マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

関係性

2014年08月01日 | カ行
問題意識・佐々木健一著『辞書になった男』(文芸春秋)の44頁に「ケンボー先生と山田先生の関係性について言及するかしないかという以前に〜」という文がありました。この「関係性」は明鏡にも新明解にも載っていません。

感想・「関係」で十分でしょう。それなのに、このように「関係性」という人が多くなっています。同じような「おかしな言い換え」には「方向」を「方向性」というのがあります。 2014年07月17日の記者会見で菅(すが)内閣官房長官が「方向性」という言葉を使っていました。

こういう風にわざわざ曖昧な語句を使う風潮はどこから来るのでしょうか。日本人の一般的特徴かもしれません。実例を注意深く集めて行きましょう。

 但し、武谷三男が「技術とは人間実践(生産的実践)における客観的法則性の意識的適用である」(『弁証法の諸問題』理論社190頁)という場合の法則性の「性」はこれと同じではない。武谷は「ここに客観的法則性というのは、ただ法則だけをいうのではない、本質的な法則が現象する全構造をさしていうのである。また必ずしも法則を認識してそれを適用することをいうのではない。とにかく何らかの客観的法則性があり、これが目的を媒介しうることを認めさえすればよいのである。すなわち認識という科学よりも先に技術が存在していたことを意味するのである。しかし近代技術と科学の関係を無視する規定は誤りである。また、これによって誤れる技術や偽れる技術として、魔術、占星術、錬金術を扱うことができる」(同書189頁)と言っています。

     関連項目

方向性


コメント (0) | 

痛み(身体の痛み)

2014年07月31日 | ア行
腰痛」で辞書を引くと「腰の痛み」という「語釈」があります。こんな事をわざわざ書く必要がどこにあるのかと思います。

 では「膝(ひざ)の痛み」は何と言うのだろうと、「しっつう」で引いてみますと、載っていません。パソコンで「しっつう」と入れて検索してみましたら、「膝痛」と出てきました。

腹痛と胃痛は誰でも知っています。「腸の痛み」は普通は腹痛と感じられるので、「腸痛」はないのでしょう。

 首の痛みは「しゅつう」と言うのでしょうか。肩の痛みは「けんつう」でしょうか。この二つはパソコンでも出てきませんでした。頭痛はもちろんありますが、頭の部位については歯痛は有名ですが、眼痛(がんつう)などという言葉はあるのでしょうか。

「耳が痛い」は「身体的な痛み」ではないと思います。「心痛」も「心臓の痛み」ではないでしょう。

 筋肉痛はあります。しかし、足ないし脚の部位については「膝痛」を除くと、「かかとが痛い」とか「太ももの裏が痛い」といったように言わなければならないようです。

 こう考えてみますと、身体の部位の痛みには、きちんとした名前のあるものと、「どこそこの痛み」と言わなければならないものとの二種のあることが分かります。

 辞書にはこういう事も書くべきではないでしょうか。
コメント (0) | 

2014年07月30日 | ハ行
問題意識・(2014年)7月13日の朝日新聞の朝刊の小説「マイストーリー」(林真理子作)を読んでいたら、「その編集者の持っているものの大きさは、若い早稲田の学生の比ではなかった」という文がありました。

 明鏡で「比」を引きますと、「くらべてみて同等・同類であること」とあり、用例としては「今日の寒さは昨日の比ではない」が載っています。新明解を引きますと、「(比べられるほどの)同類のもの」とあり、使い方としては「〜の比ではない」「比類」「無比」とあります。

 第1の感想・「〜の比ではない」と否定的に使われるだけで、肯定的な使い方はないのでしょうか。もし「ない」とするならば、肯定的な場合はどのように言うのでしょうか。「AはBと肩を並べうる」「比肩できる」などでしょうか。

 用例01、ことし没後百年を迎えたリヒャルト・ワーグナーは、〜バッハ、ベートーベンに比肩するようなダム的存在である。(読売新聞、1958,02,09)(学研の国語大辞典から孫引き)

 02、一々新機軸を打ち出して居るところは殆ど比肩すべき人を見出せない。(正岡子規「病床六尺」)(学研の国語大辞典から孫引き)

 第2の感想・「AはBの比ではなかった」と言うのは、Aの方が上の場合だけで、劣る場合には使わないのでしょうか。劣る場合にはどういう言い方があるのでしょうか。Aの方が下の場合の表現としては、「AではBとは比べ物にならない」とか、「AはBの足元にも及ばない」などでしょうか。

 用例02、その哀れな点では曾てのあの莟(つぼみ)の比ではない。(佐藤春夫「田園の憂鬱」)(学研の国語大辞典から孫引き)

 感想・これは「哀れさで〜より凄い」と言っているわけですから、意味内容からみると「劣っている程度が大きい」となりますが、「哀れさ」自体としてはその程度が「上だ」と言っているわけで、やはり「Aの方が上の場合」と考えるべきでしょう。

 用例03、現役の編纂者(へんさんしゃ)として、間違いなくトップクラスの用例採集家と言っていい飯間さんが、自分など〔ケンボー先生の〕足元にも及ばないと言っていた。(佐々木健一著『辞書になった男』文芸春秋、139頁)



コメント (0) | 

一層

2014年07月28日 | ア行
 用例01、それには、先に三省堂から発行されていた「金田一京助(きんだいち・きょうすけ)編」の中学・高校の国語教科書によって一層高められていた「金田一京助ブランド」の知名度・信用度も貢献していた。(佐々木健一著『辞書になった男』文芸春秋、104頁)

 感想・「一層」の語釈として、明鏡は「それより以上に程度が高まるさま」とし、新明解は「それまでにもある段階に達していたところに、その条件が加わることでより程度の進んだ状態になる様子」としています。

