マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

文化・芸術の力で町起こし

2016年09月23日 | マ行


              北海道文化財団理事長・磯田 憲一

 2040年までに国全体で2千万人の減少が予測される人口減社会。「消滅可能性都市」という言葉まで登場し、自治体経営には濃霧が立ちこめる。しかし、だからこそ、時代と向き合う自治体の姿勢が地域の将来を左右する。「住んでよし、訪れてよし」の魅力ある自治体の共通項は、人口の多寡ではなく、地域資源を生かす知恵に満ち、個性を明瞭に発信している地域だ。地域の歴史や風土、固有の文化的資源に裏打ちされたソフトパワーは人の心を捉える。それが呼び覚ます共感や感動が人やもの、経済をも動かしていることは、人口減時代でも「にぎわい」や「交流」を創出している自治体があることを想起すれば得心がいく。

 そのソフトパワーに着目して、文化庁は2007年度から、文化芸術分野で成果をあげた自治体を「文化芸術創造都市」として表彰している。9回目の今年、これまでで最も人口の少ない北海道剣淵町(3280人)が、並みいる他都市を抑えて受賞した。旭川から北へ50㌔の純農村地帯だが、28年前、隣町に住む絵本作家の呼びかけに心を響かせ、子どもの心と生命を育む「絵本の里」づくりをスタートさせた。1991年創設の「けんぶち絵本の里大賞」は、今や新人作家の登竜門と言われる。特筆すべきは、基幹産業を担う農業者が「絵本」に「農業」と通底する力を見いだし、中心的役割を果たしてきたことだ。結果として「絵本の里」の農産物のブランドカを、さらには「文化芸術」の薫りを持つ町としての知名度を高めている。

 同時受賞の富良野市はドラマ「北の国から」で知られるが、こちらも農業主体の小規模自治体だ。「富良野演劇工場」が2000年にオープンし、NPOが中心になって、学校や企業、地域で、演劇によるコミュニケーション教育を多彩に展開。演劇と人づくりを融合させ、交流人口の拡大を図っている。

 いずれも、文化芸術を核にした戦略が活力を生みだしている好例だ。ハコモノなど形の見える成果を求めるあまり、文化予算がやせ細る自治体は多い。文化は権威に依拠するものではないとしても、文化のパワーを信じて挑戦する自治体にとって、文化芸術創造都市の表彰は大きな励みになる。創造都市の交流が進み、文化の持つ創造力が地域の活力を生むパワーであることへの理解が進めばと願っている。目先に惑うことなく、「時間」が熟成する価値に着目し、文化戦略を地域発展の基軸の一つに据える勇気を持つ自治体にこそ未来は微笑(ほほえ)むに違いない。人々は確かなアイデンティティーを求めて、文化の力を備えた心和む地域や故郷に回帰していくはずなのだから。

(2016年09月14日。朝日、私の視点欄)

 感想

 私も本当にそう思います。我が浜松市を考えると、いつでも、「根本的に文化力がない」と感じます。「ない」で悪ければ「低すぎる」と感じます。「隣の芝生は青く見える」のかもしれませんが、隣の磐田市と比べても、掛川市と比べても、浜松市の方が「文化的に低い」と感じます。

 かつて長野県の松本市で生活したことのある人と話したことがありますが、彼も実感としてそう思うと、私の考えに賛成してくれました。

 音楽都市を掲げ、国際ピアノコンクールを開催していますが、それに費やしている費用及びエネルギーに比して十分な効果が上がっているとも思えません。
費用の正確な数字は公表もされていません。

 根本的に教育に問題があるのだと推定しています。教師のレベルが低すぎると感じます。特に校長にお粗末な人が多いようです。

 今年の4月からの朝ドラ「とと姉ちゃん」では、初めのころ、浜松が舞台でした。来年の大河ドラマは井伊直虎だそうで、これは北遠が舞台なので、今、市を挙げて「このチャンスを生かそう」と頑張っているようです。

 しかし、外からの好機をどれだけ生かすかは結局は日ごろの自分たちの努力だと思います。これが根本的に変わらなければブームも一過性のものに終わるでしょう。
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校庭の芝生化、磐田市の場合

2016年09月19日 | カ行

 磐田市が市立保育園や幼稚園などの園庭の芝生化に取り組んでいる。もともと、小中学校の校庭の芝生化に先進的に取り組んでできたが、管理に手間がかるため近年は動きが止まっていた。そこで保育園など3園を対象に、管理が容易な芝に変えて試行する。

「転んでも大丈夫」

 8月31日、磐田市二之宮の二之宮保育園で「芝生開き」があった。約110人の園児が市のイメージキャラクター「しっぺい」とともに、園庭の中央に張った芝生の上でダンスをしたり駆けっこをしたりした。

 「芝生なら転んでもけがをしにくいし、雨の後でもぬかるまないので、外で遊べる。裸足になれば土踏まずが芝に触れ、運動能力が刺激される効果もある」と岩本久美子園長は話す。

