臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今日の一首

2017年06月21日 | 我が歌ども
○  洗はれて浜辺の秋に晒されて月の雫に濡れたり寛衣   鳥羽省三

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
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「現代詩手帖・2017年1月号」より

2017年06月17日 | 古雑誌を読む
      玄冬沈思    中村稔

 
  透明な空にすっくと茎を立て、その先端に
  光をうけとるかのように黄の花弁をひろげるツワブキ、
  深い緋色の花々をつけていたホトトギスも
  いま色褪せて、すでに冬はふかい。

  私は憤ることに倦きている。
  憤ってどうなることでもないと知っているから。
  私は諦めることに倦きている。
  諦めるより他ないと知りすぎたから。

  私は残された歳月を思うことに倦きている。
  いつ不意に私に残された歳月が終るか分らないから。
  私はボロ布のように生きている。
  私は空虚で、ひどく傷ついてきたから。

  私は地鳴りのような地底の声に耳をすます。
  来る日も来る日も死者の列が続いている。
  首うなだれた死者たちは夕陽を浴びながら
  口々に私たちは無辜にして死んだのだと呟いている。

  私は透明な空にすっくとして立つツワブキに見やり、
  色褪せてなお可憐なホトトギスを見やり
  いま私が生きている貴重な時間が過ぎ去り、
  過ぎ去っていく時間を無心に見やっている。



 中村 稔(なかむら みのる、1927年1月17日 - )は、詩人、弁護士・弁理士、評論家。日本芸術院会員、日本近代文学館名誉館長。千葉県木更津市生まれ。父・光三は、尾崎秀実、リヒャルト・ゾルゲの予審担当の主任判事[1]。東京府立第五中学校から第一高等学校を経て、1950年、東京大学法学部卒。大学在学中に司法試験に合格し、1952年弁護士・弁理士登録。1946年『世代』に参加、1950年第一詩集『無言歌』を刊行。1967年詩集『鵜原抄』で高村光太郎賞、1977年詩集『羽虫の飛ぶ風景』で読売文学賞(詩歌俳句部門)、1988年『中村稔詩集 1944-1986』で芸術選奨文部大臣賞、1992年『束の間の幻影』で読売文学賞(評論・伝記)、1996年『浮泛漂蕩』で藤村記念歴程賞、98年日本芸術院会員、『私の昭和史』に至る業績で2004年度朝日賞、2005年『私の昭和史』で毎日芸術賞、井上靖記念文化賞受賞。2006年から10年まで芸術院第二部長。2010年、文化功労者。2017年、『言葉について』で現代詩人賞受賞。宮沢賢治、中原中也の評論・伝記は複数著した。日本近代文学館理事長を経て名誉館長。弁護士・弁理士としては、知的財産法一般を専門とする。1952年に中松澗之助が代表者であった中松特許法律事務所(現中村合同特許法律事務所)に入所。中松の急逝後の1974年から1993年まで、中村合同特許法律事務所代表パートナーを務め、現在は同事務所パートナー。日本弁護士連合会無体財産権制度委員会委員長(1979年 - 1981年)、国際知的財産保護協会本部執行委員(1966年 - 1991年)、日本商標協会会長(1988年 - 1995年)などを歴任し、「知財の中村」と称されている。
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今日の一首

2017年06月14日 | 我が歌ども
○  夕食は午後の九時過ぎデパ地下で50%引きの刺身を買って  鳥羽省三
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今日の一首

2017年06月13日 | 我が歌ども
○  釣ってから三日も経ったマグロだが刺身にしても美味しいですよ  鳥羽省三
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今日の一首

2017年06月12日 | 我が歌ども
○  「『消そ!消そ!』ど今更言っても消されねど火を点けだのはおめではないが!」   鳥羽省三
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結社誌「かりん」2017・5月号より(若月集より抜粋)

2017年06月09日 | 結社誌から
○  台のうえに足曲げ座り照射受けるわたしは極東の冷たい彫像   古田香里(藤沢)

○  如月の爪先の骨欠けており全きことまた遠のいていく

○  爪先の小さな骨が折れたとて骰子つくるに足りない大きさ

○  楊貴妃は器のようで愛されるためにはからっぽでなければだめだ

○  空をゆく鳥のかげ激しく横切りて翼竜夢見る駅のホームに

○  パティスリーは海辺にありてそこに行く世界は童話ほど美しくない

○  コロッケの匂いの小町通りにも『騎士団殺し』積まれておりぬ
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犬塚勉略歴

