日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

お知らせ

2018-02-19 21:50:45 | Weblog
最近迷惑コメントとトラックバックが送られることが多くなりましたので、当面確認の上公開させていただくようにします。どうかよろしくお願いいたします。
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ノラ・ジヨーンズの「デイ・ブレイクス」をあじわいながら 深夜を!

2016-11-27 17:58:58 | 日々・音楽・BOOK
建築誌に連載している「建築家模様」の第49話、盛岡の建築家山添勝さんの稿を脱稿し、ホッとしながら手に入れたノラ・ジヨーンズの新譜 「デイ・ブレイクス」に聴き入る。カバーには、こんなフレーズが書かれている。「懐かしくて新しい」。

繰り返し聴きながら、ポップスなのか、さてJAZZなのかと考え込み、フュージョンという一言も浮んできた。フュージョン(fusion)。融合、ジャンルの異なる音楽を融合したもの。クロス・オバーという一言も蘇る。

深夜、音を絞って聴き込む。と書き記しながら、いつの間にか寝入ってしまうことに苦笑。とは言いながらも、バックスにJAZZ界の大御所、ウェイン・ショーター(SS)の名を見つけてドキッとしたことを想い起こした。
12曲のうちの8曲はノラの作、或いはノラとの共作である。
4曲は、いわばスタンダードナンバー。ことに、ホレス・シルバーの曲「ピース」での、ウェイン・ショーターの不協和音的な音が、ノラのゆったりと唄うその声とコラボして、深い味わいを醸し出す。
更にデユーク・エリントンの「アフリカの花」でサポートするウェイン・ショーターとノラに酔いしれ、ニール・ヤングの「ドント・ビー・ディナイドを・・・・

盛岡の、そして訪ねた雫石の山林をふと想い起こしながらの秋の終わり、冬の始まりのノラ・ジョーンズ。夜は更けて行く。
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雪模様を目前に

2016-11-23 20:01:41 | 日々・音楽・BOOK
二十日ほど前に訪れた北海道・札幌。今日は雪。
住いのある海老名も東京も今夜から更に冷え込む模様。数日前から自宅の電気ストーブにスイッチを入れた。天気予報ではささやかな雪になる。11月なのに冬が来る。

19日に弟の7回忌。
21日には、国際文化会館で行われた、鎌倉の近代美術館のことなどで永年お世話になった`阪田誠造氏を偲ぶ会`に大勢の建築家と共に参列。瞑目しご冥福を祈る。
そこで追悼の辞を述べられた高階修爾氏と、永年活動してきた「近美100年の会」の取りまとめの下相談をする。会場では、坂倉建築研究所のOB連と、久し振りの出会いを懐かしみ、阪田さんへの思いを語り合った。

京都から来場した松隈洋さんとは、帰り道、地下鉄大江戸線麻布十番駅まで一緒になり、解体が取りざたされ始めたDOCOMOMO100選で選定した築地の卸売市場の件、どうしたものかとやり取りをする。僕は新宿へ、早く来た車両のドアまで送ってくれて、彼は反対車線に。

ノラ・ジョーンズの新盤`デイ・ブレイクス`が聞きたくなり、先程、海老名の新星堂に赴き手に入れた。
気に入っている珈琲マンデリンを淹れてゆっくりと味わいながら、ノラの声をも味わう。
TVで映画「大統領の執事の涙」を小一時間観ていたがちょっとつらくなり、これからはじまるバート・ランカスターとヘプバーンの出る「許されざるもの」に切り替えようかなどと考え始めた。

そして今、やはりこっちだと思い立って、「夜の大走査線」をBSジャパンで観ている。シドニー・ポワチエ。懐かしさを通り越してスゴイと改めて魅せられている。
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`戦争をする国`の追記を:父の出征

2016-11-17 16:45:52 | 日々・音楽・BOOK
このブログの2稿前に記載した金子兜太の「あの夏、兵だった私」にも触れた「戦争をする国」に、追記しておきたくなった。
1945年(昭和20年)の6月、フィリピンのマニラ地区モンタルバンという処で夫を亡くした母が没してから9年を経たが、この週末、僕の弟の7回忌の法事が行われることになった。

やはり思うのは、伴侶を若くして失ったとは言え、母が没したのは92歳だったので天寿を全うしたと言ってもいいような気がするが、弟は僕の二つ年下。何故だ!という釈然としない思いがどうしても起きてくる。でもまあ、どこからか「お兄様(と僕は言われていた)は元気でいてよね!」という声が聞こえてこないでもない。理不尽だとは思いながらも・・・
早稲田を出た弟と、明大での僕との二人で観に行った明早戦(国立競技場でのラグビー:弟は当然のことながら早明戦・・懐かしき!!(とは言え口喧嘩になったりした)の観戦を思い起こす。

