完全無欠な「もうすぐ前期高齢男」日記

「もうすぐ前期高齢男」に進級「老いの自覚」を中心にUpしていきます。

迷走中って感じ?     ~アジア大会柔道競技に思う~

2018年08月31日 | スポーツ



私は初老男である。





アジア大会というのは、独特の「イヤラシサ」がある大会である。





特に「韓国」「中国」の勝負に対する「なりふり構わない」(特に日本に対して)姿勢に、辟易の感がある。





ということで、ここ数日見ているのが





               「男女柔道競技」





                           である。





ちょっと詳しい諸兄ならわかっていると思うが、今回の派遣選手は実は「一線級」ではない。







世界大会派遣トップの選手たちは、他の国際大会に参加している。(らしいって、実は違ってるかもしれません)








一番の驚いたのは「効果」「有効」が無くなり「技あり」と「一本」のみの判定になったこと。






また「指導×3」で「反則負け」になること。






そして「ジュリー」が、サッカーのワールドカップよろしく「ビデオ判定」をやるという。







だいぶ以前になるが、今や「柔道」という精神性を重視した武道の流れを汲むスポーツは消滅してしまったことを記した。







そして、現れたのは「柔道着」を着て「自国にある格闘技の技」を使うエセ柔道家たちである。










それは「柔道」ではなく「JUDO」という、グローバルな世界的スポーツの誕生を意味する。








そのためだろう。







「柔道」における審判の権威がダダ下がりになった。








それはちゃんとした柔道の感覚では、判断できない技が多くなりすぎたからだ。






更にグローバルになったということは、政治的な側面が大きくなり各国が「自国の格闘技技」の優位性を主張し始める。






「正しい柔道」の「精神性重視」の権威のある審判ほど、世界的には「軽視」されるようになった。







曖昧なしっかりしない審判団が引きおこしたのが、シドニーオリンピックの「ドゥイエvs篠原」の「世紀の誤審」である。









まあ、その試合から紆余曲折があったが「主審一人+ジュリー」という審判団になって「そんな試合」はなくなったが・・・。







だが、やはり「勝負の機微」に不自然さを感じるなぁ・・・。








今回の男子(誰だったか分からなくなってしまいました・・・)の試合でも、自分で技に入った時に相手に足を引っかけられて敗戦。(あれ?とは思ったけど)







そして、今日の王子谷の「反則負け」







相手選手は痛がっていたけど、結局その選手が「金メダル」って・・・なにか釈然としない。








本当に「肘は決まっていた」のかもしれないが、すくなくとも王子谷が「狙っていなかった」ことは間違いない。







大体、柔道で本当「決め」にいったら最低でも脱臼しているはずだ。








こうしたことに、もう少し納得できる判定が下されるようにならないとねぇ。








いつかは「武道的精神性の生きた『柔道』」の復活を、望んで止まない私である。







今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、日本柔道の復活を心待ちにしますように。









                May







・・・しかし、女子48kg級の近藤が「十字固め」で一本を取れなかったのには驚いた。いかに不十分でも、ヘタしたら腕が折れたはずなのに・・・。






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仕方ないか。    ~アジア大会サッカー決勝トーナメントvsマレーシア戦~