2017年06月05日 | ブログ逍遥
*** 犬塚勉略歴 ***
1949年10月15日 犬塚忠次、洋子の四男として川崎市に生まれる
1956年3月 6歳 東京都南多摩郡稲城村(現稲城市)に転居。多摩丘陵と多摩川の自然に囲まれて育つ
1976年3月 26歳 東京学芸大学大学院修了
1976年4月 東京都町田市立鶴川第二中学校美術科教論として赴任
1978年 夏 28歳 スペインの南部アンダルシア地方を中心に遊学
1979年3月 29歳 竹花陽子と結婚
1979年夏 スペインの北部カタロニア地方を中心に教会などを訪ねる
1980年4月 30歳 東京都多摩市立北豊ヶ丘小学校図工専任教論として転任
1980年夏 北海道の旅 大雪連峰旭岳で初めての本格的登山 *
1980年9月 「塗り込められた記憶A」第48回独立展入選
1981年8月 笛吹川東沢を溯行 雨のため途中で断念 *
1981年9月 青木鉱泉~鳳凰三山縦走
1982年6月 東沢溯行~甲武信岳。自然を味わい、以後登山にのめり込む
1982年7月 笛吹川ヌク沢左俣、東沢東のナメ沢~鶏冠尾根
1982年8月 甲斐駒ヶ岳黄蓮谷右俣烏帽子沢溯行
1982年10月 33歳 北沢~北岳~池山吊尾根~芦安。途中から雪になる
1983年1月 長男、嶺(りょう)誕生
1983年2月 広沢寺の岩場
1983年4月 転付峠~荒川三山~赤石岳東尾根~椹島
1983年5月 奥多摩・つづら岩
1983年7月 西穂高岳~奥穂高岳~槍ヶ岳~燕岳縦走
1983年8月 扇沢~針ノ木岳~五色ケ原~立山~剱岳~ハシゴ段乗越~内蔵助平~黒四ダム
1984年2月 34歳 雲取山 大雪のため、初めての本格的冬山となる
1984年3月 八ヶ岳・硫黄岳~赤岳縦走 ピッケル、アイゼンを初めて活用する
1984年4月 奈良田~大門沢~農鳥岳~間ノ岳~北岳~池山吊尾根~奈良田
1984年6月 丹沢の黍殻山草原でスケッチ。密度の高い草原の絵を描く技法を考えついたことで、後の作品に大きな影響をもたらした
1984年8月 ブナ立尾根~烏帽子岳~雲ノ平~薬師岳~五色ヶ原~平ノ小屋~黒四ダム
夜叉神峠~鳳凰三山~甲斐駒ヶ岳縦走
「ひぐらしの鳴く」第20回神奈川展入選
1984年9月 大樺沢~北岳~両俣~仙塩尾根~仙丈岳~北沢峠縦走
1984年11月 35歳 大樺沢~北岳往復 八ヶ岳・地蔵尾根~横岳~硫黄岳~黒百合平~渋ノ湯
1984年12月 渋ノ湯~天狗岳~硫黄岳~地蔵尾根~行者小屋~阿弥陀岳往復
1985年1月 笛吹川東沢アイスクライミング。氷の廊下を歩き、凍った沢の美しさに魅了される
1985年2月 厳冬期甲斐駒ヶ岳。黒戸尾根八合目手前で強風のため断念
1985年3月 白根御池から北岳往復。芦安から歩く
1985年5月 槍沢~槍ヶ岳~東鎌尾根~燕岳縦走
「林の方へ」第1回多摩総合美術展入選
1985年8月 北岳~塩見岳~赤石岳~小渋川~飯田
中央アルプス・宝剣岳~中岳~木曽駒ヶ岳縦走
1985年9月 北岳登頂 *
1985年10月 36歳 次男、悠(ゆう)誕生
1986年2月 八ヶ岳・行者小屋をベースに阿弥陀岳~横岳
1986年3月 鹿塩~三伏峠~塩見岳往復。吹雪とラッセルに苦闘する
1986年5月 槍ヶ岳~東鎌尾根~燕岳縦走
「梅雨の晴れ間」第2回多摩総合美術展入選。
1986年8月 白馬岳~唐松岳~八方尾根 奥穂高岳~北穂高岳縦走
1986年12月 37歳 奈良田~大門沢~間ノ岳~北岳~池山吊尾根~奈良田。強風と雪の中の縦走
1987年2月 「山の暮らし」第1回多摩秀作美術展入選
1987年4月 東京都八王子市立川口小学校図工専任教諭として赴任。同時に、多摩の団地から東京都西多摩郡五日市町(現あきる野市)の養沢に転居
1987年5月 「森の昼食」第3回多摩総合美術展佳作
1987年8月 扇沢溯行~小太郎山~北岳~両俣~仙丈岳~北沢峠縦走
1987年9月 奥多摩・三頭山三頭沢溯行
家族で上養沢から七代ノ滝、綾広ノ滝を経て大岳山
大型カメラとカラー引き延ばし機を使い、絵画制作のための写真を自分で現像し始める
「私の夏休み」第23回神奈川県展入選
1987年10月 38歳 鳩待峠~尾瀬ヶ原~尾瀬沼往復。「晩秋の山旅」のイメージを生む
1988年1月 八ヶ岳撮影行。黒百合平~天狗岳~硫黄岳~横岳~地蔵尾根~美濃戸。じっくり写真を撮り思索にふける
1988年2月 ブナを求めて再度三頭山へ
「晩秋の山旅」第2回多摩秀作美術展入選
1988年4月 八ヶ岳・阿弥陀岳北稜登攀
1988年5月 「ブナの森からⅠ」第4回多摩総合美術展大賞
1988年7月 絵画のモチーフを水と石にすることを決め、以後、沢へ足を運ぶ
大雲取谷、盆堀川棡葉窪溯行
1988年8月 檜枝岐川下ノ沢~会津駒ヶ岳~中門岳。
恋ノ岐川オホコ沢~平ヶ岳。大自然の奥ふところへ入っていくときの感動が、絶筆「暗く深き渓谷の入口Ⅰ・Ⅱ」のイメージとなる。渓谷を表現する構想の一部。帰路、尾瀬の燧裏林道を歩く
1988年9月18日 丹波川・小常木谷~岩岳沢溯行
1988年9月23~26日 谷川連峰赤谷川本谷から平標山へ向かう途中、悪天候のため遭難 エビス大黒ノ頭にて力尽き永眠

*印以外の山行はいずれも単独行  


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「勺禰子さんの短歌」鑑賞

2017年05月14日 | ブログ逍遥
短歌人 2010年5月号卓上噴水 
  暗越(くらがりごえ)奈良街道  勺 禰子(しゃく・ねこ)
                             
