとYがきらきらとに空に散らばる」ことがあったり、「文語文法の“ありなむ”と“あらなむ”が『きらきらとに空に散らばる』」ことがあったりするものである。
 したがって、本作の題材となった出来事は、必ずしも、作者の老化現象の表れとは言えません。
 〔返〕  千年余遅れて生まれたこと悔やむ和泉式部と添い遂げたかった   鳥羽省三


(黒崎聡美)
〇  梅雨あけは遅れるようだと父は言い小さくなった背中をむける

 作中の「父」が、問われもしないのに、娘に向って「梅雨あけは遅れるようだ」などと言うのは、老境に入って、孤独な暮らしを強いられているからである。
 したがって、本作の作者の黒崎聡美さんは、問われもしないのにそんなことを言ったりして、「小さくなった背中をむける」寂しがり屋の「父」を、もう少し大切にしなければなりません。
 〔返〕  今朝はまた思い出の中の母にふれ問われもせぬに独り言いう   鳥羽省三


(理阿弥)
〇  左手がすこし遅れるバイエルを弾いてたひとのピアノ《売ります》

 末尾の「《売ります》」が効いている。
 ところで、作中の「ピアノ」は、元の持ち主、即ち「左手がすこし遅れるバイエルを弾いてたひと」の手垢がこびり付いている「ピアノ」であるから、普通の人が使っていた「ピアノ」と比較して、調教に割増料金が掛かるかも知れません。
 したがって、その分の埋め合わせの為に、三十万円ほど値引きされるに違いありません。
 〔返〕  右足でペダルを叩く癖もありガタが来ちゃったピアノではある   鳥羽省三


(きたぱらあさみ)
〇  手紙魔は愛されるのに遅刻魔がゆるしてもらえないのは何故だ

 「何故」だか、私にも解りませんが、「手紙魔」もその度合いが激しくなると、ストーカー扱いされる恐れがありますから、けして油断してはいけません。
 〔返〕  お引越しの微笑返しもしないまま手紙魔まみはまた兎連れ   鳥羽省三   

一首を切り裂く(030:遅・其のⅠ・順調に閉め出されてく)

2012年01月19日 | 題詠blog短歌
(飯田和馬)
〇  順調に閉め出されてく。善悪によらずなにかと遅いやつから

 私たち本作の鑑賞者は、決して詠い出しの一語「順調に」の存在を見逃してはいけません。
 作者の飯田和馬さんは、「善悪によらずなにかと遅いやつから」「閉め出されてく」ことが、「順調」なことだと仰っているのである。
 飯田和馬さんのご性格から推すと、「善悪によらずなにかと遅いやつから」「閉め出されてく」ことが「順調」なことだ、とのご判断を示された本作は、飯田和馬さんご自身のご自戒の言葉と解釈しなければなりません。
 〔返〕  優秀かどうかは問わず順調に窓際になるお追従下手   鳥羽省三


(木下侑介)
〇  早漏も遅漏も仮性包茎も君のパンティ履いたら治る

 つまり「君のパンティ」は、「性についてお悩みになって居られる男性にとって万能の特効薬だ!」ということである。
 そんなに素敵な品は、一日も早くネット通販ルートに乗せなければなりません。  
 アマゾンにしますか? それとも、楽天オークションにしますか?
 〔返〕  AKB48が「君」ならばどんどん売れよう君のパンティ     鳥羽省三
      演歌歌手のあいつが「君」であったから殆ど売れぬ君のパンティ
 二首目の返歌中の「演歌歌手のあいつ」を、私は必ずしも特定の女性演歌歌手を想定して歌っているのではありません。
 したがって、「『演歌歌手のあいつ』とは、大阪出身の『あいつ』のことだ」などと、仰らないで下さい。  


(浅草大将)
〇  散り初めし梅に遅れて咲く花を花にかさぬる春のあは雪

 やや解り難い点がありますから、出来るならば、「散り初めし梅に遅れて咲く花に花をかさぬる春のあは雪」と改作なさったらいかがですか?
 三句目と四句目の格助詞を相互交換したに過ぎませんが、そうした方がぐんと解り易くなりましょう。
 〔返〕  散り初めし桜を追ってく藤の花 雪国の春は花の駅伝   鳥羽省三


(西中眞二郎)
〇  身の内の眠気を絞り出さむとて遅き眠りをむさぼりており

 ベッドに入ってはみたもののあれこれと思いが重なり、どうしても「眠り」に就けない夜というものが、何方にしも有り得ましょう。
 そんな夜は、明け方に近くなってから、「身の内の眠気を絞り出さむとて遅き眠りをむさぼりており」という訳である。
 〔返〕  どうしても眠れない夜はバッハ作曲『シャコンヌ』を聴いて眠りましょう   鳥羽省三


