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本当の百科事典を考える

四大について

2015年05月12日 | サ行

 「四大」即ち「地水火風」を根本的な元素とする考えがあります。古代ギリシャではこれは暗黙の前提みたいなものではなかったかと思います。それを「暗黙」ではなく、意識化して、その中から特に「水」を取り出して「万物の根源」と考えたのがタレスです。その後「空気」を根源とする考えを提唱したアナクシメネスが現れ、その「空気」の稀薄化によって火を、濃厚化によって風や雲や雨や水や地を説明しました。「万物流転」と考えたヘラクレイトスは「火」を根本物質としました。「風」や、「地」を根本とした人は遂にいなかったようです。最後に、エンペドクレスがこの四つ全部を根本として、「元素」という観念を明確にしたようです(以上、波多野精一著牧野紀之再話『西洋哲学史要』未知谷による)。

 しかし、「四大」という考えは仏教にもあるようです。その内容も古代ギリシャのそれと同じです。仏教には更に「五大」という考えもあるようです。これは四大に「空」を加えたものです。

 ここで、次の事が問題になります。第1の問題は、仏教では四大と五大の関係はどうなっているのか、です。どちらが元で、どちらが派生形なのでしょうか。分かりません。石田瑞磨(みずまろ)著『仏教語大辞典』(小学館)を見ているのですが、そういう問題意識はないのか、回答が得られません。石塔には五輪塔というのが多いそうです。四輪塔というのは無いらしいので、五大の方が完成形ではないかと推定できます。が、推定はあくまでも推定です。

 第2の問題は、仏教のこの考え方と古代ギリシャの四大観との間に何か関係は無いのか、です。これについても書いてありません。しかし、以上のようにまとめただけでも、仏教の五大はアナクシメネスの考えに似ていることが分かります。本当に無関係なのでしょうか。しかし、インド・ヨーロッパ語族というのがありますから、そして言葉は考え方と結びついていますから、古代インドに四大という考え方があって、それが古代ギリシャに到達し、又仏教の中に受け継がれたのではないかという推定ができます。

 とにかく、学者はこういう問題にも答えてほしいものです。

 友人の某仏教学者からの返事

 第一の問題について。小乗仏教では「四大」が標準でした。「五大」を言うようになるのは後世の大乗仏教からです(さらに言うと、五大が大いに注目されるようになったのは大乗仏教からさらに発展した密教からです。後述)。

 それ故、四大が元で五大が派生的であることは確かです。しかし五大という考え方そのものは大乗仏教オリジナルではなく、仏教以外のインド哲学の学派から取り入れたものらしい。元素については、インドでは沢山の学説がありましたので。

 また五輪塔については、『大日経』という密教経典(密教は大乗仏教が発展したもの。ヘーゲル哲学に対するマルクス主義のようなもの)に五大が主張されていたことの影響が大きいらしい。

 実は「五」という数字は真言宗において「聖数」的な意味を持っているので、そこから、何としても五輪塔でなければならない、ということになったようです。

 以下余談。真言宗の開祖空海は『大日経』の五大にさらに「識」(精神)を加えて「六大」を主張しました。しかし空海の場合、六という数字にはあまり意味はなく、「仏と我々は同じ元素(六大)で構成されている。だからやり方次第で生きている間に成仏は可能だ」という所謂「即身成仏」の思想に話を持ってくるためのダシのようなものでした。つまり「仏と衆生は元素的には同じ」ということが言いたいのであって、正直な話、その元素の数が五大でも、六大でも、十大でも、一万大でも良かったようです。

 そのせいか、真言宗の中ではその区別はあまり意識されていないのが現実です。葬儀の時に読み上げる追悼文には定型があるのですが、病死の方の場合は、必ず「四大整わず、薬石効なく」云々と唱えます。

 第二の問題については私自身はまったく不明であります。しかし、中国やメソポタミア、シリア、ユダヤ、エジプト等の文明、すなわち非アーリア人の文明には四大という考え方はなくて、ギリシャやインドのアーリア人の文明にはあるのですから(ただしペルシャではどうであるかは不明)、牧野さんの推測が当たっている可能性は大いにあると思います。そういえば。私は昔、ちょっとだけサンスクリット語とギリシャ語を教わったことがあるのですが、あまりにも似ていることに驚いたことがあります。(引用終わり)