私なら次のように書きます。

「層」は建物の一つの「階」のことでしょうから、「一段と」という意味の副詞が元の意味ないし用法でしたが、欧米語の比較級に接して、比較級という観念が無く、比較級を原級で表現していた日本語に、それに対応する言葉が必要だと思った人々が多用するようになった。

ここも、本来なら、「中学・高校の国語教科書で高められていた金田一ブランドの知名度」で十分だったでしょう。

用例としては、明鏡は「台風の接近で風雨が一層激しくなった」を挙げています。新明解は、「末っ子だから一層可愛い」等を挙げています。前者は「一層」が無くても同じですが、後者では「一層」が必要でしょう。ネイティヴによる英訳で比較級が使われるか否かを見てみるのも、考えるヒントを与えてくれるでしょう。誰か、適当な用例(和文とその英訳)を教えてください。

 用例02-1、長期の療養生活を経て気力と体力を取り戻したケンボー先生は、その後、辞書作りという仕事により一層、情熱を傾けていく。(『辞書になった男』文芸春秋、102―3頁)

 用例02-2、山田〔忠雄〕の語釈は、版を重ねるごとにより先鋭化し、過激になっていった。(佐々木健一著『辞書になった男』文藝春秋、243頁)

 用例02-3、野田氏は長男の誕生がきっかけになり、障害児の問題により力を入れて取り組んでいる。(朝日、2014年07月26日、秋山訓子)

 感想・今では当たり前のように使われる「より一層」ですが、本来は重言でしょう。用例01の感想の中で引きました明鏡の語釈の中にも「より以上に」などという表現が見られます。

 一般的に言って、日本人による外国語文献の翻訳は直訳にすぎる傾向があります。英語の普及で比較級を訳出する必要に迫られた日本人が「より」を考え出したのでしょう。我々はガキの頃、「よりベター」などと言ってふざけたものです。

 02-1は「ますます情熱を傾けていく」で十分でしょう。02-2も02-3も、「より」は、本来は、要らなかったものでしょう。そう言うと、02-3などは、「より」がないと「以前にも増して」ということがはっきりとは分からなくなる」と反論する人もいるでしょう。しかし、日本語はそういうものだったのではないでしょうか。「より」が無くても「大体」分かるじゃないですか。

 皆さんも意見を出してください。

コメント (0) | 

お知らせ・「牧野日本語辞典」の目次の開始

2014年07月27日 | 読者へ
   お知らせ・「牧野日本語辞典」の目次の開始

 私がいわゆる「国語辞典」の現状について根本的な不満を持っていることは何度も表明してきました。不満や批判を言うだけで終わらないのが牧野流ですから、自分で「本当の日本語辞典はこういう事も載せるべきではないか」という具体的提案をすることにしました。「右」をどう説明するかとか、「恋愛」はどうか、などということはやりたい人に任せておきましょう。日本語生活(日本語を母語とする人の日本語生活と母語としない人の日本語生活)に実際に出てきている問題を指摘し、それを考えるのに役立つ辞書を作りたいと思います。

 いや、「マキペディア」は当初からこういう辞書を身をもって示すこと「も」目的の1つでした。しかし、記事の総数が2000をはるかに超えた今、振り返ってみますと、「本当の日本語辞書」的要素は主たる内容になっていないと思います。

 新たにそういう目的のブログを作るのも難しいと判断し、今後はその種の記事を多くするように努めると共に、「日本語辞書」の内容となるような記事の「目次」(「索引」を兼ねる)を作ることで、その目的を達成しようと考えました。

 既に独和辞典では「目次」を作るだけで「関口独和辞典抄」を作っていますから、それを「日本語辞典」にも適用すれば好いわけです。

 読者の皆さんにお願いしたいことは、間違いなどを指摘してほしい事と、用例を提供してほしいということです。よろしくお願いします。

2014年7月27日、牧野紀之
コメント (0) | 

存在感

2014年07月26日 | サ行
 用例01-1、この二冊の姉妹辞書がどちらも売れ続け、辞書界で存在感を放ち続けたことが、後に思わぬ展開を見せていく。(佐々木健一著『辞書になった男』文芸春秋、122頁)

 用例01-2、その空間の中で、明らかに一人だけ異質な存在感を放っていた。(同書164頁)

感想・存在感は「放つ」ものなのでしょうか。明鏡には「存在感のある名脇役」が載っていますように、普通は「存在感」は「あったり、なかったり」するものではないでしょうか。「放つ」を生かすならば「輝きを放つ」か「異彩を放つ」ではないでしょうか。

 この用例の場合について言いますと、「「続ける」につなげたいなら、「存在感を持ち続けた」でどうでしょうか。

用例 02、一方、同じ敗戦国ドイツは、一目置かれる存在である。アジアで存在感を失いつつある日本と違って、EU(欧州連合)内で存在感を示す政治大国だ。(川口マーン恵美著『住んでみたドイツ、8勝2敗で日本の勝ち』講談社34〜5頁)

用例03、第一人者の力と存在感が一層輝いた一番だった。(朝日、2014年07月21日朝刊。波戸健一)

 ★ 皆さんも用例を集めて教えてください。

PS(2014年7月30日に加筆)

 用例04、商業施設やオフィスが入るこのビル〔渋谷ヒカリエ〕で、ひときわ存在感を放つのが1〜16階部分を貫く国内最大級のミュージカル専用劇場「東急シアターオーブ」だ。(朝日、2014年7月28日夕刊。宮嶋加菜子)

 感想・私の経験則では、正しいか否かはともかく、「新しい用語法は別々の二人以上の人に使われていることが確認されるならば、既にかなり一般化されていると判断してよい」ようです。


