ベラルーシの部屋ブログ

東欧の国ベラルーシでボランティアを行っているチロ基金の活動や、現地からの情報を日本語で紹介しています

第10回 体調と対策メモ 読書

2017-03-27 |  体調と対策メモ
 お久しぶりです。「体調と対策メモ」第10回目の寄稿となりました。
 この投稿記事をお寄せくださっている方から読書がうまくできなくなった、と言う症状についての対策について、詳しく教えていただきました。
 いつものようにこのブログ上で公開しますので、このような症状があるかた、思い当たることがある方、ぜひご覧ください。

(第1回からの「体調と対策メモ」はこちらにまとめてあります。)
 
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 こんにちは。
 お久しぶりです。
 体調と対策メモの者です。

 体調不良対策を続けて、現在の体調は、不調ながら安定しています。
 午前中や気温の低い日の体調はよくないですが、よくないながらデトックスや、体温保持を心がけていると、なんとかすごせているというところです。

 本日は、ある特殊な不調の症状について、対策を書こうかと思います。同じような症状の方の参考になればと思います。

 2011年の夏ごろから、わたしには体調不良とともに、原因不明のある症状がありました。 それは、「テレビドラマを見ても、すんなりと筋立てがわからない」というものでした。
 年が明けて、2012年の2月頃になって、これに加えて深刻な症状が出ました。

 本が読めないのです。

 短い文章や、町の看板のようなものは読めます。
 チャットも出来ますし、文章もかけますし、言葉も話せます。

 しかし、長い文章が、目が滑ってしまってまったく読めないのです。
 ふつうに会話はできますし、長い文章も書けるので、「長い文章を読む」ことだけができないのは、驚きでしたし、不便でした。

 当時、同時に発現していた身体症状としては、持続するリウマチのような神経の痛みと、毎日続く激しい疲労感、忘れっぽい、左手のしびれです。

 もちろん、精密検査も受けました。
 結果として「異常なし」と言われていたため、どうしたものだろうと長い期間悩んでいました。

たとえば、脳梗塞などで右脳に異常が出ますと、左手がしびれて動かなくなったり、言葉を操る能力のにどこかに異常が出ることがあるそうです。

 わたしは、精密検査では異常がないと言われましたけれども、脳梗塞などの重い病気ではなく検査ではわからないくらいの、もっと軽微な異常が右脳のどこかにあったのかもしれないと思いました。

 長い文章が読めないのは、生活していく上で本当に不便なので、わたしは自分なりに出来る限りの対策をいたしました。
 以下にそれを列挙します。


○亜鉛サプリを摂取する。

 長い文章を読むためには、脳の海馬と言うところに読んだ文章を一時的に記憶しておか
ないといけないようです。そうすることで、長い文章の前後関係を理解しながら読んでいくことができるそうです。
 この海馬が必要とするミネラルは亜鉛です。
 亜鉛は、体内に重金属が吸収されたときなどに、免疫力を上げたり有害物質を排出するために大量に使用されるそうなので、亜鉛不足ではないかと思い、亜鉛サプリを飲むようにしました。
亜鉛は、過剰に飲むと身体に害が出ますので、気をつけて一日の摂取量を守ってください。また、鉄は亜鉛の吸収を阻害し、亜鉛は鉄の吸収を阻害するので、亜鉛と鉄のサプリは同時に飲まないようし、朝は亜鉛、夜は鉄と言うふうに時間を離して飲むようにしました。
 サプリで過剰症になるのが不安な方には、食品での摂取をおすすめします。
 亜鉛を安全に摂取できる食品は、ココアとビール酵母です。


○カルシウムをたくさん摂取する。

 脳が必要とする栄養素として大切なのがカルシウムです。
 食品からのカルシウムは、ストロンチウムが含まれている心配があるためなるべく避け、サプリメントで飲むように心がけました。
 食品で摂取したい方には、高野豆腐や切り干し大根など乾物にたくさん含まれています。

○パズルなど、頭を使う遊びをする。

 短期記憶が衰えており、頭を使うさまざまな能力が落ちてきていますので、リハビリのためにパズルや神経衰弱などのソリティアをしました。
 最初は、頭を使うとめまいがしたり頭痛がしたり、神経の痛みを感じたりしましたが、だんだん解けるようになっていき、楽しくなりました。
 後述しますが、わたしが絵本などを読んでいたころ、同時にパズルをしていたのが回復を早めたと思っています。


○編み物をする。

 右脳を刺激するために、左手で細かい作業をしてみようと思いました。また、当時はよく左手がしびれたり、指がつったりしていたので、このまま左手が動かなくなったら怖いな、という不安がありました。
 それで、両手を使う細かい作業は何かなと考えたとき、「編み物をしてみよう」と思い立ちました。
 編み物のいいところは、失敗したらほどいてやり直せるところです。
 身体はだるいし、思い通りにならないことが多い時期でしたが、編み物をしていると落ち着きましたし、何かしら形になるものが出来上がるのは続けるモチベーションになりました。
 他の手芸とちがって、太い毛糸と太い針を使えば、そんなに目にも負担にならないのがいいところです。出来上がったものは、ちょっとしたギフトにもなりますし、体調不良の方にはおすすめの趣味だなと思いました。


○本を読んでみる。

 まず、字の大きな絵本から読み始めました。
 最初は絵本でも、読むだけで疲れてしまったので悲しかったです。でも絵本からはじめたことで、「まだ自分にも読みきれる本がある」と思えたのはモチベーションになりました。
次に、児童書を読みました。
 児童書は字が大きく、わかりやすいのがありがたいです。以前なら30分もかからないで読めたような本でしたが、最初は一冊読むのに一週間かかりました。
 ページを開いて左下まで読むうちに右上のほうの内容を忘れてしまい読み戻る、ということを何度も続けましたが、読みきれたとき、「やった!」と思いました。