 市は今年度、二之宮保育園のほか豊岡南幼稚園と福田こども園も芝生化することを決め、今月1日と2日に芝生開きをした。福田こども園では、ヤマハ発動機ジュビロのスタッフによるラグビー教室もあった。

 市は「スポーツのまちづくり」の一環で、2003年度から小中学校の校庭の芝生化に取り組み、14年度までに20校に芝生が張られた。芝生は転んだ際にけがをしにくいとされ、地面の照り返しによる暑さも抑えられることから、子どもの外遊びを促すのに適しているという。ただ、サッカー場などに用いる「ティフトン」という芝を使っていたため夏場の生育がよく、刈り込みや水やりが大変だった。

 教頭らが管理を担当してきたが、手が回らず、大半の学校がシルバー人材センターに作業を依頼。それでもここ2年は、小中学校では導入例がない。

 そこで今回、保育園や幼稚園向けに「ウィンターフィールド」という省管理型の芝生を選んだ。背丈が低く、踏まれることに強いのが特徴。水やりは園の職員が行うものの、サッカー場のようにこまめに刈りそろえる必要はないという。


3園で経費258万円

 ただ、市の施設などに植えられていたものを再利用できたティフトンに比べ、ウィンターフィールドは芝の調達や作業を業者に委託する必要があり、3園で約258万円かかった。

 「芝生が子どもにどんな効果をもたらすかや、冬にすり切れる分の補修も含めた管理の手間を勘案し、他の園にも広げるか判断したい」と市幼稚園保育園課の担当者は話している。

      (2016年09月03日、朝日、静岡版。大島具視)

 感想

 浜松市では校庭の芝生化は、多分、ゼロです。市長に見識がないのだから、仕方ないです。
 それはともかく、鳥取方式をなぜ採用しないのでしょうか。

  鳥取方式
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朝日新聞のジャーナリズム(その2)

2016年08月23日 | ア行

1、朝日、静岡版。2016年07月25日の記事

──完工の防潮堤に植樹。浜松・篠原工区で園児ら

 県と浜松市が遠州灘沿岸の浜松市域に造っている防潮堤のうち、篠原工区の本体工事の完工報告会と記念イベントが24日、現地であった。県や市、それに県に300億円を寄付した一条工務店グループの幹部らが出席。小学生やこども園の園児らと、堤にクロマツの苗木を植えた。

 県と浜松市は寄付などを元に、天竜川河口から浜名湖の今切口までの17・5㌔を四つの工区に分け、標高13㍍の防潮堤を造っている。そのうち、南区と西区にまたがる篠原工区は最初に工事が始まり、5月までに4・5㌔で本体工事が終了。まだ1㌔弱残っているが、大どころが終わったため、市民の防潮堤に対する関心を高めるべく報告会を開いたという。

 保安林伐採などに時間を要し、他の工区も含む全体の工事は遅れており、県の担当者は「2020年3月の完成を目指す」と話した。

 2、牧野の感想

 これを一言で評するならば、「事実ではあるが、真実ではない記事の見本」ということになると思います。

 この事業はもともと「津波の被害を防ぐ、あるいは軽減するための対策をしなければならない」という考えが前提となっていたと思います。

 そこに一条工務店が300億円の寄付を申し出てくれたわけです。そのために、この金をどう使うかという問題に具体化されたのです。

 その時、県知事や浜松市長にとっては「巨大防潮堤で津波を抑え込むのは当然」だったようです。そのため、どの程度の巨大防潮堤をどうやって作るかだけが問題になったのです。それ以外の方法は検討もされなかったようです。

 結局、クロマツを主とする「保安林」を一部削って、海岸沿いに巨大防潮堤を作ることになったのです。

 しかし、人々の頭の中には「クロマツ防潮林」信仰が残っています。また、他の一部の市民の中には宮脇昭の「その土地の潜在植生の混植・密植こそが最良の方法」という説を信奉している人も少なからずいます。

 私には好くは分からない経過を経て、上記の巨大防潮堤の北側の裾に幅1メートルくらいの「防潮林」を植えても好いことになりました。行政派はクロマツを植えることになりました。上の記事で紹介されているのはその活動の一環です。

 宮脇派は行政の許可を得た限りで、広葉樹の混植・密植を着々と進めています。巨大防潮堤の裾だけでなく、そこから百メートルくらい北側に前からある「小さな防潮堤」の上(裾ではありません。「上」です)にも植えています。

 朝日新聞と中日新聞は行政派の「クロマツ植樹」の時だけ切れ切れですが、報道しています。静岡新聞は6月13日の宮脇派の植樹活動を報道しました。

 事態の全体像が分かるような「真の報道」は今の所どこにもないようです。

関連項目

朝日新聞のジャーナリズム
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和食文化

2016年08月16日 | ワ行

 1、朝日新聞の記事

5月10日、東京・銀座の日本料理店「銀座小十」。全8席のカウンターに9人の客が座っていた。「5月は春でしょうか。初夏でしょうか」と、店主の奥田透さん(46)が問いかけた。悩む客たち。

