マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

自伐型林業

2016年04月28日 | ラ行
              
高知県四万十市の宮崎秞(ゆう)ちゃん(6)には欲しいものがある。ショベルカーだ。お父さんが最近使い始めた姿が格好良く、乗りたくなるのだという。

 お父さんは先週の「eco活プラス」で紹介した宮崎聖さん(37)。自分の森の木を自ら伐採、搬出して森を持続的に生かす自伐型林業を3年前に始めた。秞ちゃんの様子について聖さんは「うれしいですよね。山を守りながら、長く続けていかないと」と話す。

 林業の世界に変化が起きていることを遅まきながら知ったのは昨秋、宮城県気仙沼市で木質バイオマス発電を取材したときだった。長年放置された山に次々と人が入り、間伐材を運び出していた。戦後の林業で主流の大型機械は使わず、搬出も普段使いの軽トラック。効率は悪そうだが誰も気にしていない。むしろ「山とじっくり向き合える」と前向きだった。

 自然の中で自分のペースで働ける。しかも工夫次第で食べていけるとなれば、関心を抱く人が出てくるのは当然だろう。

 「特に東日本大震災の後、意識が変わった。大きな組織やものに頼らず、身の丈に合った生き方を求める人が林業に飛び込んでいる」と九州大の佐藤宣子教授は話す。衰退産業という従来のイメージとは違う、持続可能な自然とのつき合い、という林業の姿だ。

 新しい林業は行政も動かしつつある。高知県は昨年から小規模な林業家を後押しする仕組みを取り入れている。小さな森林を持つ人が間伐する際の補助金制度や、森林を持たない人に提供する用地の取得費を県が市町村に補助する独自施策。人口減少率が全国3番目に高く、IターンやUターンを増やしたい、との思いが先駆的な事業を後押しした。

 こうした地方で始まった林業の挑戦を社会としてどう育てていくか。それは「人と自然」や「都市と地方」のあり方を考える際の試金石にもなりそうだ。(朝日、2016年04月12日夕刊。野瀬輝彦)
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評注・許萬元作「ヘーゲル哲学研究の問題点」

2016年04月22日 | カ行

 お知らせ

 前回の「評注・許萬元作『ヘーゲルにおける概念的把握の論理』」に続いて、第2弾として、表記のものをブログ「教育の広場」に発表しました。

 評注・許萬元作「ヘーゲル哲学研究の問題点」

 第1弾は、
ブログ「教育の広場」(第2マキペディア)に掲載してあります。
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ヘーゲルの「論理学」の現実性の書き換え案(中井浩一)

2016年04月14日 | ハ行

ヘーゲル論理学の「現実性」は、本来どう書かれるべきだったか

                      中井浩一


お断り

中井浩一さんは、第一期鶏鳴学園の終わり頃に入ってきた方です。その後、第二期を一緒に始めました。第二期は順調に発展しましたが、共同生活路線を取ったために壊滅しました。
それでも中井さんは国語専門塾を軌道に乗せ、同時に教育評論家としても活躍しています。又、ヘーゲルを中心とする哲学研究も続けています。最近、力作を発表しましたので、本人の許可を得て、本ブログに転載します。
 最低でもこの程度よく読み、よく考えた論文を出し合う「討論」をしたいものです。
2016年4月14日、牧野紀之


ヘーゲル論理学の「現実性」は、本来どう書かれるべきだったか

目次

はじめに
1.牧野紀之の改定案
2.牧野紀之の改定案への疑問と『弁証法の弁証法的理解』について
3.ヘーゲルの外的必然性と内的必然性
(1)外的必然性
(2)内的必然性
(3)概念(自由)の生成
(4)ヘーゲルの「現実性」を書き直す
4.ヘーゲル論理学の第2書「本質論」の第3編「現実性」の役割
5.ヘーゲルの意図について
(1)ヘーゲルの意図
(2)代案の根拠
(3)ヘーゲルの側の事情


はじめに

2015年の正月は、ヘーゲル論理学の第2書「本質論」の第3編「現実性」を読むことになった。牧野紀之がこれに言及しているのを読み、それに大いに刺激を受けたからだ。第3編「現実性」はヘーゲル論理学の核心だと思うが、牧野はそれの改訂という大胆な提案を行なっていた。私が刺激を受けたのは、その大胆さだけではない。なによりも牧野の提案のナカミが、私の考えとはずいぶん違っていたのだ。私はこの際、自分の考えをまとめたいと思った。

その論考は2015年の2月には一応書き上げたのだが、外的必然性と内的必然性の区別、特に内的必然性の理解が不十分なことを痛感していた。

偶然性と必然性の関係については、これまでに論理学の該当個所を何度も読んで考えてきた。しかし、今一つ分からないままにあった。それが15年の夏の合宿で、ハッキリとつかむことができたように思う。

ヘーゲルは、偶然か必然かを、自己の根拠を自己の中に持つか、他者の中に持つか、で区別している。しかし本当の核心は、その根拠をその対象内に持つか、否か、なのだとわかった。

それは言い換えれば、「内に」か「外に」かであり、それは「自己の中」か「他者の中」かの違いと言える。だからヘーゲルの表現は間違っていないのだが、私にはその表現ではわからなかった。それが今回はわかった。

例えば、ヘーゲルの『小論理学』第24節の付録3では創世記の失楽園の物語が取り上げられるが、そこに「原罪があるから救済が必要だ」といった表現が出てくる。これは普通の言われ方なのだろう。しかしそれはまさに偶然性の立場である。必然性の立場なら、「原罪の中にこそ、そこからの救済がある」と言わねばならない。

救済と原罪は別のものではない。相互外在的に存在するのは偶然性である。
悪と善も、別のものではない。悪でないこと、悪がないものが善ではない。悪があって、善もあるのでもない。悪があるから善があるのでもない。悪の中にこそ、善はあるのだ。善の中にこそ、悪はあると言っても同じだ。

これは神がつくった世界の中になぜ悪があるのか、という問いとも関係する。神はなぜ悪を作ったのか。この世界を、自ら発展して自己実現していく主体的なものとしたかったからだろう。偽や悪の中に、真理も善もあるという、世界観だ。

こうして、1年がかりとなったが、2016年の正月に自説の骨格をまとめることができた。慶賀である。それに肉付けしたのが本稿である。


1.牧野紀之の改定案

牧野のブログの「私の研究生活」(2014年10月24日)には以下が書かれている。

寺沢恒信訳『大論理学2』(本質論初版)の「付論」で寺沢は「〔本質論の〕再版が書かれていたらどうなっていただろうか」という問題を立てた。寺沢の結論は「再版が書かれたとしても『現実性』は初版とほとんど違わなかっただろう」。寺沢がヘーゲルに追従的であるのに対して、牧野はヘーゲルの本質論初版の展開を批判し、それに代案を出す。

第1章はスピノザ論だとし、それを第3編の最初に置いたのは「ヘーゲルとしては、スピノザの実体・属性・様態の概念をどこかで扱いたいというか、扱わないわけにはいかない、と考えたのでしょう。しかしどこにどう位置づけたらよいか、自信が持てなかったので、ここに置いたのだと判断しました」。第1章を軽く見る点では、私も大きな違いはない。

問題は第2章(可能性と現実性、偶然性と必然性)と第3章(実体性と因果性と相互作用)の順番と関係なのだ。

牧野は「再版でどうなったか」は分からないと断った上で、牧野なら第3編「現実性」を偶然性と可能性と必然性に三分し、最後の必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置く、と言う。そして、相互作用から「世界の一般的相互関係」を引き出して、「概念(の立場)」を導出する、と述べている。

牧野が、必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置く理由は、「ヘーゲルは因果等の必然的関係をどうしたら証明できるかと考えた」からだ。そして、「カントの答えでは満足できなかったヘーゲルは、『1つのものの2つの部分ないし側面』と理解しなければ『必然的関係』は証明できないと気付いたのです(一番分かりやすい例を出しますと、作用と反作用は1つの力の2つの発現形態ですから、同じになるに決まっているわけです)」。

牧野は自分の代案について、「要するに、『弁証法の弁証法的理解(2014年版)』の第4節(この「第4節」は「第2節と第3節」の間違いだと思う。中井)のように」するのだと言っている。この点を確認するために、牧野の『弁証法の弁証法的理解(2014年版)』も読んでみた。ここでは必然性に2種類あり、それは外的必然性と内的必然性だとする。そして、外的必然性=相対的必然性=偶然性=可能性=根拠とし(「要するに、外的必然性と偶然性と可能性と根拠とは、どれもみな、同じ一つの事態を別々の角度から見たものにすぎない」)、それに内的必然性=絶対的必然性を対置する。外的必然性で考える立場は「悟性」=「有限な思考」であり、内的必然性で考える立場が「理性」=「無限な認識能力」だとする。

