マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

ショーペンハウアー

2015年04月25日 | サ行

 ニーチェはショーペンハウアーから多大の感化を蒙っております。ショーペンハウアーは広い意味でのドイツ観念論に属しますが、ヘーゲルとは鋭く対立した人で、ドイツ観念論のなかでの変わり種です。

 彼において最も注目すべきは意志をもって実在とし、生きんとする意志の立場から人生を見ようとしたことです。いいかえると、ヘーゲルにおいて精神であったものはショーベンハウア−においては意志となっているのですが、これによって近代の自覚はヘーゲルにおけるよりも一歩進められたと申せましょう。

 それは人間は世界の主人、自然の所有者であるという近代意識の底には、中世後期以来、主意主義がひめられていたのですが、これがショーペンハウア一によって自覚的に哲学として組織せられたということができるからです。ヘーゲルにおいてはまだお上品な精神であったものがもっとドスグロイ生きんとする意志となったのは、近代の自覚が一層リアリスティックになったことを意味しています。

 しかし生きんとする意志から見られただけに、人生はそのような意志の角逐抗争する修羅場となります。人生は歎きの谷となります。そこでこれからの解脱のために、人間には自己否定が強く要求せられることになり、その結果、一種の超越主義がとられることになります。つまり、リアリスティックに現実に徹底し、そこから生きんとする意志というドスグロイものをえぐり出しましたが、そのことがかえって彼をして一種の超越主義をとらせる結果を招いたのです。ここに彼にも一種の実存主義の存するゆえんがあります(なお、ドイツ観念論のうちでは、後期シェリングの場合も同様です)。(金子武蔵『ヘーゲルの精神現象学』以文社225頁)
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コント

2015年04月23日 | カ行

 再びフォイエルバッハにかえりますと、彼の同時代人としてフランスにはコントがあります。二人の思想は大変よく似ております。

 コントのいわゆる実証主義において最も注目に値するのは、歴史神学的ー形而上学的−実証的という三段階に分けることと、社会学をもって、成立においては一番遅いものであっても、数学・天文学・物理学・化学・生物学・心理学など他のすべての科学を包含した最も具体的な学問、つまり中世において万学の女王であった神学と同じような位置を、実証的な現代において占むべきものとしたこととの二点でありますが、

 これらの二点は、多少の相違はあるにしても、フォイエルバッハにもあるものでして、彼が自分の立場を実証主義と規定したことののあるのももっともなことです。こういうところから普通に実証主義・実証哲学と呼ばれているものをも、ヘーゲルとの関係において、さきにいった意味におけるポジティヴィスムと呼んでよいかと思います。

 もっとも、コントはヘーゲルとはなんの関係もなく思想を形成した人です。しかし彼の思想の根抵にあるものは、やはり人間は世界の主人であり自然の所有者であるという、いいかえるならば絶対者は主体であるという近代意識ではないかと思います。このことほ晩年の彼が人類の宗教religion de l'hommeを提唱せぎるをえなかったことによっても証せられているのでないでし⊥うか。

 もっとも、彼においては実証哲学であったものも、今日では幾多の実証科学と実証技術とに分解してしまいましたが、我々の現代が「科学的−技術的時代」(ヤスパース)であることを裏から支えているものも、やはり右のような近代意識ではないかと思います。(金子武蔵『ヘーゲルの精神現象学』以文社223-4頁)

     関連項目

実証主義
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東川のまちづくり

2015年04月20日 | マ行

               福原 義春(資生堂名書会長)

 君塚直隆著『ジョージ四世の夢のあと』(中央公論新社)によれば、19世紀の英国王ジョージ4世は「浪費王」として悪評高い。一方、文化の庇護者として大英博物館、国立美術館、リージェントストリートの整備、王立美術院の拡充などを行い、それらは今日ロンドンの名所となった。

