臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

「1970年代の日本テレビ系列の人気番組〈全日本歌謡選手権〉に於ける十人抜き歌手・飛柿マチカさん」のお孫さんからのコメントに寄せて

2017年11月16日 | ビーズのつぶやき
 私が下掲の記事「歌手・飛柿マチカさんの消息(noahさんからのコメントに寄せて)」を当ブログに記したのは、去る2011年4月16日のことでありました。
 その後、私は、健康上の事情やその他の諸々の事情に因って、当ブログの更新さえも思うままにならないような状態に追い込まれておりまして、、数多くの愛読者の方々からは、厳しくも温かいお叱りや激励を頂戴していた次第でありました。
 然るに、つい先日、大凡数ヶ月ぶりに当ブログのコメント欄を開いてみたところ、往年のクラブ歌手・飛柿マチカさんのお孫さんと称する方から、下掲の記事に関する大変有り難いコメントを頂戴致しておりましたことを知りましたので、この機会に、下掲の通り、同記事を再掲させていただきまして、飛柿マチカさんのお孫さんに御礼を申し上げたいと思います。


     歌手・飛柿マチカさんの消息(noahさんからのコメントに寄せて)
            2011年04月16日 | ビーズのつぶやき
 起き抜けに“コメント一覧”を開いたところ、“noah”さんと仰る方からの「幼馴染」というタイトルのコメントが寄せられていたにも関わらず、私の怠慢が原因で、昨日の午後から保留状態のままになっていたのに気がつきました、遅まきながらここに公開させていただきます。
 取り敢えずは、“noah”さんからのコメントを、原文のままに、此処に転載させていただき、その下に、“noah”さんが当該コメントを本ブログにお寄せになられた動機を為したと思われる拙文をも再録させていただき、併せてそれらについての私自身の感想を述べ、コメントの発信者“noah”さんへの謝辞とさせていただきます。

 
     「“noah”さんからのコメント」

 「幼馴染・・・ (noah)/2011-04-15 15:45:07/
 初めまして、/突然ですが・・・/あの飛柿マチカさんと仰るポップス系の女性歌手は・・・/小学校3年~4年生のときの、クラスメイトでした。/とっても、歌の上手い子でした。/お寿司屋さんの娘さんで、明朗活発な子でした。/中学、高校と、別々になってしまい、疎遠になってしまいましたが/大好きな友達でした。/池田市にまだ、実家があるのでしょうか?」


 
 「“noah”さんが、上掲のコメントをお寄せになられた発端となったと思われる拙文」

○  今週の第一位はと言ったのちデデデデデデとひびく太鼓よ   夏実麦太朗

 今から30年以上も前のことを回想しての作品でありましょうか?
 司会者が「今週の第一位は」と叫んだ後、思わせ振りにわざとらしい数秒の間隔を置き、そして再び「今週の第一位は“サン・トワ・マミー”を歌われた飛柿マチカさんでした」と叫ぶと、テレビ画面一杯に「太鼓」が「デデデデデデ」と鳴り響くのでありました。
 で、あの飛柿マチカさんと仰るポップス系の女性歌手は、一体、今頃、何処で何をして暮していらっしゃるのでありましょうか?
 数年前までは、クラブ歌手として、ジャズのスタンダードナンバーを歌って、人気を博していらっしゃるとお聴きして居りましたが、その後絶えて彼女に関する情報は耳にしません。
 彼女が“全日本歌謡選手権”という、その頃の人気番組の優勝者となったのは1970年代でありましょうか?
 同じ時期に、後年「雨雨降れ降れ、もっと降れ」と歌った、あの超有名女性歌手も亦、それと同じ番組の優勝者になったのでありました。
  〔返〕 「今週のブービー賞は菅改造内閣の与謝野大臣でした」と叫ぶ   鳥羽省三