コメント (0) | 

終身雇用

2014年07月25日 | サ行
 語源

1958年(昭和33年)、米国人のフォード財団研究員ジェームズ・アベグレンが「日本の経営」(原題は「The Japanese Factory」)を出版。その中で「会社は従業員を定年まで解雇せず、従業員は転職しない」雇用慣行を「permanent employment system」と表現、当時、神戸大学助教授だった占部都美(うらべ・くによし)が「終身雇用」と訳した。

 同書は終身雇用、年功序列、企業内組合を欧米にない日本独自の経営方式と指摘、ベストセラーになった。(朝日新聞、2014年07月12日夕刊)
コメント (0) | 

弁証法の弁証法的理解(2014年版)

2014年07月02日 | ハ行
 お断り・かつて『労働と社会』(1971年)に発表し、その後『西洋哲学史要』(波多野精一著、牧野再話。未知谷刊、2001年)に転載しました拙稿「弁証法の弁証法的理解」は、特にその第四節に満足できなく成りましたので、そこを主にして書き換えました。他の箇所にもほんの少し手を加えました。
 これまでのものを「弁証法の弁証法的理解」(1971年版)とし、今回のをその「2014年版」とします。        

 一 ヘーゲルの問題意識

 弁証法を説く本は多い。曰く『弁証法はどういう科学か』、曰く『弁証法とはどういうものか』、曰く『弁証法十講』、などなど。私も弁証法という言葉に魅惑的な響きを感じ、関心を持った時、まず読んだのはこの種の本であった。タブラ・ラーサ(白紙)であった心は素直に読んだ。面白いと思った所もある。下らないと軽蔑した所もある。やがてそのような解説書を読まなくなった。書いてある事がどれも大同小異で、つまらなくなったからである。おかしい、と思うまでに時間は掛からなかった。どこがおかしいのか、直ぐ分かった。弁証法を説く本が弁証法的に書かれていないのである。言行の一致はここにも要求されてよい。弁証法を人に説き、大衆を啓蒙しようとするなら、その本を弁証法的に書くくらいまで弁証法をマスターしていなければならないではないか。考えてみれば当たり前の事である。しかし、この当たり前の事が実行されていない。ということは、説かれている内容そのものもどこか間違っているにちがいない。私はそう考えた。

 ヘーゲルの『小論理学』を通読した時のことは今でも忘れない。注釈や付録に出てくる分かりやすい実例以外はほとんど分からなかったが、一つだけ強く伝わってきたものがあった。必然性の追求、これである。ヘーゲルにとって一番大切だったことは対象の必然性を示すことだったのだな、と心で感じた。或る事柄をただ断定的に述べるのではなく、どうしてもそうならざるを得ない理由を展開すること、これこそ彼の追求していたものだったのだな、と肌で感じた。これと弁証法とどう結びつくのだろうか。

 私は考えた。ヘーゲルだって生まれつき弁証法家だったわけではない。その生涯の一時期に弁証法と言われる論理、そういう考え方を自分のものにしたに違いない。だとすると、彼をしてそこへと到達させた運動があったはずである。その運動とは、彼が自分の問題意識を執拗に追求した過程にほかならない。そして、その問題意識こそまさに必然性を示せということだったのではないか。これを追求した結果が、結果として、正・反・合とか、否定の否定とか、量質転化というような形を採ったのではないのか。正・反・合が先にあったのではない。だから、この結果から弁証法を理解しようとしても理解できるはずはなかったのである。長い間掛かって、自分で立てた問題にそう答えた。

 私の感じた事は、その後の研究の中で確かめられ具体化されていった。ヘーゲルは言っている。「私が自分の哲学上の努力の中でこれまで目指してきたもの、そして今なお目指しているものは、真理の科学的認識である」(1) 。ここで力点のあるのは「科学的認識」である。なぜなら、真理を捉えるその他の方法としてヘーゲルは宗教と芸術を挙げているからである。ヘーゲルにとって問題だったのは真理を捉えるか否かではない。キリスト者であったヘーゲルには、それはキリスト教と聖書の中に「宗教的な形で」既に捉えられている事であった。彼は、それを科学的に認識すること、思考によって、概念を使って捉えようと考えたのである。彼が自分の哲学を初めて積極的な形で述べた『精神現象学』は、個人の感性的な意識が哲学的な知にまで高まっていく道筋を展開したものである。その序言は「科学的認識について」という題の付いた論文になっている。そして、大著『大論理学』では「思弁的な知の本性を詳細に展開した」(2) のである。実際にヘーゲルのした仕事自身も彼の言葉を裏書きしている。
 (1) 『哲学の百科辞典』の第二版への序文。
 (2) 『法の哲学』への序文

 それではヘーゲルの言う「科学的」とはどういう意味なのだろうか。それは通常、我々が「科学的」と言う時の用法とどう関係しているのだろうか。

 二、有限な認識能力

 ヘーゲルは「或る事を知っているだけでは、それを認識していることにはならない」(1) という有名な言葉を述べている。これをまた別の言葉で、「博識はまだ学問ではない」(2) とも表現している。
 (1) 『精神現象学』への序言
 (2) 『哲学の百科辞典』の第三版への序文

 知るとはどういうことか。ヘーゲルは答える。「知るということは、或る事柄を自分の意識の前に対象として持つことであり、それを意識しているということである。そして、信じるということも全く同じである」(1) 。即ち、単に客観的だった或る事実を意識の中へと取り込んだということである。太陽が東から昇るように「見える」というのは事実である。この事実を意識した人は、この事実を「知っている」のである。しかし、だからといって、この事実を「認識している」ことにはならない。ヘーゲルの先の言葉はそういう意味である。
 (1) 『歴史における理性』の「哲学的世界史の一般的概念」