 児童書が読めるようになったら、ことわざや格言のような本、ビジネス書のようなノウハウ本を読むことにしました。
 こういう本は、役に立つことも書いてあるのがありがたいです。
 また、ビジネス書は、見出しが大きく書いてあり、そこにポイントをおさえて、いくつかの段落にハウツーが書いてある、という内容が一般的なので、長い文章の前後関係を理解しなくても読めるので、ありがたかったです。
 同時に、読みながらポイントをノートに書き写すようにしました。記憶力を回復させるためでした。これは役に立ったように思います。

 最後に、字の細かい小説です。
 最近、ようやく、字の細かい文庫本が読みきれるようになってきました。
 まだまだ時間がかかり、普通の人が3時間くらいで読める文庫本を読むのに、まる二日くらいかかってしまいます。
 また、じっと読んでいると、めまいがしたり、頭痛がしたり、眠くなったりしてきますが、そんな時は、いったん字の小さな本の読書はやめて、児童書にもどり、ハウツー本を読み、編み物をしたりして目を休めてから、小説にもどるというローテーションで読書しています。

 リハビリの経過を申し上げると、まず、絵本からはじめて児童書を読みきるまでは一年かかりました。その後は緩やかに回復しており、今は字の小さな文庫本を読みきるのに二日、というペースまで回復しました。
 ただ、倒れる前は、文庫本を一冊三時間くらいで読んでいたわけですから、ぜんぜんまったく遅いのですが、それでも小説を読めるようになったのはうれしいことです。
 目標は一日一冊です。

 今回のメモは以上です。
 最近、ネットなどを見ても、字が読めなくなった、文章がわからなくなったなどの症状をちらほらと見かけます。長い文章がダメ、漢字がダメ、むしろひらがながダメなど様々な症状の方がいらっしゃることを知りました。

 読めないけど書ける、しゃべれる、言葉を知っている、等とちぐはぐなところがある症状のため、他人に説明することが難しいですけど、打てる手はどこかにあると思います。必ずなおるとは断言できませんが、わたしの例が誰かのお役に立つことがあればいいなと思っています。

 また、最後になりますが、わたしは自分の症状を被爆のせい、放射能のせいとは断言いたしませんし、脳に異常があったとも申しません。(精密検査では「異常なし」でした)
 ただ、とても不思議な不調で不自由をしたことがありますので、この体験がどなたかの
お役に立てればという思いで書きました。参考程度にしていただければと思います。

 もし、実際に「文章が読めない」「左手がしびれる」という症状がある方は、絶対にまずは精密検査をお受けになってください。脳の異常は、検査をして早めに対処が必須です。
 そのうえで、どこも異常がないという結果になりましたら、ダメもとくらいで、わたしの方法を試していただけたらと思います。


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 テーマが「読書」長い文章が読めないという問題なのですが、その対策がパズルや編み物なんて! と感動しました。
 亜鉛やカルシウムといったサプリの話ですが、食材も挙げてくださってありがとうございます。
 この寄稿が誰かのために役立つように・・・!とベラルーシから祈っています。


ミンスク市立中央児童図書館での「子どもの読書」イベントに参加しました

2017-03-25 | 日本文化情報センター
 ベラルーシの学校は今日から1週間春休みです。
 春休み第一日目の今日、ミンスク市立中央児童図書館での「子どもの読書」イベントに日本文化情報センターは参加しました。
 ミンスクには児童図書館が18箇所ありますが、それぞれの図書館で特にたくさんの本を借りている児童とその両親が選ばれ、このイベントに招待され、最優秀来館者ということで、表彰されました。
 他にも関連イベントがありましたが、日本文化情報センターは児童図書館で日本文化が学べます、ということで参加しました。

 このイベントの詳細はミンスク市立児童図書館のHPで近日中に公開されますので、そのときにはここでもリンクを貼りますね。



半年間無職の国民に罰金というニュースの続報

2017-03-24 | ベラルーシ生活
 今からおよそ2年前に2015年4月、「半年間無職の国民に罰金」というベラルーシ発のニュースをご紹介しましたが、その続報です。

 2年前にこの法律が施行されたときは、「日本でもそうしたらいいのに。」という日本人のネット民の声がけっこう多かったですね。本当に日本でニートの方がどう思うのかと考えると気の毒になりますが。
 さて、当のベラルーシ人はというと、これと言って反対する人もなく、静かでした。
 ところが、今年に入ってから、この法律に反対する人が激増。どうして今頃になって?
 理由の一つはいわゆるニートだけではなく、専業主婦も無職なんだから、この罰金(ベラルーシでは税金と言っています。)を払うようになったからです。
 ちなみにこの法律、ベラルーシに居住している外国人も対象です。私、専業主婦でなくてよかった。

 そのためここ最近では、毎週土日になると、ベラルーシ各地で、この税制に反対するデモ集会が行われています。

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 3月25日の続報です。
 そもそも3月25日は今から99年前のベラルーシ人民共和国樹立の記念日です。
 しかし、結局ソ連に組み込まれてしまい、このベラルーシ民族の悲願であった独立国家は消滅いてしまいました。
 今でも、あのときベラルーシ人民共和国がうまく続いていたら、と思うベラルーシ人も一定数いるわけで、3月25日は政府に批判的なデモが起こりやすいのです。
 結局、今年は3月24日にミンスク市長が、いかなるデモ、集会も認めない、とけん制したものの、25日ミンスク市中央部から少し離れた場所で降雪の中、抗議デモの行進が始まりました。
 機動隊が投入され、100名を超える身柄拘束者が出ました。外国人も含むと報道されましたが、ロシア人ジャーナリストのようです。