「内的必然性とは何か。『AがあればBが結果する』というのが外的必然性であった。それは又『Aがあっても同時にCがあればBは結果しない』ということでもあった。従って、或る事物の『内的必然性』とは、もはや、或る対象の存在を前提してその原因を探るのではない。それの存在する必然性を追求するのである。或る原因があればその対象が生まれるだろうというのではない。その対象が自分の内なる本質によって『必ず生成する』というのである。即ち『生成の必然性』である。だからこそ、それは又因果の必然性のような相対的必然性との対比では『絶対的必然性』とも言うのである」。

「それはどのようにして可能なのか。もちろん、その対象と関係した全ての事柄を見る以外にない。部分を見ただけでは、それの生成を妨げる他の要因を見落とす可能性があるからである。しかも、『全体を見る』と言っても、それを『静止した全体』としてではなく、『歴史的に発展する統体』として見なければならない。即ち、歴史的な見方であり、同時に一元論的な考え方である。二元論や多元論では或る事柄の生成の必然性は絶対に証明できない。従ってヘーゲルの弁証法はその本性そのものによって相対主義や多元論とは無縁である」。

以上が牧野の説明である。

2.牧野紀之の改定案への疑問と『弁証法の弁証法的理解』について

外的必然性と内的必然性の理解において、私は牧野には賛成できない。それについては後述するが、『弁証法の弁証法的理解』を読み直して、その叙述方法にも疑問を感じた。その叙述が悟性的なものではないかということだ。必然性に2種類あることを述べ、外的必然性に内的必然性を対置する。しかし本来は、外的必然性から内的必然性を必然的に導出するのが「生成の必然性」にかなった展開ではないか。4節の能力の話も、3節までの展開からの必然的な導出になっていないと思う。

それは牧野が「私の研究生活」で示した代案でも同じで、そこに発展の論理の説明がないのは不十分だと思った。それでいて、突如として「発展」という用語が出てくる。「『全体を見る』と言っても、それを『静止した全体』としてではなく、『歴史的に発展する統体』として見なければならない」。これは恣意的で偶然的な叙述であり、必然的な展開ではない。

「私の研究生活」の代案でわからなかったのは、牧野の2つの必然性の理解と、第3編「現実性」を「偶然性」と「可能性」と「必然性」に三分し、最後の「必然性」の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置くという考えの関係だ。外的必然性=相対的必然性=偶然性=可能性に、内的必然性=絶対的必然性を対置する牧野は、第3編「現実性」の「偶然性」と「可能性」をどう展開するのだろうか。その両者が外的必然性を成しているなら、内的必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置くことになろう。しかし因果性を牧野自身は外的必然性=相対的必然性としている。牧野の提言の内容がよく理解できない。

それにしても、今回『弁証法の弁証法的理解(2014年版)』を見て、「2014年版」とあるのに驚いた。
旧版の「弁証法の弁証法的理解」は、1971年に『労働と社会』に収録され、その30年後の『西洋哲学史要』(波多野精一著、牧野再話。未知谷刊、2001年)にも転載されている。30年間、その基本の考えに変化がないということだろう。それが今回改訂された。「2014年版」は「特にその第四節に満足できなく成りましたので、そこを主にして書き換え」たものだという。

何が変わったのかが気になり、旧版との違いを確認した。内容は大きくは変わっていない。2節と3節がそれぞれ外的必然性と内的必然性に対応しているのは同じだ。最後の4節に「能力としての弁証法」を詳しく書いたのが大きな変更点だ。ついで3節の内容が詳しくなっている。

私は旧版をこれまでに何度も読んできた。この約40年も前に書かれた文書の内容が、今も大きな変化なく、牧野の基本的立場の宣言書であり続けていることにまず感心する。それほどに、牧野は早いうちから完成していたのだ。それは逆に言えば、その後に大きな変化・発展がないとも言える。しかし、2014年版を出したことは、今も改訂し続ける姿勢を持っていることを示す。

なお、「私の研究生活」で、牧野はヘーゲルの「現実性」における「実体」と言う用語にも言及している。「この『現実性』には2つの『実体』が出てきます。これをどう考えるかも問題ですが、そう難しくはありません。スピノザ的実体は、『宇宙の実体は何か。物質的なものか精神的なものか』といった場合の『実体』です。これを『宇宙論的実体』と名付けましょう。もう一つの『実体』は『機能』に対立する実体です。機能や性質の担い手としての実体です。Substanzen(諸実体)という複数形が出てくるのはそのためです。これを『個物的実体』と名付けましょう」。

こう指摘されると、私にはこの区別があいまいだったことがわかる。ここからは学んだ。


3.ヘーゲルの外的必然性と内的必然性

 ヘーゲルの外的必然性と内的必然性とはどういう関係であり、内的必然性とは何のことなのか。
 外的必然性と内的必然性とは、単に横並びの対立項ではないだろう。外的必然性が発展した段階が内的必然性である。つまり、外的必然性の真理が内的必然性であり、外的必然性の中からのみ内的必然性は現れる。内的必然性とは外的必然性の中にしかない。

(1)外的必然性

A→B、AからBが出てきた(ように見える)、AがBに変化した(ように見える)時に、そうした変化を変化としてだけとらえている段階、つまりAとBがただ他者として、相互に無関係に並ぶだけの相互外在的な関係でしか考えられない段階が、ヘーゲルの存在論の段階である。この段階の変化の運動をヘーゲルは「移行」と呼ぶ。

そうした変化に対して、なぜ、どのようにその変化が起こるのか、つまり変化の根拠、その必然性を検討する段階になると、本質論の段階となる。

A→B、AからBに変化した時に、AとBはただの他者ではなく、BはAから生まれたのだから、Bの根拠がAである。この時に、AをBの原因、BをAの結果と呼ぶ。これが因果関係である。

この根拠という考えをさらに深めると、Bは初めからAに内在していたのであり、Aの中にすでに潜在的に存在していたBが外化したものであると考えられる。この立場からは、AをBの可能性とも言い、BをAという可能性の実現、現実化とも言う。

このように変化の運動を、その根拠から説明するような2項の関係でとらえる時に、ヘーゲルは「反省」「反照」の運動と呼ぶ。

この因果関係や、可能性から現実性への反照の運動を、ヘーゲルはさらに深めて相互関係の芽を見抜いていく。AがBの原因であることは、 A→B によって確認され、Bが Aの結果であることも、 A→Bによって確認される。つまり、A→Bの場合、Aの中にすでに潜在的に存在していたBが外化したのであるが、同時に、Aが自己内に反省して(内化して)Bを見出したことをも意味する。かくしてAからBへの外化は、BからAへの内化でもある。ここにAとBを契機とした全体が現れている。これが変化一般の本質的な姿なのだ。

しかし、これではどこまでいっても偶然性の関係である。なぜなら、確かにA→Bもあるのだが、B以外の場合もある。A からは、C、D、E、F…も出てくるからである。

B以外のC、D、E、F…の可能性は排除されない。Bもあるし、Cもあるし、Dもあるし、Eもあるし、Fもある、…こともある。Bでないし、Cでもないし、Dもないし、Eもないし、Fもない、…こともある。

さらに、B、C、D、E、F…は、Aからしか生まれないのではなく、A以外のP、Q、R、S、T…などからも生まれることがある。

ヘーゲルはこのAとB(B以外でも同じ)にとってのこうした状態を「自らの根拠を他者の中に持っている」として偶然性の段階とした。この段階がヘーゲルの外的必然性である。こうした場合は、A、B、C、D、E、F…は、相互に内的と外的との区別はあるものの、存在論の相互外在的なありかたに止まっているのだ。

こうした偶然性の段階にあって、より必然性を追求しようとすれば、A→BのBだけが可能で、それ以外のC、D、E、F…の出現の可能性が排除されればよい(B以外のC、D、E、F…でも同じ)。そこで、そのために必要な条件が問題になる。

そこで、A→B の条件、つまりAからBだけが生まれ、それ以外のC、D、E、F…が現れないための条件の検討が始まる(それはB以外の、C、D、E、F…についても検討できる)。それにはAの内部の条件はもちろんだが、同時にAの外部(A以外のP、Q、R、S、T…)の条件も必要になる。