 それでは認識するとはどういうことか。ヘーゲルは答える。「認識するということは、知ることとは違って、直接的なものにすぎない教会の権威とか感情の命令とかを度外視して、知った事や信仰の内容の根拠と必然性を見抜くことである。更にまた、その内容を一層詳しい規定の中で展開することである」(1) 。即ち、或る事実を知った時、そこに留まらないでその事実の根拠と必然性を追求し始める時、なぜそうなのかと問い始める時、そこに認識が始まり、科学が始まるということである。しかし、これはまだ始まりにすぎない。科学はその始まりから更にどう進んでいくのだろうか。実にヘーゲルの真の発見は、この追求されている必然性には二種類あることに気づき、それを外的必然性と内的必然性、あるいは相対的必然性と絶対的必然性とした上で、それぞれの意義と両者の関係を明らかにした所にあるのである。
 (1) 『歴史における理性』の「哲学的世界史の一般的概念」

 外的必然性とは何か。ヘーゲルは言う。「偶然性とは外的必然性と同じである。それはそれ自身も単に外面的な事情にすぎない諸原因に帰着するような必然性のことである」(1) 。つまり、外的必然性とは偶然性のことである。世の中に原因なくして起きる事柄はない。その限りで「すべて生起したものは必然性を含んでいる」と言ってよい。しかし、外的必然性と呼ばれているものの場合には、その原因はその事柄を取り巻いている色々な事情の一つまたは幾つかである。その原因がその事柄自身の内なる本性の中にあるのではない。従ってその原因の発生する必然性はないし、従ってその結果の出てくる必然性もない。その意味でこのような必然性は原因・結果だけの必然性である。「AがあればBが起きる」という因果関係である。しかし、このレベルの必然性には、同時に「CがあればBは起きない」という別の因果律もある。従って、Aがあったとしても同時にCがあればBは起きない。つまり、Aがあるだけでは必ずしもBが起きるとは限らない。それ故、このような事柄が起きた時、それは偶然的だったとも言われるのである。即ち、外的必然性と偶然性とは同じ事なのである。
 (1) 『歴史における理性』の「哲学的世界史の一般的概念」

 この事態が起きる前にこれ(未来)を予測する時、それは可能性と呼ばれる。原因・結果関係があり、その原因がある以上、その結果の起きる可能性はある。しかし、現実はいろいろな要素から成り立っていて、その原因Aは諸要素の一つにすぎない。同時にCがあるかもしれない。その場合には、AがあってもBは起きない。ヘーゲルも「単に可能であるにすぎず、その反対物も又可能な現実が偶然的なものである」(1) と言って、可能性と偶然性との一致を認めている。その予測の際には、この原因は「根拠」とされる。或る根拠に基づいて或る予測をするのである。従ってヘーゲルは言う。何らかの根拠の示されているものは可能である、というのが根拠の思考法則である(2) 、と。即ち、根拠の立場は可能性の立場なのである。
 (1) 『大論理学』の現実性論の偶然性の節
 (2) 『小論理学』第143節への付録

 要するに、外的必然性と偶然性と可能性と根拠とは、どれもみな、同じ一つの事態を別々の角度から見たものにすぎない。Bが絶対に起きる必然性ではないから、それは相対的必然性と言うのである。ヘーゲルはこれらの立場で考える能力を「悟性」と呼んだ。それは「有限な思考」(1) とも呼ばれている。悟性にもその意義がある。有限な事物には有限な認識しかありえないし、真の無限は有限を含むものだからである。しかし、それは無限なものには無力である。それでは無限な認識能力とはどういうものなのだろうか。
 (1) 『小論理学』第28節への付録

 三、無限な認識能力

 ヘーゲルはその無限な認識能力を「理性」と呼んだ。それもやはり認識である以上は必然性を追求する。しかし、それはもはやかの外的必然性でも相対的必然性でもない。それは内的必然性であり絶対的必然性だとされている。
 内的必然性とは何か。「AがあればBが結果する」というのが外的必然性であった。それは又「Aがあっても同時にCがあればBは結果しない」ということでもあった。従って、或る事物の「内的必然性」とは、もはや、或る対象の存在を前提してその原因を探るのではない。それの存在する必然性を追求するのである。或る原因があればその対象が生まれるだろうというのではない。その対象が自分の内なる本質によって「必ず生成する」というのである。即ち「生成の必然性」である。だからこそ、それは又因果の必然性のような相対的必然性との対比では「絶対的必然性」とも言うのである。

 ヘーゲルはこの生成の必然性を示すことを「対象の存在の証明」(1) とも呼んでいる。ヘーゲルは言う。「哲学的認識にあっては概念の必然性が主要な事柄であり、〔その概念が〕結果として生成してくる歩みがその概念の証明であり演繹なのである」(2)。これは「概念の生成の証明」について述べた事だが、一般化すれば、「哲学では、証明するとは、或る対象がいかにして自己自身によって自己自身から自己の本質へと自己を作っていくかを示すことにほかならない」(3)という事になる。
(1) 『小論理学』第1節
(2) 『法の哲学』第2節への付録
(3) 『小論理学』第83節への付録