(南野耕平)
〇  いつもなら少し遅れるはずなのに意地悪すぎる定刻のバス

 「定刻」に来る「バス」が「意地悪すぎる」と思うヤツは、南米にでも行きなさい。
 〔返〕  いつもなら貧乏徳利で飲むはずのお酒もさっぱり呑めなくなった   鳥羽省三


(成瀬悠太)
〇  遅咲きの桜の花が散り逝くをふたり眺むるような青春

 本作の作者の成瀬悠太さんは、遅蒔きながらも、かなり充実した風情ある「青春」を味わっているように思われます。
 〔返〕  遅咲きの奥千本の散り際の吉野の山の西行庵佳し   鳥羽省三


(アンタレス)
〇  骨子なき国会なりや何時見てもテレビで討論遅々として進まぬ
 
 『大辞林』の記載に拠ると、「骨子」とは、「意見・計画・規則などの骨組みとなる主要な事柄」を指して言うのであり、例えば「衆議院議員の定数削減案の骨子」といった形で使われる名詞である。
 したがって、本作中の「骨子なき国会なりや」という表現は、必ずしも適切な表現とは言えません。
 私も、あまり立派なことは言えませんが、短歌表現で用いる語は、一語一語吟味して用いなければなりません。
 以後、ご注意を。
 〔返〕  骨子無き質問なりや野党側議員の弁論右往左往す   鳥羽省三


(横雲)
〇  遅き日のうららに暮れて黒髪の長きをかこち眺む望月

 「遅き日のうららに暮れて」に始まって「黒髪の長きをかこち」と展開する手際の良さは、なかなかの熟達者の作品として拝見致しました。
 敢えて難癖を付けさせていただきますと、「遅き日のうららに暮れて」とは、“春日が麗らかに暮れて行く様子”について言ったものであり、それに続く「黒髪の長きをかこち眺む望月」という表現中の「望月」は、いにしえから凡そ風情の無いものとして蔑まれている“春の満月”を指して詠んだことになりましょう。
 〔返〕  横雲の隠せし今宵の望月をかこち気味なる黒髪の美女   鳥羽省三


(船坂圭之介)
〇  遅々として歩み来たれり日の巡りやうやく春は深くなりつつ

 「遅々として歩み来たれり」という無意志的動作の動作主体は、作中の「日の巡り」であると同時に、作者ご自身でもありましょう。
 〔返〕  やうやくに深くなりゆく春日を遅々と進まぬ歌詠みをせり   鳥羽省三


(砂乃)
〇  遅咲きの桜散り行く駆け足で私の涙に気づくことなく

 「遅咲きの桜」にも、「遅咲きの桜」なりの思い(遅刻感)が有りますから、自らが「駆け足」で散って行くのに忙しく、何方が「涙」を流していようが「気づくこと」など一切ありません。
 本作の作者・砂乃さんは、遅蒔きながら訪れた、ご自身の青春のセンチメンタリズムを「遅咲きの桜」のせいにしているのである。
 〔返〕  遅咲きの汝が青春に涙して染井吉野の今か散るらむ   鳥羽省三


(蜂田 聞)
〇  「遅咲きの人」と呼ばれるしかないがそれもしめ切り間近のようだ

 万事「遅咲き」で、晩婚流行りの昨今の世相を観察するに、名を成すにしても、結婚するにしても、〆切も「しめ切り間近」も無いように思われます。
 焦らず、騒がず、晴れの日をお待ち下さい。
 〔返〕  遅咲きの人と言われて焦るなよ死んでも咲かぬ花も在るのだ   鳥羽省三     


(芳立)
〇  散りぬべき花とおぼえず遅き日にうすくれなゐの色まさるころ

 文語体で格好付けて歌ってはいるが、その中身は、要するに「春たけなわで、桜の『うすくれなゐの色』が最盛期の頃は、この桜がやがて散って行く、なんてことは思いもしなかった」と言っているだけのことである。
 驚くにも、感心するにも値しません。
 〔返〕  文語体に幻惑されてはいけません中身を明かせばたったそれだけ   鳥羽省三


(新田瑛)
〇  陽炎の中で遅発のバスを待つ いつか来る日を思い描いて

 本作の作者・新田瑛さんが「思い描いて」いる、「いつか来る日」とは、「遅発のバス」が「来る日」でありましょうか?
 それとも、新田瑛さんが、“角川短歌賞”か“短歌研究新人賞”を受賞する日でありましょうか?
 〔返〕  東京都知事閣下が選者なら新田瑛さんは選ばれましょう    鳥羽省三
      ボス気取り・加藤治朗が選者なら新田瑛さんも受賞のチャンス