ここでは、そもそも最初に置かれるAとは何か、AとA以外の区別とその関係が問われる。一方ではAとA以外の2つを「部分」(契機)とする「全体」が意識され、他方でAを全体とした時のAの部分(諸要素)の相互関係、またAも入れた全体の相互関係が問われるようになる。そしてさらにA→B の条件では、A に含まれる可能性としてのB、C、D、E、F…の相互関係、Aも入れたそれらの可能性群全体の相互関係が問われるようになる。相互関係の諸要素は全体の契機となっており、ここでは全体とその契機としてとらえられることになる。これが実体と偶有性の関係の段階である。

この時に、A→B の条件が示され、その条件が満たされていればBが現れ、 B以外のC、D、E、F…は現れない。しかし、Aから何が生まれるかは、Aの内的条件と外的条件に依存しており、そうした条件に依存しているという意味では、「自らの根拠を他者の中に持っている」ことは変わらない。したがって、その意味ではこの段階も依然として偶然性の段階であり、外的必然性の段階なのである。

(2)内的必然性

A→Bの場合、Aの中にすでに潜在的に存在していたBが外化したのであるが、同時に、Aが自己内に反省して(内化して)Bを見出したのである。AからBへの外化は、BからAへの内化でもある。

ただし、Aの中に潜在的に存在していたものはBだけではなく、B以外のC、D、E、Fもあり、だからこそ、それらも外化してくるのである。これが偶然性の段階であった。

そのAが「全体」とされ、B、C、D、E、F…がその「諸要素」として区別され、それらの相互関係が明らかになっても、それらの関係には偶然性がまだ残されている。

しかし、そうした諸要素の中に、Aにとっての中心的(本質的)なものとそうでないものとの区別が明らかになる段階が来る。そうした区別は、変化の中には中心的変化があるということがわかってくる段階に対応する。

Aの多様な変化の中に、その全体を貫く運動があることがわかり、それこそがAの本質の実現の運動であることがわかる。その時、Aの中に潜在的に存在していたB、C、D、E、F…は、Aの中心的なもの(本質)の現れであるものと、そうでないものとに明確にわかれていく。

つまり、全体を形成する諸要素には明確な本質(中心)があり、その本質の外化を中心とした運動がある。

A→BのBがAの本質(中心的なもの)であった場合は、変化一般とは全く異なる運動が現れてくる。
その運動とは、A→B→B’→B”→B”’→B””→B””’…→Aという運動である。これは、Aの中に潜在的に存在していた本質が、B からB’、B”、B”’、B””、B””’…と外化していく過程で、同時に、Aが自己内に反省して(内化して)B からB’、B”、B”’、B””、B””’…へと深まっていき、最後はAにもどることになる。このB→B’→B”→B”’→B””→B””’…→Aの全体を本質の外化、本質の全体ととらえ、その本質にとってB→B’→B”→B”’→B””→B””’…→Aはその必然的な過程であり、その契機なのである。

ヘーゲルは発展の例によく植物の成長過程を出す。植物の種(胚)から芽が出て、成長するにつれて根や茎や枝が伸び、葉が茂り、花が咲き、果実が実り、種ができる。植物の種(胚)には後に現れる根、茎、枝、葉、花、果実、種(胚)などが潜在的に、可能性として含まれており、植物の成長とはそうした可能性が外化し、実現していく過程なのだ。こうして終わりが始まりに戻ることになる。これが、ヘーゲルの発展であり、A→B→B’→B”→B”’→B””→B””’…→Aの具体例なのだ。

ヘーゲルはこの運動を「自らの根拠を自己の中に持っている」として必然性の段階とした。この段階がヘーゲルの内的必然性である。

またこの運動をヘーゲルは発展とし、「発展は本質に帰るような変化のこと」とした。これは存在論の移行(=変化、外化)の運動と、本質論の反省(=本質に帰ること、内化)の運動を統一した運動が発展であることを意味する。

しかし、これでは同一種の内部の、つまり同じレベルの繰り返しでしかない。本当の発展は、新たな種が生まれ、そのレベルが高まることでなければならないだろう。それは植物の胚を例にした発展と何が違うのだろうか。そうした発展のどこがどう深まったものなのだろうか。
それはA→BのBがAの現象的な否定ではなく、Aの本質そのものの否定である場合だ。つまりその時BはAの本質の止揚となっており、これこそヘーゲルがBはAの真理だという本当の意味なのであり、それがAの概念なのである。

(3)概念(自由)の生成

これを理解するには、「自らの根拠を自己の中に持っている」として内的必然性とされた発展の運動が、実は自己否定の運動であることを理解する必要がある。そしてヘーゲルの本当の凄味は、本質実現の発展の運動が、自己否定の運動であると看破したことにある。

ヘーゲルは発展の運動(A→B)、つまり内的必然性において、BをAの真理と呼ぶ。それは、Aの現象面が否定され、その奥にある本質が現れたものがBだという理解の上に立っているからだ。

この「否定」の運動という観点で、これまでの段階を振り返ってみるとどうなるか。

実は、一番最初の存在論の変化一般の段階にすでに「否定」の運動が含まれていた。A→Bへの変化とは、Aが否定されBが現れたことに他ならない。しかしそれはAとBがただ他者であり、無関係な横並びの存在としてとらえられているにすぎない。AとBは外的な関係であり、他者として相互に否定し合って存在しているだけだ。

本質論の外的必然性の段階では、Aは自らの内的なBによって否定され、AとBは相互関係としてとらえられている。Aは外的な他者にではなく、自らの内的なBによって否定されたのだが、他のC、D、E、F…もAの内的な存在であり、それらによっても否定される。Aは自らの内的な存在によって否定されたのだが、それは依然として他者にとどまっているのだ。

それが内的必然性では異なる。Bは Aの内的本質であり、 Aの現象面が否定され、その奥の本質である Bが現れている。Aにとってその内的本質Bとは自己そのものである。Aの現象面は、その内的本質(自己)に否定され、その内的本質は外化されていき、ついにはAはその内的本質の全体を実現する。これはAを否定する運動だが、Aの本質によるAの否定、つまり自己否定の運動なのだ。しかしただの否定ではなく、自己を否定することで自己を実現(肯定)していく運動なのだ。だからヘーゲルは、Bを Aの真理と呼ぶ。それはAの本質の実現と同じ意味である。

しかし、これでは同じレベルの繰り返しにしかならない。それは自己否定の運動なのだが、自らの本質という範囲の内部での自己否定であった。

それが自己の本質そのものの否定にまで突き進んだ時、それは本質の単なる否定ではなくその止揚であり、それは自己否定の完成であり、自己が滅ぶ時であり、自己を越えた新たな存在の誕生だったのである。それが真の発展であり、自己を超える新たな存在を生むことがAの使命(Aの概念)だったのである。「真理とは存在がその概念に一致すること」というヘーゲルの真理の実現がここにある。

こう考えるヘーゲルにとっては、Aの真の否定は Aの中からしか生まれない。ここには徹底的な一元論がある。

ヘーゲルの存在論から本質論、本質論から概念論への3段階(本質論内の外的必然性と内的必然性を入れれば4段階)を振り返って整理すれば、発展とは存在論(外化)と本質論(内化)の運動を統一的にとらえたものであり、それは存在と本質の運動の真理であるとともに、外的必然性の真理であり、それがまずは内的必然性である。

実体(本質)は最初は根拠であり、原因である。そうした外的必然性の段階が深まり、内的必然性、発展の立場にいたれば、それが実体(本質)の真理、実体の完成態であり、ヘーゲルはスピノザの実体をこの段階のものとしてとらえていた。

そして、ヘーゲルはここまでの運動の全体を「現実性」としてとらえている。これは現実性そのものが自己運動をしてこの現実世界を形成した運動なのだ。そして最後に生まれる概念が、それらすべての真理ということになる。すべての始まりにその概念があり、その展開によって今、また概念にもどったということだ。
こうした全体の運動を、ヘーゲルは真理、概念、理念の自己実現運動、それを自己否定=自己肯定の運動としてとらえ、この自己否定の運動を中心として、実体の全体が捉え直された時、それは実体の中心に自己否定する運動を認めたことになり、その運動によって生まれる自己を止揚する主体性が現れたことになる。それがヘーゲルの概念である。

これをヘーゲルは、「実体を主体として捉え直したものが概念だ」「実体の真理が概念である」と説明するのである。

ヘーゲルはさらに、必然性の真理が自由だとも言う。

ヘーゲルは外的必然性と内的必然性をあわせて必然性としてとらえ、それを「盲目」であるとする。それは結果を事前に予測することはできず、結果から必然性を判断することしかできないからだ。また個々の存在は相互に自立的に外的に存在しているからである。

しかし概念の段階になると、それはすでに「盲目」の必然性ではない。事前に結果を予測することが出来る。それが目的的な活動であり、その存在(種)の本質が現れた段階で、古い種の終わり(概念)と次の新たな種の始まり(本質)が現れてくる。

