《 空想から科学へ 》 奧菜主義革命~ 革命的奥菜主義者同盟非公然ブログ

奥菜恵さんは、精神と肉体の両方から無駄なものをすべて削ぎ落とし、必死に舞台に立っていた

私という存在の中心にあるのはF愛だ~~安直に再掲 がんばれ日本選手権

2009年10月29日 23時11分26秒 | Weblog
何度か書き込みしているが、広岡達郎氏は“日本選手権”のことを「日本シリーズ」とは決して言わなかったそうだ(この過去形には深い意味なし)。

で、我がF愛の弁を再掲載させていただく。

「私は鉄道好きです。
大手私鉄では東京急行、東急が好きですね。
(国鉄は別格扱い。国鉄が嫌いな鉄道好きはいないもん。)
現在の東急の象徴、スーマートなステンレス車ではなく、
目蒲線や池上線をその昔走っていた、緑色の戦前型の電車が好きでした。

私は野球好きです。
東急はその昔球団を持っていました。
私、東急フライヤーズの時代にはさすがにこの世に生を受けていませんでしたが、
東映最後の年からのF党です。
その後身が北海道日本ハムファイターズです。

お荷物球団、貧乏球団、と言われ続け、
やくみつるには
「ユニフォームのチームロゴがアップリケ」
と陰口たたかれ、
某盟主球団のオーナーからは
「東京ドームから出て行け」
と言われていました……

ここ数年で、ファイターズは本当にいいチームになりました。
今年調子がいいから、結果論的にいっているわけではありません。
下柳、岩本、片岡、田中幸雄、新庄、小笠原、セギノール、マイケル……
屋台骨、と思える選手が次々と去っていったのに、
このチームは年々チームカラーを鮮明にし続けてきている。
不思議なチームだ。
選手の育成と、戦い方に戦略と戦術が明確に存在していて、
それが存在しているだけでなく、堅実に実践されている証だと思います。

ある週刊誌の見出しが
「稲葉が泣くとチーム全員が泣く」
となっていました。
“全員”というのは作っているでしょうが、
チームのムードはよ~く伝わります。そういうチームだと思います。
そういうチームだから、中田もああいう起用にも腐らずに頑張っているんだと思います。

家のローン、車のローンを抱えていない私の最大の支出項目は
発病前は“酒”でした。
落語の登場人物じゃあないけれど、あるだけ飲んじゃっていました。
月越しの金は持たね~、なんてね。
週に4日くらい外で飲んでましたよ。
その人間が酒を飲めなくなったら、どうなると思います?
申し訳ないけど、金余り現象が起こるわけですよ。
酒以外の外出も激減したし、
ほんと、申し訳ない。月末、ウン万規模で金が残るんですよ。

そこで発病後私は、株式ミニ投資を活用して、
こつこつと日本ハム株を買い続けてきたのであります。
今日、累計が1000株に達し、単位株主になることができました。
この記念すべき年に、ファイターズが日本一になってくれればなぁ、と願うや切。

ただし、私はF党なのであって、日本ハムという企業はそれほど好きなわけではない。
できれば東急フライヤーズ、または東映フライヤーズとして、
東京に帰ってきて欲しいと願ってはいる。
道民の皆さんには申し訳ないが…。

でもその日が来るまでは、
北海道の皆さんに愛され、
北海道の皆さんを元気づけるチームであって欲しいと、
それはそれは心の底から思っている。」

奥菜主義革命が漠然と語る湯河原の魅力(Ⅰ)

2009年10月29日 20時15分54秒 | Weblog
湯河原の関係者がこれを読んだら、烈火のごとく怒ると思うのですが、

申し訳ないが、湯河原という所は
観光スポット・立ち寄りたくなる場所
がそれほど豊富なところではない(と思っている)。

試しに書店に行き、観光ガイドブックをご覧ください。

あ、別に今、本屋に行かなくてもいいですからね。

熱海・箱根をドド~ンと取り上げた末尾に、申し訳程度に、
まるで全面禁煙未実施駅の「喫煙スペース」表示のように、
こっそりひっそりマッコリと載っているんじゃありませんか?
載っていないガイドブックだってあるはずですよ。

私が“棒になっている足”を棒にして探した範囲では、
『るるぶ 箱根 熱海 湯河原‘09~‘10』
が一番湯河原にページを割いているガイドブックでしたね。

その『るるぶ』にして、表紙および背表紙の「湯河原」の活字を
他の2カ所より控えめな大きさ、つまり小さくしている。
何も、誰が損するわけじゃなし、わざわざ活字を小さくしなくたって、いいだろう?!湯河原がなんか迷惑掛けたかい?JTBちゃん。

ページ数は各所取り混ぜて、127ページ中の20ページ強といったところ。
それが、最大掲載ガイドブックですよ(三遊亭丈二調で。なんで三遊亭丈二師匠がここに顔を出すかというと、湯河原にやや縁の有る「小田原城」が芸名だった時期があるからだ)。

