マキペディア(発行人・牧野紀之)

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部活と勉強

2012年10月20日 | ハ行
            ホーマー・ライス(元ジョージア工科大学体育局長)

 いま米国の大学スポーツは大きな注目を浴び、ミシガン大学のアメリカンフットボールスタジアムを筆頭に、約10万人を収容できる競技場が10ヵ所ほどある。バスケットボール、ゴルフ、ホッケー、野球など幅広い競技で全米優勝したチームがホワイトハウスに招かれるのも慣例となった。かつて、大学スポーツが非行の温床として問題となった時代からは様変わりだ。

 スポーツで重要なのは勝ち負けだけではない。大学の運動部員は人生に必要な全ての教育を受ける必要がある。スポーツの成功は、人としての成功の上にある。私はその思いから1980年、トータル・パーソン・プログラム(人格形成プログラム)を作った。米プロフットボールリーグ(NFL)のシンシナティ・ベンガルズのヘッドコーチからジョージア工科大学の体育局長になったときだ。それがいま、スポーツを支え、国家を支えるプログラムといえるものに発展した。

 このプログラムは学業を最も重視している。各部に最低1人は学業担当のコーチを置き、部員に何をどう学ぶかを助言する。将来の人生設計も大切だ。部員向けの講演に幅広い分野の専門家を招き、仕事を体験するインターンシップにも時間を割く。ストレスへの対処法、時間の管理術、性的暴行や暴力を防ぐ方法や薬物やアルコールの知識、エチケットやビジネスマナーも学ぶ。プレゼンテーション、メディアの取材への受け答えを身につける授業もある。

 サボる学生1人につき、ヘッドコーチに25ドルの罰金を科したこともある。

 地域への奉仕活動も必ず行う。例えば、非行少年や若くしてシングルマザーとなった少女が通う学校を訪ねて相談相手になったり、ホームレスの少年少女の施設におもちゃを届けたりする。

 非行対策から全米展開

 プログラムを作った当時、大学のスポーツ選手の非行が社会問題化していた。スポーツ推薦で入学した部員が授業についていけず、競技場のロッカー室で発砲事件が起き、大学周辺の治安は悪化した。プロに進んだ後の離婚率や引退後の失業率の高さも目立った。社会全体の治安も悪化し、過剰な個人主義で家庭や地域社会が崩壊しつつあった。

 開始当初は反発も多かった。授業に出なければ練習や試合に出られないルールにしたからだ。運動部員は練習のために大学に通っていたと言ってもいい時代だった。けれども、5年後には、リーグで低迷していたフットボールで、常に全米トップ5を争うようになり、バスケットボールはリーグ制覇。野球もリーグ優勝を争うレベルになった。33%だった運動部員の卒業率は、私が体育局長を引退する97年には87%まで改善された。

 文武両道が可能なことが証明でき、全米の大学から注目を浴びた。私は、いろいろな大学に助言に出向いた。大学スポーツを統括する全米大学体育協会(NCAA)も91年、このプログラムを基にCHAMPSという生活全般にわたるルールを定めたプログラムを作った。

 NCAAには全米の1000を超える大学が加盟し、40万人以上の運動部員が活動している。NCAAは、部員の学業重視と奉仕活動の支援を掲げ、シーズン中の練習時間を、ミーティングを含めて週20時問に制限した。一定の成績以下の部員は練習にも参加できない。

 人材育成、寄付金集めにも

 こうした、多くの能力を引き出してチームを強化する考え方は、国を率いるリーダーの育成にも生かされ始めている。シアトルにあるワシントン大の元フットボール部へッドコーチ、ジム・ランブライトは一例だ。99年のヘッドコーチ引退後、世界中を講演で飛び回ってきた。南アフリカでは政治リーダーに助言し、米国では元国務長官のコリン・パウエルと一緒にリーダーの育成事業に乗り出した。

 運動部員はものすごく忙しい。朝6時に筋力トレーニングを始め、午前中に授業を受け、午後に練習をし、その後自宅で勉強する。自らを厳しく律して時間を管理することが必要だ。スポーツでも学業でも成功し、奉仕活動を通じて社会を学んだ学生は、企業や組織から引っ張りだこで、就職に困ることはまずない。

 このような変化をもたらしたプログラムは、大学の体育部門の収入増にもつながった。ジョージア工科大体育局の年間収入はかつての250万ドルから5000万ドルに増えた。テレビの放映権料と寄付が大きな収入源だ。

 国の未来を担う若者を育てるプログラムの存在は、テレビ局、スポンサー、寄付者にとって、社会のために資金を出しているという理由づけになる。現学長は「文武両道を実践し、社会貢献を通して鍛え抜かれた若者は、大学を代表する親善大使のようなものだ」と話している。

 最近は、運動部だけでなく、一般学生にもプログラムを活用する動きが広がってきた。日本でも模範となるような文武両道の運動部員を育てることが、大学、ひいては社会の活力になるだろう。
(構成・スポーツ部、後藤太輔)(朝日新聞Globe、2012年10月07日)
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