しかし、ここには、もう1つの主体が必要である。個々の相互に自立しているように見える存在の外観を壊し、それらを契機として新たに生まれる全体を目的として、それを実現する主体である。そこで地球上に人間が生まれ、目的的活動、つまり労働が始まったのである。

人間は、対象の本質から概念への必然的な運動を理解し、自らもその実現のための契機として関わっていく。それが自由であり、それを担うのが人間である。

人間は他の動物のように意識を持つだけではなく、意識の内的二分による自己意識を持った事で、過去と現在と未来を総合的にとらえる思考を獲得した。発展の論理を自覚し、必然性を理解し、概念の実現を目的とした上で労働するようになった。それは最終的には、地球から人類が生まれた意味を理解し、地球や人間の使命を理解でき、それにふさわしく自然と社会を変革していくことになる。これが「盲目」の必然性が概念的に把握される自由の実現の過程である。

究極的にはこの地球の運動で実現するものが概念であるが、それを可能にする人間そのものが概念である。人間はこの内化と外化の統一をまさに体現する。それが「自由」の実現である。それまでの外化の歴史が結果的に内化、本質の実現を意味していたのに対し、人間はそれを自覚的に行う可能性を得た。

この使命(人間の概念)の実現のために、人間は自らの認識能力を高め、自らを変革することを中心に置いた上で、社会を変革し、自然を変革していかなければならない。

(4)ヘーゲルの「現実性」を書き直す

本質論の外的必然性から内的必然性、さらに概念への発展の過程を、私は上記のように理解する。したがって、「因果関係・相互関係・実体の関係」と「外的必然性・内的必然性」との関係では、「因果関係・相互関係・実体の関係」を「外的必然性」の内部に位置づけることが正しいと考える。

 したがって、私はヘーゲルの「現実性」を次のように書き直したい。「現実性」の全体は、二部構成で良いのなら、外的必然性と内的必然性とに二分し、最初の外的必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つ(第3章の内容)を置く。また、もし三部構成にこだわるのなら、実体(本質)を冒頭に置き、外的必然性と内的必然性とで三分し、外的必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置く。
いずれにしても、牧野がヘーゲルの「現実性」の第3章を核心とし、それに偶然性と必然性(第2章)を止揚したのに対して、私は第2章こそを中核ととらえ、その第2章の外的必然性の内部に第3章の内容(実体性と因果性と相互作用)を止揚したいのだ。

牧野が第3章を重視するのは、ヘーゲルの「現実性」の目的を「因果等の必然的関係の証明」にあると考えたからだし、私は発展の論理と概念の導出が目的だと考えるから、第2章を重視する。牧野が言うように、因果性と相互作用を「1つのものの2つの部分ないし側面」と理解した時に、「必然的関係」が証明できる。「全体の契機(モメント)になっている」というありかたこそが、内的必然性の前提になるのはその通りだが、だからこそ、それは外的必然性の段階ととらえればよいのだと思う。

以上、牧野の『弁証法の弁証法的理解』にある2つの必然性という考えに私見を対置し、あわせてヘーゲルの「現実性」の改訂についても私見を述べた。


4.ヘーゲル論理学の第2書「本質論」の第3編「現実性」の役割

さて、今回牧野が、そして私が「現実性」の改訂案を出したということは、ヘーゲルの「本質論」(特に第3編「現実性」)の初版が不十分なものであると両者が考えていることを意味する。それはヘーゲルの意図や目的を十分に達成していないのではないか。

ヘーゲル論理学全体において「現実性」は核心部分であり、その理解はヘーゲル論理学全体の理解に大きく影響する。私がヘーゲルの何に不満なのか、何がわからないのか、実際のヘーゲルの論理学(初版)の展開に即して説明してみたい。

ヘーゲルの論理学は、客観的論理学(存在論、本質論)から主体的論理学(概念論)と展開されている。存在論、本質論、概念論はそれぞれ3編からなる構成になっている。「現実性」は本質論の第3編に位置している。

その位置からわかることは、「現実性」は客観的論理学(存在論、本質論)の総括をし、そこから主体的論理学(概念論)を導出する役割を持つということだ。

つまり、客観的論理学と主体的論理学は、概念の生成史と概念の展開史の関係だ。広い意味では客観的論理学(存在論、本質論)全体、狭い意味では「現実性」が、概念の生成史であり、そこで生まれた概念が自らその意味を展開するのが主体的論理学(概念論)なのである。

そしてこの生成史から展開史という順番は、ヘーゲルの発展の論理から生まれている。ヘーゲルは、存在論は「移行」(外化)の論理、本質論は「反省」(内化)の論理、概念論は「発展の論理」だと言う。それは存在論の「移行」の論理と本質論の「反省」(内化)の論理の統一が発展の論理だということだ。

概念の必然的な導出は、発展の論理の必然的な導出でもあるはずだ。つまり、「現実性」では概念の生成と同時に、発展の論理の生成が示されねばならないのだ。ではその概念とは何か。
概念とは、地球の全歴史を貫いて、そこに実現していくもののことであり、その
実現にはどうしても人間の主体的な働きかけが必要である。だからこそ地球から人間は生まれてきたのだ。その意味では人間を概念と呼んでよい。

地球の歴史と人類の歴史を世界の始源(概念)が自己実現していく「発展的」過程としてとらえ、それを認識し実現していく主体として人間(自我)を導出する。その導出が「現実性」で展開されなければならないはずだ。そして、人間が実際にその使命を実現するために概念を理解し実現する過程は概念論で展開されるはずだ。

以上の意味で、概念(人間)を導出する本質論の「現実性」こそが、ヘーゲル論理学の核心であり、概念論はある意味では、その概念の実際上の展開でしかないと言える。

だからこそ、本質論が一番難しいという言明がされ(エンゲルスは「本質論が一番難しい」と言っていた。ヘーゲル自身も『小論理学』の本質論冒頭の第114節の注釈で「論理学で最も困難なのは本質論だ」と言っている)、さらに「必然性から自由への、あるいは現実性から概念への移行が最も困難だ」と『小論理学』の第159節の注釈で述べている。

5.ヘーゲルの意図について

(1)ヘーゲルの意図

 ではそうした重要な役割を担う「現実性」をヘーゲルはどのように書いたのか。その意図は何だったか、それは十分に実現できたのか。また、ヘーゲルの意図とは離れて、そもそも、論理必然性からして、本来はどう展開すべきだったのだろうか。

ヘーゲルの大論理学の「現実性」(初版)の実際の内容は、以下のようになっている。
第1章はスピノザ哲学を紹介し、実体→属性→様態と展開される。
第2章は、可能性と現実性の関係を分析し、偶然性と必然性を論じる。
第3章は、実体性、因果関係、相互関係が展開されている。

この中で、ヘーゲル自身は第3章こそが核心で、それが概念の導出の役割をはたすと考えていたようだ。
小論理学の叙述(大論理学の第1章は省略、第2章「現実性」は序説扱い、第3章のみ本論)もそれを示すだろうし、大論理学の概念論冒頭の「概念一般」では「実体性論(第3章)が概念の生成過程」と述べ、その要約をしていることも、それを裏付けるだろう。なお「概念一般」では、その要約の直後にスピノザ哲学とカント哲学への言及がある。ヘーゲルはスピノザ哲学を概念の直前の実体の立場として評価し、一方の概念の立場(それはスピノザに欠落する個別の立場でもある)を切り開いた先駆者としてカント哲学を評価するのだ。

(2)代案の根拠

さて、ヘーゲルの意図は上記のようなのだが、それは確かなのだが、私には第3章が概念の導出となっていることが理解できない。この第2章と第3章の順番がわからないのである。第3章と第2章は入れ替えるべきではないか。
なぜなら、主体=人間=概念の導出を担っているのは、第3章ではなく第2章だと考えるからだ。
第3章の内容は、因果関係はもちろん、相互関係ですら、必然性全体の中では低いものだと私は考える。動的な歴史的な発展過程を捉えるのは第2章である。第3章は、せいぜい第2章の内容を、分析的に捉え直したものにしか見えない。

私の考えを支えると思う根拠をいくつか挙げておく。

この第2章と第3章は、それぞれ、カントの判断の4類型に対応する。関係性の判断(実体、因果、相互)が第3章、様態の判断(偶然性、可能性、現実性、必然性)が第2章である。

