マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

スーパー誤訳

2017年12月10日 | サ行
 
 私は「スーパー誤訳」という題の文章をまとめています。この「スーパー誤訳」という語の意味は「単なる誤訳」ではなく、「その論文の核心的思想の理解と関係する重要な内容についての誤解と結びついている誤訳」ということです。取り上げているのは4つです。

 第1は、エンゲルスの論文「サルの人間化における労働の役割」の最後の方で、人間と動物との違いは結局どこにあるかを問題にするところです。これは本ブログの2016年11月25日の記事で既に取り上げました。その後も更に新たな事を考えましたが、それはいずれ発表するつもりです。

 第2はマルクスの『資本論』の「商品の呪物的性格」論の中のein sinnlich uebersinnliches Dingの訳です。これを考える中で廣松渉の誤訳を詳しく論じようとして、皆さんに「典拠」についてご教示を求めました。それを踏まえて、今回はこの誤訳を論じます。

 その前に第3のスーパー誤訳と第4のスーパー誤訳を確認しておきますと、第3はレーニンの『何を為すべきか』の次の句です。

「ところで社会主義が全世界の面前でこのように限りない屈辱をこうむり、自分を辱め、労働者大衆──我々の勝利を確保することの出来る唯一の土台であるもの──の社会主義的意識を堕落させることに対する代償は、貧弱な改良の鳴り物入りの計画案であるが、その貧弱な事と言ったら、ブルジョア諸政府からさえそれ以上のものを獲得できないほどである!」(国民文庫版、18-9頁)

これは正しくは次のように訳さなければなりません。

「~労働者大衆の社会主義的意識──我々の勝利を確保することの出来る唯一の土台であるもの──を堕落させることに対する代償は、貧弱な改良の鳴り物入りの計画案であるが、その貧弱な事と言ったら、ブルジョア諸政府からさえそれ以上のものを獲得できないほどである!」
つまり、社会主義運動の勝利の土台は「労働者大衆そのもの」か、それとも「労働者大衆の社会主義的意識」かの問題なのです。もちろん後者が正しい。
直接的にはロシア語原典の読み方の問題ですが、根本的には日本の左翼知識人の労働者大衆に対するコンプレックスの問題だと思います。
これは拙著『ヘーゲルからレーニンへ』の18-9頁で既に論じました。

第4の問題は、ヘーゲルの『大論理学』の冒頭の論文の題「Womit muss der Anfang der Wissenschaft gemacht werden?」のder Wissenschaftをどう訳すかです。これを寺沢恒信は「学は何を端初としなければならないか」と訳し、山口祐弘(まさひろ)は「学は何によって始められなければならないか」と訳しています。つまり二人共に、この句のWissenschaftを学問一般と取っていることです。これはそうではなくて、書名をWissenschaft der Logik(論理学)としたので、冒頭の文章の題の中ではこの書名を全部繰り返さないで、ただdie Wissenschaftとしただけなのです。こういう風に「2度目には一般化した語句を使う、あるいは言い換える」というのは西欧人では当たり前のことなのですが、日本人にはこの「準則」を知らない人が多く、誤訳する場合があるのです。ここはその典型例です。この点はpdf鶏鳴双書の「始原論」に書きました。又今準備しています『小論理学』の中でも出てくる度に注意しました。
そもそも先の場合では、その題で書かれている「文章」自身の内容が論理学の始原の事だけです。「学一般の始原」の事は論じていません。

以上の4つの「スーパー誤訳」を見てみますと、原典がヘーゲルとマルクスとエンゲルスとレーニンの四巨頭になります。私の読書の偏りを証明しているようです。

 さて、今回のテーマである第2の誤訳についてです。そこでの廣松の間違いについてです。廣松関係に絞って、現時点での考えを書きます。まず廣松の発言を確認します。下線に注意してください。

 発言1、ところが、机が商品として登場するや否や、感性的でしかも超感性的な事物に変身する。商品としての机は、四本の脚で床の上に立っているだけでなく、他のすべての商品に対して頭で立ち、この木製の頭から──ひとりでに机が踊り出したなどという比ではない──実に奇妙な妄想をくりひろげる。(『資本論の哲学』岩波書店1974年198頁)

発言2、『初版』の表現を援用しておけば「要するに、商品の神秘主義が生ずるのは、生産者たちにとって、彼らの私的労働の社会的規定が労働生産物の社会的な自然的規定性として現象するということ、人々の社会的な生産諸関係が物どうしの、また、物と人との社会的諸関係として現象するということ、この事態からである」。
「この倒錯視のQuidproquoによって──と『再版』の文章は続く──労働生産物は、商品、つまり、感性的でかつ超感性的な事物、さらに言い換えれば、社会的な事物になる。事物が視神経に与える光の印象も、視神経そのものの主観的な刺戟としてではなく、眼の外部に在る事物の対象的な形態として現出するが、しかし、視覚の場合には、外的な対象たる一事物から、もう一つの事物たる眼へ、光が現実に投ぜられるのであって、それは物理的な事物どうしのあいだの、物理的な一関係である。しかるに、商品形態や生産物の価値関係は……労働生産物の物的な関連とは全く無関係であって、ここで人々にとって諸事物の関係という幻影的な形態をとるところのものは、唯もっぱら、人間自身の一定の社会的関係である。それゆえ、類例を挙げようとすれば、宗教的世界の夢幻境を恃(たの)なければならない。ここでは、人間の頭の生産物が、固有の生命を賦与されて、お互いどうしで、また、人間とのあいだで、一定の関係に立つ自立的な形姿にみえるわけだが、商品世界にあっては、人間の手の生産物がそういう具合に仮現する次第である」。(『資本論の哲学』204頁、『物象化論の構図』岩波現代文庫208頁)