 歴史的文化資産に恵まれた地域は、それを活用した文化政策を展開できる。では、それが見当たらない場合はどうすればいいのか。

 北海道上川郡東川町の取り組みを紹介したい。東川は、旭川空港から車で13分、北海道のほぼ中央に位置する小さい町だ。旭岳を仰ぎ見る米作地帯だが、目立った産業もなく、普通なら全国に散見される過疎の町、いわゆる「限界集落」となる運命は避けられなかっただろう。

 しかし、このような不利な状況を逆手にとってまちづくりは始まった。それは、竹下首相時代の1988〜89年に行われ、1億円のばらまきと不評だった「ふるさと創生事業」より前だった。

 まず、「東川には何もない。自然しかない」と言われる環境を、短所でなく長所と見なす発想の転換をした。そして、人の手が入らない山林や川や田園風景など、自然の美しさを写真に収めるのにうってつけの場所と考えた。85年には「写真の町」を宣言。世界から作家を招く国際写真フェスティバルや、全国の高校写真部が腕を競いNHKでも毎年放映される写真甲子園を開催している。今や写真の世界では、同様に国際写真フェスティバルを開催するフランスのアルルと同じぐらいの知名度がある。

 対外的アピールだけではない。全国のスポーツ少年団と同様に、この町には写真少年団があり、子どもたちは自然に親しみながら感性を磨き、写真を楽しんでいる。町が世帯ごとの写真をウェブ上で保存する仕組みもある。婚姻届や出生届を出せば、その控えを写真立てとしても使える厚紙の台紙に入れてプレゼントしてくれる。

 写真以外でも、地場産業である木工を活用し、町に生まれた子どもにオリジナルデザインの椅子を進呈する「君の椅子」プロジェクトがある。全国からの出資者に産物や各種特典を還元する「株主制度」は、町の事業の中から株主が応援したいものを選べるところが単なる「ふるさと納税」とは異なる。町が造成、分譲する宅地も道内や首都圏からの移住者ですぐに完売し、昨年は目標の人口8000人を42年ぶりに達成した。

 東川のまちづくりには、まずは内なる環境と条件をよく理解し、それを住民の幸福と合わせて最大化するという姿勢が貫かれている。もちろん当初は町内でも反対の声もあったが、あきらめずに継続するうちに独自の創造性を獲得し、結果として対外的な魅力に育った。モノ・カネでなく、知恵と努力を基軸にしたまちづくりの例として注目したい。
 (朝日、2015年02月07日。福原の道しるべを探して)

関連項目

補助金ゼロのまちづくり
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『辞書で読むドイツ語』(第3版)のサポート

2015年04月19日 | サ行

誤植の訂正

224頁15行目、zulezt → zuletzt

259頁18行目、jungste → jüngste

269頁17行目、tourn俊ent → tournèrent


お願い

 その他の誤植等、間違いを見つけた方は、どうぞ教えてください。

 鶏鳴出版、牧野紀之
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「文法」のサポート、詳細索引・同類項の省略

2015年04月15日 | 「関口ドイツ文法」のサポート

137──定形は繰り返すが、過去分詞は繰り返さない

524──逆の意味の2つの形容詞を凍結形として扱う場合。

909──1つの助動詞が2つ以上の本動詞と結びつく場合。

1044──2つ以上の間接引用文を並べる場合。

1441──総論。

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直島 環境センター

2015年04月11日 | ナ行

 大小の島々が浮かぶ瀬戸内海の自然豊かな直島(香川県直島町)は、銅の製錬で栄えた100年近い歴史もある。

 直島北部の三菱マテリアルの敷地に入ると、鋼の製錬施設のなかに香川県の廃棄物中間処理施設「直島環境センター」が見えた。センターの窓からは、直島の東側にある豊島(てしま)で不法投棄された廃棄物を積んだ全長65辰離侫Д蝓七人∩船が、桟橋に係留しているのが確認できた。

