マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

Philosoph(哲学者)

2014年08月31日 | 関口独和辞典抄
 参考

  [磴┐个神さんの尻に敷かれている旦那さんに向かって、「どうしてそんなに黙って引っ込んでいるんですか」と言うと、「いや、十年間の経験で、わしの方が何も言いさえしなければそれが双方のためだということが分かったからだ」と言うと、Na, Sie sind ein Philosoph!(おやおや、あなたは随分哲学者なんですね)と言ったりします。

 その他、日本人なら「気が練れている」「諦めが早い」「辛抱が好い」「怒らぬ」と言う所を「哲学者」だと言うのです。(略)これは独英その他西洋語全部に共通の現象です。

 この起源は遠くギリシャ時代にあります。哲学というと諦めを説いたストア派を考えるからです。仏教の「心頭滅却すれば火もまた涼し」といったような、一切の外界の処理から手を引いて、自分自身の覚悟を外界に従って規制することを道徳の理想にしたのがストア派です。(略)

 東洋でも「君子危うきに近寄らず」とか何とか言って、君子道の最後の理想をそういうストア派的主観孤立主義に置く癖がありますから、Philosophは「君子」と訳してもいいでしょう。(趣味 S.7-8)

 注釈・これはein Philosophと「質の含み」を利かした不定冠詞の付いた場合である。ただ、Er ist Philosoph(社会人としての所属範疇が哲学者である、という意味)と言う場合は何らかの社会集団への外的所属を挙げているのである。(不定冠詞 S.491-2)

 感想・「質の含み」を利かした不定冠詞を理解できなくて、「この不定冠詞には何か意味がありそうだな」と「感じた」時には、ほとんど必ず「1つの」と訳すのが日本の哲学界の通弊ですが、この関口の説明を考えてみてください。

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Perücke、かつら

2014年08月30日 | 関口独和辞典抄
  _δ時代のヨーロッパでは、貴人、官吏、裁判官、学者等はすべて鬘(かつら)をかぶるのが習わしであった。もちろん今の鬘とは目的が違い、装飾品で、つまり帽子の代わりだったのである。(学識20頁)

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市場(いちば)

2014年08月29日 | ア行
 市場を「いちば」と読むか「しじょう」と読むかについてどういう基準があるのだろうか、という問題意識から、調べ、考えた事をまとめます。

 「新明解」に、「『しじょう』は『いちば』の字音語的表現」という説明があります。つまり「しじょう」より「いちば」の方が先だったと推定されます。常識的に考えてもそうでしょう。

 しかるに、それは「市(いち)」から「市の立つ場所」という意味で使われるようになったのでしょう。「立つ」は「始める」の意だそうです(大言海による)。実際には、以下に見ますように、「市」の中にはその場所も含意されていたようですので、市場の「場」は余計だったと思いますが、こういう重言みたいな表現は言語の常ですから、善悪を論ずる事柄ではないと思います。

 「市」の字形については、常用字解は象形文字とし、「市の立つ場所を示すために建てる標識の形」と説明しています。

 市を『漢字字源辞典』(山田勝美・進藤英幸、角川書店)で引きます。字義は「彼我の物品の公平な値段の定まる所の意」としています。市という字が「平」の意符と「止」の音符から成っているのはそのためだと説明しています。なお、参考として、「市場は起源的には、物々交換をする所であった」という説明もあります。

その上で4つの意味を挙げています。これは現在使われている意味を分類したのでしょう。第1は「多くの人が集まって品物の売買をする所(市場、魚市)」。第2は「売り買い。あきない(市価、市況)」。第3は「まち。多くの人の集まる所(市井、都市)」。第4は「地方自治体の1つ」、です。

 第1の意味と第2の意味は分けるのが難しいくらいですが、「市(いち)」の立つ場所という事から、そこで行われる行為自体を表すようになったのではなかろうか。常用字解は第1の意味と第2の意味を一緒にして「いち、うる、かう」としています。いずれにせよ、第1と第2の意味から第3の意味、更に第4の意味の出て来ることは容易に分かります。