    「上掲二項に関わる私の感想及び“noah”さんへのお礼の言葉」

 上掲の拙文を記したのは今年の1月15日のことでしたのに、その内容についてはすっかり忘れておりました。
 わずか三ヶ月前に綴ったばかりの文章の内容をすっかり忘れてしまうのですから、今の私にとっては、当ブログの更新を毎日行うことが、自分自身の果てし無い“老い”や“呆け”との戦いみたいなものなのかも知れません。
 発端は、昨年行われた「題詠2010」のお題「079:第」への夏実麦太朗さんのご投稿作でありました。
 夏実麦太朗さんの作品自体は、作者ご自身が格別にお力を注いでお詠みになったとも思われないような、ごく軽めの作品のようにお見受けしたのでありましたが、私としては、その題材について思い当たることがありましたので、鑑賞対象の作品とさせていただいた次第でありました。
 思うに、作者の夏実麦太朗さんは、私と同世代の男性なのでありましょうか、「今週の第一位はと言ったのちデデデデデデとひびく太鼓よ」という当該作品の題材となっているのは、1970年代の日本テレビ系列の人気番組「全日本歌謡選手権」のことかと思われます。
 「全日本歌謡選手権」とは、新人歌手発掘の為の“オーディション番組”の一つであり、見事十人勝ち抜きに成功し、その後、歌手としてデビューして名を成した人の名前を列挙すると、「五木ひろし(出場当時の芸名は三谷謙)・天童よしみ・八代亜紀・中条きよし・真木ひでと(GSのオックスの野口ヒデト)・山本譲二」などのそうそうたる有名歌手の名が上げられるし、十人勝ち抜きこそならなかったが、「井沢八郎・南こうせつ・青山ミチ・ウイリー沖山・林家パー子・芦屋小雁・石野真子・片平なぎさ」などの有名人も数多くの出場者の一人であったのでありました。
 拙文中の「今週の第一位は“サン・トワ・マミー”を歌われた飛柿マチカさんでした」という表現中の「飛柿マチカさん」も亦、見事十人勝ち抜きに成功した歌い手の一人でありましたが、このフレーズは、「今週の第一位は“リンゴ追分”を歌われた天道よしみさんでした」とか「今週の第一位は“ヨコハマたそがれ”を歌われた山本譲二さんでした」などとする手もあり、いろいろ迷いましたが、私は、その時その場の思いつきで、“天童よしみさん”や“山本譲二さん”を捨てて“飛柿マチカさん”を選んだ次第でありました。
 その時、その場の思いつきとは言え、後年名を成した有名歌手を選ばずに、敢えて無名に近い“飛柿マチカさん”を選んだ理由はそれなりに在るはずであり、それらの一端を上げると、私の記憶の中では、彼女が十人勝ち抜きに成功した時期が、後の国民的大歌手・八代亜紀さんが十人勝ち抜きに成功した時期と重なっていたこと、彼女の歌った曲目が、その番組の一般的な傾向とは大きく異なったジャズ・ポップス系であったこと。
 更にもう一つ言えば、八代亜紀さんとほぼ同世代と思われる彼女のイメージが、“全身これ演歌歌手”“ザ・芸能人”といった感じの八代亜紀さんとは明らかに異なり、やや影を帯びていて、決して華やかと言えるような顔では無いが何処かにバタ臭さも感じさせるような顔、もう少し言わせていただければ、そのバタ臭さの中に普通の主婦としても十分にやって行けるような可能性をも覗かせないでもないようなイメージ、ご結婚なさってご主人との間に出来た娘さん二人を大阪教育大学付属池田小学校に入学させて、ご自身はプラダのハンドバックの中にハイカラなスリッパ一足と化粧道具を入れて、一週間に三度もPTAマダムの会合にご出席なさっていても、少しも不思議でないようなイメージだったからでありましょうか?
 合格後一年ぐらい経過した頃、同じ番組のゲストとして、八代亜紀さんと一緒に彼女が出演していたことが、私の微かな記憶の中にあります。
 その頃の八代亜紀さんは、プロの演歌歌手として、その後の大活躍を予見させるような順調な歩みを見せていただけに、私は、彼女・飛柿マチカさんのその後の活躍振りに大いに期待しておりました。
 しかし乍ら、司会者の長沢純さんの質問に答えて、「八代亜紀さんとは違って、今の私は、クラブ歌手としてそれなりに充実した歌手活動をしています」などと答え、私をがっかりさせたようにも記憶しております。
 彼女についての記憶はそれまでであり、その後の彼女の消息については、私には皆目見当がつきませんでした。
 それなのに、夏実麦太朗さんのあの作品に接した瞬間、私の頭の中に彼女の記憶が突如甦ったのは、真に不思議なこととも申せましょう。
 そうそう、たった今、気がついたことですが、夏実麦太朗さん作の短歌の題材となったのは、私が本稿で採り上げている「全日本歌謡選手権」ではなく、同傾向の番組ながら、それより若い世代を出場対象とした「スター誕生!」、或いは、私の知らない全く別の番組であったのかも知れません。
 いや、「今週の第一位はと言ったのちデデデデデデとひびく太鼓よ」という表現内容から判断すると、夏実麦太朗さんの作品は、明らかに「全日本歌謡選手権」とは異なるテレビ番組から取材したものに違いありません。
 だとしたら、私がこれまで記して来た文章は、私の記憶違いに基づいて書かれた“砂上の楼閣”の如き文章ということになりましょうが、それはそれとして、以後、夏実麦太朗さん作の短歌とは関わりのないような関わりのあるような形で、歌手・飛柿マチカさんの消息に関わる本稿をこのまま書き続けさせていただきます。
 “noah”さんからのコメントに拠りますと、「飛柿マチカさんと仰るポップス系の女性歌手」と“noah”さんとは「小学校3年~4年生のときの、クラスメイトでした」とのことであり、また、その当時の飛柿マチカさんは、「とっても、歌の上手い子」で「お寿司屋さんの娘さんで、明朗活発な子」でしたが、彼女と“noah”さんとは、「中学、高校と、別々になってしまい、疎遠になってしまいました」が、“noah”さんにとっての彼女は「大好きな友達でした」とのことでもあり、「池田市にまだ、実家があるのでしょうか?」とのことでもあります。
 インターネットの検索窓に「飛柿マチカ」と入力して、検索ボタンを押してみると、彼女に関する情報が幾つか検索できます。
 その中でも特筆するべきことは、彼女が赤坂のクラブ「月世界」の専属歌手であったこと。また、テレビ東京系列の連続テレビドラマ『純愛山河・愛と誠』(池上季実子・夏夕介主演)に“デビ”という愛称のスケバンとしてレギュラー出演していたこと。ドーナツ版のシングルレコードを何枚か出したものの、あまり売れなかったように思われることなどである。
 だが、それらのいずれもが、「全日本歌謡選手権」に出場したから間も無くのことであり、最近の彼女に関する情報は、何ひとつ手に入らないのが実情である。
 ところで、今更こんなことを申すのも恥ずかしいのであるが、インターネットというものはなかなか興味深く、便利な通信手段である。
 一人の暇人が自分の管理するブログの中に書き流した、一首の短歌の鑑賞記事の中に、ほんの思いつきで、今となっては無名とも言うべき一人の女性歌手の名を書き記す。
 それは、ほんの気紛れの行為であり、書き記した当人にとっても、翌日になれば忘れてしまいそうにもなる行為に過ぎなかったのである。
 それなのにも関わらず、それから三ヶ月も過ぎた頃に、たまたまその記事を目にした一人の女性が、その無名の女性歌手が、かつての自分のクラスメイトであったことを思い出し、ブログの管理者に、その女性歌手と自分との関わりを説明したコメントを寄せるのである。
 かくして、ブログの管理者にとっては、消閑の道具の一つでしか無かったブログの記事が、俄然生きたものとして立ち上がり、意味のあるものとして立ち上がり、その命の輝きを増すのである。
 印刷媒体での作品発表とは異なった、インターネット媒体での作品発表の利点とは、こうした点に在るのではないでしょうか?
 インターネットの双方向性とは、こうした現象を指して謂うのではないでしょうか?
 “ノワ”さんとお読みするのでしょうか?
 “noah”さん、この度は大変ありがとうございました。
 フリーライターとは名ばかりで、その実情は、暇を持て余している年金生活者の一人でしかない私は、このブログの更新を毎日の生活の要として居りますが、グーグル社から寄せられる情報に拠ると、私のこの拙いブログにアクセスされる回数は、連日二千回余りに達し、読者と呼べるような方々も、五百人余りもいらっしゃるということであります。
 だが、その管理者たる私には、当記事の執筆者たる私には、何処の何方がどういうお気持ちで、私の書き殴った記事をお読みになって居られるのか、さっぱり見当がつきません。
 したがって、私の毎日のそうした営みは、まるで暗黒の曠野を独り歩きしているような空しく当ての無い行為に過ぎません。
 そうした折に、私が過去に書き流した記事に関しての真摯なるコメントに接することが出来たことは、何物にも替え難い楽しみであり、励ましともなりましょう。
 つきましては、今後とも何卒宜しくご愛読賜りたくお願い申し上げます。
 お暇がございましたら、またコメントをお寄せ下さい。
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一読三嘆!奇々怪々!

2017年02月03日 | ビーズのつぶやき
 例に依って例の如く、退屈任せに古雑誌を飛ばし読みしていたのでありますが、本日は、短歌総合誌「(角川)短歌」の1014年11月号の誌上で、大凡、短歌に関わる者としては決して見逃す事が出来ないような記事に出逢いましたので、件の記事に関連して、一言二言、私自身の老いの繰り言を述べさせていただきます。
 同誌は、「第六十回・角川短歌賞」の入選者発表号であり、入選者や次席者などの所属結社や氏名や当該作品が掲載されているのであるが、それらの記事と共に、その選考に当たった選者の方々に拠る「選考座談会」の記事もされている。
 その選考座談会に於いて、「短歌人」の小池光氏、「まひる野」の島田修三氏、「かりん」の米川千嘉子氏、「未来」の東直子氏といった、現代歌壇のお歴々とも思われる選者の方々が、その道に永年携わって来た方々、即ち、プロの歌人とは思われないような内容の、お粗末なご発言をなさっていらっしゃるのである。
 それと言うのは、当概年度の予選通過作品・三十二篇の中に選ばれ、前掲の選者四名の中の、島田修三氏及び東直子氏から候補作の一つとして推薦された作品、結社誌「未来」所属の若手歌人・山階基さん(二十二歳)の連作五十首「寒い冬」の中の二十三首目の「振り返らんことも増えたさ人波に知つた匂ひがまたひとつあり」に就いての、四選者の方々の発言内容である。
 私は本日、本文に於いて、それら四名のプロ歌人の方々の発言内容が、「如何に常識外れのものであったか」と、〈悲憤慷慨、慨嘆の意〉を述べさせていただく所存でありますが、その目的を果たすためには、当該記事の当該箇所を引用した上で論旨を展開する必要があります。 
 就きましては、掲載誌「(角川)短歌」の版元及び、前掲の四名の選者の方々には、大変失礼ではありますが、以下、同誌から関連箇所を引用させていただきます。