2018年08月24日 | スポーツ



私は初老男である。







なかなか、この「アジア大会」というのが競技によって位置付けが違う。







アジア諸国にとっては、どの競技も東アジアの3強国「日本・韓国・中国」に挑戦するべくシャカリキになってくるだろう。





しかし、日本にとっては・・・






競泳などは「自信をつけるべき大会」という感じ。







バドミントンや卓球などは、完全に「世界レベル」の覇権争い。







体操は「若手の経験を積ませる」ための大会。









で、このサッカーはというと・・・。








まあ、某隣国には「徴兵制免除」という「美味しいニンジン」がぶら下がっているから、それこそ必死だ。






レギュレーションとしては、男子は23歳以下の選手+OA3名であることを思えば・・・・。







日本のメンバーはたしか21歳以下であり(違ったですか?)さらに、例の森保監督の初采配でもあったのだが。








ちょっと「期待はずれ」の感が否めないのである。










その若さから、もっともっと「ヤンチャ」で「無鉄砲」な感じのプレーを期待していたし、そうした目立ちたがり屋の選手が出てくると思っていたのだが・・・。









まるでワールドカップっでのポーランド戦よろしく、ディフェンスラインでのゆっくりとしたパス回しが多々見られた。










まあ、状況がむずかしいのがアジアでの闘いであることは重々分かっているが・・・・。










決勝トーナメントの初戦には、試合終了間際にPKを獲得して突破することが出来たがこれ以上は無理っぽいなぁ。









今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、アジア大会を存分に楽しみますように。







              May






ホントに「ゴールの匂い」がしないなぁ・・・・。
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この歳になっても。。。    ~たぶん「父源病」~

2018年08月20日 | 家族・肉親



私は初老男である。





初老男と名乗っているが、私は現在57歳である。






これを「初老」と名乗ってい良いのかどうかは微妙なところであろう。






しかし、この歳になっても。。。。。








         「家にいるのが辛い」







読み間違った人がいるのではないだろうか。






            「辛い(つらい)」




                     のである





            「幸い(さいわい)」




                        ではない。







農家の次男として、生まれて57年間。







思えば少しも、家にいて「心から安らんだ」ということが無い。







今日も今日とて、日曜日だというのに9時には家を出た。









大した用事があるわけではない。









家に居たくないだけだ。







       「何時からこうなったか」








たぶん「気が付いたら」である。








気が付いたころには、休みの日には父親の私を呼ぶ声に舌打ちをするようになった。










「百姓仕事」を手伝わされるからだ。








昭和40年代のことだから、やっと農作業のすべてが機械化されたことだ。










しかし、それは人間の手を必要としなくなることを意味していなかった。







「家にいる」ということは「百姓仕事を手伝わされる」ということを、深層心理に刷り込まれたのだ。







私が農業をリタイアして3年。







農作業は無くなった。








86歳になる親父が、私を呼びつけることも・・・・・。たまにあるが。






もちろん、百姓仕事をさせられるわけではない。







しかし、50年以上にわたって刷り込まれた「嫌悪感」は、親父という存在そのものに転嫁されて未だに私を怯えさせる。






それも「怒り」を伴った「嫌悪感」だ。







近親憎悪というモノは、とても厄介だ。







今「夫源病」なるモノが話題を呼んでいるが。






そうした意味で、私は間違いなく「父源病」だ。





そして、それは「家源病」につながっている。






親父はいつかは亡くなるだろう。






しかし、私の意識の中での「父現病」と「家源病」は、そう簡単に治らないだろう。






もしかすると・・・・。






一生治らないかもしれない。。。。。。







今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、根の深い厄介な病気になりませんように。






           May





彼のことを「尊敬できないが、軽蔑はしない」思っていたのだが、今は「充分」軽蔑している。









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なんだかなぁ。      ~IBFスーパーバンタム級世界戦岩佐敗れる~

2018年08月16日 | スポーツ




私は初老男である。






お盆休みの最終日の夜。





まったりしてウトウトしながらボクシングの世界戦を見ていて。






今、判定が発表された。








岩佐亮佑が0-3の判定負けだった。






・・・・・全く関係ないのであるが、日本ボクシング連盟がらみの件から私は「ボクシング自体」に不信感を抱き始めている。







・・・・まあ、それは今に始まったことではないんだけどね。







例の「村田諒太の件」や「ネリー5ポンド超過の件」などから「やっぱり、胡散臭い・・・」と感じていた。








そして、今日の判定である。









たしかにいかに疲れているとはいえ、見ながら「ウトウト」してしまうくらいの試合内容だった。









だが、しかし。








           「0-3」






                   で岩佐が敗れたという判定には





            「?」





                    である。






プロボクシングの世界は、どんどん「ビジネス優先」になって訳の分からない状況になっている。










あなたは「世界チャンピオンが約68人もいる」ことを知っていますか?









