マキペディア(発行人・牧野紀之)

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佐久間ダム

2011年04月19日 | サ行
 ダムは必要か。田中康夫・元長野県知事の「脱ダム」宣言、八ツ場ダム(群馬県)建設中止の是非と、注目を集め続けるテーマだ。日本の高度経済成長を支えてきた佐久間ダム(浜松市天竜区佐久間町)が建設されてから半世紀余。3分の1が土砂で埋まったダム湖の底を歩いた。

 深く刻まれた山々をぬうように、濁ったモスグリーンの湖面が蛇行しながら続く。中型バス3台で浜松市の市街地を出発してから約2時間。冬場の渇水期にダムにたまった砂の現状を見てもらおうと、天竜川漁業協同組合が2月27日に開催した「佐久間ダム堆砂現場見学会」に参加した。

 「きょうは水が多いですね。例年なら、もっと砂がむき出しになっています」。最前列に座る同漁協の秋山雄司組合長(66)がマイクで説明した。

 佐久間ダムは高さ155・5㍍、長さ293・5㍍の重力式コンクリートダム。1956(昭和31)年、電力不足を補うために国策で完成した。建設にあたっては、当時国内にはなかった大型重機を米国から導入してわずか3年で造られ、日本の土木技術に飛躍的な革新をもたらした。年間の発生電力量(約15億㌔ワット時)は、水力発電では今でも日本最大を誇る。

 だが、完成から55年を経て、3億2700方立方㍍の総貯水容量のうち、3分の1強の1億2000万立方㍍が土砂で埋まった。周辺の浸水被害を防ぐためにダムを所有する民間会社の電源開発(Jパワー)が、湖にたまる土砂の一部を取り除いたり、深い場所へ移動したりしている。

 愛知県側の旧富山村で、ダム湖の底に下りた。ダム湖の中・上流部では、水位を人為的に約20㍍下げ、底の土砂を川の流れで移動させる「流砂促進」が行われているが、今年は少雨のため、自然に一部の湖底が姿をみせた。

 ひび割れた灰色の砂地がサッカー場ほどの広さでうねる。やや湿っていて、長靴で歩くとフカフカした感じだ。乾けば砂ばこりとなって巻きあがるという。

 「佐久間ダムが造られる前の河床は足の下35㍍です。これだけ砂がたまっているんです」。「川の砂丘」をカメラやビデオに収める参加者に秋山さん続けた。

 湖面の濁りの原因は、粒子の細かい粘土質のシルトのせいだ。ダム湖の浚渫(しんせつ)や流砂促進で濁りが長期間続き、アユは激減している。

 秋山さんは河川環境の悪化を憂慮する半面、複雑な思いを抱いている。「人と魚のそれぞれの都合にどう折り合いをつけるか。エネルギーや農業・工業用水として役立っているのは事実だし、今ごろ簡単に『ダム反対』とは言えない」。

 見学会には、地元浜松のほか、東京や愛知など県外を合わせて66人が参加した。東京大学愛知演習林長の蔵治光一郎准教授は「ダムと土砂」の講義で学生5人を連れてきた。学生の1人は「水力発電は環境に優しい、と思っていました」。一方、八ツ場ダムの現場を訪れたことがある30歳の女性は「ダムはいずれ土砂に埋まってしまうもの。やっぱりいらないですね」と語った。

 帰りのバス車内で、秋山さんが何度も語りかけた。

 「天竜川をこんな姿にした責任は電力会社にも国にもありますが、便利な社会にあぐらをかいている我々にも自責の念があります。これからどうすればいいか。現場を見ていただいた皆さんの知恵や力をお借りしたい」。

天竜川とダム

 延長213㌔の天竜川本流には五つのダムがあり、佐久間ダムの下流にも秋葉ダムと船明(ふなぎら)ダムが続く。国土交通省は佐久間ダムに流入する細かな砂を、左岸の山腹に開ける延長10㌔前後のバイパストンネルで流す「天竜川ダム再編事業」を進めている。

 総事業費790億円の大規模工事だが、想定される稼働日数は1年で1~2回。環境への影響に加え、費用対効果が疑問視されている。

 (朝日、2011年04月17日。羽場正浩)