 米川  (前略)二十三首目〈振り返らんことも増えたさ人波に知つた匂ひがまたひとつあり〉の「振り返らんこと」も引っかかる。
 島田  「振り返らん」の「ん」って何なの?
 米川  分からないです。
 島田  婉曲か希望だよね。「振り返るようなことも増えた」、あるいは「振り返りたいことも増えた」のか。
 米川  七首目〈冷え込みにひたしたぎこちない素手をひらいて両頬をつつまれる〉の「冷え込みにひたした」も微妙に引っかかる。
 島田  この人の持っているある違和感の表明がこのように歪むんだろうなと僕なんかとる。掴みどころがないけど、この人なりの最大の自己表出をしているような気がする。
 小池  こういうタッチで歌を作るなら新仮名だと思う。旧仮名の部分がすごく不自然でその部分だけぴょんぴょん飛んでくる。
 島田  かっこいいらしいんだな、旧仮名が。
 東   「振り返らん」みたいな文語っぽいものを入れようとしたんですね。
 島田  「振り返らん」なんて、すごい変な言い方ですよ。「振り返りたい」のか、「振り返るような」なんて婉曲で言うわけないしね。
 東   もしかしてこれ、「振り返らないこと」じゃないですか。話し言葉では、「そんなもん振り返らんよ」と言う。
 島田  「ん」って意思だよ。「む」だから。「振り返ろう」と。
 東   韻律については、トラディショナルな短歌的な流麗な韻律は避けたいという意思があるんじゃないですか。四十六首目〈ごく細い棒を差し込む労力のリセット機能は日常の隅〉、普通だったら「労力」というごつごつした散文的な言葉は入れない。
 島田  「振り返らん」は口語か。四十五首目〈よくわからんまま持たされてひきずってまだ破れない丈夫な袋〉、「よくわからん」と言っている。これと同じなんだ。「振り返らない」と言ってるんだ。でもそうとれないよな。表記では。
 (以下、省略)

 本ブログの愛読者の方々に於かれましては、今更、私ごとき若輩が講釈を垂れるまでもなく、既にご存じの事でありましょうが、件の山階基さん作中の「振り返らん」の「ん」の正体は、〈口語の打ち消しの助動詞「む」の連体形「む」が転化したもの〉であり、我が国有数の万葉学者であり、結社誌「まひる野」のご重鎮であり、愛知淑徳大学の学長でもあられます島田修三氏が、この一連の喜劇的な対話の結論としてお述べになっているが如く、「振り返らん」の意は「振り返らない」である。
 しかしながら、この程度の文法知識は、出来の良くない中学生や高校生でさえも、日常生活で取得した経験則から取得している、基本的な知識なのでありましょう。
 従って、民放テレビのくだらないお笑い番組のネタにも値しない、この一連の珍妙な対話の元凶が何方かと特定して申すならば、それは、彼の愛知淑徳大学の学長殿でありましょう。
 だが、他のご三方に於かれましたも、「その責任は私にはありません」などと、大口を空けて言われない事は、前掲の引用部分を詳細にお読みになられますと、歴然として証明される事なのでありましょう。
 我が国を代表する国文学者でありながら、〈口語の打ち消しの助動詞「む」の連体形の「む」が転化した「ん」〉の存在に気付かなかった島田修三氏の文法知識のお粗末さは、大凡、プロ歌人や万葉学者を名乗るには値しませんが、彼の〈一読三嘆の放言〉に適切なアドバイスも出来ずに、彼・島田修三先生に無駄な論の展開を許した、小池・米川・東のお三方も、あまりと言えばあまりにも無気力な〈選者振り〉ではありませんか!

 それにしても、「『振り返らん』なんて、すごい変な言い方ですよ」なんて言い方は、国文学者の言い方とは思えないような〈すごく変な言い方〉ではありませんか!




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「歌会始の儀(平成二十九年)の御製など」に就いて

2017年01月18日 | ビーズのつぶやき
天皇陛下
 邯鄲の鳴く音(ね)聞かむと那須の野に集ひし夜をなつかしみ思ふ

 「邯鄲」とは、「直翅目カンタン科の昆虫であり、秋に鳴く虫の代表種で、コオロギの一種であるが、コオロギの中では例外的な淡黄緑色ないし淡黄褐色をしており,雄は昼間からルルルルル……という繊細であまり強くない連続音を出して鳴く。」
 「邯鄲の鳴く音聞かむ」と秋の一夜に「那須の野に集ひし」とは、さすがにご皇族の方々ならではの優雅さである。
 同じ昆虫の鳴く音をお聞きになられるにしても、それが蟬や轡虫やオケラや地虫では無くて、「邯鄲」である点が頗る奥ゆかしいところであり、同じコオロギの仲間であっても、ツヅレサセ
コオロギの場合は、その名前からして貧乏たらしいし、タンボコオロギの場合は、「ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ」 と蛙のような声で鳴くので、ご皇族様の集いの場で鳴く昆虫の音色としては、かなり下卑た声というべきでありましょう。
 ところで、作中に「集ひし夜をなつかしみ思ふ」とありますが、天皇陛下と皇后様と、他に何方様がいらっしゃったのかしら?ご皇族からご離脱なさったご息女様はいらっしゃったのかしら?
 一介の庶民に過ぎない私ではありますが、斯かる事柄に就いては、頗る興味の湧くところではあります。
 [反歌] 邯鄲の夢の枕に過ぎざればしもじも吾の労苦は言はじ


皇后さま
 土筆摘み野蒜を引きてさながらに野にあるごとくここに住み来し

 「土筆」は「摘み」、「野蒜」は「引く」ものである、との、日本語の言葉使いのテキストの如き表現は、さすがに美智子皇后様ならではの一首である。
 少し冗談を言わせていただきますが、「さながらに野にあるごとくここに住み来し」とありますが、「野」と言っても様々の「野」があり、私たち庶民の棲む「野」は、アベノミクスの暴風が吹き荒れている「野」であることを、美智子皇后様はご承知でいらっしゃいましょうか?
 冗談です!冗談ですから、皇后様には、何卒、お気遣いなさらないになさって下さいませ。
 [反歌] 野花摘み草を食ひつつ永らへて喜寿を迎へる吾にかあらむ


皇太子さま
 岩かげにしたたり落つる山の水大河となりて野を流れゆく

 一首全体の、奥行が深くゆったりした趣と歌柄の大きさは、さすがに皇太子さまの御作である。
 [反歌] 岩陰にしたたり落つる清き水やがて庶民の暮らしを潤す  


皇太子妃雅子さま
 那須の野を親子三人で歩みつつ吾子に教ふる秋の花の名

 「こんな時代もありましたか!」という気持ちになった一首である。
 「吾子」さま共々ご療養なさっておられるかと拝察致しますが、歌会始の儀の会場・皇居宮殿松の間に、そのお美しくもご聡明なるお姿がお見えにならなかった事は、一国民としての私・鳥羽省三にとっては、とてもとてもとてもとても残念な事でありました。


秋篠宮さま
 山腹の野に放たれし野鶏らは新たな暮らしを求め飛び行く

 「山腹の野に放たれし野鶏ら」と異なり、「新たな暮らしを求め飛び行く」ことが出来ないのが皇族の方々でありましょうか?
 でも、秋篠宮様に於かれましては、結構のびのびとなさって居られるようにお見受けしますが、その点に就いては如何でありましょうか!
 [反歌] 山腹の野に放たれし猪の新田四郎に名を成さしめき


秋篠宮妃紀子さま
 霧の立つ野辺山のあさ高原の野菜畑に人ら勤しむ

 私ども庶民のよく行くスーパーの牛乳売り場の一郭に「野辺山牛乳」という銘柄の特売牛乳が山を成して積み上げられている事を、本作の作者の紀子さまはご存知でありましょうか?
 また、野辺山高原産の大根は「沢庵漬け」として出荷され、私たち庶民にとってのお馴染みの味になっているのであり、野辺山高原産のレタスやキャベツやトウモロコシなども、今となっては欠かすことの出来ない黄緑野菜として、私たち庶民の食卓を朝な夕なに賑わわせて居ります。
 あれもこれも、秋篠宮妃・紀子様のご清潔及びご聡明の余慶なのかも知れません。
 [反歌] 霜冷ゆる朝の道ゆく昆布屋の「こんぶ、こんぶ」の振れ声わびし