発言3、こうして、人と人との実践的な間主体的関係が物象化された存立態、つまり、いわゆる文化的・社会的形象は、総じて、感性的・自然的なレアリテートに“担われ”て定在しつつも、“それ自身”の存在性格を規定してみれば、さしあたり、“超感性的・超自然的な或るもの”と呼ばれるべき相貌を呈する。(中略)マルクスの場合、「超感性的・超自然的な或るもの」が実在するという形而上学的主張を事とするわけではなく、当事者たちの日常的な意識に対してそのような相貌で“客観的・対象的に”現前するところの特異な「物象」は、実は一定の間主体的諸関係の屈折した映像であることを指摘し、この「謎的な性格」の「秘密」を物象化の機制に即して解明してみせ、以って伝統的な「実念論対唯名論」の対立地平を超克する。(廣松渉『物象化論の構図』岩波現代文庫122-3頁)

感想を書きます

第1点。「ほとんど正しく」理解しているようですが、殊更難しい表現を使う悪癖に自分自身が足をすくわれているようです。せっかく「感性的・自然的なレアリテートに“担われ”て定在し」と言ったのに、「レアリテート」などという分かりにくいカタカナを使ったので、それに注意が行ってしまい、「担われて」を深く考えませんでした。

そして、次には「さしあたり、『超感性的・超自然的な或るもの』と呼ばれるべき相貌」などとぼかした言い方をしています。「さしあたり」も「~と呼ばれるべき相貌」も「逃げ」だと思います。「超感性的な物として機能している」となぜ言えないのでしょうか。「間主体的諸関係の屈折した映像」も私のような無学者には分かりにくいです。「社会的関係の反映」で十分です。
ともかく、ein sinnlich übersinnliches Dingのsinnlichを文法的に正しく「感性的に超感性的な物」と訳した上で、「感性的に超感性的」とはどういう事かと問題を建てなくては、マルクスの「方法」の理解、いやそれ以前に、そういう問題意識すら出てこないでしょう。

これと関係するのですが、「超感性的」とは「感性を超えている」ということで、それが直ちに「形而上学的」であることを意味しません。くだんの句の正確な理解を妨げている原因の一つは、思うに、この「超感性的」という否定表現を肯定表現で言い直さなかったことでしょう。

困ったことに、マルクス自身発言2ではっきり分かりますように、それを「社会的な事物」と言い換えています。この言い換えが不適切でした。なぜなら「感性的」とか「超感性的」と言って「認識能力の種類」を問題にしてきたのに、その流れを断ち切って、いきなり「認識対象」で言い換えているからです。この点はこれまで誰も気付いていないようで、この事自体も困った事なのですが、廣松もこれに気付かずにマルクスに盲従しています。ここは、まず「超感性的」とは「感覚を超えた」、つまり「感覚では捉えることの出来ない」と言う事だと確認した上で、では何で捉えうるのかとして、「知性(思考)でのみ理解される」という肯定的表現を持ち出すべきだったのです。即ち、訳としては「感性的に知的な(思考でのみ捉えうる)ものである。なぜなら、それは生産における人間関係だからである」となります。こうすれば廣松でも誤解しなかったでしょう。

更にもう一つ別な言い方をしてみます。たしか、廣松は「事的世界観」とかいったことを問題にして、そういった題名の本も書いていたと思います。廣松以外でも「モノ」と「コト」とを対比して論するのは増えているようです。結構な事です。賛成します。しかし、それならば、このマルクスの『資本論』のein sinnlich übersinnliches Dingを「モノ」と「コト」とで捉え直してみることになぜ想到しなかったのでしょうか。廣松に代わってそれを私がやってみますと、こうなります。「商品としての机は現象としては物(モノ)だが、その本質においては事(コト)である」。こう言い換えれば、「モノであるのみならず、コトでもある」などという曲解が現象論と本質論の段階の違いを無視した暴論であることが分かるでしょう。

最後に、根本原因としては、「或るものの何であるかは、そのものの果たしている機能で決まる」という思考法則を知らなかったことです。このテーマについての私の発言は、①「悟性的認識論と理性的認識論」(『ヘーゲルの修業』に所収)、⓶「昭和元禄と哲学」(『生活のなかの哲学』に所収)、③ウェブ論文「実体と機能」(『マキペディア』2009年10月18日)、の3つです。

最後の後にもう一つ。同じ趣旨の事を許萬元が書いていますので、それを引きます。
──ヘーゲルにおいてもマルクスにおいても概念的把握(=体系的認識)の対象は「形態規定」なのである。では、「形態規定」とは一体何か? それは一言でいえば、有機的全体の体系的連関からのみうけとる関係規定のことである。したがって「形態規定」は全体の体系的連関からきりはなされてはまったく存立することはできない。あたかも身体から切断された手がもはや手として存立しえないのと同様である。これにたいして、素材または質料規定は全体的連関からきりはなされてもそれ自身として存立することのできる規定なのである。これをマルクスはしばしば「実体規定」とも呼んでいる。かくしてマルクスは次のようにいう。
「黒人は黒人である。彼はただ一定の諸関係のなかではじめて奴隷となる。紡績機械は糸を紡ぐ機械である。それはただ、一定の諸関係のなかではじめて資本となる。これらの関係からきりはなされたならば……それは決して資本ではない」。〔『賃労働と資本』第3節〕
黒人は黒人である。機械は機械である、という規定は質料規定にすぎないが、奴隷、資本という規定は特定の体系的連関からのみうけとる形態規定(=関係規定)なのである。マルクスが「資本は物ではなく関係である」〔『資本論』〕というのも、このためである。この両規定を正しく区別せずに混同するならば、ひとはけっして物神性の秘密を理解しえないばかりでなく、体系的弁証法(=総体性の弁証法)の認識にも達しえないであろう(初出は芝田進午編集『講座・マルクス主義研究入門』1〔哲学〕青木書店1975年に所収の論文「弁証法」。引用個所は124-5頁にあり。再掲は許萬元著『増補版・ヘーゲルにおける現実性と概念的把握の論理』大月書店1987年。引用個所は278頁)。

許萬元の「考察」は、常にそうであるように、ヘーゲルの言葉を「ヘーゲルの他の言葉」とか「マルクスとエンゲルスの発言」で「説明する」というやり方です。私のようにへーゲルやマル・エンの言葉を日常生活の事例や用語法で考えるのとは根本的な違いがあります。応用の利かない知識は無意味だと思います。