 豊島では1980〜90年代に大規模な廃棄物不法投棄事件があった。香川県は91万9000トン(昨年3月の推計)にのぼる廃棄物を撤去し原状回復する計画。豊島の廃棄物を処理するため、県が直島環境センターを建設した2003年、三菱マテリアルも自動車や家電などの廃棄物をリサイクルして有価金属を取り出す施設をつくった。

 直島のエコツアーで、環境センターと有価金属リサイクル施設を、ガイドの説明を受けながら見ることができる。

 環境センターの炉では廃棄物が1300度で溶かされていた。スラグと呼ばれるガラス状の砂やアルミ、飼、鉄、排ガス中の飛灰に分けられ、すべて再利用されるという。ガイドの中塚明子さんは「ゴミを捨てるのは簡単。でも、もとに戻すには、労力やお金、時間がかかることを伝えたい」と話す。

 続いて、同じ敷地の三菱マテリアル有価金属リサイクル施設へ。使い終わった自動車や廃家電の細かい部品、電子機器の基板類が各地から運ばれてくる。

 見学コースから、廃家電の部品などがクレーンで持ち上げられる様子や、高温で燃やして溶かす設備が見えた。捨ててしまえばゴミとなるものが、金や銀の有価金属を回収できる「資源」にもなる。

 岩見幸二副所長は「豊島で廃棄物の不法投棄が起きたころはなかった、使用済みのものを再利用する仕組みが今はある。処理して循環させる現場を知ってほしい」と話していた。   (朝日、2015年02月18日。神田明美)
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ニューディールの文化政策

2015年04月08日 | ナ行

        福原 義春(資生堂名誉会長)

 世界恐慌を克服するため、1930年代の米国ではニューディール政策がとられた。テネシー川流域のダム建設など公共建設投資が有名だが、もう一つ、日本ではあまり知られていないが「フェデラル・ワン」という大規模な芸術文化支援政策があった。そのことを詳しく書いた数少ない論文が、国立民族学博物館の出口正之教授による「ニューディール時代の文化政策の現代的意義」(「文化経済学」2003年9月号)だ。

 公共建築の壁面を飾る芸術作品や看板、サイン計画に多数の若いアーティストが起用され、のちのアメリカン・ポップアートの源となった。国有化された劇場に俳優や脚本家が雇用された。同じ頃、全体主義化する欧州から逃れてきた教養人がその運動に加わった。彼らには、ギリシャ・ローマ以来の古典を基礎とした欧州の教養があった。加えて、伝統的重厚長大産業への投資を事実上制限された新興投資家の資金が、映画など全く新しい大衆芸術産業に投じられ、上質で知的なエンターテインメントを完成させた。

 一例を挙げると、64年制作、のハリウッド映画「マイ・フェア・レディ」の原作は、バーナード・ショーの脚本によるブロードウェーミュージカル「ピグマリオン」であった。さらにその戯曲は、同名のギリシャ神話から想を得ていた。つまり、欧州から流入した古典的教養と米国資本が合体、ブロードウェーミュージカルやハリウッド映画などを飛躍的に向上させ、恐慌で疲弊した米国に新しい芸術文化産業への雇用と莫大な経済効果をもたらした。

 「スミス都へ行く」「市民ケーン」「カサブランカ」「ケイン号の叛乱」「12人の怒れる男」などの名画が生んだのは経済効果だけではない。草の根的な民主主義に支えられた市民生活の豊かさや正義や満足の姿を見せつけ、米国の国力を世界に伝えるソフトパワーであり、反共産主義や反ファシズムのPRでもあった。そして、世界中にばらまかれた米国型民主主義への憧れが第2次大戦後の世界に影響し、ついには冷戦終結につながった、というのが私の分析だ。

 一方で、その後の中東情勢などを見ると、そもそも「草の根」の部分のない社会に対し、米国型民主主義や正義のかたちを無理に当てはめようとして、混乱が生じているケースがあるのではないか。