 さて、「市場」の読み方です。

 まず、現在の語釈を、従って両者の使い分けを「明鏡」と「新明解」の記載(ほぼ同じ)からまとめますと、ほぼ次の通りです。

市場(いちば)──A・毎日または定期的に商人が集まって商品の売買を行う所。市。青物市場、市場町。B・小売店などが集まった、常設の共同販売施設。マーケット。

市場(しじょう)──C・売り手と買い手が集まって商品や株式の取引を行う特定の場所(明鏡)。株式や特定の商品が定期的に取引され、そこでの売買が一般取引価格を決定づける場所(新明解)。中央卸売市場。証券取引所など。D・商品の売買や交換が行われる場を抽象的にいう語(明鏡)。需給関係から総合的にとらえた概念(新明解)。国内市場、国際市場。金融市場など。E・販路、商品の売られる範囲。

 では「しじょう」という読み方はどのようにして発生し、拡がり、優勢に成ってきたのでしょうか。以下、私の推測です。

 新明解によりますと、「しじょう」は「いちば」の字音語的表現ということですから、「いちば」を商売人がわざと音読みしたことで出来た言い方なのではなかろうか。この「或る集団が字音読みで自分たちの優越感などを味わう」という心理はよく見られることだと思います。記憶が薄れていますが、軍隊では「編上靴(あみあげぐつ)」を「へんじょうか」と言ったとか聞いたように覚えています。

 そして、特定の業界の専門用語が一般化することがあるというのも言語現象の1つの法則だと思います。これも記憶に頼ることですが、「定番」はアパレル業界か何かの業界用語だったはずです。それが他の業界でも、更に一般人にも使われ、理解されるようになったのだと思います。明鏡でも新明解でも「特定の商品番号」の意といった説明はありますが、このような経緯の説明はないようです。新明解には「衣料品を主として、食品にも言う」とあって、かすかにその変遷を示唆しています。

 最後に、漱石が「こころ」の中で「いちば」でいい所を「しじょう」と読ませている(「しじょう」の用例06)のを考えます。大言海をみますと、「しじょう」では「『いちば」と同じ』としていますが、その「いちば」では上のAからEの5つの意味の内のAとBくらいしか考えていないようです。つまりかつては特に現在で広く使われているC、D、Eは無かったのだと思います。字音読みはあったのでしょうから、後は筆者の癖か感覚の問題でしょう。

 同じ対象について「青物市場(あおものいちば)」と「青果市場(せいかしじょう)」との2つの言い方があるのは分かります。訓読みと音読みの違いです。しかし、海鮮市場(かいせんいちば)(ラジオ深夜便、2014年08月25日)というのを聞きました。

 そもそも「卸売市場」は今やほぼ完全に「しじょう」と読むようですが、これはどうなのでしょうか。私の記憶では、かつては「いちば」だったのではないでしょうか。それとも、「ニュース番組等で、しばしば築地市場の場所を指して『つきじしじょう』と呼ぶことがあるが、場所を指す場合は『しじょう』ではなく『いちば』である」(ウィキペディア)と書いてありますから、その「場所」を指す言葉を「そこで行われている活動」のことと(私が)誤解していたのでしょうか。

 結論として言いたい事は、辞書は語釈にばかり熱中しないで、こういう点を考えるのに役立つ情報も伝えてほしい、という事です。

 なお、似たような問題では、「工場」を「こうば」と読むか、「こうじょう」と読むかの問題もあります。これについては、明鏡も新明解も「『こうば』は『こうじょう』よりも規模の小さいものをいうことが多い」と説明しています。「多い」のであって、決まっているわけではないようです。

  用例

 ★ 市(いち)の用例

 01、「オークションが毎日のように行われているんですか。」「神田の古書会館でやっています。それは業者だけの市なんですけど、一般の人の所有品なども、古書店が買ったり預かったりして出します。(『ラジオ深夜便』2014年9月号。八木正自)

★ 「いちば」の用例

 01、市場(いちば)のイドラ。(イギリス経験論の祖フランシス・ベーコンは人間の認識にとっての先入見を4種あげた。洞窟のイドラ(偶像)、劇場のイドラ、市場のイドラ、種族のイドラである。市場のイドラとは「人々の交際と言語に対する過剰な信頼から起きる偏見」のことだから、「いちば」と読むべきである。)