それはともかく、これは私の考えと完全に同じです。許萬元の言う「質料規定」は私が「実体」と言っているのに当たります。上の引用文中でもそう言われています。「形態規定」は「機能」に当たります。上の引用文では「関係」と言われています。
こういう「方法」の観点で考えますと、要するに、廣松はこういう「方法」を理解できていなかったので、いや、そもそも、多分、読んでさえいなかったので、「『実念論対唯名論』の対立地平を超克する」などと言っても、拙稿「昭和元禄と哲学」のような理解(日常生活の事例での理解)には遠く及ばなかったのです。

第2点。今回、私は廣松の『物象化論の構図』を岩波現代文庫で読んだのですが、それには熊野純彦の「解説」が付いていました。それを読んでいたら、次の文に出会いました。
──じっさい、「使用価値」であるとともに「価値」であるとされる「商品」こそが「形而上学的な詭計にみち神学的な意地悪さに充ちた、ひどく厄介なしろもの」であり、たとえばありふれた木材からつくられる、平凡な「机」すら「商品として登場するやいなや、感性的に超感性的な事物となる」ことを主張していたのは、マルクスそのひとなのである(『資本論』第一巻〔第二版〕第一篇第一章第四節「商品のフェティッシュ的性格とその秘密」)。(廣松渉『物象化論の構図』岩波現代文庫2001年354頁)──

いやあ、驚ろきました。この本は元は1983年に出たもので、文庫化が2001年1月です。従って、引用文は2000年ころのものと思われます。私(牧野)以外の人がくだんの句のsinnlichを正しく「感性的に」と訳しているのを初めて見ました。しかし、熊野にはこの訳が問題の焦点だということが分かっていないらしく、廣松が「感性的で」と誤訳していることには全然触れていません。これでは困ります。意味がありません。

 第3点。読者のみなさんから教えていただきました「証拠」を読んでいましたら、廣松は例の句を訳すときに、最初の不定冠詞を「一つの」と訳している箇所が数か所あることが分かりました。なぜこういう事が起きるのでしょうか。多分、訳に自身がないからでしょう。「この不定冠詞は普通のものと少し違うな」と「感じた」のだが、どう違うか、分からなかったので、「一つの」でごまかしたのです。日本の学者は皆、そうします。関口存男の『冠詞』第2巻(不定冠詞篇)を読んで勉強する人はいません。少なくとも私は知りません。

 この不定冠詞はどういう働きをしているか、私の理解をここに書きます。長くなりますから、関心のない方は飛ばしてください。

 これは「次に来る語句の意味を字義通りに取ってよくよく考えろよ」という注意なのです。関口はこれを「内的形容の不定冠詞」と呼んでいます。換言するならば、不定冠詞の基本的な働きは「紹介導入」ですが、それが少し強く成ったと思えばいいのです。
ここの場合のように次に来るのが形容詞句を冠せられた名詞の場合は、その形容詞句の意味が重要になります。ですから、これを「形容詞句を紹介導入する不定冠詞」と言うのです。
順序は逆に成りましたけれど、ただの名詞だけの場合を確認しておきますと、例えばヘーゲルの『哲学の百科事典』の第248節(『自然哲学』になります)への注釈にこうあります。
──aber doch wohl auch das Reich des Selbstbewusstseins ! was schon in dem Glauben anerkannt wird, dass eine Vorsehung die menschlichen Begebenheiten leite ──
訳・(自然界には永遠の法則が支配していると言って、それを自然界の精神界に対する優越性の根拠とする人がいる)が、この点でも自己意識の国〔精神世界〕も同じである。それは予見とでも言うべきものが人間の行動を導いているとするキリスト教の信仰の中にとっくの昔から承認されている事柄である。

この部分を加藤尚武は「しかし、同じことは自己意識の領域でも言える。一つの摂理が人間のさまざまな営みを導いているということは、信仰のなかですでに承認されている」(『自然哲学』岩波書店上巻28頁)と訳しています。

即ち、eine Vorsehungを加藤は「一つの摂理」と訳したのに対して、牧野は「予見とでも言うべきもの」と訳したのです。「神の摂理」は「遍在通念」ですから、時間をdie Zeitと言い、空間をder Raumというと同じで、本来はdie Vorsehungと定冠詞を冠して言います。ですから、eine Vorsehungなどと不定冠詞が冠置されると「おや、どうしたのかな?」と「感じ」ます。ここまでは好かった。そう感じた加藤は、しかしどういう事なのか分からなかったので、「一つの摂理」とごまかしたのです。こういう言葉を聞きますと、何か、「神の摂理」が二つも三つもあるみたいだなな、と揶揄したくなります。

では、関口説に従って「次の語を注意して考える」ことにします。Vorsehungは文字通りに理解しますと、Vor-(前に、前もって)-sehung、つまりsehen(見る)すること、です。つまり「予見」となるのです。文脈を考慮しますと、自然界も精神界も法則に支配されているということですから、「法則がある」⇒「因果関係で未来が予測できる」ということを言っているのです。

廣松も加藤もドイツ語は私よりはるかに出来る人です。しかし、出来ると言っても、関口に比べれば、限りなくゼロに近い水準です。日本にはせっかく関口文法というものがあるのですから、もう少し謙虚に成ればいいものを。(2017年12月10日)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「文法」の詳細索引・達意眼目

2017年11月28日 | タ行

     詳細索引・達意眼目

57──達意眼目とは「達せんとする意」
70──文法形態を達意眼目の側から整理するのが意味形態論
71──発話は達意眼目によって文型と語句を選択する

84──事とは流動状態にある達意眼目、物(者)とは凍結状態に置かれた達意眼目である。
90──名称は達意眼目だけである。説明は達意眼目を分けることである。
94──達意眼目とその分解的表現(ことば)との間にある根源的疎隔

147──主語の属詞化とは達意の重点を明確にするため
160──属詞文は達意の強調手段
221──達意眼目の前には文法もへったくれもない

255──名詞は凍結した達意眼目
361──達意の4格
662──無冠詞形の特徴は、達意眼目の全部を引き受けるか、それとも名詞とはいえない形だけの存在になるか、のどちらか。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

