臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(7月18日掲載・其のⅠ・必読決定版)

2011年07月20日 | 今週の朝日歌壇から
[佐佐木幸綱選]

○  吹き抜けに子らの泣き声響かせて図書館の夏開幕となる  (横浜市) 桑原由吏子

 夏休みに入る直前の七月の土曜日の出来事でありましょう。
 野毛山公園の一廓に在る横浜市立図書館が、当日から夏休み末にかけて、学校での勉強から解放された(或いは、行き場を失った)児童生徒の為に、童話絵本の“読み聞かせ”などの子供向け行事も企画したということで、午前十時の開館と同時に大勢の人々が駆け付けた。
 中には教育熱心なお母さんに連れられた就学前の幼児も居たのである。
 開館と同時に、椅子席の大部分は高校生や高齢者などに占領されてしまった。
 そこで、格別勉強することを目的として遣って来たという訳でもない児童や幼児たちの多くは、閲覧室前の「吹き抜け」に群がり、中には「泣き声」を「響かせ」る者さえ出て来るという始末となったのである。
 本作の作者・桑原由吏子さんは、同館の司書職員、或いはボランティアの方でありましょうか?
 「図書館の夏開幕となる」という、かなり硬直した言い方からは、図書館職員としての作者の、「今年の夏もいよいよ始るのか!」という、期待感の伴った緊張感が感じられ、なかなかの佳作とは思われるのであるが、それでもやはり、「開幕となる」という硬直した表現にたいしては、かなりの違和感を覚える鑑賞者が居ると思われるのである。
 〔返〕  吹き抜けに一輪車の子も遊び居て読書もならぬ夏の図書館   鳥羽省三


○  くまんばちはなばちてふてふあぶも来る瓦礫の庭にラベンダー咲き  (いわき市) 伊藤雅水

 被災地“いわき”の「瓦礫の庭」にもいよいよ本格的な夏が訪れたのでありましょう。
 数年前に植え付けた「ラベンダー」が季節を忘れないで道端の「瓦礫」の中に「咲き」、その花の蜜を慕って「くまんばち」「はなばち」「てふてふ」、更には「あぶも来る」のである。
 「くまんばちはなばちてふてふあぶ」と昆虫名を並べ立てた表現の部分は、「熊ん蜂・花蜂・蝶々・虻」と漢字書きにする手もあったと思われる。
 だが、作者としては、ひらがな書きにすることに因って、柔らかさや優しさなどを醸し出す狙いもあったのでしょう。
 また、それと同時に、「蝶々」を「てふてふ」と表記して、作者ご自身の“古典仮名遣ひ”や“文語”に対する趣味傾向をも表したかったのでありましょう。
 〔返〕  町長がてふてふ頭に止まらせて反町長派と丁々発止   鳥羽省三


○  呑まれたる町に干し物揺れる家荒野に花の咲いているがに  (仙台市) 村岡美知子

 作者としては、首尾良く仕立て上げたつもりの一首でありましょうが、評者の語感覚からすると、末尾の「がに」という上代の副助詞の使用に違和感が感じられるのである。
 結社誌などにも、時折り、この副助詞「がに」を用いた作品が見られたりするのであるが、いかにも知ったかぶり、或いは“苦肉の策”という感じが否めないのである。
 何よりも、「荒野に花の咲いているがに」といったように、末尾にこの濁音の「がに」を置くと、せっかく咲いた「花」の美しさが損なわれてしまうような感じになってしまうのである。
 〔返〕  藻屑がに高脚がにに鱈場がに蟹は旨いが価格が高い   鳥羽省三


○  恥ずかしくて素直になれぬ吾がこころハグする替りに肩もむ仕草  (下野市) 石田信二

 「ハグする」という流行語を用いているが故の入選のようにも思われますが、同じことを理由にしてこの作品を否定する鑑賞者も居りましょう。
 恥ずかしがり屋は何処にも居るもので、学生やOLなどの若者が「ハグする替り」にと「肩」を「もむ仕草」をしている光景は、この頃では、地下鉄駅や街角などの至る所で目にすることの出来る、現代的な風俗である。
 〔返〕  ハグすると思わせ頭の毛を毟る禿になりそうだから止めてね   鳥羽省三


○  はじめての子がかあちゃんと呼び始め我の呼称もかあちゃんになる  (横浜市) 小澤寛子

 “佐佐木幸綱選”中第一の傑作と思われる。
 私の連れ合いの翔子は、かつては、自分の二人の息子たちから「かあさん」と呼ばれていたのであるが、実の妹の家で子供が生まれ、その子がやっとカタコト言葉を話せるようになった頃に、翔子のことを「伯母さん」と言えずに、あろうことか「おす」と言うようになったことが原因で、妹の家の二番目の子も彼女のことを「おす」と呼ぶようになり、遂には、自分の二人の息子や自分の連れ合い、即ち、私からも「おす」と呼ばれるようになってしまったのである。
 この際、彼女の名誉の為に弁解させていただきますが、彼女、即ち、私の連れ合いの鳥羽翔子は、決して「おす」的な存在ではなく、どちらかと言えば、メス中の「めす」的な存在なのである。
 〔返〕  「鳩ぽっぽ」と呼んで下さいなどと言う男も居たね気持ち悪いね   鳥羽省三


○  海峡にくっきり浮かぶ下北は風力強し大間原発  (函館市) 武田 悟

 「海峡にくっきり浮かぶ下北は風力強し」までは大変宜しい。
 だが、その後に「大間原発」と付けたのは宜しくありません。
 〔返〕  晴れた日はくっきり見える下北も原発容認知事を支持した   鳥羽省三


○  笠ケ岳雪の馬形母の居し施設の春を思ひ出しぬ  (岐阜市) 後藤 進

 「笠ケ岳」に見える「雪の馬形」から、「母の居し施設の春を思ひ出しぬ」への繋がりが、かなりの力業と思われます。
 〔返〕  白馬に種まき爺さん見えたから鯛焼きシーズンそろそろ終わり   鳥羽省三


○  六月の梅雨の切れ目の昼前のうす日の中を猫が帰り来  (川越市) 小野長辰

 「六月の」「梅雨の」「切れ目の」「昼前の」「うす日の」「中を」と、随分と長く重々しい連体修飾語を背負っての「猫」のご帰館である。
 〔返〕  台風の雨の晴れ間の夕方の薄日の中の猫の眼のよう   鳥羽省三


○  ちちははを仲良く並べ朝の風軽トラはゆく早苗田のなか  (兵庫県) 高垣裕子

 軽トラの荷台に人間を乗せてはいけません。
 だが、走行している道路が“農免道路”であるから、地元の警官も大目に見ているのでありましょう。
 〔返〕  早稲田出のピツチャーどいつも使えない軽トラ程度の急速だから   鳥羽省三  


○  紫陽花に記憶辿ればまだあやめ組だった頃の我が呼ぶなり  (桜井市) 田村美由紀

 「紫陽花に記憶辿れば」と詠い出し、「まだあやめ組だった頃の我が呼ぶなり」と纏める、花関連の展開にはかなりの強引さが感じられ、いただけません。
 〔返〕  紫陽花に記憶辿れば大船の駅で食べたる駅弁の味   鳥羽省三


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