マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

「文法」のサポート、詳細索引・von

2014年10月23日 | 「関口ドイツ文法」のサポート
157──von etwas reden
331──数量を規定するvon
332──die Lehreやdie Theorieを規定するvon
335──動作名詞の主語を表すvon

339──動作名詞の目的を表すvon
378──連語の頭に使うvon
388──同語を対立させるvon .. zu

535──方角の形容詞に付くvon
560──ein Fieber von 38 Grad
573──ein Tropfen von Wasser

583──パーセントのvon
646──ein Nachbar von ihm
938──被使役者を表すvon

1119──時の副詞を名詞に附置する場合
1321──能動主を表すvon

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ニュージーランド流酪農

2014年10月22日 | ラ行
                酪農学園大学教授・荒木和秋

 7月に「ニュージーランド(NZ)・北海道酪農協力プロジェクト」が発表された。NZ政府が道内4戸の放牧酪農家に技術者とコンサルタントを派遣して調査分析とアドバイスを行い、放牧経営の指標を作成する。海外の政府が直接、農家の指導に当たるのは極めてまれなことだ。

 日本とNZは、生乳生産量が20年前は共に年間860万トンと肩を並べていたが、昨年度は日本が745万トンに減少する一方、NZは2000万トンに迫る勢いである。なぜこのような違いが生まれたのか。

 NZでは、半世紀以上前に合理的な営農システムが確立した。大きな圃場(ほじょう)に長期間牛を放しておくのではなく、圃場を電気牧柵で区切り、毎日牧区を替えていく集約放牧が実践された。短い牧草は高栄養で穀物を不要とし、年間放牧で牛舎もいらない。省力的な搾乳場も簡素ながら早くから整備された。

さらに春から夏に伸びる牧草を産後の牛が食べられるよう分娩を春先に集中させる季節繁殖は、乾乳期となる冬の農閑期を作り、長期休暇を可能とした。それに加え、酪農民でも夕刻には仕事を終え、生活を優先する作業スタイルは若者を多く集めている。

 一方、日本では年間を通した繁殖と生乳生産が、酪農民の年中無休を作りだした。機械化や立派な施設は規模拡大を可能にしたが、長時間労働と負債の増大につながった。関税ゼロの輸入穀物の多給は安価な時代には多大な利益をもたらしたが、高騰すると裏目に出た。農協も販売手数料を得るため、飼料が売れなくなる放牧には否定的だった。

 だが、日本でも1990年代後半にNZ方式を導入した北海道足寄町旧開拓農協地区では8年間でコストが2割下がり、所得も増えて後継者が戻っている。道内では新規参入者の多くが放牧酪農を実践しており、道外でも入会牧野や耕作放棄地などを使って導入可能ではないか。

 NZで合理的な営農システムを築くことができたのは、少ない人口の下、いかに省力化するかを絶えず追求した結果である。国の行財政改革で補助金がほとんど無くされたこともあり、日本の4分の1という低コスト酪農の実践で生き残りを図ってきた。逆に日本では手厚い補助金行政が推進されて高コスト体質となり、酪農が裏返しているというのは皮肉な結果であろう。

 貿易自由化など将来への不安から離農者が増える中、納税者から支持される低コストで、かつ若者から支持されるゆとりある営農システムの構築が急がれる。(朝日、2014年08月24日)

 感想・ノルウェーの漁業とかドイツの林業とか、日本でも学ぶような動きがあるようですが、どれだけ広がっているのでしょうか。政府はこれらからどう学んでいるのでしょうか。

     関連項目

ノルウェーの漁業
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東京都写真美術館

2014年10月21日 | サ行
資生堂名誉会長・福原義春

 私は、経営者として企業組織を動かすとともに、個人として非営利組織や公益法人の運営に関わってきた。さらに2000年には、公立美術館の館長として、公務員集団を率いる機会を得た。

 東京・恵比寿に、東京都写真美術館がある。1990年に開館した、日本では数少ない写真と映像専門の美術館だ。しかし、3代目館長の徳聞康快氏が逝去した後は館長不在の状態で、廃止が取りざたされたことさえあるという。

 その活性化のために、私は2000年に館長職を拝命した。当時の石原慎太郎都知事は、依頼に戸惑う私を誘って自ら館を案内し、ひとまわりすると、「もういやとは言わないだろうね」とほほ笑んだ。

 当時、公立文化施設の長に民間の経営者を据えることが一種のはやりだった。民間の手法で官僚組織を変革することが狙いだったのであろう。

 はたして就任してみると、設備や収蔵作品以上に、組織と館員の発想の硬直化に問題があると感じた。しかし、さらに観察してみると、個々は優秀で意欲もあり、見習うべきところも多かった。民が良くて官が悪いという単純な問題ではないとわかったので、さまざまな試みに着手した。

