臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の読売歌壇から(8月16日掲載・そのⅡ)

2010年09月08日 | 今週の読売歌壇から
[小池光選]

○ 一日で関東五県を歩くすべ我みつけたり皆は知るまい  (千葉市) 木谷 論

 <小池光選>の首席にランクされた作品であり、選者の評言に「一日で30キロ歩くとして五県通過できるか。さっきから地図とにらめっこしている。四県なら行けそうだが。それにしてもふしぎな発見をし、ふしぎな歌を作られた」とある。
 小池光氏はいかにも元教員らしく、地図とにらめっこしたりして大真面目に考えておられるが、表現に欠陥の在るこの一首を、このままで解釈すると、「一日で関東五県を歩く」ことは実に簡単なことである。 
 そもそも「関東」地方とは、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、茨城県、神奈川県の各県及び東京都の一都六県を指して言う。
 その中の「五県」を「一日」で歩けばいいのだが、東京都は<県>で無いから対象外とし、また、その西隣りの神奈川県は他の五県と地を接していないからこれも除外して、「一日」で「歩く」県を、栃木・群馬・埼玉・千葉・茨城の「五県」とする。
 そして、これら「五県」のどこかの県の何処かの土地。
 例えば、栃木県の県庁所在地の宇都宮市の駅前付近のホテルを起点として、ホテルから駅まで歩いて<JR東日本>の在来線に乗って次の県の駅まで行く。
 次の県の駅に着いたらその付近を軽く散歩して、また<JR東日本>の在来線に乗って次の県の駅まで行く。これを繰り返して、最後は茨城県の県庁所在地の水戸駅からホテルまで歩く。
 こうして、栃木・群馬・埼玉・千葉・茨城の「五県」の何処かの駅付近を散歩して乗り継いで行けば、本作の作者の注文通り、「一日で関東五県」を全て歩いたことになるのである。
 本作中の「我」は、「関東五県」を「一日」で「歩くすべ」を「見つけたり」と言い、その「すべ」を「皆は知るまい」と大威張りしているのであるが、その「すべ」は誰でも知っていることなのである。
 短歌表現は、わずか三十一音の中で、自分の思っていることを破綻無く述べなければならない。
 微妙なところは、一種のテクニックとして、読者の想像に委ねるとしても、表現に<穴>が在っては短歌とは言えない。
 そういう意味では、この作品は、<読売歌壇>の入選作にするに足らない駄作なのである。
  〔返〕 一日で関東五県を歩くすべ餓鬼も知ってる自慢にならぬ   鳥羽省三


○ 質量に光の速度を二度掛けるエネルギーとはさういふものさ  (瑞穂市) 渡部芳郎

 「さういふものさ」とすまして仰るが、科学的知識に欠けたこちとらには、何のことか、ちっとも解りません。
  〔返〕 素うどんに醤油ぶっかけ啜り込む<讃岐うどん>はさういふものさ   鳥羽省三


○ 買い物はネットで食事は冷凍で動かざること山の老人  (伊勢崎市) 萩原亜季子

 とは、<高齢化社会>に対応する<武田流軍學>である。
  〔返〕 買い物はネット通販サプリだけそれで身体がいつまで持つか?


○ 全頁隈なく見ても欲しいもの無かった良かったカタログ閉じる  (逗子市) 金谷恵美子

 無料で送られて来る「カタログ」をも、人の良い本作の作者・金谷恵美子さんは、一種の義務感を覚えながら見ることになるのである。
 「全頁隈なく見ても欲しいもの無かった良かった」とは、そういうご性格の金谷恵美子さんらしい、実に素朴なお気持ちを吐露したものである。
  〔返〕 全店を隈なく見ても試食する箇所は無かったお腹が空いた   鳥羽省三


○ 何もかもそれを試した人がいてその恩恵に生きておりけり  (茨木市) 瀬戸順治

 「何もかも」が効いている。
 と言うのは、昨今は結婚という一大事さえ、前もって誰かに試されていたり、誰かと試していたりして、その後に結ばれることが、ごく普通に在ることなのだからである。
  〔返〕 瀬戸君のお蔭で初夜が無事済んだ瀬戸君ありがと今後宜しく   鳥羽省三


○ 本当に大丈夫かと犬に聞く犬に問ふべきことにあらねど  (市原市) 井原茂明

 「これから生田緑地の日本民家園まで歩くのだぞ。一時間半はゆうに掛かるよ。『本当に大丈夫か』」と、愛犬クロに聞いているのである。
 「犬に問ふべきことにあらねど」と思っているのに、「問ふ」ているのだから、これは一種の自問自答なのである。
 妻の妹が無類の愛犬家なので、彼女を観察していると解るが、愛犬家とその犬とは、互いに支え合い、庇い合って生きているのであり、愛犬家にとっての愛犬は、自分の肉親以上に親しい存在なのである。
  〔返〕 本当に大丈夫かと脚に聞くフルマラソンは真実辛い   鳥羽省三


○ 五百万歩あるきし靴の捨て時を考へてゐる靴に内緒で  (匝瑳市) 椎名昭雄

 「五百万歩あるきし靴」と言えば、かなり高価でかなり磨り減った靴のように思われるが、なんのことは無い。
 ごく普通の通勤靴で、まだまだ履ける靴だと思われる。
 散歩を日課にしている私は、平均して一日一万歩歩くから、「五百万歩」と言えば五百日、わずか二年足らずの歳月で「五万歩」を歩けることになる。
 本作の作者・椎名昭雄さんは、その「靴の捨て時を考えてゐる」と言う。
 しかもその「靴に内緒で」だと言う。
 一足の「靴」のお蔭で二年間を皆勤したサラリーマンが、まだまだ履けるその「靴」に、名誉の除隊をさせてやろうと思っているようなものである。
  〔返〕 「表彰状、靴殿あなたは二年間・・・・」まだまだ続くが以下を省略   鳥羽省三


○ 薔薇という迷路のような字の中に何が潜むかルーペにて視る  (館山市) 山下祥子

 何画かの直線で構成されている「薔薇」という文字は、まさに「迷路のような」ものである。
 「何が潜むかルーペにて視る」とあるが、「何が潜むか」は冗談としても、「ルーペにて視る」は、評者ぐらいの年の者ならば、何方もしているに違いないことである。 
  〔返〕 薔薇城に囚われている姫様を変態男の手から救助す   鳥羽省三


○ リハビリは歩幅十センチたどたどと今朝もなじみの小石に蛞蝓  (坂戸市) 神田真人

 いよいよ明日から新しい土地での生活が始まるが、私が今日までの一年二ヶ月の月日を過ごしたこの辺りには、「リハビリ」の為に「歩幅十センチ」で「たどたどと」歩く人々が幾人も居る。
 本作の作者・神田真人さんと同様に、その人たちも「今朝もなじみの小石に蛞蝓」がしがみ付いているのを発見することであろう。
  〔返〕 リハビリは医者の勧めで僕もやる僕の歩幅は五十センチ余り   鳥羽省三


○ 牧水や茂吉の歌に目を通しオペの不安をしずめつつおり  (大阪市) 大城正武

 本作の作者・大城正武さんは医者か患者か?
 患者のみならず医者もまた、「オペの不安をしずめ」る為に、「牧水や茂吉の歌に目」を通したりするに違いない。
  〔返〕 牧水のいかなる歌に勇気得て患者はオペに向かうのだろうか   鳥羽省三
      牧水の白鳥の歌に励まされ外科医はオペに臨むのだろうか      々