ベラルーシの部屋ブログ

東欧の国ベラルーシでボランティアを行っているチロ基金の活動や、現地からの情報を日本語で紹介しています

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第199回」

2016-09-26 |  ビタペクト配布活動
 9月26日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第199目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト3を9個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを2部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2462個、セルロースの合計は82個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2146部となりました。
 今回で通算214回目の配布となりました。
 延べ人数ですが、2462人の子どもにビタペクトを、約73人の子どもにセルロースを、2146家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。


(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215


(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13


(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b


(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html



(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/bb1fb7afb4cac464789e2684181e7d42


(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)

http://www.belrad-institute.org/


(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


 チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a



  今回はミンスク市(チェルノブイリ原発から約350キロ)から2家族が保養に来ていました。

(家族A)

 お母さんが実子5人を引率していました。この家族には3個のビタペクト3を渡しました。
 この家族は2014年2月にもSOS子ども村へ保養に来ていたことがあります。
 そのときの様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第173回」(家族B)

 前回と今回の測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト3を渡しました。

母親(事故発生時11歳) 9ベクレル → 13ベクレル
長女(13歳) 34ベクレル ○ → 26ベクレル ○
次男(10歳) 32ベクレル ○ → 17ベクレル
三男 (7歳) 28ベクレル ○ → 30ベクレル ○
次女 (5歳) 26ベクレル ○ → 28ベクレル ○
四男 (2歳)(今回初測定)15ベクレル

 お母さんに子どもたちの健康状態についてお話をうかがいました。
 みんな比較的健康で、2歳の四男が一番小さいけど一番元気だとお母さんは話していました。
 前回数値が高いほうだった次男の結果が今回よくて、お母さんは喜んでいました。しかも次男はびビタペクト3の味が大好きで、「今回はビタペクト3もらえないの? 残念・・・。」と言っていました。
 一方長女は前回ビタペクト3を飲んでおいしくなかったと話していました。それで途中で飲むのをやめてしまい、残りを次男がかじっていたそうです。
 長女は「私はまだ子どもだった。」そうで、今回はがんばって最後まで飲んでみると話していました。


(家族B)

 お母さんが6人の実子を引率していました。この家族には6個のビタペクト3を渡しました。
 測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト3を渡しました。

母親(事故発生時12歳) 18ベクレル 
長男(12歳)27ベクレル ○ 
次男 (9歳)21ベクレル ○ 
三男 (8歳)28ベクレル ○ 
次女 (8歳)22ベクレル ○ 
四男 (3歳)23ベクレル ○
三女 (2歳)30ベクレル ○

 子ども達はみんな健康と言うことでしたが、結果がよくないことをお母さんは心配していました。
 この一家はミンスク生まれのミンスク育ちですが、最近ミンスク郊外の一軒屋に引っ越したそうです。
 その隣の家ではヤギを飼っており、そのヤギ乳を安くで分けてもらっているそうです。それを毎日子ども達は飲んでおり、(お母さんはヤギ乳の味が好きではないので飲んでいません。)それが内部被爆の原因ではないかと話していました。
 そのヤギ乳を測定したことは一度もないそうです。
 確かにミンスク郊外なんて、汚染地域に指定されたこともないし、気にすることも全くなかったでしょう。
 今回子どもの内部被爆を調べて驚いていましたが、近いうちに市場へ行ってヤギ乳の測定をするとお母さんは話していました。
 一度調べたほうが絶対にいいですよね。

 画像は記念撮影したようすです。ただ小さい子ども達はお昼寝中で写っていません。

 今回も子どもたちに折り紙、折り鶴、折り鶴の作り方(千羽鶴プロジェクト)、日本語で子どもの名前を書いたカード、お母さんにはちりめん小物入れをプレゼントしました。

前にも保養滞在していた子どもたちは「折鶴作れたよ。」と報告していました。今回初めて滞在するもう一つの家族の子どもたちも上手に教えてくれることでしょう。

 最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙や絵葉書、小物入れなど子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。


新美南吉ロシア語版童話集がモロジェチノの図書館へ

2016-09-23 |  新美南吉
 新美南吉ロシア語訳童話集「ごんぎつね」がモロジェチノ市にある図書館に寄贈されました。
 9月23日モロジェチノ市中央図書館の招待により、モロジェチノ市のベラソーク図書館で、新美南吉童話の紹介と朗読会が行われました。
 会場には地元の高校生と療養所学校に在籍する中学生と高校生が70人出席しました。以前、南吉童話を読んでいた図書館員さんが、
「この童話は小さい子供向けではないと思います。なので高校生を中心にします。」
と判断していたからです。

 「でんでんむしのかなしみ」と「去年の木」を紹介したのですが、こんなの子どもっぽすぎると思われないかしらと心配していました。でも意外にも一生懸命聞いてくれました。
 その前に新美南吉さんの大変な人生(生母と幼くして死別。結核にかかってしまう。)などを話していたからだと思います。
 ハイティーンの方々が多かったので、南吉さんの初恋の話もしました。(これもハッピーエンドではないのですが。)
 
 さらに図書館員さんが南吉クイズを出して、正解が一番多かった人には商品として「ごんぎつね」を1冊進呈することにしていたのです。
 例えば「新美南吉が生まれた場所は?」という問題を出します、と図書館員さんは話していたのですが、「日本語の固有名詞? ベラルーシ人にとっては覚えにくくて、難しすぎやしませんか。」
などと私は言っていたのです。
 でもまあ、クイズで勝敗を決めないといけないのだから、少々難しい問題が混じっていてもいいか、などとも考えていました。
 いざ蓋を開けてみると、すごいすごい。
「新美南吉が生まれた町は?」(厳密に言うと現在の行政区分で)
「ハンダ!」
「正解! 半田市の近くにある大きな日本の都市名は?」
「ナゴヤ!」
「正解! 新美南吉のお父さんが作っていたものは?」
「タタミ!」
「正解! 代表作『ごんぎつね』を書いたとき、新美南吉は何歳だった?」
「17歳!」
「正解! 短い生涯の中で新美南吉が書いた童話の数は全部で何作?」
「123作!」
「正解!」
 ・・・記憶力の天才ばかりが会場に集まっているのかと思いました。もちろんメモなどつけていた人はいませんでしたよ。

 とうとう最後に3人が残りました。さすがにこれは難しいだろうと思いながら私が出題。
「新美南吉さんの旧姓は?」
「・・・。」
「旧姓の頭文字は?」
「Wです。」
 新美南吉の旧姓は「渡辺」なので、正解です!
 これを答えた高校生のユーリャさんが優勝。「ごんぎつね」を進呈しました。