 「私は、その両方だと思います。春から夏へ変わる季節をどう表現するか。献立に最も悩むのが5月なんです」と奥田さんは言い、前菜にあたる「先八寸」を並べ始めた。

 端午の節句にちなみ、ショウブや青モミジの葉を散らした漆塗りのお盆。初ガツオのたたき、蒸しアワビと焼きなすのあんかけ、鯛のちまきずし、稚鮎のから揚げ、うすい豆の茶わん蒸しが並ぶ。

 ミシュランガイドで最高の三つ星を7年連続で獲得した同店。通常のランチはコースで2万1600円だが、この日は別。なぜならこれは、「授業」だからだ。

 奥田さんは、今春開校した「東京すし和食調理専門学校」(東京都世田谷区)の教育顧問を務める。客は料理人を目指す生徒たち。授業の一環で食事体験に来たのだ。

 なぜショウブの葉を使うのか。ちまきを食す理由は。奥田さんは、2000年以上前の中国の歴史をひもとき解説した。「料理だけでなく、食材や器、一つ一つに意味がこめられている。和食の奥深さに改めて気づいた」。生徒の岩野匡晃さん(18)は語った。

 この学校は、和食とすしに特化し、国の認可を受けた全国初の調理専門学校だ。設立の背景には危機感があった。近年、調理専門学校ではフランス料理やイタリア料理、製菓の履修者が大半で、和食は少数派なのだと渡辺勝校長(58)は話す。

 同じく和食文化の継承に危機感を抱いていた奥田さんや、ミシュラン三つ星のすし店「鮨よしたけ」の吉武正博さんら、第一線のプロとカリキュラムを考案。調理実習や栄養学などの授業のほか、日本酒や和包丁、和食器を学ぶ実習、市場見学、漁業体験研修なども盛り込んだ。

 「国籍や世代を問わず、内外で活躍する料理人を育てたい」と渡辺校長。1期生49人の年齢は18~46歳、国籍は中国、ベトナム、モンゴルと多岐にわたる。

 調理実習も「即戦力を育てる」ことにこだわる。「このつみれ、上品に食べるには大き過ぎるよ」。5月13日、煮物の調理で、専任講師の長谷川哲也さん(41)から厳しい一言が飛んだ。

 使った後、調理台に放置された布巾。ランチョンマットの上での、鍋から皿への盛りつけ。長谷川さんは、NGな場面を見つけるたびに注意を繰り返した。

 韓国・釜山のホテルの日本料理店で勤務経験がある韓国出身の金完圭さん(31)は「職場では先輩を見て学ぶだけだったが、なぜそうするのか、理論的に分かるようになった」。

 卒業生の受け入れ予定がある料亭「分とく山」(東京都港区)の野崎洋光さん(63)は「知的好奇心やクリエーター意識を持ち、お客様に『この人の料理を食べたい』と思われる人を採りたい」とエールを送る。

 ★1 京都の大学、学科新設

 和食文化は、料理人だけでは守れない。伝統野菜をブランド化して販路を開拓するビジネス人材、日本料理店の海外出店を手がけるプロデューサー、食文化の歴史を考える研究者──。こうした人材を育てようと、京都府立大(築山崇学長)は2019年春にも和食文化の学科を設ける。

 和食の総本山とも言える京都に和食文化を学べる高等教育機関がなかったのは意外に思えるが、「食は日常の営みであり、学問の研究対象にはなりにくいと受け止められてきたのでしょう」と、同大京都和食文化研究センター・和食学科準備担当課の福原早苗課長は分析する。

 新学科のカリキュラム編成に向け、昨年度から「和食の文化と科学」と名付けたプログラムを開講している。今年度は「和食文化論」「フードビジネス論」など約30科目を開講。一部は京都工芸繊維大や京都府立医科大と単位互換でき、履修者は3校で計1200人にのばる。(前田育穂)

 ★2 東京すし和食調理専門学校数育顧問・奥田透さんの話

 ワインに詳しい日本人はたくさんいます。では、毎日飲むお茶がどこでどう作られ、どうすればおいしくいれられるか、きちんと知っている人はどのくらいいるでしょうか。習う機会がないのは、教育の問題だと思います。

 日本はこれから人口がどんどん減る。和食文化を守り、伝えていかなければ、いずれは廃れてしまいます。影響は食材の生産者や料理人だけでなく、食器やのれん、日本建築など、和食を取り巻く様々な伝統産業にも及びます。

