マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

国際教養大学

2015年06月29日 | カ行

英語の「対話」で「個」を発揮

             国際教養大学長・鈴木典比古

 すべての授業を英語で行う。「英語を学ぶ大学」ではなく、「英語で学び、英語で深く考える大学」だ。

 6月ごろは1年生はギブアップ状態に近くなるが、ひと山ふた山を越えると授業についていけるようになり、2年生になると積極的に授業に参加する。3年生は1年間海外に留学するが、原則1人1校で、留学生同士で群れることはできない。慣れない環境に放り込まれ、現地の学生と机を並べて30単位の取得を目指す。その外国での取得単位を含めた124単位がないと卒業できないので、真剣に勉強をする。英語は一定の時期、徹底的にやらなければ「離陸」できない。その時期は大学が一番いいのではないか。

 これまでは画一的な「人工植林型」の教育だった。思考や能力が同質的な人材を大量に輩出することが、大量生産の時代には必要だったからだ。グローバル社会のいまは一人ひとりが違う能力、意欲、特徴をもつ人材を育てる「雑木林型」の教育をしなければならない。それは学生がきちんと「個」を発揮する「対話」による授業だ。

 授業は教員と学生の双方向型で主役は学生。1クラスは15人程度と少人数だ。教員の半分以上が外国人、残りの日本人教員も海外大学で学位を取得しており、対話型の授業の技量が高い。シラバス(授業計画)で授業の展開やイメージを共有した上で、学生は予習をして準備万端整えて授業に臨む。そうすることで対話がうまく進む。

 学生は「君はどう考えるか」と問われると、「私はこう思う」と自分の意見を明確に答えなければならない。成績はテストだけではなく、授業への参加の度合いで決まるので、学生も必死だ。こうした授業を4年間続けていくと、自分の意見を持つのと同時に、他者への理解が深まり、「個」の確立につながる。

 秋田市郊外に立地し、学生の約9割がキャンパスの寮または宿舎に住む。学生の5人に1人は留学生で、教室でも学生寮でも一緒なので自然と「多文化共生空間」が生まれる。図書館は24時間365日開いており、いつでも利用でき、午前2、3時まで勉強する学生も多い。日本にあるからユニークでオリジナルな存在だが、世界には多々ある。科目も世界標準にして中身も客観的に分析し、レベルを高めて日本に軸足を置いた「ワールドクラス・リベラルアーツカレッジ」を目指していく。

 注

 国際教養大学 公立大学法人

2004年設立。本部・秋田市。国際教養学部のみで、入学後、「英棄集中プログラム」「基盤教育」を経て、専門教養教育「グローバル・ビジネス課程」または「グローバル・スタディズ課程」に進む。ボランティア活動などを評価する入試など16種類の入試制度がある。専門職大学院グローバル・コミュニケーション実践研究科には「英語教育」「日本語教育」「発信力」の三つの実践領域がある。学部学生数899人、大学院学生数48人(15年4月1日現在)。


 国際教養大学長・鈴木典比古(すずき・のりひこ)

 1945年、栃木県生まれ、一橋大大学院経済学修士課程修了。インディアナ大経営大学院博士課程修了後、イリノイ大助教授、国際基督教大数援、同大学長などを経て2013年6月から現職(理事長も兼務)。専門は国際経営学。

(朝日、2015年06月24日。聞き手・教育総合本部長補佐、桜井透)

  感想

1、学生の選抜と教育方法の多彩なのは分かりましたが、教員の任期制とか評価とかもあるのではなかったでしょうか。訴訟も起きているとか。この方面の事も聞きたいです。

2、この方はICUでも学長をしていたのですから、両大学の比較的考察も聞きたかったです。

3、ともかく、卒業生は会社からは引っ張りだこのようです。明確な目的と方針をもって事業をしている結果でしょう。

 もっとも、所在地である秋田県は過疎化率が相当高いようです。卒業生が地元の活性化に貢献するようになるのはいつでしょうか。
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活動報告、2015年06月28日

2015年06月28日 | カ行

・「小論理学」(未知谷版)の翻訳は終わりました。「関口ドイツ文法」の出版の前にした「見直し」(「小論理学」鶏鳴版の見直し)部分の再度の見直しが終わったということです。

「聴講生への挨拶」には、印刷されていない草稿が続いていて、ズーアカンプ版「全集」の第10巻(精神哲学)の巻末に「挨拶」と共に、それの後に、405頁以下に掲載されています。今回はそれも訳しました。これまでにこの部分を訳したのは宮本・真下訳『小論理学』(岩波書店)だけではないでしょうか。

残っている仕事は「付録」に載せる論文の完成です。これも、これまでに発表したものの再掲と書き下ろしとですから、前者は出来ています。後者の執筆が残っています。現在は例によって少し「休憩」をしていますので、この休憩が終わりましたら、新たな決意を持って取りかかるつもりです。

・この間、多分お気づきと思いますが、6月から「マキペディア」にドイツ語での論文発表を始めました。まずは6月2日に「弁証法の弁証法的把握(2014年版)」の独訳を発表しました。

 ドイツ語の言い回しには不適切な部分も多々あるだろうと思いますが、論旨が誤解される心配はほとんどないと思いますので、始めることにしました。

 その目的は、世界の哲学界で認めて貰おうという事ではありません。日本語で発表された学術文献は外国人でも日本語で読む努力をするべきだと思います。しかし、それはいっぺんに実現される事ではありませんから、先ずはドイツ語で、というのは哲学の場合はドイツ語が共通語だと思うからですが、日本の水準の高さを「察して」貰おうという事です。

 この事は最初は関口文法について感じた事です。関口文法は、それが「ドイツ文法」だという理由からでしょうが、国際的な場面では、無反省に、ドイツ語で議論されています。かつて日本で行われたシンポジウムなどでも、ドイツ語で議論が為されたようです。この夏にも中国で国際ゲルマニスト連盟の総会(5年に1度?)が開かれるそうですが、日本の関口派の人もそこでドイツ語で何かを発表したいと思っているようです。私は、こういうやり方に反対なのです。