 ちなみにユーリャさんは診療所学校に在籍していますが、この診療所学校とは何かと言うと、特定の持病がある子どもを集めた学校で寮もあり、そこで治療を受けながら生活そして通学もするという特別な学校です。
 今回生徒さんが来てくださった学校は背骨の矯正をする学校だそうです。
 (他にも結核にかかっていた生徒が通う学校や、資格や聴覚など障害を抱えている子どもが通う学校もあります。)

 しかもユーリャさんはモロジェチノの出身ではなく、クループキの出身だそうで、かなり学校と実家が離れています。
 つまりミンスク州に住んでいる子どもで背骨に問題がある子どもは、モロジェチノにある診療所学校、一箇所に集められている、ということです。
 治療が終わってよくなれば、家に帰り、地元の学校に通い始めますが、でも治療のために親元を離れて寮生活なんて、大変だろうなと思いました。

 画像は記念撮影この診療所学校のみなさんと撮影したものです。本を持っているのは学校の図書室の司書の方です。

 南吉さんも闘病しながら文筆活動を続けていたので、その作品をこの学校の生徒さんたちはよく理解して読んでくれるのではないかと思いましたので、この学校の図書室にも「ごんぎつね」を寄贈しました。

 このほかモロジェチノ中央図書館のご協力により、中央図書館はもちろんモロジェチノ周辺の図書館にも「ごんぎつね」を寄贈することができました。

 南吉童話がまたベラルーシで広がっていきました。
 これからも各地の図書館を通じて、この活動を続けます。 

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 追記です。
 現地の新聞の取材記事がネット上で読めます。
 (ただし全てベラルーシ語です。)リンク先はこちらです。
 

パナソニックのテレビがベラルーシで製造されることに

2016-09-10 | ベラルーシ生活
 せっかくなので明るいニュースもどうぞ。

 日本のメーカー、パナソニックがベラルーシでテレビの製造と販売を開始するそうです。
 来月にはベラルーシ国内でベラルーシで組み立てられたパナソニックのテレビが販売される予定。
 もうすぐ! 思わずテレビを買い換えようかと思ってしまいました。(現在我が家で使っているテレビもパナソニック)(^^;)

 さらにベラルーシを拠点にして、周辺国への売り込みも計画中だそうです。
 やっと日本企業もベラルーシの利点に気がついたか・・・とも思いましたが、不利な点もいろいろあるので、クリアーしないといけない問題もありますね。
 でも将来的にもっと日本企業がベラルーシに進出してほしいなあと思います。

ベラルーシパラリンピック委員会の関係者がパラリンピック開会式でロシア国旗掲げる

2016-09-09 | ベラルーシ生活
 NHKニュースWEBより。

 パラリンピック開会式でロシア国旗掲げパス剥奪

9月9日 4時02分

7日に行われたリオデジャネイロパラリンピックの開会式で、ベラルーシパラリンピック委員会の関係者が、組織的なドーピングで大会に参加できないロシアの国旗を掲げて入場行進し、IPC=国際パラリンピック委員会は、政治的な活動を行ったとして、この関係者のパスを剥奪しました。

これはIPCが8日発表しました。
それによりますと、この関係者は7日行われたパラリンピックの開会式で、組織的なドーピング問題で大会に参加できないロシアの国旗を掲げて、入場行進したということです。
IPCは「政治的な活動を行った」として、パスを取り上げました。
IPCによりますと、この関係者は、ベラルーシパラリンピック委員会の会長のゲストとしてパスを発行され、開会式の入場行進に参加したということです。
IPCのクレイグ・スペンス広報部長は「今回、ロシア国旗を掲げた人物は、選手やコーチではなかったので、資格を剥奪して終わりとする。IPCは政治的活動を許さないし、再発した場合には何らかの措置を取る」と話しています。

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 9月8日にリオでいよいよパラリンピックが始まりました。
 選手たちの活躍に期待・・・と思っていたら飛び込んできたこのニュース。

 パラリンピック開会式に参加したことのあるS夫は「どんな旗をもっていたとしても選手の自由だ。」とか言っていましたが、実際にはベラルーシパラリンピック委員会の会長の「ゲスト」さんだそうですね。
 何者? と思いましたし、ひょっとしてこのためにわざわざゲストになった人なのか? と思いました。

 開会式にやっぱり他の国の国旗を持って入場するのはよくないですよ。
 (ただでさえ、ベラルーシはロシアの一部だと勘違いしている人がたくさんいるんだから、困るなあ
。)

 IPCの決断は当然だと思います。
 一方ロシアではネット上などで「ベラルーシ、ありがとう!」と感謝する声が多いです。

 確かにオリンピックのほうはドーピング問題で参加できた選手とできなかった選手がいましたが、パラリンピックでは全員出場できず、私としては、ドーピングなどせずまじめに練習していた選手も少しはいたはずでは・・・などと思います。
 そういう選手のためには今回の事件は慰めに多少はなったかもしれません。

 でも、やっぱり旗だけ行進してもしょうがないですよ。
 選手自身が参加できないんだったら。

 結局はロシアの選手のためではなく、IPCへの抗議のつもりの旗ですね。それをロシアじゃなくてベラルーシがしているのが変に感じます。だからこんなことはするべきではありませんでした。
 (選手がやってなくてまだよかったです。)
 
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 追記です。(日本時間では9月10日)

 上記の人物(ベラルーシパラリンピック委員会の会長の友達)の氏名が公表され、現在ブラジルからベラルーシへ移動中だそうです。
 このほかにもさらに1名、ベラルーシパラリンピックチームの役員の1名がパスを剥奪されました。しかしこちらの氏名は公表されていません。もうすぐ帰国するでしょう。
 
 こちらでは「ロシアの国旗を掲げたのは、ベラルーシ選手団の総意だった。」「いやちがう。」「車椅子の選手も複数名ロシア国旗を持っていたが、開会式前に没収されていた。」「ロシア人は喜んでいる。」などなどの話が飛んでいます。

 ロシア国旗を掲げて入場したのは、元ソ連のスポーツ選手でベラルーシのスポーツ省で働いた後、国立オリンピック陸上センターのトップをしているそうです。
 つまりベラルーシのオリンピック出場レベルの陸上選手が練習している施設の長ですね。
 ロシアのパラリンピックの選手が、全員ドーピング疑惑で出場できないことに心を痛めており、抗議の気持ちを表現したとのこと。誰に対する抗議と言えば、IOCなわけですから、開会式そのものを開催している機関に対し、開会式に参加しつつ抗議したのだから、スポーツの場を政治利用している云々というより、やはり礼儀を失していますよ。
 別な方法もあったでしょうに。
 一方で出場停止はロシアの問題。ロシアとベラルーシは別の国家です。この人はベラルーシのスポーツ関係者なのだから、今回の行動はやはり間違っていると思います。 
 
