11月28日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第142回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
今回はビタペクト3を6個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は1977個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1810部となりました。
今回で通算154回目の配布となりました。
延べ人数ですが、1977人の子どもにビタペクトを、1810家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。
(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215
(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13
(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b
(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1
(チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a
(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html
(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html
(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)
http://www.belrad-institute.org/
(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80
今回は2家族がグロドノ市(チェルノブイリ原発から約400キロ)から保養に来ていました。
それぞれの家族に話を伺いました。
(家族A)
お母さんが6人の養子と1人の子どもを引率していました。家庭タイプの孤児院とベラルーシで言われる家族です。この家族には5個のビタペクト3を渡しました。
この家族は2008年、2011年にも保養に来たことがあります。
2008年の保養滞在のようすはこちらをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第81回」(家族B)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/6c2428b23895a02787fe67d908faf93a
2011年の保養滞在のようすはこちらをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第125回」(家族A)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/f3ca7b747528f104915448e904e47992
前回と今回のそれぞれの体重1キロあたりの放射能測定結果はこのとおりです。2008年、2011年、2012年の結果を順番に表記してあります。○印の子どもにビタペクトT(2008年はビタペクト2)を渡しました。
母親(事故発生時16歳)19ベクレル → 6ベクレル → 10ベクレル
男子 12歳 7ベクレル → 29ベクレル ○ → 0ベクレル
女子 11歳 7ベクレル → 12ベクレル → 25ベクレル ○
男子 10歳 40ベクレル ○ → 28ベクレル ○ → 26ベクレル ○
男子 10歳 54ベクレル ○ → 30ベクレル ○ → 22ベクレル ○
女子 10歳 (2011年初測定)33ベクレル ○ → 30ベクレル ○
男子 4歳 (2011年初測定)30ベクレル ○ → 21ベクレル
男子 11歳 (2012年初測定)29ベクレル ○
2008年のころと比べると、ましな数値になってきました。12歳の男の子が29ベクレルから0になったのがうれしいです。
「この子だけがいっさい牛乳を飲まないんです。」
とお母さんは話していました。
この一家は商店で売られている牛乳ではなく、生乳を飲んでいます。
この生乳を検査したほうがいいと思うのですが、グロドノはベラルーシの中で一番チェルノブイリ原発から離れている州で、住民も
「ここは大丈夫。」
と安心しているようです。
11歳の男の子は今回引率された子どもで、この家の養子ではありません。グロドノから50キロ離れた村パルヒモフツィで暮らしています。特に持病などはあるのか聞いていない、というお母さんの話でした。
しかし、目の下にすごくふくらんだクマができていて、顔色もあまりよくなったです。
この目の下のクマは被曝のせいではないですか? とSOS子ども村のリリヤ先生に尋ねましたが
「放射能のせいだけとは言い切れない。腎臓の機能が落ちているせいかもしれなないから、検査しないと分からない。またリンパ腺の問題かもしれない。」
という返事でした。私から言わせれば、そのような心臓機能の低下やリンパ腺の異常が起きること自体が、被曝に関係あるのでは? と疑問です。
ともかく目の下にクマなどは病気には思われないので、放置されがちですが、隠れた病気があるのかもしれないので、検査を受けるほうがいいのかもしれません。
9歳の男子2人は双子の兄弟です。お菓子アレルギーがあります。
12歳の男の子は精神発達遅滞が見られ、特別養護学校に通学しているそうです。
他の子どもは比較的健康、といううことでした。
お母さん自身は乾癬という皮膚の病気に悩んでいます。