 そもそも言語ないし個別言語について議論をする場合は、何語で議論をするかが問題です。ドイツ文法について日本語で議論する場合は、当事者双方に、ドイツ語と日本語の同程度の理解が求められます。しかるにこの前提条件を満たす事が難しいのです。ここに言語についての議論の難しさがあるのだと思います。関口は「冠詞論」のどこかで、「この本はドイツ語で書こうかと考えたが、こういう事があるから、やはり日本語で書くことにした」と書いていたはずです。こういう本をドイツ語で理解し、議論をすることは、無意味ではありませんが、「本当の事」ではないと思います。

 最近、ドイツ語と英語とフランス語それぞれのウィキペディアでHegel, Marx, Engels, Lenin(仏はLenine)の項を見てみました。それは中々充実していて感心したのですが、その終わりの方に掲載されています「研究文献」欄に日本語で書かれたものは載っていませんでした。つまり、「無視されている」あるいは「知られていない」という事だと思います。この現状は是正しなければならないと思います。

 もう一つ。例によって「ラジオ深夜便」で得た知識ですが、外国での日本語学習のレベルが急速に非常に上がっているらしいという事です。聞いたのはウィーン大学の例とワルシャワ大学の例とカイロ大学の例ですが、この三例だけでも「世界の趨勢」を推測するには十分だと思います。

 機は熟していると言って好いでしょう。理想ないし目標としては、問題提起者の使った言語で議論するべきだと思います。私はこういう考えでまずはそれに向って第1歩を踏み出した訳です。7月には「マルクス主義」(『西洋哲学史要』第二版に掲載)の独訳を載せるつもりです。

6月28日、牧野紀之


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作文教育

2015年06月25日 | サ行

   小学校の作文指導、64%の保護者が不満

 小学生の子どもを持つ保護者の64%が小学校での作文指導の時間を不十分に感じていることが、小学館集英社プロダクションのドラゼミ教育研究所が発表した調査結果より明らかになった。

 調査は、小学校での作文学習の状況を把握するため、現在ドラゼミを受講している小学生の保護者616名とドラゼミに資料請求をした、小学生の子どもを持つ保護者206名の計822名を対象に実施した。調査期間は2014年11月10日〜19日の10日間。

 子どもは作文を書くことが好きか聞いたところ、「嫌い・苦手」が47%ともっとも多く、「どちらでもない」32%、「好き・得意」21%が続いた。何をテーマに書けばよいかわからなかったり、長い文章をなかなか書けなかったりして苦戦している子どもが多いという。

 小学校での作文学習の状況について、88%が「作文を書く機会がある」と回答したものの、書く頻度は、33%が「年に1〜2回」、31%が「年に3〜4回」と少なく、月に1度以上作文を書いている割合は19%にとどまる。また、作文を書くタイミングは、遠足や運動会など行事の後や、長期休みの後に書くという回答が多かった。

 小学校での作文指導について感じることを聞いたところ、「指導時間がやや不十分に感じる」40%と「指導時間が不十分に感じる」24%の計64%が不満に感じている。一方、「大変満足している」1%と「満足している」9%、「やや満足している」25%の計35%が満足していると回答した。

 不十分に感じる理由は、「作文を書く授業時間が少なすぎる」「書く機会が少なく、組み立て方、まとめ方をよく理解していない」「作文を書いても添削はないし、先生からのコメントも短い」「子どもの書く作文がいつも単調」などの意見が寄せられた。

感想

 ネットで読んだ記事ですが、出典を記すのを忘れました。

 作文が苦手だという感想は、根本的には、テーマに気づかないからだと思います。換言するならば、先生や学校に対する意見や希望という一番関心のあるテーマが事実上禁ぜられているからだと思います。私の哲学の授業では積極的に学校や教育の問題を取り上げたので、生徒の関心を引いたのだと思います。拙著『哲学の授業』(未知谷)にまとめてあります。

 先生の批評のないこと、あるいは少ないことも大きな問題だと思います。先生や校長が文章を書いたり発表したりするのから逃げている状態で、どうして「意見と主張の言える」生徒を育てることができるでしょうか。

 かなりの評判になったらしい妹尾和弘の『私の目は死んでいない』(評論社2000年3月)でも、岡山県の県立高校の国語教師の妹尾が授業の初めの10分間で「今思っていることを、何でもいいから、書いてください」と言って書いて貰ったものを、教師はただ取捨選択して半紙1枚に編集して、「今、ここで」という題で出しただけです。

 これだけでも何もしないよりはマシですが、教師がテーマを出さないと社会性のある問題を考える事が少なくなります。又、批評がないと生徒の考えが十分には広がらないと思います。教師は指導者であって傍観者ではありません。

      関連項目

学級通信
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森永ヒ素ミルク事件60年

2015年06月23日 | マ行
重度化する被害者支援課題

 森永乳業の粉ミルク製造過程でヒ素が混入し、飲んだ乳児130人が死亡、1万3000人に健康被害が出た森永ヒ素ミルク事件から今年で60年になる。

 被害者らでつくる「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」(事務局・大阪市北区、会員約2200人)の全国総会が21日、岡山市で開かれた。各地の会員代表196人と、厚生労働省や森永乳業の関係者ら計約280人が出席した。

 最初に、亡くなった被害者に祈りを捧げた。「守る会」理事長で被害者の桑田正彦さんは「私たちは60歳になった。事件の風化防止や高齢化に備え、一層、取り組みを強化しなくてはならない」とあいさつした。

 被害者の救済にあたる公益財団法人ひかり協会(本部事務局・大阪市)によると、明らかになっている被害者数は1万3440人。このうち、896人(今年3月末時点)に知的障害や肢体障害などがある。

 被害者が年をとり、障害の重度化や単身で暮らす人たちへの生活支援が課題となっている。

 協会のまとめ(2011年度)では、障害がある被害者のうち24%で、障害が重度化していた。昨年時点で両親など親族と同居している人は23%、単身生活は19%だった。将来の方向性について聞くと、単身生活は28%に増えた。協会の塩田隆常務理事は、「将来の単身生活に備える支援が今後さらに求められる」と話す。