 

ベラルーシ在住ダゲスタン人彫刻家

2016-09-08 | ベラルーシ生活
 先日、日本文化情報センターが入っているミンスク市立第5児童図書館でベラルーシの児童文学家を迎えたイベントがありました。
 そこにゲストとしてベラルーシ在住ダゲスタン人彫刻家であるヒズリ・アサドゥラエフさんが来館しました。
 日本文化情報センターも訪問してくれたのですが、突然私に話し始めました。

 5年前東日本大震災が起きたことをニュースで知り、非常に心が痛んだため、何かできることはないかと考えて自宅に飾っていた自作の彫刻作品をオークションにかけたそうです。
 売れた値段はすぐに日本の被災者のために全額寄付。
 しかし寄付したことは今まで誰にも言わなかったそうです。
 そして今日、ひょっこり日本文化情報センターというところを訪問し、日本人(私)に出会って、急にこの話をしたくなったそうです。

 アサドゥラエフさん、ありがとうございます。

 ダゲスタン共和国出身の人がこんなことを日本人被災者のためにしてくれていたんですね・・・。

 この事実を知っている日本人はほとんどいない(本人も今まで黙っていたそうなので)と思いますので、このブログ上でご紹介することにしました。

 ヒズリ・アサドゥラエフさんはダゲスタンの出身ですが、1981年からベラルーシ在住で、彫刻の作品はアメリカやオーストラリアにもあるそうです。
 チェルノブイリ原発事故で消火活動に当たった消防士の像も制作しており、これはモスクワにあるそうです。
 ・・・といった情報はウィキペディアで読んだのですが、ロシア語版しかないので、ベラルーシの今年4月のこちらのテレビニュースを映像をどうぞ。

 今年60歳になったのを記念しての彫刻展だそうです。ご本人もインタビューに答えています。関心のある方はぜひご覧ください。(ただしこれも全てロシア語です。)

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第198回」

2016-09-05 |  ビタペクト配布活動
 9月5日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第198回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト3を8個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを2部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2453個、セルロースの合計は82個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2144部となりました。
 今回で通算214回目の配布となりました。
 延べ人数ですが、2453人の子どもにビタペクトを、約73人の子どもにセルロースを、2144家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。


(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215


(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13


(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b


(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html



(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/bb1fb7afb4cac464789e2684181e7d42


(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)

http://www.belrad-institute.org/


(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


 チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a



  今回はゴメリ市(チェルノブイリ原発から約140キロ)から2家族が保養に来ていました。

(家族A)

 お母さんが実子4人と姪2人を引率していました。この家族には3個のビタペクト3を渡しました。それぞれの内部被爆の結果はこのとおりです。丸印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しました。 

母親(チェルノブイリ事故発生時3歳)13ベクレル
女子(15歳)25ベクレル ○
女子 (5歳)19ベクレル ○
男子 (3歳) 7ベクレル
姪  (8歳) 6ベクレル
姪  (5歳)26ベクレル ○

 この一家には1歳の女の子がいますが、WBCにじっと座れなかったので測定を受けていません。
 子どもたちの健康状態についてお話を伺いました。みんな比較的健康ですが、冬場には気管支炎になったり、かんきつ類のアレルギーがあったりします。

 お母さんは足に瘤ができたのですが、数年前に除去手術をして、成功したそうです。今は低血圧が悩みだそうです。

 ゴメリ郊外の一軒屋で暮らしており、広い畑でいろいろな野菜を作っていますが、放射能を測定したことはありません。しかしこの保養に来て被爆のことが気になったので、一度野菜を測定をしたいと話していました。

 このお母さんのお父さんはチェルノブイリ原発から20キロにある村の出身で、事故が起きたときはゴメリに引っ越していたのですが、事故後ふるさとの村が強制移住対象地域になり、無人になってしまいました。
 お父さん(こどもたちのおじいちゃん)は1年に1度許可をもらって親戚と先祖の墓参りに行くそうです。
 しかしお母さんも子どもたちも放射能が危険なので一度もお墓参りに行ったことがなく、また行きたくないということでした。


 (家族B)

 お母さんが実子1人、養女1人、姪2人、親戚3人と友人の子ども1人を引率していました。この家族には5個のビタペクト3を渡しました。この家族には3個のビタペクト3を渡しました。それぞれの内部被爆の結果はこのとおりです。丸印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しました。 

母親(チェルノブイリ事故発生時9歳)12ベクレル
女子 (7歳)25ベクレル ○
養女 (7歳)19ベクレル ○
姪 (11歳)20ベクレル ○
姪  (7歳)26ベクレル ○
男子(12歳) 4ベクレル
女子 (6歳) 8ベクレル
女子 (5歳) 7ベクレル
男子(13歳)23ベクレル ○

 11歳と7歳の姪は姉妹です。
 12歳の男の子と6歳と5歳の女の子は兄妹です。
 13歳の男の子は友人の子どもです。

 7才の女の子は甲状腺腫が見られ、3年間検査を受け続けましたが、大きさは大きくもならず小さくもならず、変化はないそうです。もし今後大きくなったら、手術を受けなくてはいけないのかとお母さんは心配していました。
 
 養女は生まれつき口蓋裂でしたが、手術をして成功し身体障害者認定も取り消されました。一方で毎年イタリアへ優先的に保養に招かれており、慢性気管支炎も治ったそうです。
 イタリアでの保養では以前はWBCでの測定がありましたが、ここ数年は測定していないそうです。
 口蓋烈後の手術後、イタリアでは補強用の器具を無償で口の中に入れてくれたそうです。

 12歳の親戚の男の子は喘息を持っています。
 6歳の親戚の女の子は腎臓病で、アレルギー体質です。

 13歳の男の子はいろんな病気にしょっちゅうかかるそうです。本人は「自分は病弱だから兵役免除されるからいい。」と話しているそうです。

 お母さん自身は20年間足の関節が痛く、病院に行っても原因が分からないので、放置(がまん)している状態。さらには数年前ガンにかかって手術をしましたが、今のところ再発はしていないそうです。他にも
今は貧血気味ですが、レバーや牛肉を食べるなど食べ物から鉄分を採るよう工夫しているということでした。 
  
 今回も子どもたちに折り紙、折り鶴、折り鶴の作り方(千羽鶴プロジェクト)、日本語で子どもの名前を書いた絵葉書、お母さんたちには着物で作った巾着袋をプレゼントしました。  
 画像は記念撮影した様子です。1人の女の子が恥ずかしがって隠れてしまいましたが、みんなとても仲良く暮らしている様子がうかがえ、お母さんたちも「またこのメンバーで保養に行きたいわ。」と和気藹々でした。

最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙や絵葉書など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。
ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。