 いまや、政治や経済に人間社会が振り回される時代ではない。私たちは、目の前の情報から単一の価値軸で形成されたグローバリズムの嵐に巻き込まれないように気をつけなければならない。そして、歴史の中で築きあげてきた固有の文化をもう一度確認し、新しい価値体系とルールを磨き上げ、世界に大きい影響を与えることを考えるべきだ。

 フラット化し、氾濫する情報をいかに統合し、明日を見通せる大きい「知」に編集できるか。それは社会に生きる一人ひとりの人間力にかかっている。
 (朝日、2015年03月07日。福原義春の道しるべをさがして)

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 映画「マイ・フェア・レディ」考
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浜松市長選、2015年

2015年03月30日 | ハ行

     鈴木康友浜松市長の「やります」公約の検討

 私は前回、2011年の市長選挙に「仮」立候補をしましたが、正式立候補は出来ませんでした。今回は、もう「仮」立候補もしません。しかし、現市長の当選が確定視されていますので、彼の「やります」と題する公約についての私見を述べておきます。皆さんの検討の参考になれば幸いです。

 前回の「仮」立候補の際に発表しました私の公約は今でも妥当すると思いますので、それを前提とします。これは最後に掲げておきます。現市長の「やります」公約はその全ての論点を検討する程の価値はありませんので、根本的な3点について論評して、それが事実上は「やりません」公約であることを証明しておきます。

 第1点。数字を挙げて何かを言う場合の挙げ方が非学問的です。個別的な数字を挙げるだけで、その数字が他の事柄との関係でどういう意味を持つのかが分かりません。市長は慶応大学を卒業し、松下政経塾で学んだそうですが、学問とは何かは学んだことがないようです。

 2011年から現在までの「成果」の報告に「私立保育所や認定こども園などの定員を1,075人増加させた」とか「認証保育所利用者への月額2万円の助成制度を創設」とか書いています。又、辛口で有名な鈴木恵・前市議はかつて「現市長になって、妊娠・出産への支援がとても好く成り、使いやすくなった」と書いていました。私はこれらを「一応は」評価する者です。しかし、問題は、これによって出産数がどう変わったか、合計特殊出生率はどう変化したか、待機児童がどれだけ減少したか、年少人口と生産年齢人口と老年人口との比率はどう変化したか、といった事が合わせて発表していないという事です。これらを発表してもらわないと、その「成果」の意味を考える事ができないのです。

 浜松市のホームページを開いてみますと、一応は「人口統計」なり「人口動態」が載ってはいます。しかし、数字が載っているだけで、グラフは載っていませんので、全体の動きを一望するのが難しいです。その点、例えば横浜市のホームページはかなりよくできています。もっとも、こういう統計がきちんと発表されていたとしても、特定の数字を発表する場合は、「それと直接結びつく数字」も同時に発表しなければなりません。これは「常識」だと思います。現市長にはこういう常識がないようです。ご両親は共に学校教師だったとかいう事を聞いた事がありますが、これくらいの事も教えなかったのでしょうか。子どもは親で7割決まる、というのが私の考えです。

 第2点・市長は「トップセールス」とやらが好きなようですが、それも悪いとは言いませんが、市民との直接的で個別的な対話の方がもっと大切です。8年も市長をやっているのに自分の足で調べていない施設などが残っているのではないだろうか、という事です。

 例えば、私の知っている範囲で言いますと、春野町に「すみれの湯」という入浴施設がありますが、市長はこの風呂に入りに行ったことがあるのでしょうか。とてもそうは思えません。この湯は閑古鳥が鳴いています。複数の職員らしい人が事務所にいますが、ものすごい赤字だと思います。風呂の中を見ると、ガランは使いにくいし、木の部分は腐ってきています。そもそもサウナがあるのに水風呂がありません。この風呂に行ったならば、改善案を指示できないようでは困ります。市長は元経営コンサルタントだったそうですが、どこかの会社の経営を立て直した実績があるのでしょうか。愛知県の東栄町の駅舎は或る女性が「ちゃちゃカフェ」(テレビ朝日系の「人生の楽園」で紹介されました)を始めてから、賑わいを取り戻したようですが、これを参考にしたらどうでしょうか。すみれの湯の隣には図書館もありますし、役所の出張所みたいなもの(協働センターかな?)もあるのですから、文字通り地域の活性化のセンターに出来るのではないでしょうか。