データの重要性

2017年11月21日 | タ行
  

米国から日本に帰任して3カ月あまりになる。4年の米国暮らしで、7キロも増えた体重を何とか減らしたい。そこで朝と夜に体重計に乗り、記録をつけている。食べ過ぎを防ぐ効果がある、はずである。
 かつて同じ方法でダイエットに成功したことがある。だが今回は、なかなかうまくいかなかった。理由はわかっている。食べ過ぎた晩には、体重計に乗らず、「記録なし」にしてしまうためである。
 いいかげんな体重計でもあった。続けて2度乗ると、500グラムも差が出ることがある。迷いなく軽い方を記録してしまう。
 見たくないデータから目を背ける。政治家が真実と関係なく都合のよいことを話す「ポスト・トゥルース(真実後)時代」ではあるが、これではトランプ米大統領についてあれこれ言う資格もない。

 そんなとき、京都大学名誉教授の村松岐夫さんに久しぶりに会った。日本政治学会理事長を務めたこともあり、政治と官僚の関係の研究などで知られる。
 77歳の村松さんは、危機感にあふれていた。「日本はデータを軽視しすぎる。データは研究に不可欠なのだが、保存や管理がおろそかだし、海外への提供も極めて限られる。日本の『品格』にかかわる」
 村松さんら、社会科学や人文学の分野で活躍する学者たちが、日本学術振興会で「大同団結」し、きちんとした「データインフラストラクチャー」を作ろうと政府に働きかけていると知った。
 
 国勢調査や家計調査といった政府統計は、研究に欠かせない。だが、分類方法が変わったり、市町村が合併したりで、過去の調査との比較がしにくい統計も多いという。また、基礎データが公開されていないために、海外の研究者がきちんと研究に使えないケースも多い。
 たとえば、貧困や所得格差の代表的な国際比較調査のための基礎データは、慶応大学の樋口美雄教授のグループが集めている。樋口さんらは、この調査結果を国際機関などに提供し、海外の研究者も分析できるようにしている。
 また、世界各国の価値観について調べる「世界価値観調査」は、同志社大学の池田謙一教授のグループが担っている。
 調査からみえる各国の姿は、興味深い。たとえば、「もし戦争になった場合、進んで自国のために戦いますか」という質問に対し、日本で「戦う」と答えた人は15%。約60カ国の調査の中で最も低い数字だった。最も高かったのはカタールで98%。中国は74%、米国は58%だった。
 日本の数字を低すぎるとみるのか、肯定的にみるのかは、立場によって異なるだろう。ただ少なくとも、世界のデータの中に日本もなければ、分析はできない。

こうした主要な調査は、海外では政府や準政府機関が行ったり、大学に安定的な資金が渡ったりしているケースが多い。日本政府も、各種の統計データを国の政策に生かすための推進委員会を作ったが、データ集めで研究者の個人的な努力や熱意に頼っているケースがままある。調査を英語で発信する取り組みも遅れている。
 大阪商業大学学長の谷岡一郎さんは「日本の社会科学は、海外のデータを借りて成り立つフリーライダー(ただ乗り)だ」と手厳しい。大阪商業大のJGSS(日本版総合的社会調査)は、日本人の日常行動を継続的に調査し、海外の研究者もよく利用する数少ないデータベースである。
 中心的な学者が引退したら、こうした調査も継続できなくなるかもしれない。
        ◇
 さて、データを重視する学者に取材しているうちに、休重データにすら目を背ける自分に、目を背けられなくなった。
 おまけに「人間ドック」を受診したら、尿酸、中性脂肪、血糖値などが正常値を外れている現実を突きっけられた。
 体重計を買い替えた。食べ過ぎた日もいやいやながら体重計に乗り、毎日記録した。すると、徐々に体重が減り始めた。
 日本を「人簡ドック」に入れ、世界と比べる。そのために、さまざまな角度のデータを継続的に集め、保管し、使いやすくするための仕組みをつくる。日本の健康を保つために、大事なことだと思う。
  (朝日、2017年10月26日。編集委員・山脇岳志)

 牧野の感想・私が2007年の浜松市長選に「仮」立候補した時、「公約」のトップに「正しいホームページを作って浜松市の現状が分かるようにする」という事を掲げましたが、その理由もこの山脇さんの考えと同じです。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

侵略の原型・シベリア出兵

2017年11月16日 | サ行

「露内閣倒る」

大阪朝日新聞は、1917年11月9日発行(10日付)の夕刊でロシア革命の発生を報じた。
 「『戦争の即時停止』『単独講和』『土地平等分配』」等を標榜せる過激派が露国の政権を把握したりとせば……幾多の紛乱を生ずべく露国の暗雲愈々深しといふべきなり」
 第1次世界大戦で、ロシアは英仏とともにドイツ・オーストリアと戦っていた。革命政府はこの戦争から手を引く方針だった。
 ロシアが離脱すれば、ドイツは英仏との戦争に兵力を集中できる。勝利を危ぶんだ英仏は日本に出兵を求めた。
 国内では「ロシアと和を結んだドイツが極東に兵力を送って日本を脅かす」とみる学者らが自衛策としてシベリア出兵を主張した。
 一方、歌人の与謝野晶子は「『積極的自衛策』の口実に幻惑されてはなりません」とこれを批判した。

 日本政府は18年8月、ロシアに残されたチェコスロバキア軍団を救出するという米国提案を受け入れる形で、シベリア出兵を宣言した。日米同数7千人の派兵で米国と合意していたが、実際には日本はピーク時、約7万2千人を動員した。
 革命勢力を武力で放逐して親日政権を立て、バイカル湖以東を日本の勢力下におく──。それが陸軍参謀本部などのねらいだった。
 日本軍は苦闘した。福岡県から出征した松尾勝造は、日記にこう書いた。
 「(負傷兵は)手や足が凍傷に罹り、赤色、紫色、黒色と皮膚が変色してゐる。……錐で揉まれるやうな痛さに、足を擦り手を抱へて泣き立てる。慰めやうもない」(1919年2月11日)

