読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

ジョン・ハートの『キングの死』

2018年10月26日 | 読書

◇『キングの死』(原題:THE KING OF LIES)
              著者:ジョン・ハート(John Hart)
                       訳者:東野 さやか    2006.12 早川書房 刊

  

  一風変わったリーガルサスペンス。事件をめぐる弁護士と警察(刑事)、検察官の攻防が
 めまぐるしい。ただし法廷での丁々発止はない。むしろその前段階、つまり起訴・公判とな
 った場合を想定しての訴訟技術上のデリケートなやりとりが重要なポイントとなっている点
 が異色である。

  主人公は若手弁護士のジャクソン・ワークマン・ピケンズ」(=ワーク)。事件は1年半前
 に行方不明になっていたワークの父親のエズラピケンズが死体で発見されたところから始まる。
  エズラが
娘のジーンとのいざこざのはずみで二階から妻を突き落とし死なせてしまった。
  病院から帰って来た3人。ジーンは父親を許せず家を出る。そこに電話があって父親はどこ
 かに出かける。後を追うかのようにワークも外出する。エズラはそのまま行けが分からなくな
 った。
  これが1年半前の出来事で、このシーンが物語の核心となる。

  ワークは友人の地区検事マクスウェルに、妹のジーンに話してやるために父の死体発見現場
 を見せてくれと頼み込む。担当刑事のミルズは法的に危うい立場になることからこれに反対す
 るが検事に押し切られる。

  莫大な資産を持ち辣腕の弁護士であったエズラは、傲慢で暴力的な男だった。遺産を相続す
 ると思われるワークは第一容疑者である。ミルズ刑事は執拗にワークに迫る。ワークはジーン
 が殺害したのではないかと疑い、妹の身代わりになっても良いとまで思っている。一方ジーン
 は父殺害はワークの仕業と思い込んでる。
  ジーンの同性愛パートナー・アレックス、ワークの妻バーバラ、ワークの高校生時代からの
 愛人ヴァネッサなど疑わしいか関係者はいる。ワークを犯人と疑う人々とそんな筈はないとワ
 ークを信じる人たち。
  父が家を出て行ったときに愛人の家を訪ねて行ったワークはアリバイを証明できない。
  それでもワークは真相究明のために奔走する。
  そしてワークは父の事務所の床下にあった金庫から、事件解明の糸口となる意外な品々を発
 見する

  ワークには妻バーバラとの確執や少年時代に抱えたある事件での罪の意識、貧乏白人からの
 し上がった父の生き方への反発もある。夫との破局以来精神を病んでいる妹のジーンへの想い、
 そんな事件の背景を交えながら、後半のスリリングな展開が特異なリーガルサスペンスを盛り
 上げる。

                                  (以上この項終わり)

  

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東京駅の駅舎を描く

2018年10月24日 | 水彩画

 ◇ 久しぶりに描いた東京駅 

  
       clester F8
  

 70代最後の誕生日。お祝いだということで東京ステーションホテルで食事をしました。東京ステーション
ホテルの中のフレンチレストラン「ブラン ルージュ」。ブランは白、ルージュは赤。自己矛盾をはらんだ名
前を聞いて、どんな店かといえばホールはテーブルが8つほどの中規模(ほかに3つの個室)のレストラン。

 洋食は好んでは食べないので久しぶりです。かしこまった姿でなくてもあまりカジュアルな恰好では黒服
に軽蔑の眼で見られそうな気がしたので、選ぶほどでもない手持ちの洋服から無難なものを選んで出かけま
した。ところが場所柄かビジネスマンやおのぼりさんらしい人など服装もまちまちで、まずは一安心。
(一応ドレスコードはスマートカジュアルということになっています)

 食事は、値段相応に気取っていてそれなりに美味しかった。料理は2時間の中でちょうど納まるくらいに
ゆっくり出されるので、量的にはそれほど多いとも思われないものの、ビールやワインなどを口にしながら、
ほぼ満腹に。

 そんなこんなで外に出て久しぶりの東京駅。何度かスケッチしたことがあるけれども、改装が終わった姿
は初めてなので、絵にするつもりで駅舎と周辺の姿を脳裏と写真に収め家で制作。
 建物は構造をしっかり観察した上で再現しないと、意外な落とし穴があって建物の接続など構造がガタガ
タになったりします。そして人物。当然行き交う大勢の人々をどうとらえて表現するか。基本は人がたくさ
ん歩いているという全体像をベースに、みな大雑把に描いて、一部に彩色をしてアクセントにするという方
法をとりました。この季節ダークな色が多く、暖色系の姿の人はほとんどいませんでした。

                                 (以上この項終わり)

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ミシェル・ビュッシの『黒い睡蓮』

2018年10月21日 | 読書

◇『黒い睡蓮』(原題:Nympheas noirs)
         著者:ミシェル・ビュッシ(Michel Bussi)
         訳者:平岡 敦     2017.10 集英社 刊(集英社文庫)

     