注・森永ヒ素ミルク事件

 1955年、森永乳業徳島工場の粉ミルクの製造工程でヒ素が過って混入。急性ヒ素中寿で乳児130人が死亡し、西日本を中心に1万3000人に健康被害が出た。69年、大阪大学の故・丸山博教授らが被害児を追跡調査し、脳性まひや知的障害などの後遺症をつきとめ問題が再燃。73年、被害者団体と森永乳業、厚生省(当時)が生涯にわたる生活支援費支給などの恒久救済措置をとることで合意した。

  (朝日、2015年06月22日。北村有樹子、中村通子)
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「文法」のサポート、詳細索引・意味形態

2015年06月22日 | 「関口ドイツ文法」のサポート

57──狭義の意味形態は民族的ではない
65──3種の意味形態

66──第2意味形態が中心
68──意味形態の自立性

69──意味の類型が意味形態
74──意味形態の体系性と非歴史性

89、229──意味形態については定義は困難、せいぜい形容ができる程度

232──言語(文法形態)は民族的、意味形態の原理は「分かれば好い」
247──意味意識と形態(文法)意識。cf. S.1152

493──「意味」とか「形容」とかは意味形態の問題で、品詞とは無関係
589──冠詞には意味はない、意味形態があるだけ

624──意味形態が全然違う
667──同じような事はみな、同じ意味形態にあてはめる

675──その意図〔意味形態〕から言うならば
709──考え方(意味形態)に2つの型がある

875──言語表現における「自然な勢い」にはけ口を与えるのが意味形態
887──意味形態としての搬動語法は辞書の仕事ではなく、文法の仕事

1152──意味意識と形態(文法)意識。cf. S.247
1472──提題という意味形態
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半藤一利の吉田松陰論

2015年06月21日 | ハ行
 
 安倍晋三首相は、自身の一族を輩出した長州を意識しているようだ。長州の生んだ幕末の思想家・吉田松陰についてもよく言及している。生前の岸信介・元首相を知る作家の半藤一利さんに、長州が近代国家の形に果たした役割や岸氏、そしてその影響を色濃く受ける安倍首相について聞いた。

 ──安倍首相は2月の施政方針演説で、吉田松陰の「知と行は二つにして一つ」という言葉を引用しました。

 「安倍さんは、吉田松陰をよく持ちあげる方だなあと思う。松陰の好んだ『千万人といえども我ゆかん』という孟子の言葉も使うが、安倍さんからすれば、自分が正しいと思ったことは実行する、自分の善意が通じなければ相手を攻撃していい、と思っているのだろう。安倍さんは長州の『腹くくる』の精神、つまり、討ち死に覚悟で行動する精神をかなり意識されているのかなあと思う」

 「明治政府が松陰を評価したのは、自分たちの行動を正当化するためだった。ただ、私はかなり危険な思想家だと思う。松陰の記した『幽囚録』には、急いで軍備を整え、カムチャツカや琉球、朝鮮、満州、台湾、ルソン諸島を支配下におさめるべきだ、とある。これはものすごい膨張主義・侵略主義ですよ」

 「この松陰の思想は、松下村塾出身の山県有朋ら長州閥の陸軍を通じ、近代日本の形成にかなりの影響力を与えたと思う。そして長州人の『近代日本を作ったのは我々だ』という意識はものすごく強い」

 ──祖父・岸氏は近代国家建設の中で、どんな役割を果たしたと思いますか。

 「こういう言い方をすれば身もふたもないですけど、岸さんは日本の膨張主義、国威拡大主義のエースだったと思う。明治維新のころの日本人は、海岸線の長いこの国は地政学的に非常に守りづらいと考えていたと思う。だから『攻めるは守るなり』と朝鮮半島を植民地化し、今度は朝鮮半島を守るために『満州国』を作った。『満州国』は日本のための資源基地でしたし、人口のはけ口でもあり、国防面で言えばまさに生命線だった」

 「でも、満州事変にしろ、上海事変にしろ、日本がやったことは、不戦条約違反であり、9ヵ国条約違反であり、明らかな国際法違反だった。そこを東京裁判で突っ込まれた」

 「確かに東京裁判には戦勝国による復讐裁判という側面はあった。でも、そもそも向こうがこちらに来たのではなく、こちらが向こうへ山ほど押しかけているわけだから。日本国内だけの理屈ならば、『自存自衛』かもしれないが、国際社会の一員としては通用しない。日本はやはり戦争責任国なのです」

 ──岸氏は戦後憲法を連合国軍総司令部(GHQ)による「押し付け憲法」と批判しています。

 「戦後の婦人参政権などが加わった新選挙法による国民の選良が、徹底的に討議して、GHQ案に日本人の意思と気持ちをこめてどんどん筆を加えたものが憲法です。それが押しつけなら、いまの集団的自衛権の方がはるかに押しつけですよ」

  (朝日、2015年06月09日。聞き手・園田耕司)
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「文法」のサポート、詳細索引・因由(原因、原因相、理由)

2015年06月16日 | 「関口ドイツ文法」のサポート

179──原因を挙げるes ist etwas

182──「その一因は〜」の表現

465──原因や理由を付記するals welcher

1124──因由の副詞

1146──原因相の前置詞

1169──逆接的な前提を後から付加する言い方

1220──因由的文脈の中でのso .. dass

1315──原因や理由を選択的に表す

1322──受動表現で因果の関係を表す

1497──因由のdennに代わるコロン

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STAP事件の必然

2015年06月09日 | サ行

             小熊 英二

 小保方晴子氏の性格や人間関係ばかりが注目されがちなSTAP細胞事件だが、この事件からは、現代日本と科学界の問題が集約的に見えてくる。

 19世紀前半までは、科学は収入を得られる職業としては成立しておらず、いわば「金持ちの道楽」だった。20世紀初めまでは、実験設備もそれほど必要ではなかった。浮世離れした天才という科学者の通俗的イメージは、この時期に作られたものである。