(香澄知穂)
〇  待ち人は「来るとも遅し」というお告げ信じて待っています、神様。

 末尾の「、神様。」が泣かせます。
 〔返〕  遅くとも良し。いつまでも待っています。神様、どうか宜しくお願い。   鳥羽省三


(かきくえば)
〇  テーブルに紅茶がきたら話そうか好きなドラマと遅漏について

 「テーブルに紅茶が来たら」、「好きなドラマと遅漏について」「話そうか」とは、極めてちぐはぐなことを話したがっている“かきくえば”さんである。
 〔返〕  柿食えばうんちが出なくなり痔にもなる遅漏について話す余裕無し   鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
〇  カッコウの鳴き声ひとつぶん遅れ重なり合ってゆく輪唱は

 私の小学生の頃から、「輪唱」の定番と言えば、あのスイス民謡の『静かな湖畔の森の影から』に決まっておりました。
 私などは、あまりにも単調で馬鹿馬鹿しいから、他の生徒よりは一呼吸遅れて、フクロウのような声で「カッコウ」と鳴いたものでした。
 〔返〕  カッコウの鳴き声ひとつ格好付けフクロウの声で鳴いてみました   鳥羽省三


(南葦太)
〇  遅すぎた手紙を書こう また色を変えていく6月の紫陽花

 作中の「6月」の「6」が半角文字になっていることが気になります。
 〔返〕  遅過ぎた額紫陽花も咲きました昨日のメールの返信下さい   鳥羽省三


(伊倉ほたる)
〇  透明な背中の糸に気づかれて遅れた二度目の羽化が始まる

 「二度目の羽化」とは、何か意味深な言葉でありますが、それを修飾している「透明な背中の糸に気づかれて遅れた」という語句と併せて鑑賞するとき、その意味するものが“再婚”のことである、と気が付くのである。
 いかがでありましょうか?
 〔返〕  透明で赤い糸とは気付かないけれども再び羽化を始める   鳥羽省三


(紗都子)
〇  遅くとも明日には着いているだろう海辺のポストのかたちを思う

 紗都子さんがお出しになったお手紙は、埃に塗れた綾瀬市内の「ポスト」に入ったのであって、決して「海辺のポスト」に入ったのではありません。
 でも、実情が実情だけに、ロマンチストの紗都子は、ご自身が書いた手紙を埃塗れの「ポスト」に投函しようとするとき、ふと「海辺のポストのかたちを思う」のでありましょう。
 〔返〕  この手紙明日には着いているだろう埃塗れのポストは侘し   鳥羽省三


(髭彦)
〇  遅々として収束見えぬ核事故に姿隠せりエセ学者らの

 そう言えば、あのタイミングを見計らっていたようにして、彼の「エセ学者ら」は、一斉に「姿」を隠しましたね。
 彼らは、何処の世界に消えたのでありましょうか?
 〔返〕  エセ学者・諸葛宗男氏のたまわく「安心安全心配なし」と   鳥羽省三  

今週の朝日歌壇から(1月16日掲載・其のⅣ・永田和宏選)

2012年01月19日 | 今週の朝日歌壇から
[永田和宏選]

〇  水道ではないのだ吾子よ母が風邪引けば出にくくなるのだ乳は  (和泉市) 星田美紀

 本作に詠まれているような幼児も居れば、お金は我が家の箪笥の底に無限に眠っているものと信じている大学生の息子が居たり、生ビールやお酒は水道の栓をひねれば無限に流れ出るものと思っている亭主も居たりするから、とかく一家の主婦としての女性は遣り切れないものである。
 〔返〕  欧米が風邪をひいたら我が国の株価が下がり為替は騰がる   鳥羽省三


〇  投稿が載っていただくはがきさえ渡せぬ歌人のいた冬もある  (神奈川県) 務台和男

 「ホームレス歌人・公田耕一」氏の再登場は、朝日新聞社としても朝日歌壇の選者としても、「夢よもう一度!」といった所でありましょうから、こうした作品が入選作のなるのは、極めて当然なことである。
 〔返〕 ひと月に二十六首も投稿し掲載されない人もありなむ   鳥羽省三


〇  家族とは或る時ひそかに肉親の死も乞い願う病院の廊下  (平塚市) 西 一村

 手元に在る辞書『大辞林』に拠ると、「『家族』とは、①夫婦とその血縁関係にある者を中心として構成される集団。②民法旧規定において、戸主の統率下にある家の構成員」とある。
 ならば、私たち鑑賞者は、本作中の「家族とは或る時ひそかに肉親の死も乞い願う」という表現に見られる、用語の混乱に気付かなければなりません。
 何故ならば、「肉親」でありながら「家族」と言えないケースも在り、「家族」でありながら「肉親」でないケースも在るからである。
 また、本作の末尾に置かれた「病院の廊下」という一文にも問題が在りましょう。
 〔返〕  ある時は家族の死さへ乞ひ願ひ行方定めぬ我が心かな   鳥羽省三
      ある時は肉親の死さへ乞ひ願ふ家族と言へぬ我らなるかも


