マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

発電と送電の分離(ドイツの場合)

2011年07月21日 | タ行
 東京電力福島第一原発の事故後、脱原発に走るドイツでは、自宅の電気を、風力などの自然エネルギーで作られる電気に替える人が増えた。「よりクリーンでエコな電気」を選ぶことのできる仕組みを作ってきたことが、自然エネルギーの普及を後押ししている。

 ドイツ北部ハンブルク郊外に5人家族で暮らすアンドレアス・ジットラーさん(43)はこれまでに3回、自宅に電気を供給する会社を変えた。1998年の電力自由化後、「エコ電気」を売りにする会社を選ぶようになり、2004年、06年、昨年と、業者を渡り歩いた。

 発電と送電、販売の事業者が分離されているから、自宅に電気を供給する業者を変えるのは簡単だ。販売事業者は欧州各地の発電事業者から電気を購入し、消費者にその電気を売る。地域ごとの送電網や地域間を結ぶ送電線を管理する送電事業者は、どの事業者の電気も固定価格で受け入れなくてはならない。

 消費者にとっては、新たな販売事業者と契約しても、自宅には変わらずに電気が供給される。新たな設備を購入する必要もなく、電気料金を新しい会社に支払うだけだ。

 3度も変えたのは「よりクリーンでエコな電気」を供給する会社から電気を買うことで原子力依存を減らしたいからだ。

 25年前、旧ソ連のチェルノブイリ事故後、修学旅行が中止になった記憶がある。大学で物理を学んだ。原子力は廃棄物処理に気が遠くなるほどの時間がかかるし、事故が起きた場合の損害の大きさからも、反原発を貫いてきた。

 ジットラーさんは「エコ電気といっても常にエコとは限らない。2級のエコ電気もある」と指摘する。

 最初に選んだ業者は自ら水力発電所を営むが、原発を運転するエネルギー企業の子会社だった。2社目は風力中心だが、一部の電気を電力市場で購入しており、発電元がすべて明らかではなかった。

 今の業者はノルウェーの水力発電など発電元がはっきりしており、利益の多くを再生可能エネルギーヘの投資に回していた。

 電気料金はどの社も、ほとんど変わらないという。ドイツには料金を比戟できるインターネットサイトが多い。地域や家族数など条件によって単純な比較は難しいが、「エコ電気だから高い」ということはない。

 理由としては、電気料金のうち、税金や再生可能エネルギー促進のための上乗せ負担金などの比率が大きく、発電料金が占める割合はもともと一部にすぎないことが挙げられる。

 さらに、エコ電気事業者は小規模の会社が多く、経費が少なくて済むことや、太陽光はまだ高いが、水力や風力発電がかなり安くなっていることも寄与しているとされる。大手電力会社が原発でつくった割安の電気を高く売っているからという指摘もある。

フクシマ後に契約増

 ただ、ドイツでも実際にこうしたエコ電気を購入する人は一部にすぎず、4大電力企業の消費者が主流だった。それが福島事故後、エコ電気業者への問い合わせや変更が殺到している。

 ドイツの主要なエコ電気業者に取材すると「これまでの3倍のペースで新契約を結んだ」(リヒトブリック社)「4月末で顧客が年間目標に達した」(EWSシェーナウ社)と、どこも顧客が増えている。

 ジットラーさんも福島事故後、知り合いにエコ電気への変更を勧めている。自らもネットで「よりエコな電気」を探している。仮に脱原発で料金が高くなっても、受け入れるつもりだ。

 (朝日、2011年07月01日。ハンブルク=松井健)