 19世紀後半から科学の応用が進み、さらに二度の世界大戦を経て巨大サイエンスが発達した。これによって、科学は「儲かる職業」「巨大投資の対象」になった。研究はプロジェクトチームの共同作業になり、論文も数人から数十人、はては数百人の共著が普通になった。代表の教授は資金調達に忙しく、論文には筆頭著者として署名するだけという例も出てくる。研究現場は中堅研究者に指導され、大量の大学院生が動員される。こうなると、論文の署名責任は不明確になりやすい。

 そして1980年代以降は、格差拡大の波が科学界にもおしよせた。政府は予算を削減し、大学は余裕を失う。大きな研究プロジェクトは、選抜に勝ち抜いて政府予算を得るか、企業と提携することでしか実施できない。前者の道を選べば、政府の方針に左右され、特定分野に研究が集中しがちとなる。後者の道を選べば、特許の獲得で一獲千金の可能性もあるが、特許のために守秘問題が発生し、近代科学の原則だった公開性は二の次となる。

 またこの状況からは、若手研究者たちの「使い捨て」と、研究機関の「ブラック企業化」が発生する(野家啓一「既視感の行方」現代思想8月号)。安定したポストが削減されるなか、研究現場を担うのは、任期付き研究員や、博士課程を修了した研究者の卵である。彼らは一定期間に業績を上げないと、次の臨時職の保証さえない。変化が先に進んだアメリカでは、まだしも研究者市場が形成されているが、日本ではそれも不十分だ。

 もう一つ発生するのは、研究指導の不足である。政府予算にせよ企業提携にせよ、教授は研究費獲得に奔走せざるを得ず、現場の指導と責任は手薄になる。こうして、おざなりな指導しか受けられず、将来が不安定な若手研究者たちが、あせって業績を上げようとする傾向が強まる。

 こうした状況があるにもかかわらず、一般的な科学イメージは、20世紀初頭で止まっている。現代の研究者は研究費獲得のために、政治家やマスコミ、企業幹部、そして民衆の支持を得ることに懸命だ。ところがマスコミや民衆の側は、古い科学イメージしか持っていない。うまく研究内容を誇張すれば、一躍注目のチャンスもありうる。そこに若手研究者たちの窮状と、研究費獲得をめざす組織的思惑がからめば、何が起こるかは想像がつこう。

 日本分子生物学会が、大学院生を含めた1022人の会員にアンケートをしたところ、所属する研究室内で研究不正を「目撃、経験したことがある」が10%、研究室内外で「噂を聞いた」が38%だったという(榎木英介「『小保方』事件を超えて」現代展想8月号)。しかし研究不正の多発は、日本だけの現象ではなく、現代の科学界の必然だ。今回の事件に特徴があるとすれば、日本の職場で女性が生き残ろうとするとき、「かわいい女性」をアピールしがちになることが、再度示されたことくらいだろうか。

 格差拡大、雇用不安、若者の使い捨て。そして何よりも、30年前とは状況が全く変わってしまったことへの無理解。この事件は決して特異なものではなく、日本社会のどこにでもある状況が、集約的に顕在化したものだ。そのことへの理解と適切な対策なくして、問題の再発は防げまい。
     (朝日、2014年09月09日。コラム「思想の地層」。筆者は歴史社会学者)
 
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NPO法人「時ノ寿の森クラブ」 松浦成夫さん(61)

2015年06月07日 | タ行

 「時ノ寿」。美しい名を持つ古里の森は荒れ果てていた。枝打ちも間伐もされない真っ暗な森には、虫も見当たらなければ鳥の鳴き声も聞こえなかった。

 静岡県掛川市中心部から北に約15舛了慨嵒堯大沢集落に生まれ育った。川沿いにあった13戸の家は、炭焼きと茶畑で生計を立てていた。家庭の燃料が木炭から石油やガスに代わり、スギ、ヒノキの植林が始まった。高度経済成長の頃には、1軒また1軒と住民が大沢を去っていった。掛川市職員になった後、1975年に両親と4人兄弟で山を下りた。最後の1軒だった。

 荒れるに任せていた山に東京から元新聞記者の男性がやってきた。田舎暮らしがしたいという。「いい場所だ」と言われて目が覚めた。まずは炭焼きを復活。父親が守ってきた茶畑も引き継いだ。「自分で飲むお茶ぐらいは無農薬で」と言う妻の悦子さん(61)と2人で苦労を重ね、何とか安定して収穫できるようになった。

 楽しかった。だが、山を荒廃させる力は圧倒的で、個人では太刀打ちできなかった。2006年、森の再生を目指して19人の仲間で「時ノ寿の森クラブ」を発足させた。間伐によって森をよみがえらせる活動が始まった。

 最初に手掛けたのが時ノ寿の森4如5人いた地権者一人ひとりを訪ねて、同意を求めた。県が導入した森林税により事業費の補助を受け、造園業者に作業を請け負ってもらう仕組みを確立。これまでに254任隆嵌欧鮗存修靴拭3ご瀚漂厠咾篁坡甲呂任凌⇔咾砲盂萋阿鮃げる。山から海までつながる森づくり、国土保全の新しいモデルを目指している。
 (朝日新聞、2015年06月06日。岡田和彦)

     関連サイト

NPO法人「時ノ寿の森クラブ」
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Philosophie Hegel Dialektik MAKINO

2015年06月02日 | Deutsche Abhandlungen

   Dialektisches Auffassen der Dialektik

                Original: Japanisch

                MAKINO Noriyuki

   §1 Die Problematik Hegels

Es gibt viele Bücher, die über die Dialektik belehren wollen. "Was ist die Dialektik für eine Wissenschaft?", "Worin besteht die Dialektik?", "Zehn Vorlesungen über die Dialektik" usw. Als mich das Wort "Dialektik" zum ersten Mal interessierte und reizte, nahm ich solche Werke in die Hand. Mit dem damals noch tabula rasa gewesenen Kopf habe ich sie unbefangen gelesen. Sie fand ich teils interessant, teils enttäuschend.