 その時間帯は、現場付近の道路の交通規制、地下鉄3駅は停車しなくなりました。
 ベラルーシの夕方6時現在、交通規制は解除され、町は平穏です。

 ベラルーシに長期滞在、あるいは旅行で滞在を予定している日本人の皆さんへ。
 特に最近はネット上で注目を集めたいからと、不用意にスマホなどでデモの様子を撮影しようとする人が多いですが、上記のように外国人ジャーナリスト、あるいは参加者と勘違いされて、身柄を拘束される可能性があるので、そのようなことはしないようにしましょう。
(実際に拘束された日本人が過去にいます。)
  
 

ベラルーシ経由で放射性物質が輸送されていたニュース

2017-03-21 | 放射能関連情報
 アルメニアからベラルーシ南東部の都市ゴメリの空港を介してブルガリアに輸送される予定の貨物から基準値の250倍を超える線量の放射背物質が見つかった・・・というニュース。(2017年3月20日)

 ゴメリ空港で検査をし、さらに合法的に輸送される物であるという文書が添付されていることが分かったので、そのままブルガリアに飛行機(貨物便)で輸送した・・・そうです。

 アルメニアもブルガリアも何を考えているのか。
 私たちの頭上で何が飛び交っているか、その飛行機が墜落したりしたら、どうなるのか、想像するだけで怖いです。

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第207回」

2017-03-20 |  ビタペクト配布活動
 3月20日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第207目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト3を7個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを2部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2515個、セルロースの合計は85個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2160部となりました。
 今回で通算223回目の配布となりました。
 延べ人数ですが、2515人の子どもにビタペクトを、約76人の子どもにセルロースを、2160家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215


(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13


(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b


(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html



(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/bb1fb7afb4cac464789e2684181e7d42


(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)

http://www.belrad-institute.org/


(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


 チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a


(家族A)

 グルボーコエ(チェルノブイリ原発から約450キロ)から来た家族。
 この家族にはビタペクト3を2個渡しました。
 この一家は2008年、2014年、2015年にも保養に来たことがあります。
 そのときの様子はこちらをご覧ください。

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第78回」(家族B)

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第159回」(家族A)

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第174回」(家族A)

 それぞれの体重1キロあたりの放射能測定結果はこのとおりです。2008年、2014年、2015年に測定をした子どもはその結果も表記しました。
 ○印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しています。

母親(事故発生時15歳)17ベクレル ○ → 16ベクレル → 12ベクレル → 14ベクレル
長女(25歳)  4ベクレル → 15ベクレル
次男(19歳) 17ベクレル(2014年) → 3ベクレル → 17ベクレル
三男(15歳) 27ベクレル ○ → 25ベクレル ○ → 19ベクレル → 14ベクレル
次女(10歳)  0ベクレル → 33ベクレル ○ → 17ベクレル → 33ベクレル ○
孫(女・3歳) 11ベクレル(今回初測定)
孫(男・1歳) 17ベクレル(今回初測定)
男子(13歳) 22ベクレル ○ → 6ベクレル → 31ベクレル ○

 孫2人は長女の子どもです。チロ基金としてはこの長女とその娘は別の家族とせず(家族A)といっしょに表記しています。
 三男は急性白血病患者です。13歳の男の子は養子で、肝臓に腫瘍ができています。
 このお母さんとはまたゆっくり話ができませんでした。13歳の男の子がSOS子ども村のすぐ近くにある子ども腫瘍学センター(病院)に通院治療を請けているので、1日2回連れて行っていました。
 ただ、33ベクレルだった次女が、自分の家の水道の水を生で飲んでいるから、一人だけ数値が高いと思うとお母さんが言い出しました。
 何でも自分の家の水道水を測定にだしたことがあるそうです。すると、放射能に汚染されている、という結果だったので、「どうしたらいいんですか。」ときいても、「どうしようもない。」という返事しかもらえなかったそうです。
 もっとも「数値はどれぐらいだったんですか?」と私がきいても、お母さんは、覚えていないと言う返事でした。おそらく高い数値ではなかったと思います。そうでなかったら、とっくにこの町で病人が続出すると思います。

 チェルノブイリ原発事故発生からもうすぐ31年ですが、地面にしみこんだ放射性物質が、地下水にしみこんでいる混ざっている状態なのかもしれません。ベラルーシでは地下水を汲み上げて水道水に使っている自治体が多いのです。
 お母さんの話ではグルボーコエは周りの土地と比べて標高が低く、放射能がたまりやすいと思うと話していました。
 水道から放射能の含まれた水が出ているなんてショックです。
 フィルターを通してろ過した水を飲むようにすればいいのではないかと思いますが、全て放射性物質が取り切れるか分かりません。
 水道水が汚染されているとなると、「きのこをきれいに洗って放射能を取りのぞきましょう。」といったアドバイスが役に立たなくなります。
 何だか心配です。


(家族B) 
 コルマ(チェルノブイリ原発から約140キロ)からお母さんが5人の実子と2人の養子をつれて保養に来ていました。この家族には5個をビタペクト3を渡しています。
 それぞれの体重1キロあたりの放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しています。