お母さんの話によると、いわゆる孤児を収容している国立国営の施設は、2015年をめどに全て閉鎖されることになりました。
現在収容されている孤児たちは、この家族のような家庭タイプ孤児院やSOS子ども村のようなタイプの施設に分散されることに決まったそうです。おそらく国家予算の負担になっているのでしょう。
お母さんの話によると、ある孤児施設では95人の子どもが暮らしていますが、運営のためのスタッフは120人だそうです。
当然、家庭タイプ孤児院の養親に引き取らせて、子どもそれぞれに手当てを払うほうが安くつく、という計算になったのだと思います。
ベラルーシではテレビのCMで、しょっちゅう「親のない子どもを引き取りましょう。」と養親を募集しています。
国の懐具合が苦しいので、孤児の面倒は優しい人の母性や父性に甘えて丸投げ・・・という印象もありますが、子どもの立場から見れば、大勢でまとまって入れられる施設より、家庭の暖かさのある環境で成長するほうがずっといいと思います。
何となく私たちの頭の中でイメージされている(漫画などの影響? (^^;))昔風の孤児院はすでに時代に合っていないのかもしれません。
(家族B)
お母さんが3人の子どもを引率していました。この家族には1個のビタペクト3を渡しました。
それぞれの体重1キロあたりの放射能測定結果はこのとおりです。
母親(事故発生時3歳)21ベクレル
女子 10歳 25ベクレル ○
男子 6歳 16ベクレル
女子 2歳 19ベクレル
お母さんに子ども達の健康状態について尋ねました。
10歳の女の子はアレルギー体質です。
6歳の男の子は生まれつき腎臓病です。1年に2回ホルモン検査を経過観察中だそうです。現在もホルモン剤を飲んでいるそうです。
2歳の女の子は元気だということでした。
画像は記念撮影のようすです。昼寝中の子どももいたため、全員が画像に写っているわけではありません。
それから子どもたちに折り鶴や折鶴の作り方を説明した紙(千羽鶴プロジェクト)、折り紙用の紙、お母さんにはアクリルたわし、それから古い着物をほどいて巾着袋にして寄贈してくださった方がいたので、プレゼントしました。
また家族にそれぞれフライディングディスクも1枚ずつ渡しました。
それからきれいな日本の絵葉書の裏に子どもたちの名前を書いて渡しました。
3回目の保養になる子ども達は、ビタペクト3を見ただけで、「あ、ビタペクト!」と騒いでいました。
お母さんの話では、2008年は粉末タイプのビタペクト2を飲み、2011年はタブレットタイプのビタペクトTを飲んだのですが、
「粉末タイプより、タブレット型のほうが子ども達は喜んで食べていた。お菓子みたい! と言って、全く嫌がらなかった。」
・・・そうです。
やはりタブレットタイプのほうが飲みやすい(食べやすい)ようですね。
でも齧った後は、水分をとってください。
最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙やおもちゃ、巾着袋などプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。
今回はビタペクト3を6個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は1977個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1810部となりました。
今回で通算154回目の配布となりました。
延べ人数ですが、1977人の子どもにビタペクトを、1810家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。
(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215
(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13
(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b
(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1
(チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a
(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html
(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html
(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)
http://www.belrad-institute.org/
(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80
今回は2家族がグロドノ市(チェルノブイリ原発から約400キロ)から保養に来ていました。
それぞれの家族に話を伺いました。
(家族A)
お母さんが6人の養子と1人の子どもを引率していました。家庭タイプの孤児院とベラルーシで言われる家族です。この家族には5個のビタペクト3を渡しました。
この家族は2008年、2011年にも保養に来たことがあります。
2008年の保養滞在のようすはこちらをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第81回」(家族B)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/6c2428b23895a02787fe67d908faf93a