そして10年ほど前に1年間に渡って書き綴ったブログ「生きること」を紐解いてみたら、こんなことが書いてあった。父からの、妻(僕の母)へのハガキである。こうでも書かなかったら届かなかったのかも知れないと思いながらも、妻に心配させない配慮(必至な思い)に、つい涙ぐましくなる。そして最後の一言、(帰宅したら)「俺もどこか違う人間になっていると思う」との一文に、思わず僕を抱いている父の写真を見やった。

『生命享けて実に三十有六年、畏も天皇陛下の命令受けて遥かなる海外渡り、戦地に赴く男子の本懐之に過ぎたるはなし。お前と結婚して六ヶ年、この間三子を授かり生活的には苦しい乍も楽しい生活だった。この生活を継続する為には、どうしてもここで米英を徹底的にやらねばいけないのだ。
俺は命を受け戦地に赴く。そして必ず凱旋するぞ。現在の俺にはその自信がある。
その間子供のことをよろしく頼む。すくすくと杉が成長するように育ててくれ。今度俺がお前たちに会うときは、俺もどこか違う人間になっていると思う。お前もこれから苦労が多いことと思うが、しっかり頑張ってくれ。(以下略)』

金子兜太の上記「あの夏、兵だった私」のプロローグには`とても、きな臭い世の中になったな!(下記、抜き読み・・・)
「私は戦時中、海軍主計中尉としてトラック島に派遣されました。米軍の爆撃にさらされ、毎日、五十人から六十人程が非業の死を遂げます。・・戦略のせいもあって補給路を断たれ、餓死者が続出しました。(以下略)
そして、第一章のタイトルは「あまりにも似ている「戦前」といま」である。

<写真:自宅の僕の乱雑な書棚・「あの夏、兵だった私」はどこにあるのかな!>
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スーパームーンの片鱗を味わって!

2016-11-14 14:29:35 | 自然
今夜(11月14日)は満月、それも68年ぶりの「スーパームーン」だとのこと。
次は2034年だと言われると、これが見納めか!などと思ったりするが、何とも小癪な曇天模様。事務所のある東京新宿や、住まいのある神奈川県海老名市でも曇り空で、おそらく大きな月の晴れ姿を見ることはできないだろう。

昨夜ふと思い立って、一日前とはいえこの歴史的な一瞬を撮っておこうと空を見上げた。
見た目は満月、でも薄雲がかかっているようで星の光が見えず、お月様は輝いてはいたものの、撮った写真を見るとぼんやりしている。新聞を見ると、満月としては1948年以来の近さ、などと書いてある。

68年前の1948年、戦後の3年目、東京杉並区で生まれた僕は、疎開先の千葉県柏から、父の実家のある長崎を経て天草下島の下田村に転居、下田北小学校の3年生だった、ということになる。
そこで満天の星と鮮明な天の川に見入ったことを覚えているが、満月を味わったという記憶はないし、フィリピンで戦没した父が書き起こして、母が書き継いだ僕の育児日誌にも、満月のことなど書かれていない。

とは言いながらも、数枚の写真を撮った。
薄ぼんやりしている月。
全く(チェ!と舌打ち)
いまの僕の様ではないか!
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戦争をする国

2016-11-10 12:43:08 | 生きること

俳人金子兜太氏の「あの夏兵士だった私」(発行:清流出版)、副題に-96歳、戦争体験者からの警鐘-とある著作を読み終え、その後岡崎万寿氏の`金子兜太の存在`と副題を添えた「転換の時代の俳句力」(発行:文學の森)を読み進めながら、この一文のタイトルにした「戦争をする国」という悍ましい一言を、書き記しておきたくなった。

僕には2006年6月から一年間に渡ってこのブログに書き綴った「生きること」と題した一文がある。

赤紙で召集されて出征しフィリピンで戦没した父が書き始め、、その後父の帰国を待ち焦がれていた母がぽつぽつと書き添えてくれた僕の育児日誌(三省堂刊)だが、昨今の日本政府の状況を鑑みると、一言、僕はこう言っておきたくなる。
『戦争ができる国にするということは、戦争をするという国にするということです』。


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ディラン・日ハム・木田金次郎・裕次郎・札幌市大へ

2016-11-06 10:21:07 | 添景・点々
帰郷して想い起こすこの一週間、この日々が僕のこれからの何がしかの節目だったような気がしてきた。

10月29日(土)のまだ薄暗い早朝、小田急線の始発で一駅、海老名駅からリムジンバスで羽田空港第2ターミナルへ。おやおや!と思ったのは、前日、時折夜に降ると凍って溶けないと聞いたのでヨネックスのPOWER CUSHIONという雪中でも滑らない革靴を履いて赴いた千歳空港には、雪の痕跡も気配も全くない。楽ちんなズックで来たかった!