 「すみれの湯」は遠すぎるという「言い訳」を封ずるために、市役所のすぐ近くにある茶室「松韻亭」をもう1つの例として出します。ここも閑古鳥が鳴いています。そもそも日本人の市民だけを念頭に置いており、外国人はほとんど想定していないようです。時代遅れです。いや、日本人のためにも大して為にならないと思います。今、和食が賞賛されていますが、そしてそれ自体は結構な事ですが、日本人の飲茶文化について言いますと、その現状はどうなっているでしょうか。そこにはどういう問題があるのでしょうか。市長や「和食」の唱道者は現実を認識して物を言っているでしょうか。

 第3点・一番悪い点は、現市長は市民を恐れているらしく、市民から逃げ回っているらしいという事です。その決定的な証拠は市役所のホームページにある「市長の部屋」であり、「市長への意見箱」の作り方です。

「市長の部屋」を開きます。「市長へのご意見箱」を開きます。「ご意見・ご提言はこちらへ」を開きます。「『利用案内』を読んでください」という指示は無視して、「入力フォーム」を開きます。すると、以下の項目を記入しなければならないように出来ています。
〃鑢勝↓△完娶・ご提言の内容、市からの回答が必要か否か、です。「ぬ樵亜以下」は省略します。

 何が問題かと言いますと、の「市からの回答が必要か否か」を問う事です。「市からの回答」を求めているのなら、広報課に質問します(浜松市役所の広報課は、私の知る範囲では、市役所の中で一番親切です)。「市長の回答」を求めているからこそ「市長に」意見を出すのです。

 私は何度もこれを使いましたが、すると、すぐに市長名で「ご意見を伺いました。ありがとうございます。担当課に回します」という返事が来ます。しばらくすると、「市としては以下のように考えています」という「木で鼻をくくったような返事」が来ます。いつでもそうです。
このように言いますと、「区単位で市民との意見交換会を開いている」と反論するかもしれません。これくらいの事は私も知っています。では、その「意見交換会」とはどういうものでしょうか。広報「はままつ」の本年1月号に「北区民のページ」という別刷り8頁のものが入っていました。そのトップ記事がその意見交換会のことでした。題は「市長と意見交換を行いました」となっていて、こう書いてあります。

──11月19日(水)、みをつくし文化センターで「北区『みんなでまちづくりトーク』」を開催しました。
これは、市長と市民による直接対話を通じ、開かれた市政の推進を図るために毎年各区で開催しています。今年の北区会場ではおよそ80人が参加しました。
まちづくりトークでは、市長による市政報告や、市民団体の「浜松北地域まちづくり協議会による活動発表が行われ、参加者は市の主要施策や市民協働による地域づくりへの理解を深めていました。活動発表の後は、市長との質疑応答の時間も設けられ、出席者は、市長と直接意見交換を行いました。──

 これが「市長と市民との直接の意見交換」だそうです。何をか言わんや、です。本当に市民の実情を理解し、市民と話し合いたいと思ったら、真冬にホームレスの人を訪ねてみるとか、市の施設を調べるなら変装して出かけるとか、本人ではなく「連れ合い」に頼んで市民の実情と意見を聞いてみるとか、いくらでも「本当の方法」があるでしょうに。これを市長だけでなく、副市長も各区長もやるべきです。