秋篠宮家長女眞子さま
 野間馬の小さき姿愛らしく蜜柑運びし歴史を思ふ

秋篠宮家次女佳子さま
 春の野にしろつめ草を摘みながら友と作りし花の冠

常陸宮妃華子さま
 野を越えて山道のぼり見はるかす那須野ヶ原に霞たなびく

 皇族の方々は、皆様それぞれ「歌会始の儀」の場でご披露なさるに相応しい御作をお詠みになって居らっしゃるものと思いつつ拝読させていただきました。
 「歌会始の儀」でご披露になられる皇族の方々の御作は、本質的には、この年一年の世界平和と我が国国民の生活の穏やかならん事を祈願する御歌、即ち・祝詞に近いような性質を帯びたお言葉でありましょうから、その出来如何に関わらず、それぞれおめでたく有り難いお言葉として、私・鳥羽省三は拝し奉りました。
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「歌会始の儀(平成二十九年)の召人・選者の詠進歌」に就いて

2017年01月18日 | ビーズのつぶやき
召人
 久保田淳さん
 葦茂る野に咲きのぼる沢桔梗冴えたる碧に今年も逢へり

 本年、めでたく召人に選ばれた久保田淳さんは、中世文学研究・和歌史研究に永年に亙って勤しみ、平成25年度文化功労者として顕彰された国文学者である。
 作中の「沢桔梗(サワギキョウ)」は、「キキョウ科ミゾカクシ属の多年草であり、濃紫色の花が美しい山野草であるが、有毒植物としても知られる。」


選者
 篠弘さん
 書くためにすべての資料揃ふるが慣ひとなりしきまじめ野郎

 三枝昂之(さいぐさたかゆき)さん
 さざなみの関東平野よみがへり水張田(みはりだ)を風わたりゆくなり

 永田和宏さん
 野に折りて挿されし花よ吾亦紅(われもこう)あの頃われの待たれてありき

 今野寿美さん
 月夜野(つきよの)の工房に立ちひとの吹くびーどろはいま炎(ひ)にほかならず

 内藤明さん
 放たれて朝(あした)遥けき野を駆けるふるさと持たぬわが内の馬

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古雑誌を読む(角川「短歌」1016年10月号・そのⅡ)

2016年10月30日 | ビーズのつぶやき
 「春日真木子作『蝉と蟬』連作三十一首」より十首抜粋

○  投稿歌の「蝉」は自由に泣かすべし「蝉」より「蟬」へ直しつづけつ
○  地の底の焔のことば伝ふべく腹を震はせ鳴き立つ七日
○  身を折りて拾ふ空蟬透きとおりわが現し身は影ふかきかな
○  ふたたびは蟬の帰らぬ小さき穴 しづかに夜気が埋めゆきたり
○  検閲を受けにし有無を探るべく戦中戦後のわが小誌繰る
○  自主規制 編集の上になしゐしやわれの小耳に父の嘆息
○  きはまりは編集後記含みある言葉かこれは深く汲むべし
○  検閲を憚り書きし悔しみを師が詠み得しは三十年の後
○  平和とふ時の埃をかぶりたる小誌に光る反骨のうた
○  卸し金の棘を宥めむ八月の大根はまるくなでて摩るなり





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『翼をください』の歌詞に就いて  書き込み中、近日大公開!北方四島以南最高(笑)!

2016年10月10日 | ビーズのつぶやき
 昨夜、就床直前に観た、〈NHK・BS1〉の「新・日本の歌」の中で、私にとっては新顔の若い女性歌手が、埼玉県内の某県立高校合唱部の女性部員数十名をバックにして、かつて、フォークグループの〈赤い鳥〉が歌って大ヒットした『翼をください』を歌っていた。
 この曲は、今では、我が国の現代音楽史を彩る名曲として知られ、高校や中学の音楽科の教科書にも掲載されていて、近年益々盛んに行われるようになった、中学や高校などの「クラス対抗合唱コンクール」の課題曲の定番ともされているようであり、昨夜は、この名曲を歌う、彼の女性歌手の歌唱ぶりも素晴らしかったが、
それ以上に素晴らしかったのは、件の女子高校生たちが、〈素朴そのもの〉といったような顔をして歌う、バックコーラスであった。

 ところで、この名曲の歌詞の評価を巡って、ヤフージャパンの「知恵袋」なる掲示板のホームページに於いて、「kassy1908さん」という方と「hagemarotiさん」という方とが、応答形式で各々のご意見を交わし合って居られるのであるが、その内容が真っ向から対立する内容であるのは、私にとってはとても興味深いので、それら両者のご意見を、此処に無断転載させていただいた上で、それらに就いての私見なども述べさせていただきたいと思います。

 先ず、質問者の「kassy1908さん」という方のご意見は次の通りである。
 
 「翼をください」は劣悪な反教育的な歌詞じゃないですか?
 小中高の合唱コンクールにおける定番曲と言えば、「翼をください」です。
 しかし、この歌詞ってヒドすぎじゃないですか?
    -今 私の願いごとが
    -かなうならば 翼が欲しい
    -この背中に 鳥のように
    -白い翼 付けてください
    -この大空に 翼をひろげ
    -飛んで行きたいよ
    -悲しみの無い 自由な空へ
    -翼はためかせ 行きたい
 翼を持って何がしたいのかと思えば、何もない。
 ただ飛びたいだけかよ。
 「悲しみの無い自由な空へ」って、地上はそんなに悲しみだらけか?
 地上はそんなに不自由なのか?
 例えば「空を飛んで遠い国の人達と仲良くなりたい」とか、そういう夢とか希望とか
 そんなんは無いのかよ。
 …と、いろいろツッコミたくなってしまいます。
 この歌詞のテーマとは、「現実逃避」でしょう。
 あるいは、「空=天国」と解釈するなら「自殺願望」とも取れます。
 私は、こんな鬱な歌が教育の場で堂々と歌われる事に疑問を感じております。
 この歌詞を聞いて、私と同じように感じた方はいらっしゃいますか?

 次に、「kassy1908さん」に依る、上掲のご質問に対する「ベストアンサーに選ばれた」、「hagemarotiさんのご意見は、次の通りである。

 私は異なった解釈です。
 作詞家本人ではないので、受け取り方はたくさんですよね。 
 悲しみの無い世界がこの世にあると思いますか?
 あなたがこの歌詞を理解するには、もう少し人生を歩む必要があるかもしれませんね。
 地上は悲しみだらけか。はいそうです。
 悲しみだけではないというのも事実です。
 ただ飛びたいだけかよ。はいそうです。
 「ただ」飛びたい。それが難しいのです。
 悲しみのない世界は、人々にとって永遠なる夢です。
 それを追って何がいけませんか?
 そういった世界を目指したい!「ただ」それだけであり
 現実逃避ではありません。
 当時の情景から歌詞の推測をするというのは
 あくまで推測でしかないということに気づかないんですかね。。
 クラシックのスコアに交響曲の場面解説があります。
 しかし、それはあくまで そうだといわれている だけ。
 文章でも映画でも美術でもなんでもそう。
 歌詞をこうしたほうが大衆ウケがいいだろう、って考えてたとしたら?
 笑わせてくれます。深層心理は本人にしかわからないのです。
 ここでは個人個人がどのように感じたか、ソレが回答なのでしょう。
 私は解説を読もうがどうしようが、捉え方は関心こそすれ、あまり影響されません。