さて例年の如く秋の北海道を案内してくれるMOROさんは、午前中所要があるのとのこと、ふと思い立って北大のキャンパスへ。大勢の家族連れの人々が見事な紅葉を愛でていて、銀杏の実を拾い集めているオバチャンとどうやって食べるの?などとやり取りをする。遠くへ来たという感覚が湧かない。
近くの森へ!そのキャンパスの端っこ、「エルムの森」でスパゲッティを。

テレビ塔でMOROさんと合流。小樽市の海岸に近い築港にある「石原裕次郎記念館」へ。
来年末には閉館とのこと。時代が変わり、映像機器の製造中止、ブラウン管から液晶へ、建築の老朽化と共に寒冷地対応が出来なくなったとの事。僕は裕次郎フアンではなかったとは言え、裕次郎は52歳で早世、その厳しい闘病生活が年表の形式で記載されており、そうだったのかと身につまされた。

例年のプレスカフェで珈琲を!そして食事を。
10月末の小樽、日の落ちるのが早いことを実感。早めに札幌市内に戻って、日ハムと広島カープの対戦をホテルの部屋で満喫。いつの間にか僕は日ハムフアン、栗山監督、大谷大好き人間になっていたことに気が付いた。選手の名前もほとんど知らないのに正しくミーハー(苦笑)。とは言いながら翌朝北海道新聞を買い求めた。永久久保存カナ?

翌30日はまず岩内の「木田金次郎記念館」へ。そしてこの地を愛でる画家の作品に心打たれる。
一点ずつのめりこんで拝見、その後岩内の「西村計雄記念美術館」へ。会館7周年記念展、西村計雄・山岸正巳`それぞれの道`と題した作品展をゆっくりと堪能。そしてまたプレス・カフェへ。MOROさんと僕とでターマスを囲んだ記念写真を撮る。十数年、毎年通い詰めているのに初めてのことだ。

そして本番。
翌10月31日。まず川沿の上遠野邸へ、事務所に赴き克さんに表敬訪問。所員橋村君に市大へ送ってもらう。
札幌市立大学羽深教授とppの取り込みなどの準備をして院生に講議。故鈴木博之教授と対談して戦後のモダニズム建築を築いた建築家とその作品を組み込んだDVDを放映してその経緯を伝え、後半はJIA(日本建築家協会)の北海道支部を築いて後進を率いた建築家「上遠野徹」の紹介をした。
いまいち受けなかったなあ!との困惑したものの、夜、院生を含めて会食。結構話(建築談義)が弾んだ!

ボブ・ディランがノーベル受賞・文学賞を受賞する意向を伝えたとの報道に、妙に心打たれた。
帰郷し、嘗て録画しておいたBOB DYLAN30周年記念コンサートの後半、やっと登場したディランの、イッツ・オールライト・マを見た(聴いた)後の、ディランのソロもある出場者全員による「天国への扉」を聴き込む。思わず涙ぐみそうになった。

追記:今朝(11月2日、日曜日)のテレビ報道を見ていたら、札幌は大雪。例年よりかなり早いとのこと。この訪札でお会いした方々がどうされているかと気になる。

<写真 「石原裕次郎記念館」では写真撮影OKで、裕次郎が愛用したスーパーカーの数々が展示されているが、まずはこのポスターを!>
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札幌へ・・雪景色だろうか!

2016-10-28 22:35:16 | 建築・風景
明日の早朝、小田急線の始発に乗って一駅、海老名駅へ、そしてリムジンバスに乗って羽田へ。ANAで
千歳空港に向かう。
札幌は雪模様とのこと、富士山の冠雪が例年より2週間ほど遅かったと報道されたが、札幌の雪は少し早いとのことだ。
夜中に降ったので凍ってしまってなかなか溶けないとは、毎年表敬訪問をする上遠野建築事務所の橋村君の一言。秋を通り越しての冬景色を味わうことになるのかしらん!いやそれほどのことでもないだろう、と勝手な我が独り言。ところで例年の見事な紅葉は?