 日本の文化を知れば、好きになり、伝えたくなるはず。そんな気概を持った料理人を目指して欲しいです。

 ★3 漬物・みそ汁、減る頻度

 家庭の献立も、和食離れが進む。首都圏の約1000世帯の食事データを30年以上分析している調査会社「マーケテイング・リサーチ・サービス」のMRSメニューセンサスによると、1日3食の献立に漬物が登場する頻度は、1979年は100世帯あたり148回だったが、2012年には66回に。みそ汁も、94回から51回に減った。

 和食離れを食い止めるには、幼い頃から親しむことが欠かせないと指摘するのは、味の素広報部の焼石健久さんだ。「人は年齢を重ねても、食べ慣れた献立を好む。和食好きにするには、家庭や学校など、様々な場所での取り組みが欠かせない」と語る。

 (以上、朝日、2016年05月29日)

2、牧野の感想

 遅きに失した感はありますが、ともかくこういう動きの出てきたことは喜ぶべき事でしょう。

 給食のあり方の再検討とか大学の学食の再検討も必要でしょう。

 お茶にしても、「お茶の淹れ方」の講習などでは「煎茶」、それも「高級煎茶」の淹れ方の講習がほとんどだと思います。私見では、番茶についての講習の方が先だと思います。いや、二者択一ではなく、お茶の講習では両方をやると好いと思います。
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活動報告、2016年07月06日

2016年07月06日 | カ行

 前回の報告が今年の01月12日でしたから、半年ぶりの報告ということになります。長い中断でした。箇条書き的に報告します。

① 3月初めに病気になりました。帯状疱疹です。病気自体は3日ほどで治ったのだと思っていますが、後遺症が残りました。今でも残っています。左のほほがおかしいのです。「痛い」ということはないのですが、時々ピリピリしますし、気になります。ドクダミ茶で治そうとしていますが、今のところ効果がありません。

 「一病息災」を実行しようと思っています。「疲れたな」と思ったら、以前ならば「もう少しやろうか」と考えたところですが、今は「止める」ことにしています。「牛歩のマラソンランナー」が更に遅くなりました。カタツムリくらいかな。しかし、「戦う姿勢」はいまだに健在ですし、体の本体は健康ですので、まだまだ神様に見放されることはないと思っています。

 ② この間、すでに発表しましたので、ご承知の通り、許萬元のものを精読しました。まだ『ヘーゲル弁証法の本質』が少し残っています。6月の中旬に(『小論理学』未知谷版の前半だけの)「校正刷り」を受け取ったのですが、それ以来、校正と許萬元の評注とを交互にやっていますので、校正の方に集中できていません。しかし、内容的にはこれが有意義だと思っています。

 ③ 06月18日(土)、防潮森を作るための「植栽」に参加してきました。これは少し込み入った事情があるらしく私も正確には知らないのですが、かつて01月29日付けの「マキペディア」に書いた事と関係しています。

あの日、私は行政との話し合いに結論が出る前に退席したのですが、結局は行政側が折れて、「巨大防潮堤の裾の一番下の方に1メートルくらいの幅で『広葉樹の混植・密植』という宮脇方式の植栽をすることを認める」ということになったようです。

 浜松市の広報の3月号に「防潮堤春季市民植栽への参加者募集」と題する記事があり、「現在進められている防潮堤整備により一時取り除かれた保安林を早期回復するため、また将来に渡って市民の皆さんに愛され親しみのあるものにするために、植栽を行っていただける団体および個人を募集します」とあります。

 我々の植栽は5月29日にもあったのですが、6月18日の活動はこれに続くものです。今後も更に続けられるのか、知りませんが、そう願っています。

 私に分からないところは、巨大防潮堤の法面(今回の植栽)のほかに、我々はそれより雑木林をはさんで50メートルくらい南の既存の防潮堤の上(これはてっぺんです)にも、2年以上前から少しずつ防潮林を作ってきているのですが、両者の関係はどうなのか、ということです。この後者の活動も一応は行政に認められてやっているのであって、コソコソとやっているわけではないのです。まあ、宮脇方式の防潮林が増えるのですから、これ以上詮索しなくても好い事にしましょうか。

 ついでにお伝えしておきますと、細川元総理などをトップとして進められている「宮脇方式のプロジェクト」(正式名称ではありません)はその後「鎮守の森プロジェクト」という分かりやすい名前に変わりました。

 以上、主要な点を報告しました。今後もよろしくお願いします。
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朝日新聞のジャーナリズム──批判に対して反論しない人をどう扱うか──

2016年06月26日 | ア行

 最近、朝日新聞夕刊の「人生の贈りもの」欄に立花隆が取り上げられました。この欄はかつては5回で完結していたと思いますが、今年からは(?)一人について6回以上のスペースを割くことも当たり前になってきています。それにしてもせいぜい10回くらいが普通でしたのに、立花隆については14回だか15回も連載したのには驚きました。さすがに「知の巨人」と言われている人です。