 02、アムステルダムに住む移民の人たちの多くはイスラム教徒です。市場(いちば)の店先には彼らのための食材も並んでいます。市場(いちば)にはいろいろなお店があります。(NHKTVの番組「アムステルダム」のナレーション)

★ 「しじょう」の用例

 01、西国の豊かな物資が市場(しじょう)に溢れている(NHK「太平記」の中での足利高氏の台詞)。
 02、私たちはずっと薬草やナッツ、ベリーなど、林産物を採ってきました。これからは市場(しじょう)に出さなければと思います。市場(しじょう)に商品を提供し、利益を上げていかなければなりません。(テレビ朝日の登場人物の言葉)

 03、今の市場の要望に応えようとすると、難易度が高くなる。(朝日、2014年08月21日。秩父銘仙の機屋の言葉)
 04、「東京の市場に適合しすぎると、どこでも通用する普遍的な作品をつくれなくなるのでは」と懸念する。(朝日、2014年08月21日夕刊。演劇人の話)

 05、成長が期待できる新市場を育てる観点が必要だ。(朝日、2014年08月24日)

 06、赤い色だの藍色だの、普通市場(しじょう)に上らないような色をした小魚が〜(漱石「こころ」第3部28)

 感想・「いちば」と読ませたら、「市場(いちば)に出ないような」となるのでしょう。
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Partitiv

2014年08月28日 | 関口独和辞典抄
 2格の1用法に「分格、分割格、部分化格」とでも名付けるべきものがある。

 01、Vor Ilios verbracht’ er langer Jahre zehn.(Faust)(イリオス城の攻囲に彼は前後十年の長年月を費やした)

 02、Der Arten, die Geschichte zu betrachten, gibt es überhaupt drei.(Hegel: Phil.d. Geschichte)(そもそも歴史を観察するには三種の方法がある)(論集 S.238以下)

◆Partitivisches Zielwort(部分化的目的語)

 01-1、Wer hat meinen Kuchen gegessen?
01-2、Wer hat von meinem Kuchen gegessen?

 説明・自分のケーキが食べられてしまっていることに気付いた子供が発する疑問文「誰が食べちゃったの?」としては、01-1は「全部食べられた場合」である。つまりWer hat meinen Kuchen aufgegessen?という意味になる。一部が食べられた場合は01-2のように言う。これを「部分化的目的語」と言う。(論集 S.270以下)

 ☆ 「文法」の341頁(部分化の2格)及び358頁以下の「他動詞と4格の関係」を参照。

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Parataxis、並置

2014年08月27日 | 読者へ
 01、Er ist mein Freund, mein einziger Freund.

 説明・これは付置ではなくて、念のために同じことを言い直しただけの並置である。「規定する力」を持った付置と、単に同じ事をもう一度言い直す、あるいはいろいろなものを並べて置く「並置」。しかし、両者の差は「程度の差」でしかない場合が多い。(定冠詞 S.70)

 ☆ 「文法」の700頁(ゴ晃静並置)を参照。

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御礼

2014年08月25日 | 読者へ
 漱石の「こころ」の「市場」の読み方について、そこつさんから丁寧なご教示をいただきました。ありがとうございます。

 「市(いち)」と「市場(いちば)」と「市場(しじょう)」の関係について調べ、考えています。一応の結論を問題提起と共に、近日中に発表できると思います。

 まずは御礼まで。

2014年08月25日、牧野紀之
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offenbaren

2014年08月24日 | 関口独和辞典抄
 ハイデッゲルはまた erschließenともいう。「結論として生」じたり、「理屈」(Logos) を経て合点が行ったりするのでなく、「パッ」と「わかる」ことをいう。だからOffenbaren(啓示)に理屈はない。geoffenbarte Religion(啓示宗教)は神から直接授かった宗教である。直観もまあそんなものと言える。(局面 S.107-8)


感想

 ドイツ語を直訳しますと「啓示された宗教」ですが、日本語の「啓示宗教」では、言葉としては、「〔神が〕啓示する宗教」という形になっていると思います。直訳すれば「被啓示宗教」ですが、「啓示した宗教」の方が日本語の本来の文法に合った表現だと思います。

 この点については「関口ドイツ文法」の1335頁の◆崟紊り雀」以下を参照。

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öffentlich

2014年08月23日 | 関口独和辞典抄
(1) 世間相手の。(1956年08月02日)
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obliegen

2014年08月22日 | 関口独和辞典抄
 (1) 事型名詞と結びつく場合は温存定冠詞を取る。(定冠詞 608頁)
  1. Ich liege dem Studium ob.