 まずは、ピラミッド型縦割り組織の弊害である情報伝達の遅さと不正確さをなんとかしようとした。問題を見つけると、館長の私から、学芸員や受付スタッフら現場の担当者に、直接電話やファクスで連絡した。上意下達の指揮系統しか知らない館員にとって、このやり方は、いわば劇薬であった。いきなり館長から連絡を受けた館員は、驚いて同僚や上司や副館長に相談し、結果的に私のビジョンは迅速かつ正確に全員に伝わるようになった。

 次に、年間入館者数という明確な目標で意識改革を図った。私の就任した年の入館者は約22万人だったが、それを30万人にするという目標を掲げた。多くの館員は到底無理だと反対したが、ビジョンが浸透すると、「ではそのために何をするか」という発想に変わった。学芸員から警備スタッフに至るまで、優れた企画、来館者のもてなしなど、アイデアを次々と出し合って実行するようになった。

 年間入場者30万人という目標は2002年度に達成し、今ではコンスタントに40万人を超えるようになった。

 財政難のために、東京都からの予算が半減する中での健闘が話題になった。しかし、これらはすべて館員の努力のたまものだ。私は単純に民の手法を官に押し付けたのではなく、官と民のいいところを見据えてビジョンを掲げ、モチベーションを高める手助けをしたにすぎない。

 開館からおよそ四半世紀が経った美術館は、〔2014年〕9月24日から2年弱の予定で大規模改修工事に入る。長い休館で皆さまにはご迷惑をおかけするが、さらに良い美術館に生まれ変わることをご期待いただき、ご容赦いただきたい。
     (朝日be、2014年08月30日)
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soviel

2014年10月18日 | 関口独和辞典抄
 1. Aus den früheren Freunden wurden nun ebensoviele Feinde.
 (昔の味方が今度はどいつもこいつも敵になってしまった)(大講座下巻56項)

感想・こういう所に(eben)sovieleを使わなければならない、という感覚が我々にはなかなか身に付きません。
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sorgen

2014年10月17日 | 関口独和辞典抄
 für et. sorgen: 〜に気を配る、何々を作り出す
   sich um et. sorgen: 心配する(sich um et. Sorgen machen)

◆et. besorgen: 調達する→ Besorgungen machen
jn. Besorgen、世話をする
  jm. den Haushalt besorgen、誰それの家事をみてやる

  01、Außenminister Guido Westerwelle hat sich besorgt über die jüngsten Ausschreitungen in Ägypten geäußert. (DW)(ヴェスターヴェレ外相はエジプトでの衝突に懸念を表明した)

 jn. versorgen:世話をする

   jn. mit et. Versorgen、誰それに〜を供給する→ Wasserversorgung

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七福神参り

2014年10月16日 | サ行
 七福神参りは都内でもあちこちにあるが、〔台東区の〕谷中(やなか)が一番古い。これは上野寛永寺を開いた天海僧正の創設によるという。

 天海僧正は徳川家康を若いころに知り、いずれは天下人となるお方、とその吉相福相を見抜いた。そして経典「仁王経」の「七難即滅七福即生」の文にもとづき、

 「公は長寿、富財、人望、正直、愛敬、威光、大量の七徳を備えたまい、困難な天下統一の大業を果され、平和な国土を築かれた。これは寿老人(じゅろうじん)の長寿、大黒天の富、福禄寿の人望、恵比須の正直、弁才天の愛敬、毘沙門天の威光、布袋(ほてい)の大量の七徳すべてを兼ね備えたものというべきでしょう」

 と申し上げた。家康公大いに喜び、早速、絵師狩野探幽を召して、宝船に乗った七福神の画を描かせた。これを模写したものが全国に伝わり、おめでたい、縁起がよい、と江戸の民間信仰になっていった。七つの徳を備えてさえいれば、どんな世の荒波にもまれても、楽しく乗り切り、目的地に着けるというのだ。

 江戸時代は、正月二日のお昼から夜にかけてこの七福神乗合船の図を売って歩く人がいた。

 「お宝、お宝、お宝エー、宝船、宝船」

 と早口で節をつけ客を呼ぶ。この半紙には、

 長き夜のとおの眠りのみな目ざめ / 波のり船の音のよきかな

という歌が絵につけられていた。これは下から読んでも同じ、いわゆる回文である。

 この紙を買い、枕の下に敷いて寝れば、おめでたい初夢が見られるという。(森まゆみ著『路地の匂い 町の音』旬報社26-7頁)
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お断り

2014年10月15日 | 読者へ
 或る読者から次のご意見をいただきました。

──ブログ入力をお休みになり、『小論理学』、『関口ドイツ文法』御改訂・御完成に集中して頂き度存じます。日本共産党を含む反戦勢力が急伸することはまず望めませんので、秘密保護法施行で御著書が発禁とか伏字だらけとかになりかねませんので。(引用終わり)