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さだまさし解剖学(『天までとどけ』篇)書き込み中

2016年10月02日 | ビーズのつぶやき
 随分と昔の話になりますが、私は過去の一時期、「さだまさし解剖学」と称して、数多い〈さだまさし作詞〉の歌謡詩の中から自分好みの作品を選抜して、その鑑賞・批評を試みようとしたことがありました。
 そうした私の試みは、私自身の意志の弱さが災いして、結局は、わずか数篇のそれを試みただけで挫折してしまったのでありますが、何と驚いたことに、あれから数年経った今日に於いても、毎日数百人はお見えになる、本ブログへの訪問者の中には、わざわざ、筆者の私さえも、遠い過去の出来事として忘失してしまっている、「さだまさし解剖学」と称する記事を読まんとして訪れた方々が、一人や二人ではなく、連日、十指に余るほどの多きに達しているのである。
 つらつらと思ってみますると、私が「さだまさし解剖学」の連載を挫折をしなければならない状態に追い込まれた原因の一つとして、心無い読者からの恐喝めいた内容のコメント、即ち、「お前の下手な文章を読んでいると、私はむしゃくしゃしてしまうのだ。このまま放置しておくと、お前はいい気になって、さだまさし作詞の全編に就いて、出鱈目な文章を書き連ねてしまうに違いないが、さだまさしファンの一人として、私はお前に絶対にそんなことをさせないぞ」とか、「私たち音楽ファンにとってのさだまさし様は、神聖にして犯すべからざる存在なのである。そんな、私たちにとっては、神様みたいなさだまさし様から、あんたは、上着だけならまだしも、パンツや褌の果まで剥ぎ取って、丸裸にしようとしてるんだ。そんなゲスなお前の魂胆を私たちさだまさしファンは、絶対に許すわけには行かない」とか、「『さだまさし解剖学』と称しながら、お前の書く文章からは、あの妙なるさだまさし一流のメロデイもリズムも響いて来ないではないか。言葉だけだったら、音楽評論とは言えないぞ。こんな貧弱な文章を、お前は俺たちに読ませようとしてるのか!、お前は一刻も早くこんな文章を書くのを止めるべきである。どうしても止めたくないと言うならば、私は、お前の家に放火してやるぞ。私はお前の家をとっくの昔に知ってるんだからな。」といった内容のコメントを連日連夜のように、大挙して押し寄せられた事が上げられましょう。
 しかしながら、私も「さだまさしの音楽を愛する」という点に於いては、彼ら、即ち、私のブログへ恐喝めいたコメントを寄せる者共よりも、その度合いが遥かに優っておりますし、それに第一に、およそ大丈夫の男として生まれながら、こうした気違い染みた恐喝にいちいち屈服していては、私という男のメンツが立ちません。
 なんちゃったりして、結局南極、私は再び、本ブログへの「さだまさし解剖学」の掲載を試みようとしているのでありますが、そうした私の卑しい魂胆は、本ブログの読者の方々に於かれましては、既にお見抜きになって居られるに違いありません。


    『天までとどけ』  [作詞・作曲]さだまさし


  出逢いはいつでも 偶然の風の中
  きらめく君 僕の前にゆるやかに立ち止まる
  なつかしい風景に 再び巡り逢えた
  そんな気がする
  君の胸にはるかな故郷の風
  舞い上がれ 風船のあこがれのように
  ふたりの明日 天までとどけ
  ようこそようこそ
  ようこそ僕の街へ ようこそ この愛へ

  ふれあいのかけらが変えてゆく
  言葉でも物でもなく 出逢いから
  君さえ許せば僕の愛する街が胸ときめかせ
  君の故郷になりたがっている
  舞い上がれ 風船のあこがれのように
  ふたりの明日 天までとどけ
  舞い上がれ 風船のあこがれのように
  ふたりの愛 天までとどけ
  ようこそありがとう
  ようこそ僕の街へ ようこそ この愛へ

 本作に描かれているドラマの舞台を、仮に、秋田県横手市十文字地区としておきましょうか。
 秋田県横手市と言えば、そのかみの流行作家・石坂洋二郎の代表作の一つであり、映画化もされて有名な長編小説、『青い山脈』の舞台となった城下町として知られているが、その郡部に当たる十文字地区は、国道十三号線の沿線に在る、何の変哲も無い田舎町であるが、今から四半世紀ほど前に、この田舎町に一人の著名な男優が訪れ、この町の過疎地区の休耕田を借りて耕して、稲作を行ったことがきっかけで、この町の若い男女を中心とした映画アァンが、「十文字映画祭」と称して、「往年の〈ナトコ映画〉に少し毛が生えた程度の安手の映画作品」を町のホールで上映したことが原因で、少しはその存在が知られるようになった、侘しい田舎町である。
 本作の語り手であり、主人公でもあるのは、この田舎町で〈さくらんぼ作り兼稲作〉を行っている、比較的に豊かな農家の一人息子であるが、彼は、件の「十文字映画祭」を立ち上げた若者の一人でもある。




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虫武一俊作の短歌(第一歌集『羽虫群』所収歌など)に就いて

2016年09月14日 | ビーズのつぶやき
少しずつ月を喰らって逃げている獣のように生きるしかない

生きかたが洟かむように恥ずかしく花の影にも背を向けている

見ていれば違っただろう「つる草の一生」というドキュメンタリー

職歴に空白はあり空白を縮めて書けばいなくなるひと

異性はおろか人に不慣れなおれのため開かれる指相撲大会

この夏も一度しかなく空き瓶は発見次第まっすぐ立てる

ゆるしあうことに焦がれて読みだした本を自分の胸に伏せ置く

殴ることができずにおれは手の甲にただ山脈を作りつづける
   
くれないの京阪特急過ぎてゆきて なんにもしたいことがないんだ

ににんがし、にさんがろくと春の日の一段飛ばしでのぼる階段
 
鴨川に一番近い自販機のキリンレモンのきれいな背筋

草と風のもつれる秋の底にきて抱き起こすこれは自転車なのか
   
口笛を吹いて歩けばここに野の来る心地する 果てまで草の          
  
羽虫どもぶぶぶぶぶぶと集まって希望とはその明るさのこと

ジャム売りや飴売りが来てひきこもる家にもそれなりの春っぽさ

パッチワークシティに暮らす人からの手紙や、ばらばらのチェスピース

水際に立ちつくすとき名を呼ばれ振り向くまでがたったひとりだ

走りながら飲み干す水ののみにくさ いつまでおれはおれなんだろう

情けないほうがおれだよ迷ったら強い言葉を投げてごらんよ

弟がおれをみるとき(何だろう)黒目の黒のそのねばっこさ

丁寧に電話を終えて親指は蜜柑の尻に穴をひろげる

電柱のやっぱり硬いことをただ荒れっぱなしの手に触れさせる

ドーナツ化現象のそのドーナツのぱさぱさとしたところに暮らす

ああここも袋小路だ爪のなかに入った土のようにしめって

よれよれのシャツを着てきてその日じゅうよれよれのシャツのひとと言われる

マネキンの首から上を棒につけ田んぼに挿している老母たち

いつも行くハローワークの職員の笑顔のなかに〈みほん〉の印字

雨という命令形に濡れていく桜通りの待ち人として

思いきってあなたの夢に出たけれどそこでもななめ向かいにすわる

目撃者を募集している看板の凹凸に沿い流れる光

ゆきのひかりもみずのひかりであることの、きさらぎに目をほそめみている

あと戻りできないフロアまで行ってそれでもすっぽかしたことがある

防ぎようのなく垂れてくる鼻水のこういうふうに来る金はない

唯一の男らしさが浴室の排水口を詰まらせている

相聞歌からほど遠い人里のわけのわからん踊りを見ろよ

なで肩がこっちを責めていかり肩が空ろに笑う面接だった

肩甲骨だって翼の夢をみる あなたはなにをあざけりますか

まだ長い間奏の途中なんだからアンコールって言うな 帰るな

こんなところで裸足になってしまうから自分のこともわからないのだ

裏山にぎんいろのふね降りてくる わたしはわたしをやめられますか

からんころんさっき遊んでくれていた飴姉さんがどこにもいない

行き止まるたびになにかが咲いていてだんだん楽しくなるいきどまり(2016.8.31)

「生きろ」より「死ぬな」のほうがおれらしくすこし厚着をして冬へ行く(2016.8.26)

あかぎれにアロンアルファを塗っている 国道だけが明るい町だ(2016.8.22)