そういう湯河原に、私はずいぶん足を向けている。
(足を向けて寝ている、ではないから)
仕事場の有志旅行で3回。
大学時代のサークル仲間と2回

たった5回かよ、といわれるかもしれないが、
10年ちょいのあいだで、
しかも病気による休職期間が間に入っている10年ちょいのあいだであるわけだから、
そこそこの頻度を誇ってはいるのである。

湯河原のどんなところが私にとっての魅力となっているのか、
これからがいよいよ本題で、
さあここからは湯河原関係者を喜ばせるところだぞ、
と思ってはいるのだが、小三治師匠のような冗長なまくらを振っていたら、
『和風総本家』の放映時間が目前となってしまった。
という事情で、

以下次号!いつになるか心許ないけど。

この一歩は小さな一歩であるが……

2009年10月25日 19時44分36秒 | Weblog
ついに始動した。
定年後の湯河原生活へ向けて。

まあ、病気になるまでは、草津を「終の棲家」と考えていたのだが、
脳血管障害を煩ってみると、あそこの冬のあの寒さは避けたい。
右半身に軽かろうと麻痺がある身であれば、街中坂だらけというのも生活苦になりそう。
泉質は最高だとは思うんだけど。
おいそれとは、神宮球場や、池袋演芸場にも行けないし。

で、新たにターゲットにしてみたのが、湯河原なんですわー。
恵って旅館ありますし、三枡家って旅館ありますし、
東京六大学野球を観たくなれば早朝出れば何とかなるし、
坂の多い温泉街ですが、バスの便はいいし、
坂と言ったって、草津ほどの勾配じゃないし。

ガガーリンだかブハーリンダかアンドロポフだか、『この一歩は人類にとって』的な
まず第1歩として、今日は『湯河原日帰り温泉の旅』を満喫してきました。

ワイドビュー踊り子1号 池袋8:22-9:51湯河原(箱根登山バス)10:15こごめの湯 10:25~10:50入浴 11:45まで休憩室で読書三昧 11:55~12:15入浴 12:30~13:00昼食(湯河原駅弁の「鯛飯」ウ~ムいまいち!鯛そぼろの甘い味がご飯に合わん!金目鯛炙り寿司にすりゃぁよかった) 13:45まで休憩室で読書三昧 13:55~14:20入浴 14:50退館 15:38湯河原発-17:30池袋着 
ちなみに18:45に地元市長選投票できました。


ワイドビュー踊り子のグリーン車は最高!気に入りました。

「こごめの湯」というのは町営の温泉施設。
入館時に1000円払えば、いくらでも日帰り入浴が満喫できる。
満喫というのはどういうことかというと、
休憩室やお食事処を利用した後も再度温泉に浸かれるということを意味する。
休憩室やお食事処とお風呂の間に料金徴収所があり、休憩をしたり、食事をすれば、
実質、もう入浴できないという施設を利用したことがあるので、
20000内……?いや、つまんないことに感心するなよといわれてしまうかもしれませんが、
三度入浴できて、大満足。

湯河原の温泉街でもっといろいろ行動すれば?とお思いになるでしょ?
昼食をこごめの湯で摂るっちゅーのはどうよ?とか。
でもね、あたしゃ、足が不自由だから。
4時間35分こごめの湯にいて、別に不満は感じませんでしたよ。
ま、定住まで、あと14年以上。徐々に行動範囲を広げていきまっせ。


あと、日ハム、日本シリーズ進出、めでたい!

巨人相手か~。
昭和56年の後楽園決戦以来ですな。
S56の時には高校生で、周りは西武ファンか巨人ファンばかりだったのに、
日ハムのパ・リーグ制覇が決まった日、
クラスメイトに先着10名限定でチェリオをおごったっけなぁ。
申し出が10名に満たなくって(5~6名だったかな)、
担任と、英語の教科担当にもごちそうして、「?」って顔されたっけなぁ。

日ハムの選手たちもノムさんを胴上げ。いい選手たちだよな~。世界一。

2ボール、3ボールになるとファイターズ投手への拍手が自然発生し、
そこからストライクが入るとさらに大きな拍手がわく、
“稲葉ジャンプ”もいつの間にか始まったんだってね、
しかも、「得点圏にランナーがいないとやらない」という奥ゆかしさ、
札幌ドームに集うファイターズファンはマジで宇宙一。

以前は学生野球の応援席がそうだったのに。
最近はプロ野球の応援席の方が立派。
きのう、少しは早稲田がVに近づけるようにと、明法戦の明治側で応援ていたら、
ひいきの引き倒しで、明治:野村選手のバント失敗を口汚く罵るおっさんに辟易として、上記の思いを。

5~8月サッポッロ、9~4月湯河原、ときどき神宮、なんて余生が送れたら……

爆上げしてよ!東急株!