Introduction
心臓の拍動や概日リズムに代表されるように、多くの生命現象においてリズム、すなわち振動現象は重要な意味をもつ。特に、多数の振動子が協調的に振動することは、組織もしくは個体として統一的なリズムを刻むために重要である。本研究では、体節形成に利用されるリズムの協調に焦点をあてた研究を行った。
体節形成過程では、多数の振動子が集団で協調的に振動することで、移動波という時空間パターンが形成される。本研究では、移動波の出現メカニズムを、ゼブラフィッシュをモデルに、数理解析と実験解析を組み合わせることで明らかにした。
脊椎動物における体節 (図1a)は、未分節中胚葉 (presomitic mesoderm; PSM)という連続した組織に、一定時間おきに一定間隔で、切れ目が入ることで形成される (図1b)。この時間的/空間的周期性を支配するのは、PSMで機能する分節時計と呼ばれる分子時計である。分節時計は細胞を単位とする振動子の集合体であり、個々の細胞内では、her1という転写抑制因子が、自身の転写を抑制することで、転写のON/OFFを繰り返す。この細胞振動子 (cellular oscillator)は、振動子間で協調した位相差を作ることで、移動波と呼ばれる波状のパターンを示す (図1c)。この波は、PSM後端で現れ、徐々に前方に移動し、PSM前端で停止するが、この停止のタイミングと位置が、分節がおこるタイミングと位置の情報に変換されると考えられている。過去の研究により、分節時計の構成要素に関する知識は蓄積しているが、移動波形成におけるシステムレベルの理解はほとんど進んでいなかった。本研究では、発生過程初期における移動波出現過程に着目した研究を行い、そのメカニズムを明らかにした。
Results
1-1. 局所振動から移動波への状態遷移
高感度in situ hybridizationによりher1発現の時系列解析を行ったところ、her1の空間振動パターンは、原腸形成期に、大きく変化することが明らかになった。振動開始直後のher1は胚と卵黄の境界領域 (マージン領域)で局所的に同調振動を示す。数サイクルの局所的な同調振動の後、それまでher1を発現していなかった前方領域の細胞が、後方から順に振動を開始し、移動波に切り替わる(図2)。
1-2. 移動波出現はFgfによる二通りの制御を受ける
薬剤処理や過剰発現実験から、この切り替えにはFgfが必須の役割を果たしていることがわかった。さらに、以下に示すように、Fgfは、her1の発現開始時の「初期位相」と「振動周期の空間勾配」を同時に制御することで、移動波を生み出すことが明らかになった。前方へ進行する波が形成されるには、初期位相、すなわち、振動開始時の位相が前方ほど遅れていること、もしくは、振動周期が前方ほど長いことが必要である。いずれの場合にも、移動波を生じうることが理論的研究から明らかになっている (図3)。
1-2-1. Fgf活性の領域拡大によってher1の初期位相差が作られる
her1の振動領域は、移動波の進行に伴って拡大する。Fgfの活性の時系列変化を調べたところ、her1振動領域と同様、マージン領域から徐々に拡大する、という時系列変化を示した。また、Fgfはher1の振動を誘起できる(図4)。これらは、Fgf活性が後方から前方に向かって徐々に拡大することによって、her1の振動が後方から前方に向かって徐々に開始することを示している。その結果、振動開始時における初期の位相差が与えられるのである。
1-2-2 Fgfはher1振動周期勾配形成を制御する
薬剤処理によりFgfの活性を空間一様に減少させたところ、her1移動波の空間パターンが変化し、より後方に細いストライプが形成されることがわかった。数理モデルを用いて計算機シミュレーションを行ったところ、この変化は振動周期が長くすることで再現された (図5)。すなわち、Fgfはher1の振動周期勾配も制御していることが示された。
以上から、振動子集団の初期位相と振動周期がFgfによる制御を受けることによって (図6)、分節時計における移動波の発生が実現されていることが明らかになった。
2. 振動周期に空間勾配を与えうる2つのメカニズム
現在までに、Fgfがどのようにして振動周期に勾配を与えているかは全く不明である。そこで、数理モデルを用いて振動周期に勾配を与えうる方法を探索したところ、2つの方法が見つかった。
一つめは、単純に、個々の細胞がもつ固有の振動周期に空間的勾配を与えるというものである。この結果、観測される振動周期にも空間的勾配が生じる (図7 a)。
もう一つは、境界条件を利用する方法である。具体的には、PSM前端に振動しない細胞を配置し、振動する領域と相互作用させる。この相互作用の結果、たとえ細胞固有の振動周期には空間的勾配を与えなくとも、観測される振動周期には空間的勾配が生じることが予測された (図7 b)。どちらの場合にも、結果として生じる空間振動パターンは、her1の振動パターンをよく再現する。
さらに、これら2つの可能性を生体で検証するための実験も提唱する。これは、振動しない細胞の一部を、振動する細胞集団内に異所的に配置する、というものである。これにより、振動しない細胞と振動する細胞の間に積極的な細胞間相互作用があるかを検証することができる。もし、相互作用がなければ、細胞固有の振動周期にもとから勾配が与えられている可能性が高く、相互作用があれば、境界条件が重要であることが示唆される。今後、この予測をもとに、モデルの検証がおこなわれ、her1の空間振動パターンを形成するメカニズムの理解がさらに進むことを期待する。
以上のように、数理的解析を、実験結果の解釈・実験のデザインのツールとして用い、実験的解析と組み合わせることで、多数の振動子からなる波という複雑な空間ダイナミクスの理解を大きく進めることができた。