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弁証法の弁証法的理解(2014年版)

2014年07月02日 | ハ行
 お断り・かつて『労働と社会』(1971年)に発表し、その後『西洋哲学史要』(波多野精一著、牧野再話。未知谷刊、2001年)に転載しました拙稿「弁証法の弁証法的理解」は、特にその第四節に満足できなく成りましたので、そこを主にして書き換えました。他の箇所にもほんの少し手を加えました。
 これまでのものを「弁証法の弁証法的理解」(1971年版)とし、今回のをその「2014年版」とします。        

 一 ヘーゲルの問題意識

 弁証法を説く本は多い。曰く『弁証法はどういう科学か』、曰く『弁証法とはどういうものか』、曰く『弁証法十講』、などなど。私も弁証法という言葉に魅惑的な響きを感じ、関心を持った時、まず読んだのはこの種の本であった。タブラ・ラーサ(白紙)であった心は素直に読んだ。面白いと思った所もある。下らないと軽蔑した所もある。やがてそのような解説書を読まなくなった。書いてある事がどれも大同小異で、つまらなくなったからである。おかしい、と思うまでに時間は掛からなかった。どこがおかしいのか、直ぐ分かった。弁証法を説く本が弁証法的に書かれていないのである。言行の一致はここにも要求されてよい。弁証法を人に説き、大衆を啓蒙しようとするなら、その本を弁証法的に書くくらいまで弁証法をマスターしていなければならないではないか。考えてみれば当たり前の事である。しかし、この当たり前の事が実行されていない。ということは、説かれている内容そのものもどこか間違っているにちがいない。私はそう考えた。

 ヘーゲルの『小論理学』を通読した時のことは今でも忘れない。注釈や付録に出てくる分かりやすい実例以外はほとんど分からなかったが、一つだけ強く伝わってきたものがあった。必然性の追求、これである。ヘーゲルにとって一番大切だったことは対象の必然性を示すことだったのだな、と心で感じた。或る事柄をただ断定的に述べるのではなく、どうしてもそうならざるを得ない理由を展開すること、これこそ彼の追求していたものだったのだな、と肌で感じた。これと弁証法とどう結びつくのだろうか。

 私は考えた。ヘーゲルだって生まれつき弁証法家だったわけではない。その生涯の一時期に弁証法と言われる論理、そういう考え方を自分のものにしたに違いない。だとすると、彼をしてそこへと到達させた運動があったはずである。その運動とは、彼が自分の問題意識を執拗に追求した過程にほかならない。そして、その問題意識こそまさに必然性を示せということだったのではないか。これを追求した結果が、結果として、正・反・合とか、否定の否定とか、量質転化というような形を採ったのではないのか。正・反・合が先にあったのではない。だから、この結果から弁証法を理解しようとしても理解できるはずはなかったのである。長い間掛かって、自分で立てた問題にそう答えた。

 私の感じた事は、その後の研究の中で確かめられ具体化されていった。ヘーゲルは言っている。「私が自分の哲学上の努力の中でこれまで目指してきたもの、そして今なお目指しているものは、真理の科学的認識である」(1) 。ここで力点のあるのは「科学的認識」である。なぜなら、真理を捉えるその他の方法としてヘーゲルは宗教と芸術を挙げているからである。ヘーゲルにとって問題だったのは真理を捉えるか否かではない。キリスト者であったヘーゲルには、それはキリスト教と聖書の中に「宗教的な形で」既に捉えられている事であった。彼は、それを科学的に認識すること、思考によって、概念を使って捉えようと考えたのである。彼が自分の哲学を初めて積極的な形で述べた『精神現象学』は、個人の感性的な意識が哲学的な知にまで高まっていく道筋を展開したものである。その序言は「科学的認識について」という題の付いた論文になっている。そして、大著『大論理学』では「思弁的な知の本性を詳細に展開した」(2) のである。実際にヘーゲルのした仕事自身も彼の言葉を裏書きしている。
 (1) 『哲学の百科辞典』の第二版への序文。
 (2) 『法の哲学』への序文

 それではヘーゲルの言う「科学的」とはどういう意味なのだろうか。それは通常、我々が「科学的」と言う時の用法とどう関係しているのだろうか。

 二、有限な認識能力

 ヘーゲルは「或る事を知っているだけでは、それを認識していることにはならない」(1) という有名な言葉を述べている。これをまた別の言葉で、「博識はまだ学問ではない」(2) とも表現している。
 (1) 『精神現象学』への序言
 (2) 『哲学の百科辞典』の第三版への序文

 知るとはどういうことか。ヘーゲルは答える。「知るということは、或る事柄を自分の意識の前に対象として持つことであり、それを意識しているということである。そして、信じるということも全く同じである」(1) 。即ち、単に客観的だった或る事実を意識の中へと取り込んだということである。太陽が東から昇るように「見える」というのは事実である。この事実を意識した人は、この事実を「知っている」のである。しかし、だからといって、この事実を「認識している」ことにはならない。ヘーゲルの先の言葉はそういう意味である。
 (1) 『歴史における理性』の「哲学的世界史の一般的概念」

 それでは認識するとはどういうことか。ヘーゲルは答える。「認識するということは、知ることとは違って、直接的なものにすぎない教会の権威とか感情の命令とかを度外視して、知った事や信仰の内容の根拠と必然性を見抜くことである。更にまた、その内容を一層詳しい規定の中で展開することである」(1) 。即ち、或る事実を知った時、そこに留まらないでその事実の根拠と必然性を追求し始める時、なぜそうなのかと問い始める時、そこに認識が始まり、科学が始まるということである。しかし、これはまだ始まりにすぎない。科学はその始まりから更にどう進んでいくのだろうか。実にヘーゲルの真の発見は、この追求されている必然性には二種類あることに気づき、それを外的必然性と内的必然性、あるいは相対的必然性と絶対的必然性とした上で、それぞれの意義と両者の関係を明らかにした所にあるのである。
 (1) 『歴史における理性』の「哲学的世界史の一般的概念」

 外的必然性とは何か。ヘーゲルは言う。「偶然性とは外的必然性と同じである。それはそれ自身も単に外面的な事情にすぎない諸原因に帰着するような必然性のことである」(1) 。つまり、外的必然性とは偶然性のことである。世の中に原因なくして起きる事柄はない。その限りで「すべて生起したものは必然性を含んでいる」と言ってよい。しかし、外的必然性と呼ばれているものの場合には、その原因はその事柄を取り巻いている色々な事情の一つまたは幾つかである。その原因がその事柄自身の内なる本性の中にあるのではない。従ってその原因の発生する必然性はないし、従ってその結果の出てくる必然性もない。その意味でこのような必然性は原因・結果だけの必然性である。「AがあればBが起きる」という因果関係である。しかし、このレベルの必然性には、同時に「CがあればBは起きない」という別の因果律もある。従って、Aがあったとしても同時にCがあればBは起きない。つまり、Aがあるだけでは必ずしもBが起きるとは限らない。それ故、このような事柄が起きた時、それは偶然的だったとも言われるのである。即ち、外的必然性と偶然性とは同じ事なのである。
 (1) 『歴史における理性』の「哲学的世界史の一般的概念」

 この事態が起きる前にこれ(未来)を予測する時、それは可能性と呼ばれる。原因・結果関係があり、その原因がある以上、その結果の起きる可能性はある。しかし、現実はいろいろな要素から成り立っていて、その原因Aは諸要素の一つにすぎない。同時にCがあるかもしれない。その場合には、AがあってもBは起きない。ヘーゲルも「単に可能であるにすぎず、その反対物も又可能な現実が偶然的なものである」(1) と言って、可能性と偶然性との一致を認めている。その予測の際には、この原因は「根拠」とされる。或る根拠に基づいて或る予測をするのである。従ってヘーゲルは言う。何らかの根拠の示されているものは可能である、というのが根拠の思考法則である(2) 、と。即ち、根拠の立場は可能性の立場なのである。
 (1) 『大論理学』の現実性論の偶然性の節
 (2) 『小論理学』第143節への付録