 日本軍を襲うパルチザンと一般の農民は外見上、区別がつかない。松尾は、民家に侵入して「手当たり次第撃ち殺す、突殺すの阿修羅」(2月13日)を見た。
 衛生兵だった黒島伝治は、帰国後に発表した小説「橇」で問いかける。
 「どうして、ロシア人を殺しにこんな雪の曠野にまで乗り出して来なければならなかつたか?」
1919年半ば以降、英仏米はシベリアから撤兵した。しかし、日本は植民地朝鮮への革命思想の流入防止などを理由に駐兵を続けた。この間に、ロシア革命と大戦終結に動かされて、民族自決を求める声が世界にあがった。
 19年3月、朝鮮で独立運動が起き、インドでは4月、ガンジーが宗主国英国に対する非暴力抵抗運動を始めた。5月には中国・山東省のドイツ権益を日本が継承することに抗議する「五・四運動」が北京で起こった。

 1925年になって日本はソ連と国交を括ぶ一方、治安維持法を成立させて共産主義運動・思想の防圧を図る。サハリン北部を最後に日本軍が撤退したのもこの年だった。
 6年後の31年9月、日本軍は中国東北部・柳条湖で南満州鉄道線を爆破、中国への武力侵攻を開始する。シベリア出兵というロシア革命への対応は、その後の大陸侵略の原型であった。
  (朝日、2017年11月04日)

 感想・ソ連の共産党が独裁政権に成ってゆくにあたって、革命派を困らせたシベリア出兵は、その独裁化を促すことになったのではないかと、私は思っています。赤軍は内外の敵と戦わなければならなかったのですから。もちろん、当時のロシアは非識字者が8割もいたそうですから、そのような文化度の低い国で社会主義革命などもともと無理だったのだ、とは思います。

 ともかく、日本がシベリア出兵で、しかも一番最後まで残っていたことで、他国の正常な発展の邪魔をしたことは、しっかりと記憶しておかなければならないでしょう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

鶏鳴出版の出版物

2017年11月05日 | 読者へ

 表記の件で問い合わせがありました。

 お返事をどこに書いてよいか、自分でも分かりませんので、ここに書きます。

 鶏鳴出版の出版物については、本ブログの2008年11月08日号に載せました「鶏鳴出版」に
皆、書いてありませす。内容は常にその後の変化に合わせてあります。
 そこで「売り切れ」とか「絶版」とかに成っていないものは、販売しているということです。

 よろしく。

2017年11月5日、鶏鳴出版、牧野紀之
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

教えて下さい

2017年11月02日 | 読者へ

 今、「スーパー誤訳」という題の原稿をもっと内容のあるものにしようとしています。原案は今年の6月に発表したものです(これは私の記憶違いだったかな?)。

 その2つ目のテーマとして、マルクスの『資本論』の中の有名な「商品の呪物的性格(普通は物神的性格と訳す)」の節にあるein sinnlich uebersinnliches Dingを取り上げます。このsinnlichを形容詞と取って「感性的で超感性的な物」と誤訳するのが普通です。正しくは副詞と取って「感性的に超感性的な物」と訳すべき所です。

 皆、誤訳しているのですが、その誤訳者の1人として廣松渉も取り上げたいと思っています。何しろ「物象化」を論じている人ですから、本来なら、物象化の核心であるこの句を正しく理解していなければなりません。しかし、他の人たちと同じく誤訳しているはずです。かつて私はそれを読んだことを記憶していますし、鶏鳴学園の生徒が廣松の講演で「ここは副詞ではないですか?」と質問したら、「いや、形容詞で好い」と答えたと、私に報告してくれたことも記憶しています。

 しかし、今、私はこの廣松の誤訳の証拠(何という本の何頁にそう書いているか)を出すことが出来ません。

 そこでご教示をお願いします。廣松はこの句(ein sinnlich uebersinnliches Ding)を「感性的で超感性的な物」と訳しているか、手元の本で分かる人はそれを教えて下さい。お願いします。

2017年11月2日、牧野紀之
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

活動報告、2017年10月16日

2017年10月16日 | カ行

 7月の末に『小論理学』の再校を出版社(未知谷)に返送しました。再校には半年以上かかったことに成りますが、これまでになく読者に、と言いますか、ヘーゲル研究にとって親切な本になったと思っています。現在は「三校」の出るのを待っている所です。

 この間にしている事は、自然法関係についての調査です。ホッブズがなかなか面白いのに気づきました。彼は生涯に3冊の政治学書を出しましたが、最初のものが『法の原理』です(原典は1640年。ちなみに『リヴァイアサン』は1651年)。岩波文庫で翻訳が出ていますが、その「解説」を書いている田中浩が締めくくりにこう書いています。

 ──「思想史は蓄積の学問である」といわれるが、われわれはホッブズが一貫した「問題意識」を持ちつづけ、それに沿って解決すべき課題を「体系的」にとらえていたことを知り、それ故にわれわれはホップズを通して、「思想史研究」 の面白さを堪能させられるのである。(395頁、あとがき)──

これを読んで笑ってしまいました。ここには、「問題意識」という「言葉」は好きだが、自分の「現実的問題意識」は無く、従って「自分は現在をどう生きるか」は反省せず、「思想史研究の面白さを堪能する」だけで終わる「講壇思想史研究者」の姿が良く出ていると思ったからです。しかも、このマンガ的な事実に全然気づいておらず、平然と、あるいは正直に自分の気持ちを書いているのですから、何をかいわんや、です。黄泉(よみ)の国にいるホッブズはどう思っているでしょうか。「俺はそういう事を期待してこういう本を書き、提案をしたのじゃなかったのだけどなあ」と苦笑しているでしょうか。