 では、それはどのようにして可能なのか。もちろん、その対象と関係した全ての事柄を見る以外にない。部分を見ただけでは、それの生成を妨げる他の要因を見落とす可能性があるからである。しかも、「全体を見る」と言っても、それを「静止した全体」としてではなく、「歴史的に発展する統体」として見なければならない。即ち、歴史的な見方であり、同時に一元論的な考え方である。二元論や多元論では或る事柄の生成の必然性は絶対に証明できない。従ってヘーゲルの弁証法はその本性そのものによって相対主義や多元論とは無縁である。世界の普遍的な相互関連を認めるのが弁証法だと誤解している人がいるが、それは弁証法の一契機にすぎない。弁証法とは何よりもまず、それらの多様な関連を貫いている「単一の」発展過程を承認するものでなければならない。だからこそヘーゲルの弁証法は「単なる物の見方」に留まることなく、「同時に世界観でもあるような方法」となったのである。

 しかし、この「生成の必然性」にも大きく分けて二種類ある。世界全体の発展と個々の物や事柄の生成とである。最初に確認したように、ヘーゲル自身の出発点であり目標であったのは「キリスト教の中に開示されている真理を科学的・学問的に認識する」ことだったから、ヘーゲルにとっては前者が究極目的だったと言える。そして実際にそれをして見せたと、少なくともヘーゲル自身はそう自己認識していた。それが『哲学の百科辞典』である。その第三部の「精神哲学」を「哲学」で終えたヘーゲルは、「哲学者という自分の生き方こそが一番高いのだ」と証明したつもりだっただろう。その自負の当否はともかく、彼は個々の事柄についても「弁証法的考察」をした。宗教哲学とか美学とか哲学史とか歴史哲学とかがその成果である。

 ヘーゲルの仕事を見て気付くことは「途中で終えた仕事がない」という事実である。実際に、何を扱ってもきちんと最後まで仕上げている。なぜだろうか。それは、弁証法的展開では結論となる達成点が基準になって出発点が決まるからである。結論が分かっていないのに始めることがない、と言うよりも、結論が分かっていなければ始められないからである。なぜなら、弁証法的展開は、前述のように、内在的展開だから、始原に立てたものの自己展開でしかないからである。

 分かりやすく循環的な発展過程で考えると、所与の植物の生長は種子から始まる。それはその後、発芽し、茎を伸ばし、開花し、最後は又結実するのだが、その生長は全て皆、その最初の種子の中に「潜在」していた「契機」の展開でしかない。それは「潜在」だから、どんなに優れた顕微鏡で種子を観察しても見えるものではない。しかし、ともかく最初の種子の中にそれらは存在していたのである。理論の弁証法的展開でも同じである。理論の展開は最初の概念の中に潜在していた契機を顕在化して行く過程でしかない。だから、始原として立てた概念が不適切ならば、おかしな展開と成り、予定していた結論には到達しない。だからこそ、ヘーゲルの概念的認識では始原をどうするかが問題になるのである。

 ヘーゲルは言う。「理性の考える証明というのは悟性の考えるそれとは全く異なったもので、それは良識の考えと一致しています。たしかに理性的な証明の場合でもその出発点は神以外のものですが、その証明が進む中で、この〔出発点とされた〕他者の方は直接的なもの、〔端的に〕存在するものではなく、むしろ媒介されたもの、定立されたものであることが示されます。それによって神は、この媒介を止揚されたものとして自己内に含み持つ真の直接的存在者、根源的なもの、自己に立脚するものと見なさなければならないことも明らかとなるのです。〔良識による神の存在証明について見ると〕「自然を見よ、すると自然は君を神へと導き、君は絶対的な究極目的を見出すだろう」と言われていますが、ここで意味されていることは、神が〔自然によって〕媒介されたものであるということではありません。我々人間だけが神以外のものから神へと歩むのであり、その時、その歩みの帰結としての神は同時に前者〔自然〕の絶対的な根拠でもあるということなのです。かくして、立場は逆転され、帰結であるものが根拠でもあり、初め根拠とされたものが帰結に引き下げられるのです。そして、これはまた理性的な証明の歩みでもあるのです」(1)
(1) 『小論理学』第36節への付録

 ということは、理論の弁証法的展開では終点が決まっているということであり、従ってその体系は完結しているということである。ヘーゲルの言葉「ミネルヴァのフクロウは夕暮れになってから飛び立つ」も、この間の事情を言ったものである。

 しかし、個人の認識が「完全に完結」し得るのだろうか。ここで考えなければならないのは、「完結」の意味である。完結といっても、「完全に完結」しているというだけではなく、「現在の条件下では完結」しているということもあるからである。実際、スポーツや芸術や技術の発展を見ても、物凄いものが現れて「これ以上のものは考えられない」と思われる事がある。しかし、やはり、やがてそれ以上のものは現れるのである。こういう事を考慮すると、弁証法の要求する「完全な完結」も正しくは「その時点での歴史的完全性」と名付けて好いものでしかあり得ない。

 ヘーゲル自身は自分の哲学を文字通りの意味で「完全」と思っていたのかもしれないが、実際には、その論理展開には無理もあれば飛躍もある。それもやはり「歴史的に完全」だったにすぎなかった。

 四、能力としての弁証法

 最後に残る問題は、我々はどうやってこういう弁証法的な思考能力を身に着けられるかの問である。そこで、最初に戻って、我々はなぜ弁証法を理解したいのだろうか、と考えてみよう。それは、もちろん、弁証法的に考える能力を身に着けたいからである。その能力を個々の問題に適用して正しく生きて行きたいからである。弁証法についての哲学史的知識を元にして教授になったり、喫茶店で談論風発したいからではない。そういう事をしたい人も多いが、それは別問題である。

 では、ヘーゲルがどうやったかを振り返ってみよう。彼は最初から弁証法を求めていたのではない。それは研究の結果として身に着いたものである。その研究の出発点は何だったか。「キリスト教の中に啓示されている真理を学問的に認識したい」という「問題意識」であった。この意識がヘーゲルを動かしたのである。

