読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

町田そのこ 『52ヘルツのクジラたち』

2023年04月03日 | 読書

◇『52ヘルツのクジラたち

  著者:町田そのこ    2020.4 中央公論新社 刊


  これはDVとLGBTQという現代日本の世相の断片が微妙に交錯し、失望と救いが見事に
昇華する作品である。

 三島貴瑚(キナコ)は継父(作中義父と言っているが継父だろう)
の虐待と母の黙認という
裏切りに会いつらい半生を送ってきた。
52ヘルツという人間の耳にやっと届く周波数のクジラの声だけを友に自分だけの世界に
閉じこもっていた。
 社会に出てようやく頼り甲斐のある男Tに出逢った。しかしTは愛人として囲いたいだけ
の男だった。

 それまでキナコを何くれとなく面倒を見てくれたKは、Tとの出会いは不幸を招くだけと
警告した揚句自殺してしまう。Kはキナコが好きだったはずなのに告白しなかった(実は
Kはトランスジェンダーだった)。
 KはTにもキナコが幸せになるための道を選んでくれと遺書を残した。Kは読みもしない
で焼いた。
 キナコはこの不実な男を包丁で刺し殺そうとしたが弾みで自分の腹を刺してしまう。

 失意のキナコはTと手を切り、母親とも別れ故郷の海辺の陋屋に逼塞する。第三の人
生である。
 ある雨の日、自分と同じように母から虐待を受けている少年と出会う(彼は母親からム
シと呼ばれている)。13歳という彼は口がきけなかった。
 二人は一緒に暮らすようになる。キナコは親友美晴と3人で少年の父方の祖母が住む
小倉を訪ねた。可愛がってくれた叔母は亡くなっていた。母のDVで彼が失語症になっ
たという事情も知った。

  二人が一緒に住むについては法的に問題があった。誰か親身になって育ててくれる
人を探しているうちに少年の祖父の元妻が事情を聴き引き取ってくれることになった。未
成年後見人制度で後見人選任を本人が指定できる15歳までキナコが生活力を付ける
ことが条件だった。

  ある夜キナコは夢うつつで鯨の歌を聞く、なつかしいKさんの声も。Kさんは「人には魂
の番(つがい)がいる。愛を注ぎ、注がれるような人が。」と言ってくれたことがある。
 15歳になるまでキナコと離れ離れになる夜、少年が海辺に出て「キナコさん」と叫んだ。
52ヘルツのクジラたちの声と共にそれを聞いたキナコは、少年と関わることでKに対する
贖罪のために一度死んだ自分が救われ、息を吹き返したことを実感する。
                                       (以上この項終わり)

 



 


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