なお、 ホッブズの「問題意識」は、「一つの国では一つの主権〔決定権〕が確立されていなければならない」であり、「国王と議会とのどちらが主権者か〔決定権者か〕という難問をどうすれば解決できるか」でした。そして、「そのための方法は『王党派や議会などの集団の利益』ではなく、『人間』を基本単位とする事でした。即ち、『全ての人間にとって大事なものは何か』でした。つまり「思想史研究の面白さを堪能」する事ではなく、現実を改善することでした。

許萬元も『認識論としての弁証法』(青木書店、1978年)の「序文」(「まえがき」ではない)の最後をこう締めくくっています(以下の引用は創風社版『弁証法の理論』の下巻からです)。

──さて、以上において私は、上巻『ヘーゲル弁証法の本質』」と下巻『認識論としての弁証法』との関係および下巻の内容の概観を簡単に述べたつもりである。下巻は、弁証法の本質にかんするレーニンの問題提起を取り扱うものであるから、当然、上巻のテーマのもとに包括されるべきものである。かくして、弁証法の本質をめぐる古典家たち(ヘーゲル、マルクス、エンゲルス、レーニン)の見解についての私の論述は、本書をもって一応完成したことになるであろう。あとはただ、今後の共同の学問的発展のために、本論そのものの立ちいった建設的な批判を読者に期待するだけである。──

これは即ち、「自分の理論はこれで終わりです」という終了宣言ですが、その真意は「これですべて終わりで、現実を変革する行動に直接参加するつもりもなければ、それを応援するために現実の諸問題にこれを応用するつもりもありません」という闘争放棄宣言です。いや、敗北宣言です。そして、実際もそうなりました。

これと前後して雑誌『現代と思想』第32号に発表された論文「スターリン哲学の問題点」は、スターリンの理論と実践のすべてを見渡した上で、そこに流れている「哲学」全体を見て、必要な事柄を論ずるのではなく、紙に書かれた「言葉」だけを検討しているにすぎません。私見では、社会主義運動の立場からは、社民主要打撃論にこそスターリンの考えが一番よく出ていると思います。そして、これは「青二才左翼」の「根本的特徴」だと思います。

 もう一つ。ホッブズはカトリックと新教との抗争が終わってほしいと願って、「イエスを救い主と認める」という「ただ1つの一致点」を基礎にして協力したらどうかという提案をしています。これで思い出すのは日本共産党の「一致点で協力し、不一致点は粘り強く話し合う」という「統一戦線の原則」です。レーニンは確かどこかで、「統一戦線の原則などは存在しない。すべてはその時の事情で決まる」と言っていたと記憶しています(どこでそう言っているか、分かる人は教えて下さい。『左翼小児病』かな?)。

 この日本共産党の「統一戦線の原則」とやらのどこが可笑しいか、ですって? 無意味な同語反復だからです。「一致点で協力しなかったら、どういう点で協力するのでか?」と反問してみればわかるでしょう。これを指摘されて、答えることはもちろんできず、かといって「党の間違い」を認める勇気はないということで、泣きべそをかいた共産党員が何人もいます。ホッブズは日本共産党ほど愚かではありませんから、具体的な「一致点」を挙げて大同団結を提案しています。

最近の日本共産党はかなり柔軟になっており、今回の総選挙でも岩手3区だったかな、小沢一郎を応援するために立候補者を立てないらしいです。しかし、もうずいぶん前からですが、理論の低下はひどく、今では「無理論党」と言わなければならないくらいになっています。なぜこうなったのか。いずれ論ずる機会があるでしょう。

田中の「解説」からまたまた長広舌を揮ってしまいました。済みません。しかし、これで私がいまだに「戦う気力」を失っていないことをお知らせできたと思います。今後もよろしくお願いします。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

保坂展人・世田谷区長のやり方

2017年09月29日 | ハ行

1、朝日新聞の記事

臨時国会冒頭での解散をにらみ、共闘、再編をめぐる野党側の動きが急だ。政権の「受け皿」には何が必要なのか。2009年に旧民主党と一緒に政権交代を目指した野党系の元国会議員が区長をつとめる東京都世田谷区でヒントを探った。

 世田谷区のホールで9月16日、政策勉強会があった。参加型の街づくりをめざしてワークショップを開く「せたがやD.Ⅰ.Y(do it yourself)道場」だ。

 急増する空き家を活用した地域コミュニティーづくりを中心テーマにすえ、SNSで参加を呼びかけた。集まったのは、学生や会社員、介護支援専門員、NPO法人理事長ち約50人。中心は20代~40代前半だ。

 多くは政治と縁がなかった人たちで、建築士の成見敏晃さん(40)もその一人だ。「何か困ったことがあれば、陳情書を書いてだれかに頼まないといけないと思っていたが、『観客からプレーヤーヘ』のキャッチコピーを見て、『これだ!』と思ったんです」

 勉強会は霞が関で活躍する学者や中央官僚らを毎回招く。合言葉は「『不満』『批判』『批評』ではなく、時間と手間をかけても『現状を変える』」。昨年秋に定員30人で始め、いまでは150人を集める日もある。区の事業とのタイアップも目指す。

 この勉強会の中心にいるのが、世田谷の保坂展人(のぶと)区長(61)だ。

 元社民党衆院議員。東日本大震災の翌月の2011年4月に区長に転身した。「脱原発」を掲げて当選し、新電力への切り替えや太陽光発電の普及などの政策を進める。

 「ダメなものはダメ」の土井たか子・元社民党党首に育てられた。大型公共事業の中止を求めたり、表現規制の法改正の動きに反対したりして、「NO」を訴える野党の先頭に立った。

 「NO」は大切だ。でも、「NO」では人を動かせなかった、と保坂氏は衆院議員時代を振り返る。

 「批判する政治家を評価してくれる人もいる。でも、『NO』には、あら探しばかりで少しも実行しないというイメージが強い」

 再選を期した2015年4月の区長選では、「もっとよくしよう」という肯定的な思いを込めた「せたがやYES !」をキャッチフレーズに掲げた。投票者の約7割の支持を得て、自民、公明両党などが推す候補を退けた。

 89万人。区として日本最大の人口を擁する世田谷の課題は山積だ。とりわけ全国ワーストの待機児童問題を抱え、自民、公明両党を中心に「世田谷問題だ」と常に厳しい批判にさらされている。

