臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

一首を切り裂く(017:彼・其のⅢ)

2013年08月12日 | 題詠blog短歌
(ことこ)
彼だって家庭があってカナリアと貨物列車のカーテンを引く

 一見独身風ではあるが、その実、所帯持ちである。
 「彼」の家は狭い中層集合住宅の一室、否、1LDKと云うから、部屋は一応二室在る。
 僅か二つの部屋には、それぞれ日の当たらない崖に面して窓が在り、それぞれの窓には安手の布地で仕立てられたカーテンが引かれている。
 十二畳大の夫婦の寝室兼リビングルームのカーテンには歌を忘れたカナリアの模様がプリントされていて、一粒種の幼稚園児が独占している六畳大の洋間のカーテンには、かつて南満州鉄道のレールの上を走っていたとされている蒸気機関車に牽かれた貨物列車の写真が印刷されているのである。
 起床一番、この二ヶ所のカーテンを開いて薄暗い部屋に僅かながらの陽を射させるのが、出勤前の彼の日課である。
 彼の職場での位置は、総務部付け社史編纂室の室長(部下無し)、即ち窓際族という訳である。
 〔返〕  彼だって好みもあれば趣味もある産毛の生えた桃が大好き   鳥羽省三


(光本博)
女どち彼氏を悪く言ひながらついでに他の男もけなす

 「男なんかみな似たようなものね!すけべたらしっくてさ!」なんちゃったりして。
 〔返〕  在りもせぬ彼氏の悪口言ったりし女同士で抱き合って泣く   鳥羽省三


(ろくもじ)
席替えで彼女が笑うことのないように がんばれ、あたしの右手

 「席替え」の遣り方は、ヤマザキショップのレジ袋の中に入れた「1」から「40」までの数字をを引いて座席を決める、といったごく普通の方法かと思われるが、問題は「彼女が笑うことのないように がんばれ、あたしの右手」である。
 即ち「『席替え』の結果がどうなれば、『彼女が笑う』という現象が発生し、それを防止する為に『わたしの右手』がどのように『がんばれ』ば良いのか?」ということが問題なのである。
 察するに、作中の「わたし」即ち本作の作者と「彼女」との関係は、作者が「彼女」を好いているのに対して、「彼女」は作者のことが大嫌い、いったような関係かと思われる。
 つまり、本作の作者は、「『わたしの右手』よ、どうかがんばって、今学期も亦、『彼女』の隣りの席の番号を引き当ててくれ」と切なく願っているのでありましょう。
 〔返〕  席替えがもたらす結果の幸不幸 神のみぞ知り生徒は知らぬ   鳥羽省三


(木下侑介)
さん付けのさんの分だけ彼女から遠いあなたのきみになれたら

 木下侑介さんならではの傑作である。
 ところで、作中の「彼女」が男子学生に話し掛ける場合は、いけ好かない男性ナンバーワンの木下侑介君だろうが、タイプの男性ナンバーワンの豊臣秀樹君だろうが、かならず「きみ、あした私とドライブに行かない」「きみが同級生だと思うと、私は大学に来るのが嫌になっちゃうよ」などと云うに決まっているから、木下侑介さんの切ない願望は、必ずや成就するに違いありません。
 〔返〕  くん付けのくんの分だけ嫌われて尚且つ募る君の思いよ   鳥羽省三