続・中岳龍頭望

脱力系から熱血系へ。ま、志はということで…

不幸で華々しいショービジネスの残酷な世界   スタア誕生

2017-05-29 | 映画

スタア誕生/ジョージ・キューカー監督

 アル中の過去のスターが、新人の女性の才能を発掘し、スターダムに押し上げる手助けをするとともに、そのまま恋に落ちて付き合っていく。しかしながらそのような展開に自ら嫉妬して、自分の過去の栄光とプライドを捨て去ることが出来ず、さらに破滅してしまうのだった。
 途中でドキュメンタリータッチの演出があったりする意欲作で、それが必ずしも成功しているとは言えないまでも、ショービジネスの世界がどんなものかということを描くことには成功している作品かもしれない。華々しく、実際にその歌や踊りは素晴らしいのだが(それはミュージカル映画として観ても楽しいものだ)、しかしその裏側になると、人間の憎悪がむき出しの恐ろしげな世界なのだ。主人公側の厄介者のアル中スターは、その波の中で酒に溺れるより他に自分の精神を保つことが困難になったということかもしれない。それでもこの世界で生きていくのは、実力を持ったものでなければ当然ならない。その実力のあるものは、いつまでも戦いつづけなくてはならないのだ。
 妙に長い映画で、時には退屈だが、昔の映画の良さというものは保っている。さらにやはりアメリカの映画全盛時代を支えた歌と踊りは素晴らしく、だからこそ文化としての力強さがよく分かる作品になっている。残念ながら現代では少し古臭く、映画的には娯楽作品として残りにくいものになっているように思われるが、勉強のためには観ておいた方がいいという作品かもしれない。失われた古き良きアメリカの姿を、皮肉たっぷりに表した古典的な名作といっていいだろう。
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5月28日(日)のつぶやき

2017-05-29 | 時事
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赤坂くだって

2017-05-28 | 散歩

 永田町駅から赤坂の方へ下る。



 以前この辺で飲んだよな、などと思いながら歩いてたら日枝神社見つける。






 当然登る。





 
 結構外国のお客さんぎょうさんおますえ。 タイの団体バスがあったようだ。













 下って日差しを避けながら歩く。奥の方がTBSだったり、赤坂サカスだったりするんだろうと思う。行ってもいいが、今は暑い。















  これは見憶えあるが、首相官邸ってやつかな。そういえば警官が増えたような気がする。



 このあたりになると、もう目的地付近。何度となくやって来てはいるおなじみ感が出てくる。でもまあ、こっち側から歩いてきたことは無かった。方角で風景が違って見えるものである。 


 
 まだちょっと時間調整できそうで、ほぼお隣の文部科学省の中庭に行ってみる。



 そうです。さざれ石。こんなところに置いてあるんですね。



 お隣のオブジェの方がはるかに立派という感じ。



 またその先に作品があって、実はお茶でも買おうかと近づいて騙されちゃった。




 なかなか凝ってました。






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5月27日(土)のつぶやき

2017-05-28 | 時事
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結局浮世は金次第   世界一キライなあなたに

2017-05-27 | 映画

世界一キライなあなたに/テア・シャーロック監督

 大富豪の青年が事故で脊椎を損傷し、自宅でのお世話をする仕事に若い女性がつくことになる(看護は別にいる)。事故で体が不自由になったことで、頑なな精神に陥っている青年は、最初は心を開かない。フィアンセは友人と結婚することになってしまうし、外出することも気乗りしない。お世話をする(お茶を入れてお話をするだけ?)の女性は、持ち前の明るさがあるものの、彼氏もちゃんといるし、楽な仕事の割に給与は高い訳だし、さらに家族は失業中の者が多く、出来るだけ自分の家庭を支えたい思惑がある。しかしながら青年には半年間の猶予で自殺幇助をスイスで受ける契約をそもそもしており、母親がそのことを思いとどまらせる為に若い女性をお世話役につけているという事情があったのだった。段々事情が呑み込めていくのだが、そういう気持ちを思いとどまらせる為にいろいろやっているうちにお約束で恋に落ちていくことになるのだが…。
 一言で言うと、何ともとんでもない話という印象をもった。まずは設定があんまりよくなくて、金持ちだから周りが献身的になっているように見えるし、いくら不幸だからといって、そのことを本当に掘り下げて考えているようには見えない。さらに恋に落ちるのは良いにしても、ヒロインに都合の良いことばかり起こる。もともと楽しくて良い人かもしれないが、結局金の為にいい話になっているような結末もものすごくとんでもない。障碍を持ってしまった人が一方的に不幸である現実から逃れられないということを暗に語っており、不誠実な上に偏見的過ぎると思われる。そんな話の展開は、何かとても不道徳なものを見せられたような気がして嫌な感じが残ってしまった。まあ、作っている側の正直な価値観かもしれないのだけど…。
 つれあいと一緒に観ていたのだけど、さすがにこれはダメだろうと呆れていた。僕は多少の不道徳があろうとも、人間の感情は必ずしも合理的でないので認めてもいいという立場を多くの場合取っているけれど、これは到底やはりダメであると断定できると思う。それくらいどうしようもない最終的な判断だと思うが、そうではないと考える人がいるらしいことがものすごく意外である。いったい世の中はどうなっているのか。そういう意味では人間が生きていくには、やはり厳しいものがあるということを言いたかった映画なのであろう(作っている人たちはそう思ってなさそうだけど)。
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5月26日(金)のつぶやき