〇  すばやいとすばしこいとが同意義で広辞苑にある 違う気がする  (匝瑳市) 椎名昭雄

 因みに、手元に在る『大辞林』には、「すばしこい(形) 動作や行動がすばやい。敏捷だ。すばしっこい。(以下略)」、「すばやい(形) ①動作や行動が早い。敏捷だ。手早い。②理解や判断が早い。(以下略)」と在って、ほぼ似たような解説をしているが、本作の作者・椎名昭雄さんが「違う気がする」と仰りたくなる気持ちは私にも解る。
 私の連れ合いの翔子に拠ると、「同じように“敏捷な”行動を形容して言うのであるが、『すばしこい』は狡賢さを伴った敏捷な行動を表し、『すばやい』には、狡賢さは伴わない」ということである。
 そう言われてみれば、そんな気もするのであるが、確かなことは、私にも解りません。
 〔返〕  すばやくてキスされたとも思えない今度の彼はかなりすばしこい   鳥羽省三
      すばしこく唇奪った彼だから次回は何をするのか分らん

今週の朝日歌壇から(1月16日掲載・其のⅢ・高野公彦選)

2012年01月18日 | 今週の朝日歌壇から
[高野公彦選]

〇  ときじくのかくのこのみの柚子ふたつみやげに帰る暮れの小宴  (山形県) 佐藤幹夫

 「ときじくのかくのこのみ」が実るのは南国であるが、その南国産の「ときじくのかくのこのみの柚子ふたつ」を「みやげに」して、雪国・山形県の佐藤幹夫さんは、「暮れの小宴」からご自宅に「帰る」のでありましょうか。
 〔返〕  妻も子も我を待ちぬらむときじくの香具の木の実の柚子もて帰らむ   鳥羽省三


〇  妻と毒似ているねって言いながら夫は赤いリンゴを齧る  (東京都) 宮田由樹

 「妻よ、あなたの下に女が居る。毒よ、あなたの下に母が居る。」といったフレーズを持った詩が、何方かの詩集の中に在ったような気もしますが、その詩集とは、私の詩集『臆病なビーズ刺繍』であったのでしょうか?
 本作に関して言えば、「毒」と「リンゴ」と「妻」の組み合わせが、あの怖い『白雪姫』の物語を連想させて興味深い。
 あの美しい白雪姫も亦、やがては「夫」に「毒」を盛るような恐ろしい「妻」になるのでありましょうか?
 〔返〕  赤い林檎さくさく噛みつつ歩むみち夫殺して帰る雪道   鳥羽省三


〇  母九十五昨日のままに微笑みてドライアイスを抱かせられたり  (町田市) 茂木瑠璃子

 作中の「九十五」は、「きゅうじゅうご」と読まずに「くじゅうご」と読まなければなりません。
 「昨日のままに微笑みてドライアイスを抱かせられたり」という表現は、一見すると、亡き「母」を冷たく突き放したような表現にも思われるのですが、私たち鑑賞者は、そうした表現の中に込められた、作者・茂木瑠璃子さんの、亡き「母」への深い愛情と激しい哀惜の念を汲み取らなければなりません。
 〔返〕  明日にでも蘇るごと微笑みてドライアイスに眠れる母よ   鳥羽省三


〇  この町にさびしさ嗅ぎという猫がいてわが足にそっと寄りくる  (垂水市) 岩元秀人

 作中の「猫」に限らず、飼い猫は、よく飼い主の「足」元に「そっと寄りき」て、「足」の匂いを嗅いだりするものである。
 あの仕草は、「さびしさ」の表現でありましょうか?
 それにしても、「この町にさびしさ嗅ぎという猫がいて」とは、なかなかに卓抜なるご発想である。
 〔返〕  いずこにもお金の欲しい女居て我が胸元にそっと手を遣る   鳥羽省三


〇  草を食む八丈島の乳牛のよく噛むことよ乳うまからん  (東京都) 伊集院洋介

 例えば、「草を食む八丈島の乳牛のよく噛むことよさぞうまからん」とする手も考えられるのであるが、そうすれば、「八丈島の乳牛」が、「よく噛ん」で「草を食む]様子を観察していて、「この『乳牛』にとっては、『八丈島』の『草』が『さぞうまからん』」と、作者ご自身が感嘆している様となるのであるが、この広い世の中には、あの可愛い羊を見て、生唾を飲むような食通も居られるようですから、それは止めときましょうね。

 〔返〕  名を付けて児らの育てしひよこさへ縊りて殺す教頭在りき   鳥羽省三
 昭和四十年代の後半に、そんな事件が確かに在りました。