「笑点」司会でおなじみの、三遊亭円楽師匠が入院されたと言う。司会代行はレギュラー陣が持ち回りで務めるとか。
そもそもの始めは昭和40年3月12日放送開始の「金曜夜席」で、演芸コーナーの司会は立川談志・大喜利の司会は三遊亭円楽の各氏が務めていた。円楽さんは司会をやめて解答者に加わり、当時のメンバーは、柳亭小痴楽・三遊亭円楽・林家こん平・柳家きん平・桂歌丸の各氏。
日曜日の夕方に移って、昭和41年5月15日より「笑点」として改めて放送開始。、引き続き立川談志さんが司会を務めた。大喜利メンバーは三遊亭円楽・桂歌丸・柳亭小痴楽(のち春風亭梅橘)・三遊亭金遊(のち三遊亭小円遊)・林家こん平の各氏。座布団運びは三升家勝松(いまの桂文字助)さん。
翌42年1月29日より、座布団運びは石井伊吉、すなわち毒蝮三太夫さんに交替。
人気が定着したので、談志師匠がブラックな内容に持っていこうとしたところ、レギュラー陣が反発し、メンバー全員が降板。そこで44年4月6日より大喜利メンバーを柳家かゑる(いまの鈴々舎馬風)・三升家勝二(いまの三升家小勝)・柳家さん吉・三遊亭好生(いまの春風亭一柳)・春風亭栄橋の各氏に入れかえるが、視聴率が大幅に下がった。
44年11月9日より、談志さんと漫才をやったこともある前田武彦さんが2代目司会者に。現在のテーマ曲も作られ(前武さんが歌詞を付けたが、それは流行らなかった)たのもこの頃。メンバーは三遊亭歌奴(いまの落語協会会長三遊亭円歌)・三遊亭金馬・桂歌丸(復帰)・三遊亭小円遊(復帰)・三升家勝二・柳家さん吉・柳家小きん(いまの柳家つば女)・林家木久蔵の各氏に。座布団運びは三遊亭笑遊(いまの三遊亭円遊)さんに。
45年6月21日よりまたメンバーが変わり、歌奴・金馬・勝二・さん吉の各氏が降りて、円楽さんが復帰、三遊亭円窓さんが加わった。座布団運びは桂米助(タレントとしてはヨネスケ)・小野千春両氏が務めた。
司会は45年12月20日より、「てんぷくトリオ」から独り立ちしたばかりの三波伸介さんに交替。
46年7月18日より座布団運びは「手を挙げて、横断歩道を渡りましょう」の松崎真さんに交替。
47年7月30日、小きんさんに代わりこん平さんが復帰。52年3月27日、落語の精進に専念するため円楽さんが卒業。8月28日、円窓さんが降りて、三遊亭楽太郎さんと三笑亭夢之助さんが加わる。
53年9月9日、夢之助さんに代わって林家九蔵(のち三遊亭好楽)さんが加わる。
55年10月4日、小円遊さん急逝。19日より古今亭朝次(のち桂才賀)さん加わる。
そして57年12月8日、司会の三波伸介さんが亡くなり、58年1月2日の正月スペシャルは愛川欽也さんとこん平さんが司会代行。
そして58年1月9日放送分より三遊亭円楽さんがが司会として復帰。当初は2回限り(1回の収録で2回分録るため)の予定であったが、いつの間にやら歴代最長を数える。
58年10月16日、好楽さんが降りて、三遊亭小遊三さんが加わる。
59年10月7日より、座布団運びは、以前ちびっこ大喜利から「ずうとるび」としてデビューしたこともある「座布団と幸せを運ぶ」山田隆夫さんに(実は「鈴々舎鈴丸」という高座名を持っている)。
63年4月3日より、桂才賀さんに代わって好楽さんが復帰。
平成16年9月12日よりこん平さんが休業して、12月26日のスペシャルから弟子の林家たい平さんが代役として登場。現在に至る。
こん平師匠は、年内にも復帰の可能性があると言う。
白い着物の伸介さんはかすかに覚えているが、わたしのとって「笑点」は、やはり円楽師匠の印象が強い。一日も早いご回復と、番組復帰を願う。