Bald darauf entzog ich mich solchen Einführungen. Da deren Inhalte sich ähneln, würde mir ein weiteres Lesen derartigen Schriften nichts Neues mehr geben, so glaubte ich. Es hatte nicht lange Zeit gedauert, bis es mir aufging, woran es lag. Die Texte, die die anderen die Dialektik lehren wollen, sind selbst nicht dialektisch entwickelt. Die Übereinstimmung von Worten und Taten ist auch hier erforderlich. Wer andere die Dialektik lehren und die Leute aufklären will, der sollte sie so gut beherrscht haben, wie er seinen Artikel darüber dialektisch darzustellen vermag. Ein flüchtiges Nachdenken genügt, um dessen bewusst zu sein. Trotzdem gilt diese Selbstverständlichkeit in der philosophischen Welt nicht. Das ließ mich vermuten, die Inhalte der Werke seien nicht richtig. So hatte ich gedacht.

 Der Eindruck, den mir das erste Durchlesen der Hegelschen "Kleinen Logik (der erste Teil seiner 'Enzyklopädie der philosophischen Wissenschaften') geprägt hat, bleibt mir noch lebhaft im Gedächtnis. Bis auf verständliche Beispiele, die zuweilen in den "Anmerkungen" und "Zusätzen" vorkommen, konnte ich zwar den Text selbst kaum verstehen. Aber eines drang mir in den Kopf; die Suche nach der Notwendigkeit. Ich spürte mit ganzem Körper, dass es sich bei Hegel nur um das Zeigen der Notwendigkeit jedes Gegenstandes handele. Ich bekam die Ahnung, dass er versuche, eine gegebene Sache nicht zu versichern, sondern aus deren Gründen notwendig entstehen zu lassen. Wie das mit der Dialektik verbindet ist, wurde mir nun eine Frage.

 Ich dachte nach: Hegel selbst muss kein angeborener Dialektiker gewesen sein. Er muss an einem bestimmten Zeitpunkt seines Lebens eine Logik oder eine Denkweise beherrscht haben, die er später aus irgendwelchen Gründen "die Dialektik" nennen sollte. Es deutet auf den Gang an, der ihn dazu geführt hat. Dieser kann übrigens nichts anders sein als der Prozess seines hartnäckigen Anstrebens, seiner Problematik nachzugehen. War seine Frage dann nicht das Aufzeigen der Notwendigkeit? Das heißt, das Schema von These, Antithese und Synthese, das von der Negation der Negation, das von der Umwandelung der Quantität in die Qualität usw. sind bloße Antworten darauf , die man erst dann feststellen konnte, wenn man vom Resultat aus zurückgesehen hat. Daraus erhellt, dass ein von diesen Schlusssätzen ausgehendes Verstehen nie eine wahre Dialektik erlangen kann. Nach langem Überlegen habe ich die von mir selbst gestellte Frage so beantwortet und diese Antwort wurde in meinen darauf folgenden Studien festgestellt und konkreter entfaltet.

Hegel sagt, "Worauf ich überhaupt in meinen philosophischen Bemühungen hingearbeitet habe und hinarbeite, ist die wissenschaftliche Erkenntnis der Wahrheit" (Werke in 20 Bänden, Surkamp Verlag, Bd.8, S. 14). Hier liegt seine Betonung zweifellos auf "wissenschaftliche Erkenntnis". Denn er gibt die Religion und Kunst an als andere zwei Weisen, die Wahrheit zu erfassen. Das, worum es sich bei ihm handelt, ist nicht, ob man die Wahrheit erfasst oder nicht. Als einem Christen ist es ihm nämlich klar, dass sie schon im Chritentem und in der Bibel gegeben ist. Sein Versuch besteht nur darin, sie wissenschaftlich, durch das Denken, mit den Begriffen zu erkennen. "Phänomenologie des Geistes", die erste positive Darstellung seiner Philosophie, zeigt den Weg auf, wodurch das Bewusstsein eines gemeinen Individuums zum allgemeinen Bewusstsein und wissenschaftlichen Wissen fortschreitet. Dessen Vorwort, das an sich schon ein großer Aufsatz ist, hat den Nebentitel: Vom wissenschaftlichen Erkennen. Und in seinem dicken Buch "Die Wissenschaft der Logik" ("Große Logik" benannt) hat er „die Natur des spekulativen Wissens ausführlich entwickelt“ (Werke, Bd.7, Rechtsphilosophie, Vorrede) . Seine wirklichen Leistungen entsprechen also dem oben zitierten Selbsterkenntnis.

 Was hat dann für einen Sinn seine Terminologie "wissenschaftlich" ? Wie hängt es denn mit unserem alltäglichen Gebrauch des Wortes zusammen?

   §2 Endliches Erkenntnisvermögen

Sehr berühmt ist das Wort Hegels, "Das Bekannte überhaupt ist darum, weil es bekannt ist, nicht erkannt" (Bd.3, S.35), was auch anders so formuliert ist, "Gelehrtsamkeit ist noch nicht Wissenschaft" (Bd.8, S.35). Was ist nun eigentlich die Bekanntschaft? Hegel antwortet. "Wissen heißt, etwas als Gegenstand vor seinem Bewusstsein haben und dessen gewiss sein; und genau dasselbe ist Glauben auch" (Die Vernunft in der Geschichte, hsg v. Hoffmeister, S.47). Die Bekanntschaft ist nämlich, eine objektive Tatsache ins subjektive Bewusstsein aufgenommen zu haben. Dass die Sonne im Osten aufzugehen scheint, ist eine Tatsache. Wem diese bewusst ist, dem ist die bekannt. Daraus allein kann man aber um keinen Preis schließen, dass er sie erkannt hätte. Mit dem oben genannten Wort müsste er so etwas gemeint haben.