スティーヴン・セガールがベラルーシへ&ミンスクの社員寮

2016-08-31 | ベラルーシ生活
 アメリカの俳優、スティーヴン・セガールがベラルーシにやってきました。
 ルカシェンコ大統領とも面会。大統領からにんじんをもらいました。
 ベラルーシのにんじんがとてもおいしかったから・・・ではないと思いますが、セガールはミンスクの高級マンションを購入。しかもワンフロアー全ての部屋をまとめて買いました。さすが、ハリウッドスター。
 ベラルーシのマンションなんて安い安い。
 それにしても住居を買うなんてミンスクで暮らすつもりなんでしょうか? ベラルーシなんてハリウッドスターからすればど田舎で大した娯楽もなさそうですが・・・
 「投資目的?」「お金がありすぎて、何に使ったらいいのか分からないのでは。」「いや、静かなベラルーシで静かに過ごしたいんだよ。」「ホテル滞在は嫌いなんでは?」などなど憶測が飛んでいますが、私としては、ベラルーシ人に合気道を教えてほしいところです。ぜひ。

 では次の話題。ベラルーシでは新学期が9月から始まります。学校や大学の卒業式は6月です。7月や8月、9月から新卒の新入社員が働き始めることが多いです。
 ベラルーシはもともとソ連の国、つまり、社会主義国でしたが、その影響があって今でも労働者の国です。
 国立国営の企業であっても、社員寮というものがあります。
 地方出身者がミンスクで就職した場合、社員寮に入れるというのが、当然でした。

 ところが、今年突然新たな法律ができました。
「ベラルーシ国内でミンスク市以外の場所に住居を持っている者は、ミンスクの社員寮に入れない。」
 
 日本でたとえて言うと・・・大阪に実家がある人が東京の企業に就職できた。しかしその企業の社員寮には大阪に実家があるからと言う理由で入れない。自力でアパートを借りるか、大阪から毎日新幹線で通勤しろ。ということです。 
(方法としてはミンスクに住んでいる人と結婚して、ミンスクで暮らすというのもありますが。)

 ちなみにミンスクでアパートを借りようとすると、場所や広さなどにもよりますが、毎月日本円で3万円ぐらいかかります。
 ベラルーシ人の平均月給は4万円ぐらいです。

 地方出身者がミンスクで就職したくても、住むところをどうするかという問題が出てきます。
 何とか家賃を工面する人もいるでしょうが、できなかった場合、そして遠距離の通勤もできそうにない場合、ミンスクでの就職をあきらめるしかありません。

 そうすると、実家のある地元で就職先を見つけようとするでしょう。ここが政府の狙いです。
 以前からそうでしたが、ベラルーシへミンスクへの人口一極集中化が続いており、その結果、ミンスクは人口が増加しているのに、その他の地域では過疎化が問題になっています。農村地域は人口が減少し続けており、学校の統廃合が続いています。
 つまり若い世代が地元に残るよう、仕向けるためにこのような新しい社員寮の法律を作ったわけです。

 日本も東京への一極集中化、地方の人口減少、地方自治体の統廃合などの問題を抱えています。
 こうならないようにベラルーシを見習って、東京の社員寮から地方に実家のある人は締め出し、もとより就職活動の際の書類選考で、地方に実家がある人はすぐ落とす・・・という政策を打ち出すのはいかがでしょうか・・・というのは嘘です。

 実際問題としては、大変ですよ。

 私の図書館の同僚にも就職したばかりの地方出身者がいるのですが、住むところどうしようとぼやいていました。図書館員が住める寮があるので、そこに入居の申請をしようとしたのですが、実家がどこにあるのか証明しなくてはならず、書類集めをしていました。
 その人の出身地にも図書館はありますが、小さい図書館で人手不足ではなく、空きがありません。
 逆にミンスクは図書館員が足りておらず、若い世代が就職すると大喜びなんですが、せっかく仕事を教えて慣れてきたというところへ、住むところがないから、とやめてしまわれると本当に人材がもったいないんです。
 同僚たちは「早くミンスクの男性と結婚しろ。」とその人に言っているのですが、急にそんなこと言われてもねえ・・・。

 本当は社員寮の法律を作るより、地方に魅力的な雇用先をたくさん作るほうが正しいと思うのですが、どちらにせよ、難しい社会問題です。

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第197回」

2016-08-12 |  ビタペクト配布活動
 8月12日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第197回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト3を8個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを3部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2445個、セルロースの合計は82個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2142部となりました。
 今回で通算213回目の配布となりました。
 延べ人数ですが、2445人の子どもにビタペクトを、約73人の子どもにセルロースを、2142家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215


(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13


(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b


(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html



(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/bb1fb7afb4cac464789e2684181e7d42


(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)

http://www.belrad-institute.org/


(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


 チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a


 今回はブレスト市(チェルノブイリ原発から約440キロ)から3家族が保養に来ていました。

(家族A)

 お母さんが3人の子どもを引率していました。
 この家族には2個のビタペクト3を渡しました。
 この家族は2005年と2006年にもSOS子ども村に保養滞在しています。
 そのときの様子はこちらをご覧ください。
2005年「ビタペクト2」&『放射能と栄養』無料支給・配布運動 第33回
2006年「ビタペクト2」&『放射能と栄養』無料支給・配布運動 第47回

 あのアクロバット体操一家と10年ぶりの再会。うれしかったです。(^^)
 前回会ったときは6人目の赤ちゃんをお母さんは妊娠中でした。現在お母さんは7人の子どもに恵まれ、上の子ども3人は成人。(あの長男君が24歳!)時間ってあっという間に経つんですね。

 今回の測定結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しています。

母親(チェルノブイリ事故発生時15歳)19ベクレル
長女(14歳)17ベクレル 
次女(10歳)19ベクレル ○
五男 (3歳)32ベクレル ○

 子どもたちはみんな健康で、スポーツをしたり、お母さんも食事に注意したりしてるそうです。
 お母さんも健康そのものという顔つきと体つきで、うらやましい。理想的ですね。
 でも今回3回目の滞在で初めてビタペクト3を子どもたちが飲むことになり、お母さんは少し心配していました。
 チェルノブイリ原発から離れたところに住んでいて、事故が起きてからずっと時間が経ってから、生まれた子どもたちですが、被爆から逃れることができないというのが現状です。もちろん大量の被爆をしているわけではないのですが・・・

(家族B)
 
 お母さんが4人の子どもと1人の孫を引率していました。
 この家族には3個のビタペクト3を渡しました。

 今回の測定結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しています。

母親(チェルノブイリ事故発生時14歳)17ベクレル
女子(15歳)16ベクレル 
女子(10歳)38ベクレル ○
男子 (7歳)25ベクレル ○
男子 (6歳)23ベクレル ○
孫  (5歳)17ベクレル