  印象派の巨匠クロード・モネが後半生を過ごしたフランスはノルマンディーの片田舎
ジヴェルニーを舞台にしたミステリー。フランスで5つの文学賞にかがやき、世界20か国
で翻訳出版されたという傑作。

  冒頭著者が述べているが、ジヴェルニー村のホテル・ボーディ、エプト川、シェヌヴ
ィエールの水車小屋、ジヴェルニー学校、サント=ラドゴン教会、クロード・モネ通り、
ロア街道、イラクサの島、モネの家、睡蓮の池など実在するものすべてを正確に描ている
のが特徴。丁寧な景観描写が”モネの睡蓮の村”を彷彿とさせ、居ながらにしてこの世界的
に有名な観光地を脳裏に描くことができる。

 プロローグで奇妙な解説がある。
 ある村に3人の女がいた。一人目は意地悪で二人目は嘘つき、三人目はエゴイストだった。
 一人目は80歳を超えた寡婦。二人目は36歳で、三人目はもうすぐ11歳になる。
三人ともこの村からの脱出を夢見ていた。
 これが重要な伏線で、一人目の老婦の、辛辣な語り口のモノローグが物語の主軸である。

   
 2010年5月。ジヴェルニーの水車小屋の近くで村に住む歯科医師ジェロームが殺された。
無類の女たらし。有力な容疑者は不動産屋のジャック。ジェロームはジャックの妻ステファ
ニーに言い寄っていた。
 パリから署長として赴任した警部ローランスは有能な部下シルヴィオと捜査に当たる。
嫉妬にかられた男ジャックの犯行説が有力だが、妻はアリバイを証言する。捜査に赴いた
ローランスは、あろうことか容疑者の妻ステファニーの美貌に惹かれ執拗に纏わりつく。

 村人から忘れ去られながらも自ら住む水車小屋の最上階・天守閣から村道や広場の出来
事を覗き見る意地悪婆さん。そのモノローグにのぼる言葉の一つ一つが後に起こるさまざ
まな出来事を暗示する。

 場面は突然73年前の村の小学校に飛ぶ。絵の才能に恵まれたファネット11歳。その男友
達のポールやファネットの信奉者ヴァンサン、うぬぼれ屋のカミーユ。泣き虫のマリなど。
 ある日、ファネットの絵の才能を高く評価するアメリカ人の老画家ジェイムズが何者か
に殺された。
 そしてポールが川で変死する。もしかしたら殺人ではないのか。
 親しいポール、ジェイムズが死んでしまった。ファネットは見事に描き出した睡蓮の絵
を黒く塗りつぶす。この「黒い睡蓮」の絵は水車小屋の最上階天守閣の老女の部屋の片隅
にしまわれてある。

 いったいこの水車小屋の老婆は何者なのか。時空を超えたモノローグで、物語を自在に
引っぱっていく不気味な存在。一種の倒叙法であろうが 最終段(タブローⅡ展示)で示
される驚愕の告白で、一気に全体像が明らかになり、著者がいかに巧みなトリックで読者
を欺いていたか明らかになる。傑作である。
                              (以上この項終わり)

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ヘニング・マンケル『五番目の女』

2018年10月13日 | 読書

◇『五番目の女』(原題:Den fmte kvinman)
       著者:ヘニング・マンケル(Henning Mankell)
       訳者:柳沢由実子     2010.8 東京創元社 刊 (創元推理文庫)

    
  
 スウェーデンの作家H・マンケルによる警察小説。サスペンスでもある。
 プロローグは、アルジェリアの首都アルジェで4人の修道女がイスラムの暗殺団
に殺され、ひとりのスウェーデン女性が巻き添えになった。(アンナ・アンデル、
つまり5番目の女である)という場面。
 事態の政治問題化を恐れた当局は巻き添え女性の痕跡を抹消しようとする。しか
し隠蔽を指示された女性警官は、その女性の娘に宛てた書きかけの手紙を発見し、
指示に従わずその起きた事件の真実を告げて手紙を送った。
 これが重要な伏線で1993年8月のこと。

 一方翌年の9月、スウェーデン南部のイースタで殺人事件が発生する。被害者は
頑固者のバードウォッチャー、ホルグ・エリクソン。2メートルもの壕に埋めた竹
槍に串刺しにされるという残虐な殺害。

 捜査に当たるのはクルト・ヴァランダー。父親と1週間のイタリア観光旅行から
帰ったら事件発生を告げられ爾来、事件解明に奔走する。捜査陣は主任のヴァラン
ダーを初め女性刑事を含め5人。いずれも個性豊かに描かれ、連携プレーが見事で
ある。鑑識のスヴェン・ニーベリも然り。女性の署長、検事も主要な登場人物で
ある。
 