 Was bedeutet ferner eigentlich Erkennen? Hegel antwortet. "Das Erkennen dagegen sieht wohl die Gründe, die Notwendigkeit des gewussten Inhaltes, auch des Glaubensinhaltes ein, abgesehen von der Autorität der Kirche und des Gefühls, die ein Unmittelbares ist, und entwickelt andererseits auch den Inhalt in seinen näheren Bestimmungen" (Die Vernunft in d. G. S.47). Wenn man, ohne bei der Bekanntschaft mit einer Tatsache stehenzubleiben, deren Gründe und Notwendigkeit nachzugehen anfängt, dann beginnt zugleich auch eine Erkenntnis oder eine Wissenschaft. Das ist jedoch ein bloßer Anfang. Wie geht die Wissenschaft dann weiter ? Das Glänzende bei Hegel besteht ja in der Entdeckung von zwei Sorten der da gesuchten Notwendigkeit, die er je eine äußere und eine innere Notwendigkeit genannt hat, um die Bedeutungen und die Beziehungen der beiden zu bestimmen.

Was ist denn eine äußere Notwendigkeit? Hegel sagt, "Zufälligkeit ist dasselbe wie äußerliche Notwendigkeit, d.h. eine Notwendigkeit, die auf Ursachen zurückgeht, die selbst nur äußerliche Umstände sind" (Die Vernunft in d. G. S.29). Kurz, die äußere Notwendigkeit ist nichts anderes als die Zufälligkeit. Es gibt auf der Erde nichts, was ohne Ursache entsteht. In diesem Rücksicht kann man sagen, jedes Entstandene enthält eine Notwendigkeit. Allein ist die Ursache der äußeren Notwendigkeit ein oder einige von der die Sache umgebenden Umständen. Sie liegt nicht in der inneren Natur der Sache selbst. Da ist also ein notwendiges Vorhandensein der Ursache ausgeschlossen, geschweige denn das der Wirkung. Deshalb ist diese Notwendigkeit nur die der Kausalität: aus A resultiert B. Es gibt aber dabei zugleich auch eine andere Kausalität: C behindert ein Entstehen von B. Das bedeutet, dass auch wenn es A gibt, behindert ein Vorhandensein des Cs das Entstehen von B. Das Vorhandensein von A bedeutet nämlich nicht automatisch das Werden von B. Wenn die Sache entsteht, so ist sie auch mit Recht als zufällig zu bezeichnen. Kurz, äußere Notwendigkeit und Zufälligkeit sind nicht zu unterscheiden.

 Erwartet man diese Sache in der Zukunft, so gilt sie einem als Möglichkeit. Bei der Annahme der Kausalität und der Ursache ist und bleibt zwar die Möglichkeit der Wirkung. Aber die Wirklichkeit besteht aus verschiedenen Elementen, und die Ursache A ist nur ein von den letzteren. Dabei kann es vielleicht auch das Element C geben. Dann kann die erwartete Wirkung B doch nicht entstehen. Also identifiziert Hegel die Möglichkeit und die Zufälligkeit; eine Wirklichkeit, die nur möglich sei und deren Gegensatz deshalb auch möglich sei, ist nichts anderes als eine Zufälligkeit (Bd.6, S.205). Bei dem Erwarten erscheint die Ursache als Grund. Von einem Grund aus macht man nämlich eine Vermutung. Deshalb läßt Hegel den Satz des Grundes darin bestehen, dass was mit einem Grund versehen ist, das nur möglich ist (Bd.8 §143 Zus.). So dürfen wir den Standpunkt der Möglichkeit auch als den des Grundes bezeichnen.

Kurz, äußere Notwendigkeit, Zufälligkeit, Mögligkeit und Grund erleuchten je von deren eigenem Gesichtspunkt aus eine und dieselbe Sache. Dabei handelt es sich nicht absolutes Werden von B, wird diese Notwendigkeit als eine relative bezeichnet. Das Denkvermögen auf der Ebene dieser Standpunkten hat Hegel "den Verstand" genannt. Ihm wurde auch der Name eines „endlichen Denkens“ (Bd.8 §28 Zus.) gegeben. Zwar hat auch der Verstand seinen eigenen Sinn. Wenn es sich um endliche Dinge handelt, so kann man doch Nichts besseres als endliche Erkenntnis erwarten. Allein ist der Verstand für unendliche Sachen ohnmächtig, was uns jetzt zur Betrachtung eines unendlichen Denkvermögens führt. Wie beschaffen ist das denn ?

      §3 Unendliches Erkenntnisvermögen

 Hegel nennt das unendliche Denkvermögen die Vernunft. Diese geht auch, wie sich versteht, der Notwendigkeit nach. Ist sie doch eine Erkenntnis. Allein habe sie es jetzt nicht mehr mit der äußeren Notwendigkeit zu tun, sondern mit der inneren oder der absoluten.

 Was für eine Notwendigkeit ist nun diese innere? Die äußere wird so formliert: aus A resultiert B. Zugleich aber so: auch wenn es A gibt, behindert ein Vorhandensein des Cs das Entstehen von B. Man sucht also bei der inneren Notwendigkeit nicht unter der Voraussetzung des Seins eines Gegenstandes nach der Ursache. Nun besteht die Frage in der Notwendigkeit seines Seins selbst. Nicht aus dem Sein einer Ursache voraussieht man das Entstehen eines Gegenstandes, sondern sagt man, dass der Gegenstand durch seine innere Natur selbst unumgänglich werde. Eben deswegen darf man diese Notwendigkeit im Unterschied vom relativen von der Kausalität als die absolute bezeichen. Das Aufzeigen der inneren Notwendigkeit eines Dinges versteht Hegel auch unter dem Ausdruck "das Sein eines Gegenstandes zu beweisen" (Bd.8 §1). Hegel sagt: Vielmehr ist in der philosophischen Erkenntnis die Notwendigkeit eines Begriffs die Hauptsache, und der Gang, als Resultat, geworden zu sein, sein Beweis und Deduktion (Bd.7 §2 Zus.). Verallgemeinert gesagt, Beweisen heißt in der Philosophie soviel als aufzuzeigen, wie der Gegenstand durch und aus sich selbst sich zu dem macht, was er ist" (Bd.8 § 83 Zus.).