 だから、我々も自分の問題意識を追求すれば好いのである。人間はよほど異常な人でない限り、「世の中のために役立つ仕事をして、自分も幸福に成りたい」と思っている。だから、弁証法とは何かを考える前に、自分はどういう仕事をして世の中の役に立ちたいのかを考えて、そのための勉強をすれば好いのである。弁証法をまず勉強するのではなく、それを何に応用するのか、その目的の方を先に追求するのである。理論は応用のためにあるからである。

 そうすると、その勉強なり仕事なりをして行く間に様々な経験をし、色々な疑問を感ずるはずである。その時、その経験を反省し、その疑問の解決法を探るのである。こういう研究心の無い人は論外である。向上心のある人なら、そのために他の人の経験を学び、先人の著書を繙くことになるだろう。

 思うに、ヘーゲルの研究方法もこういうものだった。前述の問題意識から出発したヘーゲルは、先ず第1に、日々の生活での経験を無意識にやり過ごすのではなく、理論的に反省した。だから、ヘーゲルの著書ないし講義の抽象的な表現の間には日常生活の事例がその理論の説明として沢山引かれているのである。

 第2に、ヘーゲルは哲学史を初めとする先人の理論を研究した。しかし、その研究はあくまでも「自分の問題意識」と結びつけて考えるというものであり、多くの講壇教授のそれのような訓詁注釈ではなかった。だから、ヘーゲルの哲学史研究は「先人の理論の換骨奪胎」と言って好いほど「強引な解釈」に満ちている。これは悪い事ではなく、自分の現実的問題意識を持った人なら、必ずそう成るであろう事である。

 だから、我々もヘーゲルのように、自分のテーマを追求すれば好いのである。後は、その努力がどこまで行くかだけである。こういう大筋を確認した上で、細かい技術としての「論理的思考能力を高める練習方法」を紹介して本稿を終わりたい。それはヘーゲルのテキストを論理的に読む事である。それも「文脈を読む能力」を高める方法を自覚的に適用しながら読むのである。これ以上役立つものはない、と私は考えている。

 具体的に言うならば、原文に見出しの付いていない節や段落に「内容的な小見出し」を付けてみることである。この作業は当該の段落の核心を捉える能力を高める。「それ故に」とか「それと反対に」といった前後との論理的な関係を意味する単語が出てきたら、「何故(なにゆえ)か?」と考え、「何となぜ反対にか?」と一つ一つきちんと考えることである。譲歩の構文ならそれが内容的にどういう風に成っているかを確認することも大切である。「第1に」「第2に」等々とあったら、それらがどういう基準で並べられているかを確認することである。又、ドイツ語では「言い換え」が多いから、「この語句はどの語句の言い換えか?」と絶えず注意して読むことである。こういう努力を続けてゆくならば、いずれは自分だけの方法を見つけて行くことも出来るだろう。一流の職人で自分専用の道具を作っていない人はいない。それと同じく、「文脈を読む」にも道具が必要なのである。

 これらの練習は囲碁における詰め碁や将棋における詰め将棋に譬える事が出来るかもしれない。つまり、「部分的な能力の錬成」である。しかし、これが又結構役立つのである。そのほか、キーワードに成るような語句については自分で索引を作ることも大切である。

 一言で言うならば、受け身に読むのではなく、主体的に読むことである。これをずっと続けるのである。これを10年続ければ、何かのテーマで論文が書けるように成るはずである。研究というものは10年続ければ、論文か本が書けるものである。そこまで来たら、今度は、「体系的にまとめるとは、この場合はどういう事だろうか」と考えるのである。こうして、自分の積極的な活動の中で自己反省を続けて行けば、それは自然に弁証法的な考え方に向かって行くはずである。なぜなら、世界の事柄は皆、根本的には弁証法的な性格を持っているからである。
 (2014年6月26日)
コメント (0) | 

船橋洋一のシンクタンク

2014年06月20日 | サ行
 船橋洋一が中心となってシンクタンク「日本再建イニシアティブ」を設立したようです。2011年9月のことだそうです。最初の仕事(調査研究)は「福島原発事故独立検証委員会」(民間事故調)だったようです。次に「民主党政権検証プロジェクト」を2013年2月から6月までやったようです。その結果が同年9月に『民主党政権、失敗の検証』(中公新書)として出版されました。それを読んだ感想を書きます。今までにも書いてきた事ですので、箇条書き的にします。

 01、この本の概略

 目次は次の通りです。

はじめに  船橋洋一
序章、民主党の歩みと三年三ヶ月の政権  中野晃一
第1章、マニフェスト──なぜ実現できなかったのか  中北浩爾
第2章、政治主導──頓挫した「五策」 塩崎彰久
第3章、経済と財政──変革への挑戦と挫折  田中秀明
第4章、外交・安保──理念追求から現実路線へ  神保謙
第5章、子ども手当──チルドレン・ファーストの蹉跌  萩原久美子
第6章、政権・党運営──小沢一郎だけが原因か  中野晃一
第7章、選挙戦略──大勝と惨敗を生んだジレンマ  フィリップ・リブシー
終章、改革政党であれ、政権担当能力を磨け  船橋洋一

 02、船橋の考え(はじめに

 根本の考えは船橋に代表されているようですので、「はじめに」と「終章」を少し略しながら引用して、それを批評する事にします。引用した段落に番号を振ります。改行していない所もあります。

 ,修發修癲¬閏臈泙論党の理念と基盤とガバナンスを確立できなかった。だから、政権を担当したとき、政策課題の優先順位を明確に設定できなかった。そこでは何よりも政治というアートが不足していた。民主党は、負けるべくして負けたのである。(略)