 しかし、立花の「半生」を聞くならばどうしても触れなければならない2点が落ちていました。一つは、日本共産党への批判と相手からの反批判です。もう一つは、立花の評論活動への批判に対して立花が応えない事です。立花批判には私の知っているだけでも「立花隆の無知蒙昧を衝く」(宝島社)と「立花隆『嘘八百』の研究」と「立花先生、かなりヘンですよ」の3つがあります。

 ここで考えておかなければならないことは、批判に対して論者は絶対に応えなければならないか、という問題です。もちろん、答えは「否」です。応えなくてもよい批判もたくさんあります。内容が低級である場合とか、批判の仕方が間違っているとか無礼であるとかです。また、結構あるのが、批判者が「自分が世間から相手にされないので」、他者批判をして、反論を求めている場合です。

 しかるに、前記の批判書はいずれも軽率なものではなく、各界の実力者が、あるいは大学生がまじめに立花を検討したうえで批判したものです。これにはやはり応えなければならないと思います。

 それなのに立花は応えていないのです。これは不誠実であり、正しくないと思います。世間はこういう「批判に対してまじめに応えない人」に対しては、しかるべき態度をとらなければならないと思います。マスコミなら、そういう論者には発言の機会を与えないとか、機会があった場合には「なぜ批判に応えないのか」と質問するべきだと思います。

 私に知っている人では、こういう「批判に対してまじめに応えない人」は立花隆と長谷川宏です。それなのに朝日新聞はこの両者にインタビューをしたりしています。そして、その際、「なぜ批判に応えないのか」という質問をしていないのです。

 批判に対して反論はしているのですが、その相手が自分と同じ土俵に立っているものだけで、根本的に違う批判は黙殺している人もいます。私の知る範囲では、許萬元がそれに当たります。許萬元は創風社版の『弁証法の理論』上巻への「まえがき」の中でそれをしています。つまり、自分と同じように喫茶店で談論風発する材料としてのヘーゲル研究(酒肴哲学と命名したいです)をしている人たちからの批判に対しては反論をしているのですが、この本(青木書店刊『ヘーゲル弁証法の本質』)を最も広く深く読み込んで評価しかつ批判した拙稿「サラリーマン弁証法の本質」(『哲学夜話』に所収)は黙殺しているのです。

 論争は民主社会の大きな武器ですから、我々は、それを正しく使わなければならないと思います。そして、応えるべき批判に対して応えない人に対してはしかるべき対応をするべきだと思います。また、その「しかるべき対応」をしない人やマスコミに対しても「しかるべき対応」をしなければならないと思います。
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水俣病と補償金

2016年06月20日 | マ行
   村は保証金で破滅した

    岡本達明(たつあき)(元チッソ第一組合委員長、民衆史研究者)


 水俣病の60年は、どの局面をとっても不条理です。不条理の連鎖がどこまでも続く。

 被害者が前面に出た稀有の公害闘争が水俣病でした。

 1973年、チッソに賠償を求める裁判に勝った原告団は、東京駅近くの本社で座り込みを続ける患者たちと合流して交渉を始めます。要求の柱の一つは年金と療養費。これを拒む当時の島田賢一社長に患者家族の坂本トキノさんが淡々と言いました。

 「病み崩れていく娘を何年みてきたか。あんたの娘を下さい。水銀飲ませてグタグタにする。看病してみなさい。私の苦しみがわかるから」

 4ヵ月の交渉の末、行政が水俣病と認定したら1600万~1800万円の補償金と年金、療養費も支払うという協定を勝ち取りました。

 実はその5年前、政府の公害評定直後にもチッソの専務と交渉しました。患者はものも言えない。集落から工場へ通う労働者は「会社行き」と呼ばれて別格。まして専務など雲の上の人という意識でした。闘いの中で患者は別人のように成長したんです。

 チッソに入ったのは1957年です。水俣へ赴任して間もなく、路上で「うちに来んかね」と声をかけられた。帰郷中だった詩人の谷川雁さんでした。安保闘争や全共闘の世代に影響を与える思想家とは知らない。家へ行っても左翼思想を吹き込まれたわけでもない。でも会社から目をつけられ、1年半で飛ばされました。

 62~63年の水俣工場の大争議によって組合が分裂する。大卒ではただひとり第一組合に加わり、64年に専従執行委員となって戻りました。会社は日夜、1人ずつ課長室に連れ込んで「第二組合へ来い」と責める。断れば重労働職場に配転です。でも工場内で闘うだけが組合なのか。第一組合は68年、「水俣病患者のため何もしてこなかったことを恥とする」と宣言し、人間として患者を支援しました。

 患者が激発した水俣湾岸の3集落の調査を続け、昨年、「水俣病の民衆史」を出版しました。ざっと300世帯のうち認定されたのは176世帯の331人。低く見積もっても50億円以上の補償金が落ちた計算になります。水俣では人間の評価は住まいで決まる。みんな裸電球一つの掘っ立て小屋に住んでいたから、多くの患者が競って家を建てシャンデリアを付け、ダイヤモンドの宝飾品を買う。そうなると人間が変わります。