 「日本共産党を含む反戦勢力が」以下はともかく、前半については同意見の方も少なくないと推測します。近いうちに詳しくお返事します。少し待ってください。

2014年10月15日、牧野紀之




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solcher

2014年10月14日 | 関口独和辞典抄
  ヽ杏規定(そのような〜)と内部規定(そもそも〜なるものは)の両方がある。

   solch ein でも同じ。cf. dieser

  内部規定の例

  1. Helmut schrieb zwar hin und wieder mal aus der Pension, aber das waren Briefe, wie sie solche Jungen eben schreiben, in Eile hingeworfen, von dem erfüllt, was sie gerade beschäftigt..(定冠詞 S.7)(時折寄宿舎から手紙を寄越したが、手紙といったって、一体男の子が書く手紙てのはみんなそんなものだが、そそくさと、何か目前の事に夢中になっているような書きぶりの手紙だった)

 ◆etwas als solcher(〜そのもの)

 形成・ドイツ語は同じ語を繰り返すことを嫌がる言語なので、例えば Wenn du keinen Mut hast, so musst du welchen (od. solchen) aufbringen(勇気がないなら、出したらいいじゃないか)と言うのと同じように、2度目の名詞を solch- で間に合わせたのがこのdas Wissen als solches(知識そのもの)die Kunst als solche(芸術そのもの)der Sport als solcher(スポーツそのもの)なのです(大講座下巻20項)。

・2,3 格では弱変化させる傾向もある。 als solchem → als solchen
   der Mensch als socher,
des Menschen als solchen,
   dem Menschen als solchem (od. solchen),
den Menschen als solchen (論集 50 頁)

 意味

  (1) etwas an sich と同じで、概念を緻密に考える時に使う。

  1. Das Loch ist als solches nichts.
  (穴というものは、それ自体としては、無いものである)
  2. Der Mensch als solcher ist schwächer als die Bestie.
  (人間はそれ自体としては野獣より弱い)(以上、大講座中巻 190頁)

(2) 「従って」の意あり。同格のals。「そのようなものであるから」

1. Gott ist ein regulatives Prinzip; als solches ist er zwar durch etwas Adaquateres aufzuheben, so mir nichts dir nichts abzuschaffen ist er nicht.(神という概念は便宜上の概念である。従って、より妥当なる概念によってこれを棄揚することは出来るが、そう感歎にやめてしまうことは出来ないものである)

 説明・先行詞と性数を一致させること、同じ文内にそれと同格の語(この場合はer)がなければならない(作文 387-8頁)。

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詳細索引・換言

2014年10月12日 | 「関口ドイツ文法」のサポート
153──換言とは言い換え
266──換言と比喩
310──換言的並置

686──換言的規定と特殊化的規定
699──換言的附置

840と841──名詞付加的zu不定句の換言的性格

1123──換言的性格の属詞

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父兄

2014年10月11日 | ハ行
 明鏡は第1義として「父と兄、父や兄」とした上で、第2義として「学校で、児童・生徒の保護者」と書いています。新明解はその第1義は省いて、初めから「未成年者を保護・監督する立場にある父や兄。広義では、まだ自立していない子供の保護者も指す」という「語釈」を書いています。

 明鏡の第1義で使われる事はあるのでしょうか。まあ、どうでもいいです。第2義が問題です。いや、その説明ははっきり言って間違いでしょう。正しくは「未成年者の保護者という意味で使われることがあるが、間違いである」と書くべきでしょう。

 かつて、保護者を「父兄」と言ったのは、古い家族制度の立場が前提されていたからでしょう。今では、家族制度は、不十分ながら、変わりました。男女同権です。長男(長兄)が妻(母)より偉いという考えは不当です。

 それなのに、今でも、「父兄」はかなり頻繁に使われています。そして、「差別用語」とはっきり意識されていません。辞書でさえ上記のような有様です。

 昨日の朝、と言うのは、2014年10月10日の午前1時過ぎのことですが、NHKのラジオ深夜便を聞いていました。「明日への言葉」の再放送でした。インタビュー番組でしたが、ゲストは佐藤朝代(けやきの森保育園園長)、題名は「園児が、富士山頂に立てるまで」で、 インタビューしていたのは大沢ディレクターでした。そのインタビューの中で大沢は2度にわたって「父兄」と言っていました。驚きました。「皆様のNHK」ではアナウンサーをどう指導しているのでしょうか。

 我が浜松市の広報誌『はままつ』の2014年4月号の25頁の一番下の「っ田稲作体験」の記事の中に「中学生以下は父兄同伴」とあります。これには驚きませんでした。女性差別で悪名の高い浜松市らしいミスだな、と思っただけでした。

 長女が中学生だったのはもう相当昔の事ですが、そこの校長が又、よく「父兄」を使う人でした。長女は帰宅すると、「校長は又、『父兄』って言ったよ」と笑って報告してくれました。

 「女性が輝く社会を作る」と言っている首相はこの事実に気づいているのでしょうか。
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