 要するに、外的必然性と偶然性と可能性と根拠とは、どれもみな、同じ一つの事態を別々の角度から見たものにすぎない。Bが絶対に起きる必然性ではないから、それは相対的必然性と言うのである。ヘーゲルはこれらの立場で考える能力を「悟性」と呼んだ。それは「有限な思考」(1) とも呼ばれている。悟性にもその意義がある。有限な事物には有限な認識しかありえないし、真の無限は有限を含むものだからである。しかし、それは無限なものには無力である。それでは無限な認識能力とはどういうものなのだろうか。
 (1) 『小論理学』第28節への付録

 三、無限な認識能力

 ヘーゲルはその無限な認識能力を「理性」と呼んだ。それもやはり認識である以上は必然性を追求する。しかし、それはもはやかの外的必然性でも相対的必然性でもない。それは内的必然性であり絶対的必然性だとされている。
 内的必然性とは何か。「AがあればBが結果する」というのが外的必然性であった。それは又「Aがあっても同時にCがあればBは結果しない」ということでもあった。従って、或る事物の「内的必然性」とは、もはや、或る対象の存在を前提してその原因を探るのではない。それの存在する必然性を追求するのである。或る原因があればその対象が生まれるだろうというのではない。その対象が自分の内なる本質によって「必ず生成する」というのである。即ち「生成の必然性」である。だからこそ、それは又因果の必然性のような相対的必然性との対比では「絶対的必然性」とも言うのである。

 ヘーゲルはこの生成の必然性を示すことを「対象の存在の証明」(1) とも呼んでいる。ヘーゲルは言う。「哲学的認識にあっては概念の必然性が主要な事柄であり、〔その概念が〕結果として生成してくる歩みがその概念の証明であり演繹なのである」(2)。これは「概念の生成の証明」について述べた事だが、一般化すれば、「哲学では、証明するとは、或る対象がいかにして自己自身によって自己自身から自己の本質へと自己を作っていくかを示すことにほかならない」(3)という事になる。
(1) 『小論理学』第1節
(2) 『法の哲学』第2節への付録
(3) 『小論理学』第83節への付録

 では、それはどのようにして可能なのか。もちろん、その対象と関係した全ての事柄を見る以外にない。部分を見ただけでは、それの生成を妨げる他の要因を見落とす可能性があるからである。しかも、「全体を見る」と言っても、それを「静止した全体」としてではなく、「歴史的に発展する統体」として見なければならない。即ち、歴史的な見方であり、同時に一元論的な考え方である。二元論や多元論では或る事柄の生成の必然性は絶対に証明できない。従ってヘーゲルの弁証法はその本性そのものによって相対主義や多元論とは無縁である。世界の普遍的な相互関連を認めるのが弁証法だと誤解している人がいるが、それは弁証法の一契機にすぎない。弁証法とは何よりもまず、それらの多様な関連を貫いている「単一の」発展過程を承認するものでなければならない。だからこそヘーゲルの弁証法は「単なる物の見方」に留まることなく、「同時に世界観でもあるような方法」となったのである。

 しかし、この「生成の必然性」にも大きく分けて二種類ある。世界全体の発展と個々の物や事柄の生成とである。最初に確認したように、ヘーゲル自身の出発点であり目標であったのは「キリスト教の中に開示されている真理を科学的・学問的に認識する」ことだったから、ヘーゲルにとっては前者が究極目的だったと言える。そして実際にそれをして見せたと、少なくともヘーゲル自身はそう自己認識していた。それが『哲学の百科辞典』である。その第三部の「精神哲学」を「哲学」で終えたヘーゲルは、「哲学者という自分の生き方こそが一番高いのだ」と証明したつもりだっただろう。その自負の当否はともかく、彼は個々の事柄についても「弁証法的考察」をした。宗教哲学とか美学とか哲学史とか歴史哲学とかがその成果である。

 ヘーゲルの仕事を見て気付くことは「途中で終えた仕事がない」という事実である。実際に、何を扱ってもきちんと最後まで仕上げている。なぜだろうか。それは、弁証法的展開では結論となる達成点が基準になって出発点が決まるからである。結論が分かっていないのに始めることがない、と言うよりも、結論が分かっていなければ始められないからである。なぜなら、弁証法的展開は、前述のように、内在的展開だから、始原に立てたものの自己展開でしかないからである。

 分かりやすく循環的な発展過程で考えると、所与の植物の生長は種子から始まる。それはその後、発芽し、茎を伸ばし、開花し、最後は又結実するのだが、その生長は全て皆、その最初の種子の中に「潜在」していた「契機」の展開でしかない。それは「潜在」だから、どんなに優れた顕微鏡で種子を観察しても見えるものではない。しかし、ともかく最初の種子の中にそれらは存在していたのである。理論の弁証法的展開でも同じである。理論の展開は最初の概念の中に潜在していた契機を顕在化して行く過程でしかない。だから、始原として立てた概念が不適切ならば、おかしな展開と成り、予定していた結論には到達しない。だからこそ、ヘーゲルの概念的認識では始原をどうするかが問題になるのである。

 ヘーゲルは言う。「理性の考える証明というのは悟性の考えるそれとは全く異なったもので、それは良識の考えと一致しています。たしかに理性的な証明の場合でもその出発点は神以外のものですが、その証明が進む中で、この〔出発点とされた〕他者の方は直接的なもの、〔端的に〕存在するものではなく、むしろ媒介されたもの、定立されたものであることが示されます。それによって神は、この媒介を止揚されたものとして自己内に含み持つ真の直接的存在者、根源的なもの、自己に立脚するものと見なさなければならないことも明らかとなるのです。〔良識による神の存在証明について見ると〕「自然を見よ、すると自然は君を神へと導き、君は絶対的な究極目的を見出すだろう」と言われていますが、ここで意味されていることは、神が〔自然によって〕媒介されたものであるということではありません。我々人間だけが神以外のものから神へと歩むのであり、その時、その歩みの帰結としての神は同時に前者〔自然〕の絶対的な根拠でもあるということなのです。かくして、立場は逆転され、帰結であるものが根拠でもあり、初め根拠とされたものが帰結に引き下げられるのです。そして、これはまた理性的な証明の歩みでもあるのです」(1)
(1) 『小論理学』第36節への付録

 ということは、理論の弁証法的展開では終点が決まっているということであり、従ってその体系は完結しているということである。ヘーゲルの言葉「ミネルヴァのフクロウは夕暮れになってから飛び立つ」も、この間の事情を言ったものである。

 しかし、個人の認識が「完全に完結」し得るのだろうか。ここで考えなければならないのは、「完結」の意味である。完結といっても、「完全に完結」しているというだけではなく、「現在の条件下では完結」しているということもあるからである。実際、スポーツや芸術や技術の発展を見ても、物凄いものが現れて「これ以上のものは考えられない」と思われる事がある。しかし、やはり、やがてそれ以上のものは現れるのである。こういう事を考慮すると、弁証法の要求する「完全な完結」も正しくは「その時点での歴史的完全性」と名付けて好いものでしかあり得ない。

 ヘーゲル自身は自分の哲学を文字通りの意味で「完全」と思っていたのかもしれないが、実際には、その論理展開には無理もあれば飛躍もある。それもやはり「歴史的に完全」だったにすぎなかった。

