海老名市河原口郵便局の先の角を曲がると、厚木倉庫ビルという何の変哲も無い小ぶりなコンクリート造の建物が現れる。階段をえっちらと上がり右に数歩、そこに整体「優美堂」がある。
主(あるじ)が一人、ほかには誰もいない。治療台もカイロで使ううつ伏せになったときに息できるように口のところに切れ目のある一台だけだ。
言われると当たり前のような気がしたが、ちょっと驚いた。主が云う。頭皮と骨(骸骨だ!)の間にも筋肉があるし筋がある。僕の頭は硬くてピシッと骨を守っている。頭を守っているとはいうが、つまり筋肉が張って硬くなっているのだ。「うーん」と唸ると、柔らかくてね、ふにゃふにゃの人もいるんですよ、と主が僕に気を使う。血が上って降りなくなるんですよといわれると、そうかあ、人様々だけど柔らかくなくてよかったなあと思う。
僕は身体が硬くて、カイロにいってもマッサージにいってもいつもびっくりされる。釧路のホテルのマッサージのおばちゃんにも驚かれた。雪が凍っていて転んだというと大丈夫かと本気で心配された。
いつも「仕事が仕事ですからねえ」と気を使われるが、仕事といってもねえ、ノーテンキなあなたが、と妻君に笑われそうだ。でも凝るのは妻君も同じ。優美堂が気に入り「あんたも行ってみたら」と云ったのはその妻君なのだ。
初めて会ったのに、主と話が弾む。いつものことだ。いやそうではない。感性が合ったのだ。
病院,こんなこともあった。
海老名の病院で、まず左眼の白内障の手術したときは、左目が驚くほどクリアになって右目で見る景色が赤いものだから左目で見ると「景色が」(それを僕は「世の中が」と言ったりした)ブルーぽく感じ、その面白さをJIAの機関誌に書いてコピーを持っていったら、手術をしてくれた名医(両眼の近視、老眼、乱視が見事に補正され、裸眼でも1,0~1,2.眼鏡がまたうまく合って、最後のほうは当てづっ方が当たったりして1,5~2.0まで見えてしまう)に苦笑された。
「ばね指(弾発指)」が左の薬指に発生し、話し込んだ東海大病院の女性医者とぞっこんになって嬉しくなったら、容赦なく掌に痛い注射を打たれた。
法事で妻君の兄貴に`ばね指`の自慢したら、注射は3回までで、それが駄目なら手術するのだと逆に自慢?された。僕より歳の若い兄貴にそんなの当たり前で特別なことではないとさらりとかわされたのだ。負けた!彼は経験者でなんと手術をしたのだってサ。
主は少林寺拳法にのめりこんだ。脱サラした。神経を使い常に身体が凝っていた。海老名に工場のある大手メーカーのコンピューターをつくる技術者だった。整体は、主の少林寺拳法の体験を活かしたのだ。
静かなバックグラウンドミュージックに、マイルスの吹くバラードが流れた。JAZZだと喜ぶと、学生時代ギターを弾きコンボを組んでバイトをやっていたのだと主がJAZZを語った。
「これどう?聴いてみない?」と2回目のとき僕が持っていったCDは、「Tenderness」。ピアニスト木住野佳子の溜息が出るバラードだ。ダニー・ボーイ。
何だ、という「奴」は聞いてご覧、ホントニ溜息が出るヨ!
でも僕がぞっこんになったのは実は3曲目の「フィール・ライク・メイキング・ラブ」。大人のラブソングである。
「主」が整体を志したのは、ありえないことだが、自由人と体育会系が合体したからだ。
妻君がちょっと驚いた。「ウン、優美堂は俺にピッたしだ」、には当然だと言う顔をしたのだけど、初めてなのに人生論を交わすとは!驚いたと言うよりは、まあいつものことだと呆れ顔だッたのかもしれない。
今日は日曜日、いい歳になった僕は自分の身体を労わる。
僕の住むまちにこんな「優美堂」がある。