※こん平さんの休演とたい平さんの登場に間があったので、修正
そもそもの始めは昭和40年3月12日放送開始の「金曜夜席」で、演芸コーナーの司会は立川談志・大喜利の司会は三遊亭円楽の各氏が務めていた。円楽さんは司会をやめて解答者に加わり、当時のメンバーは、柳亭小痴楽・三遊亭円楽・林家こん平・柳家きん平・桂歌丸の各氏。
日曜日の夕方に移って、昭和41年5月15日より「笑点」として改めて放送開始。、引き続き立川談志さんが司会を務めた。大喜利メンバーは三遊亭円楽・桂歌丸・柳亭小痴楽(のち春風亭梅橘)・三遊亭金遊(のち三遊亭小円遊)・林家こん平の各氏。座布団運びは三升家勝松(いまの桂文字助)さん。
翌42年1月29日より、座布団運びは石井伊吉、すなわち毒蝮三太夫さんに交替。
人気が定着したので、談志師匠がブラックな内容に持っていこうとしたところ、レギュラー陣が反発し、メンバー全員が降板。そこで44年4月6日より大喜利メンバーを柳家かゑる(いまの鈴々舎馬風)・三升家勝二(いまの三升家小勝)・柳家さん吉・三遊亭好生(いまの春風亭一柳)・春風亭栄橋の各氏に入れかえるが、視聴率が大幅に下がった。
44年11月9日より、談志さんと漫才をやったこともある前田武彦さんが2代目司会者に。現在のテーマ曲も作られ(前武さんが歌詞を付けたが、それは流行らなかった)たのもこの頃。メンバーは三遊亭歌奴(いまの落語協会会長三遊亭円歌)・三遊亭金馬・桂歌丸(復帰)・三遊亭小円遊(復帰)・三升家勝二・柳家さん吉・柳家小きん(いまの柳家つば女)・林家木久蔵の各氏に。座布団運びは三遊亭笑遊(いまの三遊亭円遊)さんに。
45年6月21日よりまたメンバーが変わり、歌奴・金馬・勝二・さん吉の各氏が降りて、円楽さんが復帰、三遊亭円窓さんが加わった。座布団運びは桂米助(タレントとしてはヨネスケ)・小野千春両氏が務めた。
司会は45年12月20日より、「てんぷくトリオ」から独り立ちしたばかりの三波伸介さんに交替。
46年7月18日より座布団運びは「手を挙げて、横断歩道を渡りましょう」の松崎真さんに交替。
47年7月30日、小きんさんに代わりこん平さんが復帰。52年3月27日、落語の精進に専念するため円楽さんが卒業。8月28日、円窓さんが降りて、三遊亭楽太郎さんと三笑亭夢之助さんが加わる。
53年9月9日、夢之助さんに代わって林家九蔵(のち三遊亭好楽)さんが加わる。
55年10月4日、小円遊さん急逝。19日より古今亭朝次(のち桂才賀)さん加わる。
そして57年12月8日、司会の三波伸介さんが亡くなり、58年1月2日の正月スペシャルは愛川欽也さんとこん平さんが司会代行。
そして58年1月9日放送分より三遊亭円楽さんがが司会として復帰。当初は2回限り(1回の収録で2回分録るため)の予定であったが、いつの間にやら歴代最長を数える。
58年10月16日、好楽さんが降りて、三遊亭小遊三さんが加わる。
59年10月7日より、座布団運びは、以前ちびっこ大喜利から「ずうとるび」としてデビューしたこともある「座布団と幸せを運ぶ」山田隆夫さんに(実は「鈴々舎鈴丸」という高座名を持っている)。
63年4月3日より、桂才賀さんに代わって好楽さんが復帰。
平成16年9月12日よりこん平さんが休業して、12月26日のスペシャルから弟子の林家たい平さんが代役として登場。現在に至る。
こん平師匠は、年内にも復帰の可能性があると言う。
白い着物の伸介さんはかすかに覚えているが、わたしのとって「笑点」は、やはり円楽師匠の印象が強い。一日も早いご回復と、番組復帰を願う。
※こん平さんの休演とたい平さんの登場に間があったので、修正