この夏も一度しかなく空き瓶は発見次第まっすぐ立てる(2016.8.17)

他人から遅れるおれが春先のひかりを受ける着膨れたまま(2016.8.10)

目撃者を募集している看板の凹凸に沿い流れる光(2016.08.5)

おれだけが裸眼であれば他人事に眼鏡交換パーティー終わる(2016.8.2)

この海にぴったりとした蓋がないように繋いだ手からさびしい(2016.7.28)

草と風のもつれる秋の底にきて抱き起こすこれは自転車なのか(2016.7.25)

職歴に空白はあり空白を縮めて書けばいなくなるひと(2016.7.20)

献血の出前バスから黒布の覗くしずかな極東の午後(2016.7.14)

羽虫どもぶぶぶぶぶぶと集まって希望とはその明るさのこと(2016.7.11)

一語一語をちゃんと区切って話されてなにが大事なことだったのか(2016.7.6)

電柱のやっぱり硬いことをただ荒れっぱなしの手に触れさせる(2016.7.1)

満開のなかを歩いて抜けてきたなにも持たない手にも春風(2016.6.28)

リニューアルセールがずっとつづく町 夕日に影をつぎ足しながら(2016.6.23)

あすはきょうの続きではなく太陽がアメリカザリガニ色して落ちる(2016.6.20)

しあわせは夜の電車でうたた寝の誰かにもたれかかられること(2016.6.15)

螺旋階段ひとりだけ逆方向に駆け下りていくあやまりながら(2016.6.10)

少しずつ月を喰らって逃げている獣のように生きるしかない(2016.6.3)

死になさいって渡されているこの縄を わたしは飾ってしまう気がする(2009.5.6)

イチゴ・メロン・レモンのとなり ハワイに行く父に頼んだ青いくだもの(2009.12.4)

日本電波塔落成記念凧揚げ大会の、みんなまっすぐ(2010.3.5)

よりましな絶望に向かうだけなのに それをあなたは希望と呼ぶの(2010.2.18)

「ぬかったな、今宵は新月」路地裏に 忍者が待っていた美人局(2010.2.1)

イチローが一朗になる夕暮れに 老人たちのしずかな眠り(2010.1.22)

二千年前に誰かが生まれた日  きょうも豆腐に十字を刻む(2009.12.25)

えんえんと不遇ごっこのごっこを抜く夢を見ていろ春の城郭(2009.12.25)

氷山も漂流してみたい気分(そうか南も南で苦しい)(2009.12.24)

うちがわの仕事を終えた殺し屋とおれと冬三日月の直列(2009.12.22)

ほんとうの両親はどこと問いかけた夕やけ色のすべり台から(2009.12.16)

亡んだらまだよかったの全身であらゆる風を受ける樹になり(2009.12.16)

ひとすじの煙、の前はあなたでも一歩一歩とのぼってました(2009.12.13)

踏みだせばあっけなくって一歩目で最初の氷を割ることもある(2009.12.13)

激甘のココアを飲んで鼻かんでいつもに戻れたらもう行けよ(2009.12.7)

「いいでしょう白黒はっきりつけましょう」ごちんと牛乳瓶をまず置く(2009.11.22)

吾をして親の仇というほどに吠えたる犬の瞳の宇宙(2009.11.22)

人知れず落ちてつぶれた銀杏も熱く煮えたつ夢を見ていた(2009.11.22)

恋人はやさしくないといやだからビーチサンダルの鼻緒切り待つ(2009.11.19)

角が立つことは避けたい そのための丸いかっこを待ちつづけてる(2009.11.12)

物欲も恋愛欲もおれの背についに翼の種を埋めず(2009.11.8)

のび太・カツオ・高校球児抜き去って「もし」が無くなっていくことを知る(2009.11.4)

さっきまで一緒にテレビを見てたのか親子の親のあかるい「こんにちは!」(2009.10.31)

たいせつにきみがしてきたポケットに現実としてぼくがおさまる(2009.10.10)

十月に三日続けてあらわれる蚊の事情なんてどうでもいい死(2009.10.4)

早秋の夜は自己愛事故につき痛みや傷が渋滞してる(2009.9.23)

思いつめた苦悩の旗を高々と掲げる顔も見たことがある(2009.9.15)

どこかへと風よさらってくれないか りんね、りんね、と鳴く夏空に(2009.9.12)

死まみれの口でごはんを食べている死にたいという死にたくなさよ(2009.9.9)

ペガサスの四角い胴にしがみつくこともできない危急存亡(2009.9.7)

永遠の中学二年生として額の内に目玉を飼ひぬ(2009.9.5)

ビー玉がからんと鳴いて炭酸のように吸われてゆく夏の空(2009.8.26)

歌捨て場と決めてはじめたうたのわの評価をいつの間にか気にする(2009.8.25)

この青がポケット深く押し潰す少年ドラえもんのかなしみ(2009.8.22)

砂浜の白い椅子にもなれなくて部屋の隅にはペヤングの塔(2009.8.9)

薄氷ふたつ重ねてお互いに傷つきやすさを言いあっている(2009.8.6)

どぶ川に落ちたばかりのオレンジがまぶしくてまぶしくて逃げたい(2009.8.6)

あの春の手紙のようなざらざらの桜で終わる蝉の一生(2009.8.6)

火星人 ホイミスライム 夢だけで歩めることもちからのひとつ(2009.7.29)

左利き用のベースを海に埋めおれの地球がまた回りだす(2009.7.25)

ぶるぶると表面張力発揮中 あふれなければただの潤みだ(2009.7.25)

みずうみに蓋をするときおはようのあなたの声を夢見る魚(2009.7.22)

汗だくで冷蔵庫から麦茶出しコップへそそぐこれは麺つゆ(2009.7.20)

首もとでゆれるゴーグル まだ進みたくないなにもまだ見たくない(2009.7.19)

ぬばたまの夜のプールにきみがいてたったひとつの夏のはじまり(2009.7.16)

わたしはべつに爪の模様の変遷を憶えてるけどじっとは見てない(2009.7.14)

三河屋のサブちゃんが正社員でもアルバイトでもため息が出る(2009.7.10)

開封の世界に三日慣れきったサイダーみたいなぼくら 真夏の(2009.7.8)

なんだってしかたがないよどこまでもそう遠くへはいけないのだし(2009.7.2)

黒髪の大河にふかく手をひたす わかったような顔をしながら(2009.6.26)

目の前に黒揚羽舞う朝がありあなたのなにを知ってるだろう(2009.6.26)

砕け散った月はリングになれるけど美しいけど違う夜空だ(2009.6.22)

だってそんな、そこまで言ってそのあとの言葉がうまくまとめられない(2009.6.21)

隠すより全部ばらしてしまうほうが結局楽に行くんじゃないか(2009.6.18)

いつの日か地球緑化につながっていくからちゃんと堂々と泣け(2009.6.13)

たぶんまだなんとかなるさずぶぬれの子犬を不良が拾ってたから(2009.6.9)

人生にまだ意味があるならばこの角から出でよ食パン少女(2009.6.8)

永遠のフランスパンを受け入れる準備を終えてきみに逢いにいく(2009.6.6)

妹がバッタの足を引きちぎるスクールゾーンの標識は青(2009.6.4)

できるなら来世は烏賊か蛸か蜘蛛 たぶんそれでも置いてかれるけど(2009.5.29)

そこだけのまっすぐじゃもうごまかせないふたりの足の指に砂浜(2009.5.28)

ゆびはそう、ジェンガをぬきとるちからかげん 誰も知らない鍵がはずれる(2009.5.22)

きみがプリンを食べてるときのスプーンの凸面いっぱいに、しあわせの(2009.5.18)

まざまざと大統領は吾の目に脳漿をみなぶちまけてをり(2009.5.16)

定食屋で定食を食べるそのようにきみはわたしの世界のはしら(2009.5.12)