 一方、ブログや討論イベントで、安倍政権が進めた安全保障関連法や「共謀罪」法など、支持者の間でも賛否を分かつ課題に対して「NO」を訴える。それでも、くらしの具体的な課題を前向きに考える場をつくることで、地縁団体である町内会や商店会の役員から若者まで、少数政党出身の保坂氏の周りに旧来の支持者を超えた人が集まってきている。

 区の長期ビジョン策定の際は、有権者名簿から無作為抽出した千人を招待。これまで政治から遠かった人も巻き込もうとの「試み」に88人が応じ、7時間のワークショップに参加した。建設的な提案が次々に飛び出した。ツイッターで問題提起するフォロワー集会も重ね、条例改正につなげた。

 地方政治は党派色が弱い点で国政と違う。だが、国会で2000年に児童虐待防止法を一緒に制定した公明党の富田茂之幹事長代理(63)は「政治とはネットワークをどのようにつくっていくかだ。公明党は地方議員と党員がいるが、民進党はそれがなくて現場感のある提案をできていない。保坂さんは区政を支えるネットワークをうまくつくった」とみる。

 保坂氏には苦い思い出がある。いまでこそ子育てママや高齢者の支援を目的に地域で広がる「コミュニテイーカフェ」だが、それを党組織の拠点とする改革案を約20年前に出した時は、党から相手にされなかっんた。

 「大企業や官公庁に勤める組合員らをアフター5に動員し、『NO』と抗議の声を上げる政治スタイルに頼っては先細りする」。旧来の枠組みを超えた広がりに、野党が「YES」という建設的な価値を届けられるかが問われているという。(朝日、2017年09月20日。南彰)

2、牧野の感想

 私は前から保坂区長に注目してきました。保坂の自著としては『脱原発区長がなぜ得票率67%で再選されたのか』(ロッキングオン)が適当だと思います。前著『闘う区長』(集英社)も区長に当選した経過が書かれていて、参考になりますが、これは保坂が中学生の「全共闘(?)」だった頃の「戦い」から説明してあります。

 朝日の記事の書き出しにありますように、総選挙を控えて「どういう議員が適当か」を考える好機です。保坂のように地道な住民運動をしてきて皆に押されて政治家になるのが本当の道だと思います。かつて滋賀県知事になった嘉田由紀子氏もそうだったと思います。

 従って、本当の政治家を育てたいという人は、そういう住民運動家を応援する組織やシンクタンクを作る事を考えるべきだと思います。現在の日本では「当選するまでの生活保障」もなければ、「落選した場合の保証」もないのです。すべてが個人の努力にされています。そもそも供託金が高すぎます。ですから優秀な人は政治家を志すことなく、二世議員が跋扈するのだと思います。

 「松下政経塾があるではないか」という意見もあるでしょうが、あそこは失敗しています。なぜなら、学ぶべき事を根本的に間違えているからです。創設者である松下幸之助は、多くの人と同じく、政治と行政の異同を知らないようです。しかし、今はこの問題まで論ずる余裕がありません。

 ともかく政治家以外では日本は世界的な人を沢山出していますが、「世界的な政治家」だけはほとんど出ていないと思います。残念です。悔しいです。

 ここまで書いて、ブログにアップしようと思っていましたところ、9月28日付け朝日紙の「論壇時評」欄に小熊英二の「政治は社会に追いつくか」と題する文章が載りました。小熊は私の評価する学者・評論家で、今回も広い見識を見せてくれましたが、最後の「結論」が無さすぎました。この辺が小熊の限界かなと思います。

 3、参考ブログ

批判は易しく、創造は難しい
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

文法用語を統一してほしい

2017年09月27日 | ハ行

 私は文法学者の方々にお願いしたいのですが、文法用語をなるべく統一ほしいのです。

 なぜなら同じ事柄に言語が異なるだけで別の日本語がついているために、学習を妨げている面があると思うからです。

 いくつかの例を上げます。

 劣等生の私は、最初ドイツ語を習った時、「接続法」がピンときませんでした。それは英文法の仮定法と同じなのに、別の用語で呼ばれていたからだと、後になって気づきました。

英文法の仮定法は英語のsubjunktive moodの訳語でしょうが、この原語は sub-(下に)とjunktion(繋がる)からの合成語でしょう。何の下に繋がるかと言いますと、「主文の下に繋がる」という事ですから、要するに「従属文の中で使われる場合の形」ということです。ですから、独文法のように「接続法」とするのが正しいと思います。今、『ジーニアス英和辞典』を引いて見ましたら、subjunctiveの所に「『接続』が原義」と書いてありました。それなのに、日本の英文法学者はその「接続法」の用法の内のたった1つの用法を取って「仮定法」と」名付けました。そのために高校までで英語を習ってきた学生には(私だけかもしれませんが)、最初は「何かな?」と戸惑うのです。余計な思考が要求されます。英文法が「接続法」という語を使っていてくれたら、私のドイツ語の成績も「可」ではなかったかもしれません。

 フランス語文法にも良い点と悪い点があると思います。良い点は、他の文法では「述語」とされているものに「属詞」という語を使って、述語という語の使い方を狭くしたことです。述語という語は「SはPである」という「である文」のPから始まって、中国語文法などでは主語について叙述するすべての語句にまで使われていると思います。なぜこうなるかと言いますと、「述」という日本語の意味が広すぎるからだと思います。

 フランス語文法で賛成できない点の1つは「再帰動詞」と言うべきところを「代名動詞」としている所です。これはもちろん原語のverbe pronominalを直訳したものでしょう。しかし、ここでのpronom(代名詞)とはpronom réfléchi(再帰代名詞)の省略形なのだと思います。西洋人は「分かり切ったことは省略する」習慣が強いですから、こうなったのだと思います。