感想

 四大における東西の関係は今まで考えたことがありませんでした。それを指摘した文章を読んだことがありませんので。私見では、一般にも、西洋は西洋、仏教は仏教で考えているのではないでしょうか。国語辞典を見ると、仏教の考えとして載っているだけです。今回、何か関係があるのではないかと、偶然考えて、調べてみました。

 六大については、学研の『国語大辞典』は「仏教で、宇宙の万物を成立させる六つの要素。地・水・火・風・空・識」と説明しています。石田の前掲書は「五大に識大を加えて六大とし、五大は理、識大は智で、この理智の上に密教独自の説がなされる」と説明しています。

 つまり、理は客観世界で智は主観世界です。ですから、六大は五大の延長線上ではないと思います。理知的という言葉はこの仏教用語から来ているのでしょう。西洋哲学が日本に入ってきた時、専門用語をどう訳すかが問題でした。多くの場合、仏教の用語が転用されました。ですから、個々の用語について時には、この用語は元は仏教語だったのではないかと考えてみる事も必要なのでしょう。改めてそう反省しました。(2015年05月12日)

★ これは『西洋哲学史要』のサポートとします。

 23頁の「アナクシメネス」の後に「注」として入るものと考えてください。

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茶業の衰退をどうするか

2015年05月10日 | タ行

   静岡県の広報・5月号(その2)

 静岡県の広報「しずおか県民だより」5月号の3つの主テーマの第1は「特集」で、「新茶の季節到来」でした。今回はこれを取り上げます。

 それは「八十八夜(今年は5月2日)の頃に茶摘みが最盛期を迎える」ということで、「お茶に親しみましょう」という趣旨で特集したようです。

 実際に紹介されていることは、第1に、「茶町」という名の町があるということで、そこは茶の問屋街だったということです。第2には茶畑関係のハイキングコースです。第3は「おいしいお茶のいただき方」です。

 第1の「茶町」は私自身最近初めて聞いたものです。さすがに茶所の静岡です。

 第2のハイキングコースで「お茶に親しむ」ということで重視されている事は「茶摘み体験」のようです。別の頁には「お茶摘みを体験しよう」という「インフォメーション」があって、そこではその体験の出来る所として4カ所が紹介されています。

 第3の「お茶のいれ方」では、こういう「お茶の淹れ方」の紹介のほとんどの場合がそうであるように、「煎茶の淹れ方」が紹介されています。まるで「煎茶」以外は「お茶」ではないかのようです。しかも「これが唯一絶対」と言わんばかりの口調で紹介されていますので、一層困ります。学校教師の悪い所と同じです。なぜ「これを元にして自分のやり方を見つけてください」と書かないのでしょうか。

 まず、現在、お茶を「全体として考える」場合、何から始めるかと考えて見ますと、日本茶が飲まれなくなってきている事、その結果お茶農家が減ってきている、つまり後継者が育たなくなっていることが問題だと思います。そして、それに対しては、「良いお茶を生産する事」が、あるいはもっと正確に言うならば、それだけが熱心に追求されている事が問題だと思います。

 お茶やコーヒーや紅茶やココアやを統一的に表現する言葉を知りませんので、カタカナ語を借りて「ドリンク」と言うことにしましょう。そうすると、こういう問題を考える場合、第1にするべき事は、日本人のドリンク生活ないし習慣がどう変わってきて、現在どうなっているか、でしょう。つまり、それぞれの飲み物の飲まれる事が何パーセントとなっているか、です。これを朝、日中、夜などの時間帯別で、また年齢別、性別、その他の基準で分けて明確な統計を提示するべきだという事です。そういう統計があるのでしょうか。

 更に、細かい統計とするならば、「お茶」でもペットボトルのお茶と急須で淹れて飲むのとは区別するべきでしょうし、同じコーヒーでもインスタントとそうでないのとは区別するべきでしょうし、後者は更に焙煎し粉になったものを淹れるのか、焙煎した豆を買って自分で粉にして飲むのか、それとも生豆から自分でその場で焙煎するのかとか、本当は詳しい調査がほしいものです。