 四、能力としての弁証法

 最後に残る問題は、我々はどうやってこういう弁証法的な思考能力を身に着けられるかの問である。そこで、最初に戻って、我々はなぜ弁証法を理解したいのだろうか、と考えてみよう。それは、もちろん、弁証法的に考える能力を身に着けたいからである。その能力を個々の問題に適用して正しく生きて行きたいからである。弁証法についての哲学史的知識を元にして教授になったり、喫茶店で談論風発したいからではない。そういう事をしたい人も多いが、それは別問題である。

 では、ヘーゲルがどうやったかを振り返ってみよう。彼は最初から弁証法を求めていたのではない。それは研究の結果として身に着いたものである。その研究の出発点は何だったか。「キリスト教の中に啓示されている真理を学問的に認識したい」という「問題意識」であった。この意識がヘーゲルを動かしたのである。

 だから、我々も自分の問題意識を追求すれば好いのである。人間はよほど異常な人でない限り、「世の中のために役立つ仕事をして、自分も幸福に成りたい」と思っている。だから、弁証法とは何かを考える前に、自分はどういう仕事をして世の中の役に立ちたいのかを考えて、そのための勉強をすれば好いのである。弁証法をまず勉強するのではなく、それを何に応用するのか、その目的の方を先に追求するのである。理論は応用のためにあるからである。

 そうすると、その勉強なり仕事なりをして行く間に様々な経験をし、色々な疑問を感ずるはずである。その時、その経験を反省し、その疑問の解決法を探るのである。こういう研究心の無い人は論外である。向上心のある人なら、そのために他の人の経験を学び、先人の著書を繙くことになるだろう。

 思うに、ヘーゲルの研究方法もこういうものだった。前述の問題意識から出発したヘーゲルは、先ず第1に、日々の生活での経験を無意識にやり過ごすのではなく、理論的に反省した。だから、ヘーゲルの著書ないし講義の抽象的な表現の間には日常生活の事例がその理論の説明として沢山引かれているのである。

 第2に、ヘーゲルは哲学史を初めとする先人の理論を研究した。しかし、その研究はあくまでも「自分の問題意識」と結びつけて考えるというものであり、多くの講壇教授のそれのような訓詁注釈ではなかった。だから、ヘーゲルの哲学史研究は「先人の理論の換骨奪胎」と言って好いほど「強引な解釈」に満ちている。これは悪い事ではなく、自分の現実的問題意識を持った人なら、必ずそう成るであろう事である。

 だから、我々もヘーゲルのように、自分のテーマを追求すれば好いのである。後は、その努力がどこまで行くかだけである。こういう大筋を確認した上で、細かい技術としての「論理的思考能力を高める練習方法」を紹介して本稿を終わりたい。それはヘーゲルのテキストを論理的に読む事である。それも「文脈を読む能力」を高める方法を自覚的に適用しながら読むのである。これ以上役立つものはない、と私は考えている。

 具体的に言うならば、原文に見出しの付いていない節や段落に「内容的な小見出し」を付けてみることである。この作業は当該の段落の核心を捉える能力を高める。「それ故に」とか「それと反対に」といった前後との論理的な関係を意味する単語が出てきたら、「何故(なにゆえ)か?」と考え、「何となぜ反対にか?」と一つ一つきちんと考えることである。譲歩の構文ならそれが内容的にどういう風に成っているかを確認することも大切である。「第1に」「第2に」等々とあったら、それらがどういう基準で並べられているかを確認することである。又、ドイツ語では「言い換え」が多いから、「この語句はどの語句の言い換えか?」と絶えず注意して読むことである。こういう努力を続けてゆくならば、いずれは自分だけの方法を見つけて行くことも出来るだろう。一流の職人で自分専用の道具を作っていない人はいない。それと同じく、「文脈を読む」にも道具が必要なのである。

 これらの練習は囲碁における詰め碁や将棋における詰め将棋に譬える事が出来るかもしれない。つまり、「部分的な能力の錬成」である。しかし、これが又結構役立つのである。そのほか、キーワードに成るような語句については自分で索引を作ることも大切である。

 一言で言うならば、受け身に読むのではなく、主体的に読むことである。これをずっと続けるのである。これを10年続ければ、何かのテーマで論文が書けるように成るはずである。研究というものは10年続ければ、論文か本が書けるものである。そこまで来たら、今度は、「体系的にまとめるとは、この場合はどういう事だろうか」と考えるのである。こうして、自分の積極的な活動の中で自己反省を続けて行けば、それは自然に弁証法的な考え方に向かって行くはずである。なぜなら、世界の事柄は皆、根本的には弁証法的な性格を持っているからである。
 (2014年6月26日)
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船橋洋一のシンクタンク

2014年06月20日 | サ行
 船橋洋一が中心となってシンクタンク「日本再建イニシアティブ」を設立したようです。2011年9月のことだそうです。最初の仕事(調査研究)は「福島原発事故独立検証委員会」(民間事故調)だったようです。次に「民主党政権検証プロジェクト」を2013年2月から6月までやったようです。その結果が同年9月に『民主党政権、失敗の検証』(中公新書)として出版されました。それを読んだ感想を書きます。今までにも書いてきた事ですので、箇条書き的にします。

 01、この本の概略

 目次は次の通りです。

はじめに  船橋洋一
序章、民主党の歩みと三年三ヶ月の政権  中野晃一
第1章、マニフェスト──なぜ実現できなかったのか  中北浩爾
第2章、政治主導──頓挫した「五策」 塩崎彰久
第3章、経済と財政──変革への挑戦と挫折  田中秀明
第4章、外交・安保──理念追求から現実路線へ  神保謙
第5章、子ども手当──チルドレン・ファーストの蹉跌  萩原久美子
第6章、政権・党運営──小沢一郎だけが原因か  中野晃一
第7章、選挙戦略──大勝と惨敗を生んだジレンマ  フィリップ・リブシー
終章、改革政党であれ、政権担当能力を磨け  船橋洋一

 02、船橋の考え(はじめに

 根本の考えは船橋に代表されているようですので、「はじめに」と「終章」を少し略しながら引用して、それを批評する事にします。引用した段落に番号を振ります。改行していない所もあります。

 ,修發修癲¬閏臈泙論党の理念と基盤とガバナンスを確立できなかった。だから、政権を担当したとき、政策課題の優先順位を明確に設定できなかった。そこでは何よりも政治というアートが不足していた。民主党は、負けるべくして負けたのである。(略)

 ∋笋發泙紳燭の日本人と同じように、政権交代に期待しすぎた一人だったに違いない。私は民主党員ではないし、何が何でも民主党と思ったことは一度もない。 / しかし、2009年の総選挙では、自民党にキッいお灸を据えなければ、と思っていた。既得権益にどっぷりつかった自民党政権では身を切る改革はできない。このままでは日本の経済も財政も破綻する。自民党はそれを放置し、ツケを将来世代に回している。 / それに、小泉純一郎政権以来、自民党は国民のナショナリズムをかき立てて、近隣諸国との関係をギクシャクさせてしまい、その結果、日本が戦後、世界で勝ち得てきた敬意と評判と地位を突き崩してしまうのではないか、と私は懸念していた。長期政権にあぐらをかき、まともな競争相手がいないからいけないのだ。 / 民主党は自民党の代案(オルターナティブ)になってくれるのではないかと私は期待した。その期待が大きかっただけに、民主党政権の不甲斐なさには心底、失望した。民主党は2012年12月の衆議院選挙、そして、2013年7月の参議院選挙、といずれも惨敗した。もう後がないところまで追い込まれた形である。