母親(事故発生時3歳)21ベクレル
女子(12歳) 45ベクレル ○
男子(10歳) 30ベクレル ○
男子 (7歳) 43ベクレル ○
男子 (5歳) 28ベクレル ○
男子 (2歳) 29ベクレル
養子 (3歳) 40ベクレル ○
養子 (2歳) 36ベクレル 
 
 この一家にはさらに3人の実子がいますが、今回はお父さんと留守番をしているそうです。
 お母さんは子どもたちの数値が高かったので、驚いたそうです。
 お話によると、この一家はもともとゴメリ市に住んでいました。お母さんの祖母が病気になり、介護が必要になったので、思い切ってゴメリの家を売って、祖母の住む村に引っ越したそうです。
 それが5年前。祖母は2年後亡くなったのですが、自然環境のいい村で子どもを育てようと考え、養子ももらいました。
 この村は実際には汚染地域に指定されていたのですが、住むことは許されていました。1年前には汚染地域指定から完全に解除されたそうです。
 ところが、引っ越してから家族が病気になるようになったそうです。まず45歳の父親が急に高血圧になり、降圧薬を飲んでいるのに、全く血圧が下がらないそうです。
 7歳の男の子は、生まれたとき健康だったのに、現在心臓に穴が空き、頻脈になって、この冬2回入院したそうです。医師は18歳になったら、心臓手術をするよう勧めましたが、それまでの11年間は、半年おきに入院しないといけないそうです。

 12歳の女の子は慢性頭痛に悩まされるようになりました。
 10歳の男の子は2カ月前、海外へ保養に行ったそうです。それで、この子は数値が低いとお母さんは話していましたが、私からすると他の子どもと大きな違いはないように思います。
 
 他の子ども達は比較的健康だそうです。
 お母さんは被爆の原因を家で飼っているヤギの乳を飲んでいるからだと、主張していました。
 この一家は、森のキノコ、ベリー、野生動物の肉(ジビエ)、販売されている牛乳などは一切口にしていないそうです。
 一度、心配して飼っているヤギの乳を検査してもらったところ、
「6ベクレルだから大丈夫。」
と言われたそうです。それが本当に大丈夫なのか、あまりお母さんは信じていないようでした。

  画像は記念撮影したものです。全員写っているわけではありません。お絵かきが好きな子どもたちが多かったです。(^^)

 今回子どもたちに折り紙、折り鶴、日本のシールなどをプレゼントしました。
 最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。
多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。
 
 

ミンスクにある長崎の鐘について(11)

2017-03-11 | 放射能関連情報
 2017年3月現在の長崎の鐘の様子はこのようになっています。
 このブログ上で問題提起しましたので、3月11日付の投稿記事をご報告とさせていただきます。
 
 まあ、またこれからどうなるのか、予測できない部分もあります。
 ベラルーシに住んでいる日本人、また在ベラルーシ日本大使館が(公式ではありませんが)声赤い教会に対して上げたことが、よかったのか、それともそれは無関係で星条旗が外されたのかも分かりませんが、とりあえず今はよし、という状況です。
(あ、ちなみに私が長崎大司教区にサイトを通じて送ったメールの返信はいまだに来ていません。(笑))

 私はミンスクで暮らしていますので、また長崎の鐘の今後についても見守りたいと思います。

 画像は見学に訪れたと思われる一家。私が画像を撮影している間も、長崎の鐘にはけっこう多くの人が訪れていました。
 このような形で、ミンスク市内で核の犠牲者の慰霊、そして反核を訴えている長崎の鐘ですから、それが持つ意義もよく考えて大事にしていかないといけませんね。


 

ミンスクにある長崎の鐘について(10)

2017-03-11 | 放射能関連情報
 以前ウクライナ国旗は長崎の鐘の裏側にぽつんと設置されていたのですが、今日本国旗の横に設置されています。
 では、長崎の鐘の裏側はどうなっているのかと言えば、画像のとおり、何の国旗もありません。
 星条旗はどこにもありませんでした。
 また「ミンスクにある長崎の鐘について(3)」でもご紹介しましたが、アメリカからの土の由来を説明するプレートもありませんでした。

 つまりペンキの塗り直しの際に取り外されたまま、元に戻していない、ということです。
 すると、納められているはずの土が入ったカプセルはどうなっているのでしょうか。
 もしかすると、撤去されたかもしれませんが、土はそのままで、星条旗とプレートだけ外されている可能性が高い気がします。
 
 一方でこの長崎の鐘の裏側をよく見ると、右側に1本国旗を取り付けられる器具がつけられていることが分かります。
 ですから、しばらく経ってから、またここに星条旗が設置されるかもしれません。

 
 

ミンスクにある長崎の鐘について(9)

2017-03-11 | 放射能関連情報
 以前このブログで「ミンスクにある長崎の鐘」についてご紹介しました。
 (1)から(8)までの記事についてはこちらです。

 この長崎の鐘にアメリカの国旗がつけられているのは、いかがなものか、という話でしたが、その後、ペンキが塗られ直されることになり、国旗も外されていました。
 もうペンキ塗りも終わっただろうが、その後の赤い教会の対応はどうなっているのだろうと、心配していましたが、昨日様子を見に行くことができました。
 
 画像のとおり、星条旗は外されたままでした。日の丸の横にあるのはウクライナの旗です。
 真ん中はベラルーシ国旗。
 左側にはロシアの国旗とカザフスタンの国旗が風のせいで絡まりあっています。
(やっぱりロシアとウクライナの国旗を並べることは、現状ではできませんね・・・。並べたら、苦情を言う人あるいは政府が出てきそう。)

 
 