 お母さんに子どもたちの健康状態について尋ねました。
 子ども達は4人とも遠視だそうです。
 15歳の女の子は小さいときから太っていて現在体重が90キロを超えています。
 これはおかしいということで検査をした結果、ホルモンバランスの異常が見つかり、そのせいで体重増加が止まらないのでは、ということで、ホルモン剤を処方してもらっているそうです。
 急激に太る場合は甲状腺が出すホルモンの異常もありえますが、子どものときから太っていてやせていたときがないそうです。ダイエットをしても全くやせられないと悩んでいました。
 今飲んでいるホルモン剤が効けばいいけど・・・と期待しているようでした。


(家族C)

 お母さんが3人の子どもを引率していました。この家族には3個のビタペクト3を渡しました。


今回の測定結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しました。

母親(チェルノブイリ事故発生時9歳)21ベクレル
長女(12歳)22ベクレル ○ 
次女(10歳)22ベクレル ○
三女 (4歳)32ベクレル ○

 お母さんは副鼻腔炎に長年悩まされていましたが、今は治ったそうです。子どもたちも副鼻腔炎にたびたびかかると話していました。
 次女は生まれたとき心臓に穴が開いていましたが、数ヵ月後自然にふさがったそうです。
 三女はいわゆるでべそ(臍ヘルニア)ですが、これもそのうち治るだろうと特別な治療は受けていません。

 今回も子どもたちに折り紙、折り鶴、折り鶴の作り方(千羽鶴プロジェクト)、日本語で子どもの名前を書いた絵葉書、お母さんたちには着物で作った巾着袋をプレゼントしました。  
 画像は記念撮影した様子です。(保養滞在とは関係のない子どもも1人写っています。)(^^;)

 最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙や絵葉書など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

相模原障害者施設殺傷事件とテロについて

2016-07-31 | Weblog
 日本で社会的な重大な事件のニュースを夫や娘に「今日、日本でこんなことがあったんだよ。」と話すことがあります。
 しかし7月26日に発生した相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件については、すぐに話したくなく、もう少し詳細が分かってから・・・と思っていました。
 ところが、最近ヨーロッパ各地で無差別テロ事件が起こっているせいで、こちらのマスコミも「日本でも無差別に大量殺人を狙ったテロか?」と敏感になっているらしく、すぐにニュースになりました。
 それをテレビで見て、私の話より先に事件を知った夫と子ども・・・。

 これはイスラム国による宗教テロではない、と私から話をし、それにしても毎日毎日大勢の人が殺されてしまうニュースばかり世界のあちこちから流れてくるのはどうしてなのかと全く暗い気持ちになりました。

 その後あれこれ考えたのですが、日本の事件のほうは、宗教は関係なくテロでもなく、大量殺人事件なのですが、根本は同じだと思いました。

 この事件の容疑者は「重度の知的障害者は死んだほうがいい」という理由で、無抵抗の施設入所者を次々と殺害しました。
 事件の前には「障害者を安楽死させられる法案を出せ」などと書かい手紙を持って、衆議院議長公邸を訪れてたり、周囲の人に「重度の知的障害者は不幸。」「いっしょに殺さないか。」などと持ちかけていました。
 容疑者には薬物を使用していた疑いもありますが、それにしても、周到に凶器を用意し、ある意味ににおいてはとても知的に緻密な計画を立てていました。さらにはそれをできる限り実行しようとする、強い意思の持ち主・・・。

 テロを起こす犯人と同じ人物像に思えます。
 バングラデシュでの人質立てこもり事件では、人質がイスラム教徒かどうか確認し、非イスラム教徒はすぐに殺害していました。
 この犯人からすれば「イスラム教徒でなければ殺したほうがいい。」という考えです。
 相模原の事件の犯人は「重度の知的障害者は殺したほうがいい。」という考えでそっくりです。
 ヒトラーに当てはめると「ユダヤ人は殺したほうがいい。」です。

 自ら望んで非イスラム教徒に生まれた人はいませんし、障害者になった人もいませんし、ユダヤ人に生まれた人もいません。
 つまり自分で決められないことや努力では変更できないことを条件に当てはめて、殺されてしまうわけです。
 そうなると「そんな理由で殺されるなんて、理不尽だ!」と多くの人は感じます。

 しかし殺す側からすると、社会のために非常によいことをしていると思っているのではないでしょうか。
 「世界の全ての人がイスラム教徒という世界。ああ、すばらしい。」と考えているイスラム国のテロリスト。
 「社会のお荷物である障害者を絶滅させる俺は善行を成し遂げることになるのだ。」と相模原の事件の容疑者は思い込んでいたのではないでしょうか。
 
 要するに「この世をよくするための社会貢献としての殺人」です。目標が立派なので、自分は悪いことをした、などとは思わないでしょう。

 問題なのはどうしてこういう極端な考えに走って、さらに凝り固まってしまう人が出てくるのか? という点です。
 その原因についてはこれからいろんな推測や、専門家の見解などがマスコミに出てくるでしょう。

 私がふと思ったのは、テロ事件にしろ相模原の事件にしろ、どうしてそこまで自分が理想とする美しくより完璧な社会を渇望するのだろう、という点です。
 確かに多くの人は、自分の周りの社会によく文句を言っています。不景気が云々、治安が云々。そしていつの時代でも「ああ、もっといい世の中にならないものか。」と思いながらみんな日々の生活を送っています。
 「この世をよくするためにその邪魔になっているものは排除する。それは何と言っても重度の知的障害者だ。」と思い立って、包丁を手にする・・・というようなことは、普通の人はしません。

 逮捕されたり、射殺されたり、死刑になるのが分かっていながらも、極端な「浄化思想」「排除思考」に走ってしまうのは、どうしてなのでしょう。
 
 人間は基本的に美しく安全な社会がを求めます。そうでないと、人類の歴史の中に文明など生まれなかったでしょう。しかしこの基本的な考えも行き過ぎると、テロになったり多くの人は理解できない理由での大量殺人が起きてしまうように思えました。
 つまり極端な理想主義は危険だ、ということです。

 と考え始めると今度は選挙などで、候補者が「私はこの国をよりよくするためにこれこれのことを公約します!」と大声で言っているのが、極端な思想に思えてきました。(笑)
 「世の中をよくするために、ああしなさいこうしなさい。」と子どもに繰り返し教えるのも、危ない教育ではないかとも思えてきました。