猥雑にくりかへしては生れ消ゆる町に街道あまた交差す

鶴橋は焼肉のみがにほふではあらで鮮魚のあかき身にほふ

行き先は「鮮魚」と示されエプロンの伊勢湾の人ら乗る鮮魚列車

生きてゐたもののにほひがきはまりて鶴橋人情市場は充ちる

両岸に茶屋ありしといふ二軒茶屋跡から暗峠を目指す

旧道を辿り暗峠まで今日のふたりとして今日をゆく

すひかけのつつじがいきをふきかへしすひかへすやうなくちづけをする

きちんと育てられたんやねと君は言ふ私の闇に触れてゐるのに

夜が白みはじめるころにふくらみを増しくる咎を抱きつつ眠る

誰一人包むことなくひつそりと山に抱かれ眠る廃村

この雨と湿気を吸ひし十津川の黒き森育つやうに止まらぬ

野良猫は飼へぬわたしもそのやうなもので互ひの視線を逸らす

思ひ出せぬことだとしても前世をつぐなへと奈良はしづかに告げぬ

吉野葛白いダイヤをやはらかくふふめばやはらかに溶けてゆく

足早にゆく君の朝思ひつつ私も歩幅を整へてゆく

吉野では「鬼も内」だと君がいふ今年の桜はひとかたならず

残された後のひとりを思はせて乗り換へる山のホームは寒い

はつきりとわかる河内へ帰るとき生駒トンネル下り坂なり

相聞のかぎりと思ふ峠からみえる道行きみえぬ道行き

君を待つ峠の茶屋でひとり待つ夢の中では森はやさしい


短歌人 2017年5月号  南都八景
リヤカーで押して担いで根のついた竹を運びぬ二月堂まで

南円堂前の燈籠らくがきも墨ゆゑ残ると君が指さす

プラスチックの芝生保護材あらはなり猿沢池の柳の下に

今はなき轟橋の敷石をいまだ観光気分で踏みぬ

越えずにはどこにもゆけぬ佐保川に日ごとふくらむ桜のつぼみ

しかせんべい知らぬ個体もありぬべし聖武天皇陵に住む鹿

鹿の毛並みも若草山も写真とは違ふ景色があるあたりまへ

少しづつ日常になる奈良のまち自転車にのり雲居坂のぼる


短歌人 2017年4月号  宇和奈辺小奈辺
佐紀の地に前妻後妻もろともに仁徳なる人いまだ眠れず

陵墓参考地ふたつを割つて南端に瓦屋根つけて奈良基地はあり

稚拙な愛にあふれて「空が好き!」といふ戦闘機かがやく青きポスター

偽物の大極殿の上空にブルーインパルス描くハート型の雲

朝靄の大極殿の鮮やかな朱塗りはぶざま 荒野が恋し

短歌人 2017年3月号  追鶏祭(とりおひさい)
見えぬ鶏を追ふ所作三度繰り返す午前三時の妖しき境内
 
さまざまな罪を塗りつけられながら生きてきた鶏はそれも知らずに
 
禁忌とは渇望をさす行為ゆゑ追ひ払はれることのすがしさ
 
息長帯比売命の怒りに流されし鶏がひそかに今を息衝く
 
養鶏を奨励したといふ宮司大正デモクラシーの曙光浴びつつ
 
「たつた揚げプロジェクト」の幟はためいて竜田川に放たれし鶏をおもほゆ


短歌人 2016年11月号  新しき世界
並びゆけば肩も触れ合ふ細き細きジャンジャン横丁をかの日あゆめり

   発祥と言はれしも

千成屋珈琲店のミックスジュース飲んだかどうかの記憶おぼろに

奥の席で話し込みしをいつしかに店のおばちやんが相槌ち打てり

   ひそと閉店

意外にも珈琲は洗練されて千成屋珈琲店は雑味なき店

ニュー・ワールドへたどり着くため冬の寒い雨の新世界をきみとあゆめり

見下ろせば瓦屋根多きこの街の初代通天閣の絢爛

恵美須東といふ町名はありながら常にひらけてゆく新世界


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「本田瑞穂歌集『すばらしい日々』」鑑賞

2017年05月12日 | 諸歌集鑑賞
○  まひるまにすべてのあかりこうとつけたったひとりの海の記念日

○  髪の毛のかかる視界でこの町を見ていたのびていくあいだじゅう

○  双子座をわたる惑星心臓の音が聴こえてきそうなくらい

○  誰も知らないことなのに両腕に鳩をあつめるあのおじさんは

○  はじめからゆうがたみたいな日のおわり近づきたくてココアをいれる

○  コーヒーをむらすたまゆら香りたちひとり暮らしで覚えたことは

○  バスタブに水を満たして一日の確かに冷えてゆくまでを見る

○  そういえば、友の便りに先の夫父になったと知る春炬燵

○  ソメイヨシノの泡いっぱいの窓ガラス 父はチューブで生かされ眠る

○  ひとは行くさくらの下をほほえんでひとりにならないように探して

○  晴れの日も自分の好きな色ひとつうしなっているこのごろの母

○  まっしろなさくらのかげがひらひらと落ちてくる橋母と渡りぬ

○  おまえは、おとうさん似と母が言うわたしの顔を見もせずに言う

○  稲の穂がさわぐわたしは母の手をひいていかねばならないだろう

○  からからとマーブルチョコはちらばって風邪ひきの日の夢のあかるさ

○  なかゆびのゆびわがひかる急に日が落ちたとおもう鏡の中で

○  手づかみで落したケーキひろいおりきのうの夢の瑞々しくて

○  夏ごとに黒くなる腕過ぎてきたひかり確かに刻まれてゆく

○  からからとマーブルチョコはちらばって風邪ひきの日の夢のあかるさ

○  すなどけいおちていくのをさいごまでみていたご飯の支度しなくちゃ

○  一日はすぐ四時になる食べかけたチーズケーキの思わぬ甘さ

○  なかゆびのゆびわがひかる急に日が落ちたとおもう鏡の中で

○  きょうまでのことをひとつのお茶碗ですませるような夜をつくろう

○  思い出の指輪をバケた歯ブラシでみがく あしたの天気予報は