第14回ベラルーシ日本語弁論大会に参加しました

2017-03-10 | 日本文化情報センター
 2017年3月10日に行われたベラルーシ日本語弁論大会(ベラルーシ日本語教師会と在ベラルーシ日本国大使館共催)に日本文化情報センターの日本語教室の生徒が初めて参加しました。
 ベラルーシ日本語弁論大会の公式サイトはこちらです。(日本語版)
 この中の「資格とルール」を読むと分かるのですが、母国語ではない言語でのスピーチ、質疑応答はかなり難しく、日本文化情報センターとしては日本語教室の生徒に参加者募集のお知らせをしても、強く勧めることは今までしていませんでした。
 しかし今年、生徒の一人が参加したいと希望しましたので、ついに初めて参加することになりました。

 条件により第1部と第2部に分かれますが、今回は合計17名の参加者でした。それぞれの部ごとに第1位から第3位まで表彰されますが、日本文化情報センターの生徒、カゼルスカヤ・マルガリータさんは、緊張しすぎて結果は全然だめでした。
 しかし参加することに意義がありですね。参加者全員、順位関係なく日本語そして度胸が鍛えられたと思いますよ。 

 マルガリータさんを応援するため会場に来ていた他の生徒たちですが、弁論大会の様子を見て、難しそうだから自分は出たくない、と言うことはなく、
「来年は自分が出場したい。」
と言っていましたので、来年は日本文化情報センターからの参加者数も増えると思います。

 このような形で日本語を勉強するのもベラルーシでは大変よい機会だと改めて思いました。
 今後も日本文化情報センターの日本語教室の生徒で参加希望者が現れましたら、応援していこうと思います。 
 

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第206回」

2017-02-24 |  ビタペクト配布活動
 2月24日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第206目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト3を12個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを2部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2508個、セルロースの合計は85個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2158部となりました。
 今回で通算222回目の配布となりました。
 延べ人数ですが、2508人の子どもにビタペクトを、約76人の子どもにセルロースを、2158家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215


(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13


(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b


(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html



(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/bb1fb7afb4cac464789e2684181e7d42


(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)

http://www.belrad-institute.org/


(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


 チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a


 今回はグロドノ(チェルノブイリ原発から約400キロ)から家庭タイプ型孤児院の家族がSOS子ども村に保養滞在していました。
 ご両親が13人の養子と1人の知人の子どもを引率していました。家庭タイプの孤児院とベラルーシで言われる家族です。この家族には12個のセルロースを渡しました。
 この家族は2008年、2011年、2012年、2014年、2016年にも保養に来たことがあります。
 
2008年の保養滞在のようすはこちらをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第81回」(家族B)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/6c2428b23895a02787fe67d908faf93a


 2011年の保養滞在のようすはこちらをご覧ください。
 チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第125回」(家族A)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/f3ca7b747528f104915448e904e47992


 2012年の保養滞在のようすはこちらをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第142回」(家族A)

 2014年の保養滞在のようすはこちらをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第169回」(家族A)

 2016年の保養滞在のようすこちらをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第188回」(家族A)
 以前の測定結果と今回の結果はこのとおりです。

 2008年、2011年、2012年、2014年、2016年、今回の結果を順番に表記してあります。
 ○印の子どもにビタペクトT(2008年はビタペクト2)を、▽の印の子どもに1個ずつセルロースを渡しました。
 
母親(事故発生時16歳)19ベクレル → 6ベクレル → 10ベクレル → 12ベクレル → 3ベクレル → 11ベクレル

父親(事故発生時3歳)(2017年初測定)7ベクレル

男子(17歳) 7ベクレル → 29ベクレル ○ → 0ベクレル → 0ベクレル → 4ベクレル → 15ベクレル

女子(17歳)(2017年初測定)23ベクレル ○

女子(16歳) 7ベクレル → 12ベクレル → 25ベクレル ○ → 22ベクレル ○ → 29ベクレル ▽ → 30ベクレル ○

女子(15歳)(2014年初測定) 0ベクレル → 19ベクレル → 38ベクレル ○

男子(15歳)40ベクレル ○ → 28ベクレル ○ → 26ベクレル ○ → 26ベクレル ○ → 5ベクレル → 19ベクレル ○

男子(15歳)54ベクレル ○ → 30ベクレル ○ → 22ベクレル ○ → 27ベクレル ○ → 5ベクレル → 28ベクレル ○

女子(15歳)(2011年初測定)33ベクレル ○ → 30ベクレル ○ → 0ベクレル → 4ベクレル → 33ベクレル ○ 

男子(11歳)(2014年初測定)22ベクレル ○ → 24ベクレル ▽ → 29ベクレル ○

男子(11歳)(2016年初測定)28ベクレル ▽ → 42ベクレル ○

男子(10歳)(2017年初測定)23ベクレル ○

男子 (9歳)(2011年初測定)30ベクレル ○ → 21ベクレル → 25ベクレル ○ → 33ベクレル ▽ → 36ベクレル ○

男子 (5歳)(2016年初測定)29ベクレル ▽ → 22ベクレル ○

女子 (4歳)(2016年初測定)18ベクレル ▽ → 34ベクレル ○

女子 (7歳)(2017年初測定)24ベクレル ○

 15歳の男の子2人は双子です。5歳の男の子と4歳の女の子は兄妹です。7歳の女の子は知人の子どもですが、経済的に困窮している家庭の子どもで、頼まれて引率したそうです。
 この家族にはまた新しい養子が3人増えていました。
 17歳の女の子は最近養子に入ったようなのですが、いわゆる養護学校に通っているそうです。複雑な事情があって、この家族とともに暮らすようになったようです。
 17歳の男の子は1年前に急にアレルゲン不明のアレルギーにかかりました。全身に湿疹ができるので、病院へ行き、原因を調べたのですが、分からないと医者に言われたそうです。両親は
「花粉症だ。」
というのですが、涙が出たり、といった典型的な花粉症の症状はないそうです。
 さらには
ボルシチェビークのせいかもしれない。」
とお母さんが言うので、
「どこかで触ったんですか?」
と質問したら、
「分からない。」
と言う返事。本人も何も言わないし、でも17歳なんだから、ボルシチェビークに触ったかどうかぐらい分かると思うんですが・・・
 とにかく原因を知りたいので、ミンスクの専門病院に行って診察してもらうと、お父さんは話していました。 