 このカントの判断の4類型は、ヘーゲルが自らの論理学の体系を考える際の土台としているのだが、質の判断と量の判断は、存在論の大枠をなし、関係性の判断と様態の判断を本質論の核心の「現実性」に置いたのだ。ヘーゲルにはそれはすでに決まっていたことだろう。したがって、問題はその順番にあったはずだ。
ヘーゲルの概念論の主観的概念の判断論の展開を見てみる。これはカントの4つの判断を土台に、その4つを発展的に位置づけたものになっている。それは質の判断、量の判断(反省の判断)と続くが、最後に持ってくる概念の判断はカントの様態の判断であり、その前の必然性の判断がカントの関係の判断に対応する。関係の判断では二つの項が全体の契機となり、ここに全体が類や種として示される。そして様態の判断においてその全体(概念)との一致、不一致が問われる。つまり関係の判断よりも、様態の判断の方が上であり、それを概念の判断としているのだ。

概念論の客観的概念が機械論と目的論の順番に展開されていることもそうだ。機械論は因果関係や相互関係で把握される世界、つまり外的必然性の世界だし、目的論は内的必然性とそこから生まれる概念の段階に対応するだろう。因果関係や相互関係は、ヘーゲル論理学の中では外的必然性という低い段階であり、それを止揚したのが内的必然性だという理解が正しいと思う。

ヘーゲルがこの論理学の第2書「本質論」の第3編全体のタイトルを「実体」とせず「現実性」としたことも、現実性を直接扱う第2章(タイトルも「現実性」)こそが重要であることを示しているのではないか。
また、これまでヘーゲルの本質論研究でほぼ唯一の大きな成果である許万元著『ヘーゲルの現実性と概念的把握の論理』が第2章の研究であり、第3章ではないことも考えたい。

(3)ヘーゲルの側の事情
ではなぜ、「現実性」の内部の展開が、様態から関係性へとなったのだろうか。
牧野は「ヘーゲルは因果等の必然的関係をどうしたら証明できるかと考えた」からだと説明するのだが、私は違うと思う。

以下は、推測でしかないが、ヘーゲルは自分の立場を実体の真理として示したかったのではないか。ヘーゲル哲学をスピノザ哲学の真理として示したかったのだろう。

ヘーゲルにとって、哲学史上ではアリストテレスが別格であり、近代の哲学者では直接にはカントが、ついでスピノザが先達なのだ。そこで自らがその2人の正当の継承者であることを示したかったのではないか。だからスピノザ哲学自体の展開が、自ずからヘーゲル哲学が導出される形を示したかった。つまり実体論の展開がそのまま主体の導出になるようにしたかった。

しかもカントの判断の4分類をそのままに取り込むことで、それを止揚したものとして概念の立場を導出したかった。そこでラストにカントのカテゴリーから関係性の3カテゴリーをもってきた。実体→因果関係→相互関係である。

また、第1章にスピノザ哲学を置くと決めた場合、それは実体→属性→様態と展開されるので、第1章最後に置かれた「様態」を受けてカントの「様態の判断」を2章に置き、最後に「実体」から始まるカントの関係性の判断を置いたのが初版の構成なのではないか。

 または、実体の生成史とその展開史として、第2章と第3章を置いたとも考えられる。偶然性から必然性への展開が実体(必然性)の生成史の意味を持ち、その成果である現実性=必然性=実体の展開過程をその後に置いたつもりなのだろう。第2章で必然性の発展を外的必然性(B 実在的必然性)から内的必然性(C 絶対的必然性)へと展開していたが、それを再度、実体→因果関係→相互関係で捉え直し、そうした必然性の展開の結果、すべての存在、現実が全体の契機となることを示した。必然性の運動の結果、その姿を現したその全体を概念とし、その概念の働きとして必然性を止揚した自由を出す。これがヘーゲルが実際に行なったことのようだ。

そのように考える限り、牧野のように第3編「現実性」を偶然性と可能性と必然性に三分し、最後の必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置くという考えは、ヘーゲルの真意を分かりやすく整理したものと言えるだろう。

 しかし、それがヘーゲルの意図だったとしても、それは論理的には無理筋だと思う。ヘーゲルが実際に因果関係を出すことで示したかったのは、「自己原因」(一つの全体が形成され、すべてがその全体の契機となる)という考えだったと思う。そこから概念の導出をするためだろう。

 しかし、因果関係→相互関係は、必然性の段階としては高いものではない。日常で普通に使う考えであり、それが厳密に操作されれば自然科学や社会科学の基礎をなすものにもなる。しかし、それは必然性の段階としては外的必然性であり、悟性段階のものである。確かに、それも必然性の展開に従って高まれば自己原因という段階になるが、それを一緒にくくることはできないのではないか。

 なお、私は相互関係一般を外的必然性の段階と考えるが、その重要性を否定するのではない。内的必然性はそれを止揚したものとしてしか現れないし、内的必然性の必須の契機として外的必然性は存在している。例えば概念論の客観性の核心である目的論で、人間が自然を完成させるという人間自身の使命を自覚し、その使命の実現のために、人間自身の個人的社会的な変革を引き受けるようになる論理は、作用と反作用、相互関係の論理である。労働によって自らに都合がよいように自然を変革しようとする人間は、その欲求実現のために、逆に自らの変革に取り組み、自らの能力を高め、社会を変革しなければならなくなる。その過程の中から人間の使命、つまり人間の概念が自覚されるはずだ。そこから理念が生まれるのだが、そこでの論理が相互関係であることは重要だ。しかし、それが内的必然性より上なのではなく、そうした外的必然性を止揚して内的必然性と概念が現れてくるという意味で重要なのである。
      (2016年4月1日 3・11から5年目の春)

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お知らせ、『哲学ノート』

2016年04月11日 | 読者へ

              お知らせ


 「絶版書誌抄録」の「その他」の欄にレーニンの『哲学ノート』のロシア語原典とその独訳とをアップしました。

 読者のSさんのご協力を得ました。

 これらはいまでは原書を入手、または借用するのがとても難しくなっているようです。研究者がいつでも参照出来るようにしておく必要があると判断しました。

 2016年04月11日、牧野紀之


 哲学の広場

 
 絶版書誌抄録
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modus(様態、様相)とはどいう「在り方」か

2016年04月08日 | 「関口ドイツ文法」のサポート
modus(様態、様相)とはどいう「在り方」か

 私は『関口ドイツ文法』(未知谷)の902頁に「『話法』」という訳」という題で次の文を書きました(角括弧の中は今回補充したものです)。

──「話法」という言葉はドイツ語のModal-, Modalitätの訳です。問題はこのドイツ語の意味です。これはラテン語のmodusから来ています。羅英辞典を引きますと、これはmeasure(尺度)が一番に出てきますが、こことの関係ではmanner, mode, way, methodといった意味だと思います。つまり、「在り方」「様式」ということです。従って、語自体としては「主観のあり方」という意味はないと思います。

 カントはその12個のカテゴリーの中に〔量、質、関係と並んで〕Modalität(様相)という種類を挙げ、具体的には可能性、現実性、必然性の3つを取り上げました。たしかにカントのカテゴリーは主観の形式であり、主観が現象を捉えなおす|時の枠組みですから、「主観のあり方」と称することもできますが、ドイツ文法の「話法」とは大分違うと思います。

 ここで認識論の根本を繰り返すつもりはありませんが、普通の考え方では、やはり、ドイツ文法の話法は主観のあり方ですが、可能性とか現実性とか必然性は客観のあり方になると思います(ヘーゲルの論理学: ではこれらは客観的論理学の中に入っています)。しかし、それはやはり「あり方」ではありますからmodusに由来する言葉で捉えて好いのだと思います。──

 この文は本当にお粗末でした。何が問題なのかがはっきりしていません。modusを主観のものと取るか客観のものと取るかはたしかに大切な問題ですが、私に本当に分かっていなかったのは「様相」とか「様態」と言われるもの(ないし事態)は「在り方」の1種であることは間違いないのですが、どういう「在り方」が特にmodusに由来する語で表現されるのか、ということだったのです。

 最近、少しフランス語を勉強しようと思い、フランス語版ウィキペディアで「レーニン」の項を少しずつ読んでいます。そうしたら、Lénine annonce que le nouveau régime sera fondé sur le principe de “contrôle ouvrier”: les modalités de celui-ci sont fixées par décret fin novembre(レーニンは、「新体制は”労働者による統制”という原則に基づいて作らなければならない」と告げた。そして、この「統制」の具体的な在り方は11月末の政令で定められた)という文とUn ensemble de décrets sont pris dans les mois qui suivent pour modifier la société russe(政令の全体はそれに続く数ヶ月の間に決められた。それがロシア社会の在り方を決めることになる)という文に出合いました。「そうか、彼らはmodusに由来する語をこういう風に使うのか」とひらめきました。

