読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

人情時代小説傑作選『親不孝長屋』

2024年02月23日 | 読書

◇『親不孝長屋

  著者:池波正太郎 平岩弓枝 松本清張 山本周五郎 宮部みゆき
      20015.7 新潮社 刊 (新潮文庫)

  

  世話もの時代小説に定評のある作家五人衆のアンソロジーである。
  いずれも江戸時代の庶民の哀歓を描いた傑作である。とりわけ最
 終に置かれた<神無月>(宮部みゆき)が一番と思う。山本周五郎
 の<釣忍>もよかった。
 
 <おっ母、すまねえ>池波正太郎
  生さぬ仲の息子市太郎を可愛がって育てたおぬい。夫が死んで再
 婚したが市太郎は新しい父になつかず、グレ出した。かつての職場
 岡場所の朋輩お米は”殺し”を勧めるのだが…。おぬいは心の臓の発作
 で死んでしまう。それがきっかけで市太郎は立ち直って親父の煙管
 職仕事に精を出すようになった。
  「おっ母のおっぱいを、ほかの男にはやりたくなかったんだ」市
 太郎は継母の墓前で述懐するのだった。

 <邪魔っけ>平岩弓枝
  母が死んで祖父と二人で豆腐作りに精を出すおこう。弟と二人の
 妹を食べさせるのが精一杯だった。婚期を逃し今や二十歳も半ば。
 妹たちはおこんが結婚しないから自分たちが割を食って…などとむ
 くれる始末。そんなおこんの前にかつて大店の若旦那で今は落魄の
 身にある長太郎が現れた。おこうは「本当の苦労とその悲しさ」を
 長太郎に訴える。長太郎はおこうと二人で家業を立て直そうと決心
 する。
  おこうが結婚し家を出ることになったら弟も妹たちも父親を助け
 家業の豆腐屋仕事に精を出すようになった。
  本当はおこうは邪魔っけではなかった。

 <左の腕>松本清張
  深川の料理屋松葉屋に二人の親子が働くようになった。おあきと
 夘助という父娘は陰ひなたなく働くので店では喜んでいた。
  夘助はなざか左腕肘下に白い布を巻いていた。店に出入りする癖
 の悪い目明し麻吉が不審に思いしつこく絡みつく。
  或る夜松葉屋に押し込み強盗が入った。松葉屋で賭場が開かれて
 いて、目明しの麻吉も客の一人だった。身柄を囚われた人たちを救
 いに現れた卯吉を見て賊の頭が驚く。「あっ、蜈蚣(むかで)の兄
 い」。卯吉は20年ほど前は名を知られた仕事師だったのだ。
  今は囚われの身になっている麻吉に卯吉は言う。「歳を取ってめ
 っぽう気が弱くなっていたが、もう迷いが切れた。この男は十手を
 持ってる人間だが、その十手は弱い者を餌食にしている道具だ」
 ”外の雨の音が強くなって、屋根を叩いた。”
  この最後の一行は読者に何かを訴えているか。余韻はあるか。

 <釣忍>山本周五郎
  今はしがない棒手振りの定次郎は実は表通り越前屋の後妻おみち
 が産んだ子だった。先妻の子長兄の佐太郎が暖簾を分けてもらい別
 に店を持つと言ったとたんに乱行が始まり、ついに勘当された。
  今は元芸妓のおはんと何不自由ない生活を送っている。
       そこにある日気弱になったおみちが定次郎に戻って欲しいと言い
 出して、佐太郎がしつこく迫ってくる。根負けしたか定次郎は勘当
 取り消しの親族会議に出向くが、そこで啖呵を切る。「おふくろも、
 兄貴も世間体がいいだろうが、俺は兄貴を追い出して越前屋に座り
 込んだ、財産を横取りしたと世間に言われるだけだ。義理を知らね
 え恥知らずだと言われる俺のことを、ただの一人でも考えてくれた
 者があるか」と息巻く。ついに佐太郎とおみちは改めて定次郎を勘
 当すると言い立てた。
  釣忍は長屋で幸せに暮らしているおはんと定次郎の生活を象徴す
 る小道具である。

 <神無月>宮部みゆき
  年に一回だけ盗みを働く畳職人。それは神無月に生まれた生来病
 弱な身体を持った娘のためだった。
  不思議と神無月に起こる事件に不審を抱き頭を巡らせている岡
 っ引きがいた。
  神様が全員出雲に集まって目配りが手薄になるので盗っ人の仕事
 がやり易い。そんな神無月に娘は病身で生まれてきた。

  娘に作ってやる”おてだま”の小豆を懐に仕事に出かける盗人。決
 して多くは盗らないせいぜいが十両。手口も同じ。岡っ引きは推理
 する。昨年珍しく金貸の家で向こう気の強い息子がいて刃物沙汰に
 なった。これ以上歯止めがきかなくなる前に辞めさせねば、と岡っ 
 引きは覚悟する。
  大工なら家の作りには明るい。もしかして畳職人では?
  娘のために最後の大仕事を踏む畳職人の盗人と、これ以上仕事を
 させまいとする岡っ引きがともに夜道を駆ける。
  人情ものの極みである。

 (以上この項終わり)

 


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