 画像は記念撮影したものです。お昼寝中の小さい子どもは写っていません。
 今回も子どもたちに折り紙、折り鶴、文房具、お守りなどをプレゼントしました。
 最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。
 

チロ基金の活動「戦争と平和の絵本と子どもたちの絵」

2017-02-16 | チロ基金
 新しい活動報告をいたします。昨年広島県にお住まいのS様から2冊の日本の絵本「おりづるの旅 さだこの祈りをのせて」(うみのしほ・作 狩野富貴子・絵 PHP研究所・出版)と「ピンク色の雲-おばあちゃんのヒロシマ」(宇留賀佳代子・作 稲田善樹・絵 てらいんく・出版)のロシア語版を日本文化情報センターに寄贈していただきました。どちらも広島の原爆がテーマです。

 せっかくロシア語に翻訳されていてすぐにベラルーシ人の子どもでも理解できるわけですから、感想文をこちらから広島へ返礼としてお送りしようと思ったのですが、もっと分かりやすく本を読んだ感想や受けた印象などを絵に描いてもらおうという企画が立ち上がりました。

 協力してくれたのはミンスク市内にあるハーモニー絵画教室のエレーナ・ブラト先生です。
 この絵画教室は公立の施設で小中学生に美術や手工芸、スポーツなどを教えているスベートチ青少年センターの中にある絵画教室です。約30名の子どもが週に2回絵画を習っています。
 エレーナ先生がこの企画に賛同してくださり、まず2冊の絵本を低学年の子どもには読み聞かせ、また高学年の子どもは自分で読み返し、自分たちが感じたことを自由に絵で表現してもらいました。
 集まった作品はまとめて郵送し、現在無事広島に届いています。S様がそれぞれ配布元または作者に全て渡してくださるとのことなので、広島や東京で展覧会などに出展させてもらえれば、より多くの人に見てもらえると思います。

 今回郵送費をチロ基金が支援しましたので、ここにご報告させていただきます。
 この2冊の絵本は日本文化情報センターで閲覧できるようになっていますので、今後も多くのベラルーシ人児童に読んでもらえると思います。
 
 原爆とか戦争と言っても、よく分からないという子どももたくさんいる時代になりましたが、
常に語り続けなくてはいけませんね・・・とエレーナ先生とお話しました。
 戦争とは何か、平和とは何か、一言では語りつくせませんが、絵本を読んだり、絵を描いたりするのも多くある平和教育の方法の一つではないかと思います。
 そんな中、このような機会をベラルーシの子どもたちに与えてくださった広島のS様、本当にありがとうございました。この2冊の絵本を読んだ子どもは人種を問わず、まじめに戦争と平和について考えると思います。
 

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第205回」

2017-02-06 |  ビタペクト配布活動
2月6日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第205目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はセルロースを13個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを2部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2496個、セルロースの合計は85個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2158部となりました。
 今回で通算221回目の配布となりました。
 延べ人数ですが、2496人の子どもにビタペクトを、約76人の子どもにセルロースを、2158家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215


(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13


(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b


(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html



(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/bb1fb7afb4cac464789e2684181e7d42


(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)

http://www.belrad-institute.org/


(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


 チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a


 家庭タイプ型孤児院の2家族がSOS子ども村に保養滞在していました。
 

(家族A)

 お母さんがゴメリ市(チェルノブイリ原発から約140キロ)の近くのテレシコビッチ村から、7人の子どもを引率していました
 この家族は2013年11月にも保養滞在していました。そのときの様子はこちらの過去ログをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第156回」 

 この家族には7個のビタペクト3を渡しました。
 それぞれの前回と今回の内部被爆測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト3を1個ずつ渡しました。

母親(事故発生時25歳)11ベクレル → 13ベクレル 
女子(17歳) 42ベクレル ○ → 34ベクレル ○
女子(17歳) 33ベクレル ○ → 21ベクレル ○
女子(16歳) 26ベクレル ○ → 38ベクレル ○
男子(15歳) 30ベクレル ○ → 21ベクレル ○
男子(14歳) 39ベクレル ○ → 36ベクレル ○
男子(14歳)(今回初測定)37ベクレル ○
女子(13歳) 23ベクレル ○ → 39ベクレル ○

 21ベクレルだった17歳の女の子と16歳の女の子はアレルギー体質で、突然激しい咳をすることがあるそうです。
 医者は花粉症だと言ったので、自宅前の花壇の花を切ったところ、治ったとお母さんは言っていました
 ところがこの咳は冬でも起こると言うので、「それは花粉症ではないのでは・・・。」と私が言うと、単に埃のせいかもしれないとお母さんは考えているそうです。ただ
「SOS子ども村に来てからは、まったく咳が出ていない。ここは空気がきれいだからに違いない。」
とも話していましたので、結局何がアレルギー反応の原因になっているか分からないようです。