 こういった問題は先の事として、「お茶が飲まれなくなってきている」という当面の点について言いますと、それは「お茶がコーヒーに取って代わられている」という事ではないでしょうか。もしそうだとするならば、それは「美味しいお茶」を開発することで解決する問題なのでしょうか。今はまだ「美味しいお茶」は存在しないのでしょうか。

 前提となる事実がはっきりとは分っていないので、メディアで報道されている事と身の回りで散見される事実で考えます。

ここ2、3年、コンビニで「本格コーヒー」が人気だそうです。そのために氷の供給が逼迫している位だそうです。私は、これを「悪い」などと言いたいのではありません。なぜそうなっているのか、その原因を考えてみたいのです。すると、暑い夏にコンビニで100円前後の値段で美味しい本格コーヒーが飲めるなら、飲む人が多くなるのは当然だろうなと思います。

しかし、お茶の生産者たる者は、暑い夏にコーヒーばかり飲むのが本当に健康的なのか、気分を爽快にする日本茶はないのか、と考えてみるべきだと思うのです。こう問題を立ててみるならば、私なら、「梅干しを食べながら熱い番茶を飲む」という対抗案を出したいです。実際に私はそうしていますし、これは本当に美味しいです。

冷たい麦茶を飲む人も多いようですが、私は三年番茶かドクダミをやかんに煎じておいて、常温で飲むようにしています。

私は何も、自分のやり方が唯一絶対だと主張したいのではありません。そうではなく、熱い夏を快適に過ごすドリンク習慣にもいろいろあるという事が大前提ですが、その色々な方法を体験し練習してみる場が無さ過ぎるのではないだろうか、と言いたいのです。

お茶の淹れ方というと煎茶の淹れ方しか紹介しないようなやり方ではお茶の消費は増えないと思います。コーヒー業界はものすごい努力をしてコーヒーの消費を増やそうとし、ペットボトル飲料の業界もその生産と販売について大金と多数の人材を投じて研究しているのです。個人の生産者が「美味しいお茶」を作るだけでは販売は伸びないと思います。

では具体的にどうしたら好いのでしょうか。多様なドリンクの体験の出来る場を設けると好いと思います。例えば、公的機関のいくつかにそういう体験の出来る「いっぷく処」を作って、200円から300円くらいで「煎茶の淹れ方」はもちろんの事、そのほかに「梅干しで番茶」を飲むとどのような感じかを経験できるようにするのです。

静岡駅の南口から直ぐのビルの3階だったかに「OCHA PLAZA(お茶プラザ)」というのがあります。例によって閑古鳥が鳴いていますが、あそこは係の人が説明をしながら「煎茶」を淹れてくれるだけです。私は、これでは時代遅れだと言いたいのです。

説明はどこかに書いておけばいいのです(今なら、動画をアップしておくという方法もあるかと思います)。いや、全ての茶を入れた袋の外面に「このお茶はどう作られたか」と「標準的な飲み方」を書いて欲しいです(なぜか知りませんが、ほうじ茶の袋にだけは、その飲み方が説明されています)。お茶プラザでは、それを手掛かりにして「自分で」淹れる練習の出来るようにするべきでしょう。

更に、煎茶以外のドリンクも練習出来るようにするべきでしょう。番茶やほうじ茶等はもちろん、コーヒーを自分で焙煎する練習も出来るようにするべきです。焙煎等の道具を各自が買うのは大変ですから。

紅茶も淹れられるようにするべきです。紅茶はあまり人気がないようですが、今では国内で紅茶を作っている人が沢山います。私見では、紅茶に魅力を感じない人は、「美味しくない」からだと思いますが、それは「好く出ていない」からだと思います。それは「茶葉が十分に開いていない」からで、私は土鍋の雪平鍋を使っています。そういう練習も出来るような場が欲しいと言いたいのです。ココアの練習も出来るようにしてほしいです。

元に戻って、コーヒーも飲み方は沢山ありますが、最低でもストレートのほかに、ウィンナーコーヒーやカフェオーレくらいは練習出来るようにすれば好いでしょう。

いずれにせよ、最終判断は各自がするのですが、それが出来るようになるためにはいろいろな練習の出来る場が必要なのです。そして、現在はその場がないのです。

お茶プラザなどは静岡県も噛んでいるようですが、主体は生産者団体なのではないでしょうか(間違っていたら、訂正します)。生産者は金を出したらそれでお仕舞いにするのではなく、その金が活かされているかまで監視するべきでしょう。はっきり言いますと、お茶の生産と販売については、生産者の勉強が「生産」に偏っていて、販売の努力がなさ過ぎると思います。又、お茶プラザだからと言って、日本茶だけに限る必要もないのです。このことは島田市のお茶の郷博物館についても言えます。