2017-05-27 | 時事
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半蔵門そば

2017-05-26 | 散歩

 まずは朝ごはん。人多し。最近はどのホテルでもカレーの人多いように思う。僕はいたって普通。




 そんで、食後の散歩。すぐに皇居の方に出た。既に日差しはきついが、走っている人も多かった。



 なんか物々しい建物が見えてきて…。







 国立劇場ってやつでした。観に行くことあるんやろか。無いような気がする。



 最高裁判所がお隣にあって、青っぽい服を着た警備員の人たちがチェーン外したり忙しそうにしていた。周りを掃除している人たちも、しっかり分業が出来ているようだった。朝から暑いのにお疲れ様でした。





 現役時代行ったことのなかったJC会館。いけなくて良かったと思うけど、後輩たちは引き続き頑張ってください。僕は金も出せないかもしれないが、当然口も出しませんからご安心を。







 ホテル戻って、やっぱり会場まで歩いていくことにしよう。


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5月25日(木)のつぶやき

2017-05-26 | 時事
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生きているとは、本当はどういうことだろう   垂直の記憶

2017-05-25 | 読書

垂直の記憶/山野井泰史著(ヤマケイ文庫)

 日本の著名なクライマーによる登攀記。山に登るということについての半生も記してあり、そして山に登る人ということの意味も説明してあるように思う。現在も登攀を続けているものと思われるが、ヒマラヤの難峰攻略の際に雪崩などに巻き込まれ、決死の帰還を果たした後に、凍傷の為多くの指を失っているそうだ(共に登っていた妻は、両手足18本の指を失ったようだ)。岩場へのトップクライマーとしては断念せざるを得ない状況にありながら、自分の限界点の目標を保ちつつ、登ることを止めていないということらしい。
 正直に言って読んでいて面白いのだが、しかし同時に、何か凄まじい得体のしれない恐怖も感じられる。「何故?」という疑問は素直に浮かぶし、さらに「どうして?」という疑問も浮かばない訳では無い。読んで納得ができないということでは無くて、実際にその文章を読んで著者の気持ちはちゃんと伝わっては来るものの、心の底の部分では、やはり僕のパーソナリティとして理解を越えるものがあるからだ。僕はまったく山を目指さない人間だから、という理由が根底にあるが、そこまで情熱的に生きられる人間というのを、実は初めて目にしているような気分があるからではないか。そういう言葉で語られたくないであろうことは予想できるが、もの凄い超人ではないかという気がする。異常に見えるところもあるが大天才でもあり、凄い人(達)なのだ。
 僕はある意味では誤解をしていて、山に登りたいという達成感の中には、やはり虚栄心のようなものがあるのだろうと思っていた。いや、厳密にない訳では無いのだろうと今でも思うが、しかしそれは、本当に重要なことなのでもないし、それは大人の名誉の為というよりも、もっと根元的に子供っぽい楽しみのようなもののようなのだ。そうしてその気持ちを抑えることが出来なくて、次々にまた登りたくなるというのだ。もうこれは無茶苦茶という気もするが、なんだかとても素直に羨ましいかもしれない。怪我をして不自由になりながら、しかし確かに羨ましい人というのは、失礼ながら世の中にはそんなにたくさん存在できない気がする。そのように思ってしまうほどの純粋さがあって、それが素直な気持ちで理解を越えている。もの凄く正直に素直に言ってしまうならば、凄すぎてとても追いつけないという感じなのだ。まったく凄いとは、そういうものなのである。
 山登りの人の気持ちは、僕には一生分からないかもしれない。しかしそこには山があり、登る人がいる。そうしてそれによって、あるいは命を落とすかもしれない。これまで僕は事故で救助隊などが出動するニュースを見ていると、そのために税金が使われているとなどの現実があることから、非難的な考えも持っていたかもしれない。しかしそれはそれで、彼らの行動にも合理的な理由はちゃんとある。身勝手だと外から考えるほど、単純じゃない理由がある。いや、それは理由なんて邪(よこしま)な考えということも超えているような、人間が生きているという証のようなものかもしれない。理解できない人がいるとしても、それはちゃんと人間がもっている感情なのだ。
 人間が生きているというのは、本当に不思議な感覚かもしれない。著者のような人がいると、なんだか生きていることが分からなくなるようだ。
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5月24日(水)のつぶやき

2017-05-25 | 時事
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