 お母さんは5年前心臓発作を起こしたと以前話していましたが、その後腸の病気になって倒れたので、救急車で運ばれ緊急手術をした結果、小腸の一部を除去したそうです。
 それが半年前で、後遺症のためずっと下痢が続いているのですが、医者の言うとおりにさまざまなサプリや薬を飲んでも全く改善せず、苦しんでいました。
 こんな状態でも、養子である子どもたちを育てているお母さん・・・
「おかげで7キロやせたわ。」
と笑っていましたが、話を聞いている私は大丈夫なのかしら?と本当に心配になりました。
 しかし医者でもないので、どうしたらいいのか分からないし、もっとちゃんとした医者に相談するほうがいいのではないか?と話しました。しかしこんな症状にビタペクトが効くかどうかもはっきり答えられなし、専門家ではないからまるでお役に立てません・・・。
 

(家族B)

 ゴメリ州べトカ(チェルノブイリ原発から約150キロ)から来た家族。お母さんが里子7人を引率していました。この家族には6個のビタペクト3を渡しました。

 この家族は2013年2月にも保養滞在していたことがあります。
 そのときの様子はこちらの過去ログをご覧ください。

 チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第144回」

 前回と今回の内部被爆の測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクトを渡しました。

母親(事故発生時25歳)45ベクレル → 20ベクレル
女子(17歳)37ベクレル ○ → 41ベクレル ○
女子(17歳)23ベクレル ○ → 35ベクレル ○
女子(16歳)29ベクレル ○ → 24ベクレル ○
女子(14歳)31ベクレル ○ → 26ベクレル ○
男子(13歳)(今回初測定)16ベクレル
男子(12歳)30ベクレル ○ → 40ベクレル ○
男子(11歳)(今回初測定)21ベクレル ○

 12歳の男の子は以前、走ることはできないと話していましたが、この家族に引き取られ、多くの兄弟たちといっしょに暮らしていくうちに、走ることができるようになり、健康になったそうです。
 子ども達は比較的健康だそうで、最近引き取られた11歳の男の子が、「末っ子だから。」とみんなのアイドルのようにかわいがられていました。

 両家族とも、夏になると1-2ヶ月の期間で、イタリア、ドイツ、ベルギーなどに保養に行っているそうです。
 しかし1回しか行っていない子ども、複数回行ったことのある子ども、年少のころは毎年行っていたが、年長になってからはいっていない子など、状況はさまざまでした。

 画像は記念撮影したものです。
 今回も子どもたちに折り紙、折り鶴、お母さんには古い着物で作った巾着袋などをプレゼントしました。
 最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。
 

うちの子の間違い日本語

2017-02-03 | ベラルーシ生活
 「バイリンガル教育・T家のケース」にも書きましたが、うちの娘は一応日本語ができます。
 しかしやはり突拍子もない日本語の間違いをします。
 日本語を教えるほうも大変ですよ。

 今回はうちの子がやらかした日本語の間違い回答についてご紹介します。

・・・・・・・・・・・

 問い「次の文の中にある間違いを正しい言葉に直しなさい。」

 1番 「暑さ涼しさも彼岸まで」

 正解 涼しさ → 寒さ

 うちの子の回答 「暑さ涼しさも・・・げんかんまで。」

(げ、玄関?!)


 2番「熱気払いにウナギを食べよう。」

 正解 熱気 → 暑気

 うちの子の回答 「熱気払いにウサギを食べよう。」

(ベラルーシ人はウサギ肉を食べます・・・。)


・・・・・・・・・・・・

 問い 下線部の言葉を漢字に直しなさい。「道に車が多くてこんらんした。」

 正解 混乱

 うちの子の回答 混浴

(どうしてこんな言葉が真っ先に脳裏に浮かぶのか・・・)

・・・・・・・・・・・・
 
 問い「泥棒稼業から足を洗って真人間になった。」を読んで訳しなさい。

 うちの子の回答 その1「すもうかぎょうから あしをあらって しんにんげんになった。」

 うちの子の回答 その2「相棒かぎょうから あしをあらって まにんげんになった。」

(ドラマ「相棒」の歴代相棒さんたちの顔が目に浮かんだよ、こっちは。)


・・・・・・・・・・・・

 問い「党の方針に反対した。」を読んで訳しなさい。

 うちの子の回答 「しょうの ほうばりに はんたいした。」

(言ってる本人も意味不明。)

・・・・・・・・・・・

 問い 次の漢字を読みなさい。「再建する」

 うちの子の回答 「さいていする」

(意味不明。)

 
・・・・・・・・・・・

 問い「有志が集まり劇団を旗揚げする」の「旗揚げする」とはどういう意味ですか。

 うちの子の回答 「降参する。」

(旗の色は白とは限らないのですが。)


・・・・・・・・・・・

 問い「員」「士」「者」「家」という漢字は言葉の下につくと、職業や専門を表す言葉になります。例にならって、この4つの漢字が使われている言葉を挙げなさい。
 例 「委員」「弁護士」「労働者」「政治家」

 うちの子の回答 「会社員」「博士」「幸せ者」「山田家」

 (初めの2つの回答は良かったんですけどね。)


・・・・・・・・・・・

 問い 次の(  )に入る言葉を次の4つの選択肢の中から1つ選びなさい。
「家に財布を忘れて買い物を(  )にもできなかった。」
選択肢 1.できる 2.しよう 3.する 4.できない

 うちの子が「この問題、難しすぎる。全然意味が分からないよー。」と嘆くので、私は「文法的にそんなにレベルの高い問題ではないのに・・・。どうして答えられないのだろう?」と不思議に思っていたが、さらにうちの子の話を聞いていると、「財布」という漢字を「昆布(こんぶ)」と読み間違っていたことが判明。
 そりゃ、全然意味が分からんわ。