 「在り方」というのは何かの「在り方」ですが、その在り方と言っても根本的な在り方から末端的な在り方まであるわけです。思うに、「様態」で表現される「在り方」はそのどちらでもない「中間的な事柄の在り方」だと分かったのです。

 哲学史上で「様態」を使った人で有名なのはスピノザです。スピノザの「様態」は「無限者である神の属性〔思考と延長〕の変状」とされています。つまり「属性」レベルの事ではないのです。その次のレベルでの「在り方」なのです。

 先の文にも出ていましたカントの「様相」(Modalität)も直観や概念といった認識能力の最高位のレベルの事柄ではなく、概念(カテゴリー)を分類する観点の1つです。

 ドイツ文法の「話法の助動詞(Modalverb)」も動詞を分類する直接法や接続法や命令法といった中心的なものとは少し違った観点での「在り方」です。

 最後に、Modalverbを「話法の助動詞」と訳して好い理由を説明します。それは『関口ドイツ文法』の605頁に書きました「2度目には一般化して言う」という法則がここでも働いているからです。
たしかに一般的にmodal-と言ったのでしたら「法」(やり方)という意味でしょう。しかし、文法を論じているのですから、modal-と言えば、断るまでもなく、Sprache(言語表現)のmodal-(様相)に決まっている訳です。それが動詞論ですから「話法」となっただけの話です。

 ついでに。仏語版ウィキペディアのレーニンの項ですが、これが内容的にも革命前のロシア社会民主党内での論争などが詳しくて、びっくりしています。多分、相当の研究者が書いたのでしょう。まだ読み終わっていません。そもそも頁数が90頁あります。ドイツ語版のレーニンは60頁です。英語版のそれは30頁です。
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問題意識の重要性

2016年03月29日 | マ行

東日本大震災5周年報道の盲点

 東日本大震災5周年ということで大々的な報道がなされました。私には珍しくそれらの報道を、NHKテレビと朝日新聞だけですが、かなり丹念に見ました。それは問題意識があったからです。つまり、朝日紙やNHKは「正しい問題意識」を持って事実を整理し、復興に役立つ「本当の全体像」を与えているか、という事です。答えは残念ながら「ノー」でした。それを詳しく述べます。

 まず、復興の部門を分けてみますと、それは‖臙呂良興、町と個人住宅の復興、生活(経済生活とコミュニティ)の復興、ぁ壁興とは少し違いますが、反省すべき問題として)避難所と仮設住宅の在り方、の4つに分ける事が出来るでしょう。

 ,痢崑臙呂良興」について考えますと、こういう問題があること自体が阪神・淡路大震災の場合との大きな違いです。つまり、今回は原発事故による放射能汚染から大地を復興させなければならないというとても困難な問題があるということです。

 正直に申し上げますと、この問題の解決策は私自身、持ち合わせていません。映像を見ますと、あちこちに「汚染土を詰めた大きな袋」が山となって積まれていますが、中間貯蔵地も最終貯蔵地も決まっておらず、住民の強い反対があります。

 いま福島原発の立地している所に深い穴を掘って埋めるという案はどうでしょうか。これくらいではすべての汚染土を埋められないでしょうが。トイレの無いマンションと言われた原発を作ったこと自体の問題ですから、解決策のない事は最初から分っていたことです。

 △痢崢と個人住宅の復興」については、基本点は阪神・淡路の場合と同じでしょうが、今回は津波による住居喪失が主ですから、津波対策をどうするかという新しい問題があります。つまり、この問題は,梁臙呂良興と重なる点が大きいのです。もちろん中心問題は、どういう津波対策が取られたか、です。

 それは大きく分けて、土地の嵩上げを主とするか、宮脇昭の防潮林を主として考えるかが対立の中心だと思います。それなのに、NHKのどの特集でも朝日の記事でも後者の防潮林路線は全然取り上げられなかったのです。もし私の見落としだと言うならば、どこでどう宮脇路線が取り上げられたかを教えて下さい。後者こそ「真の復興の中心だ」と考える私の視点では、今回の復興特集は無意味だったと言わざるをえません。

 たしかに宮脇派の「いのちを守る長城プロジェクト」もそのホームページの作り方が拙劣で、行政の巨大防潮堤と宮脇派の防潮林の進展具合が一目で比較して分かるようになっていません。あれだけ優秀な人々が集まっているのに、誰一人この点に気づく人がいないのでしょうか。残念です。

 この問題意識を持つことなく、NHKの特集は青森から千葉まで800キロにわたってすべての市町村の現状を取り上げたと言っていますが、「正しい問題意識を持たない実証主義」の無力を証明しただけです。

 私の希望としては、大きな地図を描いて、その上に行政の巨大防潮堤の出来ているところと宮脇派の防潮林の出来ている所とを色分けして示し、それぞれの所をクリックすればそこの現状の写真が見られ、いつ、いくらの費用で作られたか、作られた物について近隣の住民が何と言っているか、等が分かるようにして欲しいのです。いや、そういう地図を作るべきだと思うのです。

 の「生活(経済生活とコミュニティ)の復興」でも同じ過ちが繰り返されています。

 経済生活の復興ではA「前の仕事を続けられるようになった人」とB「前の仕事を少し変えて続けている人」とC「新しい仕事で展望の開けた人」とD「展望のない人」に分けて考えられます。
Aは分かりやすいでしょうから、Bを説明します。私見ではBの典型は個人で酪農をやっていた人が、数人で酪農をやる道を取って希望がでた場合です。大地で農業をしていた人が水耕栽培で展望を切り開いたというのもこれに入るでしょう。

 一番素晴らしいのはCの「新しい仕事で展望の開けた人」の場合でしょう。これが今回は新聞でもテレビでも出てこなかった(私は知らない)のですが、ラジオか何かでかつて聞いた話では、誰かその道の人が縫製の仕事を組織して、主婦達に教え、もちろん販売ルートも確保したという例があるそうです。そこで働いている主婦達が「震災は嫌だったけれど、震災があって好かったと思う気持ちもある」と言っているのです。それはそうでしょう。これまで自分の力では収入が得られず、従って独り立ち出来ず、色々と抑圧を感じていた人が、生まれて初めて自立して胸を張って生きて行けるようになり、場合によっては自力で一家を支えて行けるようになったのです。嬉しいに決まっています。

 私の知りたい事は、こういう例がどれだけあるか、それの「すべての例」を知りたいし、そういう人が全被災者の中でどのくらいのパーセンテージを占めているかも知りたいです。これこそ「復興に役立つ情報」でしょう。

 NHKの特集では糸井重里が「ノルウエーの漁業から学べ」と言っていました。これは前から言われている事で、少しは出てきているようですが、不十分です。それはともかく、特集ではこの動きも取り上げるべきでした。
多方面の智恵を持っている人はぜひともその智恵をこういう方向で活かしてほしいです。又、行政も自分たちだけで考えないで、仕事を作り出すアイデアを教えて下さいと公募するべきです。

 コミュニティの再建でも報道は少な過ぎると思います。昨年2015年の春頃に出来たらしい復興住宅(?)の1つである下神白団地(いわき市)での今日までの住民の努力を特集した番組を見ました。まず疑問に思った事は、なぜ鉄筋の5階建てのマンション風の建物にしたのか、です。皆が、「仮設住宅の方が平屋だったので、外に出れば直ぐに誰かに会えて好かったのに」と言っていました。住まいというのは外壁の内側だけをいうのではなくして、外壁の外側も含めて考えるものなのだと思います。土地を含めた設計を専門家に頼むといいと思います。

 「専門家に頼む」と言って連想するのは、たしか陸前高田市だったと思いますが、そこで市が住民から買い取った広い土地に新しい町を作る計画です。そこでの市職員の努力を描いているNHKのドキュメンタリーを見ましたが、私が疑問に思った事は、なぜ実績のある建築家に相談しなかったのか、という事です。日本には外国の町の設計を請け負った立派な人が沢山いるはずです。こういう人には素人では想像も出来ないアイデアがあるものです。朝日テレビの ビフォア・アフター」を見ただけでも分かるでしょう。それなのに、この陸前高田市では専門家に相談しなかったらしいのです。残念です。

 更に、専門家と言って思い出すのが伊東豊雄の作った「みんなの家」です。これこそ仮設住宅群の中に作って「コミュニティ作りに役だった」ものの代表でしょう。なぜこれを特集の中で取り上げなかったのでしょうか。見識を疑います。