土、日と札幌近郊の建築をMOROさんの案内で観て歩き、31日、札幌市大の羽深教授の院生に講義、「20世紀の文化遺産を訪ねて」と題し、(故)鈴木博之教授と対談をしたDVDを見てもらっったあと、「北海道のモダニズム建築・上遠野徹から圓山彬雄そして克へ」と題して構成したppを見てもらう。その後建築論を語り合おうという魂胆。その準備が整って取り急ぎこの一文を・・・・

ところで、俳人金子兜太の著書、副題に`96歳、戦争体験者からの警鐘`とある「あの夏、兵士だった私」(清流出版)を一気に読破した。僕は朝日新聞の「朝日俳壇」を愛読してスクラップしている。
この俳壇の選者は長谷川櫂、大串章、稲畑汀子そして97歳になった金子兜太である。
その金子兜太のこの著作のプロロークのタイトルは`とても、きな臭い世の中になってきた`:若者を二度と戦場に送るな!である。

以下後日。寝ないと明日、もたないので悪しからず! <文中敬称略>

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秋の日々に札幌へ

2016-10-23 12:38:44 | 日々・音楽・BOOK
陽が短くなり、風も冷たくなり秋が来たのだと想う。
とは言え「秋の雲」、うろこ雲がすっきりと味わえるようになったとは言えず、清冽な秋空を望めない日々が続く。やっと木々が色づいて来た気配、例年の秋、そうだったかとついつい首をかしげる。

ボブディランが、うんともすんとも言わないと伝えられているが、僕は`MILES DAVISのカインド・オブ・ブルー`を聴きながらこの一文を起稿する。秋の朝のJAZZ、という感じが漂ってくる。ことにフラメンコ・スケッチのビル・エバンスのソロの一部に`天`を見るのだ。
とは言え深夜に聴くと、深い闇のこの世に瞑目するということにもなるのだけど・・・

この月末、29日の土曜日の早朝から札幌を訪れて3泊、天気予報によるとこの北の国、寒そうだ。

今年は遠出をせずに、札幌と郊外の建築を建築家(でもあり教師でもある)MOROさんと共に観て歩いた後、札幌市大で羽深教授の院生への講義。ちょっとした思惑があって、嘗て故鈴木博之教授と鎌倉の近美で、東京を中心としたモダンムーブネントに即する建築を語り合ったDVDを見てもらった後、僕の撮った北海道の建築の姿を放映し、建築とはなんぞや!という命題を語り合おうという魂胆である。

ところでMOROさん, 小樽の「プレス・カフェ」へはいつ行くのかな!ターマス、元気かな?

さてマイルスが終わり、悩ましき女人、ジャニス・ジョプリンのライブに切り替える。
大友博氏の書いた解説書の冒頭に、思わずドキリとした。
「生前のジャニス・ジョプリンを知る人は・・・」とスタートするのだ。そしてこう続く。・・・余りにも破滅的な性格や生活に比較して彼女のステージがどれほど素晴らしいものであったか、ステージ上の彼女がどれほど輝いた存在であったかを・・・」。・・・最後までドラックやアルコールと縁を切ることが出来ず・・・

<写真:小樽のプレス・カフェ・・2014年撮影>
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ボブ・ディランのノーベル賞

2016-10-16 20:36:32 | 日々・音楽・BOOK

ボブ・ディラン30周年記念コンサートのライブ、2枚組のCDを音を小さくして味わいながら、松山英樹が見事に優勝したゴルフ`日本オープン`をTVで観て、スクラップした朝日新聞の記事に眼を向けてこの一文を起稿している。我、三役同時。これではそのどれもに集中できないが、日曜日の僕にはよくあること、表を見遣ると夕陽に染まり始めた秋雲の色が味わい深い。

「ノーベル文学賞」をとったボブ・ディラン。14日の新聞では3面に渡って写真入の様々なタイトル。
「風に吹かれて」「時代は変わる」「偉大な詩人」。
「風に吹かれて快挙」「すさまじい詞」「未踏の領域」「意外な視点」。
そして「吟遊詩人ディランおめでとう」。
世界各国の文学者から異論・賛否があるとも記載されているが、ボブ・ディランは僕とは同世代、時代を共有しているとの実感が僕のどこかに内在していることに思い至った。

紹介文には、ロック、フォーク界のカリスマ的存在とも記されているが、僕は一回り年上のピート・シーガーにも惹かれていて、アルバム`Where have All the Flowsrs Gone`を繰り返し、繰り返し愛聴している。唄い方もテーマも違うがどこかに同じく反骨の心根が感じ取れて、僕の生き方の指針にもなっているような気がする。

<表記のボブ・ディランの写真 playlist:the very best of series より>

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