 1次産業と工場が支えだったのが、漁業は壊滅、農業は落ち目、工場の雇用は細々。貧しくても助け合ってきた村はなくなった。水俣病のせいで村が潰れたわけじゃない。補償金で潰れたんです。

 命や健康は返らない。補償金を取るしかない。でも今度はカネで村が破滅する。公害は起こしたらおしまいということです。(聞き手・田中啓介)
(朝日、2016年05月27日)


感想

 これが人間の性(さが)なのだと思います。

 埋め立てなどで漁業権を売り渡して多額の補償金をもらった漁民でも同じことが起きたようです。

 もう少し大きく見れば、公務員になり、それも地位が上がれば上がるほど仕事は楽になり給与は増えるようです。すると、堕落が起きるわけです。

 大学教授でも同じでしょう。今はそうでもない大学も増えてきたようですが、かつては「乞食と大学教授は三日やったら辞められない」と言われていました。

 最近の舛添東京都知事の場合もこれと同じようです。極貧の家庭で育った舛添はついに都知事にまで登りつめました。高級ホテルのスウィートルームに泊まるのは夢だったのでしょう。それを公金で実現させたのです。都知事の給与があれば、私費で泊まることもできたと思いますが。

 自称社会主義革命を成し遂げた中国やヴェトナムでも、独立闘争中はあれ程禁欲的だった人民大衆とやらが、ひとたび「改革開放」ということになり、金もうけが自由になると、高級官僚を筆頭に腐敗堕落の狂乱を演ずることになりました。

 こういう事を考慮できなかったマルクスの「社会主義思想」はどうみても「科学的」とは言えません。

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浜松の竹内康人さん、『調査・朝鮮人強制労働』(社会評論社)

2016年06月17日 | タ行

 植民地だった朝鮮半島から戦時下の日本の炭鉱などで働かされた朝鮮人の実情について、静岡県近代史研究会の竹内康人さん(59)の約30年にわたる調査・研究をまとめた本が出版されている。竹内さんは「過去を隠すのではなく明らかにすることで信頼が生まれ、人が大切にされる社会につながる」と話す。

 日中戦争や太平洋戦争の拡大で日本国内の労働力が不足すると、朝鮮人は日本の炭鉱や土木工事現場などの労働者として使われた。竹内さんが「朝鮮人の強制労働」というテーマで研究を始めたのは1986年ごろからだ。地域史から植民地支配や戦争に迫ろうと考えた。

 竹内さんの母方の祖父はフィリピン・ミンダナオ島で戦死し、父親は学徒動員で北海道・旭川の陸軍部隊に送られていた。

 「少し時間がずれれば、わたしは生まれなかったかもしれない。戦争は未来を奪う。戦争のない社会を作るには一人ひとりの命を大切にすることが大切だと思う。そのために一つひとつの命の歴史を残したいと思った」と動機を話す。

 調査は仕事が休みの日を使った。当時は菊川町(現菊川市)に住んでいたため、隣接する掛川市の旧中島飛行機地下工場跡から調べ始めた。地下工場としては県内最大級で朝鮮人が動員されたことは地域でも知られていたという。

 朝鮮人動員の全体像をつかもうと、全国各地の現場を訪ねた。当時の内務省や旧厚生省の資料のほか、各地の国書館で工事記録や証言資料、博物館や文書館では企業文書や名簿などにもあたった。

 現地での聞き取りや裁判支援、証言集会などで知り合った生存者から話も聞いた。北海道の炭鉱や掛川で働かされた男性は「炭鉱の落盤事故で頭に指が入るほどの穴が残り、今は両足が動かない。こんなことがあっていいのか」と訴えられた。「勉強ができる」などと誘われて14歳で富山の機械メーカーに来た女性は「集合に遅れると殴られた」「せっけんや歯ブラシを買うとなくなるほどの小遣い銭のみで、賃金はなかった」と聞かされた。

 今までに話を聞いた生存者は約60人、遺族らは約30人。日本への動員後に消息不明になった男性の足跡を、一枚の写真を手がかりに仲間とたどったこともあったという。

 竹内さんはこれまでの研究内容を『調査・朝鮮人強制労働』(社会評論社)にまとめた。「炭鉱」「財閥・鉱山」「発電工事・軍事基地」「軍需工場・港湾」の4巻の計約1400頁に及ぶ。県内関係は伊豆や天竜(浜松市)の鉱山、富士川や大井川の発電工事、沼津や清水の軍需工場など4分の1を占める。

 編集者の新孝一さん(57)は「1人の研究者が文献だけではなく各地の現場に足を運んで調べ、全体像を明らかにしている。このような本は他にはないのではないか」と話す。

 竹内さんは動員されて死亡した朝鮮人約1万人の名簿をまとめた『戦時朝鮮人強制労働調査資料集・増補改訂版』(神戸学生青年センター出版部)も出した。

 この資料集の名簿には1万人分の名前や出身地、行き先、死亡日、死因が記されている。死因の欄には「労災」「頭蓋骨折」「空爆死」などが並ぶ。竹内さんが日本各地や韓国などを訪ねて、埋・火葬資料や企業名簿、旧厚生省の調査名簿などを閲覧や複写して調べた。名簿から遺骨の身元が判明し、遺族に返還できたケースもあったという。