狭い私見によりますと、通販大手のジャパネットタカダが成功したのは、「この商品はこういう使い方をすると、このように役に立ちますよ」という事を親切に教えたからだと聞いています。お茶の生産者もそういう事を考えるべきではないでしょうか。

関連項目

浜松茶の未来
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静岡県の人口減少対策

2015年05月07日 | サ行
   
静岡県の広報・5月号(その1)

 静岡県の広報「しずおか県民だより」5月号には3つの主テーマがあるようです。第1は「特集」で、「新茶の季節到来」です。第2は「人口減少克服に提言やアイデアを」という呼びかけです。第3は「民政委員と児童委員という仕事の紹介」です。第3の「仕事の紹介」には問題はありません。今回は第2のアイデア募集を取り上げます。

 内容は説明するまでもないでしょう。県は2月に「素案」を作成したそうですが、それはまだ「素案」だから、どしどし意見をいただきたい、とのことです。それを最終的な戦略に反映するから、提言とアイデアがほしいという事らしいです。

 私の疑問に思った事は、第1に、このような重要な事について川勝知事が直接訴えるのではなくて、企画課が前面に出ているということです。

 私見では既に知事5年目に入っている川勝知事には県の人口の減少に対して有効な対策を取れなかった責任があると思います。そういう点の総合的な反省なしに、企画課に代行させて「提言とアイデアをください」というのはおかしいと思います。

 こういう政策を考え出すのは知事と副知事の仕事ですから、正副知事が「効果のある政策を打てなくて済みません」と謝り、給与をそれぞれ2割くらい減額して、それを「採用されたアイデア」に払う謝礼に充てるとか、表明するべきだと思います。

 そして、「提言は必ず私たち正副知事会が直接読んで判断します。そして、その後担当部署と相談した上で、ネット上に採否を発表します。その後の更なる議論も歓迎します」といった、決定のシステムも発表するべきでしょう。専用のブログを作ると好いと思います。

 こうすれば、県民も「知事はやる気があるな」と思って協力するでしょう。

 第2に、提言の提出期限が6月2日と制限されているのも納得できません。いったん打ち切るにしても、こういう提言は年中受け付けているべきだと思います。

 以上2点で賛成できません。まず提案の仕方を変えるべきだと思います。これが私の「提言」です。

付記

 この記事は静岡県庁の企画課及び県知事のメルアド宛てに送付してあります。返事があったら、掲載するつもりです。
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学力格差  頑張る学校の知恵共有を

2015年05月06日 | カ行
 
     氏岡(うじおか) 真弓

 昨年の全国学力調査の追加分析から、親の年収や学歴が高いぼど子どもの学力が高いことがわかった。既に各種調査で明らかになっている傾向だ。むしろ注目したいのは、家庭の格差を乗り越える成果を示した学校の存在である。

 国から委託を受けたお茶の水女子大・耳塚寛明副学長らの研究チームが、親の年収・学歴から学校別正答率を推計した。すると、試算を明らかに上回る小中学校が約l割あった。20ポイント以上高い例も見つかった。「奇跡のような学校だ」と耳塚氏は話す。

 研究者がそのうちの7校の聞き取りをしたところ、共通項が浮かび上がってきた。

 まず、家庭学習の指導だ。子どもが自分の関心のあることや、わからないことを調べる「自主学習」に力を入れる。「自学」「自勉」「宅勉」……。各校は様々な名前をつけていた。教員は、させっばなしにせず、ノートを日々提出させ、コメントを書いて返す。

 教師のチームワークのよさも共通していた。授業を見せ合い教え合う。担任の手が回らないと、代わりに教頭や教務主任が子どもの日記に一言書く小学校もあった。

 研修も重視する。文部科学省や教育委員会の方針を聞く研修ではない。よその学校や授業を見に行くのだ。研究課題に取り組む際も、外に発信する派手な形はとらない。全校が、子どもの実態をふまえる姿勢を大切にしていた。