○  三人だけの家族を照らす店灯りぜったい変わることのないもの

○  眠る前顔を洗っている母の音まだなのかもう終わるのか

○  病院の庭といるのはさみしくてきょう一日はなんの一日

○  この家の鍵を上手にあけるのは弟だけのわたしの家族

○  弟はわたしにつかめない空のなかを飛びおり生業として

○  友はいま舞台の上で琴を弾く海のむこうで生まれたひとと

○  ひとは行くさくらの下をほほえんでひとりにならないように探して

○  冬の陽は平等に射す街路樹も人も車も色を失う

○  八階の窓から見える艶のない街にコップの水をかけたい

○  地下鉄で卒園式の子を連れた人の現実感と行き会う

○  引越しの荷物見送り泣いていた友を今夜はわが家に泊める

○  忘れ物とりに戻った玄関のおぼえていたい靴の大きさ

○  どうしたら枯れるのだろう君といた五月の緑のような記憶は
 
○  踏切でひとの叫びに似た音がしたわたしいまここにいたのに

○  すばらしい日々を半音ずつ上がり下がりしながらやがて忘れる

○  澄んでいく町に味方はいらなくて帽子を深く被って歩く

○  言い訳も美談も恋も謙遜もなくて田んぼのなかの鉄塔

○  ぬけだしたみどりほうれん草よりもみどりの水となって流れる

○  受け止めることのできないあたたかい言葉残らずこの身を通れ

○  そろばんの背で線を引く母の引く境界線の今日はうちがわ

○  ひざこぞううつくしいのはつくりものきみはひとりで見つけなさいね

○  おかえりなさい海の色したブルドーザー町をひたひたくずしていく

○  すばらしい日々を半音ずつ上がり下がりしながらやがて忘れる

○  稲の穂がさわぐわたしは母の手をひいていかねばならないだろう

○  じゅんばんに遠いところへ近づいていく信号は青にかわって
 
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「虫武一俊歌集『羽虫群』」鑑賞

2017年05月10日 | 諸歌集鑑賞
○  舞う虫が織り成す闇と光との秀逸な対比のレトリック

○  目の前に黒揚羽舞う朝がありあなたのなにを知ってるだろう

○  羽虫どもぶぶぶぶぶぶと集まって希望とはその明るさのこと

○  よれよれのシャツを着てきてその日じゅうよれよれのシャツのひとと言われる

○  鴨川に一番近い自販機のキリンレモンのきれいな背筋

○  この夏も一度しかなく空き瓶は発見次第まっすぐ立てる

○  立ち直る必要はない 蝋燭のろうへし折れていくのを見てる

○  あすはきょうの続きではなく太陽がアメリカザリガニ色して落ちる

○  ゆるしあうことに焦がれて読みだした本を自分の胸に伏せ置く

○  殴ることができずにおれは手の甲にただ山脈を作りつづける   

○  くれないの京阪特急過ぎてゆきて なんにもしたいことがないんだ

○  草と風のもつれる秋の底にきて抱き起こすこれは自転車なのか   

○  口笛を吹いて歩けばここに野の来る心地する 果てまで草の    

○  ドーナツ化現象のそのドーナツのぱさぱさとしたところに暮らす

○  ああここも袋小路だ爪のなかに入った土のようにしめって

○  マネキンの首から上を棒につけ田んぼに挿している老母たち

○  いつも行くハローワークの職員の笑顔のなかに〈みほん〉の印字

○  雨という命令形に濡れていく桜通りの待ち人として

○  思いきってあなたの夢に出たけれどそこでもななめ向かいにすわる

○  ににんがし、にさんがろくと春の日の一段飛ばしでのぼる階段

○  目撃者を募集している看板の凹凸に沿い流れる光

○  ゆきのひかりもみずのひかりであることの、きさらぎに目をほそめみている

○  県道を越えてみどりのコンビニへ行く無保険のからだがひとつ

○  「生きろ」より「死ぬな」のほうがおれらしくすこし厚着をして冬へ行く

○  あかぎれにアロンアルファを塗っている 国道だけが明るい町だ

○  この夏も一度しかなく空き瓶は発見次第まっすぐ立てる

○  他人から遅れるおれが春先のひかりを受ける着膨れたまま

○  目撃者を募集している看板の凹凸に沿い流れる光

○  おれだけが裸眼であれば他人事に眼鏡交換パーティー終わる

○  この海にぴったりとした蓋がないように繋いだ手からさびしい

○  献血の出前バスから黒布の覗くしずかな極東の午後

○  一語一語をちゃんと区切って話されてなにが大事なことだったのか

○  電柱のやっぱり硬いことをただ荒れっぱなしの手に触れさせる

○  満開のなかを歩いて抜けてきたなにも持たない手にも春風

○  リニューアルセールがずっとつづく町 夕日に影をつぎ足しながら

○  しあわせは夜の電車でうたた寝の誰かにもたれかかられること

○  螺旋階段ひとりだけ逆方向に駆け下りていくあやまりながら

○  少しずつ月を喰らって逃げている獣のように生きるしかない

○  生きかたが洟かむように恥ずかしく花の影にも背を向けている

○  走りながら飲み干す水ののみにくさ いつまでおれはおれなんだろう

○  情けないほうがおれだよ迷ったら強い言葉を投げてごらんよ

○  弟がおれをみるとき(何だろう)黒目の黒のそのねばっこさ

○  丁寧に電話を終えて親指は蜜柑の尻に穴をひろげる

○  電柱のやっぱり硬いことをただ荒れっぱなしの手に触れさせる