 ∋笋發泙紳燭の日本人と同じように、政権交代に期待しすぎた一人だったに違いない。私は民主党員ではないし、何が何でも民主党と思ったことは一度もない。 / しかし、2009年の総選挙では、自民党にキッいお灸を据えなければ、と思っていた。既得権益にどっぷりつかった自民党政権では身を切る改革はできない。このままでは日本の経済も財政も破綻する。自民党はそれを放置し、ツケを将来世代に回している。 / それに、小泉純一郎政権以来、自民党は国民のナショナリズムをかき立てて、近隣諸国との関係をギクシャクさせてしまい、その結果、日本が戦後、世界で勝ち得てきた敬意と評判と地位を突き崩してしまうのではないか、と私は懸念していた。長期政権にあぐらをかき、まともな競争相手がいないからいけないのだ。 / 民主党は自民党の代案(オルターナティブ)になってくれるのではないかと私は期待した。その期待が大きかっただけに、民主党政権の不甲斐なさには心底、失望した。民主党は2012年12月の衆議院選挙、そして、2013年7月の参議院選挙、といずれも惨敗した。もう後がないところまで追い込まれた形である。

 L閏臈淦権はどこで間違ったのか。 / それは、誰の、どういう責任によるものなのか。 / そこから何を教訓として導き出すべきか。

 い海諒鷙霆颪蓮△修里茲Δ別簑蟯愎瓦棒橘未ら応えることを目的としている。 / 報告書はあくまで「民主党政権の失敗」の検証に照準を合わせており、どういう政党として出直すべきかといった再建の道筋について直接、具体的な提案はしていない。 / 私たちは政権党のどの時点で、どのような可能性──人間社会に息づく、そしてそれなしには人間社会が成り立ちえない政治という可能性──がありえたのかを探究し、それを阻んだ制約要因を解明することを心掛けた。再建に向けてのどのような提案も、ここでの教訓を踏まえることが前提となるだろう。(略)

 2009年と2012年の2つの選挙における民主党の成功と失敗は、見方を変えれば、野党第一党が総選挙で勝利し政権につく本格的な政権交代時代が幕開けたことを告げてもいる。政権交代が普通になる時代が訪れようとしている。 / 日本に複数の政権交代能力のある政党があるのが望ましい。それでこそ、日本に政党デモクラシーをしっかりと根づかせることができる。 / 野党第一党の民主党はとりわけ大きな責任を負っている。 / その責任を放棄することは、3年3カ月の政権党としての失敗以上に大きな罪を犯すことになるだろう。

 03、船橋の考え(終章の一部

 「終章の小見出し」は以下の通りです。──求む!「中間管理職」、「実務と細部」の欠如、綱領は「政権交代。」、政治の厳粛性、権力を使えず、6つの面に見る失敗、何もかも準備不足、リーダーシップと国家経営意識、未来への責任、たくましい政党・たくましい民主主義

 Α柄偉)民主党政権はマニフェストにない案件でつぶれた、と福山哲郎は言う。普天間、消費税、尖閣、TPP(環太平洋経済連携協定)の「四つはマニフェストに書いてない」ことだった。 / 民主党のリーダーたちは、定款に記載されていない、そして、事業計画も練ったことのないビジネスに飛び込んでいってしまった経営者のようなものだった。 /  民主党議員のなかにも経営の重要性に気づいている人々はいた。そのうちの一人は、政権につく前に、「企業の再建や経営に行って成功した方々から、どうやってマネジメントとして結果をあげるのか」について聞くことに意義があると考え、党の会議などでその機会をもったという。しかし、そのような意識をもつ者は少数だったし、そうした付け焼き刃の特訓がさほど役だったとも思われない。

 民主党の国会議員たちは、政策を論じることにはことのほか熱心だった。政策オタクを自認する議員も多かった。(略)しかし、政策をどう実現するのか、その優先順位をどうつけるのか、財源をどう手当するのか、それらの間のトレード・オフをどう解決するのか、その意思決定プロセスをどう作るのか、という肝心の点は詰めないまま政権に入った。 /  野党のときは、政権党の政策を批判していればよかった。しかし与党となれば、物事を決めなければならない。その合意を作るには、先手・布石・根回し・交渉・妥協、そして経営が必要である。政党政治にとって何よりも必要なのは、「妥協の政治文化」にほかならない。政権党としてまさにそれが求められていた。ところが、トロイカ(鳩山由紀夫、菅直人、小沢一郎)も「中間管理職」もチルドレンも、上から下までそれが苦手だった。なかでもひどかったのが、政党ガバナンスだった。

 民主党は政権にはついたものの、権力を効果的に使うことができなかった。戦略・予算・経済政策・法案・人事・危機管理のいずれの面でも、それは共通していた。 / 法案については、「与党側は国会上程のカレンダーを示さなきゃいけないのに、最初の段階で、カレンダーをきちっと書ける人がいなかった」ことが痛かった。「昔でいえば鉄道のダイヤを書くような職人を、自民党は育てている。うちにはそれがいなかった」と松本剛明は述懐した。「役所の国会対策をやってきた人とか、そういう人を何人か引き抜いて官邸に連れて行くことも考えられたようだが、実現しなかった」という。

 鳩山政権が誕生したのは、鳩山が民主党代表選挙で代表に選ばれて四カ月しかたっていないときだった。何もかも準備不足だった。なかでも最大の準備不足は、新たな政策を実現するための政権担当能力と担当期間についての、それぞれのイメージだったのではないか。自民党政権のもと、難しい政策の判断と決断は先送りに次ぐ先送りをされ、短期間の取り組みで成果をあげられる重要課題はほとんどなかった。それだけに、民主党政権は長期政権をめざすべきであったし、「政権維持」にもっと心を砕くべきであった。