 小中連携にも力を入れている。交流行事や教員の交換より、学習や生活指導方針を共有していた。

 そして、これらの試みを可能にしているのは、少人数指導や少人数学級を組める態勢だった。

 いずれも基礎的なことばかりのように見える。だが、「形」より「中身」を徹底させていることがポイントだと思う。国や自治体は各校の工夫をぜひ広げてほしい。

 その際、大切なのは、しんどい学校がなぜ取り組めないかを検討する視点だ。行政が学校に、ただノウハウとして伝えても生きないだろう。教委が配置する教員を増やし、保護者や地域が学校を支えることが必要だ。

 同時に「教育だけで格差を超えるのは困難だ」というリアルな現実を見つめることが重要となる。学力格差は社会問題だ。親の雇用や生活保護など労働や福祉も含めた多角的な施策が求められる。

 教育は子どもを通して次の社会をつくり出す営みである。家庭の豊かさで学力が左右され、次世代に格差が連鎖するのは避けなければならない。息の長い取り組みが必要だ。それには現状を把握する調査が欠かせない。文科省はこの分析を今後もぜひ続けてぼしい。

 (朝日、2014年05月01日。筆者は朝日の編集委員)

感想

 述べている事実自体は正しいのだと思います。そこから引き出した「結論」ないし「提案」は、々颪篌治体は各校の工夫をぜひ広げてほしい。大切なのは、しんどい学校がなぜ取り組めないかを検討する視点だ。行政が学校に、ただノウハウとして伝えても生きないだろう。教委が配置する教員を増やし、保護者や地域が学校を支えることが必要だ。3慘漏丙垢麓匆駝簑蠅澄親の雇用や生活保護など労働や福祉も含めた多角的な施策が求められる、の3点です。

 はこの調査の「前提」ですから、今は除くべきでしょう。,鉢△蓮◆嵎っています」と言いたい。むしろ、,鉢△なぜ出来ないか、行われないか、の原因調査が必要でしょう。というより、耳塚らの「調査」がそこまで追究しなかったことの方が問題でしょう。これでは学者とは言えません。そこを批判し、自分の案ないし答えを対置できない氏岡のレベルの低さも問題です。朝日の編集委員のレベルはこの程度なのでしょうか。

こういう事をやっている学校はなぜそうなったのか、やっていない学校はなぜやらないのか、これこそ問題です。私見によれば、多分。、鍵は校長と教育長でしょう。「組織はトップで8割決まる」のです。昔や外国の事は知りませんが、今の日本の学校の最大の問題は校長の勤務評定がないこと、逆に言えば、校長の身分保障が強すぎる事でしょう。

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地方創生と経営者育成

2015年05月05日 | タ行

 東日本大震災の発生から4年が過ぎ、はっきりと見えてきたことがある。それは被災した地域に必要なヒト、モノ、カネの資源のうち、復興の決定的なカギを握っているのは、ヒト、とりわけ経営にかかわる人材だということだ。

 モノやカネが重要なのは言うまでもない。だが、そうした資源を生かすための人材が、被災地には圧倒的に不足している。

 東京のNPO法人「ETIC.」は、震災直後から企業やNPOに必要とされる人材を被災地の域外から募り、リーダーの右腕となる人として派遣する「右腕派遣プログラム」を実施してきた。

 このプログラムで派遣された人の中には、現地に定住し、NPOをはじめ、現地の課題解決を目指す「ソーシャルビジネス」のリーダーとして活躍している人も少なくない。このプログラムは、人材を都市から地力ヘと環流させる地方創生のモデルとしても注目されている。

 被災地の中からイノベーションの新たな拠点が生まれていることも心強い。宮城・石巻の「SHNOMAK2・0」、仙台の「MAKOTO」などの組織は、情報発信、交流促進、産業創造・活性化、教育などに関連した諸事業を同時多発的に展開している。共同オフィスを使って官民による協働を進め、事業と人材を育む役割を果たしている。

 グロービス経営大学院仙台校や東北大学の地域イノベーション研究センターでも、各地の起業家や経営者が集い、復興にかかわる人材の育成を進めている。

 経営者不足は被災地に特有の課題ではない。地方創生も成否のカギはここにある。復興の先を見据えた新しい地方創生のモデルが、被災地の中から生まれつつある。

(朝日、2015年04月23日夕刊、経済気象台。筆者の筆名は辰興)