 更に又、専門家と言って連想するのは坂茂(ばん・しげる)の紙筒を使った仮設住宅です。行政の建てた仮設住宅ではあちこちに不出来な所があり不満が聞かれましたが、この紙筒を使った仮設住宅はとても快適だったそうで、「ずっとこれに住みたい」という意見さえあったようです。「仮設住宅」と言っても色々あるのです。これも掘り下げなければ、今後の仕事の役に立ちません。

 特に断らずに事実上い硫樟濬斬陲糧疹覆鬚靴討靴泙い泙靴拭H鯑饅蠅砲弔い討六笋脇辰飽娶はありません。

 今回の一連の報道は、こういう「哲学」、つまり「正しい問題意識」を持たないと調査も報道も大した意味を持たなくなるという事の好い(悪い?)実例となりました。昨年、文科省は「文系の学部は世の役に立つものであれ」といった趣旨の通達を出したそうです。それに対して「文系の学部の意義」を主張する人々は、「文系の知は長期的には役に立つ」と反論しているようです。私は、一般論としては後者に賛成ですが、上に分析したような現状を見ますと、一般論だけで済ます事は出来ないと思います。ご覧の通り、「文系を卒業した人々」が、「事態の核心は何か」を考えて行動しているとは到底思えないからです。

 最後に、3月8日に朝日紙に載った小熊英二のコラム「思想の地層」を取り上げます。

 これは、「津波被災地復興の惨状が、ようやく新聞・雑誌に載り始めた」という事実認識から出発しています。そしてこの事実について、「ここで問いたいのは、政策の是非ではなく、なぜ被災地のこうした事態がこれまで十分に報道されなかったのかである」としています。そして、この自問を更に具体化して、「私の印象では、現地の記者たちは12年から13年には事態を知っていたし、被災者は早くから復興政策に疑問を呈していた。それなのに、なぜ報道が十分でなかったのか」としています。


 この問題に対して小熊は、「報道関係者も支援者も研究者も(がんばってくれたことは認めるが)、智恵と勇気に欠けていたからだ」と答えています。「智恵とは、耳目に入る個々の事象を超えた、総合的な全体像を理解する能力、勇気とは、短期的には不都合であっても真実を語り、長期的な視点から社会に貢献する気概である」としています。

 立派な言説だと思います。小熊は更に、「これは被災地復興に限った事ではない」と言って、「現在の日本の抱えるほとんどすべての問題について同じ事が言える」、としています。

 そして最後を、「あれから5年。変化は少しずつ起きているし、起こすしかない。なぜなら私たちは、この国の明日を探る責任があるのだから」と結んでいます。

 こういうありきたりの結論にがっかりしました。小熊の限界なのでしょうか。現在の日本の代表的論客がこれでは情けないです。私の対案は上に詳しく展開した通りです。それは小熊の言う「総合的な全体像」を作る為の指針を「具体的に」提示したものです。私案に反対の人は対案を出して下さい。(2016年03月28日)
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お知らせ、評注・許萬元「概念的把握」

2016年03月20日 | カ行
お断り

「小論理学」(未知谷版)への「付録」の準備として、許萬元の作品を読み返しています。いくつかのものには「評注」を書いています。この「準備」は続けるのですが、「付録」には入れないこととしました。
 いずれ何らかの形で発表したいと思っていますが、どうするかは未定です。しかし、許萬元が十分に検討されていない現状を鑑みると、未定稿とはいえ、早めにブログに発表しておくことには意味があると判断しました。
 皆さんの意見を伺って、私自身も又、考えを深めたいと思います。
2016年03月20日、牧野紀之

 ブログ「教育の広場」(第2マキペディア)に掲載してあります。
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浜松市立中学生の「イジメ自殺問題」の和解について

2016年03月17日 | ア行

 1、静岡新聞の速報、2016年1月25日

2012年6月に浜松市内の中学2年の男子生徒=当時(13)=が自宅マンションから転落死したのはいじめを受けたことが原因だったとして、両親が浜松市と同級生ら11人に約6400万円の損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が25日午前、静岡地裁浜松支部(古谷健二郎裁判長)で開かれた。同支部が示した和解案を原告、被告双方が受け入れ、和解が成立した。

  原告側代理人が記者会見し、同級生や市の担当者が同日、和解に際して同支部内で両親に謝罪し、男子生徒の死に遺憾の意を示したことを明らかにした。和解内容には、市側がいじめ防止や再発対策を約束することや、市や同級生が解決金計495万円を支払うことも盛り込まれた。

 原告側代理人は「こちらの要求とはほど遠い内容だったが、司法の場での判断を尊重したい」と話した。男子生徒の父親は「法としてのけじめはついたが、加害者には一生をかけて、人として今後何をしていくか考えてほしい」と語った。

和解成立を受け、花井和徳市教育長は「あらためて心より哀悼の意を表す。このような痛ましいことが二度と起きないよう、最善を尽くす」とのコメントを発表した。

 訴状によると、男子生徒は12年2月ごろからクラスや部活動、塾などで同級生から悪口を言われたり、殴られたりするなどのいじめを受け、自殺に追い込まれたとされる。

 男子生徒の転落死について、市教委の第三者調査委員会は12年12月、男子生徒の死を自殺と判断し、背景にいじめがあったとする報告書をまとめた。浜松中央署は14年1月、男子生徒に暴行したなどとして暴力行為法違反の疑いで同級生の少年1人を静岡地検浜松支部に書類送致し、一緒に暴行したものの、当時、刑事罰の対象にならない14歳未満だったほかの男子生徒8人を児童相談所に送致。少年はその後、静岡家庭裁判所が不処分とした。

2、朝日新聞、静岡版。2016年1月26日。

見出し──「いじめ側、哀悼の意を」、地裁浜松支部中2自殺和解で


 浜松市立中学2年生だった片岡完太君(当時13)の自殺をめぐる民事訴訟の和解が1月25日、静岡地裁浜松支部(古谷健二郎裁判長)で成立した。この日、完太君のいじめに加わった被告の少年らが謝罪し、いじめや自殺を防げなかった浜松市も遺憾の意を表明。原告である完太君の両親は亡き息子に「ありのままを報告したい」と語った。

市に防止策求める

 完太君は2012年、自宅マンションから飛び降りて自殺。自殺はいじめで追い詰められたことによるとして、両親が2013年6月、いじめたとされる当時中学2年生だった11人と市を相手取り、計約6400万円の損害賠償を求めて訴えた。地裁支部が昨年3月、和解を提案していた。

 地裁支部は和解の前文で11人だけでなく、完太君へのいじめ行為をしたとされる複数の生徒も含めて反省と謝罪を求めた上で、「完太君の死について哀悼の意を持ち続けることが強く期待される」とした。また市には「二度とこのような不幸な事件が発生しないように最大限の対策を模索すべきであろう」と求めた。

 また、いじめや、いじめによる自殺が繰り返される現状について、生徒や学校関係者らが「外形的なささいな行為でも、いじめにつながる行為は絶対許されないと深く心に刻み、いじめ防止の行動を実践していくことが必須だ」と指摘した。

 原告と被告はこの日、地裁支部で非公開の和解協議に臨んだ。原告側弁護団によると、和解条項に従い、被告の一部少年らと保護者らの計18人に加え、浜松市教育長、当時の中学校長、学級担任の3人が完太君と両親に対して頭を下げた。

 片岡完太君の両親は和解成立後、浜松市内で記者会見を開いた。父親の道雄さん(51)は「法として一つのけじめかと思うが、(被告の少年らが)今後どのように自分たちのしたことを背負っていくかが大事だ」と述べた。

 和解成立に「どんな結論が出ても、すっきりするわけがない。法律の限界がある」と思いを語ったが、地裁支部が和解の前文で被告の少年らが哀悼の意を持ち続けることを期待するという文言を入れたことで、「納得できた」と言う。

 被告の少年らのうち8人の代理人である弁護士は25日、「今後も、片岡完太君のことを忘れることなく、さらには、人の気持ちを理解し、命の大切さを理解する人として生きていきたいと考えます」などとする8人のコメントを発表。一方、コメントでは市教育委員会が設置した第三者調査委員会について「『いじめありき』『(被告らの)責任ありき』の姿勢で調査が行われた」として「残念に思うとともに怒りも覚えている」として、市に調査を検証するよう求めた。

 浜松市の花井和徳教育長も和解成立後に記者会見し、完太君や遺族に哀悼の意を示した上で、スクールカウンセラーの増員も含め「対策を継続・充実させたい」と語った。

3、牧野の感想(その1)

 この報道に接した私の最初の感想は「やはり、はめられたな」というものでした。まず、大津市のいじめ自殺問題での和解がどうであったか、次のブログ記事を読んで見て下さい。


4、大津市のいじめ自殺問題での和解(本ブログ2015年03月24日の再掲)