 もちろん、人間社会がよい方向へ進んでほしいと願うのをやめろ、と言っているわけではありません。
 極端な理想主義に凝り固まると、かえってよくないのでは・・・だから自分を自粛することもときには大切なのではないかと思った次第です。何でもかんでも「それは社会が悪いから。」「今の世の中が世知辛い」とか文句を言うのも、裏返して言えば理想的な世界を欲している心の裏側の気持ちなのでは、と思います。
 そういった気持ちをみな多かれ少なかれ抱えていると思います。
 相模原事件のような犯罪を実際に起こしてしまう人間はもちろんごくごく少数です。
 でもこのような犯罪者と、わずかでしょうが共通する気持ちをほとんど全ての人間が持っているのではないかと思いました。

 美しいものを求める美しいはずの心が、美しくないと自分の基準で判断したものを消したくなり、本当は美しい心ではなかった・・・ということです。

・・・・・・・・・・

 話は少しそれますが、相模原の事件の容疑者は「自分が事件を起こせば、それをきっかけにして法律も変わる。」と信じているようですが、この法律と言うのは、障害者を安楽死させる法律だそうです。

 実際、この事件のニュースを聞いて
「そうだよなー、共感できる。重度の障害者なんて社会のお荷物。殺すのはよくないけど、いなくなるほうが他の人の負担も減るし、正論だよ。」
と考える人が増えたかもしれません。
 こういう人が増えることは本当にいやなことだと、今障害を持っている人や、その家族、支援団体者など関係者は思っているでしょう。
 私自身も、障害者が社会のお荷物だなんてそんなことない、仕事をがんばっている人もいるし、身近にそんな人いないと言う人もテレビでパラリンピックを見てよーと思います。

 すると「いや、お荷物なのは仕事もできない、常に介護が必要で、社会貢献も何もできないような重度の障害者のことですよ。」と反論する人もいるでしょう。
 実際に相模原事件の容疑者も重度の障害者を優先して殺害すると決めていたようですね。

 でも本当に重度の障害者が社会のお荷物なのか? と私は疑問に思います。健常者でも無職の人はいるし、社会に貢献していないだけで安楽死、というなら、犯罪者はほぼ全員安楽死させないといけませんね。
 だいたい、健常者のあなたがある日突然、自分の落ち度ではない事故にあって、重度の障害者になったとたん、「はい、今日からあなたの存在は社会のお荷物になりましたので、安楽死していただきます。」と言われたら、どんな気持ちになりますか?

 「何のために生まれてきたのかな? かわいそー。」と言われていそうな障害者であっても、その存在そのものが、他者に大切な何かを教えてくれたり、気づかさせてくれたりするかもしれないのです。つまりすでに貢献している。
 健常者がつい無頓着になりがちな心や、驕りがちになる心を戒めてくれる、研磨剤ような存在、これが一見何もできないような障害者がこの世に存在している理由だと私は思います。
 そのために神様が世界に配置した特別要員なのだと思います。

 だから、障害者はいなくなるほうがいいと思わないでください。
 そういう考えはテロリストと根っこの部分は同じです。

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第196回」

2016-07-25 |  ビタペクト配布活動
 7月25日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第196回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト3を5個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを2部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2437個、セルロースの合計は82個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2139部となりました。
 今回で通算212回目の配布となりました。
 延べ人数ですが、2437人の子どもにビタペクトを、約73人の子どもにセルロースを、2139家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215


(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13


(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b


(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html



(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/bb1fb7afb4cac464789e2684181e7d42


(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)

http://www.belrad-institute.org/


(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


 チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a


 今回はミンスク市(チェルノブイリ原発から約350キロ)から2家族が保養に来ていました。

(家族A)

 お母さんが3人実子と4人の親戚の子どもを引率していました。この家族には3個のビタペクト3を渡しました。
 今回の測定結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しています。

母親(チェルノブイリ事故発生時2歳)19ベクレル
長女 (8歳)20ベクレル ○
次女 (8歳)21ベクレル ○
三女 (4歳)26ベクレル ○
男子(12歳)18ベクレル
男子(11歳)14ベクレル 
女子 (9歳)13ベクレル
男子 (7歳)18ベクレル

 このうち9歳の女の子はミンスクではなくゴメリ(チェルノブイリ原発から約140キロ)在住です。 

 お母さんに子ども達の健康状態についてお話を伺いました。
 長女は骨髄腫です。他の子供たちは比較的健康。
 5年前に長女が白血病にかかっていることが分かり、入院。治療が始まりました。投薬を続けた結果、現在は退院し、普通に生活を送っていますが、薬は手放せないうえ、骨がもろくなって(骨の中のカルシウムがどんどん溶けてしまうと言う症状が出ます。)骨折を起こしやすいので、常にカルシウム剤を飲み続けているそうです。
 治療用の薬、カルシウム剤、ともにベラルーシでは高価で、家計の負担になっているが、仕方がないとお母さんは話していました。
 難病患者に対する手当をもらっているそうですが、とても足りないということでした。
 いつまた重症化するか分からないと医者からは言われています。

 今回は保養に来ていませんが、お父さんはチェルノブイリ原発に近いゴメリ州の村の出身。事故が起きた後、ゴメリ州のべトカ(チェルノブイリ原発から約150キロ)に強制移住となりました。その後さらにミンスクへ移住。
 その後お母さんとミンスクで出会って結婚。子ども達はみんなミンスク生まれのミンスク育ちだそうです。
 お母さんはゴメリ在住の親戚の女の子のほうが内部被爆が少なかったことに驚いていましたが、大きな差があるわけではありません。
 チェルノブイリ原発から近いかどうかなんて今や関係なくなっているのが実情です。

 
(家族B)

 お母さんが3人の実子と3人の親戚の子どもを引率していました。この家族には2個のビタペクト3を渡しました。
 今回の測定結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しています。

長女 (8歳)15ベクレル
男子(14歳)19ベクレル
男子(12歳)20ベクレル ○
女子 (6歳)23ベクレル ○

 このお母さんには5歳の長男と生後6ヶ月の次男がいます。
 しかし長男は小児麻痺で座ることができず、WBCの測定が受けられませんでした。次男もまだお座りができないため、お母さんはSOS子ども村で2人の子どもと留守番。測定を受けていません。
 14歳と12歳の男の子はモズィリ(チェルノブイリ原発から約90キロ)在住です。

 長男は生後半年の定期健診で発達の遅れが見つかり、小児麻痺と診断されました。
 座れないのでベビーカーに乗っていますが、特別なベビーカーが必要で、それは国から無償で支給されるものの、申請手続きがお役所仕事で、たらい回しにされ、2年後ようやくもらえました。
 しかし部品があちこち抜けたりする不良品で、親が自分で修理したり改造したりしたそうです。
 5年後に車椅子がもらえるらしいのですが、座れるぐらいにまでよくなってほしいと願っていました。
 
 この家族のお父さんもかつてチェルノブイリ原発から約110キロの地点にある汚染地域の村に住んでいました。事故後強制移住で、親戚はばらばらに。お父さんの家族はミンスクに移住して、その後はずっとミンスクで暮らしているそうです。
 