なにごとも本気でやれって父さんは言ったよね いま、全力で逃げてる(2009.5.11)

死になさいって渡されているこの縄をわたしは飾ってしまう気がする(2009.5.6)

「この事故で日本人の被害者はいない模様です。よい週末を」(2009.5.4)

一億の視線の上を飛翔する羞恥のあらば砕け散りをり(2009.5.1)

折れやすいかたちのわけを理解して雨上がりの朝ケータイをたたむ(2009.4.25)

ほっといてくれよだなんて言われても誰もお前に目を向けてない(2009.4.23)

そんな雲、そんなまっすぐな電柱、そんな反射するガードレール、(2009.4.23)

しまうまのしまを右から眺めても左から眺めてもしまうま(2009.4.21)

酒鬼薔薇聖斗の赤文字あざやかに消えたきころの我、浮かび来る(2009.4.19)

ローソンがマングローブを売るときのファミリーマートに起こるさざなみ(2009.4.17)

自信なき顔してわたしどうですかと訊きまわる自分好きのくずども(2009.4.16)

若者のニュースを見つつ湯を沸かす 上を目指してはじける数多(2009.4.13)

賞味期限ひとつき過ぎた煉瓦色のココアを崩して溶かす夕暮れ(2009.4.9)

人間のあたたかさだけ受けてきた体温計の背負うべきもの(2009.4.6)

なんだってできると思うかぎりない春の一日を行け飛翔体(2009.4.5)

ミサイルはおそらく夜の海になるローソンの上を横切っていく(2009.4.4)

受け取った螺旋のバトン受け渡す見込みのないまま走りつづける(2009.4.1)

真剣にふざける放物線としてこんなにばかみたいに晴れます(2009.3.30)

あれはまあ怪我の功名だったわといつかお前に話せるように(2009.3.30)

卒業の筒はかっぽんかっぽんと三年分のからっぽの音(2009.3.28)

なにもかもおまかせしますわたくしは石油を量るのにいそがしい(2009.3.26)

空にまでふられてしまう雪のなか拾った傘も破れています(2009.3.26)

どうせなら大きく書けばいい 冬の満月、身長、未来の自分(2009.3.25)

ふるさとの君の怒りを聞きながらまだ東京の月を見ている(2009.3.24)

墓石の下に広がる樹形図の端の小枝の俺も、元気です(2009.3.24)

人はみな押し流されて生まれ来る 川よ永劫ひたむきであれ(2008.11.19)

栃木群馬埼玉長野山梨と岐阜滋賀奈良にはハロー警報(2008.11.19)













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鎌倉文士一覧

2016年08月18日 | ビーズのつぶやき
芥川龍之介(『羅生門』)・鮎川哲也(『ペトロフ事件』などの推理小説)・有島生馬(白樺派の作家『蝙蝠の如く』)・安西篤子 (『張少子の話』で直木賞)・井上ひさし(『吉里吉里人』で読売文学賞)・円地文子(『女坂』)・大岡昇平(『俘虜記』)・岡松和夫 (『志賀島』で芥川龍之介賞)・大仏次郎(『鞍馬天狗』シリーズ)・川端康成(『雪国』)・北畠八穂(『鬼を飼うゴロ』で野間児童文芸賞)・国木田独歩(『武蔵野』)・久保田万太郎(『三の酉』で読売文学賞)・久米正雄(『破船』)・胡桃沢耕史(『黒パン俘虜記』で直木賞)・黒沼健(東宝映画『空の大怪獣ラドン』の原作小説)・小島政二郎(『大寺学校』)・小牧近江(金子洋文らと『種蒔く人』を創刊)・今日出海(『天皇の帽子』」で直木賞)・早乙女貢(『會津士魂』で吉川英治文学賞)・里見弴(『安城家の兄弟』)・志賀直哉(『暗夜行路』)・澁澤龍彦(『唐草物語』で泉鏡花文学賞)・島木健作(『生活の探求』)・神西清(『ワーニャ伯父さん』の翻訳で芸術選奨文部大臣賞)・高橋源一郎(『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞)・高見順(『如何なる星の下に』)・高山樗牛(『滝口入道』)・竹山道雄(『ビルマの竪琴』)・立原正秋(『白い罌粟』で直木賞)・永井龍男(『黒い御飯』)・永井路子( 『炎環』で直木賞)・中山義秀(『厚物咲』で芥川賞)・長与善郎(白樺派の作家『青銅の基督』)・なだいなだ(『お医者さん』で毎日出版文化賞)・林房雄(『大東亜戦争肯定論』を発表して大きな物議を醸した)・林不忘(牧逸馬、林不忘、谷譲次の三つのペンネームを使い分けた作家『丹下左膳』)・久生十蘭(『顎十郎捕物帳』)・広津和郎(『松川裁判』)・深田久弥(『津軽の野づら』)・藤沢周(『ブエノスアイレス午前零時』で芥川賞)・舟橋聖一(『雪夫人絵図』)・保坂和志(『この人の閾』で芥川賞受賞)・三木卓(『鶸』で芥川賞)・山本道子(『ベティさんの庭』で芥川賞)・柳美里(『家族シネマ』で芥川賞)・横溝正史(『犬神家の一族』などの金田一耕助シリーズ)・吉屋信子 (『徳川の夫人たち』)・渡辺温(『氷れる花嫁』)・蒲原有明(詩集『独絃哀歌』『春鳥集』)・三好達治(詩集『測量船』)・中原中也(詩集『山羊の歌』『在りし日の歌』)・西脇順三郎(詩集『旅人かへらず』)・堀口大學(翻訳詩集『月下の一群 』)・尾崎喜八(詩集『田舎のモーツァルト』)・佐佐木信綱(歌誌『心の花』を創刊)・吉野秀雄(歌集『寒蝉集』)・太田水穂(歌集『つゆ艸』、妻・四賀光子と共に歌誌『潮音』を創刊)・四賀光子(歌集『藤の実』)・尾崎左永子(歌集『さるびあ街』)・高浜虚子(『虚子句集』)・松本たかし(句集『石魂』で読売文学賞)・石塚友二(石田波郷創刊の句誌『鶴』の二代目主宰)・荻原井泉水(新傾向俳句機関誌『層雲』の主宰)・真船豊(戯曲『鼬』『「遁走譜』)・小林秀雄( 評論『様々なる意匠』)・中村光夫(『谷崎潤一郎論』『志賀直哉論』)・吉田健一(『英国の文学』『シェイクスピア』)・佐藤正彰(『ボードレール雑話』)・江藤淳(『海は甦える』)・吉田秀和(『二十世紀の音楽』『ヨーロッパの響、ヨーロッパの姿』)・なかにし礼(著名な作詞家)

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島田幸典作『駅程』所収作鑑賞(其の9)

2016年08月15日 | ビーズのつぶやき
○  つつましき音を立たせて水はカバンに揺るる昼の市バスに

 「思わざる綾」という九首連作中の三首目の作品であるが、三句目中の「水」に「エヴイアン」とのルビが施されているので、三句目は「エヴイアンは」と読むのである。
 ところで「エヴイアン」とは、世界的に有名なあの「エビアン」、即ち「フランス・ダノン社のミネラルウォーターのブランド名」で、我が国に於いては、その製品=ミネラルウォーターがダノン社と提携した伊藤園と伊藤忠商事との合弁会社から一手販売されている。
 思うに、作者は普段からエビアンを愛飲していて、京都市営バスに乗って何処かへ出掛けようとした、この日の「昼」も、ペットボトル入りのエビアンを「カバン」に入れていたのであり、それは飲みかけの状態で「カバン」に入っていたのでありましょう。
 そのエビアンが、彼の乗った「市バス」がかすかに揺れるにつれて、ポトポトと「つつましき音を立たせて」揺れるのでありましょうが、作者の彼は、その「つつましき音」に親しみを感じ、エビアンというミネラルウォーターに我が身を委ねていることにささやかな安息感を覚えたのでもありましょうか。
 私たち本作の読者は、この一首から、この日の「昼の市バス」車内の静寂と共に、エビアンというミネラルウォーターに親しみを感じ、それを常飲しているが故に自分の健康に満足感を覚えている作者の、京都大学大学院の教授らしからぬ側面をも感得するべきでありましょう。
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島田幸典作『駅程』所収作鑑賞(其の8)