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驚く

2014年08月21日 | ア行
驚く(驚かされる)(「あわてる、あわてさせる」を含む)

 ゞ辰了は、形声(オンを表す部分と意味を表す部分から成る)。音符(オンを表す部分)は「敬(けい)」である。敬は「祈りをする者を殴(う)って、これを戒める」という意味である。馬は特に驚きやすい動物なので、注意されて驚く馬が「驚」で、「おどろく」の意味を示した(常用字解。戒の字は原書の字が出ないので、こう替えた)。

 ◆屬どろく」の「おど」は「おぢ(怖)」からの転であろう。意味は「動揺する」である。「目を覚ます」の意味もある。(大言海)

 「オドロ」はどろどろ、ごろごろなど、物音の擬音語。刺激的な物音を感じる意が原義。はっと目が覚める。にわかに気が付く。意外な事にびっくりする。(岩波古語辞典)

 感想・△鉢では意味の挙げる順序が逆です。

 ぁ嶷海」「駭く」とも書く。(明鏡)

 タ渓晴鬚蓮◆峇郷瓦垢襦廚笋修糧紳个痢屬△れる」とか「素晴らしい事物に接し、高揚した気分になる」の意もあげ、「驚くなかれ」「驚くほど」といった熟語的表現も載せています。「目を覚ます」の意は「雅語」としています。

 Υ霑弾本語辞典は、「関連語」の欄で「びっくりする」と「驚く」の比較を行っています。結論として、「驚く」は精神の作用についての客観的な説明で、「びっくりする」は驚かされたことによって生ずる精神の結果、としています。

感想1・私の見たどの辞書にも載っていないことは、「驚く」と「驚かされる」の使い分けです。Δ妨正擇靴泙靴拭峇霑叩廚任浪寝鵑「驚かされる」を使った用例も出しているのに、この問題を扱っていません。著者(森田良行)にこの点の問題意識がないのでしょう。

 私の感覚では「驚いた」で十分な場合に「驚かされた」と受け身表現を使う人が多い、と言うより、どんどん多くなっているように思います。私英語が入ってきてbe surprisedという表現に慣れた人がそれの直訳を使うようになって「驚かされた」という言い方を奇異に感じなくなったのではあるまいか。

 「驚くべき事」といった言い方はありますが、「驚かされるべき事」とは言わないと思います。しかし、他の語では「或る目的が達成さるべき順序」とも「或る目的を達成するべき順序」とも言えると思います。逆に、「言うべき事を言う」とは言いますが、「言われるべき事を言われた」とは言わないと思います。このように、繋がり方も考えてみなければならないでしょう。

 いずれにせよ、辞書はこういう事にも触れてほしいと思うのです。

 「驚かされる」の用例

 01、授業で大学1年生と一緒に文学作品を読んでいていつも改めて驚かされるのは(東大『知の技法』68頁)
 02、私は急に驚かされた。(漱石『こころ』上12)
 03、帰って無い積もりの借金が大分あったに驚かされた(漱石『門』4)

 04、原発を導入した町が必ずしも豊かにも幸せにもなっていないという事実に、改めて驚かされた。(2001,12,23, 朝日)
 05、93歳まで指揮棒を振り続けた生命力には驚かされる。(2002,1,14 、朝日)

   「驚く」の用例

 01、記者会見で辞任を表明した国防相は、涙を流してわびたという。/驚いた。軍がらみの事故でこれほどの透明性は初めての経験だ。(2001,11,13, 朝日)
 02、これは驚くべきことである。

   「あわてる、あわてさせる」の用例

 01、平穏に思えた大晦日の昼過ぎ、ロシア南部のチェチェン共和国からのニュースにあわてさせられた。(2002,1,8, 朝日)

 感想2・日本語辞典(日日辞典)は、漢和辞典も古語辞典も兼ねるべきだと思います。それぞれの専門の辞典ほど詳しくなくてもよいとは思いますが、現代語を理解・運用するのに必要な知識は書いてほしいと思います。
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