Wie ist so etwas nun möglich? Alles, was mit dem Thema verbunnden ist, zu untersuchen ist es, versteht sich. Ein teilweises Studium könnte Elemente übersehen, die das Werden des betreffenden Gegenstandes behindern würden. Dabei soll man unter dem Alles-untersuchen nicht eine Betrachtung verstehen, die es als eine Stabile Totalität betrachtet, sondern eine solche, die es als eine sich geschichtlich entwickelnde. Es handelt sich hier nämlich um eine wahrhafte Geschichte, den Monismus. Der Dualismus oder Relativismus könnte durchaus nicht nützlich. Hegels Dialektik ist ihrer Natur nach fern von dem Pluralismus und dem Relativismus. Nicht wenige Leute glauben, dass die Dialektik in der Anerkennung eines gegenseitigen Zusammenhanges aller Dinge besteht. Das ist ein Missverständnis. Das ist ein bloßer Element der Dialektik. Ihr Kern muss die Anerkennung des einen Prozesses der Entwicklung sein, der das alles durchdringt. Daher kann man nur verstehen, warum Hegels Dialektik kein blosser Gesichtspunk bleibt, sondern zur Methode werden musste, die zugleich eine Weltanschaunng ist.

In dieser „Notwendigkeit des Werdens“ ist aber zweilei Art enthalten: das der ganzen Welt und das der einzelnen Sache. Wie am Anfang festgestellt, gilt es für Hegel, der den Zweck hatte, die im Christentum geoffenbarte Wahrheit wissenschaftlich zu erkennen, die erstere. Tatsächlich hat er das gemacht, oder mindestens hat er sich selbst so beurteilt, was man an seiner „Enzyklopädie der philosophischen Wissenschaften“ erkennen kann. Unser große Philosoph hat das dritte und letzte Teil des Werks mit der „Philosophie“ geendet, um beweisen zu meinen, dass seine Lebenweise als Philosoph die höchste sei. Um davon zu schweigen, ob sein Selbstgefühl treffend ist oder nicht, hat er einzelne Themen, wovon er gehandelt hat, wirklich dialektisch untersucht. Das kann man in seinen Werken, Religionsphilosophie, Ästhetik, Philosophie der Geschichte, usf. sehen.

In seinen Arbeiten gibt es keine, die er nicht bis zum Ende gemacht hätte. Die Arbeit, die er einmal angefangen hatte, hat er nie mitten aufhörte. Warum? Weil die Dialektik lehrt, dass das Ende den Anfang bestimmt. Man beginnt nicht mit unbestimmtem Schluss. Oder näher gesagt, kann man nie mit dem Schreiben beginnen, bevor einem das Ende klar ist. Dialektisches Entwickeln ist etwas Immanentes und daher nichts anderes als eine Selbtentfaltung des Anfangs. Umgekehrt gesagt, dieser Anfang ist eine Keimform des Endes.

Nehmen wir ein Beispiel des zirkulierenden Prozesses an. Das Wachstum einer Pflanze beginnt mit dem Kern. Er treibt Keime aus, wird ein Baum, blüht auf und trägt am Ende Früchte. Dieser Prozess ist dann nichts anderes als Entfalten der im Keim an sich seienden Elemente. Diese sind durch ein praezistes Mikroskop nicht zu sehen. Sind sie doch darin nur „an sich“ enthalten. Dennoch ist und bleibt die Tatsache, dass sie darin waren. Ganz dieselbe ist die dialektische Entwicklung einer Theorie. Sie ist ein bloßer Prozess der Offenbarung der dem anfänglichen Begriff immanenten Elemente. Ein falscher Anfang führt deshalb zum schiefen Gang und Ende. Beim Hegelschen Begreifen handelt es sich deshalb darum, womit man anfangen muss.

Hegel sagt: Die Vernunft versteht indes unter Beweisen etwas ganz anderes als der Verstand, und auch der gesunde Sinn tut dies. Das Beweisen der Vernunft hat zwar auch zu seinem Anfangspunkt ein anderes als Gott, allein es läßt sich in seinem Fortgang dies andere nicht als ein Unmittelbares und Seiendes, sondern indem es dasselbe als ein Vermitteltes und Gesetztes aufzeigt, so ergibt sich dadurch zugleich, dass Gott als der die Vermittelung in sich aufgehoben Enthaltende, wahrhaft Unmittelbare, Ursprüngliche und auf sich Beruhende zu betrachten ist.─ Sagt man: „betrachtet die Natur, sie wird euch auf Gott führen, ihr werdet einen absoluten Endzweck finden“, so ist damit nicht gemeint, dass Gott ein Vermitteltes sei, sondern dass nur ‚wir‘ den Gang machen von einem Anderen zu Gott, in ‚der‘ Art, dass Gott als die Folge zugleich der absolute Grund jenes Ersten ist, dass also die Stellung sich verkehrt und dasjenige, was als Folge erscheint, sich auch als Grund zeigt, und was als Grund sich darstellte, zur Folge herabgesetzt wird. Dies ist dann auch der Gang der vernünftigen Beweisens. (Bd.8 §36 Zus.)

Das heißt, eine dialektische Entwicklung beginnt mit einem bestimmten Endschluss, oder ein solches System ist beim Beginnen schon vollkommen vollendet. Dasselbe drückt Hegel so aus; Die Eule der Minerva beginnt erst mit der einbrechenden Dämmerung ihren Flug. (Bd.7 S.28)

Allein kann es wirklich möglich, dass die Erkenntnis eines gegebenen Gegenstandes durch ein Individuum vollkommen wäre? Hier muss man über den Sinn des Wortes ‚vollkommen' nachdenken. Gibt es doch zweielei ‚vollkommen': perfekt vollkommen und unter geschichtlichen Bedingungen vollkommen. In der Welt des Sportes, der Kunst oder der Technik wird es ab und zu eine Leistung geschaffen, derer Grenze man nie wieder übertreffen können würde. In der Tat aber wird sie auch irgendwann übersteigt. Wenn dies in Betracht gezogen wird, mag man die ‚Vollkommenheit', die die Dialektik verlangt, genauer ‚unter geschichtlichen Bedingungen vollkommen' nennen sollen.

