読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

染井 為人『悪い夏』

2021年07月29日 | 読書

◇『悪い夏

           著者: 染井 為人  2017.9  KADOKAWA 刊

 
 第37回横溝正史ミステリー大賞(優秀賞)受賞作。作者のデビュー作品である。
 生活保護費の不正受給や育児ネグレクト、薬物売買、など現代社会のダークな
世界をドラマチックに描き出した傑作。映画・ドラマ化でヒット疑いなしの作品
と思うが…まだ?
 毎度のことながらこの作家は多彩な登場人物と絶妙な筋運びで、軽快なテンポ
のためつい一気読みしてしまう。

 中心人物といえば千葉県船岡市という仮想都市の社会福祉事務所の生真面目で
好人物の担当者(ケースワーカー)佐々木守と思うが、対極にいる同僚の悪徳担
当者高野洋司が相当なワルで、宮田有子も結構不可解な言動でストーリーを盛り
上げる。一方生活保護不正受給者では山田吉男が筆頭で、育児放棄・ネグレクト
母親の林野愛実も捉えどころがなく手に負えない。ほかにも矢野潔子や需給予備
軍の古川香澄などがいるが、それぞれ存在感がある。

 金本は悪知恵が働く暴力団系のワルで、組ではご法度の薬物取引を初め、殺し
も厭わない。愛人の莉華の友人愛実を通じて生活保護という金になる世界を知っ
た金本は、山田吉男を助手に取り込んで、高野や佐々木を女がらみでたらし込み
ピンハネ対象の受給申請を認めさせようと脅迫する。やくざのお馴染みの手口で
あるが、根が善人の佐々木が苦も無く堕ちてヤク中になるところが痛ましい。

 エピローグではあっけない結末話が語られてやや鼻白む。
 

 

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吉川英治の『新書太閤記(十一)』

2021年07月21日 | 読書

◇ 『新書太閤記(十一)

  著者:吉川 英治 1990.8 講談社 刊  (吉川英治歴史時代文庫)

  

       吉川英治『新書太閤記』の最終巻である。
 黒石・白石、戦算、大蟹・小蟹、老いらくの将、女弟子、内と外、姉の子、
矢田川原、熱鉄を吞む、表裏の北陸、迷霧、奥村夫妻、つなぎ烽火、雪の迷路、
北風南波、鳴門陣、雑魚大魚、笑い候え、君と一夕の会、関白、忍の人、若き
日の幸村、冬の風、二つの世間、強引・強拒、禁園の賊とその項26に及ぶ。

 話は秀吉だけではなく、生涯の好敵手家康との駆け引き、家康に一矢を報い
た真田幸村のこと、佐々成政の利家への無謀な挑戦と秀吉の鉄槌、秀吉上杉景
勝との会盟、石川伯耆守数正の離反、関白という官職を得ていよいよ徳川攻略
を虎視眈々と狙う秀吉の深謀遠慮を描く。

   北畠信雄は秀吉の巧みな口舌に乗せられ、共に戦った家康に何の相談もなく、
うかうかと和睦してしまった。秀吉の実効支配を黙認する形である。信雄の性
格を熟知している家康は苦々しく思いながらも和睦条件を認めるしかなかった。

 一旦大阪に落ち着いた秀吉は、 懸案であった四国制覇は秀次、秀長という身
内を正面に立て長曾我部の所領安堵という形で成し遂げた。いつの間にか伊勢
全土は秀吉の手に移り、また伊賀、甲賀など紀州を席捲し根来衆、熊野衆をも
下した。

 信長の成し遂げ得なかった天下布武を受け継いで半ば達した状態の秀吉は名
誉の肩書が欲しくなった。
 征夷代将軍は源平いずれかの系統が必要のため、今は毛利の庇護を受けてい
る足利義昭の養子になることを図ったが義昭に断られた。そこで朝廷中に顔が
効く右大臣菊亭晴季を頼り関白の地位を得ることに成功した。そしてさらに豊
臣の姓を称することを許されたのである。
 
 秀吉は大軍をもって何かにつけ秀吉に盾ついていた佐々成政を成敗する。盟友
前田利家を訪ね、次いで上杉景勝を滞在中の糸魚川の城に訪ねた。北方の梟雄で
ある。景勝は賢明にも慇懃なる礼をもって秀吉を迎え、互いに害意のないことを
確認し合った。また秀吉に従った石田三成は景勝の重臣直江大和守兼続と知遇を
得ることとなった。