 朝鮮人労働者は「募集」「官斡旋「徴用」といった形態で日本に動員された。竹内さんは「当時の朝鮮人が植民地支配によって日本人化され、日本の戦争のために労務や軍務に動員されていくのに強制なしではできなかった」と指摘する。本では「強制労働」を、戦時下の朝鮮人への甘言や暴力による強制的な動員・連行による労働として定義した。

 竹内さんは「動員された側の悲しみや痛みに思いをはせることが大事だと考える。これらの本を通じて、消されたままの名前や歴史を復元して歴史を民衆のものにしたい。歴史的責任を明らかにして、過去の清算による平和構築を目指したい」と話す。

 問い合わせは竹内さんヘ
ファクス(053・422・4810)で。(張春穎)

(朝日、2016年05月12日)
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勉強の目的 読者の質問

2016年06月08日 | ハ行

  読者からのメールとそれへのお返事

1、読者のKさんからのメール

今年71歳になります。昨年の初めごろから精神現象学を読み始めました。毎日数時間をそのために費やしましたが、理解が進みませんでした。入門書も解説書も読みましたが、かえってむつかしく、読むのをあきらめてしまおうかと思いましたが、これが最後と思って今年初めから英語訳を読み始めました。バイリーの訳とミラーの訳を比べながら、辞書を引き引き「知覚」の章まで来ています。

分かったことがあります。一つは日本語訳より私には理解ができたことです。2つ目は日本語訳もよく理解できるようになったことです。3つ目は、各種訳文の中で最も評価できると思ったのが牧野先生の訳です。英語訳に書かれていることがすべて訳されているのが牧野訳であることと、英訳にはないつなぎにあたる部分が牧野訳にはちゃんと挿入されていることです。

それらが、肯定的に思える点ですが、果たして英語訳を読むことで満足していてよいのだろうかという疑問がわいてきました。年齢的に言って今更ドイツ語を学ぶのは難しいとおみます。そこで、先生にお尋ねしたいのですが、
①「英語訳を日本語訳の理解のサポートとして読むという今のやり方でよいかどうか」
②もう一つは「英語訳についてですが、私はバイリーの訳のほうが丁寧ではないかと思っているのですが、実際はどうでしょうか」
この2点についてお教えくださるようお願いいたします。厚かましいお願いですが、よろしくお願いいたします。


2、牧野からのお返事

K様。考えた事をお返事します。何事でもそうだと思いますが、人間の行動はその目的から考えると好く分かると思います。Kさんは何を求めて「精神現象学」を読んでいるのですか。それを自分に確認したら、それに役立つかどうかを基準にして、適当か否かを判断したら好いでしょう。

 一般的な私見を書きます。第一の問いについては、日本語訳が分かりやすくなるならば、英訳を参照する方が好いと思います。拙訳に疑問点がありましたら、お知らせ下さい。再度考えます。

 第二の問いについては、2つの英訳を意識的に比較したことがありませんので、どちらが好いか分かりません。かつて私が訳していた時はベイリーの訳しかなかったので、私はそれを見ました。

 以上です。お役に立てば幸いです。
6月6日、牧野紀之


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「非正規」の人々

2016年06月06日 | ハ行
 所属なき人 見えているか

        小熊 英二

19世紀英国の首相ディズレーリは、英国は「二つの国民」に分断されていると形容した。私見では、現代日本も「二つの国民」に分断されている。

 そのうち「第一の国民」は、企業・官庁・労組・町内会・婦人会・業界団体などの「正社員」「正会員」とその家族である。「第二の国民」は、それらの組織に所属していない「非正規」の人々だ。

 この分断の顕在化は比戟的最近のことである。私が国立国会図書館のデータベース検索で調べたところ、雇用関連の雑誌記事の題名に「非正規」という言葉が使われたのは1987年が初出だ。そしてそれは2000年代に急増する。

 それ以前も「パート」「日雇い」「出稼ぎ」などはいた。だが、それらを総称する言葉はなかった。「パート」や「出稼ぎ」でも「正社員の妻」や「自治会員」である人も多かった。単に臨時雇用というだけでない「どこにも所属していない人々」が増えたとき、「非正規」という総称が登場したともいえる。