○  へろへろと焼きそばを食う地下二階男五人の二十三時に

○  職歴に空白はあり空白を縮めて書けばいなくなるひと

○  三十歳職歴なしと告げたとき面接官のはるかな吐息

○  もうおれはこのひざを手に入れたから猫よあそこの日だまりはやる

○  行き止まるたびになにかが咲いていてだんだん楽しくなるいきどまり

○  異性はおろか人に不慣れなおれのため開かれる指相撲大会

○  いま高くはじいたコインのことをもう忘れてとびっきりのサムアップ

○  なんとしてもこの世にとどまろうとしてつぱつぱ喘いでいる蛍光灯

○  胸を張って出来ると言えることもなくシャツに缶コーヒーまたこぼす

○  のど飴をのどがきれいなのに舐めて二十代最後の二月を終える

○  恋人はおらず、たぶん童貞。そのことでまたくよくよしたり。

○  思いきってあなたの夢に出たけれどそこでもななめ向かいにすわる

○  ラブホテルの名前が雑で内装はこのまま知らず死ぬことだろう

○  唯一の男らしさが浴室の排水口を詰まらせている

○  相聞歌からほど遠い人里のわけのわからん踊りを見ろよ

○  三十歳職歴なしと告げたとき面接官のはるかな吐息

○  たぶんこの数分だけの関係で終わるのにおれの長所とか訊くな

○  関西にドクターペッパーがないということを話して終わる面接

○  なで肩がこっちを責めていかり肩が空ろに笑う面接だった

○  この先はお金の話しかないと気づいて口を急いでなめる

○  さくらでんぶのでんぶは尻じゃないということを覚えて初日が終わる

○  敵国の王子のようにほほ笑んで歓迎会をやり過ごす

○  終業はだれにでも来てあかぎれはおれだけにあるインク工場

○  吐きそうが口癖になる 吐きそうが同僚たちに広がっていく

○  呼べば応えてくれる仕組みを当然と思うなよ頬に照る街明かり

○  もう堪えきれなくなって駆け込んだ電車のつり革の赤いこと

○  水を飲むことが憩いになっていて仕事は旅のひとつと思う

○  二十一の小娘に頭を下げて謝りかたを教えてもらう

○  あかぎれにアロンアルファを塗っている 国道だけが明るい町だ

○  生命を宿すあなたの手を引いて左京区百万遍交差点

○  行き止まるたびになにかが咲いていてだんだん楽しくなるいきどまり

○  春の雨 器用さのない一例にカレー屋でナンちぎりきれない

○  傘袋、傘より脱げてはるざむの街の路面に溶かされてゆく

○  「正社員登用あり」と記された求人広告も花まみれ

○  ウォシュレットを取り付けているさびしさは便器に顔を寄せていること

○  商売と生活をつなぐ道に沿いビル立ち並び、その窓の空

○  ジャム売りや飴売りが来てひきこもる家にもそれなりの春っぽさ

○  パッチワークシティに暮らす人からの手紙や、ばらばらのチェスピース

○  水際に立ちつくすとき名を呼ばれ振り向くまでがたったひとりだ
 


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「高山邦男歌集『インソムニア』」鑑賞

2017年05月09日 | 諸歌集鑑賞
○  満月の滴る巨きな雲の下地虫のやうに群れるタクシー

○  縁ありて品川駅まで客とゆく第一京浜の夜景となりて

○  温かい気持ち未来より感じたり今際のわれが過去思ひしか

○  わが仕事この酔ひし人を安全に送り届けて忘れられること

○  タクシーの運転手としてつね語る景気の話題を師走から変へる

○  赤や青繰り返し点る夜の街のどこにもゐない点燈夫たち

○  赤信号ふと見れば泣いてゐる隣 同じ放送聞いてゐたのか

○  誰一人渡らぬ深夜の交差点ラジオに流れる「からたち日記」

○  冬近し客呼びをする街角の娘たち上着一枚羽織る

○  観客のゐない未明を蛇行してバイク煙らす新聞配達人

○  霊廟のやうな時間を漂はせ赤色燈を点す交番

○  交差点の巨き海星の歩道橋一夜をかけて巡る空あり

○  違和感を感じつつ貼る「がんばろう!東北」もつとおれが頑張れ

○  昨夜猫を轢き殺したるわれにして人の規則に許され働く

○  二番目となりて夜景に柔らかく東京タワーが灯せる心

○  ひとり帰る家路にわれは宥されて西日隈なくわが裡照らす

○  ワイパーが払ふ冷たき雨の夜の今日一日をゆく他はなく

○  四方を窓に閉ざされてゐる車内にて兵士の狂気思ふ夜あり

○  友達はラジオしかゐない運転手の耳殻に夜の潮が寄せる

○  気が沈む時浮かび来る 車中にて罵倒されたる記憶幾つか

○  工事中の赤いポールが並ぶ道 われも並びぬ物の如くに

○  湾岸の開発いきいき語りたる土建屋の夢の跡のお台場

○  深夜番コンビニの李さんは いつも含羞みながらレジを打つ

○  四方を窓に閉ざされてゐる車内にて 兵士の狂気思ふ夜あり
 
○  もう帰る?今日も母から言はれつつ仕事に出掛ける夜の街へと

○  冬の街ふと覗き見るブックオフ『幸福論』が吾を待ちゐたり

東京のタクシー運転手としての仕事の歌を中心に、斬新な着想、自在な用語で、東京という都市の現在をうたい、そこに生きる私たちの心の起伏をていねいにうたう。叙情詩としての短歌の可能性を果敢に追い求める作者の渾身の第一歌集。佐佐木幸綱・帯文より
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「三輪良子歌集『木綿の時間』」鑑賞