 L閏臈淦権はどこで間違ったのか。 / それは、誰の、どういう責任によるものなのか。 / そこから何を教訓として導き出すべきか。

 い海諒鷙霆颪蓮△修里茲Δ別簑蟯愎瓦棒橘未ら応えることを目的としている。 / 報告書はあくまで「民主党政権の失敗」の検証に照準を合わせており、どういう政党として出直すべきかといった再建の道筋について直接、具体的な提案はしていない。 / 私たちは政権党のどの時点で、どのような可能性──人間社会に息づく、そしてそれなしには人間社会が成り立ちえない政治という可能性──がありえたのかを探究し、それを阻んだ制約要因を解明することを心掛けた。再建に向けてのどのような提案も、ここでの教訓を踏まえることが前提となるだろう。(略)

 2009年と2012年の2つの選挙における民主党の成功と失敗は、見方を変えれば、野党第一党が総選挙で勝利し政権につく本格的な政権交代時代が幕開けたことを告げてもいる。政権交代が普通になる時代が訪れようとしている。 / 日本に複数の政権交代能力のある政党があるのが望ましい。それでこそ、日本に政党デモクラシーをしっかりと根づかせることができる。 / 野党第一党の民主党はとりわけ大きな責任を負っている。 / その責任を放棄することは、3年3カ月の政権党としての失敗以上に大きな罪を犯すことになるだろう。

 03、船橋の考え(終章の一部

 「終章の小見出し」は以下の通りです。──求む!「中間管理職」、「実務と細部」の欠如、綱領は「政権交代。」、政治の厳粛性、権力を使えず、6つの面に見る失敗、何もかも準備不足、リーダーシップと国家経営意識、未来への責任、たくましい政党・たくましい民主主義

 Α柄偉)民主党政権はマニフェストにない案件でつぶれた、と福山哲郎は言う。普天間、消費税、尖閣、TPP(環太平洋経済連携協定)の「四つはマニフェストに書いてない」ことだった。 / 民主党のリーダーたちは、定款に記載されていない、そして、事業計画も練ったことのないビジネスに飛び込んでいってしまった経営者のようなものだった。 /  民主党議員のなかにも経営の重要性に気づいている人々はいた。そのうちの一人は、政権につく前に、「企業の再建や経営に行って成功した方々から、どうやってマネジメントとして結果をあげるのか」について聞くことに意義があると考え、党の会議などでその機会をもったという。しかし、そのような意識をもつ者は少数だったし、そうした付け焼き刃の特訓がさほど役だったとも思われない。

 民主党の国会議員たちは、政策を論じることにはことのほか熱心だった。政策オタクを自認する議員も多かった。(略)しかし、政策をどう実現するのか、その優先順位をどうつけるのか、財源をどう手当するのか、それらの間のトレード・オフをどう解決するのか、その意思決定プロセスをどう作るのか、という肝心の点は詰めないまま政権に入った。 /  野党のときは、政権党の政策を批判していればよかった。しかし与党となれば、物事を決めなければならない。その合意を作るには、先手・布石・根回し・交渉・妥協、そして経営が必要である。政党政治にとって何よりも必要なのは、「妥協の政治文化」にほかならない。政権党としてまさにそれが求められていた。ところが、トロイカ(鳩山由紀夫、菅直人、小沢一郎)も「中間管理職」もチルドレンも、上から下までそれが苦手だった。なかでもひどかったのが、政党ガバナンスだった。

 民主党は政権にはついたものの、権力を効果的に使うことができなかった。戦略・予算・経済政策・法案・人事・危機管理のいずれの面でも、それは共通していた。 / 法案については、「与党側は国会上程のカレンダーを示さなきゃいけないのに、最初の段階で、カレンダーをきちっと書ける人がいなかった」ことが痛かった。「昔でいえば鉄道のダイヤを書くような職人を、自民党は育てている。うちにはそれがいなかった」と松本剛明は述懐した。「役所の国会対策をやってきた人とか、そういう人を何人か引き抜いて官邸に連れて行くことも考えられたようだが、実現しなかった」という。

 鳩山政権が誕生したのは、鳩山が民主党代表選挙で代表に選ばれて四カ月しかたっていないときだった。何もかも準備不足だった。なかでも最大の準備不足は、新たな政策を実現するための政権担当能力と担当期間についての、それぞれのイメージだったのではないか。自民党政権のもと、難しい政策の判断と決断は先送りに次ぐ先送りをされ、短期間の取り組みで成果をあげられる重要課題はほとんどなかった。それだけに、民主党政権は長期政権をめざすべきであったし、「政権維持」にもっと心を砕くべきであった。

 三人の首相に共通した課題は、「それぞれに違った意味で、国家経営意識が弱かったこと」だった、と仙谷由人は指摘した。外交政策と安全保障政策、そして危機管理は、まさに国家経営能力そのものが問われるテーマであり、国家のリーダーの仕事そのものである。このすべてで立ち往生した。 / 野党が政権党になるとき、細心の注意を払わなくてはならない分野は外交、安保、危機管理である。これらの分野は、与党と野党との間の情報ギャップと経験ギャップが、どの分野よりも大きい。

 〔結論〕民主党は改革政党として出直す以外、将来はない。なぜなら、日本の政治はこれまで以上に改革を必要とするからである。 / そして、民主党は、政権担当能力をもつ政党に生まれ変わらなければならない。 / これから国民は、選挙の際に政党を選ぶにあたって、政策だけでなく、政権担当能力の有無をも重要な判断材料とするようになるに違いない。民主党は教訓を学び、政権担当能力を磨くべきである。そのことが、国民に政党政治と政党デモクラシーへの関心と期待を抱かせる契機ともなる。

 04、牧野の感想

 第1点。には「なければならない」という言葉と「べきである」という言葉が出てきます。これはヘーゲルの言う「ゾルレン(Sollen、当為)の無力」を思い出させます。ヘーゲルは好く知られていますように、「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」という言葉を残しました。これは「自己実現能力を持ったものにして初めて理性的なものと言える」という意味です。逆に言うならば、船橋の考えのように、ただ「何々しなければならない」「するべきである」というだけの考えは「自己実現能力のないもの」であり、従って本当の意味では「理性的な考え」とは言えない、ということです。

 ではなぜ船橋の考えはこのような「無力」なものになったのでしょうか。それは△砲△蠅泙垢茲Δ法◆峪笋鰐閏臈洌ではないし、何が何でも民主党と思ったことは一度もない」からだと思います。日本の自称知識人は政党支持を表明する勇気がなく、「いざという時には政治家に成っても構わない」という決意がありません。アメリカの事情に詳しい船橋なら、アメリカでは政権が交代するとワシントンの役人が8000人くらい入れ替わり、在野の支持者も政権に入る事を知っているでしょうに、なぜこの点での日米の違いを論じないのでしょうか。日本でも竹中平蔵などは自民党の議員になりましたが、こういうのは例外です。私は竹中の仕事を評価はしませんが、「いざとなったら政治家になる」覚悟は評価します。

 第2点。Л┃で指摘されている欠陥はどうしたら是正できるのでしょうか。私は「本当のシンクタンク」の成長だと思います。それなのに、「本当のシンクタンク」のこの使命を知らない、あるいは知ろうとしない船橋は自分たちのシンクタンクさえ有名になれば好いと言わんばかりにこう書いています。