 ヘーゲルのいわゆる『大論理学』は原語ではWissenschaft der Logikです。その本の冒頭に「論理学は何から始めるべきか」という小論文があります。これの原語はWomit muss der Anfang der Wissenschaft gemacht werden?ですが、これを寺沢恒信は「学は何を端初としなければならないか」と訳し、ドイツの大学に在籍した経験も豊富な山口祐弘(まさひろ)は「学は何によって始められなければならないか」としています。つまりder Wissenschaftが書名のWissenschaft der Logik(論理学)の省略形だと読めなくて、「学」即ち「学問一般」と誤解したのです。内容的にも、ここでは「ヘーゲルの論理学の初めの概念」を論じているだけで、学問一般の始め方は論ぜられていません。私が「論理学は何から始めるべきか」として「論理学」の書名を繰り返したのは、「日本語は近い所での同一語の繰り返しを嫌わない」という特徴に従ったのです。

 Wissenschaftを「学」と訳して分かったつもりになる日本の学者の通弊は別の所で論じましたので繰り返しません。ここではついでに、原語が受動文だと訳も受動文にするもう1つの「通弊」を指摘しておきましょう。西洋語は受動表現を好む原語ですが、日本語はそうではありません。両方の文法の特色を知って、邦訳では日本語らしく訳したいものです。寺沢は能動文で訳しています。この点は評価します。

 最後に知りもしないロシア語文法から一例を引きます。日本語の名詞には格変化がありませんが、西洋語にはあります。その格の中に普通、「属格」と訳す格があります。原語はgenitivないしそれに似たものです。ロシア語文法はこれに対して「生格」という名前を付けています。gen-という接頭語は生殖関係の事を意味しているようです。接尾語としての-genには『ジーニアス英和辞典』は「~から生じたもの」という訳を付けています。

 まあ、このような訳で、文法学者の皆さんは文法用語の適不適にもう少し注意して、「おかしい」と思ったら、自分の案を出してほしいと思います。

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

ノルウェーの流儀──公正な統治あっての「幸せ」

2017年09月26日 | ナ行

   アーリン・リーメスタ(駐日ノルウエー大使)

ノルウェーは今年の国連の幸福度ランキングで1位になりました。経済的な豊かさだけが国民に幸福をもたらすわけではなく、むしろ統治の公正さや政治・経済・社会への平等な参加が、人々の意識にポジティブな影響をもたらせるのだと、私は確宿しています。

 たしかにノルウェーは安全保障で差し迫った脅威がなく、北海油田による豊富な財源に恵まれています。

 しかしランキングで資源国は必ずしも上位ではない。国連報告書もわが国を「豊富な天然資源にもかかわらず(幸福度が高い)」と評価しています。資源を適正管遷し、得られる収入をすぐに使わずに、将来世代の福祉に振り向ける。カギは石油収入を運用する政府系ファンドに政府や議会が高い透明性を求め、投資先や運営方針が公開されていることです。それによって人々は安心感を築くことができるのです。

 信頼があっての幸福です。そのためには政府や公的機関の意思決定プロセスが透明で、政策形成の流れが「見える」ことが欠かせません。国民が、払った税金がふさわしい用途に使われているとの確信を持てる「平等な参加」も実現しています。

 実は私が子供の頃は父が外で働き、母が子育てと家事を担っていました。1979年に男女平等法が施行。育児休業や保育支援制度のほか、男性の育児参加を促す施策も導入されました。いま、労働市場への参加率は男女ともに約7割とほぼ同じ。画期的だったのは、2004年の会社法改正によって、「いずれの性も4割を下回ってはならない」とするクオータ制が上場企業などの取締役会に導入されたことです。

 私の妻も本国で裁判官をしています。両親が好きな仕事に情熱を傾ける姿は私の子供にきっとポジティブな影響をもたらしているはず。そう信じています。

 このほかにノルウェー人が幸せな秘密をお教えしましょう。伝統的に、所有者の財産やプライバシーを侵さない限り、誰でも私有地を自由に通行でき、自然を享受できるのです。山登りやスキー、マリンスポーツで大自然の中にいると笑顔になるノルウェー人にとって、これほど幸福なことはありません。(朝日、2017年09月21日。構成・沢村亙)

牧野の感想

 「民主主義の実践と公正な社会にとって情報の公開がひょっとすると一番大切なことではないか。これは大きくは国について言える事ですが、小さくは身の回りの公的な組織はもちろん、私的な組織についても言えることではないのか」と、かねてから思ってきました私にとっては本当に「我が意を得た」意見でした。(もちろん民主主義にとって一番の大前提は「言論の自由」ですが、それが分からないような人のことはここでは問題ではありません。)

 東京で食べ物運動をしていた時、私が広報をしていましたが、しばらくした時、「『あそこは何でも発表してしまう』と言われて拙いのではないか」、という意見が中心的な委員からも出るに及んで、私は辞めました。一度変質した運動をせっかく改革したのですが、これで又、その後は普通の「運動」に戻ってしまったようです。

 もう一つ。私はかつて2011年の浜松市長選挙に「仮」立候補をしましたが、その時発表しました「公約」の冒頭に「確約事項」として次の事を掲げました。

確約事項

 2年以内に、浜松市政の「全体的真実」を調査研究し、それをホームページ上に「分かりやすく」発表し、そして2年後に辞職します。〔そして、本当の市長選挙をやり直すのが正しい順序だと思います。〕

 説明

 浜松市だけではありませんが、行政の実情は、特にその中核的な部分は発表されておらず、従ってマニフェストは作れません。なぜなら、例えば将棋では盤面全体を見て最も重要な所から手を付けて行くのに、行政では、その「盤面全体」に当たる「行政の全体的真実」が発表されていないからです(多分、全体像の分かっている職員もいないでしょう)。
 ですから、当選してみて本当の事が分かった途端に公約を放棄する首長も出てきますし、総理になって初めて「海兵隊の意義が分かった」などと言うお粗末な首相も現れるわけです。
 ですから、国民としては、「全体的真実」が分かっていないのに「マニフェスト」とやらを発表する候補者はハッタリ屋だ、と思わなければなりません。
 従って、市長の決意だけで出来る事を「確約事項」としたのです。(引用終わり)

 なお、私は供託金が集まらず、正式立候補はしませんでした。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加