2011年の保養滞在のようすはこちらをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第125回」(家族A)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/f3ca7b747528f104915448e904e47992
前回と今回のそれぞれの体重1キロあたりの放射能測定結果はこのとおりです。2008年、2011年、2012年の結果を順番に表記してあります。○印の子どもにビタペクトT(2008年はビタペクト2)を渡しました。
母親(事故発生時16歳)19ベクレル → 6ベクレル → 10ベクレル
男子 12歳 7ベクレル → 29ベクレル ○ → 0ベクレル
女子 11歳 7ベクレル → 12ベクレル → 25ベクレル ○
男子 10歳 40ベクレル ○ → 28ベクレル ○ → 26ベクレル ○
男子 10歳 54ベクレル ○ → 30ベクレル ○ → 22ベクレル ○
女子 10歳 (2011年初測定)33ベクレル ○ → 30ベクレル ○
男子 4歳 (2011年初測定)30ベクレル ○ → 21ベクレル
男子 11歳 (2012年初測定)29ベクレル ○
2008年のころと比べると、ましな数値になってきました。12歳の男の子が29ベクレルから0になったのがうれしいです。
「この子だけがいっさい牛乳を飲まないんです。」
とお母さんは話していました。
この一家は商店で売られている牛乳ではなく、生乳を飲んでいます。
この生乳を検査したほうがいいと思うのですが、グロドノはベラルーシの中で一番チェルノブイリ原発から離れている州で、住民も
「ここは大丈夫。」
と安心しているようです。
11歳の男の子は今回引率された子どもで、この家の養子ではありません。グロドノから50キロ離れた村パルヒモフツィで暮らしています。特に持病などはあるのか聞いていない、というお母さんの話でした。
しかし、目の下にすごくふくらんだクマができていて、顔色もあまりよくなったです。
この目の下のクマは被曝のせいではないですか? とSOS子ども村のリリヤ先生に尋ねましたが
「放射能のせいだけとは言い切れない。腎臓の機能が落ちているせいかもしれなないから、検査しないと分からない。またリンパ腺の問題かもしれない。」
という返事でした。私から言わせれば、そのような心臓機能の低下やリンパ腺の異常が起きること自体が、被曝に関係あるのでは? と疑問です。
ともかく目の下にクマなどは病気には思われないので、放置されがちですが、隠れた病気があるのかもしれないので、検査を受けるほうがいいのかもしれません。
9歳の男子2人は双子の兄弟です。お菓子アレルギーがあります。
12歳の男の子は精神発達遅滞が見られ、特別養護学校に通学しているそうです。
他の子どもは比較的健康、といううことでした。
お母さん自身は乾癬という皮膚の病気に悩んでいます。
お母さんの話によると、いわゆる孤児を収容している国立国営の施設は、2015年をめどに全て閉鎖されることになりました。
現在収容されている孤児たちは、この家族のような家庭タイプ孤児院やSOS子ども村のようなタイプの施設に分散されることに決まったそうです。おそらく国家予算の負担になっているのでしょう。
お母さんの話によると、ある孤児施設では95人の子どもが暮らしていますが、運営のためのスタッフは120人だそうです。
当然、家庭タイプ孤児院の養親に引き取らせて、子どもそれぞれに手当てを払うほうが安くつく、という計算になったのだと思います。
ベラルーシではテレビのCMで、しょっちゅう「親のない子どもを引き取りましょう。」と養親を募集しています。
国の懐具合が苦しいので、孤児の面倒は優しい人の母性や父性に甘えて丸投げ・・・という印象もありますが、子どもの立場から見れば、大勢でまとまって入れられる施設より、家庭の暖かさのある環境で成長するほうがずっといいと思います。
何となく私たちの頭の中でイメージされている(漫画などの影響? (^^;))昔風の孤児院はすでに時代に合っていないのかもしれません。
(家族B)
お母さんが3人の子どもを引率していました。この家族には1個のビタペクト3を渡しました。
それぞれの体重1キロあたりの放射能測定結果はこのとおりです。
母親(事故発生時3歳)21ベクレル
女子 10歳 25ベクレル ○
男子 6歳 16ベクレル
女子 2歳 19ベクレル
お母さんに子ども達の健康状態について尋ねました。
10歳の女の子はアレルギー体質です。
6歳の男の子は生まれつき腎臓病です。1年に2回ホルモン検査を経過観察中だそうです。現在もホルモン剤を飲んでいるそうです。
2歳の女の子は元気だということでした。
画像は記念撮影のようすです。昼寝中の子どももいたため、全員が画像に写っているわけではありません。
それから子どもたちに折り鶴や折鶴の作り方を説明した紙(千羽鶴プロジェクト)、折り紙用の紙、お母さんにはアクリルたわし、それから古い着物をほどいて巾着袋にして寄贈してくださった方がいたので、プレゼントしました。
また家族にそれぞれフライディングディスクも1枚ずつ渡しました。
それからきれいな日本の絵葉書の裏に子どもたちの名前を書いて渡しました。
3回目の保養になる子ども達は、ビタペクト3を見ただけで、「あ、ビタペクト!」と騒いでいました。
お母さんの話では、2008年は粉末タイプのビタペクト2を飲み、2011年はタブレットタイプのビタペクトTを飲んだのですが、
「粉末タイプより、タブレット型のほうが子ども達は喜んで食べていた。お菓子みたい! と言って、全く嫌がらなかった。」
・・・そうです。
やはりタブレットタイプのほうが飲みやすい(食べやすい)ようですね。
でも齧った後は、水分をとってください。
最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙やおもちゃ、巾着袋などプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。