 ──私たちのシンクタンク「日本再建イニシアティブ」は2011年9月に設立された。最初の仕事として福島原発事故独立検証委員会(北澤宏委員長=いわゆる民間事故調)をプロデュースした。「真実、独立、世界(truth, independence, humanity)」を標語に、30人近いワーキング・グループの研究者たちが当事者たちへのヒアリングを重ね、議論を重ね、真実に迫った。 / 2012年2月に出版された報告書(『福島原発事故独立検証委員会、調査・検証報告書』)は内外で高い評価を受け、その後の原子力安全規制と安全文化の見直しと改革論議に影響を与えることができたと自負している。 / また、その次に刊行した報告書『日本最悪のシナリオ・9つの死角』(新潮社、2013年)は、日本の危機管理のあり方に一石を投じ、そこでの知見や提案を官邸中枢にブリーフするなど、実務家の方々から強い関心をもっていただいている。

 この両報告書はともに、完全英語版が近く出版される運びである。 / 私たちは、世界と共有する課題の研究成果を世界に発信し、世界とともに解決策を探究していく姿勢をとっている。これまでの報告書はいずれも内外で大きく取り上げられ、そのテーマに関する政策提言など、さまざまな発信と交流をグローバルに展開してきた。 / そのような試みが認められ、2011−12年の世界シンクタンクランキング(米ペンシルベニア大学、シンクタンク・市民社会プログラム(TTCSP〕)では、一気に世界24位となった(日本第1位、アジア第2位)。(引用終わり)

 政治が好く成らなくても自分たちのシンクタンクだけ有名に成ればよいという考えなのでしょうか。本末転倒も甚だしいです。

 第3点。日頃から行政を調査研究し、選挙に立つだけでなく、落選しても政治家が続けられるように、シンクタンクの研究員として迎え入れる、そういうシンクタンクが必要だと思います。それでなければ、公金で長年行政に携わっている官僚を動かして、本当の政治主導を実行できる人は育たないと思います。こういう観点を欠いているのが、松下政経塾の欠陥だと思います。いずれにせよ、松下政経塾の検証がないと思います。有名なライバルに対しては「触らぬ神に祟りなし」というのでしょうか。

 第4点。政治改革のための本当のシンクタンクについては鈴木崇弘の意見が適当だと思います。→鈴木崇弘の意見(シンクタンクの意義と支え方)

 第5点。日本の政治経済体制の問題点については境屋太一と野口悠紀雄の対談(『文芸春秋』2005年10月号)から私は多くを学びました。→その対談の主要点のまとめ


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「文法」のサポート、詳細索引・そのもの(〜そのもの)

2014年06月18日 | 「関口ドイツ文法」のサポート
160──「〜そのものである」という属詞文
1162──「〜そのもの」のals solcher

1414──純粋理念としての「そのもの」

1415──日本語での諸表現

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掛川市の海岸防潮林

2014年06月11日 | カ行
 海岸防潮林の強化で住民の津波不安を払拭(ふっしょく)する掛川版「万里の長城」整備に向け、本年度から試験施工を開始する方針を固めた。9日、関係者が明らかにした。県の松枯れ対策事業と連携し、国土交通省と民間事業者の協力も得て、低コストで一石二鳥の効果を生む“掛川モデル”の手法確立を目指す。

 試験施工の予定地は、同市沖之須の約3ヘクタール。松枯れ被害が深刻な防災林で枯れ木を除去する県事業に合わせ、市は谷間を埋めて植生基盤を盛り土する計画。完成後の防災林は、県の第4次地震被害想定で最大のレベル2に対応する海抜10〜12メートル程度になる。

 盛り土には試験施工予定地から約8キロ東の菊川河口近くで進める河道掘削工事で発生する土砂約5万立方メートルを利用する。河川工事主体の国交省浜松河川国道事務所にとっても発生土の処理費用を抑えるメリットがある。

 樹木の成長に必要な覆土2〜3万立方メートルは、地元の砂利採取業者から無料提供を受ける。市が負担するのは、覆土の運搬費と盛り土を締め固める工事費、のり面整備などで計6000万円の見込み。

 盛り土をすることで、マツの根が深く地下に伸び、津波や風雨などに対する耐久性が高まる利点もある。試験施工箇所は3区画に分け、盛り土を固める強さを変えてマツの生育状況を確かめる。

 菊川の河道掘削工事による発生土は今後100万立方メートルが見込まれ、これを活用して市域の海岸線約10キロの防災林を10〜20年で全て強化する構想。市は本年度予算で2300万円を使い、海岸線の地形や地質を調査し、年度内に全体構想をまとめる。

 防災林の海側にはマツ、陸側には常緑広葉樹を中心に植栽する予定。マツは県事業で植え、広葉樹は市がNPO法人や民間企業などと一緒に取り組む「命の森づくり」事業の一環として進める方針。伊村義孝副市長は「防潮堤整備には莫大(ばくだい)な費用が必要で国や県の対応を待つしかないと思っていたが、掛川モデルなら厳しい財政状況でも手が届く。市民協働で、全国的な先進事例を完成させたい」と意欲を示す。

 県内の津波対策取り組み状況

 県内の沿岸部21市町はそれぞれ単独や隣接自治体との共同で、協議会や検討会を設置し、防潮堤整備をはじめとする対応について県と協議を進めている。浜松市の海岸線17.5キロについては民間事業者からの300億円の寄付を元に、県に同市などが協力する形で、既に防潮堤整備の試験施工中。防潮堤の高さは13メートル程度で、砂利とセメントを混ぜ合わせた材料を中心部に据える工法を採用している。
(静岡新聞ネット版、2014年06月10日)

  感想

 浜松市の札束防潮堤とこちらの「頭を使った防潮林」と、どちらが「防潮」の目的を果たすか、興味深いですね。この結果を見届けるまで生きていられるかな。
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「文法」のサポート、詳細索引・最上級

2014年06月08日 | 「関口ドイツ文法」のサポート
579──最上級と冠詞
1352──相対最上級の表現
1357──最上級の強調

1358──最上級によらない相対最上級の表現

1361──副詞の最上級
1363──最上級と冠詞(総論)
1363──最も〜なものの1つ

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「限定のハ」の欠落

2014年06月03日 | ハ行
 01、「関口ドイツ文法」の1463頁にこう書きました。

 4−1.なぜ、チェリストで、これが目立つのか。説明は色々つくだろうが、とにかくこの領域での技術の進歩とレパートリーの拡大に〔は〕めざましいものがある。(朝日、2002年07月24日。吉田秀和)

 4−2.こうしたアジアの情勢を見据え、首相〔に〕は日米同盟を中長期的に安定させる責任がある。(朝日、2010年05月29日)

 感想・4−1は限定の「は」の欠落だと思います。最近はこれが多くなってきたように思います。4−2は逆に「に」を省略しています。

 02、現在、朝日に連載されています「こころ」の30回に次の文がありました。

 「先生はさっき少し昂奮なさいましたね。あの植木屋の庭で休んでいる時に。私は先生の昂奪したのを滅多に見た事がないんですが、今日は珍らしい所を拝見したような気がします」

 先生はすぐ返事をしなかった。私はそれを手応のあったようにも思った。また的が外れたようにも感じた。仕方がないから後はいわない事にした。すると先生がいきなり道の端(はじ)へ寄って行った。そうして綺麗に刈り込んだ生垣の下で、裾をまくって小便をした。私は先生が用を足す間ぼんやり其所に立っていた。

 「やあ失敬」

 先生はこういってまた歩き出した。私はとうとう先生を遣り込める事を断念した。私たちの通る道は段々賑やかになった。今までちらほらと見えた広い畠の斜面や平地が、全く眼に入らないように左右の家並が揃ってきた。それでも所々宅地の隅などに、豌豆(えんどう)の蔓(つる)を竹にからませたり、金網で鶏を囲い飼いにしたりするのが閑静に眺められた。市中から帰る駄馬が仕切りなく擦れ違って行った。こんなものに始終気を奪(と)られがちな私は、さっきまで胸の中にあったm、問題を何処かへ振り落してしまった。先生が突然某所へ後戻りをした時、私は実際それを忘れていた。