感想

 要するに、組織はトップが一番重要という事でしょう。賛成です。組織はトップで8割決まるのです。

 隠岐の島町では移住してきて起業する人に3年間月に15万円の補助金を出すそうです。ドンドン若い人が来て、保育園は子供で満員だそうです。

 我が浜松市では「山里イキイキ応援隊」を制度化して、やはり月に15万円の補助金を出し、その上ガソリン代などとして実費を補助しているそうです(3年間まで延長できる)。しかし、移住する人はごく少数です。仕事がないから過疎地は生まれるのです。「応援」ではダメなのです。主体的に起業する人が必要なのです。隠岐の島町と浜松市の違いです。

 そもそもやる気が違います。隠岐の島町では町長が「町起こしの財源捻出」のために、自分の給与を半分にしたのです。職員もそれに続いたのです。浜松市では市長の年収は2000万円超のままです。ブログも出していません。

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非営利組織のガバナンス

2015年05月04日 | タ行

          福原 義春

 蘭の栽培は、父の温室を受け継いで以来の古い趣味だ。といっても、基本的には個人で楽しむ趣味なので、他人とともに何かをするということは特段なかった。

 ところがある日、地元の蘭の会から、どうしても会長に就いてもらいたいという依頼を受けた。ちょうど会社では商品開発部長として目の回るような忙しさだったが、辞退もかなわず、2年の約束で引き受けた。夜遅く帰宅すると、不満を持つ会員からの長電話に応じなければならず、早く交代したいと言い続けた。しかし、任期満了が近づくとあと1年だけ、と懇願されることの繰り返しで、結局10年間会長を続けた。

 しぶしぶ引き受けて務め上げたこの役職だが、振り返れば、これほど勉強になったことはなかった。

 それまでの会社での経験から、組織で指揮を執り、リーダーとしてメンバーをまとめて活動をすることに関して、ほとんどわかった気になっていた。しかし、営利組織と非営利組織では、構成員の意識もリーダーのガバナンス(統治)の原理も、まるで正反対に思えた。

 企業では、従業員は給料をもらい、トップの指示でミドル(管理職)が、ミドルの指示で社員が働く。業績が上がれば給料に反映され、トップは社員から支持を受ける。一方、非営利組織では、会員は趣味など個別の目的のため、自ら会費を払って集まる。会の中では、市長も大学教授も大企業の経営者も、主婦も学生も全く対等だ。運営の元手は会費なので、トップは、会員の退会を防ぎ、入会を促進するためにそれぞれの思いをかなえる運営に無報酬で取り組む。つまり会員の信任によって会員に奉仕するトップが求められるので、その求心力や人間的魅力は、営利組織以上に必要なのだ。

 したがって、会員の思いの集積で成り立つ非営利組織のガバナンスは、社長が経営権と人事権をもつ営利組織とまさに正反対に思えた。

 何年か経ってこの構造がよく理解できたので、私は会社の人たちに、非営利組織の活動に参加することを勧めるようになった。趣味の会や町内会やボランティア団体などに所属し、一会員として賃金以外の動機で活動する経験、また、トップとして会員の希望を実現することに腐心する経験は、それと対極にある営利組織のガバナンスの原理を理解する上でとても役に立つと考えたからだ。

 しかし最近、こうも考えるようになった。非営利組織は会員からの会費で活動を行う。企業はお客様が製品やサービスを支持し、購入することで事業を継続できる。どちらの組織も、関係する人たちの願いをかなえようとする社会的使命を最優先してメンバーが力を尽くし、トップが奉仕する。そう考えれば、営利組織と非営利組織のガバナンスの原理は、反転して見えるだけで本質的に同じではないか、と。
 (朝日、2014年12月06日。筆者は資生堂名誉会長)

感想

 組織の真のトップのあるべき姿は営利企業でも非営利組織でも根本的には同じだ、ということなのだと思います。
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スパイだったヘミングウェー