2017年05月09日 | 諸歌集鑑賞
○  子を三人みたり生みて育てし歳月はたとへば木綿のやうなる時間

○  白雲に〈まゐりました〉といふやうな消え方をさせ満月が出る

○  要介護5の<5>は鍵のやうな文字 春のとびらをこじ開けてくる

○  向きあひて菜豆のすぢ母とひく つういつういと日のあるうちに

○  虹のまた向かうに虹の立つ夕べ過ぎし人らの影を照らせり

○  崇福寺 正覚寺下 思案橋 サ行の音おんの響きあふ町

○  花筏あまた浮かべてたゆたひぬ海にとけ合ふ室見の川は

○  五十五歳の日に飾りたるむらさきの石冷えびえと首を温む

○  ジャンプ傘ザバッと開き帰りゆく相づちを打ちすぎたる夕べ

○  はい、恋に捨ててもいいと思ふ命すてずに今も持つてをります

○  鳴く蝉の一心不乱を「婚活」といふ友のゐてひと日かがやく

○  育児書の<余白>が大事 子育ては抱きしむること笑まふことから

○  一粒づつ梅を返せばその度に塩の濃くなる私のこころ

○  ねこじやらし揺らす三歳 全身で笑ふ一歳 椎の木かげに

○  攻撃は苦手なる子のポジションはいつもディフェンス風ばかり見て

○  息子とは楡のやうなり風すうと立たせて片手上げてゆくなり

○  ぎらぎらを過ぎてしらじらその後をしらしらと月照り渡りたり

○  「胡瓜断ち」「博多手一本」「鼻取り」や「鉄砲」山笠の言葉も奔る

○  二百歳、三百歳の樹が若者のやうな貌せりロンドンに生き

○  継ぐ者の絶えし故郷の墓を洗ふ段々無口になりゆく母と

○  緩びつつふはり惚けてゆく母を見ることもなし四十歳のままで

○  踏ん張つて夕焼け空を仰ぐ母さびしいともう言うてもええよ

○  おかあさんあなたの笑顔は世界一娘の名前忘れてゐても

○  われに倦み人に倦みたる秋ひと日カラスことばで話をしよう

○  どつさりと野菜買ひきて煮炊きする明日の鬱につまづかぬやう

○  「水瓶座」なる星なれば折々に泣きたいときを少し傾く


 家族をテーマにした一冊と言っていい。三人の子を育てた時間を「木綿のやうなる時間」と歌っている。木綿といえば、肌ざわりがよく、じょうぶ。通気性がよく涼しい、また
厚手にすれば温かい。三輪さんはきっと「木綿のやうな」母親だったのだろう。(伊藤一彦・跋より)
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「石本隆一歌集『赦免の渚』」鑑賞

2017年05月07日 | 諸歌集鑑賞
○  わが裡の逸り昂り解す黄の錠剤なればまず掌に遊ぶ

○  砂時計砂の軋みを巻きながらこの世の三分何事もなし

○  揺らぎつつ坂を行く人抱えたる紙の袋のおおよそは水

○  ファックスに頭蓋の裏を搔かれたり地球の廻り遅き暁(あかとき) 