 天正13年正月、大阪城に派反秀吉の諸将も含め、多くの人が年賀に集まった。
しかし東方の雄家康は上洛しない。力や威力をもって懐柔はできない相手である。
秀吉は家臣の織田長益、滝川雄利を遣わし上洛を促したが、頑として聞かず仲介
役の北畠信雄の勧めも聞かない。

 作者は秀吉の人間性を愛し、高く評価しこの新書太閤記を編んだ。随所にそう
した心情が顔を出す。彼は言う。家康は感情を表に出す性質ではない。常に孤独
であり、一人苦しみに耐え、一人痛心し、一人楽しむ質である。秀吉は真反対で、
大いに驚き、大いに喜び、大いに悲しみ、大いに怒る。そして周囲を同調させる。
家康は信じられぬものは人間なりとし、秀吉は正反対で人間を信じ人間に溺れた。
後に秀吉は死ぬ間際には、この家康に後事を頼んで死んだのである。
                          (以上この項終わり)
 

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頂いた佐野の桃を描く

2021年07月16日 | 水彩画

◇  Kさんからの贈り物の桃

   
     clester  F6(細目)   

   妻の友人Kさんから桃の贈り物が届きました。今年はサクランボも桃も霜
  や雹などにやられてどこでも不作のようです。したがって貴重な桃です。

   こんなにたくさんの桃はあまり描く機会がないので無理をして積み上げて
  描いてみました。添え物は中玉のミニトマトです。

   モモはハイライトがなく、柔毛が特徴です。不透明のホワイトを加えると
  成功する場合がありますが、今回はうまくいきませんでした。

   関東地方は昨年より2週間くらい早く今日梅雨明けしました。
   モモ、ぶどう、トウモロコシなど果物がおいしい季節です。この桃は白桃
  でした。

                         (以上この項終わり)

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柚月 裕子の『暴虎の牙』

2021年07月15日 | 読書

◇『暴虎の牙

 著者: 柚月 裕子  2020.3 KADOKAWA 刊

  

 極道と不良・暴走族など愚連隊といった反社会勢力同士の抗争を描いた長編。
『虎狼の血』シリーズ完結篇である。
 全編これやくざ者同士の抗争と警察暴対班の癒着体質のが綾なす劇画調ハー
ドボイルドロマンである。

 前半は広島県警広島北署の暴力団担当捜査二課の係長大上章吾とハングレ集
団呉寅会の頭沖虎彦を中心とした流れ、後半は呉原東署捜査二課の班長日岡秀
一の登場である(日岡は「虎狼の血シリーズ」に登場した大上の愛弟子である)。
 これだけ裏社会に詳しく、ハングレ同士の決闘場面、残酷なシーンをリアルに
描く女性作者はあまりいない。今回は結末が幾分緩い感じである。

 大上刑事はやくざ社会幹部と癒着し手柄も立てるので上司も独断専行も許して
いる。作中では広寅のメンバーを初め地取りの叔母さんやホステスらとのやり取
りの軽快さが楽しい。
 
 沖は平気で人間を食らう獣の牙を持っている。やくざと警察を憎む。ヤク中で
暴力親だった父親の記憶がそうさせているのである。沖は自分と母と妹に暴力の
限りを尽くした父親を殺し、松の根方に埋めている。誰も知らない。
 小学校時代からの仲間三島、重田が広寅会の中心幹部である。

 沖は暴力団の賭場荒らし、違法薬物取引の横取りその他の悪行を大上に暴かれ
て仲間共々20年の刑で刑務所に入れられた。「密告者は誰じゃ!」問い詰めるは
ずだった大上刑事は出獄する前に亡くなってしまった。
 沖は探し当てた大上の墓前でばったりと日岡刑事に遭う。 
 
 日岡はかつて上司だった大上のマル暴での身の処し方をなぞっている。暴力団
の幹部と兄弟の杯を交わし、いくつかの暴力団幹部と誼をかわしている。一般人
に危険を及ぼさないというのが行動規範である。素人衆を傷める輩は容赦しない。
そんな今どき極道でも珍しい几帳面さを持った刑事である。
 今回はさして華々しい活躍がない。
 