 「私は先刻(さっき)そんなに昂奮したように見えたんですか」
 「そんなにというほどでもありませんが、少し……」(引用終わり)

 下線部の英訳はSensei did not reply imediatelyです。独訳はEr antwortete mir nicht sofortです。仏訳はLe Maître ne répondit pasです。

 03、私は、漱石が「限定のハ」を落としているのを知って、びっくりしました。そして、01の「感想」で、「限定のハ」の欠落が「最近はこれが多くなってきたように思います」と書いたのは間違っていたかもしれないな、と考えました。皆さんもこういう言い方の用例を集めて教えてください。

 04、更に考えてみますと、ここは本当に「先生はすぐ〔には〕返事をしなかった」と、「には」を入れるか入れないかに関係なく、「後で返事をした」事を予告してしまうのが正しかったでしょうか。私は、これを考えました。答えを教えてしまうのではなく、ただ「返事をしなかった」という事実だけを書いた方がよかったのではないでしょうか。私が仏訳を入手したのは昨日(6月2日)ですが、現に仏訳はそう訳しています。この仏訳は1957年に出たもので、堀口大学とGeorges Bonneau(ジォルジュ・ボノー)の共訳です。

 05、今日(6月3日)、朝日の社説に次の文が載りました。

   記・研究不正疑惑、東大のモラルを問う

 アルツハイマー病の大規模臨床研究「JーADNI」をめぐる問題が混迷を深めている。

 疑惑の渦中にあるのは日本の学界の頂点に立つ東大である。

 研究のデータをめぐる不正の疑惑のさなかに、さらに不正を重ね、問題を隠蔽しようとした疑いが浮上している。

 決して許されない行為の疑惑だが、東大は、ほとんど説明責任を果たそうとはしていない。ゆゆしい事態である。

 研究データの改ざん疑惑を朝日新聞が報じたのは、ことし1月だった。その後、厚生労働省が被験者データの保全を求めたにもかかわらず、研究の事務局がデータを書き換えていた。

 製薬会社エーザイからの出向者が、事務局の室長格として書き換えにかかわっていた。

 さらに代表研究者の岩坪威(たけし)東大教授が書き換えを知ったうえで、共同研究者に釈明と口止めのメールを送っていた。

 証拠隠滅を図ったと疑われても仕方ない行為だ。

 当初から疑惑の解明に及び腰を続ける厚労省の姿勢も問われる。疑惑の対象は、巨費を投じた国家事業なのである。

 調査を東大に丸投げするのではなく、自ら直接調査に乗り出すべきだ。岩坪教授がアルツハイマー病研究の権威だからといって、遠慮してはならない。

 東大の責任は大きい。調査のさなかのデータ書き換えを防げなかったことは、そもそもの改ざん疑惑について解明を求める国民への裏切りである。

 「アルツハイマー病の原因究明につながるから」と説明されて協力した被験者。データ取得に汗を流した共同研究者。そして多額の税金を負う国民。そうした無数の人びとの存在を関係者は胸に刻んでいるだろうか。

 東大はいまだに調査メンバーの顔ぶれも、調査の途中経過も公表していない。沈黙を続けるのは無責任すぎる。

 この事実に限らない。

 製薬大手ノバルティスの白血病治療薬の研究では、事務局の東大病院で、患者の個人情報が会社に渡っていた。しかし、いまだに製薬会社との癒着を断つ対策は打ち出されていない。

 東大の分子細胞生物学研究所では、加藤茂明元教授のグループの組織的な論文不正が疑われたままだ。多くの論文の撤回が勧告されたが、2年以上も「調査中」とし、誰がどんな不正をしたかも明らかにしていない。

 東大には官民の資金が集中するが、その半面、モラル感覚が世間から逸脱しているのではないか。社会的責任を改めて自覚し、猛省してもらいたい。(引用終わり)

 感想・これは、内容的には昨日のブログ記事に関係するものです。東大の問題事例を列挙してくれたのはありがたいです。しかし、ここでは「ハ」の使い方だけを問題にします。

 私の疑問とするのは下線部です。「ほとんど説明責任を果たそうとはしていない」、と書いていますが、「果たそうとしていない」で好いのではないでしょうか。ここに「ハ」を入れると、「何か別の事はしているが」という事を含意してしまうのではないでしょうか。

 文法などに関心がありますと、文学的でない問題に気を取られます。すみません。

付記・そこつものさんのご教示によりフランス人の名前の読み方を「ジョルジュ・ボノー」としました。ありがとうございます。(2014年06月24日)
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研究の不正事件をなくすには

2014年06月02日 | カ行
 研究の不正事件について、国立遺伝学研究所教授の有田正規(まさのり)が朝日紙に寄稿しています。

   記(研究不正、背景に論文の「名義貸し」)

 研究不正の報道が続く。理化学研究所のSTAP細胞の論文だけではない。製薬会社ノバルティスの高血圧薬をめぐる論文不正事件は記憶に新しい。東京大学でも、10年以上にわたる論文捏造事件の調査が続いている。これらに共通する問題点がオーサーシップ、すなわち論文著者のあるべき姿だ。

 表向きには、著者の定義は明確だ。医学雑誌編集者委員会という学術専門誌の国際組織が、仝Φ罎糧案・デザイン、データ取得またはデータの解析・解釈⊆舁徂分の執筆または修正┷能印刷版の承諾さ慎舛紡个契睫世任る、のすべてを満たした場合と定めている。逆に、これらを全て満たせば、著者に加える義務が生じる。

 しかし、著名人らのベストセラーに代筆があるように、学問の世界でも名義貸しが横行している。とりわけ、再現実験が容易ではない生命科学の分野では、研究の質を推し量る際に著者の信頼度も手がかりとせざるを得ない。ノバルティス事件では、統計処理は大学の研究室が行ったという虚偽の記載がなされた。STAP細胞に関するネイチャー論文にも、幹細胞研究の権威である笹井芳樹氏の分担が「研究計画を立て、実験を行い、論文を執筆」と明記されている。簡単にいえば、知名度やブランドカがモノを言う。

 大きな問題は、実際の関与の度合いにかかわらず、論文の功績が所属長や研究責任者に流れることだ。スポーツに例えれば、選手が金メダルを獲得しても、昇進したり名営に浴したりするのがコーチという状況に近い。実際に手を動かす研究者も、良い成果を出せば今度は自分がそうしたボスになれると夢見る立場に甘んじる。

 こうした評価体制を改善しないで、末端研究者のモラルや倫理観に不正の原因をなすりつけても、研究環境は悪化する一方である。

 さらなる問題は、不正が明るみに出ても、研究責任者への処分が若手に比して軽い点である。いずれの事件においても、責任著者は自らの関与を否定している。関与を否定すれば、所属機関は、処分に二の足を踏むだろうし、高額研究費を取得する重鎮であるほど長く在籍させたい。研究費総額の3割を間接経費として取得できるからだ。研究費を受け取りつつ、ほとばりが冷めるまで処分を先延ばしすることが、研究者と所属機関の双方にとって最善手となる。

 これを防ぐには、所属機開から独立して調査・処分できる裁量を持つ組織が必要である。著者の責務を明確化し、不正が発覚した際には、論文に記載された通りの責任の重さに基づいた処分が下されるべきであろう。
 (朝日、2014年5月3日。私の視点欄)