 どちらの家族の場合も父親が幼少期に被爆していると思われますが、事故後およそ20年や25年経過して生まれた子どもに障害や骨髄腫などの難病があることと、因果関係があるのかないのか分かりません。
 分かりませんが、このブログに記しておきます。
 
 今回も子どもたちに折り紙、折り鶴、折り鶴の作り方(千羽鶴プロジェクト)、日本語で子どもの名前を書いた絵葉書、お母さんたちには着物で作った巾着袋をプレゼントしました。  
 画像は記念撮影した様子です。(家族Bの長男は写っていません。また保養とは関係のない子どもが1人写っています。)

 最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙や絵葉書など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。


ユーラシアバザーのご報告

2016-07-14 | チロ基金
 先日お知らせしました日本ユーラシア協会大阪府連主催の『2016年夏のユーラシアバザール』についてご報告です。

 今回は新美南吉ロシア語訳童話集「ごんぎつね」を初めて出品したのですが、今回出品した部数はおかげさまで完売しました!
 うれしいです!
 ロシア語を勉強している日本人の方や、お子さんのいるロシア人家族へのプレゼントとしてお買い上げくださった方が多かったそうです。
 日本ユーラシア協会大阪府連のご厚意により12月のバザーでも「ごんぎつね」を販売することになりました。

 バザールにお越しくださった皆様、そしてベラルーシの商品をお買い上げくださった皆様、本当にありがとうございました! 厚くお礼申し上げます。
 日本人の皆様がベラルーシの商品を通し、ベラルーシの文化に触れていただき、また興味を持ってくださったら、本当にうれしいです。(^^)
 チロ基金のような小さな基金にとっては、バザーの売上金はとても大切な活動資金となります。
 売上金は今後の基金の活動のため、有効に活用させていただきます。
(チロ基金の活動について詳しくはこちらをご覧下さい。)

 日本ユーラシア協会大阪府連の皆様、「Vesna!」のスタッフの皆様、毎回裏方で大変なご苦労があると思います。
 スタッフの方々やお買い上げくださった方々のおかげで、チロ基金の活動が継続できていること、いつも痛感しています。本当にご苦労様でした。ベラルーシという日本ではあまり知られていない国のことを日本でご紹介してくださる、このような機会に毎回お誘いくださり、本当に嬉しく思っています。

 
 ご協力くださった皆様に、深く感謝申し上げます。次回のバザールでも再びお世話になると思いますが、チロ基金をどうぞよろしくお願いいたします。

 会場の中で広いスペースを用意してくださっただけではなく、ベラルーシ商品のPRをしてくださった日本ユーラシア協会大阪府連の方々にお礼申し上げます。
 それではまた次回のバザーをお楽しみに・・・(^^)


ベラルーシは自然災害が少ない国なんですが

2016-07-13 | ベラルーシ旅行・長期滞在・留学注意情報
 日本と比べるとベラルーシは自然災害の少ない国です。
 地震、津波、山崩れ、台風、火山の噴火・・・などは起こりません。
 
 ベラルーシで発生する被害が出る自然災害は、竜巻、落雷、冠水、それと春先つららが運悪く落下してきて人に当たる・・・というものです。
 最近の地球温暖化が原因なのかはっきりしませんが、以前と比べて自然災害が起こる頻度が増えています。

 竜巻と言っても、アメリカなどと比べると規模が小さいですし、頻度も少なく被害も大きいわけではありません。
 しかし7月11日から13日にかけてベラルーシの各地で竜巻が発生しました。(怪我人は出ましたが、死者は出ていません。)

 ミンスク国際空港では留めてあった旅客機同士がぶつかり合うなどの被害が出ました。 

 また大雨による冠水がミンスクの中心部(土地が低い場所)で起こりました。

 ミンスクは夏場、夕立がゲリラ豪雨になることがあり、そのため街中で水害が起こることがあります。
 もともと日本のような水害が起きる地域ではないため、ベラルーシの都市は雨水管や排水溝が日本のように発達していません。
 そのため、大雨が短時間に降ると排水がうまくいかず、河川から離れた場所でも道路上にあふれ出す・・・ということになります。

 最近はゲリラ豪雨が起こる頻度が増えているのですが、排水溝を新たに増やすなどの対策をしていないので、時間と場所によってはミンスク市内でも腰の位置まで冠水してしまうことがあります。

 落雷に関して言えば、平坦な土地がほとんどなので、例えば周囲に何もない野原の真ん中にいると、落雷する可能性が高くなります。

 ベラルーシの家屋や建物は冬の寒さに耐えられるように、丈夫に造られているので、自然災害に遭遇しそうなときはとにかく屋内にいるようにしましょう。

 

リオ五輪の開会式のベラルーシ選手団の旗手は射撃のマルティノフ選手に決定

2016-07-12 | ベラルーシ文化
 来月始まるリオデジャネイロでのオリンピック。
 開会式、ベラルーシ選手団の旗手を務めるのは前回のロンドンオリンピックの金メダリスト、射撃のマルティノフ選手が選ばれました!
 今回もメダルの期待が高まるマルティノフ選手。がんばれー!
 残念ながらベラルーシの重量挙げの選手がドーピング疑惑で出場できなくなるという、暗いニュースもありますが、その他の競技でのベラルーシ選手の活躍を応援しましょう!

 アーチェリー選手のS夫ですが、ベラルーシのオリンピック(パラリンピック)委員会が事実上、パラリンピックにベラルーシからアーチェリー選手を送らないことに(今のところ)しているので、出場できません。
 しかし、健常者と同じ条件で試合に参加して、国内トップ選手になれば、オリンピックに出られます。
 ・・・と言うことで、S夫も健常者に混じって試合に参加しているのですが、なかなかオリンピックへの道は険しいですよ。
 (最下位であってもオリンピックに出場した、というだけで、全ての国の選手を尊敬するわ・・・)

 でも、アーチェリーは年を取ってもできるスポーツなので、気長にS夫には練習を続けてほしいです。
(今は射撃チームの応援をしよう。)

 
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 追記です。
 このニュースをS夫に話しつつ「マルティノフ選手、またメダル取るかなあー。」などと言ったところ、S夫は「・・・。」の反応。
 そして、携帯からマルティノフ選手に電話・・・
 会話の後、S夫が私に言うには
「マルティノフは今回はトレーナーとして、リオに行く。」
 ええ? 選手じゃないけど旗手をするの? てっきり「旗手イコール選手」と思い込んでいた私はびっくり。
 ・・・と言うわけで、マルティノフ選手は今回は出場しません。
 しかし、引退したわけではないそうで、4年後再びオリンピックに出場するかもしれません。