WBA・WBCなんて「暫定王座」「休養王座」「スーパー王座」なんてのも何人もいるし。







まあ、こうした水増しチャンピオンが多いから試合もウトウトしてしまうのかなぁ。








岩佐には・・・申し訳ないが、判定はおかしいと思うけれど「怒り」までは感じなかった。







今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、ボクシングの面白さにエキサイトしますように。









             May







岩佐は、以前山中慎介と対戦したことがあるんだってね。


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もうちょっとだけ、足りない。   ~また8月15日がやってくる~

2018年08月14日 | ライフワーク




私は初老男である。






もう、ずっと書いてきたことのなのだが、今年も繰り返すことにする。







また8月15日がやってくる。







そう



 
        「敗戦記念日」






                  である。







ここ数年どんどん「終戦」ということばを使うこと自体が、ある種の「思い込み」「洗脳」によるものだと認識せざるを得ない。










今起きている様々な事件が、日本人の・・・というより人間の「弱さ」を象徴している。









大勢の死刑囚をだしたオウム真理教ほどではないにしても。。。。







78歳という高齢の、しかも一般常識さえ欠如している老人が強固な組織を牛耳っていた。








さらに、その組織ほどではないにしても「監督」なる人間が、選手とほとんど会話することなく「反則」を強要したりする。









こうしたことを見ると、あながち大東亜戦争がお題目ほど「清々しい」ものだとも思えないが・・・。









ここまで来てナンであるが、カテゴリーにある「ライフワーク」のおさらいをしておこう。







     「日本は何故、勝てる見込みのないアメリカに戦争を挑んだか」







を死ぬまでに、最低自分が納得できるような答えを見つけようと思っている。











そして、今の時点において8割5分程度の答えが出ている。











最初に書いたように、まず敗戦記念日を「終戦記念日」と呼び、大東亜戦争を「太平洋戦争」と呼ぶことが間違いであることを自覚しない限り、その答えを導き出すことはできないのである。








原爆を落とされたことの意味を、その残虐さの意味、政治的意味を考え一定の答えを出さない限り最終的なまとまりのある答えにもならないのだ。








今言えることは、今も昔も「人間は矛盾の生き物」であり、戦争当時の各国元首・政治家たちの「意識(偏見)」が戦争そのものを左右したのだ。









そのことを、今まで表した資料はあまりなかったように思う。(私が見つけなかっただけかもしれないが)








間違いないのは、当時の日本を含むアジアの状況を「偏見」と「過小評価」そして、国際法の網の目を縫う「事変」(宣戦布告をしていない国家間の戦闘)のままに事を進めたアメリカを含む「連合国」に、開戦からしばらくの間焦りが無かったといえばウソになるということ。








もう少しだけ「埋めなければいけないピース」がある。








それが埋まれば、ほぼ「納得できる答え」にたどり着けるだろう。








今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、少なくとも第二次世界大戦のヨーロッパ戦線と太平洋戦線には、全く別の事情が存在していたことを認識しますように。







               May





「国際連合(United Nations)」なんて、訳し方は実は「日本向けの甘言」で「連合国(戦勝国連)」という意味だからね。そんなものに世界平和を期待してもムダですよ。