   感想

 〕系の事はよく知りませんので、ありがたかったです。根本的には文系でも同じだと思います。

 数人の看板になる教授を特別に雇って、他は大したことがなくても、「我が大学はリベラルアーツを実行しています」と宣伝している大学もあります。

 大学のホームページに「意見と主張の言える人間教育」と書きながら、自分の意見も主張も発表していない教授もいます。自著が一冊もない教授もいます。

 もう少し広く見ますと、回答するべき批判に対して回答をせずにいる有名評論家もいます。私の知っている範囲では、立花隆とか長谷川宏などです。こういう人を「知の巨人」とか持ち上げて、相変わらず使っているメディアもあります。こういう風潮も批判するべきでしょう。

◆_魴荳として「所属機開から独立して調査・処分できる裁量を持つ組織が必要」という案は適当なのでしょうが、他人頼みなのが気になります。市民としてすべき事もあるのではないでしょうか。

 まず、こういった不正を正すべきは誰なのかを考えてみましょう。すると、金を出している人ないし機関だということが分かります。特に、公金で為されている仕事とそれを担っている人(公務員)の場合は、予算を出している機関が、その予算の使われ方をチェックし、不正があれば正すのが筋ではないでしょうか。

 しかるに、こういう不正が沢山あるという事は、そのチェックがきちんと行われていない、という事だと思います。研究所の仕事での不正ならば、多分、文科省が予算を出しているのでしょうから、文科省の監視と指導が不十分なのでしょう。最近報ぜられた社会福祉法人のインチキの場合でも、監督官庁の監視が緩すぎるのが一因とされています。

 では、その時は誰が文科省のだらしなさを指導するべきなのでしょうか。文科大臣(副大臣、政務官を含む)でしょう。では、文科大臣がその仕事を適正に行っていないとすると、誰がそれを是正するのでしょうか。総理大臣だと思います。では、最後に、総理大臣がその為すべき仕事をきちんとしていない時はどうしたら好いのでしょうか。国民が批判するとか、選挙で政権交代を要求するとかでしょう。

 結局、国民が公務員に対する監視をどれだけきちんとやっているかが最後の決め手なのではないでしょうか。従って、この点に付いての自己反省をせずに、監視機関を作れといってもあまり効果はないと思います。

 この方は国立の研究機関に勤務しているようですが、自分の所の内部について「内部告発」までゆかなくても、ネットで「あるべき情報公開」をしてみたらどうでしょうか。

 「自分の所属する機関」では難しいというならば、よその機関について「カウンターホームページ」を作ることも出来ると思います。

 同等の機関ではなく、近隣の学校について、そのホームページを批評するホームページを作っても好いと思います。

 日本はとっくの昔に成熟社会になったと言われています。しかるに、成熟社会とは官僚に指導される社会ではなく、民間の方が官僚より上になる社会だと聞いたことがあります。、市民が自分で自発的に「公」を監視するようになる事が大前提だと思います。
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辞書編集者の資格

2014年05月29日 | サ行
 三浦しをんの「舟を編む」が、一昨年だったかな、本屋大賞をもらってから、ベストセラーになリました。昨年だったと思いますが、映画化もされました。そして、この4月26日にはNHKTVが「辞書を編む人たち」を放映しました。

 ここで描かれているのは、辞書の編集に精魂を傾ける人々への讃歌だと思います。あまり知られているとは言いがたい世界についての情報小説という役割も果たしていて、支持を広げているのでしょう。私もこの点を評価する者です。しかし、少しどころか、大きな問題点、いや、根本的な疑問点があります。これまでも書いてきた事ですので、繰り返しになる部分が多いですが、またまた、書きます。

 何が問題かと言いますと、国語辞書の使命を「語釈」に事実上、限定していることです。NHKTVの特集で名前の出てきました三省堂の「大辞林」(第3版)で「辞書」を引いてみますと、「多くの言葉や文字を一定の基準によって配列し,その表記法・発音・語源・意味・用法などを記した書物。国語辞書・漢和辞書・外国語辞書・百科辞書のほか,ある分野の語を集めた特殊辞書,ある専門分野の語を集めた専門辞書などの種類がある。辞典。辞彙(じい)。語彙。字書。字引」とあります。

 ここには「表記法・発音・語源・意味・用法」を扱うと並べていますが、実際上は9割以上の努力が「語釈」に注がれているのです。そして、その事の反省が全然ないのです。NHKTVの特集の中でも「語の使い方」を問題にする場面もほんの少し出てきましたが、それは文字通り「ほんの少し」で、「申し訳程度」と言ってよい位です。しかし、私見によれば、辞書の任務の4割は「語釈」だとするならば、次の4割は「用法」であるべきで、残りの2割が「発音」等に振り向けるべきです。そもそも「表記法・発音・語源・意味・用法など」と並列して事たれりとしている編集者は「語釈、用法(誤用法を含む)、発音、等の比重をどうすべきか」などという問題を考えたことがないのでしょうか。

 国語辞書は何のためにあるのでしょうか。これをしっかり確認するべきです。NHKTVの特集でも、こういう根本問題を口にした場面は出てきませんでした。それは「日本語使用者(外国人を含む)の日本語生活の中で起きている問題を考えるのに役立つこと」だと思います。

 こう考えれば、「国語辞書」(以下、辞典と辞書を同義に使います)の「語釈」(辞書編集者の大好きな語釈です)も考え直す必要のあることが分かるでしょう。大辞林の「国語辞典」の項目にはこう書いてあります。「日本語の語彙を一定の順序に配列し、それらの語義・用法などを日本語で解説した書物」。 これでは困ります。「イギリスで国語辞書と言えば『英英辞典』のことです」という日本語はないのでしょうか。あるはずです。ですから、「国語辞書」の「語釈」は、「その国の言葉についてその国の言葉で説明した辞書。日本の国語辞書の場合には、国語辞書という言い方は外国人のことを視野に入れていない言い方だとして、現在では不十分とする意見もある。外国人の事を視野に入れると、日本語辞書とか日日辞典と言うべきだ、という考えもある。これは国文法とか国史といった言い方についても同じである」くらいな事を書いたらどうでしょうか。

 辞書と文法との境界線も明確に引けるものではありませんから、文法的説明の必要な場合には、辞書でもそれに言及するべきでしょう。「新明解国語辞典」は「一番よく売れている」とか自慢していますが、今では「明鏡」に抜かれたのではないかと、想像します。明鏡は編者の北原保雄が文法も研究しているので、文法的説明が(不十分ながら、「新明解」よりは)多いのも一因でしょう。それに明鏡の方が版の組み方に工夫があり、見やすいです。

 こう考えれば、辞書編集者の資格は「日本語生活で起きている問題に敏感な事」となるはずです。辞書に関心がある程度では不十分です。まして、語釈しか念頭に無い人では失格です。大辞林で「ひしめく(犇めく)」を引いても、「ひしめき合う」というかなり前から沢山使われている言い方については一言隻句もありません。私のよく問題にする「募金」の意味の変化も「有名な逸話」も取り上げていません。このような鈍感な人が編集者では困ります。

 発音について言いますと、いま上に取り上げました「一言」には「いちごん」と「いちげん」の2つの読み方がありますが、使い分けの「一般的な基準」は何でしょうか。書いてありません。「無」を「む」と読む場合と「ぶ」と読む場合を区別する「一般的な基準」は何かの説明もありません。こういう基準は、多分、ないのだと思います。それなら「ない」と書くべきです。「分からない」ならそう書くべきです。