 被害者の過去歴、身辺調査、交友関係等々調べを進めるが犯人像は皆目見当がつ
かない。
 そんな中、花屋の主人ユスタ・ルーンフェルトが行方不明となった。そして1か
月後、彼は裸で木に縛られ扼殺されて発見された。この二つの事件は関連があるの
か。被害者の共通点は、いずれも女の影がない、ひどく残酷な性格で暴力的である
ところ。これを手掛かりに、ヴァランダーらは地を這うような捜査に追われる。
 調べていくうちに犯人は女性ではないかという線が濃厚となる。しかしなかなか
決め手となる証拠が手に入らない。
 そして麻袋に生きたまま押し込め湖に沈めるという第三の殺人事件が発生しヴァ
ランダーらは頭を抱える。

 この本の魅力といえば、捜査手法も大雑把で(床に残された血痕の分析もやって
いない!)、たいして有能とも思われない捜査陣が幾度も討論を重ね、疑問点をつ
ぶしながら小さな接点を見出し、地道に犯人像に迫っていく姿を克明に描いている
ことだろう。当初残虐な殺戮手法から男性の犯行とみて追っていたが、次第に女性
の視点でとらえることによって事件の関連性が明確になってくる。犯人の女性が、
「男と同じように考えなければ失敗しない」を基本に犯行を続けるところが面白い。

 容疑者の家を訪ね不在と知った時、バールでドアをこじ開ける。捜索令状もなし
にである。公判に持ち込んでも審理無効になるのではないかと心配するが、彼の国
ではこんな無茶が通用するのだろうか。
 また驚いたことに彼の国では病院の面会では訪問者の名前も・訪問先も記す必要
がないという。捜査に苦労するわけである。

 
 ヴァランダーらは
ようやくこの事件の核心は女を虐げた男らに対する復讐である
ことに気付く。

 主人公のヴァランダーは優秀な熱心な刑事であるが、生真面目で始終自分の捜査
指揮が間違った方向を示しているのではないかと悩む。健康に無頓着で、よく眠れ
ず、
頭痛持ちである。きわめて人間的で、例えば、付き合っている女性バイバに会
いたくなって「いつこっちに来られる?」と聞いて、バリバ
に「ほんとに来てほし
いの?」と言われ、突然送受話器を勢いよく電話台にたたきつけたりする。もちろ
ん翌日電話して謝るのだが、これほど感情的な刑事も珍しい。

 スウェーデンでは絵本の中でしか知らなかった木靴をいまだに履いていることを
り驚いた。
                           (以上この項終わり)



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巨悪

2018年10月08日 | 読書

◇『巨悪』著者:伊兼源太郎 2018.5 講談社 刊

  

 検事もの。検察庁は「独任制官庁」である。つまり検事は単独で権限を行使出来る。
建前はそうであるが所詮検察庁という官庁で組織原理が厳然としてあって、常に指揮系
統に縛られざるを得ない。この小説でも正義派の検事と指導権を握ろうとするグループ
との確執が背景の一つとなっている。しかし何といっても本筋は、題名にあるように
「巨悪」をのがさないという検事の正義感の執念である。

  本作の主人公の一人中澤健司の執念の発端は、妹友美を何者かに襲われ亡くしたこと
である。真相究明のために検察官となった。友美の恋人だった中澤の高校同級生の城島
も検察事務官となって友美殺害の究明を誓っている。
「巨悪」といえばあくどさのスケールだろう。かつての「ロッキード事件」、「リクル
ート事件」、「東京佐川急便事件」などがそれに該当する。しかし作者は闇献金の陰の
首謀者陣内の口を借りて現代の巨悪は質が違うと喝破する。
「官僚や企業がどうして節操のない行動に走ったのか。…日本に長年蔓延する、損得で
しか物事を捉えられない空気が引き起こした事態なんですよ」。」(本文385p)
 ここで暴こうとしているのは政治家と企業が闇献金を生み出すからくりであり、東日
本大震災復興資金の国民の血税をかすめ取ろうとする企業・政府機関など数多の組織の
糾弾である。

 登場人物は、東京地検特捜部長鎌形、次席本多、村尾・本多副部長、主任検事高品、
中澤検事、検察事務官の城島・臼井・稲垣・吉見。闇献金企業の中核ワシダ運輸社長の
鷲田、その番頭格陣内、政治家海老名、同秘書の石岡、政治団体海嶺会会長野本、政治
家西崎事務所秘書の赤城等。これらのうち検察事務官のキャラクター造形が絶妙で楽し
い。働きも刑事顔負けである。

かつてロッキード事件など巨悪の暴きで名を挙げた検察庁特捜部はこの十年ほど前の
拠捏造など不祥事でその権威を失墜した。特捜廃止論も叫ばれる中で事件捜査で実績を
上げ権威回復を図ろうとする現場(特捜部)と特、捜廃止を画する官僚組=赤レンガ派
のせめぎ合いも一つのアクセントになっている。
 作中 闇献金の中心人物陣内が、闇献金の相手と金額を和菓子の銘柄と文字数を符丁
として手帳に記録する手立てとなっているが、少し考えすぎではないかと思うのだが。

   ところで本文219p6行目にある「先輩検事」は文脈からして「先輩事務官」の誤りで
はないかと思料するが如何?
                            (以上この項終わり)

 

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