臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

HP逍遥(1)

2009年10月28日 | ブログ逍遥
 結社ひとり氏のブログを拝見したところ、次のような興味深い記事が目についた。以下、失礼ながら、その記事を無断転載させていただきます。

 10月24日付けの<結社ひとり>氏のブログの記事
 
 黒田英雄氏のブログ(2009年10月22日付)で、『塔』10月号『陽の当たらない名歌選2』に掲載された下記歌について、黒田氏に評を求めるコメントがあった。しかし、黒田氏は評を書かないとレスしたので、私が勉強のため書いてみた。といっても、私は歌集はまだ2冊しか読んだことがなく、短歌読解スキルもないので、日本語文として読み解くだけだが。

 父と往くを選びし子らの肩せまき昔の服を娘(こ)は見て泣きぬ  児島良一


 作者と作中人物との関係と、「肩せまき」がこの歌のポイントではないか。作者から見た作中人物との関係を一応確認しておく。
   父 :義理の息子
   子ら:孫
   娘 :実の娘

 1 離婚などに類する事情で娘夫婦が別居し、子(孫)らは父親(義理の息子)と暮らすことになった。
 2 子らが現在常用している衣服は当然、子らとともにすべて父親のもとにあ る。
 3 娘(子らの母親)のもとに、(今は小さくて着ない)子らの昔の服がある。「肩せまき」の「肩」はその服の「肩幅」のことではないか。
 4 上半身の服(下半身部分が繋がっている服も含む)を見る場合、左右の肩部分を左右の手の指でつまんで広げて見ることが多い。
 5 平面に広げて置いて見ることもあるだろうが、その場合は肩幅の広狭よりもむしろ服全体の大小が目に付くだろう。
 6 両肩部分を持って見ると、服の肩幅が眼前になるから、娘はそのようにして見て泣いたと受け取れる。 
 7 作者には如何ともし難い事情と、泣く娘を見て、作者の胸中が揺れないはずはないが、まったく動揺を感じさせない詠みをしている。
 8 かなり読みでのある一首だが、歌全体は描かれていない作者の胸中にしっかり包まれている。
                                (転載終り)

 実を申すと、黒田英雄氏にこの作品の一首評を求めたのは私であり、そのコメントに用いたハンドルネーム<波佐間鉱磁>は、私のペンネームの一つである。
 私は、かねがね黒田英雄氏を現代短歌に対する目利きの一人として高く評価しており、同氏がご自身のブログ「安儀素日記」に毎月ご掲載されている「陽の当たらない名歌選」の愛読者でもある。
 当該の児島良一氏の作品「父と往くを選びし子らの肩せまき昔の服を娘(こ)は見て泣きぬ」は、「(塔十月号)陽のあたらない名歌選」の一首として、黒田ブログの10月22日の記事の後半部分に掲載されていたもので、当日掲載されていた作品の中で、私が最も興味深く観賞した作品である。
 「黒田氏は、『陽の当たる名歌選』にランクした作品のうちの上位の数首については、翌日あたりにその寸評をお書きになられるが、下位の作品については、紹介なさるだけ(それだけでも十分にありがたいのですが)で、寸評記事をお書きにならない」というのが、その時の私の認識であったので、「ここは是非とも、この作品に対する、<目利き・黒田英雄>氏の評言を引き出すべきだ」と思い、黒田ブログの当日欄に、「父と往くを選びし子らの肩せまき昔の服を娘(こ)は見て泣きぬ 児島良一 上記作品の一首評をお願い申し上げます。」というコメントを寄せた次第であった。

 それに対する、黒田氏のご返事は、次の通りであった。
 「波佐間様 コメントは、『塔』の場合、『名歌選その1』に限っております。なぜなら、疲れるからです(笑)。波佐間さんの感じたことを書いていただけませんか。その上で僕の感想を書きましょう。」

 誤解のないように申し述べておくが、私は、この記事で、黒田氏のこうしたご対応に対する不満を述べようとしているのではない。当該作品に対する、黒田氏の評言をお聞きしたかったのは事実ではあるが、私の要請に対して、黒田氏がこうした形で対応されたことについても、これはこれで、露悪家と言えば少し言い過ぎ、少し悪戯好きなところのある、黒田英雄氏の愛すべきお人柄の表れかとも思い、黒田ブログに対する愛着心を益々深くした次第であったのである。
 黒田氏ほど忙しくはないし、黒田氏ほど<疲れ>を感じてない私は、翌日、この作品に対する私なりの感想を書こうと思った。ところが、その前に、いつものように、短歌関係のブログの逍遥をしていたところ、意外にも、彼の<結社ひとり>氏が、この作品についての、詳細かつ適切な評言をものされていたことを知ったのである。
 <結社ひとり>氏のこの文章に対して、私は、付け加えるべき一言をも持たない。いや、結社ひとり氏ほどの識見の持ち主が、「1 ~ 2~ 3~」と、一見すると稚気とも見受けられかねない箇条書きという形式で、懇切丁寧に、この作品に対するご評言とご感想を述べられておられることに対して、私は、感動すら覚えた。
 結社ひとり氏及び黒田英雄氏、本当に有難うございました。両氏のこれからのご壮健とご活躍を祈念して、筆を擱かせていただきます。