 
 
  

レッドホットチリペッパーズがミンスクの空港で・・・

2016-07-10 | ベラルーシ旅行・長期滞在・留学注意情報
 アメリカのロックバンド、「レッドホットチリペッパーズ」がウクライナでのロックフェス参加の後、ロシアでのライブ参加のため飛行機で移動中、ベラルーシで乗り換えをすることになった。ミンスク国際空港に降り立ったバンドメンバーをミンスク空港の税関職員は別室に招き、
「これにサインしてください。」
となぜかアメリカのヘビーメタルバンド「メタリカ」のCDやメタリカのメンバーが写っている写真を取り出した。
 
 レッドホットチリペッパーズのメンバーが「我々はメタリカではない。」といくら説明しても、ベラルーシの税関職員は聞き入れず、
「いーから、サインして!!!」
とお願いを繰り返したので、仕方なくレッドホットチリペッパーズのメンバーはメタリカのCDジャケットや写真にサインした・・・

 その様子をメンバーは撮影し、さらにその画像をレッドホットチリペッパーズのベーシスト、フリーが自分のインスタグラムで公開したため、このニュースが全世界を駆け巡ることに・・・!

 そのインスタグラムはこちら

 画像に写っている机やいすやソファーの感じが、いかにもベラルーシの家具デザイン! 
 その中でサインをさせられているレッドホットチリペッパーズのメンバー・・・

 外国人「ベラルーシ人、こえー」
 ベラルーシ人「ベラルーシの税関が子どもっぽくてすみません。」
 ベラルーシ人「気にしないで! ベラルーシはレッドホットチリペッパーズを愛しているから!」
・・・などのコメントが寄せられ、この記事についても(私が今見た時点で)1万7千以上の「いいね!」がつき、ベラルーシのマスコミも取り上げました。

 ベラルーシへ来られる予定の日本人の皆様へ。
 もしかするとあなたも「あなたはあの有名な○○さんですよね! サインして!」とベラルーシの関税で頼まれるかもしれません。
 「いえ、人違いです。」と言っても、たぶん税関職員は聞き入れてくれないでしょう。レッドホットチリペッパーズのメンバーの心の広さを見習い、笑顔でサインに応じましょう。
 何と言っても、They had the power ですから。(レッドホットチリペッパーズでも勝てません。)
 
 

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第195回」

2016-07-04 |  ビタペクト配布活動
7月4日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第195回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト3を14個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを2部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2432個、セルロースの合計は82個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2137部となりました。
 今回で通算211回目の配布となりました。
 延べ人数ですが、2432人の子どもにビタペクトを、約73人の子どもにセルロースを、2137家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215


(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13


(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b


(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html



(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/bb1fb7afb4cac464789e2684181e7d42


(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)

http://www.belrad-institute.org/


(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


 チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a


 今回はミンスク市(チェルノブイリ原発から約350キロ)から1家族が自分の子ども11人と親戚の子ども3人を引率していました。

 この一家は2014年にもSOS子ども村に滞在しています。そのときの様子はこちらをご覧ください。

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第164回」

 前回の測定結果と今回の測定結果は以下のとおりです。○印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しています。

父親(チェルノブイリ事故発生時11歳)10ベクレル → 13ベクレル
母親(チェルノブイリ事故発生時15歳)14ベクレル → 17ベクレル
長女(17歳)18ベクレル → 25ベクレル ○
次女(16歳)11ベクレル → 21ベクレル ○
長男(15歳)23ベクレル ○ → 30ベクレル ○ 
次男(14歳)30ベクレル ○ → 19ベクレル ○
三男(13歳)40ベクレル ○ → 27ベクレル ○
三女(12歳)24ベクレル ○ → 24ベクレル ○
四男(10歳)16ベクレル → 29ベクレル ○
五男 (8歳)19ベクレル → 22ベクレル ○ 
六男 (7歳)41ベクレル ○ → 30ベクレル ○
四女 (5歳)33ベクレル ○ → 33ベクレル ○
五女 (3歳) 0ベクレル → 26ベクレル ○ 
姪  (9歳)28ベクレル ○ → 29ベクレル ○
姪 (14歳)20ベクレル ○
姪 (14歳)19ベクレル ○

 9歳の姪はソリゴルスク(チェルノブイリ原発から約230キロ)で、14歳の姪2人はスルーツク(チェルノブイリ原発から約250キロ)で暮らしています。

 前回より数値が減った子どももいますが、全体的に増えてしまい、がっかりするご両親。
 牛乳や肉類は全てミンスク市内のスーパーや市場で購入しているとのこと。
 野菜はスルーツクに住んでいる親戚の畑からもらっています。
 スルーツクに住んでいる姪2人は自分の家で飼っている乳牛の牛乳をいつも飲んでいますが、定期的に検査しているそうです。
 親戚の畑の野菜はだいぶ前に検査をしたら、問題なかったとのことで、それ以降は検査をしていません。スルーツク自体が汚染地域に指定されたことがありません。
 ベリー類は検査済みのものしか食べないようにしているしお肉は必ずゆでてした処理したもの、きのこは室内栽培されているマッシュルームしか食べないそうです。

 ただティーンエイジャーの子どもはそうでもないものの、年少の子どもは牛乳と乳製品が大好きで、毎日かなりの量を摂取しているそうです。
 カルシウムは体にとって大事な栄養素だから、それはいいものの、被爆の原因は牛乳かも・・・と話をしました。
 店で販売されている(つまり検査済み)の牛乳であっても、基準値が1リットル100ベクレル(ベラルーシの基準値です。)では、このように子どもの内部被爆が進んでいくという例だと思います。
 (もっとも、この一家が食べている食品を逐一検査したわけではないので、断言できません。)

  子どもたちには折り紙や折り鶴のプレゼント、着物から作ったスマホケースをプレゼントしました。また日本の踊りも紹介しました。絵葉書には子どもたちの好きな言葉を日本語で書いて渡しました。(「愛」「朝」「友情」「飛行機」などなど。)

画像の説明ですが、私が比較のため2年前の測定結果が印刷された用紙を持って行ったら、子どもたち自身が寄ってきて、前と比べて数値が減ったのか増えたのか知りたがり、年長のお姉さんに一人一人読み上げてもらったところを撮影したものです。
 「やったー放射能減った。」「増えちゃった。」などと一喜一憂する子ども達。
 ベラルーシでよく見かける日常風景ではありませんが、ありえる一コマになっていることに気がつきました。
 日本ではない光景ですね・・・自分の内部被爆量を知っている子ども達。放射能に関心がある子ども達。
 でもやはり子どもであっても、被爆の有無を知らないより知っているほうがいいと感じました。

 最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙や絵葉書など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。