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誓いのしるしに。      ~「バカラ」のグラス~

2018年08月10日 | Weblog



私は初老男である。






人間は大抵





       「自分だけがなぜこんな目に・・・・」







                        と思うものだ。







だが、後々耳に入ってくるのは大体「大同小異」で、皆同じように「なにか」を背負っている。








まあ、その「なにか」が本人におって感覚的に、どの程度の大きさかなのかが問題なのだけれど・・・。







なにを言っているのか分んないでしょうね。








実は私もよく分かんないんですけど・・・・。










この歳になると「完全に健康」と言えない状況だ。











人間ドックを毎年受けているが・・・・。









毎年「再検査」になっている。








で、今日その再検査に行ってきた。









結果は








            「だいぶ良くなっている」








                         というモノだった。








だが、その結果を得るために以前のUpにあるような「ダイエット」に取り組んだわけである。











こうなったから本当のことを言えば・・・。







             「禁酒」







                  をしたのだ。








それが決め手だったらしい。












これは・・・・。かなりつらかった。











ほとんど、私にとっての「酒」というのは、その名の通り「spirits(スピリッツ・魂)」に等しい。











禁酒にはずいぶん辛い思いをしたが、その甲斐があったというモノだ。









ほぼ4ヵ月。












とりあえず、今回の検査でひと段落をつけることにした。










もちろん、酒を再開するのではない。









今日だけは「祝杯」を挙げようかと思う。









ただ、そうなると普通の祝杯ではもったいない。









特別な一杯にする必要がある。








そこで、前から気になっていた「アレ」を手に入れることにした。










          「バカラのグラス」







                     である。






実はバカラのグラスは、ペアのロックグラスを持っている。









しかし、まだウィスキーをロックで飲る歳ではない。








というか、未だ私は「ハイボール党」なのである。










バカラに完全なる「ハイボールグラス」は無いような気もしているのだが、普通のロックグラスより1.5倍の高さの物がずっと気になっていた。









酒においての「器」は、隣で酒を注いでくれる「女性」より大きな意味を持つ。









まず、グラスの色。グラスには微妙に色がある。








基本的に「酒自体の色」がちゃんと見える色であること。







そして「カットと模様」である。






これもやかまし過ぎてはいけない。全くついていないものは、逆に形だけで勝負ってことでもある。









次がグラスの「口当たり」がやわらかいこと。









最後に「重さ」である。








実は私には、この「重さ」が最大のポイントになる。









そうした意味では、持った瞬間に「良い物」は分かる。







バカラのグラスは、その確信を裏切ったことはない。









今夜だけは、メーカーズマークのハイボールをちょっと過ごすことにしよう。。。。。









今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、たまに来る喜びを満喫しますように。








             May








・・・・しかし、あれほどおいしかったメーカーズマークは・・・・。そんなにおいしく感じなかった。




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・・・誰かとカブって見える。      ~ボクシング関係で関西弁?~

2018年08月04日 | スポーツ




私は初老男である。




まだ、猛暑が続いている。





しかし・・・。






微妙に気温の変化があるのを感じるのは、私が初老男だからだろうか・・・。









テレビの中で関西弁で好き勝手なことを、まくし立てている人物がいる。









だいぶ以前ではあるが、そして容貌はかなり違っているがかなり「似たようなシーン」である。













3人の子供を全員世界チャンピオンにした、という普通に考えれば尊敬されるべきだった人だ。











尊敬されるべきと書いたが、多分その当時彼はあまり尊敬はされていなかったんではないだろうか。








その尊敬されない理由は








          「インテリジェンスの無さ」







                    にあると私には思える。








そのまま見れば、ただの「関西のガラの悪いオッサン」にしかみえない。










そして、テレビ出演して、様々発言すればするほどそれが確認されただけだ。








不思議でならないのは。









ふたりとも自分の発言で、世間が納得したと思っているのだろうか?









逆に言えば、納得させることより「自分の言いたいこと」の方が強すぎるのであろう。









だから「インテリジェンスが無い」んだけどね。








こうした人が格闘技関係の前面に出る時、ひどくイメージを落としてしまう。








今回の場合は、以前の人物とは比べ物にならない位に「高い地位」である。







しかし、・・・タイプは同じ。





これほど支離滅裂な人物が「終身会長」であるという。







話を聞いていても、一体どこまでが会長の仕事で、何に責任をもっていたのか全然わからない。







そして、一番問題なのは・・・・。








アマチュアボクシングはそうでなくても「判定が分かりにくい」のだ。









こうなってくると、日本のアマチュアボクシング界はますます





          
         「何も信じられない」






                   状態になってきた。







すべてすべて犠牲になったのは





            「選手たち」



                
                      なのである。







今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、守るべきものがなんであるのかを見極めますように。







          May





・・・どんな優秀な人物であっても80歳を目の前にした人間を「会長」にしていること自体が、すでに「おかしい」のである。しかも「終身」・・・・。せめて「終身」と「会長」の間に「名誉」が入らないとねぇ。


































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ついにその時が来た・・・。    ~「少し融通してくれないか」~

2018年08月03日 | Weblog




私は初老男である。





8月7日は「立秋」である。





その以後は「残暑」だという。






「そうざんしょ、そうざんしょ」







・・・・私「暑さ」で「バカ」になっちゃった?