 沖の怒りは、人生の理不尽や不条理など自分の力ではどうにもならないものに
対するものに向けられている。
 沖が広島笹貫会に襲撃をかけるのを知った時、大上は「あのバカの命を助ける
ためにはこれしかない」と言って刑務所に放り込んだ。やくざ社会の執念深さを
知っているからである。
 出所してから密告者探しに執念を燃やす。留守中幹部の重田が沖の愛人真紀と
いい仲になって子供まで生していたことに激怒し、なぶり殺しに惨殺する。
(実は子供は沖の子だったりしたら面白い展開になったと思うのだが)
  
 沖らは暴力団烈心会のカジノ賭場荒らしと麻薬現物窃盗で巨額の活動資金を得
た。幹部連中は有頂天であるがグループ創設来の幹部三島は沈んでいる。

 幼なじみの重田を密告者だと決めつけて容赦なく殺した沖を許そうとしない。
数多の暴力団と警察を敵に回して広島の極道の頂点に立つという沖の野望を真っ
向から否定し「もうお前にはついていけん」という。二人は対決する。

    エピローグに書かれた沖の最期が最悪である。救いがない。
                          (以上この項終わり)

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篠田節子の『カノン』

2021年07月10日 | 読書

◇『カノン

  著者:篠田 節子  1999.4 文藝春秋社(文春文庫)

  

 のっけからバッハの無伴奏パルティータ、難解な音楽理論などが登場し、クラシッ
ク世界にやけに詳しくて作者篠田節子はこんな世界にも造詣が深かったのかと思った
ら、趣味がチェロ演奏だと知って納得がいった。

 これは音楽を基軸にしたホラーリッシュな作品である。最初亡くなった友人から贈ら
れたCDの曲がいろんな局面で勝手に流れだすあたりは、ふむふむと思ったが、後半で
その人物の幻影(亡霊)が現れ、恨めしい表情も見せず消えていく場面を迎えて完璧な
ホラーと知った。
 元来ホラーとは嫌悪感を伴う恐怖を指すらしいが、この小説では嫌悪の情よりも友へ
の哀切の情を残しながらこの世を去った薄命の天才青年の現世への強烈な未練の表象と
して受け止められる。

  音楽留学を射程に置いたほどの腕前を持つ香西瑞穂、結局は音大ではなく教師養成
大学の音楽専科に進み参加している学生オーケストラのレベルに失望していた瑞穂は
並外れたヴァイオリンの腕前を持つ新入生を発見する。香西康臣。バッハの無伴奏パ
ルティータを一緒に弾いて心を奪われる。そして康臣に夏休みに別な曲でピアノを加
えてアンサンブルをやろうと提案される。
 康臣の高校時代の友人小田嶋正寛が加わって松本の別荘で合宿する。年若い3人の
合宿では瑞穂が心を寄せる康臣と、瑞穂に惹かれる正寛との間に微妙な空気が流れる。
康臣は瑞穂の恋愛感情には全く関心を示さないが、一度だけ身体を合わせる。

 そして瑞穂が平凡な音楽専任の教職について結婚し子供出来て17年がたったある日、
正寛が現れ康臣が自殺したこと、葬儀に出席してくれと頼まれる。正寛は優秀な男で
国際弁護士で活躍、結婚し子供もできていた。
 康臣は定職にも就かず、松本の実家に戻り残された資産も食いつぶしての服毒自殺
だった。

 瑞穂は康臣の弟から彼女にあてた遺品として一つのCD を渡される。
CDは逆回しで録音された聞き覚えのある曲だった。その旋律は瑞穂の子供のラジカ
セや瑞穂の学校の音楽教室でも所かまわず鳴り出す怪奇現象を見せる。康臣は瑞穂に
何を訴えたかったのか。 

   終段に至り話はドラマチックな展開を見せる。
 瑞穂は妻子を捨てて奥穂高の山荘に身を潜めた正寛を連れ戻しに単身山荘に向かう。
二人は落雷に遭い命を落としかけるが突如雷雨の中で鳴り響く旋律によって救われる。
 改めて音楽の不思議と対峙した瑞穂は、再びチェロの演奏に打ち込むべく音楽教師
を退職する。
                            (以上この項終わり)
 

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