 かつて田中康夫さんが長野県知事だった時の事を懐かしく思い出します。その時、「知事へのメール」を送る欄が県庁のホームページの一角に分かりやすく表示されていました。そこを開くと、書き込みやすい設定になっていて、知事からの「皆さんメールは必ず私が自分で読みます。自分でお返事するつもりですが、事柄の性質上担当者からお返事を差し上げる場合もあります」といった趣旨の事が書いてありました。これが本当の在り方だと思います。実際、田中知事の当時の「車座集会」は押すな押すなの盛況で、皆が先を争って発言しようとしたようです。私は田中知事がなぜ県民の支持を失ったのか、今でも分かりません。日本の民主主義の希望の星だったのに、残念でなりません。

 最後に、以上の3点の是正は市長には出来ないなら、行革審が最初に提言するべき最重要の事だったのに、行革審の方々はこういう事には全気づかなかったようです。気づかない市長と気づかない行革審では、浜松には希望がありません。

 なお、現市長の対抗馬として嶋田博という人が共産党の推薦を得て出ているそうですが、この方は、探してみましたが、ホームページ一つ作っていないようです。論外です。

          関連資料

2011年の「仮」立候補の時の牧野の公約
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「文法」のサポート、詳細索引、直接法

2015年03月26日 | 「関口ドイツ文法」のサポート

747──damitの副文の中
1025──従属疑問文の中

1038──間接話法における直接法
1061──副詞・評辞・間投詞+dass文の中

1066──「一つ間違えば〜に成るかもしれない」の未来文は直接法
1068──親しい間柄での忠告と直接法

1077──wir hätten’sとwir haben’s
1085──後から言う否定的な但し書きの中

1095──仮構的延長文の中
1096──ohne dassの中

1257──反発的反問文の中
1286──dassを使った間投文の中

1310──und+定形倒置文で「挑みの認容」を表す場合

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大津市の中2生徒のいじめ自殺事件の和解

2015年03月24日 | ア行


 01、朝日の記事、2015年03月18日

 大津市立中学2年の男子生徒(当時13歳)がいじめを受けて自殺した事件をめぐる訴訟で、生徒の両親と市の和解が03月17日、大津地裁(山本善彦裁判長)で成立した。

 越直美・大津市長は和解後、いじめ自殺を防ぐ字校側の責務を広くとらえた今回の和解条項を、全国で共有するように国などに働きかける考えを明らかにした。

 和解条項では、教職員が生徒へのいじめを認識し、自殺を予見することが可能だったのに防げなかったことなどについて、市が両親に謝罪するなどとした。賠償額は4100万円相当とし、すでに支払われた災害共済給付金を除く1300万円を和解金として市が支払うとした。

 地裁は、事件前から文部科学省がいじめに関する通知を繰り返し出していたことなどを踏まえ、2月に行った和解勧告の中で「教職員は一般的に、いじめを要因として自殺が生じうることを予見できる状況にあった」と踏み込んでいた。

 越氏は生徒の父親らとともに記者会見。越氏は「今回の和解条項で特に重要なのは、教職員がいじめに気付き、止める責任があると書かれた点」と評価し、「『いじめに気付かなかった』との言い訳は通じない」と述べた。父親は「(いじめで)苦しむ全国の人たちにこの画期的な和解内容を伝え、役立てたい。全国の教育関係者は、二度と悲劇を繰り返さないための手がかりにして」と求めた。

 ★ 信頼が土台に(大津市の第三者調査委員を務めた教育評論家の尾木直樹さんの話

 第三者委は疑問が出れば必ず解明する姿勢を徹底し、事実を緻密に積み上げていじめ行為を認定した。委員には遺族の推薦人を入れた。公平だと信頼され、調査結果が和解の土台になったと思う。事件をきっかけに「いじめ防止対策推進法」はできたが、依然いじめ対応が後回しの学校はある。命にかかわる事態との認識を強めてほしい。いじめに気づくため、教室で生徒同士が指摘し合える雰囲気作りも大切だ。