2015年05月03日 | ハ行

        山脇 岳志、ハバナから

 半世紀にわたる米国とキューバの冷戦が、終わろうとしている。両国のトップがパナマで会談する直前、キューバの首都、ハバナを訪ねた。

 世界遺産に指定されている旧市街は、バロック様式の荘厳な建物もあれば、新古典主義やモダニズム建築も入り交じる。古いアパートに挟まれた狭い道で、裸足の子供たちがサッカーに興じる。その横を、観光客がそぞろ歩く不思議な空間である。

 異邦人が好んで訪ねるのは、文豪ヘミングウェーが通ったレストランやバーだ。キューバの観光資産の目玉の一つが、この文豪なのである。

 ヘミングウェーは1899年、米イリノイ州に生まれ、スペイン内戦を記者として取材した。1939年から20年あまりは、ハバナで暮らした。

 郊外の高台に、ヤシやマンゴーの木に囲まれた邸宅「フィンカ・ビヒア」がある。名作「老人と海」は、ここで執筆された。今は、ヘミングウェ一博物館として公開されている。

 文豪には、「別の顔」があった。第2次世界大戦中、米国のためスパイ活動をしていたのである。

 駐キューバ米国大使と協力して「クルック・ファクトリー(ならず者工場)」という名のスパイ団を組織し、ナチスドイツのスパイを探した。

 かと思えば、愛艇「ピラール号」に、バズーカ砲や手投げ弾を積み込んだ。漁とみせかけ、ナチスの潜水艦などが近づくと攻撃するためだった。

 さらに近年になって、ソ連の情報機関NKVD(KGBの前身)にも協力していたことが、元KGB幹部の暴露でわかった。文豪のコードネーム(暗号名)は、「アルゴ」だった。

 ヘミングウェーを研究する歴史学者、ニコラス・レイノルズ氏は、こう語る。「ソ連への共感はあったとしても、イデオロギーに賛成したわけではない。反ファシズムのための協力だったと思います」。ただし、ソ連のスパイとしての成果は、ゼロだったという。

 ヘミングウェーは、60年にハバナを去り、米国に戻る。フィデル・カストロ氏らが親米政権を打倒し、キューバ革命を達成した翌年だった。

 なぜキューバを離れたのか。米中央情報局(CA)の元幹部は「社会主義政権に資産を国有化されることを恐れたためだ。ヘミングウェーとフィデルは親しかったわけではない」と話す。

 ハバナのヘミングウェ一博物館の館長、アダ・ローサさんは反論する。「彼はキューバ革命に好感を持っていた。出版前の草稿も残したままだった。再びここに戻ってくるつもりだったのは間違いない」。躁鬱にも苦しんだ文豪は翌年、自ら命を絶つ。

 ヘミングウェーの人生には、なお数多くの謎がある。ただ、愛する二つの国が敵同士となり、彼の人生をさらに難しくしたのは確かだろう。

 海を隔ててわずか150繊6瓩て遠かった両国に、ようやく橋がかかろうとしている。
     (朝日、2015年04月18日。筆者はアメリカ総局長)
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浜松の中2「いじめ」自殺問題での和解協議

2015年05月01日 | ア行

 浜松市立中学2年生だった片岡完太君(当時13)が2012年に自殺したことをめぐる民事訴訟の和解協議が28日、静岡地裁浜松支部であった。原告の完太君の両親の提案と、いじめたとされる被告の生徒や市側の回答に隔たりがあり、次回の6月22日に話し合いを続ける。

 和解協議後に完太君の父親ら原告側が記者会見した。学校に金銭的な支払いのほか、教育委員会だけでなく、校長、クラス担任、部活顧問が反省の意を表明することや、慰霊碑を建てて年に1回式典を開くことを求めたという。被告の生徒らには謝罪の表明のほか、問題を風化させないように長期間にわたって金銭を支払うことを求めていると説明した。

 しかし、この日の和解協議で、生徒側は長期にわたる支払いに難色を示したという。また生徒1人は責任がないとして、金銭的な支払いに応じない姿勢を示したという。原告側代理人は「次回までにまとめるのは難しそうだ」と見通しを話した。

 浜松市教委指導課の担当者は「原告の意向を受け止めながら対応したい」と話している。
 (朝日、2015年04月29日)