 こういう辞書などを作る人は、いや、学者や教授などは、「知らない」とか「分からない」と言う勇気や正直さに欠けていると思います。実際には、下敷きにしている親辞書があるのに、それについて黙っていて、まるで自分で全部作ったかのような顔をしているのも感心しません。これはかつて『暮らしの手帖』が問題にしましたので、今はなくなったのでしょうか。最近、研究者の不正が続々と明るみに出てきていますが、他者の説を借りたのに、出典を示さないのも「不正」の一種です。拙著『関口ドイツ文法』では、問題だけ指摘して答えについては私案も示していない(示せない)箇所が沢山あります。関口存男が墓の中から出てきて教えてくれるの待っています。

 ともかく、出版社の辞書編集者もその上に立つ学者も辞書編集者を取り上げる小説家もこういった事に無関心すぎると思います。いつになったら、これが改善されるのでしょうか。

         関連項目

辞書とは何か

真日本語辞典

日国ネット

北原保雄の辞書と文法

辞書は意味より用法を
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muessenと「ねばならぬ」との対応

2014年05月26日 | ナ行
 関口存男は「müssenの本義はあらゆる種類の必然性を表すことです。自然的必然性(自然法則)、論理的必然性(思考の必然性)、事情(人情、運命)から来る必然性などです。それに反して、sollenの本義は『何者かの意志・要求を、その何者かを名づけることなく間接的に表現する』(大講座下巻 208項)ことです」、と言っています。

 更に、「叙述体の文にあっては、このような必然性は、日本語では『〜せねばならなかった』とも『〜せざるをえなかった』とも言う必要のないような場合にまでも用います」(教程 239項)、と言い、更に「一体、ドイツ人は müssen を乱用します。ちょっとでも『当然の成り行き』という事態があると、好んでmüssenを使います。母親が子供を連れて表へ出る。子供の事だから何でも見たがる。母親は思わず溜め息をついて、Ach, es ist zu neugierig! Es muss alles sehen!(まあこの子はなんて物好きなんでしょう。何でも見ないと承知ができないのね)と言います(以下略)」(大講座第3巻 250項)と言っています。

 この事は「文法」の962頁以下にも引用しました。しかし、先日来朝日新聞が漱石の『こころ』を100年前とほぼ同じ形で連載し始めたのを読んでいて、「逆の事もあるのかな」、という問題意識を持ちました。日本語でも「〜せねばならない」という句を「必然性」よりも「事実の確認」として使うことがある(あるいは、あった)のでは無いだろうか、と思い始めたのです。

 と言いますのは、『こころ』の中に次の句が出てきてからです。そして、それの独訳と英訳は、共に、müssen, mustを使わないで訳しているからです(仏訳は注文してあるのですが、まだ来ていません)。

 01、そうこうしているうちに、私はまた奥さんと差向いで話しをしなければならない時機が来た。(こころ15)
 独・Eines Tages saß ich, von diesen Zweifeln unberuhigt, wieder einmal seiner Frau gegenüber.
 英・Meanwhile, it so happened that I had another occasion to have a conversation with Sensei's wife.

 02、先生は外(ほか)の二、三名と共に、ある所でその友人に飯(めし)を食わせなければならなくなった。(こころ15)
 独・der Sensei und einige weitere Bekannte gaben ihm ein Essen
 英・Sensei and two or three others were taking him out to dinner that evening

 しかし、たった一人の人の用語法だけで一般論を展開するのは無理だなと思っていました。まして、漱石は英語に堪能な人ですから、英語の影響を受けてそういう言い方をするようになったのかもしれませんから。「他の人の用例も必要だな」と思っていましたら、5月24日、たまたま手にした本に次の句がありました。

 03、封建社会にあっては、革命はしばしば復古という形式を取る。明治維新は、同時に王政復古でなければならなかった。韓愈(かんゆ)の場合も例外ではない。新文体であるからこそ、それに「古文」と名づけ、古代文体への復帰と叫ばねばならなかったのである。韓愈の古文が、もしも、古代文体の単なる復活であったなら、おそらく他の人たちに、あれほどアッピールすることはなかったであろう。

 韓愈は、駢文(べんぶん)を否定したというより、アウフヘーベンしたのであった。かれは、その文章の構造を、漢以前の古代のそれにもとめつつ、発想や語彙には、新文を通して積まれて来た洗煉された技巧を取り入れて、新しく市民と中小地主が中心となった社会の新しい散文としたのであった。(清水茂著『唐宋八家文』上、朝日新聞社1966年)

 この2つの「ねばならなかった」も「(過去の)事実を確認」しているだけではないのだろうか、と考えました。それぞれ「王政復古であった」「古代文体への復帰と叫んだのであった」と言ってよいと思います。ここの文では第3の文がそれ以前からどうつながるのか、分かりませんが、今はそれは問題にしません。「ねばならない」だけを取り上げます。

 これで2人の用例になりましたが、確定的な事はまだ言えません。問題意識を持って用例を探している段階です。文法研究はこのようにして進めるのです。皆さんも、適当な用例に気づいたら、教えて下さい。英・独・仏への翻訳があれば尚結構です。
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学校給食と民食の現状

2014年05月21日 | ワ行
 学校給食の現状についての下記の投書を読みました。

     記・給食を通して和食の継承を

                   地方公務員・清野敏男(群馬県、51)

 和食がユネスコの無形文化遺産に登録された。一汁三菜、季節や行事とのかかわりなどが評価された。だが、実際にそれを家庭で実践するにはあまりに手軽な食品が身の回りを席巻しており、庶民には遠い存在になっていないだろうか。

 そこで提案したいのは、和食の伝統を学校給食で継承していくことだ。学校給食はかつて、戦後の窮乏する日本人への栄養補給に大きな役割を果たした。しかし今、摂取するべき栄養価が学校給食でなければとれないという必然性はなくなっている。

 小学校の職員として、学校給食に20年以上接してきた。その立場から見た最近の給食の献立の荒廃ぶりは目にあまる。無国籍メニューや奇をてらった料理、児童にこびるようなデザートなどを見るにつけ、食事は文化であり、本来あるべき和食の原点に戻るべきだと強く感じている。

 給食で伝統的な和食を出すことで、食べ物の盛り方、わんの並べ方、付随するマナーなどを食育として子どもに学ばせることができる。日本人とその文化を、誇りに思う端緒となるのではないか。
 (朝日、声欄。2014年05月08日)

  感想

  ヽ惺撒訖の現状に大問題のあるらしい事は、おぼろげながら感じています。それを現場を知る職員がはっきり指摘して下さったことは好かったと思います。感謝します。

 ◆,靴し、ただ「給食に和食を」と新聞紙上で提案するだけなのは、あまり感心しません。

  現状に問題を感じたら、なぜそうなったのか、責任はどこにあるのか、を指摘してくれなくては困ります。学校職員なら、給食の内容等はどのようにして誰が決めるのかも知っているはずです。その責任者に訴えなければならないでしょう。

 ぁ〇筝では、食べるだけでなく、食事を作る事を授業の一部として位置づけるべきだと思います。しかし、こういう事は、例えば、校長の一存とか、教育委員会の判断で出来ることなのでしょうか。そういう事も知りたいです。

 ぁヽ惺撒訖のみならず、民食(大衆の日々の食と大衆食堂の食。私の命名)も「本当の和食」から遠い物になっていると思います。特に、ご飯と味噌汁と漬け物とお茶の質が落ちていると思います。グルナビとかのレビューで皆さんの褒めているお店でも、この基本の四点に問題のある店が多いです(私の狭い経験の範囲で言えば)。日本人の判断の基準が変ってきているのではないかと危惧します。

      関連項目

お粗末学長の見本
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