 彼らは所得が低いのみならず、「所属する組織」を名乗ることができない。そうした人間にこの社会は冷たい。関係を作るのに苦労し、結婚も容易でない。

 「週刊東洋経済」の特集「生涯未婚」は、「結婚相談所なんて正社員のためのビジネスだとわかりました」という34歳男性の言葉を紹介している(週刊東洋経済5月14日号)。女性の7割は年収400万円以上の男性を結婚相手に期待するが、未婚男性の7割は年収400万円未満である。その結果、男女とも結婚できない。50歳時点で一度も結婚していない「生涯未婚者」は、2035年には男性で3人に1人、女性で5人に1人になると予測されている。

 これは所得の問題だけではない。昔なら低所得でも、所属する企業・親族・地域の紹介で「縁」が持てた。所属のない人々はそうした「縁」がないのだ。

 こうした「第二の国民」は、どの程度まで増えているのか。統計上の「非正規雇用」は4割だが、藤田孝典は「一般的に想像されるような正社員は実は急減している」という(藤田孝典・白河桃子、対談「婚活ブームを総括しよう」、週刊東洋経済5月14日号)。労組もなく、労働条件も悪く、「10年後、20年後の将来を描けない周辺的正社員」が増えている。そして「彼らの増加と未婚率の上昇はほとんど正比例」というのだ。

 低収入で家族もいない人が増加すれば、人口減少だけでなく、社会全体の不安定化に直結する。1月に犠牲者15人を出したスキーバス事故の背景に、高齢単身運転手の劣悪な労働・生活状況があったことはテレビでも報道された(番組・NHKスペシャル「そしてバスは暴走した」4月30日放映)。

 それにもかかわらず、「第二の国民」が抱える困難に対して、報道も政策も十分ではない。その理由は、政界もマスメディアも「第一の国民」に独占され、その内部で自己回転しているからだ。

 日本社会の「正社員」である「第一の国民」は、労組・町内会・業界団体などの回路で政治とつながっていた。彼らは所属する組織を通して政党に声を届け、彼らを保護する政策を実現できた。

 もちろん「第一の国民」の内部にも対立はあった。都市と地方、保守と革新の対立などだ。55年体制時代の政党や組織は、そうした対立を代弁してきた。今も既存の政党は、組織の意向を反映して、そうした伝統的対立を演じている。

 報道もまた、そうした組織の動向を重視する。新聞紙面を見るがいい。記事の大半は政党、官庁、自治体、企業、経済団体、労組といった「組織」の動向だ。一方で「どこにも所属していない人々」の姿は、犯罪や風俗の記事、コラム、官庁の統計数字などにしか現れない。

 政党も報道機関も、「組織人」と「著名人」しか相手にしない。というより、組織のない人々を、どう相手にしたらよいかわからない。私はある記者から、こんな話を聞いたことがある。

 福島原発事故後、万余の人が官邸前を埋めた。米国大統領府前で万余の人が抗議すれば、大ニュースになるはずだ。しかし日本では報道が遅く、扱いも小さかった。その理由について、その大手メディア記者はこう述べた。

 「あの抗議は労組や政党と関係のない所から出てきた。組織がないのに万単位が集まるなんて、何が起きているのか理解できなかった。私たちは組織を取材する訓練は受けてきたが、組織のない人々をどう取材したらいいかわからない」

 30年前ならこの姿勢でもやっていけただろう。だが所属組織のない人々が増えるにつれ、「支持政党なし」も増え、新聞の部数は減る一方だ。「第二の国民」にとって、新聞が重視する政党や組織の対立など「宮廷内左派」と「宮廷内右派」の争いにしか見えないからだ。これは媒体が紙かネットかの問題ではない。

 政策もまた、認識が古いために、的外れになっている。堀内京子は、官邸主導により、少子化対策として「3世代同居」優遇税制が導入された経緯を検証している(堀内京子「現実無視のイデオロギーが税制ゆがめる。首相指示により『3世代同居』前面へ」Journalism 5月号)。だが平山洋介によれば、3世代世帯は持ち家率が高く、住宅が広く、収入が多い(平山洋介「『三世代同居促進』の住宅政策をどう読むか」世界4月号)。3世代世帯の出生率が高いとしても、恵まれた層の出生率が高いというだけだ。それを優遇しても、少子化対策として効果はなく、恵まれた層をさらに優遇するだけだという。

 放置された「第二の国民」の声は、どのように政治につながるのか。誰が彼らを代弁するのか。この問題は、日本社会の未来を左右し、政党やメディアの存亡を左石する。これは、この文章を読んでいるあなたにも無縁の話ではない。(朝日、2016年05月26日)

感想

 重要な問題提起だと思います。かつても「非正規」の人々はやはりいたのではないでしょうか。しかし、こういう人々を組織したのが共産党であり、創価学会だったのではないでしょうか。

 そう言えば、先日の『週刊現代』5月28日号は「公務員の待遇が恵まれ過ぎている」という事を証明したものでしたが、そこでも「非正規」公務員は度外視されていました。事態は、こういう「不公正」を扱う記事でさえ「非正規」を無視する所まできているのです。

 子供食堂が急速に広がっているようです。ここから本当の動きが出てくると好いと思っています。
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