 ★ 和解条項の要旨

・市は男子生徒の自死を予見できたのに適切に対応せず、予防できなかったことを謝罪する

・市は自死後に適切に対応しなかったことを謝罪する

・市はいじめ防止のための取り組みを継続する

・市はすでに支払った2800万円とは別に、和解金1300万円を支払う

・市は和解条項をホームページに掲載する

 ★ 生徒の自殺をめぐる主な経緯

2011年10月、生徒が自殺
   11月、大津市教委が「いじめはあったが、自殺との因果関係は不明」と発表

2012年02月、生徒の両親が市や同級生らに損害賠償を求め提訴
   07月、「自殺の練習をさせられていた」とするアンケートの回答が明らかに。

      越直美市長が第三者委設置を表明

   07月、滋賀県警が元同級生による暴行容疑で中学校と市教委を捜索

   12月、県警が暴行容疑などで元同級生2人を大津地検に書類送検。当時13歳の1人を児童相談所に送致

2013年01月、第三者委が「いじめが自殺の直接的要因」とする報告書を提出

   09月、いじめ防止対策推進法施行

2014年03月、大津家裁が元同級生3人の処分決定

2015年02月、大津地裁が和解を勧告

 02、牧野の感想

 この程度の成果でも「画期的な和解」(生徒の父)と評価されるのは、この問題についての理解がいかに低いかを証明していると思います。

 どこに不十分さがあるかと言いますと、第1に、「学校に責任」という捉え方です。私見では、「校長と教育長に8割の責任」としなければなりません。従って、いじめが起きたら、ましていじめ自殺が起きたらなおさら、校長と教育長とは給与の一部を返し、場合によっては退職金なしで辞職するべきです。それくらいの覚悟がないならこどもを預かったりするな、と言いたいです。

 学校教育というものは個々の教師が行うものではなくして、「校長を中心とする教師集団が行う」ものです。これまでにも何度も言ってきましたが、少しもこの理解が広まっていません。尾木直樹さんですら、こういう点を主張していません。

 第2に、これくらいの成果でも達成出来たのには越市長のやる気が大きいと思います。アンケートの結果の公表を渋る教育長を何時間も説得して公開させた点にそのやる気がよく出ています。聞くところによると、越市長は自分自身かつていじめを受けたことがあるそうです。

 我が浜松市でも同じ問題で「市や教委側に誠意がない」として、裁判が起こされ、裁判所から和解勧告が出ていますが、この程度の和解にさえ達するか、あやしいものです。浜松市では市長にやる気がないからです。

 第3に、自分の人権を守る方法を具体的にきちんと教えるべきです。人権尊重こそ道徳教育の第1の課題です。この事が確認されておらず、実行されていません。特に裁判所に(簡易裁判所でいいから)訴える方法を教えるべきです。裁判の見学を教育課程に入れるべきです。

 この事は、いじめに遇ったこどもが先生にも校長にも親にも言いにくいという現状を考えると特に重要です。私自身、裁判の傍聴を通じて自分で裁判を起こす方法を知った事はとても大きな自信と勇気になりました。

 第4に、又校長の問題に戻りますが、校長のだらしなさは本当に度しがたいものがあります。先日、川崎市の中学生がいじめで殺されました。その後再開された当該の学校の校長が、その時何と言ったか。ラジオで聞いただけですから、間違っている点もあるかもしれませんが、根本は間違っていないと思います。私の記憶では、校長は、「皆さんがしっかり生きて行くことがU君の死を無駄にしない方法だ」とか言ったはずです。

 この発言のどこが問題でしょうか。校長の反省がない点です。「U君が自分に相談してくれなかったことは、自分が生徒に信頼されていないことだ。申し訳ない。今後はいじめを受けたら、又はいじめを見聞きしたら、直ぐにまず校長の私に知らせてください。命がけで、いじめを無くし、皆さんの命を守ります」とどうして言えないのでしょうか。

関連項目

いじめ自殺問題















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