Hegel selbst möchte vielleicht glauben, seine Philosophie sei wörtlich perfekt. Leider befinden sich in seinen logischen Entwicklungen nicht wenige logische Sprünge und unrechte Schlüsse. Auch seine Werke waren in der Tat nur ‚unter Bedingungen seiner Zeit vollkommen'


      §4 Dialektik als Denkvermögen

Am Ende bleibt noch eine Frage übrig; wie kann man ein so beschaffenes dialektisches Denkvermögen beherrschen? Dann kehren wir zum Anfang zurück und denken wir danach, warum wir Dialektik studieren wollen? Weil wir das Vermögen des dialektisch Denkens beherrschen möchten, versteht sich. Wir möchten nämlich die Denkweise auf einzelne Fragen anwenden, um gewiss und gerecht zu leben. Nicht zum Zweck, mit diesen Kenntnissen zum Professor zu werden oder im Cafe angeregt zu diskutieren. Leute, die so etwas treiben möchten, sollen sich es machen.

Noch einmal erinnern wir uns an den Studiumgang Hegels. Nicht, dass er vom Anfang an nach Dialektik suchte. Diese war ein Resultat seines Studiums. Was war nun sein Startpunkt? ‚Die im Christentum geoffenbarte Wahrheit wissenschatlich erkennen‘, so ist es. Er wurde durch diese Problematik getrieben.

Das lehrt, dass wir auch nur unserer eigenen Problematik treu leben sollen. Der Mensch, bis auf verrückteste, wollen andern nützlich sein und dadurch selbst glücklich werden. Statt darüber nachzudenken, was die Dialektik für eine Theorie ist, muss man vor allem Gedanken machen, durch welche Arbeiten man der Gesellschaft dienen könne und möge. Und man soll nur dazu lernen. Vor Studium der Dialektik muss man danach denken, woauf man die Methode anwenden wolle. Zweck geht vor. Eine Theorie ist nur zum Anwenden und Tun.

Das Leben und Arbeiten gibt einem vershiedene Erfahrungen, die einen Fragen fühlen lassen. Gluecklich ist ein Mensch, der diese Erlebnisse reflektiert und nach den Antworten selbst sucht. Er lernt von Erfahrungen der anderen und liest Buecher der Vorhergehenden.

Die Studiumweise Hegels war nihts anders als diese. Sich mit dem gewähnten Frage auf den Weg machend dachte er über alltägliche Sachen genauer, statt sie gedankenlos gehen zu lassen. Dass es in seinen abstrakten Sätzen nicht selten Beispiele im Alltagsleben als Erklärungen zitiert sind, kann man daher verstehen.

Zweitens studierte er die Geschichte der Philosophie. Dabei hat er aber zugleich nie seine eigenen philosophischen Problemen vergessen. Sein Verhalten gegenüber der Geschichte war in diesem Punkt anders als das der Kathederproffessoren, wörtliches Auslegen der anderen Bücher. Sein Studium der Geschichte ist gleichsam voll von ‚gewaltsamen einmaligen Auffassungen‘, was aber nicht als ‚schlecht‘ zu bezeichnen ist, sondern für ihn unvermeidbar, der seine eigene philosophische Ploblematik hatte.

Das heißt, wir müssen nur unseren Themen selbst nachgehen. Es kommt dabei nur darauf an, wieweit die Anstrengungen kommen. Nachdem wir die Grundlinie des Studiums festgestellt haben, können wir am Ende dieses Artikels eine Übungsmethode für dialektisches Denkvermögen vorstellen. Logisch Lesen der Bücher Hegels, das ist es. Ich kenne nichts Besseres als dies. Dabei ist doch die folgende Bedingung unentbehrlich: eine bewusste Verbesserung des logischen Ergreifens der Kontexte.

Einige Übungen davon: wenn Kapitel, Abschnitte (Paragraphen) oder Absätze unbetitelt sind, sollte man sie mit inhaltlich passenden Titelchen versehen. Diese Arbeit würde die Kraft erhöhen, die den Kern der Texte ergreift. Und die Titelchen helfen beim Lesen der Kontexte sehr. Zweitens, wenn man Wörter ‚daher‘, ‚dagegen‘ usf. finden, die logische Beziehungen zeigen, dann sollte man jedesmal über ‚woher‘, ‚wogegen‘ usf. nachdenken. Bei konzessiven Satzkonstruktionen wäre jeweilige inhaltliche Feststellung unentbehrlich. Die Deutschen wiederholen ungern in kleineren Umfängen dieselbe Wörter oder Wendungen. Wir Japaner teilen so eine Gewohnheit nicht, und müssten vorsichtig genug sein, um in einem anderen Wort nötigenfalls das vorhergehende zu sehen. Diese Übungen würden bald einen dazu führen, seine eigenen Methoden zu finden. Es gibt keinen Meister, der seine eigenen Werkzeuge nicht erfunden hat. Mit dem Lesen der Kontexte ist es auch so. Diese Praxis ist zwar zunächst eine Übung im Lesen der Teilen, und nicht der ganzen Artikel. Aber das ist sehr nützlich, was ich aus meinen Erfahrungen zuversichtlich sagen kann.

Kurz: nicht passiv, sondern aktiv und subjektiv lesen, das ist es. Und damit nie aufhören. Wenn man das mindestens 10 Jahre fortsetzt, dann würde man einen Aufsatz oder ein Buch schreiben können. Diesmal würde man nachdenken, wie man sein Studium ‚systematisch‘ zusammenfasen könne. Solche Selbstreflexionen würden einem eine dialektische Denkweise geben. Haben alle Sachen in der Welt doch im letzten Grund den dialektischen Charakter.
(Übersetzt, 21. Juli 2014)

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