 三人の首相に共通した課題は、「それぞれに違った意味で、国家経営意識が弱かったこと」だった、と仙谷由人は指摘した。外交政策と安全保障政策、そして危機管理は、まさに国家経営能力そのものが問われるテーマであり、国家のリーダーの仕事そのものである。このすべてで立ち往生した。 / 野党が政権党になるとき、細心の注意を払わなくてはならない分野は外交、安保、危機管理である。これらの分野は、与党と野党との間の情報ギャップと経験ギャップが、どの分野よりも大きい。

 〔結論〕民主党は改革政党として出直す以外、将来はない。なぜなら、日本の政治はこれまで以上に改革を必要とするからである。 / そして、民主党は、政権担当能力をもつ政党に生まれ変わらなければならない。 / これから国民は、選挙の際に政党を選ぶにあたって、政策だけでなく、政権担当能力の有無をも重要な判断材料とするようになるに違いない。民主党は教訓を学び、政権担当能力を磨くべきである。そのことが、国民に政党政治と政党デモクラシーへの関心と期待を抱かせる契機ともなる。

 04、牧野の感想

 第1点。には「なければならない」という言葉と「べきである」という言葉が出てきます。これはヘーゲルの言う「ゾルレン(Sollen、当為)の無力」を思い出させます。ヘーゲルは好く知られていますように、「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」という言葉を残しました。これは「自己実現能力を持ったものにして初めて理性的なものと言える」という意味です。逆に言うならば、船橋の考えのように、ただ「何々しなければならない」「するべきである」というだけの考えは「自己実現能力のないもの」であり、従って本当の意味では「理性的な考え」とは言えない、ということです。

 ではなぜ船橋の考えはこのような「無力」なものになったのでしょうか。それは△砲△蠅泙垢茲Δ法◆峪笋鰐閏臈洌ではないし、何が何でも民主党と思ったことは一度もない」からだと思います。日本の自称知識人は政党支持を表明する勇気がなく、「いざという時には政治家に成っても構わない」という決意がありません。アメリカの事情に詳しい船橋なら、アメリカでは政権が交代するとワシントンの役人が8000人くらい入れ替わり、在野の支持者も政権に入る事を知っているでしょうに、なぜこの点での日米の違いを論じないのでしょうか。日本でも竹中平蔵などは自民党の議員になりましたが、こういうのは例外です。私は竹中の仕事を評価はしませんが、「いざとなったら政治家になる」覚悟は評価します。

 第2点。Л┃で指摘されている欠陥はどうしたら是正できるのでしょうか。私は「本当のシンクタンク」の成長だと思います。それなのに、「本当のシンクタンク」のこの使命を知らない、あるいは知ろうとしない船橋は自分たちのシンクタンクさえ有名になれば好いと言わんばかりにこう書いています。

 ──私たちのシンクタンク「日本再建イニシアティブ」は2011年9月に設立された。最初の仕事として福島原発事故独立検証委員会(北澤宏委員長=いわゆる民間事故調)をプロデュースした。「真実、独立、世界(truth, independence, humanity)」を標語に、30人近いワーキング・グループの研究者たちが当事者たちへのヒアリングを重ね、議論を重ね、真実に迫った。 / 2012年2月に出版された報告書(『福島原発事故独立検証委員会、調査・検証報告書』)は内外で高い評価を受け、その後の原子力安全規制と安全文化の見直しと改革論議に影響を与えることができたと自負している。 / また、その次に刊行した報告書『日本最悪のシナリオ・9つの死角』(新潮社、2013年)は、日本の危機管理のあり方に一石を投じ、そこでの知見や提案を官邸中枢にブリーフするなど、実務家の方々から強い関心をもっていただいている。

 この両報告書はともに、完全英語版が近く出版される運びである。 / 私たちは、世界と共有する課題の研究成果を世界に発信し、世界とともに解決策を探究していく姿勢をとっている。これまでの報告書はいずれも内外で大きく取り上げられ、そのテーマに関する政策提言など、さまざまな発信と交流をグローバルに展開してきた。 / そのような試みが認められ、2011−12年の世界シンクタンクランキング(米ペンシルベニア大学、シンクタンク・市民社会プログラム(TTCSP〕)では、一気に世界24位となった(日本第1位、アジア第2位)。(引用終わり)

 政治が好く成らなくても自分たちのシンクタンクだけ有名に成ればよいという考えなのでしょうか。本末転倒も甚だしいです。

 第3点。日頃から行政を調査研究し、選挙に立つだけでなく、落選しても政治家が続けられるように、シンクタンクの研究員として迎え入れる、そういうシンクタンクが必要だと思います。それでなければ、公金で長年行政に携わっている官僚を動かして、本当の政治主導を実行できる人は育たないと思います。こういう観点を欠いているのが、松下政経塾の欠陥だと思います。いずれにせよ、松下政経塾の検証がないと思います。有名なライバルに対しては「触らぬ神に祟りなし」というのでしょうか。

 第4点。政治改革のための本当のシンクタンクについては鈴木崇弘の意見が適当だと思います。→鈴木崇弘の意見(シンクタンクの意義と支え方)

 第5点。日本の政治経済体制の問題点については境屋太一と野口悠紀雄の対談(『文芸春秋』2005年10月号)から私は多くを学びました。→その対談の主要点のまとめ


コメント (0) | 

「文法」のサポート、詳細索引・そのもの(〜そのもの)

2014年06月18日 | 「関口ドイツ文法」のサポート
160──「〜そのものである」という属詞文
1162──「〜そのもの」のals solcher

1414──純粋理念としての「そのもの」

1415──日本語での諸表現

コメント (0) |