入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’24年「冬」(34)

2024年02月10日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

        開田から眺めた今朝の仙丈ガ岳
 
 上に行くのだからしっかり眠るつもりだった。ところが目が覚めたら午前2時、それからどれくらい夢と現の境を彷徨っていたのか分からないが、再び眠ったらしい。わずかの時間と思って時計を見ると、午前6時だった。予定では出発する時間だったがやむを得ず、急いで支度をした。
 家を出たのが7時少し前、寝不足というわけではないはずだが、いまひとつ気合が入らない。雪道を歩くより、ずっと車を運転していたい気持ちを抱え、法華道の登り口に着いたのが1時間後の7時50分、登り出したのは8時を若干回っていたと思う。

 意外なことに、古道には登山者の足跡があった。登りの足跡はそうでもなかったが、下りの足跡は昨日と思ってもおかしくないほど新しく、しかもツボ足だった。
 これまでの18年間、法華道を誰かの踏み跡を辿ったことはなかった。記憶にない。ようやく古道法華道も、少しは人に知られるようになったのだろうか。
 北原のお師匠亡き後は、「法華道を守る会」の会長は名刹「遠照寺の」松井住職が担ってくれている。
 
 自分の意志というよりか、自動運転に近いような気分で登っていく。「龍立つ場」、「門祉屋敷」、「爺婆の石」と過ぎて「厩の平」の手前で、足跡はツボ足からスノーシューズに変わっていた。お蔭で登路は未舗装と舗装路ほどの違いになった。この辺りはクヌギの木が多くて、クマさんも秋にはドングリの実を目当てに出没しそうに思うが、そういう話は耳にしない。
 いつものように、「はばき当て」で休憩にした。時計を見ると1時間30分ほどで、早くもなければ遅くもないといったところか。

 実は、今回はここまでの所要時間を気にしていた。もしもいつもよりかあまり時間を喰うようなら、それは体力が衰えた証拠である。よく色々な人から、75歳はその境目だと聞いていたから、それをまさに身に沁みて知らされる機会になるかも知れぬと構えてきた。
 とは言え、もしも悪い結果がでたとしても、これは加齢から来ることだからどうするわけにもいかない。諦めるしかない。西洋のご婦人のようにいくら厚化粧しても、カツラを被っても、てんてんてん、それと変わりない。
 幸い、それほど体力の衰えは認められないと自己診断を下した。そのせいか、ぬるめのレモンティーでも美味かった。

「はばき当て」からはようやく自動運転を止めた。時間のことは気にせずに、1年ぶりの雪の古道を楽しむ気になった。道中いろいろ考えたことは、もし明日まで覚えていたら呟くことに。

 赤羽さんいいことをやってますね。相変わらずバイクですか。三頭山は奥多摩で初めての山でしたが、かつてロープウエイがあったとは知りませんでした。検索して、見ました。昨日URLを載せたピアノコンサートも是非見ておいてください。
 本日はこの辺で。



 
 
コメント
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