5、牧野の感想(その2)

 2つの和解を比較すれば、あまりに違う事に気づくでしょう。はっきりしているのは和解金の額ですが、全体として、大津市の和解には行政側の誠意が感じられますが、浜松市の和解ではそれが感じられません。大津市では市長が前面に出て「本当の解決」を眼â真下が、浜松市では市長は教育委員会に丸投げしています。

 浜松市の場合も原告の両親は相当強硬だったようですが、最後でうまくごまかされました。行政とはいかにずるいものかと、ほぞをかんでいることでしょう。推定ですが、昨年末の和解交渉で、裁判所が「余り長引かせるのも適当ではないので、次回、裁判所の方で和解案を具体的に出すので、不満はあるでしょうが、この辺で和解したらどうでしょうか」と誘ったのだろうと思います。それに対して、両者がOKを出したので、1月の口頭弁論で、特に原告には不満があったでしょうが、一応、OKを出したのだからと、受け入れたのでしょう。

 その後もいじめ自殺は次々と出ています。とても悲しいです。大津市の和解条件もその後のイジメ自殺解消に役だっていないようです。



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琴奨菊と体幹トレーニング

2016年02月18日 | タ行

 大関・琴奨菊が初優勝しました。日本人力士の優勝は10年ぶりだとか。来場所も良い成績で優勝すれば、日本人の横綱が久々に誕生するわけです。期待したいです。

 大関陥落の危機を何度も経験してきた琴奨菊がなぜ急に強くなったのか、その原因なり背景なりを読んでいますと、昨年結婚した連れ合いの「内助の功」も相当あるらしいですが、それ以上か、それと並んでかは知りませんが、昨年8月から付けている「専属トレーナー」の指導も相当大きいようです。端的な話、そのトレーナーの指導で行っている「体幹トレーニング」が効果を発揮しているようです。この間の場所で負けた日馬富士関も「当たった時の感じが以前と全然違った」という感想を漏らしていたとか。

 サッカーの長友選手も体幹トレーニングの本を出しているくらいですから、それの実践者として有名です。そんなこんなで、「体幹トレーニング」という言葉を好く聞くようになりました。

ところで、私はそれを聞くと自然に歌手などの受けているといわれる「ヴォイストレーニング」を連想します。体幹トレーニングとヴォイストレーニングとにはどういう共通点があるのでしょうか。思うに、正規の伝統的な練習や稽古と違って、身体の一部ではあるが、自分の仕事にとってとても重要な部分を専門のトレーナーの指導を受けて行う、という点だと思います。もちろん「他者の指導」は必ずしも必要ではなく、「自分でやれるならば、やってもいい」のだと思います。

 直ちに連想することは「哲学者にとっての体幹トレーニング」は何か、ということです。私は前々から「形式を読む」とか「文脈の本流と傍流」とか「立体的箇条書き」とか「段落に小見出しを付ける」とか、いろいろな方法を開発してきましたが、それはほとんど「文脈の読み方」の工夫でした。

思うに、これは職人が自分専用の道具を拵えるのに似ていると思います。テレビなどで職人の仕事の遣り方を見ていますと、職人はほとんど皆、自分専用の道具を作って仕事をしています。作っていない職人の方が稀ではないでしょうか。当然だと思います。売っている道具は一般性のあるものだからです。ですから、「こういう所で役立つ道具がほしいな」と思ったら、自分で作るしかない訳です。

 哲学する者にとっては「文脈を読む」ことは非常に大切な事ですから、そのための方法に工夫するのは当然です。それなのに、そのための工夫については余り聞きません。せいぜい「メモノートを作る」位でしょう。そして、そのメモノートを多数の仲間で共有するための工夫から生まれたのが「京大型メモ用紙」というのでしょうか、B6版の少し堅めの用紙です。しかし、これは「文脈を読むための道具」ではありません。

 実際、文脈の読めていないことから来る間違いや誤解を発見することが多いです。もちろん私にも幾つかあるでしょう。しかし、平均よりは少ないと思っています。これは意識的に文脈を読む方法を開発しているからだと思っています。

 皆さんは文脈を読む方法としてどういう努力をしていますか。独自の方法がありましたら教えて下さい。そういうものを発表しあいたいものです。

 もう1つ、哲学する者に取って大切な「体幹トレーニング」があると思います。それはドイツ語の読み方です。そのための方法としてはやはり関口文法以上のものはないと思います。それなのに、どうも「この人は関口文法と格闘したな」と思える人に出会ったことがありません。直弟子の中にもそういう人に会った記憶がありません。そして、関口文法を勉強していたら避けられた間違いを発見することがかなりあります。

私には語学の才能がありませんが、関口文法という体幹トレーニングを、ほんの少しですが、したために何とか強い身体になったようです。今後も続けるつもりです。
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うなぎいも

2016年02月06日 | ア行

浜松産のサツマイモ「うなぎいも」が出世街道を快走中だ。もとは造園会社の農業参入で生まれた地域ブランド。外観の不ぞろいさから菓子材料などに使われてきたが、ファンの声を背に、野菜としての出荷も増え始めた。ブランド誕生から5年目を迎えて生産量は7倍弱に拡大。人気は海を越えるまで成長している。

 「土にうなぎの栄養分を加えて育てたサツマイモ」「ねっとり濃厚な昧は一度食べたら忘れられない」

 JR浜松駅から車で5分ほどの浜松市南区卸本町。雑貨や服飾の店が並ぶ一角にあるアンテナショップ「うなぎいも王国」入り口には、丸々太った自慢のサツマイモが、説明文を添えて山盛りに置かれていた。

 「知名度が上がり、『イモのままでほしい』という消費者の声が増えてきた。期待に応えられるよう、出荷を増やしています」。

 生産者でつくる組合で理事長を務める伊藤拓馬さん(37)は、菓子用の加工向け出荷から始まったうなぎいもの歴史を説明する。

 イモそのものはサツマイモの一品種「べにはるか」。人気の秘密は浜松らしさにこだわったブランド戦略で、捨てられるはずだったウナギの頭や骨を肥料にして栽培するのが特徴だ。

 誕生のきっかけは、伊藤さんが取締役を務める造園会社「コスモグリーン庭好」(浜松市南区安松町)が農業参入で得た苦い経験だった。刈った枝を肥料にする技術を生かして、2009年に南区の耕作放棄地で野菜栽培を始めた。ところが、病気になったり、虫がわいたり、結果はさんざん。トラクターや資材を買うために1千万円以上を投じており、形が不ぞろいでも、唯一、インターネット通販で売れたサツマイモにかけることを決めた。

 「ただのイモならばプロの農家と勝負にならない」と、ペースト状にしたイモでつくるプリンなど加工品に力を入れた。ウナギの頭や骨を肥料に使い始めたのも、消費者に選ばれるための工夫だ。2011年にキャラクターをつくって「うなぎいも」の名前で売り出した。生産者による加工販売を後押しする県の応援で商談会に出すと、菓子材料としての人気が急速に広がった。

 今では約20社が30種以上の「うなぎいも」認定商品をつくる。県西部農林事務所の山崎明さんは「独自のストーリーやキャラなど、売るためのこだわりが成功につながった。全国でも参考になる事例だ」という。

 組合は生産量を増やそうと2013年にできた。建設会社などの「異業種参入組」にも育てやすいようマニュアルを整え、収穫したイモは組合が買い取る。2015年には栽培面積が17haまで拡大。生産量は300トンほどになり、ブランドができた2011年と比べ、面積は6倍弱、生産量は7倍弱まで増えた。

 野菜で出荷した方がもうけは多いため、大きさや形といった基準を満たしたイモは買い取り価格を2倍にする。今では生産の4割弱が野菜として出荷される。

 昨秋からは県の勧めで台湾への輸出も始めた。現地の百貨店で売り出すと、新たなチャンスが見つかった。「もっと小さいものが欲しい」との反応だ。

 これまで100g未満は「商品にならない」と畑に捨てていたが、台湾では50g以上なら売れるとわかった。来季は初年度のl・6倍の10トンを輸出する計画だ。

 地域の子ども向けのイモ堀り体験など、ブランドづくりのあの手この事は、まだまだ続く。「観光や教育ともつながりを持ち、本物のウナギと並ぶ浜松の名物に育てたい」と伊藤さんは夢を膨らませている。
(朝日、2016年02月03日。山本友弘)

感想

 トピア浜松農協は農協に口座を持っている人の誕生日に菓子折をプレゼントしています。先日受け取ったものは「愛知県豊田市」の会社の小倉ようかんでした。私は、「なぜうなぎいもを使ったお菓子にしないのか」と抗議しておきました。
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