さて、私には様々なことにおいて「引いている一線」というのが存在する。








その一つに






        「友達と金銭の貸し借りをしない」





                   
                       というものがある。






自分が「友達にお金を借りない」というのは、まあ自分自身の問題だから、この歳までその一線を越えることは無かった。









しかし、この一線には重大なポイントがある。








そう「相手がいる」ということ。










私は・・・・。









「知人」は多いが「友人」は少ない。









自分から相手の領域に踏み込もうとしないからだ。









だから、こちらの領域に踏み込まれるのも好まない。









迷惑を「かけられる」のも「かける」のも嫌いだ。








人間なんて・・・・。







しょせん、一人さ!









そんな思いの男にも、少数だが友達がいる。











長い付き合いの友達だ。










その男が







昨日





           「金を貸してくれ」





 
                       といった。









実はまさかその男がそうしたセリフを吐くとは、つゆとも思わなかった。









そうなると問題なのは、自分の引いた一線とどう向かい合うかである。












実は。奴がその言葉を口にした時点で、私が引いた一線はすでに壊れたことを意味する。












お金を「貸す」か「貸さない」かは問題ではない。










その言葉が出た時点で、すでに奴との関係は私の思っていたものでは無くなっているのだから。











奴が私のそれを言い出すには、私にはできない苦しい判断の一線を越えてきたということは容易に想像できる・・・。












それに対する私の答えは







         「何時でもいい」といって要求された金額の半分を渡す。






                                  というもの。










もちろん、友達の関係を変えるつもりはない。










ただ「金の貸し借りをした」ことで、その友達関係という意識に差ができてしまった。








まあ、奴の方での友達意識は変わっていないのかもしれないが・・・。









非常に・・・・残念だ。







今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、自分の引いた一線に落ち込みませんように。








                  May







・・・こんな感覚の私は「変な人」なのだろうなぁ。




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いよいよやってきました。    ~日本スポーツ界の「封建制」の崩壊~

2018年08月03日 | 時事ネタ


私は初老男である。





今週末が「熱夏」のピークだという。





酷い。






早く収まってほしい!









ということで日本ボクシング連盟がエライことになっている。










女子レスリング界・日大アメフト部に続いての不祥事である。









私の世代において「部活動」というのは、基本的に








            「監督・先輩に絶対服従」





                           である。






現在の日本スポーツ界の発展において、この不文律が個々・団体の両方に脈々と受け継がれてきた。











これは日本人の「メンタリティ」によるもので「儒教的精神」の名残であろう。









「年上の人間を敬うこと」自体が悪いわけでは、もちろんない。









「組織」というモノを効率的に運営し、維持していくには非常に都合のいい不文律である。









少々のことがあっても「結果」が出ているうちは、こうしたことの弊害はある程度「不問に付される」ことになる。











問題なのは前提としてその組織の「長」なる人物が「実力」と「人望」「無私の意識」を持っているということ。









それが無いと・・・・、現在のような「エライこと」になってしまうのである。










すべての情報はマスコミを通っているので、私の判断もそれらの内容からである。







そうした中で、まず告発者が「333名」いるという事実。






これだけの人間が告発するには・・・・。それなりの重みがあると思う。






そして、私の感覚でしかないが、どんな偉業がある人間でも「終身会長」なる地位に就いてはいけない。周りがどんなに持ち上げてもである。







さらに「長」と名の付く人は「忖度」させてはいけないのである。








まあ、そんな人はほとんど存在しないのだが、そこは「程度」の問題である。









なんて言っていたら・・・・。








まったく関係ないかもしれないが










  「東京医科大学が、入学試験で女子受験生の点数を減点し、合格者数を抑えていた」










なんて話も出てきた。









信じられない話。










スポーツ界の度重なる不祥事も、今回の東京医科大学の裏口入学と女子受験生の減点問題も、前時代的の形で存在している。









ア然とするしかない。










いよいよスポーツ界の封建制が崩れることで、日本人のメンタリティの確変が見られると期待しているって、締めくくろうと思ったのだが・・・・。








日本において「権威」があるはずの様々な組織が、ここまで腐っていることに嫌悪感を激しく感じてまとめることが出来ない。







しばらく、個々の事件の経緯を見ながら考えをまとめることにしよう。








今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、せめて自分だけは「ある一線」をわきまえますように。







                 May







LGBTのこと・東京医科大学のこと・ほかスポーツ界の不祥事のこと。全般を見て本当に「日本は建て前」だけで、できていたんだなぁ・・・・。って思った。


















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