・・・・・・・・・・・・

 文章問題で、要約するとこういう内容のものがあった。
 日本の会社は社員に賃金を払いつつ、社員教育を無償で社内で行う。アメリカでは社員は自分の賃金を上げるため、まず自分がもらった賃金を使ってスキルアップをはかる。日本では社員の教育は会社がするものであるが、アメリカでは自分のお金で自分の教育をするものである・・・。

 これを読んでいたうちの子が「この問題、難しすぎる。全然意味が分からないよー。」と嘆くので、私は「そりゃそうだよな。まだ中学生だし、こんなビジネス関係の文章を読んでも分からないだろうな。」と思っていたが、うちの子が文章を読んでいるのを聞いていたら、文中の「賃金」という言葉を全て「借金」と読み間違っていたことが判明。
 そりゃ、全然意味が分からんわ。

・・・・・・・・・・・・

うちの子「ねえ、切腹はいつ?」
私「え、切腹?」
うちの子「もうすぐだよね、切腹。」
私「切腹って・・・ハラキリのこと?」
うちの子「ううん、切腹。今年も切腹あるよね?」
 ・・・切腹ではなく節分のことだった。ああ、どきどきした。

・・・・・・・・・・・・


 また突拍子もないことを言い出したら、追記します。
 

スカリナの詩も日本語になりました

2017-01-29 | 日本文化情報センター
 先ほどのバグダノビッチの詩の翻訳の記事にも書きましたが、最近ベラルーシ語の詩をいろんな国の言葉に翻訳するのがベラルーシで流行っているみたいです。

 昨年は「世界の民族の言葉によるフランツィスク・スカルィナ」という本が出版されました。
 出版社のサイトはこちらです。

 それによると、一つの詩を66ヶ国語に翻訳したそうです。
 そのうちの一つが日本語で、私が担当しました。
 日本語も仲間入りできてよかったですよ。

 先日この本のビデオ版を製作することになったので、朗読を録画しました。
 さすがにビデオのほうは15ヶ国語だけになるそうですが、完成したら、ネット上で閲覧できるようになるそうなので、また改めてご報告いたします。

 ところで、スカルィナ(ロシア語表記からカタカナにするとスコリナ)のことをご紹介しようと思って検索していたら、こんなのを見つけました。
スコリナ (小惑星)

 そうか、星の名前になっていたんですね。ベラルーシ人はスカルィナと言うと、「聖書」という言葉が出てくる人が多いと思うのですが、私はやっぱり「宇宙」ですね。

 それからスコリナはベラルーシを代表する有名人で、半生が映画化までされているんですが(ちなみにスコリナの役を演じたのはオレグ・ヤンコフスキーです。)日本では知られてないですね・・・
 文献の中では日本語でも紹介されているんですが、インターネット上で検索しても詳しい情報が出てこない・・・
 とりあえず、こちらCD「月と日」の解説をリンクしておきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 2月7日の追記です。
 ネット上で朗読が配信されました。ベラルーシ語を含む14ヶ国語で、同じ詩を聞くことができます。リンク先はこちらの新聞社「ズビャズダ」のサイトをご覧ください。

バグダノビッチの詩 多言語翻訳プロジェクト

2017-01-28 | 日本文化情報センター
 ベラルーシの詩人マクシム・バグダノビッチの詩を日本語に翻訳したことがあるのですが、昨年、文芸誌「マラドスツィ」編集部から新しいプロジェクトの参加のお誘いを受けました。
 
 編集部のほうからバグダノビッチの詩を1点選び、それをいろんな国の言語に翻訳するという試みです。
 そのうち日本語への翻訳を頼まれましたので、試行錯誤しながら完成させました。
 
 英語、ドイツ語、中国語などに翻訳された作品が「マラドスツィ」2016年12月号特集ページで掲載されましたので、ご報告いたします。
 ロシア語には3種類の翻訳が掲載されていました。
 翻訳する人により、似ている言語に翻訳しても、違いがでてくるんですよね。
 それを見て、どの人の翻訳がいいとか悪いとか批評する人も出てくるのですが、詩の翻訳は簡単に甲乙つけがたいような気が私にはします。

 せっかくのなので、ベラルーシ語オリジナルと日本語訳はここで発表します。

 
Я хацеў бы спаткацца з Вамі на вуліцы
У ціхую сінюю ноч
I сказаць:
«Бачыце гэтыя буйныя зоркі,
Ясныя зоркі Геркулеса?
Да іх ляціць нашае сонца,
I нясецца за сонцам зямля.
Хто мы такія?
Толькі падарожныя, – папутнікі сярод нябёс.
Нашто ж на зямлі
Сваркі і звадкі, боль і горыч,
Калі ўсе мы разам ляцім
Да зор?»


あなたに会いたい、道の上で
静かな青い夜に
そして言います
「あの大きな星が見えますか?
輝くヘラクレスの星座が。
あそこまで私たちの日の光は飛んでゆき
地球が太陽を追いかけます。
いったい私たちは何者なのでしょうね?
旅人-せめて天空のさすらい人であれば。
なぜ地上では
いがみ合いに諍い、苦痛と嘆きに満ちて、
いつになったら星までともに
飛んでゆけるのでしょうか、私たちは?」 


 ちなみにこの詩にバグダノビッチんはタイトルをつけていないようです。
 他の言語でもこの詩を読みたい、と言う方は「マラドスツィ2016年12月号」をお買い上げください。(^^;)