○  定まらぬ冬の在りどの夕まぐれ消防署の車庫ひらかれて雨

○  石挟間矢挟間はるか町の辻見せ過りゆく犬こちら向く

○  畝なりに苗木育む村を過ぐ稚きものには稚き香あり

○  渋滞の尾の解れゆく涼しさや岩魚さながら行く車あり

○  神経の交差点をば食い荒らすウイルスの菌に夜半を目覚めつ

○  絨毯に杖なじまずと嘆きあう人おり華燭の宴のはずれに

○  やどかりの尾の尖収めゆくまでの心細さに蒲団ひきあぐ

<訃報>石本隆一さん79歳=歌人(毎日新聞)
2010-04-03 00:36:17
 石本隆一さん79歳(歌人)2010年3月31日、肺炎のため死去。葬儀は4月5日午前11時、東京都目黒区碑文谷4の21の10の碑文谷会館。喪主は妻晴代さん。
 [経歴]1930年・東京市芝区白金志田町の鉄工場の家に生まれる。戦時中は茨城県樺穂村に疎開した。茨城県立真壁高等学校を卒業後、中学校助教諭を経て早稲田大学第一文学部英文科卒。専攻はイギリス演劇。在学中に香川進主宰の歌誌『地中海』に参加する。大学院進学後、早稲田大学短歌会に入会。同じく会員であった小野茂樹を『地中海』に導いた。大学院を中退後、東京商業高等学校教諭を経て1964年に角川書店に入社。「短歌」編集部に勤務する。同年、第一歌集『木馬騎士』を刊行し、第9回現代歌人協会賞候補となる。1971年、第二歌集『星気流』で第18回日本歌人クラブ推薦歌集(後の日本歌人クラブ賞)に選ばれる。1972年、歌誌『氷原』を創刊、主宰となる。1976年に『蓖麻(ひま)の記憶』で第12回短歌研究賞受賞[1]。1984年に角川書店を退職し、文筆専業となる。『週刊サンケイ』・『高三コース』・『学文ライフ』・『月刊自由民主』・『自由新報』・『公明新聞日曜版』・『禅の友』などの短歌欄選者を担当した[2]。 
 [著書]
『木馬騎士』地中海叢書 1964
『星気流』新星書房 地中海叢書 1970
『石本隆一評論集 2 (白日の軌跡)』短歌新聞社 氷原叢書 1983
『鼓笛 石本隆一歌集』短歌新聞社 昭和歌人集成 1985
『短歌実作セミナー』牧羊社 1986
『石本隆一評論集・1/前田夕暮・香川進』短歌新聞社、1988
『石本隆一評論集 3 (律の流域)』短歌新聞社 氷原叢書 1990
『水馬 歌集』短歌研究社 氷原叢書 1991
『つばさの香水瓶 歌集』短歌研究社 氷原叢書 1993
『石本隆一評論集 8 (碑文谷雑記)』短歌新聞社 氷原叢書 1994
『現代短歌集成 石本隆一』沖積舎 1996
『流灯 石本隆一歌集』短歌新聞社 氷原叢書 1997
『石本隆一評論集 7 (歌の山河・歌の隣邦)』短歌新聞社 氷原叢書 1999
『やじろべえ 歌集』角川書店 氷原叢書 2002
『石本隆一評論集 9 短歌随感』短歌新聞社 氷原叢書 2003
『石本隆一評論集 6 (近現代歌人偶景 続)』短歌新聞社 2004
『木馬情景集 石本隆一歌集』短歌新聞社 新現代歌人叢書 2005
『いのち宥めて 石本隆一歌集』角川書店 2006
『赦免の渚 歌集』短歌研究社 2007
『石本隆一評論集 10 (短歌随感 続)』短歌新聞社 氷原叢書 2010
『花ひらきゆく季(とき) 石本隆一歌集』短歌研究社 2010
『わが命ちさく限りて 歌集』文芸社 2012
『石本隆一全歌集』短歌研究社 2016
『石本隆一評論集成』現代短歌社 2017
 [共編]
『現代歌人250人 現代短歌のすべて』岩田正、大滝貞一、大西民子共編集 牧羊社 1983
『日本文芸鑑賞事典 近代名作1017選への招待』全20巻 巌谷大四、大久保典夫、岡保生、小川和佑、尾崎秀樹、河竹登志夫、北小路健、紀田順一郎、中村明、松尾靖秋、村松定孝、吉田豊共編纂 ぎょうせい 1987-88
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「山本登志枝歌集『水の音する』」鑑賞