2016年08月13日 | ビーズのつぶやき
○  朝明ふと兆すよしなきよろこびはひとを歩ませさびしがらせる

 「朝明」に「あさけ」とのルビあり。
 「思わざる紋」と題しての九首は歌集『駅程』の巻頭を飾る連作であるが、本作はその一首目である。
 作中の「ひと」を作者自身として解釈すれば、本作の意は「朝明け方に作者はさしたる理由の無い喜びと共に目覚め、その勢いで妻女の手を携えて、いつもの朝の如くに自宅の近所を散歩する。自宅を出て、いつもの道を散歩し始めた当初は気付かなかったのであるが、妻と共に歩みを進めるにつれて、彼の心にいやましに募り始めたのは、『この朝明けに私の心に兆した喜びは、さしたる理由の無い喜びであったのだ。それなのに私は、事もあろうに妻女の手を携えて散歩をするなんて。こうしたことこそは私の生の淋しさ以外の何者でもない」といった気持ちなのである」といったところでありましょうか?
 私たち人間は、意識するとしないとに関わらず、自らの明日の生に不安を感じている。
 であるが故に、私たち人間は、翌朝目覚めた時に、「自分の手足がいつも通りに動く」とか、自宅に配達された朝日新聞の第一面のトップニュースが、「この度の内閣改造に依って防衛大臣の重責を担うことになった、右翼的な言動を以て知られる某女が、今年の敗戦記念日に靖国神社への参拝を止めるだろう」などといった、どうでも宜しいような事柄に事寄せて、喜びを感じたりするのである。
 本作の作者の場合は、ある日の「朝明」に「ふと」胸中に「兆」したそうした「よしなきよろこび」に操られて、それほどにも愛し合っているわけでも無い妻女と連れ立っての朝の散歩という事態を現出させる結果となり、また、そうした馬鹿げた行動に出でたが故の寂寥感を覚える結果とは相成ったのである。
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島田幸典作『駅程』所収作鑑賞(其の7)

2016年08月12日 | ビーズのつぶやき
○  蔬菜売る露店のひとは客おらぬときに蔬菜をしきり動かす

 私見に拠ると、朝市などで「蔬菜」や魚などの生鮮食品を鬻いでいる露店商は、人いちばい世間智に長けていなければならない。
 一首の意は「朝市などの『露店』で『蔬菜』を『売る』『ひと』の動きを観察してみると、彼ら露店商の『ひと』は、何故か不思議なことに、『蔬菜』を買う『客』が『おらぬ』ときに、『しきり』に売り物の『蔬菜』を『動か』している(が、あれはどうしたことであろう)」といったところでありましょう。
 恐らく彼ら露天商は、「より優先して売らなければならない品(見た目が良くない品とか新鮮味が薄れた品とか)を前面(場合に拠っては後面)に並べたり、萎れるのを防ぐために風入れをする為に『しきり』に『動か』しているのでありましょう。
 そうした人目を憚かる作業は「客」が「おらぬ」時にやらなければならないのであり、「露店のひと」自身もそうした必要な注意を怠ることなくやっているつもりでいるのであるが、本作の作者は、「天知る、地知る、何よりもこの島田幸典様の目が知っている」とばかりに、鋭い観察眼を「露店のひと」の怪しげな動きに注いでいるのである。
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島田幸典作『駅程』所収作鑑賞(其の6)

2016年08月11日 | ビーズのつぶやき
○  ちんどん屋さびしき曲の去りしのち泰山木の花は残れり

 「ちんどん屋」の奏でる「さびしき曲」と「泰山木」の白い花とは通い合うものがある。
 「ちんどん屋さびしき曲の去りしのち」も街頭に咲いている「泰山木」の白い花は「ちんどん屋」が街の人々に残していった寂しい贈物なのかも知れません。
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島田幸典作『駅程』所収作鑑賞(其の5)

2016年08月10日 | ビーズのつぶやき
○  わかくさの妻はもわれのかたわらに所を占めて寝返りをうつ

 「わかくさの」とは、「若草が柔らかく瑞々しいところから、〈つま(妻・夫)〉や〈新 (にひ)〉に係る枕詞」として用いられる。
 ところで、作者の島田幸典は、京都大学大学院法学研究科の教授であり、評者としての私の偽り無い気持ちからすれば、天下の京大の大学院の教授様ともあろう者が、自らの老妻を指して「わかくさの妻」などと言うのは、いささか以て羨ましいと言うか、許せないと言うか、いささかならず複雑な気持ちになったりするのであるが、しかしながら、それは私の僻み根性の為す業と言うべきである。
 何故ならば、彼・島田幸典は、1972年5月27日生まれであるから彼の年齢は未だ四十路半ばであり、国立大学の大学院の教授様ともなれば、一般的に晩婚も晩婚、念願叶って博士号を得て、栄えある教授の椅子に座ってから、自らの年齢の三分の二にも充たないうら若い美女を娶るということが一般的に傾向であるから、彼・島田幸典の「妻」たる女性は、文字通りの「わかくさの妻」というべき才色兼備の女性でありましょう。
 それはそれとしても、その「わかくさの妻」たる才色兼備の女性に注ぐ、作者・島田幸典の視線はなかなかに厳しい。
 一首の意は「(恐れ多くも京都大学大学院法学研究科の教授である)私の『妻』は、若く美しい女性であり、世間一般的な言い方を以てすれば『わかくさの妻』というところであろうが、それはあくまでも、世間の物差しで以て測った場合のことであり、この私の物差しで以てすれば、ただの若い女性に過ぎない。そのただの若い女性に過ぎない私の「妻」は、今夜は、三つ指突いて『お先に休ませていただきます』と言って就寝するどころか、、あろうことか、この教授様の私の『かたわらに』にのうのうと『所を占めて寝返りをうつ』などの体たらくである。こうした教授を教授とも思っていないような遣り方は到底許し難いことではある。だが、よくよく熟慮してみれば、この才色兼備の女性を妻にした時の事情が事情であるから、今夜のところは目を瞑っておくとしようか」といったところでありましょうか?
 だとしたら、「京大大学院の教授様とて所詮人の子」といったところでありましょう。
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島田幸典作『駅程』所収作鑑賞(其の4)

2016年08月08日 | ビーズのつぶやき
○  くすのきの下に憩える軽トラの窓のガラスに葉影はあそぶ

 「くすのき」は大樹を成す事が多く、西日本に多く見られる樹木である。
 題材となっているのは、京阪神地方の真夏の長閑な風景であると同時に、その長閑で自由な光景に羨望感を抱いている作中主体(=作者)の心境である。
 作中の「軽トラ」は、「くすのきの下」に停っているのではなく、憩っているのである。
 また、「くすのき」の「葉陰」は「軽トラの窓のガラス」に映っているのではなく、我が身を「軽トラの窓のガラス」に映して遊んでいるのである。
 「軽トラ」の運転手は、「寄らば大樹の下」という訳で、神社の境内に立っている楠大樹の下に我が愛車「軽トラ」を停めて、ブックオフで漫画の立ち読みでもしているのかも知れません。
 斯して、「くすのき」の「葉陰」は勿論のこと、「くすのき」の「葉陰」を自らの「窓のガラス」に映している「軽トラ」も、その「軽トラ」の運転手も、この暑さの中で仕事に追い捲られている作者に、こよなき羨望感を与える存在として作者の目に映っているのである。
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