感想

 大津市のいじめ自殺事件では越市長が「この際、いじめをなくそう」と考えて、積極的に動いたので、私から見ると不満はありますが、まあまあの和解が成立しました。

 浜松市長の鈴木康友は、先日の選挙の時にもこの問題に触れませんでしたし、前面に出て対応する事を避けているようですので、ごまかされる可能性があります。成り行きを注視したいと思います。

      関連項目

大津市のいじめ自殺事件での和解
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真庭市のバイオマス発電

2015年04月29日 | ハ行

 岡山県真庭市は、中国山地にある林業と木材業のまちだ。

 市内の8割は森林で、半分以上が人工林。7割をヒノキが占め、30の製材所がある。エネルギーの地産地消も勧めたベストセラー『里山資本主義』で「バイオマスの先進地」として取り上げられて有名になった。

 森を生かしたまちづくりは、地元の若手経営者らが1993年に立ち上げた「21世紀の真庭塾」の役割が大きい。地域から出る製材くずや廃材などを有効利用するために、木材資源の循環系を構築しようと考えた。

 中心にいたのが、製材会社の銘建工業の中島浩一郎社長(62)だ。

 同社は、製材過程で出る端材や樹皮、かんなくずを、発電や木材乾燥用のボイラーやペレット製造などに利用、2000船錺奪箸離丱ぅマス発電もある。

 「エネルギーは、経営を支える重要な要素になっている」と中島社長は言う。

 森林組合や真庭市などの9団体とともに出資して昨年2月に発足した企業「真庭バイオマス発電」は、このノウハウを生かす。こちらの経営も受け持つ中島社長は「地域の発展は、エネルギーを抜きに考えられない。地域の新しいエンジンになる」と意気込む。

 運営する発電所の能力は、一般住宅の2万2000軒分に相当する1万船錺奪函G確舛話聾気ら出た間伐材や端材などで、年300日以上24時間運転する。雇用創出も直接的には15人程度だが、関連を含めると200人程度に上るという。

 真庭市は、これまでも木材を使った燃料を市役所や福祉センター、農業用ハウスなどに使い、約14億円分の化石燃料を節約している。地元でお金が回るので、経済効果が大きい。

 新会社の電気は、市役所や学校に安く売る計画で、エネルギーの地産地消をさらに進める。軌道にのれば、2万船錺奪箸泙覗強し、産業を含めて市内のすべての電気をまかなうことを目指している。

 真庭市では、06年に始めた「バイオマスツアー」も好評で、毎年2000人以上が訪れている。震災後は東北など遠方からの参加者が増え、混雑期は予約が取れない状態だ。新会社も来年4月の稼働後は、ツアーのルートに組み込まれる予定だ。
     (朝日、2014年11月19日夕刊。編集委員・石井徹)
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ショーペンハウアー

2015年04月25日 | サ行

 ニーチェはショーペンハウアーから多大の感化を蒙っております。ショーペンハウアーは広い意味でのドイツ観念論に属しますが、ヘーゲルとは鋭く対立した人で、ドイツ観念論のなかでの変わり種です。

 彼において最も注目すべきは意志をもって実在とし、生きんとする意志の立場から人生を見ようとしたことです。いいかえると、ヘーゲルにおいて精神であったものはショーベンハウア−においては意志となっているのですが、これによって近代の自覚はヘーゲルにおけるよりも一歩進められたと申せましょう。

 それは人間は世界の主人、自然の所有者であるという近代意識の底には、中世後期以来、主意主義がひめられていたのですが、これがショーペンハウア一によって自覚的に哲学として組織せられたということができるからです。ヘーゲルにおいてはまだお上品な精神であったものがもっとドスグロイ生きんとする意志となったのは、近代の自覚が一層リアリスティックになったことを意味しています。

 しかし生きんとする意志から見られただけに、人生はそのような意志の角逐抗争する修羅場となります。人生は歎きの谷となります。そこでこれからの解脱のために、人間には自己否定が強く要求せられることになり、その結果、一種の超越主義がとられることになります。つまり、リアリスティックに現実に徹底し、そこから生きんとする意志というドスグロイものをえぐり出しましたが、そのことがかえって彼をして一種の超越主義をとらせる結果を招いたのです。ここに彼にも一種の実存主義の存するゆえんがあります(なお、ドイツ観念論のうちでは、後期シェリングの場合も同様です)。(金子武蔵『ヘーゲルの精神現象学』以文社225頁)
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