2017年05月06日 | 諸歌集鑑賞
○  翡翠はぬるめる水に零しゆく色といふものはなやかなものを

○  吹く風はさびしかれども幾つかづつ寄りあひながら柚子みのりゆく

○  書きながら見知らぬ人に書くごとく水に書きゐるごとく思へり

○  青き空そよげる若葉したたれる水の音するそれだけなれど

○  かなかなの声をきかむとだれもみな風見るやうな遠きまなざし

○  花芽大の胎児の写真示しつつ「心臓ばくばく動いてゐたの

○  地震つよく揺れゐるときもみどりごはいのちの泉深く眠れり

○  上目づかひに確かめながら眠りたり腕のなかのいとしきものが

○  夕道を帰りゆくなりあゆみが丘の子の家に点る窓の灯胸に

○  お腹の子がしやつくりしてゐるわかるのと愛しげに手を当てながら言ふ

○  新しき命と出会ひかけがへなき人を失ふ夏のふかみに

○  この秋の句点のやうなひとときか何おもふなく砂浜に立つ

○  をのこごはわが草傷に唱へたりイタイノイタイノトンデイケ

○  月光に照らされゐたる線路ありきどこへ行かうとしたのだらうか

○  死は〈かねてうしろに迫れり〉何ひとつ分からぬことを知るのみなのに

○  生まれたるばかりのみどりご何ゆゑにまぶしがりゐる眉しかめつつ

○  みなどこに行つたのだらう本の背にこの世の名前のこしたるまま

○  幼子をあやしゐたりしがほどもなく撃たれき戦場ジャーナリストの女性

○  羊水のぬくとさならむ池のなかにうつらうつらと蛙の卵   

○  目覚むればあとかたもなしかたはらの天使も天使の羽のにほひも   

○  こすれあひ火と火は痛きことなきやわれのどこかがくろずみきたり   

○  咲いたとか散つたとか夕空がとてもきれいと言ひつつ過ごさう   

○  白梟は目覚めつつをりまつさをな空にかかれる昼月のごと   

○  みどりごのためペットボトルの水お一人様一本といふを購ふ   

○  地下鉄の車窓に霊のごとゐるはわれが離れたかつたわれか   

○  月のミルクを飲みて育つと歌はれし葡萄かスペイン産の一房   

○  幼子をあやしゐたりしがほどもなく撃たれき戦場ジャーナリストの女性   

○  林のなかの落葉どんぐりつかみゐる小さなる手は光もつかむ    

○  オリオン座のきれいな季節めぐり来ぬ吸ひ込まれさう夜更けの空に

○  飛んでしまつた風船を追ひ泣きゐし子腕たくましく四人子の母




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「栗木京子第二歌集『中庭(パティオ)』」鑑賞

2017年04月25日 | 諸歌集鑑賞
○ 扉の奥にうつくしき妻ひとりづつ蔵はれて医師公舎の昼闌け

○ 女らは中庭につどひ風に告ぐ鳥籠のなかの情事のことなど

○ 天敵をもたぬ妻たち昼下がりの茶房に語る舌かわくまで

○ 庇護されて生くるはたのし笹の葉に魚のかたちの短冊むすぶ

○ やすやすと抱かれてしまふ女をり体温もたぬ劇画のなかに

○ 粉砂糖ひとさじ掬ひわたくしに足りないものは何ですかと問ふ

○ 茹でし黄身の周りわづかに緑色帯ぶるほどの羞恥か生くるといふは

○ 馬鈴薯の凹凸にナイフ添はせつつ意地悪さうにわが指動く

○ 夜の壁にサキソフォンたてかけられて身をふた巻きにする吐息待つ

○ 標的となるまでわれは華やがむ花びらいろの傘まはしあゆむ

○ 傘の先新芽のごとく空に向け春雷とほく鳴る街をゆく
   
○ ひらきたる傘を支へて漆黒の柄はぬめぬめとをみなの器官
  
○ 濡るることいまだ知らざる傘の花ひしめきてショーケース華やぐ
  
○ 傘の上を雨はななめにすべり落ち結末を知りつつも夢追ふ
  
○ レート高き賭してみたし夕風にすすぎ物あたま取り込みながら

○ 失せし物ふるさとの部屋の机の上に届きをらむと思ふ夕暮

○ サーカスにたとふればいかなる見せ場かといさかひののち夫に酒注ぐ

○ 夢のなかにいつか棲みつきし人をりて雪ふれば冬の表情をもつ

○ ひらかなを子にをしへつつ調教師は猛獣よりもさびしとおもふ

○ 真昼間のタモリの艶めくくちびるに舐められゐたりテレヴィに向きて

○ 耳かたむける仕種はなべて愛を帯び調律師光る絃に近づく

○ 思ひきり男の頬を殴りゐる少女照らして痩せぎすの月

○ 素直なる言葉はみじかき言葉なり夫に寄り添ひ夜の病舎出づ

○ 灯の下にあはき化粧をひき直す 罠と知りつつ蜘蛛は巣張るや

○ 葉洩れ日のをどる車窓にひとり坐す飼はれて泳ぐ身は晶しけれ

○ 止まりたる掛時計はづし裏返すなまなまと恥多きわが身は

○ 青年の右肺に管を送り来し夫の手夜更けのベッドより垂る

○ 若き脳ひらき見し手か爪まるき外科医の指をおそれつつをり

○ 背をかがめ子を抱くときの長身よ外科医の指はやはらかき鈎

○ 病巣を抉り来し夫の手の温さ魚を裂きたるわが掌冷ゆるを

○ 夕焼のもゆる広さはわづかにてもはや産まざる肉叢の冷え

○ わが四肢をマリネ漬けにせむ降りつづく雨にはかすか鬆き匂ひす

○ 春寒や旧姓繊く書かれゐる通帳出で来つ残高すこし

○ かじりゐるウェハース溶け前歯溶けわれも溶けゆく小春日の午後

○ 高層のオフィスにひとつ灯は残り遺影のごとく人かげ嵌る

○ 夫婦してダブルスを組み打ち交はす球の行方よ 退屈な雲

○ 踏切のむかうも小雨 煤けたる壁にE号棟とふ文字見ゆ

○ 海に沿ふ車窓にほくろと薄紅き唇昏れ残り女は泣きをり

○ せつなしとミスター・スリム喫ふ真昼夫は働き子は学びをり

○ 雛のすしに散らすみどりの絹さやのほろ苦きほどの愛保ちきぬ

○ あざやかに塗り分けられし人体図の臓腑を呑みてうつそ身昏し

○ 夜に入りてやうやくに雪やみしかな泣きて勝ちたるいさかひのはて

○ 粉砂糖ひとさじ掬ひわたくしに足りないものは何ですかと問ふ

○ 子のために面接試験に連れ立てりジオラマめきて冬の家族は

○ 飢餓感にちかき空腹感きざす雨のひと日を吾子とこもれば

○ 風落ちて平たくなれるゆふぞらにぎんがみかざし子は切りはじむ

○ 光れるは水のみとなる真夜中にしろがねのごときわが渇きあり

○ ひらかれし手術室(オペしつ)のごと明るくて高速道路の果ての給油所

○ いくつもの把手にふれしゆびさきは夜更けて吾子の耳たぶを撫づ

○ をり鶴のうなじこきりと折り曲げて風すきとほる窓辺にとばす

○ サンタナのハンドル握る朝々よ配所に夫と子を送るべく

○ つぎつぎにもの裏返し陽に晒す酷さを糧とし妻の日々あり

○ 悲しいとアイロン掛けがしたくなる衿先揃へピンと尖らせ

○ 実家にて寝坊してをり母の手がつぎつぎに生む音を聞きつつ

○ 浴身を清むるごとく冷蔵庫の内外ゆたかに磨き上げたり

○ 鍋に火を入れて酒精を逃しやる夏のただむきまだ白きまま

○ 大ばさみの男の刃と女の刃すれちがひしろたへの紙いまし断たれつ

○ 子の描きしクレヨンの線ひきのばし巻き取り母のひと日は終はる

○ 白あぢさゐ雨にほのかに明るみて時間の流れの小さき淵見ゆ

○ ゆで玉子銀のボールに冷しおき頭をよせてしばし吾子とねむらむ

 [反歌]  電子式返却装置をくぐりぬけ無菌化されたか『中庭(パティオ)』一冊
 
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